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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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―此処じゃない。
急いで踵を返し既に日が落ち始めている空を見上げて舌打ち一つ零して走り出した。
祭りの騒ぎは最高潮に達しようとしているらしい。裏通りでも奥の方に位置するこの場所でも十分に祭りの様子が知れた。
派手な音が鳴り響く様は逆に静かな裏通りの虚無感を浮き彫りにする。
皹割れた建物の壁伝いに走りながら元親は小さく息を吐く。
肩で整わぬ息をしながら、何とか呼吸を戻そうと深く息を吸い込み吐き出した。
目の前には立て付けの見るからに悪そうな扉が一つ、ひっそりと佇んでいる。
蝶番は錆び付いていて開けようとすれば強か抵抗するようにざらつく音をあげて、元親はその音に顔を顰めた。

「………おいおい」

軋みをあげて開けた扉から一歩室内に踏み出す。
思わず声を上げてしまったのは暗い室内の中の様子を限られた視界でも認識した所為だ。
黴臭い臭いが鼻腔を擽り、埃っぽい空気が吸い込んだ喉に貼り付くようだ。
人が住まわなくなってから随分と経つだろう様子に何故慶次が印を付けたのかと訝しみたくなる。
もう一歩と踏み出したところで盛大な音を立てて扉が閉まった。
僅かに光の差し込んでいた室内が途端に闇に支配される。
埃を十分に被った色褪せたカーテンがはたはたと翻って、その度に微かな光を室内に取り入れるだけ。

「光秀…?」

不意に。
後ろから控えめに声が聞こえた。
きしり、と音が立った方を向くと驚いたように見開かれた琥珀色の瞳とぶつかる。
相変わらず細いその人の影が弾かれたように階上に消えていく。
一瞬反応が遅れて追いかける羽目になった元親は、人影の消えていった階段を見上げて「くそ」と呟いた。
闇に紛れるようにして存在していた階段を軽やかな足取りで登っていったのは間違いなく元就だ。
自分の名前ではない、聞き覚えのない名を呼んだ。
その事自体も何だか気に入らなくて、足音のする方向で目安を付けて追いかける。

「待てよ…!」

丁度元親が二階、元就が三階に上がった所で声を張り上げる。
一階部分は殆ど人の住んでいる気配がなかったが、二階と三階は程良く手入れされていて、それなりに住み心地は良さそうだ。
びくりと肩を震わせて肩越しに振り返った元就は、けれど立ち止まることはなかった。
一瞬歩みを遅らせた隙にその分の距離を縮めた元親を振り切るようにまた建物内を走り去っていく。
元就は、建物の構造の分からない元親より幾分も有利だ。
外観では決して広くはないと思っていたが、実際は違うらしい。
別の建物とも繋がっていたらしい内部は見知らぬ人間が入り込んだら迷うに違いなかった。
実際、元親は音を追いかけているだけで何処を移動しているのかなど知らない。

「……や……っ、と追いついたぜ」

音が止まる。
はっと息を呑む微かな声が上がるのと、退路を断つように片方の手で入口を元親が塞ぐのは同時だった。
困ったように振り返った元就の切り揃えられた癖のない髪がさらりと揺れる。
小さな唇が何かを言おうとして、しかし声は発せられることなく引き結ばれた。
じっと見詰めてくる元親の視線に堪え切れないと視線を逸らした所で、元親が「元就」と名を呼ぶ。
びくりと肩を震わせて、しかし視線を合わせようとしない元就の様子に元親があやすような笑顔を向けた。

「なぁ」

優しい声が掛けられる。
行き止まりの、出入り口の塞がれてしまった部屋に元親の声だけが満たされた。

「……元就」
「…貴様は」

掠れた、震える小さな声が返る。
逸らした視線を今度は自分から見据えるように元親に向けた元就がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「莫迦か?」
「…そりゃあ酷ぇなぁ」

元就の言葉に元親が苦笑する。
何に対しての「莫迦」なのかは分かっていたけれど遭えて知らない振りで返せば、苦しげに眉を寄せた元就が声を上げた。

「我は……っ。…我は、お前の…、お前の音を使役した。この意味が分からないはずもあるまい?」
「ああ。……知らなかったよ。お前が調律師だったなんてな」

”調律師”。
その言葉に肩を揺らすほどに反応した元就が逃げ場の無い部屋で、それでも元親から距離を取るように一歩後ろに後ずさった。
今更知ってしまったことを知らぬとは言えない。
だからこそ正直に元親は元就が調律師であると認める。
歌を許されたカナリアは、自分達が歌を教わるのと同時に調律師という存在が世界にあるのも教わる。
奇跡の音を紡ぐカナリアの、その音を唯一使役できるカナリアよりも稀有な存在。
そしてそれ故に関係性を持つことを厭われるのも。

「だったら」
「それが何だ、って言われたよ」
「……は?」
「此処に来てお前を探してるのを協力してくれるって言ってくれた幼馴染が、そんなのは関係あるかって言った」

慶次が諭すように言ったことだ。

「関係あるだろう」
「まぁ…。それはそうなんだけどよ」
「…ならば、このまま……、我のことは」
「別れろってか? お前のことを忘れろって?」
「……ああ」
「嫌だね」

はっきりと否定を口にした元親に、元就が悲痛の色を見せた。

「何故、だ」
「前に言っただろ」
「……何?」
「俺、”お前が屹度好きなんだ”ってあの時言った。けど…そうじゃなくて」

元就が困惑の色を浮かべて元親を見詰める。
その視線を受け止めて逸らすことなく元親は言葉の続きを言った。

「俺はお前が好きなんだ」
「………っ」

言葉が言われるや否や元就が小さく首を振る。
力なくて、それが余りにも弱い否定過ぎて元親は、自分の気持ちが受け入れられたのか否定されたのか判断がつかない。
だから元就が何かを言葉にするまで待つことに決める。
急に振り落ちてきたような沈黙に少しだけ寂しさと息苦しさが混じった。

「……貴様は」

やっとのことで元就の唇が搾り出したのはやはり掠れた声。
涼やかな凛とした普段の名残を残してはいても、少しだけそれは違って聞こえた。
顔を上げた元就は、あの時、唐突に別れを告げたときと同じような、泣きそうな表情を浮かべている。

「矢張り莫迦だ」
「……そうか?」
「…我は調律師だと、知っただろうに…」
「…ああ」
「なのに、それでも好きと云うか」
「ああ」

泣きそうな様子に元親が一歩足を踏み出す。
入り口を塞いでいた手はするりと離れてただ、元就の方に伸ばされた。
数歩で元就との距離を手の届く範囲まで縮めた元親が、俯いてしまった元就の肩にそうっと触れた。
触れた瞬間、強張った元就の身体が、戸惑うような視線が元親に向けられる。

「…なぁ」
「……」
「お前が俺のことを嫌いだってぇんなら、仕方ねぇって思う。嫌いなヤツと誰だって一緒には居たくねぇよ。けど…。そうじゃねぇってんなら」

小さく息を呑んだ元就はそれでも視線を外さない。


「俺はお前と一緒に居たい」

元親がそういうのと同時に、つうっと元就の頬を一筋の涙が零れ落ちる。
それがどういう意味なのか分からずに、けれど放っておけなくて空いた手でその涙を優しく拭ってやった。

「…元親」

此処に来て初めて、元就が名を呼ぶ。
震えた声は少しだけ鼻にかかって、

「……我は調律師なのだ」
「うん」
「一緒に居たら、お前が…」
「気にしねぇよ」
「しかし」
「それにお前」
「……?」

好きだという告白に嫌いだという返答は無い。
寧ろこれでは肯定をしたようなものだ。勝手にそう思いこんで元親は自身の腕を元就の背中に回して抱きしめる。
驚いたように身じろいだ元就はそれでも抵抗はしなかった。

「俺の歌なんて使わなくても、歌えるんじゃねぇの?」
「……それ、は」
「だったら俺が一緒だろうとそうじゃなかろうと、構わねぇじゃねぇか」

カナリアが調律師と関わりを厭うのは音を操られる、音を使われてしまうのを恐れるためだ。
調律師は音を使役することは出来るが、自ら音を、歌を紡ぐ事は出来ないとされていたのだから。
しかし、その調律師自体が歌を歌えるというのならカナリアが一緒に居ようと居まいと関係ない。
元親の言葉に元就が、驚いたように目を瞠る。

「俺はよぉ、お前と一緒に居てぇんだよ」


なぁ、元就。
そう耳元に言葉を落とせば、元就が自らの両手で顔を覆ってしまった。
元親の腕の中で声も無く泣き出してしまった元就の背を、元親はあやす手つきで撫でて穏やかに笑う。
とりあえずやっと追いついた。


―逃げた調律師はこの腕の中にいた。





>>創作カナリア設定話。
   元就捕獲。とりあえずそんな一段落。
   元就のツン具合が足りないのは、きっと女の子だから(え)

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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