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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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「いつものようにジェバンニを迎えに回しましょうか? …一人で大丈夫ですか?」
『うん。大丈夫。母さんが家に着くまでにはちゃんと帰ってるから』
「………分かりました」
『それじゃ、また後でね』
ツーツーと通話の切れた音が受話器から流れるのを聞きながら、一拍置いてニアは通話終了のボタンを押した。
床に放り出せば少しだけ鈍い音で床に敷かれていた絨毯が受話器を受け止める。全体重を座っていた椅子にもたれ掛けると背中から小さく笑い声が聞こえた。
「何です?」
「…いいえ、振られてしまったわね」
そっと肩に置かれた手は丁寧にマニキュアの塗られた女性の手だ。見事な金髪で長身の女性はニアが”L”の名を継ぐ前から捜査員としてニアの下で働いてくれている。年を重ねても衰えることのない美貌を持つ彼女はニアが無類の信頼を置く人間の一人だ。
「子供は難しいですね」
「あら? ニアにも難しいと思うことが?」
素直に弱音を吐いたニアに女性、―ハルが少しおどけた様子で問い返す。見上げて視線の合った先でニアがふっと力を抜くように笑んだ。
「私は人間性が人より無いらしいですからね。難しいことだらけですよ」
幾ら難解な問題を苦労することなく解けようが、人より優れた思考回路を持ち合わせていたとしてもニアには社交性の薄さという欠点があった。加えてこれは元よりなのか、自己の感情を表すことも他に比べて希薄である。だから誤解されるのだ。無機質で人間ではないようだと心無い人間が心無い言葉を浴びせる。
しかしニアも人間である以上決して感情がないわけでも人間らしさを損なったわけでもない。人よりも表に出ないだけ、それだけのこと。言い換えれば強く傾向が現れた個性の一つである。
ニアを良く知るハルにしてみれば、ニアの言葉に異論を覚えて当たり前だった。
「それは卑屈ね」
「……事実ですよ。良く言われるんです」
くすりと微かに笑ったニアが肩に置かれたハルの手に自身の白い指先で触れた。
ハルの爪に塗られた赤のマニキュアとニアの肌の色は幻覚を見たかのように良く映える。
「…本当、難しいですね。……母親というのは難しい」
「……ニア」
「私は、あの子に………辛い思いばかりをさせているんじゃないか…。そう考えると、いつもどうしていいか分からなくなる」
表情には困った様子などおくびにも出さずそう言ったニアに、ハルが年下の姉妹をあやす仕種で頭を引き寄せて優しく撫でた。極端に人との接触を嫌うニアはそれでも拒絶を表さない。
一つ、態度で確認出来る信頼の証でもあった。ふわりとした癖毛の感触を指で感じながらハルが呟く。
「そうね…。親子の問題は難しいわ。一人だけの問題じゃない」
「…はい」
ハルの言葉に頷いてニアは瞳を伏せる。
如何なるロジックを組み上げられる天才的な頭脳を持つニアは時折途方もないとそれを持て余すのだ。
親子の何たるかを客観的に見ることは出来ても主観的にどうしていいのか分からない。……ニアは親から貰った愛情を倣って子に与えられる程、親の愛情を十分に貰ってはいない。
「……感謝してます。リドナー」
「…えっ?」
「貴女たちには本当に感謝している」
家族を良く知らないニアが子供一人、しかも世界の切り札としての役目を果たしながらこれまで育てられてきたのにはハル達の存在が大きい。
言外に含ませた意味を誤ることなく受け取ったハルがにこりと笑う。
「どういたしまして」
言葉と共に引き寄せていたままだった頭を抱き締めて大丈夫よ、と言ったハルをニアが不思議そうに見上げる。
「………リドナー?」
「大丈夫よ、ニア」
軽く片目を閉じて静かだが自信たっぷりに言うハルにニアは否定の言葉ではなく微かに笑って「そうでしょうか」と言うだけだった。


***


月がユイの前に現れてから既に二週間が経った。
学校に行く際も時折ついてくる月は今日もユイと共に学校で一日を過ごした。
大丈夫なのか、と背後から掛かる声に答えず肩からずれ落ちてきた鞄をかけ直してユイは足早に道を歩く。
母が帰宅する時間が何時になるのか、具体的な時間は分からない。
だからなるべく早く用事は済ませねばならない。
「おい」
「………」
「聞いてるのか?」
一本路地裏に入ったところでユイが振り向く。そして溜息一つ、
「あのね、僕が誰もいないのにぶつぶつ会話してたら変な人に思われるでしょ」
「……お前本当に可愛くないな」
「貴方の子供なんだから仕方ないんじゃない?」
やれやれと肩を竦める月にユイもまた眉間に皺を寄せることで不機嫌を表して踵を返した。
特別な養育施設ではなく、普通の子供と同じ学校にユイが通うのは何より母親たっての希望だった。
才覚があるのならその分必要なことは学校でなくても教えられるとさらりと言ってのけた母親が、ただ普通の子供と同じ学校にと思ったのは、ユイの特別な家庭環境と母の自分のコミュニケーション能力の低さを危惧してのことだったのかも知れない。
確かに父と母の才能を多少なりとも継いだユイにとっては、通っている学校の学習プログラムは低レベルだ。
母の知り合いや、ネットを通じて特別に講義を受けたりもするのだが、その知識は既に大学レベルであったから、学校には寧ろ友人達に会いに行ってるようなものだった。
「……学校、楽しいか?」
ふと月が迷わず路地を歩いていくユイの背中に声を掛けた。
その声は神妙だった。だから月が今どんな表情をしているか知りたくなってユイは振り返る。
「楽しいよ」
「馬鹿ばかりだろう?」
「…それ、学力の話? それなら確かに僕の方がずっとずっと上だけどね」
月の表情は真剣だ。ただユイに真剣に問うている。
「人間って学力とか、頭の良さだけではかるものじゃないでしょ? 馬鹿だけど凄くいいやつとか、いるでしょ」
「退屈だろう?」
「退屈? しないよ? 確かに学校で同じレベルで話せる友達はいないけど…、面白いこといっぱい知ってるよ。僕の目に映る世界はきっと、その子達と同じなのに少し違うように見えるんだって思ったら面白いよ」
「……お前、変わってる。その考えはニアとも僕とも似てない」
ふるりと力無く月が首を横に振った。
声音には不思議と寂しさとも悲しみとも取れる何かが滲んでいる。
「父さん?」
「………僕は、退屈だった」
ぽつり。
何か大切に埋もれていた真実を掘り起こしたような言葉だった。言うなれば告白だ。
そしてその言葉が何を指しているのかユイは簡単に思い至る。初めて学校に着いてきた時から、月は観察するよう感情を余り浮かべずユイのことを眺めていた。何故? と思ったが理由は今の月の一言で十分理解出来る。
月は自分とユイとを量ったのだ。若しくは同じような思いをしてるのではないか。
学校の中、社会の中、誰とも寄り添えず、本当の意味で理解されず出来ず、孤独と退屈を持て余していた月と同じ思いはしていないかと。
俯いてしまった月が泣いているかも知れないと不思議と確信に似た思いで手を伸ばす。月が望まなければ触れられないことは承知だったので、きっと宙を掴むだけだと思ったが、ユイは父親の自分によく似た顔に指先を届かせた。
「きっと、僕も。………一人だったら退屈だって思ってたよ」
そして、指は月に触れた。
ユイの手を月が拒まなかった確かな証拠に内心ユイは安堵する。
「理解してくれる、……そんな人がいなかったらそう思ってたよ」
同じレベルで話せないと壁を作る前に、きっともっと幼い頃に、月には物分かりが良いから分かるだろうと突き放されてきた事実があるのだ。幸いなことに頭の出来が良いからと言って心まではそうはいかないと今の”L”であり母であるニアはユイを突き放さなかった。そして、色々と手の回らないニアの不慣れな全てを助け支えてくれた存在があるのをユイは知っている。
「参ったな」
「……え、何?」
「あいつ…、ちゃんと子供を育てられるじゃないか」

―こんなに良い子に。

最後の一言は掠れて、片手で顔を覆い隠してしまった月の表情は見えなかった。
僅か鼓膜を震わす程でしかない小さな声は手を伸ばしたユイには届き、ただ黙って今度こそ泣いてしまった父親に笑いかける。
暫くして指の隙間から顔を覗かせた月もまた、ユイに少しだけ不器用に笑いかけた。
初めてユイが見る不器用で優しい笑顔だった。
だからこそ母に感知されないよう少しずつ調べて見えてきた事実に心を痛める。
目の前にいある彼、父親である存在である月が何者であったのか。
(……、本当にそうなの、父さん)
幾ら巧妙に隠匿されていても真実があるのなら見つけ出す術はある。母親が昔言った言葉だったか。
そしてユイは一つ、母が隠し通そうとしていた父親の存在を紐解く鍵を当の父親本人から与えられている。
―名前。日本人にしては珍しい、響きのその…。
(父さんがあの”キラ”なの?)
月に触れた指先が感じた微かな温かさを確かめるように、指先に視線を落としながら声には出来なかった問いは、ユイの心に痛みを伝えただけだった。



>>4話目。
   落としどころを決めているのに、そこにいけない。
   なんか…非常に先行き不安な気になってきましたあれれれれ…(汗

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とんとんとんとん。
何かを叩く音が聞こえ、最初は無視し続けたが余りのしつこさにニアは顔を上げた。窓を叩くと言うよりは指先で弄う仕種だけ、正確に言えば指先だけが見えて知らずに溜息が零れる。
椅子に腰掛け読んでいた本を閉じて窓に近づく。
「何をしてるんですか? ライト」
そして自身の主であるレスターの弟である少年を脱したばかりの年頃の青年の名を呼んだ。
陽光に透けて飴色に変化する癖のない髪が揺れて窓の下に腰掛けていたライトが顔を上げる。
「やあ」
「やあ、じゃ…ありません。何してるんです?」
「ニアって昔から辛抱強いね。もう少し早く出てきてくれると思った」
咎めるニアの口調もお構いなしに、くすくすとライトが悪気無く笑う。二年という間、他国の騎士侯と旅をして帰ってきてからと言うもの何処か人間的に図太くなったようだ。
それは父親である総一郎からすれば精神的に何処か脆く家の中で妾腹の子という負い目を感じていたライトの変化は喜ばしいことであったろう。幼い頃からライトを知っているニアとしてもそれは良いことのように思えた、が。
「用事あるなら、こんなまどろっこしいやり方しなきゃいいじゃないですか」
「別に。………ちゃんとした用事がある訳じゃないから」
「私、別に怒りませんよ」
窓から身を乗り出したニアのふわりとした純白の髪が陽光を浴びてきらきらと光った。
白磁の華奢な手が窓枠に掛かり身を乗り出す形になっているニアが呆れ顔を浮かべると、壁に背を預け座り込みニアを見上げていたライトが笑った。
「ニアが怒らなくても、ね」
「………はい?」
「だってニアは兄さんのものだからね」
滑らかな動きで首を傾げたニアはライトの腹違いの兄の為に作られた人形。
人に最も近く人形でありながら心を持ち、そして何より自ら主人を選ぶことの出来る人形とはいえ、特別な人形だ。
そしてニアはライトの兄が幼い頃に彼の為にオーダーされ、そして彼を主人と選んだ。
自然とライトとも旧知の仲である。
「………まぁ、質問の深い意味は聞かないでおきましょう。それで何の用ですか?」
「うん。…これ、直し方知らない?」
肩を竦めて自分の膝の上にある小箱を指し示したライトにニアが微かに笑む。
それはライトがまだ子供の頃に妹の誕生日に送ったオルゴールではなかったか。
「壊れたって言うから直してやるって言ったんだけど…。音が鳴らないんだよ」
「……貸して下さい」
困ったと首を振るライトの手から小箱を受け取ったニアが、小さな出っ張りを引いて箱の蓋を外す。
螺旋を巻いていた部分が歪み上手く仕掛けが回らなくなっていたようだった。
白い手を窓の外に目もくれず差し出すと掌にライトの持ち出してきた工具が乗せられる。
僅かな時間ニアが細かい作業をする微かな音が響き、ついで少しだけ古びた可愛らしい音が続いた。
「……直ったの?」
「はい。直りました。これで大丈夫ですよ」
窓越しにニアの手元を覗き込んでいたライトがぱっと顔を上げて「ありがとう」と笑うので「どういたしまして」とニアも微笑む。
工具とオルゴールを月に返してニアはするりと廊下に続く扉に視線を向けた。
窓から離れ庭を歩いていったライトに背を向ける形となりニアは後ろ手で窓を閉める。

「帰ってきていたんですね」
「何をしてるのかと思っていただけだ」
「……違うでしょう? ライトに気を遣ったんでしょう? レスター」
にこりと笑い、自然と差し伸ばしてきた主人の大きな手にニアは歩み寄り自分の手を乗せた。
その手を引かれ腕の中に収まる形になり僅かに苦笑したニアが囁く。
「お帰りなさい、レスター」



>>むつきさんのお遊びパラレルの設定をお借りして。
   というわけでむつきさんに捧げます。

   デスノ以外だと書けそうにないので、分類不可ではなくデスノカテゴリーで。
   エルも書いてみたいな気がするけど上手くいかない気がするので、やめておく。
   何か思ったけど私はどうやら月ニアが割と好きなようだよ。。。

どうにかして、触れようとした。どうにかして、手に入れようとした。
それを今手に取った瞬間の冷たさに驚いて、最後何か確信するように力尽きたお前は正しいときつく結んだネクタイを緩めて自重する。
捕まれたシャツの、その強さは思ったよりも弱くて。
だから目を閉じた数秒さえ、長いと思ったんだ。ああ、どうかしてる。
『月君は私の初めてのお友達ですから』
しれっと言われた動揺する為の手段だったはずの言葉を今更思い出すなんてどうかしてる。
底知れぬ漆黒の瞳がいつも隙を見逃さぬよう見詰めていた、その視線を払拭出来ないのもどうかしている。
これではまるで悼んでいるようだ。
「………、私と、月君は…、同類みたいなものですから、ね」
ぽつり。
密葬の済んだ墓の前には誰もいない。
置かれた花束は白を基調とした故人への餞。志半ばにして倒れた人へ、その意志を継ぐことの現れ。
嘗て言われた言葉を思い出して口に乗せれば直後、「嫌ですね。変な顔しないでください」と笑ったその顔を思い出した。後悔する。

いいか。お前は僕に負けて、僕はお前に勝って。
お前は誰も知らないままにこうやって冷たい土の中に眠ったんだ。
どうして、それなのにどうして僕が、負けたような気がしてなきゃいけないんだ。


「嗚呼、糞。もう、本当に………そうだよ。僕だってお前と同じだ」
感情の理由を知っていて蓋をする行為に馬鹿らしくなって吐き出した。隣で真っ黒な死神が笑う。
「お前を、愛してたんだよ………。馬鹿」



>>うちの月とLでは、いつもLが「あいしてる」としか言わないので
   偶に逆なんてのも、いいかなぁ…なんてね、

いつもより遅い時間にベッドから抜け出したユイは大きく伸びを一つしてリビングへ向かった。
テーブルの上に置かれたメモ用紙に目を留めると癖の無い母親の字が走り書きされていた。”少し出てきます”と書かれたそれに小さく苦笑する。
大体に於いて母の少しは少しではない。
今日は帰ってこないかも知れないと思いながらふと首を傾げた。
「……、あれ」
何か忘れているような気がする。
「随分呑気に寝ていたな」
「あ」
気配もなく頭上から掛かった声に昨日の出来事が一瞬でフラッシュバックする。視線を上げれば腕を組み薄ら笑みを浮かべた月と視線が合った。
「おはよう」
「…もう十時だがな」
「……本当だね」
嫌味な口調にも一晩で大分慣れた。さらりと受け流してユイはテーブルの上にあったテレビのリモコンを手にする。
壁に掛かったテレビが朝のニュースを伝えている。
「相変わらずくだらないことだらけだな」
「そう? それがいいとこだと思うけどね」
ニュースは最近起こっている窃盗殺人事件について報道しているようだった。ナレーターが早口で捲し立てるのを流しながらユイはキッチンから適当に朝食を見繕うことにする。
「お前はこれがいいことだっていうのか?」
「別にそうは言ってないよ。…何、父さんって潔癖症なの?」
眉間に皺を寄せてテレビ画面を見詰める月にユイは訊ねた。
人を殺して良いも悪いもあったものではなく、利己で殺害することは須く罪でしかない。情状酌量があったのだとしても人を殺すと言うことはそれなりに罪となり得るのではないのだろうか。
「どうしてそうなる?」
「いや、何となく」
ロールパンに齧り付いて答えれば頭上から溜息が降ってきた。
ユイはテーブルの上にパンとグリーンサラダの入ったボウルを置いてフォークでサラダを突く。
「お前」
「どうかした?」
「食べなさすぎだ」
「起きたばっかりだから」
「小食は母親譲りか?」
揶揄する口調に視線を上げればどうやら本当に心配しているらしい、初めて見る気遣う視線にユイは戸惑った。
何というか慣れない。今時片親というのは珍しくないが、ユイは父親という存在を生まれた時から知らない。母と共に仕事をする人間にはもし父親がいたらこんな感じだろうかと思ったことはあっても、またそれとは違っている。
死んでいるとはいえ、姿が若いとはいえ、本当の父親であるらしい存在だと言うだけでこんなにこそばゆい気になるものだろうかと思う。
「母さんは本当に食べなさ過ぎだと思うよ。僕は普通」
「そうか?」
「うん。だから大丈夫だよ。ありがとう」
笑ってユイは開いたままのノートパソコンに電源が点いているのに気付いた。自分は消して寝たのだから点けたのは母か、或いは。
「物にも触れるんだっけ?」
「ああ、それか」
「触れるの?」
「触れる。けど、それは僕が点けたんじゃない。ニアだ」
「………消し忘れ? 珍しい」
最後の一口、とパンを飲み込むとユイは慣れた手つきでキーボードの上に指を滑らせる。待機状態だったのかパソコンは直ぐに反応しメールボックスが開かれたままのデスクトップが表示される。
「……?」
「どうかしたか?」
「ううん、何でもない。…いや、何でも無くないけど」
「どっちだ」
画面に見入ったままのユイは横に音もなく移動し同じように画面を覗き込んだ月の様子を全く気に留めずキーボードを叩いた。幾つかの窓が表示されてプログラム言語が所狭しと並べられる。
「……これ、外部からアクセスされてる」
「悪戯か?」
「出来るわけ無いじゃない。ここのセキュリティなんだと思ってるの?」
隣でとぼけた問いをする月をじろりと睨み上げる。一応普通に生活するには気付かないよう配慮されているが、この居住スペースには厳重すぎるほどのセキュリティシステムが敷かれている。
全世界の警察を動かせる存在”世界の切り札”としての”L”の名を継いだニアが居を構える場所としては当たり前の措置だった。
「それはそうか」
「……うーん」
「放っておけ」
「でも」
「ニアがそのパソコンを出掛け際に点けていったんだ。間違いなくあいつが仕掛けた何らかの手だ」
キーボードの上に置かれたユイの手に重なるように月がキーボードの上に指を滑らせる。
淀みも迷いも無い慣れた仕種。
「手…って」
「……まぁ。これを囮にでもする気なんだろう? ……ほら、既に此処のセキュリティシステムの外に設定されてる」
とん、と画面の一点を指差した月は人の悪い笑みを浮かべた。
「全く意地の悪い手だな。あいつらしい」
「………気付かないよ、こんなの」
「気付かないからこその囮だろう? 相手に気付かれたら囮の意味はない。敢えて相手が乗ってくる場合にはまた別だろうけどな」
「父さん」
「うん?」
画面を見詰めていた視線を首を傾げることによってユイを見詰めた月が、じっと窺う視線を受け止める。
自分をそのまま幼くしたかのような容姿のユイが唯一ニアから受け継いだ深い色合いの瞳を向けていた。
それは、一切の感情を浮かべることなく事象を見極めようとする、ニアと同じ瞳。
「……ユイ」
「父さんは何者だったの?」
名を呼んだ月に返った問いは過去形。少しだけ違和感を覚えたが、次の瞬間に月はその違和感を打ち消す。
過去形なのは当たり前だ。死んでしまっている月は既に何者であるではなく、何者であったかでしかないのだ。
「どうしてそんなことを聞く?」
「母さんのこと、良く知ってるんだね」
「あいつの手くらいはな」
肩を竦めて答えた月はしかし本当はニアのことなど、現在の”L”である白さばかりが目立つあの存在の個人的な事は全くと言っていいほど知らない。存命だった頃でさえ通称とワイミーズハウスで育てられてきた候補者だったということしか知らなかった。
「それに、お前の父親なんだ。知っていても不思議じゃないだろう」
だからこう嘘ぶいて、子供の問いを誤魔化したのは。
「………そっか。そうだよね」
素直に頷いたユイに月は笑う。
全く自分らしからぬとは思う。しかし今まで父親の名さえ知らせずに育ててきた、―昨晩相手が月の姿に気付くことは無かったが、記憶よりも落ち着いた印象を纏い大人びたニアの為だった。


***


午前十一時。
休日の昼間とも言える時間帯にしては室内は仄暗く、まるで世間一般の雰囲気から隔絶されたような空間でニアは首を傾げた。
小さく電子音が鳴り傍らの携帯型の通信端子が鳴る。
「………ニア、通信か?」
不安そうに声を掛けて寄越したのは傍らでキーボードを叩いていたレスターだ。ゆっくりと白い指が通信端子を目線まで持ち上げ、空いた片方の手が考え込むように口元を覆った。
「…ニア?」
「……………」
通信端子の画面には一通のメール着信が示されている。
差出元は自宅のパソコン。朝、出掛け間際に一つ保険としてIPをセキュリティシステムの外に出し囮としたパソコンだった。
電源を態と落とさずに出てきたので、息子が不思議に思い使いパソコンが外部からアクセスされていた場合、何らかの行動に出ることは予め可能性として予測していた。そうであっても寧ろ構わないと置いてきたと言って良い。
どう上手くハッキングを試みようが、あの子の所に危険が及ばぬよう細心の注意は払ってきている。
「どうしたんだ? 何が…」
「いいえ、何でもありません」
返事をせず黙りこくったニアに不安を感じたのかレスターが気遣うような声を掛けたが、ニアは首を横に振った。
そしてまた沈黙に伏してしまう。
酷く珍しいその様子が気になりつつも結局言及するきっかけを掴めずレスターは自分の作業に意識を戻した。
そんなレスターの様子をちらりと窺った後、ニアの視線は自然と端末の画面に落とされる。
(こんな馬鹿な悪戯、)
あのパソコンをハッキングし、それ名義でメールを出すにしては余りにも無意味で馬鹿げている。これが”L”に通じるものだと認識しているのなら尚更のこと。
しかし現実はその馬鹿げているはずの、ある種非現実的とも取れるメールがニアの心を揺さぶった。
くらりと感じた目眩は一体何が起因か。
知らず額を抑えて軽く天を仰ぐ形を取ったニアの視界には、壁に埋め尽くされたモニターに映る様々な映像が飛び込んでくる。
普段ならば全てを見通せるものの、今は何も考えたくないと瞳を閉じた。
未だニアの手の中にある通信端子の画面にはメールの内容が映し出されている。

『これを囮にするのは如何にもお前らしく嫌らしい手だが、子供に危害が及ぶとは思わないのか? 及ばないよう配慮していたとして子供がする心配には無関心か? 母親だというのならもう少し考えるべきだ』

(……………夜神、月…)
ニアは心の内だけで小さく問いかけるよう呟いた。
昨晩息子が少しだけ躊躇いながら問いかけてきた言葉の裏にある何かが見えかけた気がした。


>>三話目。
   最初考えてた時は、月とニアはもっと後にならないと関わらない筈だったんだけど…(汗
   予定は未定だなぁ。どうなることやら。
   オチどころは決まっているから、書いてみるしかない…(苦笑

例えば少しだけ腕を持ち上げてみる。その瞬間に感じる抵抗を人は表現する術を持たない。空気抵抗などいつだって掛かっているが故に通常の抵抗を無いものと錯覚するなど許容の範疇だ。
寧ろそれを丁寧に拾い上げ不快を示す方が異常とも取れる。
だからこそ、
「月君」
「何だよ、竜崎」
不機嫌を露わにしそっぽを向いてしまった未だ少年の域を抜けきらない端正な容姿に苦笑を禁じ得ない。きっと言ったところで理解には程遠いだろう。容認出来ないというのならば容認出来ず、容認した瞬間に出来なかった頃を不思議と思うならば、それは矢張り言って仕方ないことなのだ。
「お前は狡いよ」
「…ええ、そうですね」
「いつだって肝心なところで大人なんだ」
「月君よりは幾らか長く生きてますので」
溜息は彼の口から長く細く零れ落ちた。
伏せた睫は長く影を縁取るそれは一つ芸術品の完成を見ているようで。
「どうしてだろう」
「はい?」
「きっと僕の気持ちは言っても分からないんだろうな」
「ああ、」
言って分からないのだろう現実だけは共有する、感覚の共感はある種奇跡だ。
「私もそう思います」
その言葉に苦しそうに眉を顰めた彼の耳朶にそっと唇を寄せる。
「でもね、一つ…言って分からなくても言いたいことはあるんですよ」
「何?」
あくまで不機嫌なその横顔を見遣りながら、可能な限り優しく囁いてみせた。

「愛しています、月君」


>>私の書く二人では圧倒的にLが大人(笑

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プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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