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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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欲しいと思ったから手を伸ばして、それに触れてしまいたかった。
嬉しそうに笑うから、出来ればその顔を自分にも向けて貰いたかっただけだった。
初めて会った時の少しだけ怯えたような表情もよく覚えている。
目で追いかけていたから、だから本当は誰よりも自分より兄の方を好きだって言うのもよく分かってるんだ。


「……、嫌な夢を見たなぁ」
くったりとソファに身を預けて、これからシャトルに乗り込むというのにオズの表情は晴れない。
齢は二十代も後半に差し掛かるが、彼の容姿はどう見ても10代後半か20代前半にしか見えない。言い換えれば幼さを含んでいた。
先天的な遺伝子異常の病気による発育不良である。腕の良い医者に治療をして貰ったおかげで命に別状もなく良い経過を辿ってはいるが、同じ年齢の男性にしたら矢張り幼い印象は拭えなかった。
しっかりと結んでいたタイを緩めて、そのままずるずるとソファに横になる。数分後には貴賓用待合室の、この居心地の良いソファから立ち上がらなくてはいけない。
そういえば数日、忙しなく動いた外交情勢のせいで睡眠時間が満足にとれていないと思い当たった。
だから夢見も悪いのかもしれないとオズは思い直す。
本当は分かっていても目を瞑っていたいこともあるのに、どうしてか自分の深層意識で何時だって再確認させられるのだ。それは不安にも似ているのかもしれない。
「オズ?」
控えめな音と共に声が掛けられた。背もたれが邪魔でソファに横になっているオズの姿が見えないのだろう。
ドアの閉まる音も控えめで、歩み寄ってくる音も同じように控えめ。
「具合でも悪い、」
「ううん。少し眠かっただけだ」
背もたれに指が掛かったところで、心配そうに覗き込んできた金の瞳に笑って返した。
返事は思いの外しっかりしていたというのに背もたれにあった指がするりとオズの額に伸びる。体温を確かめる仕草に大人しくしていると、
「オズ、眠れてない?」
正に的確な言葉が降ってきた。
「どうしてそう思うわけ? ちゃんと寝てるよ、ギル」
「……嘘。このところずっと忙しかったから」
額にあった手を掴んで上半身を起こすと、まだ心配そうにしているギルバートに「大丈夫」と告げる。
言葉は返ってこないが見詰める金の瞳が未だ訝っているのが分かって、オズは内心苦笑を零した。全く、とんだ心配性だ。
「ギル、本当に大丈夫だ」
「……オズ」
「嘘じゃない」
起き上がってソファの場所を空けるように詰める。意図を察したのか掴まれた手を振り解くことはせずにギルバートがオズの隣に腰掛けた。
「それ、昨日頼んでいた資料?」
ふと脇に抱えられていた書類ケースを見つけてオズが問えば、ソファの端にそれを置いたギルバートが首を振る。肯定とも否定ともとれない曖昧な行動は、しかしよく知った人間からすれば肯定であることなど簡単に知れた。ケースに手を伸ばそうとして止められる。
「ギル?」
「……オズ、やっぱり少し予定を調整しよう」
「何で? いいよ」
首を傾げれば、先ほど解放した手がオズの顔に伸びる。
「気付いてないのか…? 顔色が良くない。大分片付いたし一日くらいスケジュール空けることは出来るから」
そうしよう? とあくまでオズの判断を促す言葉を投げかけたギルバートに笑うしかない。
秘書として主の体調管理も把握するのは重要なのだろうが、あまりにも察しが良すぎる。
「心配性だなぁ」
「オズ、真面目に言ってるんだ」
「分かってるよ。でも本当に大丈夫なんだ」
首を振って笑ったオズが何も言えないでいるギルバートの脇に手を伸ばし、ギルバートの体を挟んで置かれた書類ケースに触れる。あ、と小さな声が上がったが笑顔で黙殺した。押し黙ったギルバートの目の前でケースを開き丁寧に振り分けられた書類に目を通す。
「……うん、大分目処が立ったかな。これならシャトルでぼんやりしてても平気そうだ」
ざっと一通り目を通してケースにしまい込む。そこまで切迫した内容ではない。
この数日緊迫した状態が続いていたから尚更そう思うのかも知れなかったが、そこは別としてもオズにとっては多少ゆったりと構えていられる状況だった。
ソファから立ち上がって向かい側のソファに放っていた上着に伸ばした手を、そっとギルバートが遮る。
「ギル、」
「駄目。やっぱり駄目だ。……今日は休んで、明日移動しよう」
立ち上がったギルバートはするりとオズの脇を抜けると、扉を開けて部屋から出て行ってしまう。
声を上げて止めたかったが、部屋を出る寸前に振り返ったギルバートが小さく首を横に振ったので諦めた。あれはどう言っても反対する姿勢だ。勿論オズが無理にでも行くことを決めて動けば従うしかないのだけど、後で色々と引き摺られても困る。
「……参ったな」
小さく零す。休むと言うことは否応なしに睡眠を摂らなければならない。
寝ないという選択肢もあるが、それはそれでまたギルバートに心配されるのは目に見えている。
眠るしかないのだが、先ほどのような夢は見たくなかった。


***


それは、残酷で純粋な思いだったのだ。
似た面立ちの兄は自分よりも大人だというのにやけに子供っぽくて、兄よりも年で言えば近かった自分は少しだけギルバートに違う意味で興味を持った。柔らかな癖毛を揺らして、兄が職務放棄で置いていった書類を困ったように片付けていた背中に投げた言葉。

――ねぇ、ギル。ギルはさ…

「……くそ」
案の定夢は此処に定着する。今更何を突きつけるというのか、とオズは小さく吐き捨てた。
結局今日のスケジュール全てを綺麗に後日調整したギルバートが用意したホテルの一室で横になりながら、天井を見上げる。眠れるわけがない。
もっと忙しく動いて疲れ切って、夢を見ないくらいになって寝ないと意味がない。
「……勝手にいなくなったくせに、いつまでたってもオレの邪魔ばっかりだ」
五歳年上の兄はオズと同じ髪色、瞳、そしてオズよりも天真爛漫な性格をしていた。それでいて今のオズと同じように外交官を務めていた時には信じられないくらいの手腕を発揮していたのだ。残された書類を見ただけで分かる。
なのに何事もないように笑って、微塵も苦労など見せたことがなかった。もしかしたら自分の秘書の前に兄の秘書として動いていたギルバートなら苦労を知ってるのかもしれない。
けどその事実さえ決してオズに良い思いを抱かせない。
兄はある日突然姿を消した。それは唐突で、オズもギルバートも、誰も予想していなかった。
暫くは消息を絶ったことで慌ただしかったし、それが落ち着けば落ち着いたで問題がなかったわけでもない。
オズは一度寝返りと打つ。と、部屋の扉が開いた音がして視線を向けた。なるべく音を立てないように入ったのだろう、ギルバートが照明が絞られた部屋の中で、先ほどまでオズが手慰みに読んでいた書類の一枚を拾い上げた。
読んだ後床に放ったから散らばるのも無理はない。
一枚一枚拾っては丁寧に揃えていく。その姿に随分と前の、まだ兄がいた頃の記憶がフラッシュバックした。
息抜きにちょっと出てくると書き置きを残して執務室から姿を消した兄の、その机に置いてある書類を整理していた嘗ての彼女の姿に、その後ろ姿に。
「ギルバート」
「……え? あ、オズ。ごめん、起こしたか?」
最後の一枚を拾い上げたギルバートが弾かれたように顔を上げる。とんとんとサイドテーブルの端を使って一つに纏めて、矢張り床に放ってあったケースに仕舞うとそれをテーブルの上に置いた。
ベッドの上で横になっているオズを覗き込んだギルバートの腕が引っ張られる。小さく息をのむ音とベッドに倒れ込む音は同時だった。
「オズ?」
オズに腕を引っ張られて半分隣に倒れ込む形になったギルバートが戸惑ったように名を呼ぶ。

――坊ちゃん?

昔の呼び声と重なる。ああ、これは良くないとオズは思った。
確かめなければ良かったと何度も思ったが、確かめなくても結局は分かってしまったことだ。見ていたら分かった。目の前の彼女の思い人が誰であったのかなんて。言われなくても傷つけなくても知っていたのに。
「ギル、後悔してる?」
「……え?」
「オレの手を取ったこと」
言われた意味を飲み込めず目を丸くしたギルバートの左手には指輪がはまっている。同じデザインのものがオズの左手にもあった。その手を取って指輪をなぞる。そうすれば言葉の意味も、その中に含まれるオズの真意も知れるだろう。
そして問いにギルバートが答えられないことくらいオズは知っていた。
弱くギルバートの肩が揺れる。
あの時だってそうだった。

――ギルはさ……、ジャックのことが好きなの?

違います、と弱く首を振った少女の幼さを残した面影が、今のギルバートに重なる。
ついと手を伸ばしてギルバートの頬に掛かる髪の毛を払ってやった。それでさえ揺れるのだ。酷く酷く、また傷つけたなと思う。
「……ギル?」
後悔するのに止まらない。答えを促すように名前を呼べば、また肩が揺れた。その薄い肩を押す。
上半身を起こして押し倒したような体勢になったギルバートの手に手を重ねた。絡め取るような様子に、けれどギルバートが抵抗を示すことはない。
「返事は?」
「オズ、」
「……ううん。やっぱり良いよ」
何かを言おうとしたギルバートの言葉を封じ込めるようにオズは唇を重ねた。触れるだけの口づけに、それでもぎゅっと目を瞑ったギルバートを見下ろしてオズは残酷に言葉を落とす。
「ギルが、オレじゃない誰を好きでも、オレはお前を手放す気はないから」
――そう。だからこそ身分の低い彼女を多少の無理をしてでも娶ったのだから。
ゆっくりと頬をなぞるように手をあてれば信じられないほど弱々しい声で名を呼ばれ、またもう一度唇を重ねた。



>>博物館惑星設定の二人。珍しく病んでるのがオズ。
   愛してる、の言葉を貰うより、愛してるの言葉で縛ろう。
   そういうこと。

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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