忍者ブログ
謂わばネタ掃き溜め保管場所
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

房室をさらりと湿度の低い風が吹き抜けた。仕切り代わりに掛けてあった紗が衣擦れの音を立て、ふと入り込んだ気配に竜崎が視線を上げれば両手にたくさんの書簡を抱えた女性が立っている。
「粧裕さん?」
「ごめんなさい。邪魔せずこれを置いたら戻ろうと思っていたんですけど」
柔らかな髪を一つに括り質素な官吏服を着た女性は笑う。
年の頃で言えば二十歳になるかならないか程。纏う雰囲気は穏やかで明るい。
「いえ…。貴女が此処に来るのは珍しいですね。雑用を頼まれてしまいましたか」
「えぇ…っと。まぁ、はい。そんなところです、台輔」
自国の台輔に最低限の敬語でにこりと笑う女性を竜崎は良く知っていた。
「しかし貴女に雑用とは…、頼んだ人は中々肝が据わってますね」
「違いますよ。特別扱いはしないでくれって私が頼んだんです。……主上も、それには納得してくれましたし」
嘗て王の生家があった郷にて起こった乱の生き残りの少女は、身寄りが無く本来なら里親に預けられるところを主上自ら後見人となった。妹のように気を掛け可愛がった少女は立派に成人し国府官吏の試験に合格。今は土地、戸籍の管理を司る地官として国府に仕えている。
「納得…ですか。本当、月君は粧裕さんには弱いですね」
「……そうですねぇ…。今だって”主上”って呼ばれると少し悲しそうな顔するんですよ」
「おや、困ったものです」
「でも」
にこりとその助けた時少女だった女性、―粧裕は悪戯気な光を目に宿す。
「主上が一番弱いのは台輔だと思います」
その言葉に、ぱちくりと竜崎は数度瞬きを繰り返した。
「…はい?」
「本当ですよ」
くすくすと軽やかな声を上げながら書簡を脇机の上に絶妙のバランスで乗せる粧裕の様子に、竜崎は首を傾げるしかない。それは本当に自分では思いもよらないこと。
「勘違いじゃないんですか?」
「…え? ああ、今の? ううん。勘違いじゃないですよ、竜崎さん」
幼い頃からの呼び方で答えた粧裕が「それでは失礼します」と用事は済んだとばかりに房室から去っていく。
彼女の姿が消えた回廊から視線を外せず竜崎は小さく呟いた。
「………まさか」
ありえない、と呟いて竜崎は積み上げられた一番上の書簡を独特の仕種で摘みあげた。

 

「粧裕」
一人堂々と廊屋を歩く背中に声が掛かる。通りの良い涼やかな声を聞き間違える訳が無い。
くるりと踵を返すと余計な動作も無く拱手する粧裕の動きは流れるようだった。
「主上」
「……どうしたんだ? こんな所で」
「台輔に書簡を届けに」
「そうか。…ところで」
「駄目ですよ。今は仕事中ですから」
言い淀み提案する言葉をぴしゃりと遮れば、非常に罰の悪い顔で月が腕を組んだ。
月は粧裕が公務以外で主上と呼ぶのを嫌がる。
身寄りの無くなった粧裕を引き取り気にかけ続けてくれた国の主は、ともすれば本当の兄妹のように接してきた相手だがそれに甘えるつもりは毛頭ない。
相手が言葉を重ねる前に止めに値する笑顔を拵えて粧裕は言う。
「そういえば」
「…うん?」
「台輔、少し調子が良くないみたいですよ。無理させ過ぎじゃないですか?」
「目の隈のことを言ってるのか? あれはあいつの普通だろ」
「……失道しなければ調子が悪くないといえばそうじゃないでしょ。普通にお疲れ気味なんでしょうねって話です」
溜息混じりに粧裕が言えば月が柳眉を寄せた。
思い当たる節は沢山ある筈だ。
「そうか。分かった。……ありがとう、粧裕」
「いいえ、どういたしまして」
迷わず踵を返した後姿に苦笑する。
竜崎には自覚が無いようだが、月は竜崎を生涯の相手として一番気遣っている。
麒麟は王を選ぶ。王は国と民のもの、王にあるのは麒麟だけだと言ったのは王その人だったか、はたまた麒麟の方だったか。
信頼足りえるからこその関係だと粧裕は痛いほどに、幼い頃引き取られてから感じてきたのだ。
間違えるはずが無い。
「…ほらね」
聞こえないように小さく呟く。
そしてそんな二人の関係が粧裕は好きで仕方ないのだ。
兄と思ってくれて良いと言って手を差し伸べてくれた月も、その隣で仕方ないですねと笑って見守ってくれた竜崎も。



>>十二国記ですの
   粧裕には実質上二人のお兄ちゃんがいるようなものかもね

   巧国には他に海砂と清美がいるので、女性陣が強いのかもしれないなぁ。
   でも最強は冢宰だよ。ワタリだよ(…)

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
忍者ブログ [PR]