[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
全てを話して子供に嫌悪されるのが怖かった。侮蔑されるかもしれないと、そう思った。
父親が他でもない”キラ”であることはその内話さなくてはならない。そしてその時、自身の子供がノートや、父の思い描いた世界についてどう思うか問わねばなるまい。
しかしその後に問題になるのは、ならば何故そんな男と関係を持ったのか。
憎んでいたはずの男と何故寝たのか。必ずそこに行き着く。
もう少し年齢を自分も子供も重ねた後なら、割り切って話せるのだろうか。
十歳の子供にそれらを打ち明けるには言葉を慎重に選ばねばならなかったし、酷く労力が要る。しかし嘘は言いたくなかった。
ぽつりぽつりと順を追って話しながら、過去を振り返りながら、ニアは思う。
そう、夜神月と関係を持った時の感情に関しては今でもよく分からない。
焦っていたのかも知れないし、自棄になっていたのかも知れない。「どうして」と問われれば「分からない」としか答えられない。答えは未だに言葉として実像を結ばない。
「……母さんは嫌だったんだ」
遺伝子を提供することを半ば強制されていたこと、要求として提示されていた子供を産むことに対して抵抗があったこと。
そして繰り返される理不尽な要求に精神的に追い詰められ、気付いたら衝動的に手首を切っていたことを話し終えたところで、それまでじっとただ言葉を受け止めていたユイが口を開いた。ぽつんと子供ながら落ち着いた声音。
感情が追いつかず言葉だけを理解している印象にニアは少しだけ胸を痛める。
自殺未遂に及んだとき、何より自分がそんなことをすることが出来るんだと呆然と事実を受け入れたニアとは反対に、”キラ”事件が終わった後もサポートしていたメンバーと二代目ワタリとなったロジャーは愕然とした様子ではあったが、その後の処置が迅速且つ正確であったことは称賛に値した。
手首にひんやりとた刃を当てたとき、ニアには不思議と躊躇いがなかった。元々感情の希薄な方だったが麻痺していたといった方が正しい。
今までニアの精神的負荷を考えもしなかったと誰もが掛ける言葉を失う中、ざっくりと切った手首を丁寧に縫合され、その上に白い包帯を巻かれ、月を拘束している部屋をニアが訪れたとき彼だけが「お前は馬鹿か」と、嘲笑ではなく言ってのけたのだ。
ぶかぶかの白いシャツから覗く白い包帯に目を留めて痛々しげに目を細めて。
考えれば分かったことなのか、それとも共に行動した死神が面白がって教えたのか、ニアが”L”としての全てを継ぐことに対して負担を覚えたのではなく、別の理由で精神的に追い詰められていたことを月は知っていた。
知っていて「そんな下らないことで死ぬな。…仮にも僕を捕まえたお前が」と宣ったのは覚えている。
そんな要求どうとでも跳ね返してしまえ。お前になら出来るだろうと掠れた声が呟き、存外優しさを含んでいた声と、全てを知った上でただ受け入れて寄越した言葉に悔しさも覚えたが、何より酷くそれは温かかった。
十年経った今でも薄く残る傷跡に視線を落とし、ニアは口を開く。
「嫌でした。…私は、そんな風に扱われるのが嫌で仕方なかった。子供だって出来れば作りたくないとその時は思っていました」
「…僕にはよく分からないけど、それじゃ」
「貴方に嫌われるかも知れません。私、本当にあの時は自棄になっていたような気がします」
「…………」
望まれて産まれてきた。
そうでは決してないと言うようなニュアンスにユイは言葉を失う。
父と母がその時どうであったかなど、今のユイでは分からない。如何せん子供過ぎる。
だから言葉を全て記憶するようにしながら、数年後もっと大人になったならば理解出来るものかも知れないと結論づけた。縋って追うほど物分かりが悪いわけでもない。
「母さん」
「……はい」
「その話、今の僕には難しいみたい。……もっと、ちゃんと僕が分かるようになったら話してくれる?」
「ええ、最初からそのつもりでしたから」
だからこれ以上の言及は今必要ない。ニアの膝に置かれた手に手を重ねる。
「話してくれて有難う。無理を言ったでしょ?」
「……いいえ」
「最後にもう一つだけ、これだけは聞いて良い?」
重ねた手に少しだけ力を込められて視線を上げたニアを、真正面から覗き込む形でユイは問うた。
父親に似た容姿の中で唯一ニアから受け継いだような深い瞳は酷く澄んでいる。
「僕のこと、愛してる?」
例えば、その時望んだわけでなくとも、今までニアに育てられてきた十年があるのは間違いない。
産まれる前の事情は今更重要ではない気がした。
ユイの言葉に一瞬目を丸くしたニアが笑った。
「…ええ、愛しています」
当たり前じゃないですか、と抱き締められ耳の近くに母親の声が落ちる。
なら良いではないか。ユイは母親の肩口に顔を埋めて泣きそうになるのを必死で堪えた。
望まれて産まれてこないのなら愛されるわけもない。愛して貰えるのなら、それは―、
***
カタカタカタカタ。
ボードを叩く音が深夜、静まりかえった部屋に響く。
その音で緩やかに覚醒したニアはぼんやりと室内を見回した。目覚めたばかりの視界は直ぐに順応せず暗闇を映すばかりである。
訝しげに眉を顰めた間にもカタカタと軽い音は続いている。
僅かに身動ぎ視線を変えた先、デスクトップのディスプレイが明滅しているのが見えた。音はどうやらそこから聞こえるようだ。
「…、」
仄かに明度を極端に抑えたディスプレイに文字が浮かび上がっていく。
話し掛けるようなそれにニアはゆっくりと上体を起こし、しかし決してベッドから出なかった。
この距離ならば十分文字は読み取れる。
「構いません」
文章に答えるように神妙に、簡潔にニアが呟く。
相手が誰であるとか、非現実的だという考えは既に捨てている。暗順応し始めた視界にはディスプレイに文字が浮かぶのと同時に誰も触っていないキーが動いているのが見えた。
誰も触ってはいない。自分の目に見えるものではない、何かが。
「………一つ、聞いても?」
『何を?』
「ユイは貴方が居ると言いました。ちゃんと居る、と。私はまだ耄碌してないつもりです。…どうやら夢を見ているわけでもないようだ」
『ああ』
ニアの言葉にディスプレイに浮かぶ文字が答える。会話が成立していく。
短い応えに微かに震える息を吐き出してニアは、ぎゅっと掛け布団を握りしめた。
細い指先が白さを増す。視線は落とさずディスプレイを見詰めたまま、ニアは何を言うべきかと回転する思考が余り意味を持たないのを自覚した。
「姿を見せないのではないんですね」
『何故そんなことを? お前らしくもない』
「………分かりません。私にも、分からない」
規則正しいとさえ言えたキーを叩く音が止む。沈黙だけが部屋に下りた。
静かすぎることに耐えかねる程ニアは沈黙に耐性がないわけでもなく、相手も同じだった。
ただ相手の意図と機会を窺うような空気にニアが笑う。
「ああ、懐かしいですね。この感じ」
一方的にニアが話すことで成立する会話は端から見れば異様なことに思えるだろう。
ニアもまた全く抵抗もなく自分が状況を甘受しているのを頭の端で、らしくないと思いながら続けた。
それは嘗て通信回線越し、互いに変調機を掛け、互いに幾重にも張り巡らされた策の合間を縫いながら会話をしていた頃と空気が似ているというのに、ニアが続けた言葉は全くと言っていいほど昔と程遠い。
「ユイが貴方の名前を知ったとき、…ユイが幽霊が存在するのかと聞いてきたとき、」
嘗て死神が世界には存在すると幼馴染みとも言える男の口から聞いた時には、確かにそうでなければ腑に落ちないと、言い聞かせる過程を省いて理論で信じた。
しかし初めて死神を目にした時、反応してはならない状況下で表情も態度も悟られないようにしたが実際は驚き、今度は全てで納得した。目にすればそれは真実であり、目に見えない真実も確かに存在することを。
「もしくは…と可能性は考えました。けれど、あの死神の言葉が忘れられなかった」
『リュークか』
「……人は死んだら無に行くんでしょう?」
『知るか。僕は少なくとも、無に行くという感覚など無かった』
淀みなく浮かぶ文字もまた嘗てのように策を張り巡らせる上辺だけの言葉ではない。
「……私を責めないんですか」
『それこそ何故? 分からなくもない』
父親の名を明かさず育ててきたことに対しての言葉に返った言葉は素っ気ない。
しかし故に真実なのだろう。裏にある言葉は互いに読んでしまう二人であったから、必然的に言葉は少なくなる。
キラ事件終結後、短かったと言える夜神月との直の接触で十分知ったことだった。
『言えないだろう。表向き、キラは違う人間として秘密裏に、そして獄中で死んだことになっている』
ディスプレイに文字は表示され続ける。
キーが動く度、本当にそこに居るのかと確かめたくなる衝動を堪えてニアはディスプレイを見詰めた。
『それに名を出せば、夜神月という人間が余りにも自然という不自然で社会から居なくなっているのなんてすぐに分かる』
「…、はい」
『僕とお前の子供は、……生憎と恐れていた凡人では無かったらしい』
天才と天才を掛け合わせて生まれてくる存在が果たして全て天才で有り得るか。
嘗て自身を悩ませた考えをディスプレイはさらりと表示する。記憶にある嫌味を充分含んだ声で言葉を脳内再生をしたニアが思わず眉を顰めた。
「止めて下さい。そんな言い方は」
『別に、他意はないさ』
「相変わらず性格が悪いんですね、貴方」
返される言葉は全て無言の、文字だけだ。
記憶の中にある声を、類い希な頭脳を持つニアが脳裏に刻んでしまった記憶は十年が経っても鮮明さを失わないらしい。
きっと姿が見えたら矢張り意地悪く笑っているのだろうとニアは思う。
「それで…何ですか? 今更、私にこんな風に意志を伝えてくるんです。何かあるんでしょう?」
暫くニアの問いにディスプレイの中は動かなかった。
「………え?」
漸く応えられた内容にニアが知らずに声を上げる。
一瞬呆けてしまったニアの頬に誰かが触れる感覚と、気のせいではないと裏付けるよう癖のある髪が少し揺れた。思案するニアの瞳がディスプレイから離れる。
視線は部屋の中にあって空虚を追うように動く。しかし何も捉えることは出来ない。
「……分かりました。良いですよ」
諦めて、そう言ったニアの耳元に、空耳のように「ありがとう」と呟く声が落ちて、その懐かしい声にニアは瞳を閉じた。
「どういたしまして」とは返さずに頷くだけに留めて、突然電気を遮断する音を立てて沈黙したディスプレイにもう一度視線をくれる。そこにもう文字は浮かんでいなかった。
>>パラレルif 10話目。
長々と続いてます。もう一つの地点折り返し
もうすぐ、もうすぐなんだよ…、たぶん(たぶんなのか)
この話の月とニアは実は、複雑ながらも両思いです(今更)
正直な話おかしいのよ、と思えば思うほどにおかしくなって笑い出すのを堪えながら次の句を継ぐ。
問うた質問に上手くはぐらかすのが得意な相手に何と返せば、真意を引き出せるのか思案する。
「私が、死神になるのくらいには有り得ないことだけど」
「ウホッ、そうきたか」
だって人間は人間でしか無く、死神は死神でしかない。
生まれたときには既に決まっているのだから覆す方法など知るわけもない。
大体それに対して足掻くことも少し変だ。普通に人間として生きるだけで足掻くというのに、それ以外になろうとして足掻くのは。
「ね、私は嘘は嫌いなのよ」
異形の大きな影に笑って、次の言葉を封じる。嘘は言わせない。
頭の出来は兄と比べてしまえば雲泥の差だが、一つだけ通じるものがあるのだ。それを相手は良く知っている。
思考の読み取れない皿のような目で奇妙な笑い声を上げる。
「私は貴方を殺せる存在になれるかしら?」
―人を愛した死神、死を司るそれが死に至る大罪を犯させるまでに。
「お前、やっぱライトと兄妹なんだなぁ」
「あれ? そうだよ。当たり前じゃない」
「寧ろお前の方が性質が悪い」
そう独りごちた異形の姿は気味悪いことこの上ないはずなのに見慣れてしまったせいか、妙に可愛らしく思えた。
だから満面の笑顔を拵えてお礼を言う。
「ありがとう。それ、最高の褒め言葉よ」
>>久しぶりに粧裕とリューク。
何ともこの組み合わせが好きで、違う意味で粧裕が月より上手ならな…
と考えてドキドキしたりする
人の思考じゃなくて寧ろ死神リュークの思考を読むのが得意な妹、とか。
ある意味お兄ちゃんが焦っちゃうぜ!(?)
「…父さんは。”キラ”は……捕まった時、抵抗しなかったんだ」
「抵抗? ああ、そうですね。細工したノートに私達の名前を書かせることで”キラ”を確定させ、証拠を上げる。これが私の策でした。そして彼は私の策を読み、偽のノートを掴ませ差し替えさせ、直接対決の場で本物を使い邪魔な全てをその場で排除する。その段階では彼の読みは私の上をいっていた。けれど本物のノート一冊丸々差し替えられたことで、そう、彼の私の上を行く策に気づけたのは…私の友人の功績ですが、彼は自供する以外になくなった。けれど本来なら、自供をしても諦めず隙あらば私の名前を身に付けていたノートの紙片に書こうと試みたでしょう。でも」
「駄目だった?」
「彼が時計に仕込んでいたノートの紙片は、上手く彼の部下によって時計ごと取り上げさせましたからね」
にこりと笑ったニアがことんと何かを机の上に置く。
透明な袋に入ってはいるが腕時計だった。話の流れから月が身に付けていたものだとユイにも理解出来る。
「いつも彼が気にしているものは何か…、当時の”L”と一緒に捜査していた警察官の中で、私にも協力してくれた人間に聞いたんです。Lが生きていた頃から二代目Lが身に付けていて、いつも肌身離さないものは何か。すぐには出てこなかったんですが、時計だと回答してくれました。だから、もし…ノートを切っても使えて、仕込んでおくのならそれだと思ったんです」
「……取り上げたの?」
「理由はどうとでも。…どう理由付けたか忘れましたが、時計を外して下さいと言いました。そして、自分の仲間の捜査官に渡せ、と。理由もなく否定し抵抗すれば何か拙いことがありますか? と聞けばいい。どちらに転んでも良かった。彼には想定外だったようですが、何より彼は最初にしたノートの細工と私の手に気付いていましたから、彼も取り上げられたところで差ほどの痛手にはならなかった筈なんですよ」
その余裕が月から最後の抵抗を奪った。
袋に入った腕時計にそっと触れてユイは溜息を吐く。
母親ばかりか父親の目もかいくぐって、父の名がある日を堺に自然過ぎる”不自然”という形で社会から消されたこと、それを軸に調べれば夜神月が”キラ”であったこと、そのことは世界中に伏せられたまま、一緒に捕まった男が”キラ”であると投獄され、一応の終結を見たことまでは突き止めた。
誰の目にも触れさせず死ぬまで身柄を拘束し続けるつもりだったニアが、夜神月がキラである情報を何処かに流すことはない。他でもなく、現在”L”と共に機能しているデータベースにアクセスを仕掛けたのだ。
簡単とは一概には言えなかったが、元々セキュリティの内側にいる人間であることを逆手に取れば、外部からアクセスするよりも容易だった。
「…にしても、ハッキングの腕は父親譲りでしょうかね」
「父さんも得意だったの?」
「らしいですよ。簡単にやってのけたとか色々言ってくれましたから」
それでもニアがモニターに映し出した明細な資料や、語った成り行きまでは知らない。
ただ夜神月という人物が本当の”キラ”であったと知っただけだ。
袋に入った腕時計を摘み上げれば思ったよりも重量があり、結局はしっかりと支え目の高さまで持ち上げる。
「それ、仕掛けがあるんです。…普通の人間ならやらない仕掛けが」
「摘みを四回素早く引く?」
「良く知ってますね。貴方がハッキングした資料には載ってないと思いましたが」
それどころかニアが厳重に自分以外閲覧出来ないようしまい込み、今しがたユイに見せた全てのファイルにもその記述はない。
「……父さんに聞いたんだよ」
さらりとユイが言ってみせた。
袋の上から摘みを一秒を空けない間隔で四回素早く操作すると時計の底がずれて、何か小さなものであれば入る空間が出てくる。今は其処に何もない。
「母さんから、話を聞く前に少しだけ父さんに聞いたんだ。夜神月は”キラ”なの? って」
「……そうでしたか」
「昨日だよ。母さんに父さんのことを教えて欲しいって言って部屋に戻った後。…怒られちゃった」
怒られたという割にくすくすと笑うユイにニアが首を傾げる。
言葉とは裏腹なユイの態度もそうだが、怒ったという月の理由が分からない。
「事件のこととか、そういうのは母さんから聞けって言われたから聞いてないけど。自分はキラだって教えてくれたよ」
「……それじゃ、貴方は彼から何を?」
「うーん。母さんから教えて貰えないだろうことを」
「……動機ですか」
「後はその前のこととかね」
スライドした時計の底を元に戻し、ユイが小さく笑った。
「母さん」
「何ですか?」
「”キラ”は許されるべき存在じゃないと僕も思うけど、一人の人間として父さんは…きっとある意味純粋で、そして孤独だったんだね」
時計を机に置いたユイがぽつりと落とした言葉にニアが返す言葉はない。
全て憶測に過ぎないし、例えば月本人に問うたとして認めることはないのだろう。
ただ退屈で張り合いのない日常と、真に理解して貰える相手のないまま、そして折角見つけた相手は自身にとって敵で排他しなければならなかったのだとすれば、彼の心情はどうだっただろう。
推測の域は出ないし、普通の憶測が通じる相手とも思えない。
「貴方には、もう少し大きくなったら頃合いを見て全てを話すつもりでした。父親の名前も、このことも」
「うん」
「でも今、”キラ”事件に係る私が持っている全てを貴方に教えた。…それを踏まえて聞きたいことがあるんです」
「…うん」
「もし貴方がノートを拾ったのなら、どうしますか」
ニアの問いは沈黙の合間に落ちた。
善悪、モラル、社会情勢、社会における自分の立ち位置、それら全てをひっくるめて自分で理解し答えを持つとニアが判断したときにするはずだった問いだ。
一つ一つの言葉を咀嚼するようにゆっくりと頷いたユイが、母親から唯一外見で受け継いだ深い色の瞳をモニターに向ける。思案というよりは既に答えは出ているようだった。
「父さんと同じように使うかも知れない」
そしてはっきりと迷わぬ声が告げる。
「……、」
「けど僕は、そうなったら自分の名前を途中でそこに書くと思うよ」
モニターから視線をニアに移してユイは笑った。
人の命を奪うことに何の躊躇いもなかったわけではないとユイは月に聞いている。
初めて使った日は眠れなかった、月にも人としての精神があった。何処で歯止めが利かなくなったのかなどは知らない。
ただ聞いたことがある。初めて銃のトリガーを引くとき躊躇うが、二度目は躊躇わない。きっとそれに良く似ている。
ましてや私利私欲ではなく世界や平和など大き過ぎる大義を掲げたとき、精神は自己防衛の為に自身を正当化し、罪悪感は正当化に因って麻痺していくだろう。
「……理由もなく死んでいく人が居る。誰だって良かったって理由で殺されてしまう人がいる。そんな出来事は確かに世の中に存在してる。たくさんある。けど、……だからって自分がそういう加害者を殺して良い理由にはならない。例えどんな理由や大義名分があっても」
「それが出来る力が与えられたのだとしても?」
ユイの答えにニアの声は静かにまた問いを重ねる。
「与えられた? そう考えること自体が変じゃない。……だって僕は人間だから。それ以外の何かにはなれない」
「ノートを使えば新世界の神になれる、貴方の父親はそう言いました」
「でもやっぱり人間でしかなかった。母さん、僕を育てたのは母さんだよ」
「私の意見をなぞれとは言ってませんよ」
「人を殺して、良い世の中を作るなんて、なんか矛盾してるじゃないってそういうこと」
此処に来てユイの口調は同じ年齢の子供と同じ口調だった。
「なんか、極端じゃない。行き過ぎるよ、それ」
「というのは?」
「結局、父さんの世界は完成しなかった。結果として”キラ”のいる前の世界に戻ったわけで、思うに」
背もたれに体重を預けてユイが器用に反動を付けてくるりと椅子を回した。
「異常だったのは、”キラ”の世界でしょ」
「まぁ、結果的に見れば」
「個人っていう話なら、世の中に絶対は無いから使ってしまうかも知れないけど、世界をそんな方法で変えようなんて思わないよ」
「どうして?」
「だって、きっと……その方法では、父さんが作ろうとしてた世界には父さんの思い描いてた理想は無かったと思うから」
最初は純粋に世の中から理不尽な事件が起こらなくなればいいと思ったのだとして。
それを裁く誰かがいること、それが自身だと陶酔していたかもしれない可能性に到達はするが、それを馬鹿げていると一蹴するにはユイはまだ子供だ。
けれど分かることはある。
世界は、その方法で表面的には急速に平和に近づき変わったのだとしても結局本質は変わらない。
極端な話、夜神月が存命中は世界の秩序が保たれるとして、その後は?
遅かれ早かれ破綻しかユイには見出せなかった。
「不思議なんだけど、父さんに聞いて母さんに聞いた。聞けば聞くほど終わりしか見えない。なら、僕はやっぱりその方法は違うなって思うよ」
「ユイ」
椅子に座ったまま、母親の腕がユイに回った。
ふわりとした癖毛がユイの頬をくすぐる。
「何?」
「いいえ。……いえ、何でもないんです」
突然の抱擁に驚いたユイから母親の表情はよく見えない。
ただ少しだけ声が揺れているのが分かって、そっと障らないようにユイは母親の腕に手を充てた。
途端回された腕に力が込められる。泣いているのかも知れないとユイは思い当たって、暫く少しだけ苦しいその体勢を甘んじて受け入れた。
ニアの少し低めの体温を心地良く思いながら、ユイの頭は昨晩と今で与えられた情報をフル回転で整理していく。
分かったことが有れば矢張り分からないことがある。
どうして、”キラ”であった夜神月との子どもを、―自分を産んだのか。
訊けば母を苦しめることになると知りながら、聞かずにいれない自分に自己嫌悪してユイは瞳を伏せる。
>>ifパラレル9話目。
もう何が何だか分からなくなってきてるなと言わないで下さい
私が一番そう思っています(…)
ああ、でも負けるわけにはいかないんだぜ
気味が悪い。全てが読まれているようだ。軍議が終わり決められた持ち場に戻っていく騎士達の声を聞きながら、その合間を擦り抜けた人影は華奢で戦場には似付かわしくない。
脱色と言うよりは最初から色を持たぬ、真白な印象の人影に軍議から戻る騎士達がつられたように振り返る。
不躾とも取れる視線をものともせず、先程軍議の終わった部屋の扉を開ければ神妙な面持ちで未だ盤上を見詰める一騎士の姿があった。
「…余り芳しくはないようですね」
音もなく扉を閉めて話し掛ける声に騎士が顔を上げる。
少しだけ苦笑を零した騎士はまた盤上へと視線を戻した。
「流石、ロマーナ法王直属の部隊だ。守りが堅い。攻めやすいと踏んだ地形だったのだが、逆手に取られた」
「軍議から戻っていく騎士達の会話を聞きました。悉く躱されていますか」
「ぎりぎり皮一枚のところでな」
「レスター」
すっと盤上に点を落としたレスターの手の甲に、華奢な白い指が触れる。
普段王都の屋敷にいる時であるならば長いヴェールを被り裾の長い服を着るレスターの人形であるニアも、戦場に身を置く今は騎士とは違うが極力動きやすい服装をしている。
隣国ロマーナとの境目。一つ谷間に阻まれ崖に守られる形の古城を拠点に置いたフランドル軍と、山間の僅かに開けた砦に軍を進めたロマーナ軍。地形から見れば進軍は容易く、落とすのに時間が掛からないと此度遠征をしたフランドルの騎士の大半が高を括った。
嘗て人形大戦の折、殺戮の女王である”白の女王”という最強の人形使いを破った英雄であるレスターが同じく遠征に赴くことで士気も上がり、不安要素など何もなかったはずである。
だが実際は戦況は思わしくなかった。
「こちら側の士気が下がり始めている。寸前で思い通りに行かない不安もあって、軍議の内容は消極的な意見と好戦的な意見に別れてしまったし…。さて、」
「レスター…、前線に人形がいます」
「それはいるだろう。私達は、それが無ければ戦えない」
空いた椅子に座ったレスターの人形であるニアが緩く首を振った。そうではないという意思表示にレスターが思い当たる。
「結晶人形か」
「はい。…比べるべくもありません。質は良いとは言え量産が可能な人形では相手にならない」
結晶人形の希少さは全てに於いて評価される。人間のような滑らかな動きも、人間に準じた感情も最上質の結晶人形ならではである。戦闘における能力も他の人形と一線を画していた。
現にレスターの目の前できっぱりと事実を告げたニアを人間と紹介しても殆どの人間は疑いはしないだろう。
「前線に対応する人形と言うことだな。……レイのようか」
殆どの結晶人形の戦闘方法は魔術師のそれと似ている。人形自身の動力となる宝石の持つ性質と主人から影響する魔力で術式を行使するのが普通である。
量産される人形であっても前線で戦うものの多くよりは、希少価値が高いものにつれて後方援護に回る。それは魔力を扱えるだけの技量を持たせた人形であるが故。
「レイ…とは戦闘スタイルが違いますね。剣を用いてました。まるで騎士です」
フランドル所属の騎士の一人が保有する結晶人形の中にも近距離戦闘を得意とする結晶人形がいる。
その名をレイと言うのだが核に使われている宝石が電気を帯びているせいか、極光を閃かせるように戦うのである。
幾ら姿を人と似せても極光を放ちながら軽やかに戦う様は、人ではないのは一目瞭然だった。しかし、相手側の人形はそうではないという。
騎士と同じように剣を用いて戦っている。
「それは人形か」
「人形ですよ。分かります。……近距離でも戦闘スタイルはレイと異なる、と私はそう言いたいだけです」
「勝算は?」
「それは…私が前線に出て勝てるかどうか、の勝算ですか?」
「……ああ」
「最初の一手なら、相手に速さで負けません。…それは自信を持って言えます。けれど気がかりなのは……」
ただ事実を告げるように言ったニアが言葉を切った。
盤上に落とされた視線を追うようにレスターもまた盤上の地図を見遣る。
「マスターが、前線にいないと言うことです」
「………何?」
「それとたぶん、属性の相性は良くありません。同じなようですから」
ニアの言葉にレスターが唸る。それは自分たちにとって不利であると遠回しに言われたようなものだ。
元々ニアの戦闘スタイルが近距離型ではない。属性の相性に関しては、同じであるならば両方に対して不利となるので問題にはならないだろうが、色々な要素を考えれば矢張り此方の不利は確実だ。
「ですので」
レスターが考えを弾き出す時間を十分に与えた上でニアが言う。
「初撃で相手をやれない場合には、レスターを危険に晒します」
「それなら」
「貴方の力量が素晴らしいのは分かっています。けれど必ず守れると保証出来ません」
幾度となく戦場を駆け抜けてきて、主人も人形も互いの力量を知っている。
重ねた手に力を込めてニアは言葉を続けた。
「ですから、貴方も…、此処を離れてはいけません」
血の臭いが充満する。
それでも戦況は五分五分、そして被害は最小限。
腕を切り落とされ呻きながら地面を這う騎士を見下ろしながら、ニアはすっと前を見据えた。
薄闇の向こう、朝焼けに変わる空の一部分を切り取ったような紫の髪が短く揺れる。軽く空を切る音は剣を払った音だった。
動きは滑らか。
つと視線を上げた表情も人間に似て、それが一見人形であるなど凡人が見切れようか。
「……、随分華奢な子だね」
癖のない声は抑揚を十分に含んで、制作された経過と時間を考えればニアよりはずっと年下と言うことになるのだろうが、人間味に関しては上のようだった。
外套を着込んだままのニアの表情は相手には見えず、戦う為に騎士服に似た格好であるロマーナの人形は不敵に笑って見せた。
動く、と思った瞬間にニアの細い腕が上がる。
存外早いと内心感嘆しながら相手の属性が矢張り自らの結晶が持つものと同じであることを瞬時に見切って、ニアは一気に間合いを詰めた。
相手は剣を持っているがニアは空手である。飛び込めば斬られる可能性が高いが、剣が振るえないほどの至近距離ならば話は別だ。生憎速さは此方が上。
「…………っ」
小さく息を飲む音と剣の柄を弾いたニアの空手がするりとそのまま人形の首へ伸びる寸前、
「やってくれる。普通の人形じゃないとは、」
ロマーナの人形の剣を持っていなかった手に小さな短剣があり、逆に首筋に剣を宛がわれる。それで壊れるものではないと知ってはいるが、魔力を込められてしまえば厄介だ。結論を弾き出した瞬間に軸にしていた足で姿勢を反転させる。
着込んだままの裾の長い外套は動きには邪魔になったが、相手の視界を逸らす良い道具にもなった。
「このっ…!」
伸びる腕をかいくぐり逆にその腕を掴み取り、逆上がりと同じ要領で反動を付けて地面を蹴り上げる。ふわりと宙に浮いた瞬間にニアは着ていた外套の留め金を外した。一瞬でも相手の視界を奪う為に。
しかし相手の背後に着地する前に、意図に気付いた人形が乱暴に外套は振り払っている。
かつん、と呼吸一つ分の動きでロマーナの人形は地面に転がった自身の剣を蹴り上げて手中に収めた。
振り向きざまに横を薙ぎ払う斬撃は既に動きを読んでいたニアの術式で防がれる。
甲高い音を立てて宙で止まった刃を、一瞬驚いた表情はしたものの、返す刃一つで打ち破った人形がニアの方に間合いを詰めた。
「……」
白く細い腕が本能的に振り下ろされる剣に向かって伸び、湿った音ではなく触れ合う乾いた綺麗な音を立てた。
「形勢逆転、ってね」
ロマーナの人形がニアを見下ろしたまま、未だ手の中にある剣を確認しにやりと笑う。
ニアはそれに対し無表情に不自然な方向に折れた自分の手を見遣った。距離が離せれば若しくは何とかなるが、この体勢では何も出来ない。
事実上、人形”のみ”の戦いで敗北したと言って良かった。しかし。
「いいえ、これで良い。私の役目は、この戦線から私以外の人形及び騎士を撤退させること。事実上、強いのは貴方だけでしたからね」
「……何?」
「貴方は最初から前線に出てきているし、……此方が敵うべくもない。私は貴方の注意を引きつければ良かっただけです」
おかげで得意ではない接近戦を持ち込む羽目となり、左腕は損壊してしまったが。
「どういう、」
「貴方はロマーナ軍を率いる枢機卿の保有結晶人形とお見受けしました。枢機卿殿に帰ってお伝え下さい。…我々はこの戦線を退きます」
「そんな世迷い言を信じろと?」
戦力では勝るフランドル軍が撤退するという言葉を容易く信じられないと人形はニアの顔面に切っ先を突きつける。
ニアの言葉が虚言で撤退を始めた振りをして戦を仕掛けられる可能性は捨てきれない。
しかし、怯むことなくニアは容姿の中で唯一深い色を持つ双眸をロマーナの人形に向けた。
「信じる、信じないは貴方ではなく、貴方のマスターの裁量にお任せしたい」
「……お前の処遇は? 今、俺は勝ったも同然だ。壊して結晶を抜き取っても構わない」
「それも」
不穏な言葉に、ニアはここに来て婉然と笑んだ。
「貴方のマスターの裁量に委ねましょう」
「何、」
「剣を下ろせ、メル」
何を、と人形は最後まで言えなかった。通りの良い声が、他でもなく唯一の主の命じた声が耳に入ったからだ。
「マスター?!」
前線には出ず始終守りに徹していたはずの主を前にしてロマーナの人形の声は裏返った。癖のある、しかし見事な赤毛を結い上げた青年が迷うことのない足取りで歩いてくる。
「フランドル側は透の騎士が戦場に来たと言っていたが、お前がその人形か」
そして凛とした声で問うのに、ニアは剣を突きつけられているのなどものともせず会釈した。
「はい。……我が主の意向を伝えに来ました」
「それでは指揮は透の騎士が?」
「……総指揮は違いますが、言いくるめることなど幾らでも」
「へぇ?」
面白いことを言う、とくつくつとロマーナの枢機卿は笑う。深い色合いである紅の僧衣に身を包み、さながら全て鮮やかな色で統一された青年の瞳は相反して南国の海の色だった。
剣を収めろ、と短く命じられ人形が主とニアを交互に見遣ってから妥協とばかりにニアから切っ先を逸らして下ろす。
何をされるか分からないと人形の態度は言っている。
「それで、其方の意向を聞こう」
「先程言った通りです。……フランドル側はこの戦線から引きます。このまま続けても互いに成果は上げられず消耗戦となり、結局は引き分けのまま終わることになる」
「数で勝るフランドルがそのようなことを言っても良いのかい?」
「数で勝っていても、流れを読まれてしまうのならば意味がない。結果として同じならばお互い長引かせたくはないでしょう? これは提案です」
「……頭が良いらしいな、透の騎士」
腕組みをしてぞんざいな物言いをしたロマーナの枢機卿はすっと目を細める。
未だ剣を鞘に収めぬ自身の人形に呆れた視線を向けて、
「こら、メル。淑やかなお嬢さんにずっと剣を突きつけておくもんじゃない。仕舞え」
そう宣った。
渋々と鞘に収められた剣を見届けてから枢機卿は一歩ニアへと距離を詰める。
「帰って主に伝えろ。……ロマーナの枢機卿ゼロスは確かに意向を聞き届けた。撤退をするというのならば追わぬし、其方側が全軍戦線を離脱したところで、此方も休戦布告を出す」
「感謝いたします」
「正し、条件が」
「何でしょうか」
「フランドル側も休戦布告を出すこと。その旨がロマーナ軍に伝わるような方法で、だ」
両軍が略同時期に休戦を提示したとなれば、その後の内部政治にも余り影響がない。
「分かりました。ロマーナから入り込んでいる方を見逃しましょう。それでいいですね」
「話が分かるようで助かる。あと、一つ」
「………、何か?」
もう一歩踏み出した枢機卿とニアの距離は存外近い。
危惧して少しでもニアが行動を起こせば対処出来るように、枢機卿を主とする人形は剣の柄に手を置いた。
人形の危惧など素知らぬふりで優雅な仕草で枢機卿は膝を折る。
その行動にニアの反応も一瞬遅れた。
先程剣を突きつけられた眼前には、白の手袋をした手が差し伸べられていた。
「……はい?」
「全く俺の人形は気が利かない。こんな綺麗なお嬢さんをそのままにしておくなんて、な」
先程の固い口調は何処へやら軽い口調でニアを引き起こした枢機卿は笑う。
呆気にとられたのはニアと、枢機卿の人形で一瞬言葉を失ったニアが困ったように首を傾げた。
「変わってますね、貴方。もし私が此処で貴方の首を取りに行ったらどうするんです?」
「その時はその時だ」
「人の心は読めても、人形の心は読めないでしょうに」
「……お前、良く知ってるなぁ。でも、弱いながら流れも読めるんでね」
遺伝と言えるかどうかは知らないが人間の中に、人の心や特別な流れを読むことが先天的に出来る能力者がある。
敵だというのにロマーナ枢機卿ゼロスは、ニアに隠すことなく自身がそうであると暗に言った。
そこに迷いの欠片は一つも見えない。
「確かに条件の方は主に伝えます。……今日の夜には布告は出せるかと」
「それは此方も助かる。……メル、安全なところまで送って行ってやれ」
「ゼロス様」
「申し出はお言葉だけ有り難く。……メル殿が手を出さなければ私は安全に戻れますから」
もう一度会釈をして、にこりとニアは笑んだ。
敵側の人形に躊躇いもなく背中を見せるという、ある種信頼の一端を枢機卿はくるりと踵を返したことで示す。
少しの距離をおき、ついていく人形と枢機卿、二つの影を暫く眺めてからニアも踵を返した。
休戦布告を出すのに時間はかからなかった。
ニアがフランドル軍の拠点に戻って、数時間後には出た結論である。
英雄である透の騎士の人形は破損し万全の状態でないこと、いつまでも硬直状態が続き、最低限の犠牲で済んではいるがこのままでは消耗戦ともつれ込んだ挙げ句、成果は上げられる終わる可能性が高いこと。
透の騎士であるレスターが軍議で切り出せば、総指揮を負かされていた騎士侯から歯切れの悪い答えが返ったが、それ以外は満場一致で休戦布告の結論に達した。
付け根部分から破損した左腕を器用に外しながら、ニアが傍らに立つ主を見遣る。
「何、怒ってるんです」
「いや」
「これくらいで要らぬ犠牲が出ずに済むのなら越したことはないでしょう? それに貴方だって了承したじゃないですか」
「それはそうだが、怪我をして帰ってこいとは」
「私は接近型じゃないんです。これくらいのリスクは覚悟の上でした」
ごとんと床に壊れてしまった左腕を落としてニアが平然と言い放つのに、レスターが眉を顰める。
「それはそうだが、もしかしたら壊されたかもと思えば私が怒るのは当然だろう?」
「……そうですね」
換えの部品は生憎持ち合わせていない。
帰るまでは片腕の状態になり少し不便を感じるか、と思いながらもニアは床に落とされた部品に目を留める主に言った。
「そういえば、変わった方でしたよ。あちらの指揮官」
「ほう?」
「矢張りロマーナの枢機卿の一人でしたが、あれはある意味変わり種ですね」
思い出す鮮やかな色彩の青年。
見目の麗しさで言えば種類は違えど、主の弟にも通じるものがあった。人目を引く。
「だから無事に帰ってこられたようなものです。…その方に感謝しましょう」
とりあえず、今は。
そう付け足してニアは無事に残った右腕を伸ばし、主にそっと触れた。
枢機卿が示唆した彼自身の能力については触れずに、差し伸べられた手の、手袋越しの僅かな体温を思い出していた。
>>間借りジャンルごちゃ混ぜパラレル設定の。
思いの外長くなったけど、戦場だというのにお嬢さんお手をどうぞをゼロスにやらせたかっただけ(笑
メルの口調が分かんね…!難しい!
信じられますか?
憎んでいた筈なんです。
彼が目指していた世界全てを奪い、彼の思想を全否定した私を、彼は憎んでいた筈です。
そんな私が何処でどう死のうと構わなかったはずだ。寧ろそんな情けない死に方と嘲笑うくらいなのではないのかと思っていました。けれど、彼は違った。
私に『そんな下らないことで死ぬな』と言ったんです。
感情を映さないニアの声だからこそ逆に真実味を帯びるのかも知れない。
ユイは間もなくして停車した車を降りた。何処にでもあるような外見のビルをニアに手を引かれて入っていく。
普通のビルのように見えるこの建物も厳重なセキュリティが敷かれている。現にユイがさっと見ただけで十数台のカメラが二人を追っている。実際はもう少しあるだろう。
エレベーターに乗り最上階へと向かう間、お互いに無言だった。沈黙は低く鼓膜を揺らすエレベーターの動作音に緩和される。
繋いだままのニアの指先は冷たく、少しだけ力を込めれば視線を落としたニアが微かに笑った。
同時に目的の階に辿り着いたことを告げる電子音が鳴る。エレベーターを下りるとリノリウムの廊下が僅かに続き無機質な扉が見えた。
ニアが慣れた手順でセキュリティ認証をクリアしていく。
音もなく扉が開くと薄暗い部屋にたくさんのモニターが連なっていた。
「着きました」
それだけを告げるとニアは部屋の中央に手を引いたままユイを連れて行く。
椅子を引いて示すのでユイは大人しく腰掛けた。壁一面がモニターという異様な光景に動じているのではなく、今その全てのモニターが沈黙しているのに不安を覚える。
「母さん」
「…心配には及びません。話をする為に来たんです。丁度仕事も片付けたところでしたし、彼の姿は此処にしか残してないんですよ」
ニアが端末に手を掛ける。滑らかに細い指が動き一つのモニターにある映像を映した。
白を基調とした部屋の中で退屈そうにしている人物の顔には見覚えがある。
いや、見覚えというのはおかしいのか。ユイは食い入るようにモニターを見た。
「貴方の父親です」
モニターを見詰めるユイの横顔からモニターに視線を移しながらニアが告げる。
言われなくとも分かっている。二週間ほど前に突然姿を現し父親だと告げた正しく月本人だ。
「…本当に僕、父さん似なんだ」
「一つ、訊いても良いですか?」
「うん」
「どうやって名前を知ったんです?」
ニアの質問にユイがモニターから視線を外した。
「どうして”キラ”だと分かったって質問じゃないんだね」
「…それは質問する意味がないですから。貴方なら名前を知ってしまえばいつか辿り着いてしまう真実だと思っていました。私や、これに関わった全員が死んでデータも抹消されない限り」
極端な物言いだがニアの言葉は真実だ。
ニア自身ずっと隠し通せるものではないと分かっていて、時期が見て全てを話すつもりでいた。それよりも子供が真実に辿り着いた方が早かった。それだけのこと。
しかし腑に落ちないことが幾つかある。その一つが、父親の名前をいつ知ったかである。
ニアは父親である夜神月の名前が、例えば目に触れたとしても不自然に目に留まらないように配慮した。日本人にしては変わった名前だ程度にしか思われない。そんな情報でどうやって父親と特定出来たのか。
「……、偶然…って言ったら?」
「有り得ません」
ユイの言葉をきっぱりと否定して、ニアは一度溜息を吐いた。
「質問を変えましょう。……二週間ほど前、私が立ち上げたまま置いていったノートを覚えていますか?」
「…えっと、リビングにあった…あれ?」
「その日、私に貴方からメールは送りましたか?」
母親の質問の意図が掴めず首を傾げながら、ユイは思い返す。
あのパソコンを弄ったといえば弄ったがセキュリティがわざと外に出されたノートからメールを送るなんてことはしていない。
「送ってないよ」
ユイの返事にニアの指がまた動いた。別のモニターに何か文章が映り込む。見覚えはなかったが、はっと息を飲んだ。
姿が見えず、気配を感知出来ない人間にどうやって干渉するのか。月が試すように接触したのだと知る。
「これ、」
「…はい。見覚えはありませんね? ……でも、差出人を知っている。違いますか?」
モニターからゆっくりと目を離しユイは母親を見詰めた。観察するような深い色の瞳がじっと此方を見詰めている。
とてもじゃないが誤魔化すことは出来ない。しかしどう話せばいいのかとユイは頭を抱えたくなった。
父親のことが知りたいのは事実だ。けれど同様にニアは何故ユイが父親の存在に辿り着いたのかを知りたいのだろう。
一種交渉に似た遣り取りに経験不足のユイが敵うはずがない。
その場凌ぎのあやふやな嘘はかえって自分を苦しめることになるとユイは結論を弾きだした。
「母さん」
「…はい」
「僕を、変だと思わない?」
だから最初に断りを入れる。
死んだ人間を見て、その死んだ人間から名前を教えて貰ったと言えば、大抵の人間が夢でも見たか正気じゃないと思うだろう。母親が頭ごなしにそう結論を下すとは思ってはいないが矢張り怖い。
「どういう意味で?」
「頭がおかしいんじゃないかって思わないか…ってこと」
「そうですね。それじゃ、死神を見たことがある私も頭がおかしいのかもしれませんね」
ニアにしてみればキラ事件の概要全てにおいて、それまでの常識を覆されている。
他の人間同様、死神や人間の到底与り知れない何かなど存在しないと言い切ることは出来ようもない。
実際、自身の目で死神を目にし会話をした。それも幾度も。
「…母さん?」
「だから話してはくれませんか。どうやって名前を知ったのか。……夜神月と会ったのかどうか」
じっとユイを見詰めていたニアが瞬きをし、視線を外す。伏し目がちの視線は変哲もない無機質な床を映すだけだ。
ニアがユイの目の前で初めて夜神月と名を口にした。一瞬躊躇った間にユイがそういえばと今更に部屋の中に視線を走らせる。
母親は既に自分のこれから返す言葉を予測して質問してきている。
信じる、信じない、ではなく今起こっていることを信じられなくとも受け止めようとしているようだった。
「うん、………僕も信じられなかったけど」
ゆっくりと口を開いたユイがモニターに映されたままの映像に視線を戻す。
「僕は、…この映像の人が父親だって知ってるよ」
ユイの言葉に、僅かにニアの瞳が揺れる。予測はしていても真実と受け取るのは難しい。
目に見えてロジックで解けるものならば、兎も角。
「……最初に会ったときに父親だって言ってた」
モニターに映る生きた頃の月がついと視線を上げる。カメラの位置を知っていた上での意思表示のような行動に、ユイは其処に父親が本当は生きているのではないのかと錯覚しそうになった。
コンソールから手を離しユイの傍らまで歩み寄りながらニアの視線もモニターから外れない。
「最初に会ったのは?」
「…二週間くらい前」
「私に、”幽霊っていると思う?”って訊いた日ですか?」
「うん、そう」
モニターの中の月は何か意味を持たせるような仕草をして、ついと視線を逸らした。
「だって、夢かなぁって思って」
「彼なんですね」
「…うん。でも、母さん? 信じられる? 死んでしまった…現に自分で死んでるって本人も言ってたけど、父さんに会えるなんて、僕が普通に話を聞いたら頭がおかしくなったんじゃないかって思うよ」
「そうですね。私が貴方くらいの歳の頃であったなら同じ反応でしょうね」
「だからあの時聞いたの。幽霊っていると思うかって」
そんなのはただの思い込みだとニアは否定するのではなく、有り得ると肯定した。
ユイにとっては意外な答えだったし本当は少しだけ救われた気もしたのだ。
「僕は父さんの名前も顔も知らなくて、ただ似てるっていうのだけは間接的に言われてきたからそうなんだ…って漠然としか思ってなかった。母さんが話したくないなら、別に困ってないし良いって」
「ユイ」
「でも本当は少し気になってたんだと思う。名前は、ただ興味があったから聞いたんだよ」
「答えた…?」
「だって答えない意味もないんじゃない? 少し驚いてたけど」
モニターから視線を外して傍らにいるニアを見上げて笑う。
それには困ったような微笑だけが返った。
「驚いてたんですか」
「ん…、うん。たぶんね。……それに」
月がユイの前に現れてから、時折姿を消すことはあっても大体近くにいた。その意味が分からないわけでもない。
考え込む仕草の後に名を教えた月には、ニアがどのような意志を持って名を教えなかったのか大体見当がついていたのではないかとさえ思う。
そして名を教えたことによって子供が父親の素性を探ろうとすることも。
学校には時折着いてくる程度だと思っていたが、決まって父親のことを探ろうとする時に月は現れた。
少なからず月はニアの意志を汲んでいる。
「ユイ?」
「…ううん。何でもない」
ふるりと首を振ったユイはモニターに埋め尽くされた部屋をもう一度、見渡す。
車に乗り込んだ時点では確かに着いてきていた月の姿がない。建物の中にはいるのかも知れないが、少なくとも部屋の中に気配は感じられない。
相手が完全に遮断しなければ、二週間共に生活すれば気配も微弱ながら察知出来る。ユイは既にその微弱で不思議な感覚に慣れてしまっていた。月は間違いなく自分たちを慮ってこの場を辞している。
「母さん、」
そっとユイの頭を白く細い手が撫でる。
「約束ですね。お話ししましょう。彼のこと」
***
長い話になります、と切り出されたのと同時にニアもまた椅子に座り込んだ。コンソールに片手をおいたまま、色々な映像がモニターに順に映されていく。
それはユイが生まれる前に起こった”キラ”事件に関わる資料。事件が起き始めた時の”L”のデータは一度消されてしまっているので、日本警察に残っていた資料が保存されている。無差別ではなく明らかに人為的に死んでいく被害者。
分からない犯行の手口。垣間見える犯人のプロファイリング。そして秘密裏にされた”L”の死。それを知られないよう”L”の代理として立った一人の存在。
後にはニアが纏めた資料と事件解決後の調書が順に続いた。
そこには凡そ人の理解の範疇を超えた死神の存在と、その死神の持ち物である”ノート”についての記述も含まれた。
”ノート”にはその人間の顔、名前が分かり名前をノートに書けば死に至るという何とも夢のようなものだった。
幾つかのルールは存在したようだが、簡潔に名前と顔さえ知っていて書くものがあれば人を殺せる、そんなもの。
俄かには信じられないが資料として残っているノートに対するデータと事件のデータの整合性。現物を見なくとも、それが犯行に使われ、そして大量の人間の命を奪ったものだとは容易にユイにも理解できる。
資料に目を通すユイの横でニアの声が補足説明をしていく。淡々と語る割に内容は中々過酷なものだった。
母の部下として今も働いている彼らは正しく命を賭けて”キラ”を追っていたのだ。そして母もまた、彼らの命も全部背負い、心理戦を繰り広げた。
顔を晒す事で命を投げ出すことになる、それを逆手に取った直接対決もそうだが、通信越しでの探り合いにも酷く神経は摩耗したことだろう。
そしてその相手が父親となれば、ユイは資料を見つつ不思議な気がしてならなかった。
札として自分の存在を賭け直接対決に望み、「本来ならば私が負けていました」とぽつりと隣でニアが声を落とした時には流石にユイも肩を揺らした。
少しだけ寂しげに笑ったニアが、捕まえたときにあっさりし過ぎてどう痛めつけてやろうかと思ったと言うので、ユイはそれにも驚く。
声に感情は殆ど含まれていないというのに妙に感情的な言葉の理由は、
「私の大切な人は、全員”キラ”の前に敗れていきましたから」
あまり母親が見せない人間らしい一言だった。
そしてそれは真実なのだろう、とぼんやりとユイは感じた。
>>なんか纏まらなくなってきて迷走中なんだけど、どうしたらいいか、これ…orz
もうちょっと上手くできないか考えて見る…。
ちゃんと前後繋がってるかだけが不安だなぁ…
02 | 2025/03 | 04 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | ||||||
2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 |
30 | 31 |
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。
ブログ内文章無断転載禁止ですよー。