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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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だから如何ってことは無いんだ、と何時もの様に言うには少し勝手が違っていた。
執務として最後になる書簡に目を通してくるりと器用に丸め、控えていた女史に渡した月は小さく溜息を吐く。
その事さえ彼がこの事態に珍しく戸惑っているのを見て取れた。
「清美」
「…はい? 主上」
「ごめん。その主上っての、今は止めてくれないか…。なんかもうその呼び方さえ嫌いになりそうだ」
曲がりなりにも王という存在なのだからそんなことをいうこと自体意味が無いのは知っている。
弱音を吐いた月に清美と呼ばれた女史は内心苦笑しながらも気遣いの言葉を掛ける。
「…何か、ありましたか?」
「ああ…。別に些細なことだからいいんだ。大丈夫」
本当に大丈夫ならば、こんな風にはなってないだろうと清美は出かけた言葉を飲み込む。
明らかに、誰が如何見ても今の月は憔悴している。
「無理だけはなさらないでくださいね」
しかしこれ以上の言及は許されては居ないのを空気で察した清美はそれだけを口にして渡された書簡を持ち、房室を後にした。
退室間際、背中から溜息がもう一度聞こえて溜息を吐きたいのはこっちだと一人ごちる。
「……一体なんだと言うのかしら?」
首を傾げれば、向かいから歩いてくる女御の姿。
見知った顔に清美は軽く手を上げて挨拶をした。
「海砂」
「あれ? 清美? ……今もしかして月のところに行ってたの?」
「ええ、まぁ」
「……変だったでしょ」
「あれ、何時からなの?」
「確か半月ほど前から」
「……長いわね」
「長いよー…。もう本当、竜崎も頑固なんだから」
首を竦めてそういう海砂は王と台輔の身の回りの世話をしている女御である。
女御は何人もいるが、特に二人はこの見た目は派手そうな女性を信頼して傍に置いていた。そして清美もまた彼女が信頼に足りえる人間なのだと知っている。
「台輔? 矢張り台輔が絡んでるの?」
「間違いないと思うよ。…しかし海砂は口止めされているのでこれ以上言えません。月にも言う気はありません」
口元に手をやって片目を瞑り茶化して言う言葉は念のため、と清美と月に対して言われた。
この場にいるのは自分だけのはず、と清美が首を傾げる後ろから通りの良い涼やかな声が紡がれる。
「それは困るな、海砂」
「聞きたいならご自分で」
何時の間に背後に立っていたのだろう。
月が困ったように眉根を寄せる。
「聞きたくてもあいつが何も言わないんだ。僕に如何しろと」
「そんなこと私に言われても困ります。好い加減降参したら?」
「だから僕が何をしたって言うんだ」
「私に言わないでって言ってるでしょ。言うのなら直接竜崎に言ってね」
もう巻き込まれるのは懲り懲りなんだから。
そう言い捨ててさっさと清美と月の間をすり抜けていく小柄な女御の姿は、すぐに通路の角に消えた。
取り残された二人は違う意味での困った視線を彷徨わせ顔を見合わせる。
「参ったな」
「……はぁ」
「この事は、内密にしてくれ」
ひらりと手を振って歩いていく月の姿に清美は矢張り珍しいものを見たという印象でただ「はい」と返事をした。

 


「簡単ですよ、主上」
「粧裕、主上って呼び方止めてくれ」
「だって仕事中…」
「今、お前にまでそんな呼び方されたら僕は間違いなくへこむ」
「そんな大袈裟な」
「勅令で主上って呼ぶの禁止にしたっていいくらいに追い詰められる」
「………」
大きな溜息を吐いて方卓に突っ伏す月に向かいに座った粧裕が苦笑する。
仕事中とはいえ今日やるべき執務は終えてその帰りに月に呼び止められ捕まった形だ。特に時間に制限は無い。
粧裕はちらりと廊屋に視線を遣り付近に気配が無いのを確かめる。
「お兄ちゃん、あのね」
「…うん」
引き取られて暫く、月に懐いた粧裕は身分や何も関係なく月を兄と呼んだ。今も妹のように思ってくれる月はその呼び方をするのを許してくれている。ただ粧裕は自分が今、国府の地官として働いている自覚上私生活以外で月を兄と呼ぶのは避けていた。
それは自分の中での線引きとけじめとしてのことである。
「………竜崎さんに名前で呼んでもらえなくなったんだよね」
「…うん」
突っ伏した腕で月の表情は見えないがかなり落ち込んでいるのだろう。
粧裕が引き取られた頃にはもう麒麟である竜崎は月のことを名で呼んでいた。少なくとも主上、と役を示すような単語で呼んでいた記憶は無い。
「もう僕には何が何だかさっぱりだ」
「誕生日」
音を上げた月に粧裕がこれ以上無い手掛かりの一言を与える。
「誕生日?」
その言葉に月が顔を上げた。
思い当たるものを全て洗っているのか視線が虚空を彷徨う。
「……あ」
「分かった? とにかく竜崎さんはそれで拗ねてるんでしょ。お兄ちゃんが悪いんだから謝った方がいいよ」
粧裕の言葉に流石に反論も無く困った顔をする月に、粧裕はにこりと笑う。
「それじゃ、私はもう戻るね。ちゃんと今日中に仲直りするんだよ」
そして止めの一言。
努力するよ、と答えた月は軽やかに去っていく義妹の後姿を見送ってからまた一つ溜息を吐いて預けるように方卓に額を充てた。
まさかそんなことで名を呼ばなくなったか、と一蹴することは出来ない。
誕生日。
今年は在位として一つ区切りの良い年だ。王と麒麟の生まれた日を基準として祭典でもしようと言い出したのは月の方である。
言い出した時期が中途半端だったせいか年の区切りで言えば月の方が早い誕生日も、祝うには竜崎の方が早くなってしまった。
最初は気乗りしていなかった竜崎を説き伏せて、竜崎の誕生日を祝ったというのに最近は忙しかったせいか自分の誕生日のことなどすっかり忘れてしまっていた月である。
暦をふと逆算して、確かに彼が自分の名を呼ばず主上と頑なに呼び始めた頃と一致するのを確認する。
間違いなく今回の原因は自分の方にあると月は認めざるを得なかった。
「……まさか、そういうことだったなんてなぁ」
一人ぼやいた言葉に、これから謝りに行かなくてはと身構えたはずの相手の落ち着いた声が落ちる。
「何がそういうことなんですか?」
「…竜崎」
「勝手に入ってすみません、主上」
主上とその呼び名に僅かに眉を寄せた月は、しかし文句を言わず一つ息を吸った。
「…………悪かった」
「…はい?」
突然の詫びに目を丸くした竜崎が首を傾げる。
「僕が悪かった、って言ったんだ。お前…僕が、約束を破ったことを根に持ってるんだろう?」
「……根に持ってるって何ですか。人聞きの悪い」
「そうなんだろう?」
「別にそんなことはないですよ」
「竜崎」
「はい」
「なら、何で怒ってるのか理由を教えてくれ」
「怒ってなんていません」
「怒ってるだろう」
「怒ってませんったら」
「怒ってる」
「しつこいですよ」
「大概お前も頑固過ぎるだろう!」
「月君がそんなだからですよ!」
思わず声を荒げた月に言い返した竜崎がしまったと口元を押さえる。
久しぶりに聞く、音だった。
「竜崎」
「……しくじりました」
心底悔しそうに呟く竜崎が小さく息を吐き出す。そして観念したように口を開く。
「…私は、別に……怒ってなんていません。ただ」
「ただ?」
「何だか悔しくなっただけです。貴方は、私の誕生日は忙しくても覚えてるくせに自分のは忘れてしまうんだって」
「……別にそういうわけじゃ、」
「月君は何だかんだ言っても自分の事は蔑ろにしがちです」
私はそれが心配なんです。
そういって月の頬にそっと触れてきた指先は少し冷たい。
竜崎の指先に自身の手を重ねるようにして月は、その手を引き寄せる。
「気をつけるよ」
「…そうしてください」
「竜崎」
「はい?」
「名を、」
方卓を挟んで向かいに立つ自国の麒麟を見上げて月は逸らさずに言う。
「名を呼んでくれ、エル」
「月君」
「…うん」
落ち着きを持つ穏やかな声にもう一度と強請る。当たり前のように呼ばれる名に月は瞳を伏せた。
名を呼ばれないことがこんなにも堪えることだなんて知らなかった。

今までそんなことにも気付かなかった、二人の当たり前がとてつもなく愛しいと思えた日でもあった。




>>十二国記ですの。
   十二国パロの月は割と俺様だけど、可愛い性格な気がする。
   それだって俺様でいられるのはきっと麒麟たちが可愛いからだね、そうだよね…!
   とか最早もう開き直った ネタ です(そんな馬鹿な)

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