忍者ブログ
謂わばネタ掃き溜め保管場所
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

迷ったどうしよう。
非常に居た堪れない面持ちで見慣れぬ城の中を歩いていた信親は密かに溜息を零した。
縁側に面した庭は手入れが行き届いていて実に見事で見る者の心を惹いたが、生憎と今の信親に緑を愛でる余裕はない。
自国の城ならばまだしも。
ここは同盟を結んだとはいえ他国の城なのだ。いつ不興を買って後ろから斬られるか分かったものじゃない。

”一人で大丈夫か? 迷うなよ”

朗らかな父の声が脳裏に甦ってまた信親は溜息を落とした。
何度もこの城に足を運び既に勝手知ったると言う風な様子の父親であれば、何も迷いはしないのだろう。
大丈夫だ、と告げて一人で行動してこの有様では何とも情けない。
見慣れない城というのは有る意味不安を掻き立てられてしまえば払拭する術もない。
既に信親には今歩いている場所が城のどの当たりに位置するのかさえ分からなくなってしまっていた。
伸びる廊下の端、曲がればまだ続くであろう其れが来た道であったかと覚束ない記憶を手繰り寄せる。
人間の記憶など曖昧で当てにはならぬ、と自らの事ながら信親は苦笑した。
それでも立ち止まってはならないような脅迫概念を抱き、其方に一歩踏み出すと突然の重さに耐えきれぬと言ったように床板が軋みをあげた。


「…誰か?」

思いの外大きな音に身を竦ませた信親に追い打ちを掛けるように声が掛かった。
静かだが通る声に些かの警戒が混じっている。
どうしたものか、と思案していれば廊下の先。
面した箇所の襖がついと開き廊下の張り板に部屋の主であろう、人間の手が伸ばされた。
落ち着いた縹の着物の袖が覗き、男性にしては細い腕がそこから伸びている。
きしり、と音が鳴った。
張り板についた手に重心を置いて廊下の様子を覗い見ようと部屋の主が、廊下に顔を出したからだ。
瞬間。信親は心臓を鷲掴みにされたように凍り付いた。
開けられた襖から覗いた顔には見覚えがある。
作り物めいた端整な顔立ちに色素の薄い茶の髪。男という性別にしては華奢な体格。
しっかりと合わせられている襟の上からでも、彼の人の首の細さは見て取れた。

「も…、毛利殿」

信親の上げた声は上擦っている挙げ句掠れていて何とも情けない。
この城の主であり、自分の父親の治める四国と瀬戸内を挟み同盟を結ぶ中国の国主。
容姿は武人のものとしては些か頼りない印象を受けるが、知謀にかけては確かだ。
巧みな権謀術数によって勢力争いの激しかった中国地方を毛利家が平らげられたのは偏に彼の存在に因る。
そんな彼―、毛利元就にこのような状況で会うのは信親にとって好ましくなかった。
すうっと名を呼ばれた彼の切れ長の瞳が細められる。
絶対的な冷たさを纏う毛利家当主の視線は、敵国の武将のみでなく付き従う中国の武将すら畏れるという。
只此だけで十年は寿命が縮んだ心地がしながら、信親はしかしその場を動くことが出来ない。
礼を取ることも、事情を話すことも出来ずに、妙に渇きを訴え始めた喉を鳴らすだけだった。

「……確か」

緊張の糸も切れる寸前。
黙って信親の様子を覗っていた彼の人が口を開いた。
一度だけ戦場で聞いたことのある涼やかな声は、温度も感情も感じさせず只冷たさが耳に残っていたのだがどうだろう。
思案するように首を傾げた彼の人の唇から零れ落ちた声は其の冷たさとは程遠い。
此処が戦場ではないという違いだろうか。
信親は内心そう納得しようとすると、ふと、言葉を紡いだ相手が笑んだ。
其の場に信親以外の、例えば父親の元親が居たとしても驚いたに違いない。
自嘲でもなく只柔らかに笑むなど、終ぞ噂話でも聞いたことがない。

「…長曾我部殿の、ご嫡子の……信親殿でしたか」
「……へ?」

唇が信親の名を紡いだ。
それよりも穏やかな声と想像…いや記憶していた口調との違いに暫し目を瞬かせる。
するりと器用に張り板についた手を支えにして音もなく彼の人が立ち上がり一歩と廊下に出てきた。
其処で目の前の彼が、非常に良く似てはいるが自分の認識した人物とは違うのではと思い始める。

「随分と奥にまで迷い込まれましたね」
「あ…いや、このそれは」

少し距離を置いて歩み寄ってきた人物の身長は信親よりも低い。
より近くで見ると尚更、毛利家当主に良く似ている相手が実は自分を試すために演技しているのではないかと疑りたくもなる。
ただ違いを少しばかり見つけた。
記憶している姿よりも目の前の彼の方が髪が長い。
最後に元就の姿を遠目ながらも見たのが半月程前の事になるが、今の間に是ほど伸びるとは思えなかった。
ならばこの、酷く元就に似た人間は誰なのだろう?
そう思ったとき、目の前の彼がくすりと笑んだ。

「……若しかして」
「……何、で…しょ……」
「私を父と勘違いしてます?」

答えは簡単に与えられた。
理解が出来ずに一瞬呆けた信親の表情を窺うように見上げてきた相手が、自分の予想は的中したとばかりに浮かべた笑みを深くする。
けれどそれは余りにも穏やかで、悪い印象など微塵も感じさせなかった。

「え……えぇっと……、父、と仰います、と」
「何度か戦場ではお目にかかっておりますよ、信親殿」
「……え、俺とですか」
「はい。……けれど確かにこうやってお話しすることは今までありませんでしたね」

口調も穏やかに、告げた相手がすうっと視線を落として一度軽く頭を下げた。
信親が帯刀していないとはいえ、その所作は余りにも無防備すぎてもう一度信親は呆気に取られる。

「隆元」
「…は、い?」
「毛利元就が一子、毛利隆元と申します」

つと顔をあげて見上げてきた隆元と名乗った彼が窺うように少しだけ首を傾げて笑んだ。
三度目の呆気に取られた信親は、数秒後訝しげに隆元に目の前で手を振られて我に返ることになる。




>>長曾我部元親の嫡子と毛利元就の嫡子。
   人の出会いにおいて偶然はなく、全ては目に見えぬ必然。
   何度か言ってるけれど、うちの隆元は一見見間違えられるくらいに父親似。
   信親はどちらかというと父親似だけど、髪色は黒で、目の色だけ元親の継いでたら良いな。

   そんな妄想です。

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
忍者ブログ [PR]