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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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ガチャリ。
手を掛ける前に扉はいつも開く。
寝癖なのか何なのか、癖のついた髪を気にも留めずそのままにして、目の下に濃い隈をこさえた肉付きの悪い男は、こういう時にだけ笑うのだ。
「嗚呼、好くいらっしゃいましたね、月君」
不思議と思う。
僕は、彼に名を呼ばれるのが好きらしい。
殺風景な部屋にお菓子だけが積み上がっている様はいつ見ても非現実的だ。
特徴的な両膝を抱え込む座り方で座った部屋の主は勿体振って「さて」と云う。
続く言葉は決まっている。

―「今日の御用件は何でしょう?」

既視感。
違う、既に何度も行った会話であるのだ。
これは僕と彼との定型会話でしかない。是が初めてではない。
「竜崎、」
少しだけ掠れがちの声を絞り出して名を呼べば首を傾げるその男の本名を知らない。
最初はLと名乗った。その名が本名か知らない。
妙にこの国では馴染みのない呼び名であるので「ならば、竜崎で如何でしょう?」と男は云ってきた。
つまりは男にとって名など些末事に過ぎないらしい。
「好く言うよ、本当は判ってるんじゃないのか?」
「何をでしょう?」
「僕が此処に来る理由なんて、頭の良いお前のことだ」
「…、月君は何か勘違いを為さっておいでですね? 私は知らないから訊ねたんです」
親指と人差し指だけでものを持つ独特の仕草。
それでテーブルの上にある砂糖菓子を一つ摘み上げて口に放り込んだ男は、それでも視線を外してはくれない。
答えを待っている。
何と答えるのか、それをじっと見詰めて逃さないようにしている。
「友達に会いに来るのに理由が必要か、竜崎」
「……嗚呼、そうですね。其れもそうです。愚問でしたね。私と、月君は」
「竜崎」
「はい?」
「僕からも一つ良いか」
「質問、ですか」
「如何していつも、僕が来る前に扉を開けてくれるんだ?」
「判るからですよ」
「判る?」
「はい。月君が来てくれるの、判っていますから」
開けるのは容易だと男は笑った。
痩せた男の、その中でやけに大きな印象を受ける黒目がちの瞳は隈に縁取られていて、血色も良くない彼だ…外見で言えば決して良い印象は与えない。
ただよく見れば整った顔立ちの、聡明な印象の彼は笑えば年齢よりも幼く穏やかな印象を与えた。
「僕が来るのが?」
「はい。喩えば、」

―貴方が、此処に来るまでに建物に入ってから何回溜息をするかとか。
―貴方が、この部屋の呼び鈴を押すのに一度躊躇ってから押そうとするのとか。
―貴方が、今日階段を一段踏み外しそうになってバランスを崩したとか。

「趣味が悪い。隠しカメラか?」
「いいえ。違いますよ。判るんです」
「そうとは思えないな。まるで見てるようじゃないか」
「信用して貰えませんか。仕方ない。では、これはどうです?」
骨張った形の良い指がくるりと輪を描く。
「今日、月君は私に会いに来るのに電車で乗り換え三回です」
「残念。僕はいつも―…」

―そうだ。
今日僕は家からではなく、所用を済ませてから此処に来た。家からならば乗り換え二回。
けれど、今日は乗り換え三回。

「如何しました?」
「…竜崎、お前…」
「盗聴器も発信機も、GPSも使ってませんよ。………判るんですよ、月君」
もう一度男は笑った。
竜崎という変わった仕草の、変わった風体の男。
僕は彼の本名も彼の正体も何も知らない。
「………また、来るよ。竜崎」
「はい。お待ちしています」

 

 

呼び鈴に指先が触れる前に扉は開く。
中からひょっこりと顔を出した男が薄く笑った。
「こんにちは、竜崎」
「はい。こんにちは、月君」
今日も積み上がるお菓子に埋もれるようにして座った男が笑う。
友人と呼べるのか、奇妙な関係の僕たちはいつもこの部屋でしか会わない。
この部屋に竜崎という男が本当に生活しているのかも判らない。生活臭がない。
積み上がったお菓子はきっと彼の嗜好故、たぶん何処に行っても積み上がるものだろう。
「僕は時々、」
「うん?」
「これは、お前は…、この部屋は、全部夢なんじゃないかって思う時がある」
「そうですか」
「酷く現実味を帯びないから、僕が初めて友達だと思えたお前は幻なんじゃないかと思う」
「月君」
「非道く馬鹿らしいと笑ってくれたらいい」
「いえ…、笑いません」
向かい合って座る椅子の上で膝を抱え直した竜崎が視線を落とす。
「月君、誰が…何が、現実と夢との境界線を引くのでしょう。若しも誰も彼も夢現の区別が付かず過ごしているのなら、なら…今これが夢だと、現実だと、断定なんて出来ますか?」
「竜崎」
「私も、だから判りません。これが、夢なのか…現実なのか」
伏せた瞳と一緒に吐き出された声はいつもよりも小さく頼りなげに聞こえる。
「若し、月君の存在が夢だと言われてしまえば否定する事が私には出来ない。月君が同じように思うのなら、それを馬鹿らしいと笑うことは私には無理です」
伏せた視線を上げた彼が、呆然と見詰めていた僕に笑いかける。
嗚呼、ほらそうやって笑うと印象が…変わる。
「月君。是が、この邂逅が夢だとして…私たちは互いを友人と認め、そうして現実に戻った時、その時、どうなるのでしょうか。縋るのでしょうか、それとも」
「……馬鹿らしい」
「そうですか」
「夢なら、夢と思わなければ良い。認めなければ良い。それだけじゃないか」
夢を夢と認識することで夢になるのなら、現実だと誤認しておけばいい。
小さく笑いを零した竜崎が「そうですね」と呟く。
「でもね、月君。現実は―…」

 

 

呼び鈴に手を掛ける。
一度、二度、三度。鳴らす。いつもは勝手に開いた扉が開かない。
「………竜崎?」
仕方なしに預かっていた合い鍵を使って部屋を覗いた。何もない。其処にいた筈の竜崎も、在った筈のものも何もない。
「………何で」
生活臭のない部屋。
家具もカーテンさえも何もない部屋の合い鍵。
手の中に握り込んだ其れがやけに重く感じられて、呆然と部屋を見渡した。
あんなにいつも高く積まれていたお菓子も何もない。竜崎という人間が居たはずの形跡が何一つ、無い。
「…竜崎」
穏やかに笑ったのは。
違う、確信を持つようにあれは眠ったのだ。暗く冷たい土の中に。
名を。本当の名を。知ったはずだ、自分は。
「………嗚呼」
―やっぱり馬鹿みたいだ。
夢と現実の区別など誰が境界線を引かなくても或る時点、或る一点に因って引かれていくのだ。
「そうだ、お前はとっくに」
自らがそう仕向けたじゃないか。
だから後で名を知って、こんなに簡単なら自分の手で名を書いてやりたかったと思ったじゃないか。
良くも悪くも友人のような親近感と対抗意識を持てたのは、生まれてこの方竜崎一人だったのだから。


”でもね、月君。現実は、いつかはやってきて夢を醒ましてしまうんです”

穏やかに笑って言われた言葉は、自分が見た幻でしかない。
何処から夢想であったかと言われればもう僕には境界は曖昧すぎて、突然降ってきた現実との格差との認識の差違にただ呆然とするばかりで。
名を、

 

「此処には、いないじゃないか。………L」


知ったのが何よりの証拠。



>>椎○林檎の同タイトル曲からリスペクト。
   なんというか現実と夢の区別が付かなくなって、突然落とされたとかいいんじゃないのかなと思って。
   初めて書いた月とLがまさかこういう形とは自分でも驚いた。

   でも倒錯的なのは、結構好きだなと思うわけです。この二人ならばあり。

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