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………………。
アクセスブロックの文字が脳裏にちかりと浮く感覚に溜息一つ。
あの飄々として何処か掴めずそれでいて気難しい研究者は自分と言葉遊びをしたいらしい。
―――それで?
―――【おや? 今日は機嫌が悪かったかい? お嬢さん】
―――貴方と話してて機嫌の良い時なんてありません。用事は何ですか? ご丁寧に仕事のアクセスだけブロックしてくれて。ただの嫌がらせならこっちにだって手はありますけど。
―――【穏健派の君がそんなことしないだろう?】
―――先ほども言いましたが。機嫌が良くないんです。実力行使に出ても構わないのなら…
―――【分かった分かった。今日は君に免じて私の方が折れよう】
―――ああ。そうですか。助かります。それでは今までブロックしていた分のアポロンからの仕事回しますから。期日までに出してくださいね。
―――【ちょっと…隆元】
―――それでは、ご機嫌よう? サヴァン。
何か言いたげな声を一方的に切って大きく息を吐いた。
非常に肩の凝る相手だ。論理的なようで屁理屈を述べては此方からの仕事など受けようともしない。
だというのに自分の方の言い分だけは通そうとするのだ。本当に厄介な相手だ。
ゆっくりと首を回せばやはり凝っているらしい軋むような感覚に目を細める。
とんとんと軽く肩を叩いているとメールの着信を告げる控えめなサインが示された。
送信者は―……。
【親愛なるクロエへ。
愚かなことだが、君に些細な問いを投げかけたい。
君の感性で答えてくれたらいい。
簡単だよ。
”海が塩辛い理由は?”
出来れば詩的なものが好ましい。
賢者 】
「馬鹿にするのも大概に…っ」
「隆元…?」
思わず漏れた言葉に隣で仕事をしていた職員が顔を上げた。
しまったと思ったのも束の間、ふざけたメールの内容を思い出しその場で大きく肩を落とす。
全くどうしてこう。
「……もしかしてアテナの賢者殿?」
「…………もしかしなくても」
「本当あの人は奇特な人種だよね。隆元をこうも怒らせられるんだから」
からからと笑う同僚に反論する気も起きず元は席を立つ。
ずっと座りっぱなしだったせいか身体中の血行が悪くなっているようだ。
頭ばっかり使う仕事も如何なものだろう、と思いながら部屋を出ると海に面した窓から綺麗な青が覗く。
そういえば今日の天気は快晴だったか。
全てが意図的に地球と同じ環境に制御されている、面積にすればオーストラリア程しかない人工惑星であるこの場所はあらゆる美術工芸を集めた言うなれば惑星一つが博物館であった。
きらきらと陽光を反射する海面は刻一刻と遷り、同じ時は何一つ無い。
忙しなく調停役であるアポロンのIDをぶら下げた人間が行き来する廊下で、海に視線を投げかけていたのは隆元一人。
「……海が塩辛い理由、か」
生まれた頃から海水は塩辛いもの。
そう当たり前に思っていた事象に今更理由をつけるとはいったいどういった趣旨なのだろう。
メールには”出来れば詩的なものが望ましい”とまで書いてあった。
とすればメールの差出人は科学的な根拠からなる一般論を求めていないことになる。
抑もある種の天才である彼にそんな当たり前のことを答えたところで意味はないのだ。
とすれば。
「…………………海の魚が、流した涙」
馬鹿らしい。
ぽつりと呟いた言葉に自嘲気味に頭を振れば、接続したままだったデータベースが控えめに反応した。
頭の片隅。
流れ込む情報に思わず苦笑する。検索を掛けて欲しかったわけではなかったのだが。
(―そうそう。ガイア。それで正解)
隆元の零した答えがどこから来たものなのか。それを答え合わせして欲しかったに過ぎないのだろう。
この惑星アフロディーテには高性能なデータベースが数種存在している。
それは各部署に設置され脳外科手術によって全体の半数以上の学芸員たちと脳内で直接繋がっている。
アポロンのムネーモシュネー。ミューズのアグライア。アテナのエウプロシュネー。デメテルのタレイア。
そして次世代型とも言える、未完成で未知数のガイア。
その中でガイアに接続している人間は少ない。自分を含めて三人の、接続者と言うよりは教育者。
人間の感情さえも鮮明に”理解”出来るようと作られたデータベースの性質は幼い子供のようだった。
何でも知りたがるし。何も知らない。
数値化されたデータとして記録するのではなく、それこそ理解しようとする。
芸術・美術において純粋に綺麗と思う、その感情をただの数値化されたデータとして保存するに留めないための、そのために作られたデータベース。
(うん、でも可笑しいな。……まさかこんな時に絵本を思い出すなんて)
片隅でよく分からないとデータベースが伝えてくる。
この感情もゆっくり勉強していこうと約束をして完全に接続を切った。
接続を繋げている負担を最小限に減らしているとはいえ、直接接続を繋げる負担というのは掛かる。
心なしか頭の軽くなった感覚を覚えて隆元は歩き始めた。
「えぇと。つまり…賢者、さん?」
「何だい。小さいお嬢さん」
「………慇懃無礼って貴方の為にあるような言葉だな。ホント」
「これはこれはお褒めいただいて光栄の至り」
褒めてない。
と小さく毒づいて隆景はとある研究室の一画にぽつんと置かれた石版を眺めていた。
綺麗に彫り込まれた精密な図柄は遙か昔の遺物であるのは言わずもがな知れたことである。
「話を戻して良い?」
「どうぞ」
「……貴方には想像力が足りないから力を借りたいってことだよね?」
「おや。無礼は君も同じなようだ」
「違うよ。僕は素直なの」
一回り自分の体格より大きいパーカーにデニムという一見少年に見間違えられそうな出で立ちの少女が肩を竦める。
眺めていた石版は先日此処に送られてきたばかりのものだ。
「……ノットねぇ」
「海を意味するのだけは知れたんだよ」
北欧の方では装飾の意味合いも込められて用いられるそれは縄や紐の結び目を模している。
ぐるりと絵を囲むようにある縄目に何か意味があって、それが”海”を意味しているのは知れたのだと目の前の研究者は言った。
其処で、困ったように投げかけられた問いが。
「でも何で”海が塩辛い理由は”になるの?」
「いや此処の縁のね、文字があるだろう? 解読したのさ」
「そうしたらそう?」
「そうそう。さっぱり分からないよ」
元々私は科学者気質なんだ。
そうぼやいた研究者を横目に隆景はその問いを思い出す。
(ガイア、通信履歴。ここの胡散臭い人がガイアを介した履歴を見せて)
ぱっと解析画面が表示されて、それに隆景は笑った。
ああ、成る程。この人は。
「あのねぇ。賢者さん」
「なんだい?」
「姉に振られたからって僕に寄越すのは如何なものかと思うよ」
「おや…」
「そして仕方ない。振られちゃった可哀相な賢者さんに一つ」
よいしょ、と椅子から立ち上がって傍らに置いていたキャスケットを被る。
「それね、海の魚が流した涙…だよ」
「ん?」
「姉ならそう言うよ。僕もそのお話は好きなの」
「……謎々かい?」
「違うよ。さっきの答え」
ひらりと手を振って部屋を出て行けば、思案顔の研究者が形式だけと手を振り替えしているのが見えた。
北欧の伝承を元に作られた絵本。
母親が買ってくれたものだったか。
綺麗な青が印象的な絵本だったように思う。
若い二人が世界に絶望して身を投げた。優しい二人の悲しい思いは海に溶けて、海にいた魚たちが彼らを思って泣いた。
その涙が海を塩辛くしたのだとそういう話だった。
どうして生きられなかったのという前に、斯くも世界は残酷で優しいかと思った。
(―うん。ガイア? このお話知ってるの?)
接続したままであったデータベースが先程もその話で検索を掛けたのだと応える。
自発的に行ったらしい検索結果に隆景は笑う。
(そっか。じゃ、僕もガイアも正解、だね)
「サヴァン?」
「……おや。直接出向いてくれるとはね…。嬉しいよ、クロエ」
「ついでです。ついで」
ばさりと預かってきた書籍を手渡すと一瞬その重さに目を丸くした男が笑う。
両手の塞がった状態であるのに器用に肩で扉を開けた男が隆元を部屋に招き入れる。
此処までその重い資料を持ってきたのだ。手伝いはしない。
「……先程のメールの答えですけど」
「ああ、うん」
「要らないですか?」
「いいや。君の答えが聞きたいね」
「………それが、余りに子供の様でも?」
「君の出す答えが聞きたいんだよ」
崩れないようにテーブルに資料を置いた男がすっと部屋の一点に指を向けたので、その指先に釣られるように視線を向ける。
保護用の布を幾重にも敷いた上に一枚の石版があった。
それは確か数日前にアフロディーテに届けれたものであったはずだ。
「ああ。貴方の所に来てたんですか。これ」
「文字の解読が難解だって、担当者に泣き付かれたんだよ」
「それで協力を? 珍しい」
「まぁ偏に興味があったからだけれどね」
歩み寄った石版は思ったよりも小さく所々風化して欠けてしまっていた。
本当は彩色もなされていたのだろう。それもすっかり剥がれ落ちてしまっている。
「……これ」
「そう。これに対する問いなのさ。あれは」
「エターナルノット」
「……うん?」
「永遠の絆、です。この周りの…」
紐を複雑に結んだような文様が掘られたレリーフの周りを飾る。その結び目が。
昔何処かで見た形に良く似ていた。
北欧では装飾の変わりに結び目を使ったものを代用していたこともあると聞く。その文献の一つで見たのだったか。
結び目を繋がった絆に見立て、循環するようにノットを幾重にも重ねたそれを。
「エターナルノット? エウプロシュネー、検索を」
隆元の呟いた言葉を素早く検索させた男が小さく「成る程」と漏らした。
海の描かれたレリーフの周りの循環された結び目。そして問い。
それらは全て。
「……海が何故、塩辛いのか」
本当は素手で触ってはならぬ石版の、その長い時を経て滑らかになった彫刻面に指を這わせる。
硬質な冷たさは余り感じず、ざらりとした砂と土の混じった感触だけが指先に残る。
「魚たちの涙?」
「知ってたんですか?」
「いや」
「……二人の若い男女が身を投げた。その二人の永遠の絆を忘れないために流した涙」
「二人が命を絶った事に対してではなく?」
「それは解釈の違いだから。……少なくとも、世界はその為に海を塩辛くはしないと私は思います」
「海を巡る永遠の絆。全ての命が繋がる円環。………ふうん。同時に送られてきたもう一つの石版の暗号が難解だったんだが、どうやら解けそうだね」
石版に触れていた指先を取られて導かれるままにしておいた。
どこか恭しく礼をした男がその指先に口付ける。それはまるで中世の騎士が守ると決めた主君に対して行った誓いの様でもあり、
「ありがとう、隆元。矢張り君は素晴らしいね」
「……そういうの止めてくださいって言ったでしょう。役に立てたのなら光栄です」
くるりと踵を返して彼の横をすり抜ける。
耳が少し赤くなっていたのはばれなかっただろうかと情けないことを思ったが、何も言わない所をみると大丈夫だったようだ。
音もなく扉が閉まった瞬間。
接続を切っていたデータベースから着信のサインが送られる。
「………嫌だなぁ。もう」
届いたメールに隆元は苦笑せざるを得ない。
【親愛なる照れ屋のクロエ。
君の答えとなった物語、私もどうやら好きそうだよ】
>>やってしまった。博物館パロで分類不可。
非常にサヴァンとか言う人間が嫌なやつだなと再認識した瞬間だったような(?
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