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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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狭いシャトルから出ればゆったりと地球と同じ分の重力がかかる領域に差し掛かる。
ここで重力に慣れた後にシャトルポートに出るのだが、どうにも火星の低重力に慣れてしまったせいか重力差に顔を顰めることになった。
芸術品や動植物、此処に存在する全ての保全のため、この人工惑星には地球と同じ分の重力が掛かっている。
「遅いぞ」
やはり火星研究機関暮らしが長いとこうなるかと頭の端で重いながら、ぺたぺたと緩やかな足取りで通路を歩いていたところに通りの良い声が掛かった。
冷涼ささえ感じる声は聞き慣れている。
「おや、月くんの方が早かったようですね」
きっちりとスーツを着込んだ細身の青年に笑いかければ相手は盛大に溜息で応酬した。出かけ間際、野暮用が入り一便遅れることになった。それを連絡するのを忘れ、相手から問われてから初めて一便遅らせたことを知らせたのは間違いなくエルの不手際である。溜息一つで済むのなら有り難いことだ。
「早いに決まってるだろう。全く、遅れるなら遅れると連絡を寄越せ」
「すみません。焦ってたんですよ」
特段そのような素振りも見せずに月の横にまで歩み寄ったエルが宙を仰いだ。
「別に遅れることを責めてるわけじゃない。不測の事態だったんだろう?」
「いいえ? そういうわけではないんですけどね。ああ、まぁ……でも同じようなものかもしれません」
シャトルのチケットを手に持って部屋を出る時に呼び出しを受けたのは、偏に火星研究機関の一ブロックで緊急退避信号が発令されたからだ。結局、ちょっとした実験の小さな爆発にセキュリティシステムが反応した誤作動で、大事ではなかったのだが、それでも研究機関を任されている身としては原因が解明されるまで離れる訳にはいかなかった。
「それよりも」
思い返しながらもエルは隣を歩く友人に笑いかけた。
「時間はあったでしょう? 見てきたんですか?」
主語が完全に抜けた問いかけに姿勢正しく歩いていた月が緩く首を振る。
「いいや、まだだ」
「そうですか」
「何だよ、その含んだ笑い方。……ここからだと結構時間が掛かるんだよ。お前を迎えに往復しなきゃいけないなら時間がないと思ったんだ」
少しだけ子供っぽい言い訳をして月が視線を逸らす。その様子にエルは小さく笑みを零した。
友人にしては年が離れているのだが、月とエルは偶然であった時から反発し合いながらも交友を深め、現在に至る。
日本の一官僚の月と火星研究施設の所長であるエルは一見通じるところがなさそうだが、思考も何もお互いに興味深い相手だった。だからこそ距離は離れ、職業も全く違っても関係は続いている。
「しかし、よくまぁ……片腕だけとはいえ見つけたものです。あんなもの見つけても復元さえ難しい状態でしょうに」
「復元には確か技術提供したんじゃなかったか?」
「いいえ。元々提携していた開発がありましたので、それの一環です」
肩を竦めてエルは息を吐く。
話題に出ているのは先日、業務連絡のような面持ちの個人メールに書かれていた芸術品について、だ。
”春の微笑み”と名付けられた彫像は数ヶ月前に海底から引き上げられたものだ。偶然が重なりほぼ損傷のない状態で見つかった本体だが、その象られた女性の両腕だけは失われていた。そしてそれに変わった反応を示したのが月である。
昔見たことがあるんだ、と漏らされた言葉にエルは迷わず現物を見に行くことを勧めた。
まだ展示出来る内容ではないものを見学するには許可が必要だったが、彼の出した申請書に自分も後押しの書類を添えた。そうして許可を貰って久々に見た彫像の、失われた腕に落胆を示した月の言葉に興味を持った学芸員が声を掛けた。
「にしても、良い仕事してます」
「……は?」
「ニアですよ。メールが画像ファイル付きで来たんですが、もう片方の腕の残骸も何個か拾えたと演算と解析結果も添えられていたんです。それに掛けた時間がね、なかなか…」
「嬉しそうだな」
「それはそうでしょう? 立派な学芸員になったものです」
笑ったエルが少しだけ首を傾げる。
月に声を掛けた学芸員はエルの血縁に当たる。幼い頃に両親を亡くしたのを引き取り育てた存在がいつの間にか自立し、自分とは違う研究機関で一人前の学芸員として働いている。嬉しくないわけがない。
小さな頃から頭は良かったが人付き合いに難のあるニアがやっていけるのかは正直最初は不安だった。
けれど素っ気ないメールの遣り取りと、技術提供の為にこの人工惑星に赴くニアの幼馴染みの二人の話を聞いて、それなりに上手くやっているのだと知って安心したのだ。
元々人嫌いではないらしい。
「変わってはいるけどな」
「それは……、まぁ研究者なんてどれも似たようなものですよ」
「それはそうだな」
戯けて返したエルに屈託無い笑いが返った。
学芸員は美術品を扱う面、芸術家も多いが、本質は研究者に近い。火星の研究機関で学生時代を過ごしたニアは正に研究者肌の人間だろう。
「お前に似てるところあるし」
「……うーん。褒めてるんだか貶されたんだか分かりませんね」
小さく笑いを含んだまま、「ああでも」と続いた言葉にエルは隣の月を見遣る。
「確かにお前の言う通りだったよ」
「何か言いましたっけ?」
「容姿の話だ。僕好みだって。確かにあれは人目につく」
白い、どこか色を厭うように真白を纏う細い影。
管理統制された夕日の中で、朱く染まるのに白さだけは損なわれないような、不思議な感じだった。
「……ああ、あの子の容姿は母方譲りなんです」
「へぇ?」
だから似てるようで似てはいないのかと相槌を打った月が、視界の端に話題に上がった白を見つけた気がして前方へと視線を移す。そして手を振った。
ターミナル出口の傍に立っていたニアが気付き会釈して寄越す。迎えに来たらしい。
「おや、わざわざ迎えに来てくれるなんて珍しいですね」
「お久しぶりです。予定よりも随分と遅いようなので、私以外の人間が心配してたので仕方なく来ました」
移動も人混みも嫌いだと言わんばかりの言いように月は笑った。エルと言えば「そうですか」と相槌を打ちつつもふわりとした癖毛の頭に手を置いて、子供をあやすように頭を撫でる。
僅かに眉を顰めたニアだったが抵抗はせず、為すがままでそれがまた可笑しい。
「夜神さんもお久しぶりです」
「ああ、僕も呼んでくれてありがとう」
「いいえ。貴方の言葉があったからこそ、今回の研究の方針が決まったようなものです」
エルの手から何とか逃れてついとニアは視線をターミナルの外に向ける。
「それでは移動しましょうか。外に車を用意してあります」

 

 

講堂よりは狭い、しかし十分な広さのある部屋に”春の微笑み”は鎮座していた。
傍らにある本来は会議用に使われるデスクの上には作業用の工具や、色々な資料が散乱している。
「どうぞ」
ニアが足を踏み入れた途端、部屋の照明が順次点いていく。回線を通して電源を入れただけなのだが、全く手も音声も使わない分慣れない人間には驚かれやすい。
照明によって鮮明に照らされた彫像の腕は、月が前回訪れて見た時とは違っていた。失われていた両腕が、見るものに訳隔てなく差し伸べられていた腕の片方がある。
「……、これは」
「見事ですね」
嘗て両腕が揃っていた頃に偶然盗み見た記憶のままの、その片腕に言葉を失った月に被さるように賞賛の声が掛かった。
目を細めて彫像を見遣るエルは研究者の表情をしている。
「もう片方は、……壊れてしまっていました。何とか拾えた欠片を解析していますが、ただ……象るものが推測の段階を出ないので、たぶん腕はこのままだと」
「いや」
「出来ればもう片方も、もう少し残っていてくれたら良かったんですが」
ニアの言葉にふるりと首を振って、月は手を伸ばす。
幼い頃に見た、忘れられない光景とほぼ同じ形をした彫像に。
「……凄いよ」
触れる寸前で手を止めた月の落とした言葉に、ニアが不思議そうに瞬きをし、その横でエルが心得たように笑みを浮かべた。
「もう二度と見れないと思っていた」
――本物の腕は。
ニアに腕がどのようであったかを事細かに説明した時、記憶と違わぬように注意を払ったが、それでも記憶されたものと実在するものでは差異が生じる事など分かり切っていた。
個人の記憶によって複製を作ることは可能だ、と告げたニアも「でもそれは元の姿に戻るわけとは違う」とその時に言ったのを覚えている。あくまで研究する上のアプローチとして、月の記憶にある腕の複製を作り彫像と研究する事はあっても、それが元の形であるとは断言出来ないと言った。
腕が見つかる可能性は限りなく低く、数ある彫像と同じように失われた状態がその形であると結論付けることになる筈だった。
「大変だったろうね」
発見された場所から乗っていた船が沈没した位置を演算し、そしてその後どれくらい気力のいる調査をしたのだろう。
見つかった腕は今は修復されているが、発見された当時はかなり損傷が激しかったと聞いている。
「それほどでもありませんよ」
この状態にするまで、どれくらいの労力が掛かったのか月には到底理解出来なかった。
それをさらりと何でもないと言ってのけたニアが、伸ばされたまま触らない月の代わりとばかりに彫像の腕に触れる。
白い指がそっと修復されて綺麗になった彫像の表面をなぞった。
「確かに、これを修復するのには大分手間は掛かりましたけど」
つ、と彫像に向けられていた視線が月に向く。
「貴方が言っていたものを見てみたかったんです。私も、これの研究主任を任された人間も」
白い容姿の中で唯一深い色の瞳が少しだけ細められた。
「それに礼を言うのは私たちの方です。貴方の言葉がなければ最初から無かったものと諦めて取りかかっていたでしょうから」
新しく調査をせずこれが現存する状態だと結論付けてしまい、残った腕はゆっくり海で分解され消えてしまっただろう。
手間の掛かる作業でも構わないと、純粋に見てみたいと思わせた月の言葉が腕の修復の結果を生んだ原動力なのだ。
「なんだか、こういうのは照れるな」
「おや? 月くんが照れることなんてあったんですね」
「馬鹿、茶化すな。……本当にもう一度見られるなんて」
両腕を失った状態で発見された彫像を目にした時には思いも寄らなかった。
片腕だけなのだとしても矢張り差し伸べられる手があるだけで、違う。鮮明に焼き付いた記憶よりも傷んでしまった彫像は、これから訪れ見る人々に隔てなく温かな微笑みと手を差し伸べるのだろう。
「ありがとう」
きっと大衆の目に触れるようになるには今暫く時間は掛かるのだろうけれど。
それでもきっと遠くない未来、”春の微笑み”は人々の目に触れる機会を与えられる。
「いいえ、どういたしまして」
素直に礼を告げれば、傍らに立つ学芸員は普段見せないはにかんだような笑みを微かに浮かべた。



>>デスノ博物館パラレルつづき。
   こんなオチでした。おそまつ。

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性別:
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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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