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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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全てを話して子供に嫌悪されるのが怖かった。侮蔑されるかもしれないと、そう思った。
父親が他でもない”キラ”であることはその内話さなくてはならない。そしてその時、自身の子供がノートや、父の思い描いた世界についてどう思うか問わねばなるまい。
しかしその後に問題になるのは、ならば何故そんな男と関係を持ったのか。
憎んでいたはずの男と何故寝たのか。必ずそこに行き着く。
もう少し年齢を自分も子供も重ねた後なら、割り切って話せるのだろうか。
十歳の子供にそれらを打ち明けるには言葉を慎重に選ばねばならなかったし、酷く労力が要る。しかし嘘は言いたくなかった。
ぽつりぽつりと順を追って話しながら、過去を振り返りながら、ニアは思う。
そう、夜神月と関係を持った時の感情に関しては今でもよく分からない。
焦っていたのかも知れないし、自棄になっていたのかも知れない。「どうして」と問われれば「分からない」としか答えられない。答えは未だに言葉として実像を結ばない。
「……母さんは嫌だったんだ」
遺伝子を提供することを半ば強制されていたこと、要求として提示されていた子供を産むことに対して抵抗があったこと。
そして繰り返される理不尽な要求に精神的に追い詰められ、気付いたら衝動的に手首を切っていたことを話し終えたところで、それまでじっとただ言葉を受け止めていたユイが口を開いた。ぽつんと子供ながら落ち着いた声音。
感情が追いつかず言葉だけを理解している印象にニアは少しだけ胸を痛める。
自殺未遂に及んだとき、何より自分がそんなことをすることが出来るんだと呆然と事実を受け入れたニアとは反対に、”キラ”事件が終わった後もサポートしていたメンバーと二代目ワタリとなったロジャーは愕然とした様子ではあったが、その後の処置が迅速且つ正確であったことは称賛に値した。
手首にひんやりとた刃を当てたとき、ニアには不思議と躊躇いがなかった。元々感情の希薄な方だったが麻痺していたといった方が正しい。
今までニアの精神的負荷を考えもしなかったと誰もが掛ける言葉を失う中、ざっくりと切った手首を丁寧に縫合され、その上に白い包帯を巻かれ、月を拘束している部屋をニアが訪れたとき彼だけが「お前は馬鹿か」と、嘲笑ではなく言ってのけたのだ。
ぶかぶかの白いシャツから覗く白い包帯に目を留めて痛々しげに目を細めて。
考えれば分かったことなのか、それとも共に行動した死神が面白がって教えたのか、ニアが”L”としての全てを継ぐことに対して負担を覚えたのではなく、別の理由で精神的に追い詰められていたことを月は知っていた。
知っていて「そんな下らないことで死ぬな。…仮にも僕を捕まえたお前が」と宣ったのは覚えている。
そんな要求どうとでも跳ね返してしまえ。お前になら出来るだろうと掠れた声が呟き、存外優しさを含んでいた声と、全てを知った上でただ受け入れて寄越した言葉に悔しさも覚えたが、何より酷くそれは温かかった。
十年経った今でも薄く残る傷跡に視線を落とし、ニアは口を開く。
「嫌でした。…私は、そんな風に扱われるのが嫌で仕方なかった。子供だって出来れば作りたくないとその時は思っていました」
「…僕にはよく分からないけど、それじゃ」
「貴方に嫌われるかも知れません。私、本当にあの時は自棄になっていたような気がします」
「…………」
望まれて産まれてきた。
そうでは決してないと言うようなニュアンスにユイは言葉を失う。
父と母がその時どうであったかなど、今のユイでは分からない。如何せん子供過ぎる。
だから言葉を全て記憶するようにしながら、数年後もっと大人になったならば理解出来るものかも知れないと結論づけた。縋って追うほど物分かりが悪いわけでもない。
「母さん」
「……はい」
「その話、今の僕には難しいみたい。……もっと、ちゃんと僕が分かるようになったら話してくれる?」
「ええ、最初からそのつもりでしたから」
だからこれ以上の言及は今必要ない。ニアの膝に置かれた手に手を重ねる。
「話してくれて有難う。無理を言ったでしょ?」
「……いいえ」
「最後にもう一つだけ、これだけは聞いて良い?」
重ねた手に少しだけ力を込められて視線を上げたニアを、真正面から覗き込む形でユイは問うた。
父親に似た容姿の中で唯一ニアから受け継いだような深い瞳は酷く澄んでいる。
「僕のこと、愛してる?」
例えば、その時望んだわけでなくとも、今までニアに育てられてきた十年があるのは間違いない。
産まれる前の事情は今更重要ではない気がした。
ユイの言葉に一瞬目を丸くしたニアが笑った。
「…ええ、愛しています」
当たり前じゃないですか、と抱き締められ耳の近くに母親の声が落ちる。
なら良いではないか。ユイは母親の肩口に顔を埋めて泣きそうになるのを必死で堪えた。
望まれて産まれてこないのなら愛されるわけもない。愛して貰えるのなら、それは―、


***


カタカタカタカタ。
ボードを叩く音が深夜、静まりかえった部屋に響く。
その音で緩やかに覚醒したニアはぼんやりと室内を見回した。目覚めたばかりの視界は直ぐに順応せず暗闇を映すばかりである。
訝しげに眉を顰めた間にもカタカタと軽い音は続いている。
僅かに身動ぎ視線を変えた先、デスクトップのディスプレイが明滅しているのが見えた。音はどうやらそこから聞こえるようだ。
「…、」
仄かに明度を極端に抑えたディスプレイに文字が浮かび上がっていく。
話し掛けるようなそれにニアはゆっくりと上体を起こし、しかし決してベッドから出なかった。
この距離ならば十分文字は読み取れる。
「構いません」
文章に答えるように神妙に、簡潔にニアが呟く。
相手が誰であるとか、非現実的だという考えは既に捨てている。暗順応し始めた視界にはディスプレイに文字が浮かぶのと同時に誰も触っていないキーが動いているのが見えた。
誰も触ってはいない。自分の目に見えるものではない、何かが。
「………一つ、聞いても?」
『何を?』
「ユイは貴方が居ると言いました。ちゃんと居る、と。私はまだ耄碌してないつもりです。…どうやら夢を見ているわけでもないようだ」
『ああ』
ニアの言葉にディスプレイに浮かぶ文字が答える。会話が成立していく。
短い応えに微かに震える息を吐き出してニアは、ぎゅっと掛け布団を握りしめた。
細い指先が白さを増す。視線は落とさずディスプレイを見詰めたまま、ニアは何を言うべきかと回転する思考が余り意味を持たないのを自覚した。
「姿を見せないのではないんですね」
『何故そんなことを? お前らしくもない』
「………分かりません。私にも、分からない」
規則正しいとさえ言えたキーを叩く音が止む。沈黙だけが部屋に下りた。
静かすぎることに耐えかねる程ニアは沈黙に耐性がないわけでもなく、相手も同じだった。
ただ相手の意図と機会を窺うような空気にニアが笑う。
「ああ、懐かしいですね。この感じ」
一方的にニアが話すことで成立する会話は端から見れば異様なことに思えるだろう。
ニアもまた全く抵抗もなく自分が状況を甘受しているのを頭の端で、らしくないと思いながら続けた。
それは嘗て通信回線越し、互いに変調機を掛け、互いに幾重にも張り巡らされた策の合間を縫いながら会話をしていた頃と空気が似ているというのに、ニアが続けた言葉は全くと言っていいほど昔と程遠い。
「ユイが貴方の名前を知ったとき、…ユイが幽霊が存在するのかと聞いてきたとき、」
嘗て死神が世界には存在すると幼馴染みとも言える男の口から聞いた時には、確かにそうでなければ腑に落ちないと、言い聞かせる過程を省いて理論で信じた。
しかし初めて死神を目にした時、反応してはならない状況下で表情も態度も悟られないようにしたが実際は驚き、今度は全てで納得した。目にすればそれは真実であり、目に見えない真実も確かに存在することを。
「もしくは…と可能性は考えました。けれど、あの死神の言葉が忘れられなかった」
『リュークか』
「……人は死んだら無に行くんでしょう?」
『知るか。僕は少なくとも、無に行くという感覚など無かった』
淀みなく浮かぶ文字もまた嘗てのように策を張り巡らせる上辺だけの言葉ではない。
「……私を責めないんですか」
『それこそ何故? 分からなくもない』
父親の名を明かさず育ててきたことに対しての言葉に返った言葉は素っ気ない。
しかし故に真実なのだろう。裏にある言葉は互いに読んでしまう二人であったから、必然的に言葉は少なくなる。
キラ事件終結後、短かったと言える夜神月との直の接触で十分知ったことだった。
『言えないだろう。表向き、キラは違う人間として秘密裏に、そして獄中で死んだことになっている』
ディスプレイに文字は表示され続ける。
キーが動く度、本当にそこに居るのかと確かめたくなる衝動を堪えてニアはディスプレイを見詰めた。
『それに名を出せば、夜神月という人間が余りにも自然という不自然で社会から居なくなっているのなんてすぐに分かる』
「…、はい」
『僕とお前の子供は、……生憎と恐れていた凡人では無かったらしい』
天才と天才を掛け合わせて生まれてくる存在が果たして全て天才で有り得るか。
嘗て自身を悩ませた考えをディスプレイはさらりと表示する。記憶にある嫌味を充分含んだ声で言葉を脳内再生をしたニアが思わず眉を顰めた。
「止めて下さい。そんな言い方は」
『別に、他意はないさ』
「相変わらず性格が悪いんですね、貴方」
返される言葉は全て無言の、文字だけだ。
記憶の中にある声を、類い希な頭脳を持つニアが脳裏に刻んでしまった記憶は十年が経っても鮮明さを失わないらしい。
きっと姿が見えたら矢張り意地悪く笑っているのだろうとニアは思う。
「それで…何ですか? 今更、私にこんな風に意志を伝えてくるんです。何かあるんでしょう?」
暫くニアの問いにディスプレイの中は動かなかった。
「………え?」
漸く応えられた内容にニアが知らずに声を上げる。
一瞬呆けてしまったニアの頬に誰かが触れる感覚と、気のせいではないと裏付けるよう癖のある髪が少し揺れた。思案するニアの瞳がディスプレイから離れる。
視線は部屋の中にあって空虚を追うように動く。しかし何も捉えることは出来ない。
「……分かりました。良いですよ」
諦めて、そう言ったニアの耳元に、空耳のように「ありがとう」と呟く声が落ちて、その懐かしい声にニアは瞳を閉じた。
「どういたしまして」とは返さずに頷くだけに留めて、突然電気を遮断する音を立てて沈黙したディスプレイにもう一度視線をくれる。そこにもう文字は浮かんでいなかった。



>>パラレルif 10話目。
  長々と続いてます。もう一つの地点折り返し
  もうすぐ、もうすぐなんだよ…、たぶん(たぶんなのか)

  この話の月とニアは実は、複雑ながらも両思いです(今更)

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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