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「はぁ…」
捲し立てられた言葉に何の感慨も乗せない相槌が返る。酷い隈を目の下に貼り付かせた男は、松田の真っ直ぐな視線を受け止めた。そこには一方的に投げつけられた言葉に対して何の感情も沸いてはいないようだった。
「だから、嫌いです」
「……ええ。それは今、…丁度30秒前に一度お聞きしました」
丁寧に返される言葉に遠慮はない。松田がなけなしの勇気で、半ば自棄糞に投げつけた言葉はいとも簡単にいなされてしまう。
尚も心に渦巻く言葉を言い掛けて、目の前の男が小さく笑ったのが目に見えた。
「何が可笑しいんですか」
「…いえ」
「僕が大人げないって、そう言いたいんでしょ! どうせ竜崎は」
与えられた役割に対して満足に動けず、もどかしさや不満という感情に対しての捌け口を見つけられず、ぐちゃぐちゃになった頭で思い浮かぶ言葉を手当たり次第子供のように当たり散らした自覚はある。
しかし完全に八つ当たりになりかける言葉に歯止めが利くわけもなく、一通り言い終え息を吐いた松田の様子を窺うように、デスクチェアに膝を抱え込む形で座り込んだ男は見上げた。
そして数秒。松田が言葉を続けないのを待って落ち着き払った声で言う。
「言いませんよ?」
「…は?」
「松田さんが大人げないだなんて、私言いませんよ?」
繰り返す言葉に不実さなど無い。
目を丸くした松田に、悪戯をする子供のように笑って見せた世界の切り札なる男はこう嘯く。
「だって私の方が幼稚で負けず嫌いですから」
―人のこと、馬鹿に出来ません。
「竜崎」
「……はい?」
名前を呼ばれた男に松田が盛大な溜息を被せる。
本当、天才と呼ばれる人間の何かなど分かるはずもない。
「やっぱり僕は竜崎のこと、嫌いです」
「そうですか」
「そうやって良く分かんないところとか嫌いです」
挙げ句、常でも空気が読めないだの、勘が鈍いだの言われる松田にとって竜崎という男は既に人間として認識するのも難しかった。
変わった仕草、変わった嗜好、そして酷く冷静で人間として無機質なイメージを与えるのに対し、時として非常に人間的なのだ。分かり難すぎる。
「残念ですね」
口元を吊り上げ、親指を押しつけて宣う言葉に感情の一片も含まれているのかいないのか。
半ば飛び降りる形で床に着地した男は酷い猫背の姿勢で、少しだけ狭まった距離の中で笑った。
「私は結構、松田さんのこと気に入ってるんですけどね」
「…はい?」
目を丸くした松田の横を素通りして、裸足のままぺたぺたと去っていく背中は止まらない。
今ほど、投げかけられた言葉さえ真実か虚実か分からない無機質さでもって与えられた松田に為す術はない。
呆然と立ち尽くして「ああ、もう」と呟いた松田は確かに変わらず不気味で、仕事には容赦なくて、言葉も辛辣な世界の切り札なる男を、実はそこまで嫌いではないと自覚する。
言うなれば単純なのだ。
気になるから、反発する。それを看破したような大人な返し方だった。
「……僕の方が年上かも知れないのにな」
そんなどうだって良い呟きは空間に漂って消えた。
>>故に単純に行動に移せる単純さを愛す。
何となく竜崎はそういうイメージがあると言うだけ。
思ったけれど、松田を視点に書くから上手くいかないんだ(今更)
白い壁。白い天井。
白濁する意識。浮上する、途端に落ちる。頻繁に繰り返すようになった頃そろそろだなと月は思った。
ベッドの上に放り出された腕には何本か点滴が差されている。引き抜けば白の世界の中に赤い色が混じるだろうか。
ぼんやりと考えて意味もないと肩を揺すって笑った。
「リューク」
呼ぶ。たぶん刻限だろうと思った。そして面白い結果を見れたとこの世ならざる存在は思っただろう。
久しぶりに喉を突いて出た声は嗄れていて自身の声とも思えないまま、月は白い部屋に黒い影が入り込むのを待つ。
しかしそれはいつまで経っても現れない。
「リューク、」
すっと息を吸えば身体が軋むように痛みを訴えた。耐えて先程よりも大きな声で名を呼ぶ。しかし現れない。
代わりに天井から機械越しの淡々とした声が降ってきた。
『どうかしましたか?』
姿を現さないのはこの場所ではない何処かで”L”としての捜査を行っているからだ。もう聞き慣れてしまった変調器を介さない声に月は薄く笑った。
何十台ものモニターを同時に見て処理出来る能力を持つ相手からすれば、その一つに自分の部屋の様子を密かに映していたとしても不思議ではない。
ただそこまで気を置かれるに至った今の状況を振り返れば、確かに死神が面白いというのも頷ける気がした。
「…、リュークはそっちに行ってないか?」
『いいえ。見てませんが』
「なら良い」
会話が途切れる。天井から機械越しに相手の息を飲む音だけが聞こえた。
それ以外の音は何も聞こえない。相手が何かを言い掛けて止めたのだけは分かった。言葉は想像しようにも投与される薬剤の副作用で混濁する意識の中では掴みきれない。
「…ニア」
『はい』
直ぐに帰った応えに苦笑する。
月は暈ける視界の中で、僅かに反射した光を頼りに監視カメラに視線を合わせた。
「……調子はどうだ?」
『どう、とは…不思議な言い方ですね。変わりありません』
「そうか」
なら良かったと言う言葉は飲み込んで、月は渇いた喉が微かに異音を混ぜるのを何処か客観的に聞く。
『それより、』
「すまない。……ちょっと疲れてるみたいだ。休む」
問われる言葉に何を言ってしまうか分からない。精神力は既に意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だった。
一瞬の沈黙。その後に何か悟ったような、それでいて今までで一番優しい声を聞いた気がした。ふつ、と回線が切れた音がする。
「リューク、遅い」
白で埋め尽くされた視界に黒の異形が映り込む。部屋に仕掛けられた監視の為のマイクに拾われないよう小声で、月は死神を非難する。
しかし死神はそんなものは気にも留めず訊いた。
「いいのか?」
らしくないと笑ってしまいそうになった。この期に及んで命乞いはしようと思わない。
それに、
「最初にノートを拾った人間と死神との決まりだろ? 僕が死ぬ直前じゃノートに名前を書き込めなくなるぞ」
「そうじゃなくて、ライト」
「…今だから良いんだ」
情けがあるというのならば今が良いと言外に含ませた言葉に溜息が返る。
異形の死神が腰に引っ提げたノートに手を伸ばした。音もなく開かれるそれに書かれる名前は既に決まっている。
「ライト」
「…馬鹿だな、お前には情なんてないんだろう。楽しかったよ」
「ああ、俺もだ」
最後の言葉さえ掠れた声というのは何とも情けないと月は思う。何かを書き付ける硬質な音が白い部屋に、正確には月の耳にだけ届いた。後何秒とも思わなかった。
志半ばであったというのは間違いではないだろう。もう少しだった。しかし完膚無きまでに潰えた後であれば、月の思想は世界に淘汰されたものであるのだと、世界中を引っ掻き回した癖に簡単に納得する心境が可笑しかった。きっと心境の変化は月がキラとして捕まった後、偶然とも言える関係によって斎らされたものだ。
「ノートは、僕が死んだら燃やされる。お前も、元の場所に帰るんだな」
言われなくとも、と死神が言う。その言葉はゆっくりと瞼を下ろした月に半分も届かない。
世界を作り替えようとした男が最期に視たのはなんてこともない、人間としてささやか過ぎる夢だった。
***
鐘の音は無い。
弔事も無い。元より存在しないものとして、世界から消したのだから必要性が無い。
ただ名前を密やかに彫らせたのはせめてもの餞のつもりだった。この世界から存在を抹消しようと決めたことに変わりはない。
風が強く吹きニアの癖のある髪を攫っていく。
「名前を書いたんですか」
小さな墓標に一人、立ち尽くすニアが口にした言葉は投げかけるものだ。漆黒の羽が視界に入り込み異形は姿を現したが、答えを返さない。
代わりに口元を歪めた。笑ったようだった。
「あいつが言ったんだ」
「でしょうね。でなければまだ時間はありました」
淡々と色素の無い髪が風に曝されるのをそのままにニアが言う。季節は冬を過ぎ春に差し掛かる。空気は暖かさを増したが吹き付ける風は冷たさを十分に孕んでいた。
白い身体の線を覆い隠す寝着のような服を好むニアにしては珍しく、漆黒に近いコートを羽織り、護衛も付けず一人で居るのは些か不用心とも取れたが、元々人出の少ない場所であるのを踏まえた上での行動だ。慎重に慎重は重ねてある。
一定の距離を取ってレスターたちも控え、何が起こったとしても咄嗟に対処出来るよう計算されていた。
「……あいつが、」
「あの時、彼は貴方を呼んでいました」
死神の言葉に被せるようにニアは言う。淡々とした声は平素通り無機質さも備えて風の音の中でも消えない。
風がコートの裾を翻し、しかし冷たさを微塵も感じさせぬ表情でニアは墓前で人ならざる者と会話する。
「その直後ですから、馬鹿でも貴方とノートの存在を知っていれば分かります」
死神の持ち得る存在価値でなく人間がノートを扱った場合どうなるか。
退屈を嫌い、面白ければそれで良いという理由で”キラ”を直接生み出した死神が、キラとして捕獲され行動も侭ならず、一見面白味の一つさえ無くなったように見える男を殺さなかったのか。少し考えれば一つの結論は弾き出される。
長い時間捕まっているのでは、所有権を移されぬ限りリュークは監禁される月と共に居続けなければなくなる。
何も無くただ死ぬまで、死神にとっては些細な時間であったとしても、それが退屈を許容出来るとは限らない。
なら許容範囲だったとしたら。
目の前の死神にとって、月が捕まりノートに名前を書けなくなるギリギリまでの刻限が許容範囲内の時間であるならば何も急ぐ必要は無い。
一番死神の性格を知っていたのは月自身だったろう。
無言で宣告を受けたようなものだ。
「人間の寿命は教えてはいけなかったのでしたね」
「掟だからな」
「……無言で知らしめるのは良しですか?」
命の刻限を死神はその口で人間に伝えることを禁じられているという。
裏を返せば話さなければ良いのだ。示唆などせずとも優れた思考力の持ち主に対し伝わる場合は不可抗力と言ったところか。
「俺は教えてないからな」
「随分と勝手な存在ですね、死神は」
「…そんなこと言ったら人間だって勝手だろ」
さらりと宣った死神がつと視線を宙に浮かせたのに釣られる。
「良い、天気だなぁ」
呑気に呟かれた言葉は埋葬されたばかりの墓前には似つかわしくないほど明るく、そして空虚の響きを持った。
仰いだ空は確かに何処までも青い。
「ライトは死んだ。…ノートの所有権を死ぬまであいつは放棄しなかった。死んだ今、所有権はノートを持つお前に移る」
「ノートを持ち続ければ貴方がついて回る訳ですね。そして貴方が面倒になったら私の名をそれに書けばいい」
ニアの指がリュークの腰に下がったノートを指し示す。
リュークが視線を落として、次に人間では不可能な角度に首を傾げた。
「今は書けないけどな」
「………?」
ぽつりと零された言葉にニアが首を傾げる番だった。にやりと笑って死神は続ける。
「燃やすんだろう?」
暗にそうしろと不自然に背中を押された形にニアがくすりと笑みを零す。感情が余り読めない笑みではないそれは、純粋な穏やかささえ含んだ。
「…はい」
そしてたった一言。肯定を示す言葉にさえ感情が含まれる。
音もなくコートの中から引き出されたノートは二冊。黒の表紙に中身は何処にでも売っているようなキャンパスノートのページ。
一見、何の変哲もないノートが世界中に影響を及ぼした”キラ”の能力であると誰が考えつくだろう。
名前を書きさえすれば、その名が正しければ、等しく殺すことが出来るノートの存在など人間の範疇を超えている。
だからこそ死神という存在をあるがまま受け入れられる要因とも為ったわけだが。
「ああ、そういや…」
ニアがコートのポケットから取り出したマッチを器用に片手で点け、ノートを火の先端に近づけた。
暖かな色をした炎はノートに移った瞬間、青白く変わり勢いを増す。ニアの指先を離れ墓前に落ち燃えていくノートは幻のように呆気ない。
「躊躇わないんだなぁ」
「元々、燃やすつもりでしたから」
感心してるのか分からない口調のリュークにニアが答える。
青い炎が舐め尽くすように二冊のノートを灰に変えていく。ノートの燃える音に混じって風に掻き消されるはずもない魂の怨嗟が聞こえた気がしてニアはふっと息を吐いた。
元々人間の手に渡るはずのない代物だ。ノートにしては燃え方が異常であるとか、幻聴に似た音も許容範囲である。
すっかり灰になってしまったノートの残骸は暫く塊となって留まった。
「帰りますか?」
「もうノートもないし、面白いことも終わった」
何よりと死神は言う。人間に情を移すことはない。抑も情があるのさえ分からないとリュークは思う。
けれど自分はあの男を、気紛れにノートを落とし最初に拾った夜神月という男を存外気に入っていたらしい。
「ライトも、もういないしな」
だからこそ素直に口を突いて出た言葉にニアが目を丸くした。
「本当、貴方は勝手ですね」
非難するわけでも無い口調を受け止めてリュークが背中の羽を広げた。一度大きく羽ばたかせて宙に浮いた存在をニアは見詰める。
「元気でな」
「……おや、死神らしくない言葉です」
羽ばたいた際の風圧を受けてノートの残骸が風に浚われていく。
微かに焼け残った表紙の欠片は元の黒なのか焼けて焦げたのか判断がつかない。
空に舞い去っていく黒い影を、青い空にぽつりと不釣合いな黒が見えなくなるまでニアは見送った。
真新しい墓標と残った僅かなノートの灰を交互に見遣って踵を返す。
ニアの行動に気付いて視線を投げかけて寄越したハルに微かに頷いて、一度何かを確認するように振り返った。
「……、」
小さく声に出さずに唇が告げたのは別れの言葉。無意識に風から身体を庇うように肩を竦めてニアは歩き出し、二度は振り返らない。
その必要は無かった。相手もそれを望みはしないだろうから。
>>パラレルif11話目。
過去しかないとかどういうことだ…^q^
次の展開で、一応最後を見ます。だからやっぱり13~15くらいが目安かな…。
自分の頭の悪さが最近嫌になってきた。話しの一つもちゃんと書けるようになりたいものだ(…
気まずいと言うより死にそうと思ったのは何故とも言えない。理由は明白だ。
だというのに何とも似てるようで似てないのだなと暢気にものを考えられたのは彼生来の性分であるのだろう。
良くも悪くも凡人である彼にとって、天才と呼ばれる域の人間の行動など露ほどにも分からない。
「……えぇと」
だから押し黙り痛すぎる沈黙の中で、何とも間抜けな声で松田桃太は歯切れの悪い切り出しをしなければならなかった。
西洋人の中に確かに、混在する東洋の雰囲気を持っていた竜崎と比べ、今の”L”であるニアは東洋人が持ち得ない白さのせいか近親感というものを感じさせない。
初めて会った時よりも成長した容姿に彼の年齢は一体幾つだったろうかと思い返す。
姿ばかりはあどけない少年のようだったにも関わらず、ニアの年齢はあの時点で既に十代後半であった。
なら今は二十代前半かと結論付けて、結局切り出した言葉の先に続く意味も見出せずに途方に暮れる。
目を逸らしたまま柔らかそうな癖毛を弄っていたニアがふと視線を松田に寄越した。
脱色されたように色素のない容姿の中で唯一深い色合いの瞳は、確かに竜崎と似た深さがある。しかし松田にはどうにもニアと竜崎が似ているようには思えなかった。
勿論、感情的な部分で好きになれないという単純且つ明確な理由も存在している。
「ミスター松田」
「はい!」
充分待ったと言いたげに口を開いたニアの声は、相変わらず表情を余り映すことなく淡々としていた。
冷静にと思いながらも上擦った声を上げた松田に一瞬目を丸くして微かに口元が笑みを象る。
「質問があるのならお好きにどうぞ。答えられる範囲でなら答えてあげましょう」
完璧な丁寧語でそう告げるニアに表情らしい表情はない。
視線を合わせてきたニアは、松田をただ純粋に観察しているようだ。
「……えっと、それじゃ…」
またしても歯切れの悪い口調ですっかり憔悴してしまった松田が先を続ける。
「何でこんな所に?」
それは至極まともな質問だった。
世界の切り札の名は元は竜崎のものであり、その後月が引き継ぐ形となった。その後あるべきところ、本来の後継者の元に戻ったに過ぎない。
世界の切り札”L”は紛れもなく今目の前にいる何とも白さばかりが目立つ細い青年だ。
何故そのニアが松田の言う「こんな所」、―警察庁にいるのかが分からなかった。
「用があったからです」
時に大胆な行動を辞さない竜崎に比べ、最後の最後まで姿を現さず自ら動かなかったニアは行動力に欠けていた。
それはニア自身が認めていたことであり、周囲の人間も認識していた所だ。正しく比べようも無いだろう。
だからこそ何故こんな所にいるのかを聞いた筈なのにさらりと流され、松田は困惑する。
「…人が足りないとか…?」
「いいえ。応援要請を出せば人は足ります」
間髪入れず返される言葉は鋭利さも含む。
平凡な質問さえいけない気がしてきて、松田が次に何を聞こうかと口を開きかけた時、ニアの方が先に言葉を紡いだ。
「それよりも聞こえました」
したり顔で笑うニアは得体が知れない。
ぞくりと背筋を襲った寒気に松田は知らず呻いた。聞かれていなければ良いと思ったのだが、そんな都合が良いことがある筈もない。
「……すみません」
「何故謝る必要が? だって貴方、その通り私を嫌ってるんでしょう?」
さらりと言ってのけられた台詞は、先程廊下に出る前に部屋で現在の”L”について悪態を吐いた松田の言動が聞こえていた証拠だ。
一頻り不満を出し切って廊下に出たところでニアと遭遇した状況を考えれば、そんなもの確認せずとも明白だったが。
「別に、」
「良いですよ。嫌われるのは慣れています」
白く柔らかそうな髪を指に絡めながら、しかし口調に感情は浮かばない。
「だから大丈夫です」
言い切ったニアがつと視線を逸らし、くるりと踵を返した。
言いたいことは言ったのだろう。用事は済んだとばかりに背中を向けるニアに一瞬呆然とする。
何だろう。これは? ふと過ぎった訳も分からない感情に眉根を寄せて
「……ニア」
一瞬の迷いの後、松田はその細い腕を掴む。その細さは嘗ての竜崎に似ている。
”なんですか、松田さん”そう言い、心を読むように見詰めてきた竜崎に初めて似ていると感じた。
瞬間僅かに引っ掛かるように心の端に甦る既視感。
拾おうにも直ぐに意識の端から零れ落ちて拾うことさえ敵わなかったが。
「…、ミスター松田、何です?」
息を呑んだ音を聞き逃さなかった松田に敢えて平静を装った声が落ちた。
窺った視線は矢張り何かを探るような感情の薄いもので、薄ら寒ささえ感じる。しかし、それだけではない気もした。
「僕は竜崎も、ニアも嫌いです」
「…竜崎?」
だから素直に言葉を口にする。
得体の知れなさと細さだけが良く似た二人の実年齢は十ではきかないのかもしれない。
突然出てきた名前に首を傾げたニアが続きを促すように見詰めて寄越す。
「でも、……別に大嫌いなわけじゃない」
「………」
”はぁ、全く意味が分かりませんね。だから馬鹿って言われるんですよ。松田さん”
言葉を返さないニアが作り出した沈黙の中、聞こえる筈の無い幻聴が聞こえた。嘗ての”L”の落ち着いた声。
「…何を仰りたいのかは分かりませんが」
充分に言葉を咀嚼しても松田の発言の真意までに至らなかったのだろう。
ニアの眉が少しだけ寄せられ、淀みなかった口調は途切れる。
「分かんなくたっていい。とりあえず、それだけが言いたかった……」
「一つ分かりました」
松田の言葉を遮るように思案に沈んだ声が、ついと浮上した。
先程の笑顔とは違う表情でさらりとニアが告げる。
「Lは……、いえ、貴方の言う所の竜崎は、貴方のその単純でありながら大胆さが好きだったんですね」
問題に対しての解を弾き出したかのように言われた台詞に松田の反応が遅れる。
力の抜けた松田の手から腕を解き、背中を悠々と歩いていくニアが振り向くことはなかった。
「………なんだよ、それ」
呟く。
何故こんな場所にいたのか色々聞き出せなかったことよりも、松田の意識は最後の言葉に持っていかれてしまう。
呆然と立ち尽くす松田の姿を見留めた同僚が声を掛けるまで松田はその場を動けなかった。
***
「何だか嬉しそうだが、ニア? わざわざあんな所に自ら行かずとも良かったのでは?」
「いえ。少し揶揄ってみたかっただけだったんですが。…悪口を言われっぱなしでも面白くありませんし」
狙ったタイミングで迎えに来た黒塗りの車に乗り込んでニアが笑う。
「思わぬ解を見つけました」
何の、とキラ事件よりこの方ずっと協力をしてきた体格の良い壮年の男は聞かないことにした。
取り敢えず機嫌の良いのは何よりだ。
「単純な話、ですね」
走行音にかき消されて、流れる景色を見遣りながら呟かれたニアの言葉は誰にも聞かれなかった。
>>人なんて結局どれもこれも分かんない答え宜しく単純だ、と。まぁ、そんな話。
松田と書くだけで何だか変な気分になり、それでいて松田の口調がどうなのかとか
わかんな過ぎて途中でネタとして微妙とか思って頭痛くなった…とか。
竜崎と松田ならともかく、ニアと松田は無謀だった…(当たり前
雲海を渡る。朝の清々しい風は心地良く、眼前に迫ってきた王宮の影に目を細めた白く神聖な獣は音も少なに庭院に降り立った。
まだ朝早い時間で起き出しているのは朝餉を作る者達くらいだろう。無理を言って泊めて貰い、全て心得たとばかりに朝日が昇る直前に送り出してくれた隣国の麒麟を思い出しながら、ニアは用意していた衣に袖を通した。
白い容姿の中で唯一深い色を持つ瞳がそっと伏せられる。いつもと違い、用心深く選んだ服は首が隠れるくらい長襟のものにした。
それとてそこまで気にされるものではないだろう。ニアの影から気遣わしげに柔らかな雰囲気をまとった腕が着替えを手伝う。
女怪の気遣いに「ありがとう」と小さく告げて、そっと最後に帯を結んだ間違いない女の手にニアが触れる。
(主上は未だ自室におられるかと思います)
「……、そうですか。何とか間に合ったようです」
(良いのですか、台輔?)
「余計な心配は掛けたくありませんから」
きっぱりと言い切り足音も少なに回廊を歩くニアに、その影から声が尚も掛かった。
(…台輔、どうせ後でご報告に上がるのですから、隠すのは難しいのではないのですか)
「大丈夫です。心配は要りません」
迷い無く言いながらもニアの指は襟に隠れた自身の首に残るであろう痕を無意識になぞった。
くっきりと残ってしまっている絞められた指の痕は、白いニアの肌では暫く消えそうにない。今日誤魔化せたとして長い間、誤魔化せるとはニアも思っては居なかった。
元々麒麟の本性は仁。虚偽も良しとしない。
ただ心配であるのだ。急ぎの用である故に王の遣いとして赴いた先で国で唯一無二、王を選定する麒麟がどんな理由があるにしろ危害を加えられたとなれば、国交問題になりかねない。
そうでなくともニアが赴いた国は既に王朝の終わりが見え始めている。王は道を失った。その証拠に彼の国の麒麟は失道し、精神を病んでしまっている。
狂気を内包し、呪詛を吐き出すように絞り出された声を思い出してニアは顔を伏せた。
締め上げられた事による呼吸の侭為ら無さよりも、彼が今まで抱え込んできた痛みを吐露した言葉の方が堪えた。
王は民のもの。王は人でありながら王となった瞬間に人ではなくなる。王という名の神に近い存在になる。
選定は神獣と呼ばれる国の麒麟が、その唯一無二の存在が行う。麒麟は王から人の道を奪う。ささやかに自らの為に生きる生を奪ってしまう。
言うなれば王は民の為にある。そして麒麟は、その民の為にある王の為に唯一あるもの。
「……景台輔は、ずっと苦しかったのですね」
王の隣で執政を助けながら、何でもないように振る舞いながら、王の為にあるべき麒麟は本質ではなく虚像を投影されていたのならば、自分がそんな風に居たのならばどんなに苦しいかと思う。
耐える日々ばかりにささやかに安らぐ日の思い出さえ蝕まれていってしまうだろう。
心はないまま、本性が仁である故にそれだけは捨てられぬ侭に生きる。仁を捨てることは出来ない。人ではなく麒麟として生まれた故に根本は覆せない。
考えただけで生き地獄のようだと思った。
するりと白い指が首に残された痕に触れた瞬間に走ったひりついた痛みに僅かに眉根を寄せて、ニアは足音もなく自分の房室に入った。
後ろ手で扉を閉めた瞬間、声が掛かる。
「随分と急いで帰って来てくれたようだな」
その声に何故王気を辿った後、慎重に動かなかったのか後悔した。
普通、麒麟と王は寝所が設けられている殿が違う。
しかし幼い頃に王を選び、胎果で世界にも不慣れであったニアの為、王は同じ殿に麒麟と王の寝所を設けさせた。成獣化した後も寝所はそのままにしてあり、殿が同じであるが故に簡単に互いの寝所を行き来出来る案配になっている。
「…主上」
咎める響きもなく普段通りの王の声にニアはそう呟くのが精一杯だった。
体格の良い男が房室の奥、もう一つの扉から迷わずに歩いてくる。
大きくなった今も華奢な印象を拭えない自国の麒麟の目の前で歩みを止めると労るように肩に手を置こうとした先、逃れるようにニアの身体が沈んだ。
「ニア」
膝を折り頭を下げたニアの表情は見えない。ただ長い襟の隙間から白く細い首筋が見え、そこに微かに見慣れぬ痕を目にして、王は何事かを察する。
しかし言及する言葉は飲み込む。何より額づいた麒麟が触れられたくないように身体を強張らせたのを見逃さなかった。
「まだお休みになってるかと思いました」
「何となく帰ってきた気がしたからな」
迷うことなく手を差し出し、ニアを立ち上がらせた王は穏やかに笑う。
「……報告は後で良い。疲れただろう? 休んでいなさい」
目の前の男を王に選んだとき、ニアは未だ幼かった。その時と変わらぬ口調にニアは酷く安堵する。
同時に首を締め付けられたときに聞いた慶国の麒麟の声が脳裏に蘇った。
誰しもが違う誰かや何かの代りにはなれない。麒麟は選んだ王に仕え、その国の為の存在である。鏡像である訳が無い。
しかし麒麟は王の命に背くことは出来ない。王がそれを望めば享受し王と共に生きるしかない。
「…レスター」
笑って過ごしていた筈だ。初めてあの国を訪れた時、慶国の麒麟は王を選べて良かったと笑った。
王が名を与えた時でさえ笑っていたのだ。隣国の台輔と同じ名を、今生きている存在の名を与えるというのはどんな意図があれ、自身ではなく置き換え虚像を映す結果となるのを知りながら笑っていた。
その思いを推し量れば、道を外し病んでしまった様子を目の当たりにしてしまえば、苦しくて仕方ない。
もっと他に何かなかったのかと思わずにいられない。
「…ニア?」
「少しだけ、」
甘えると言うよりは温度を求めるような仕種で王の胸に寄りかかったニアは瞳を閉じる。
胎果であるニアにとって幼い頃過ごした世界とは隔絶された本来あるべき場所は酷く不安に満ちたものだった。
聡明で感情を抑える術を心得ていたとしても不安は拭えなかった。無言で堪えるしかなかった筈のニアにその時伸ばされた腕は優しく温かかった。その腕で王はニアの柔らかな癖毛を撫でる。
王の命で出向いた先で何があったかは話さねばなるまい。
何よりも言葉にしないだけで気遣う王の態度に大体を悟られてしまったのをニアは感じている。
順序立てて話せば物分りのいい王の事だ。危害を加えられたとはいえ、不可抗力であったことは理解してくれるだろう。
「少しだけ、こうしていて下さい」
消え入るような声は王に確かに届き、苦笑を返されはしたが拒まれることはなかった。
ただどうして哀しいのだろうと、ニアは身体を半分預けた先で思うしかない。
始まりがあれば例外なく終わりはある。胎果であるが故に永遠など無いことをニアは誰よりも知っている。その時、自分と王の辿る道も偏に失道でしかないだろう。
同じ結末でなかったとしても其処にあるものが何であったとしても、と考えて止めた。分かる筈も無い。
麒麟は王を選定し、王に従う。なればこそ最期も一緒でありたいのだと思うのだ。
この優しい腕が優しさを間違え、聡明さが傲慢に満ちてしまい天に見放される時が来るのだとしても。
―道を失った時でさえ、きっとこの人の温度は変わらないのだろうから。
>>久しぶりの十○国パロネタ。
いつぞやの話のその後、としてリンク。
十○国ネタは本編のキャラ(というかワイミーズの子達)のイメージと
余り離さないようにしつつ、如何に麒麟っぽくするかを肝に置いてたりする。
しかしこれ、途中で何が何だか分からなくなったとか、言わないよ。
私の馬鹿…(いつものこと)
片時も外さなかったロザリオが、不意に変な方向へと引っ張られた。訝しげに眉を顰めてメロが振り向く。
遠い日に誰かが言った言葉を思い出そうとして浚われる記憶と似た感覚に眉間の皺を深めた。
終ぞ今まで着替えるときにさえ引っかけたことのないロザリオが上着のタグを噛んでいる。溜息を吐いて器用に両腕を上着から引き抜き、ロザリオを回して引っかかったタグを正面で丁寧に外した。
それは何か、予感めいたものさえ表していたのに。
振り払う。振り払う。
全て温かなものは置いてきた。命を容易く奪った瞬間に捨てたものは一体何だったのか。
忘れてしまえるほど頭が悪ければ良かったのにと淡々と思うのだ。
目の前に立ち憚る者を容赦なく切り捨てることが出来るのに、心だけはいつも何処かに置き忘れている。そんな感覚がある。
割り切った冷静な理性と断ち切れない感情の合間でメロはいつも何処か懐かしい場所を思い出すのだ。
陽の良く当たる中庭で遊び回ったときの風の匂いや、きらきらと落ちる木漏れ日。
Lの後継者としての育成施設であるから決して他の養育施設のような生温い生活を送ってきたわけではない。
しかしあの場所は振り返ればまるで遠く懐かしい、一つ言うなれば故郷のような場所なのだと思う。
勝手に出て闇の世界に身を置いた。覚悟はあった。今までと一変して手を汚す覚悟を持った上で、もう戻れない覚悟で身を置いたのに、振り返れば色褪せることなくその場所はまざまざと脳裏に描かれるのだ。
『…メロ、どうかしたのか?』
通信越しの耳慣れた声が思考に入り込んでメロは小さく自嘲する。
いいやなんでもない、と返そうとしてふと思い留まった。
『メロ?』
訝しげな声が通信機越しに名を呼ぶ。もう一度どうしたと問われて今度は「なんでもない」と答える算段で口を開いた。
しかし滑り落ちた言葉は意に反した。
「お前、俺についてきて後悔してないか?」
信じられないくらいに落ち着いた声音は淡々としていて、まるであの場所で競っていた相手を思わせる。
何処までも全ての色を排他した小さな存在。それは数年を経た今も変わらない
堆く積まれたモニターに囲まれ、背を向けたまま対峙した彼の外見的特徴は実年齢よりも幼く、しかし振り返った際に見せた表情だけは過ぎた年月分大人びていた。
通信越しに小さく堪えきれない笑い声が漏れる。
「おい」
『いや、らしくないって思ってさ…』
咎めれば、悪いと言いながら尚も通信機の向こうの笑いは止まらない。
小さく舌打ち一つ落としたメロに気付いてか、ただタイミングが良かったか、相手の笑い声が止んだ。
『…メロ、気にするな』
何もかも見抜いた言葉に今度はメロが笑うしかない。
それは例えば幼少の頃の遊びで誤って軽い怪我を負った時のような気安さであって、妙に真摯なのだ。
「マット」
『心配は無用。…メロは』
知らず胸元に落ちたロザリオを片手で弄いながら相手の言葉を待つ。
一度息継ぎに設けられた沈黙は奇妙に歪み、表し得ない結末を予め知っているかのようだ。
『自分の信じるようにやんな』
目を閉じれば思い出せる陽の当たる場所で笑ってふざけ合った時の様に言いながら矢張り言葉に重みは伴う。
何も言わぬだけ。予感がある。もう本当に戻れない予感。
「…ありがとう、マット」
『ばっか。それがらしくないって』
珍しく素直に出たメロの言葉に幼馴染に似た関係の相手が笑う。
心底嬉しそうに笑って「良いんだって」と呟いたのを、通信越しでもメロは聞き逃さなかった。
全てを予見した上で、それでも助けになると言った友の存在は歪に捩られていく世界の中で一つも形を変えていなかった。
酷くそのことが救いで切ないと笑う。肩を揺すって、ともすれば泣きそうになるのを堪えるように笑う。
「そうだったな」
『そうそう。メロはいつでも、強引で激情型で…いっつも俺は引っ掻き回されてばっか』
「引き篭もりがちのお前にとってはそれくらいで丁度良かっただろう」
会話は過去を振り返る。
辛いことが無かったとは言わないが温かい場所に。
『よく言うよ。……まぁ、でも』
メロも通信越しのマットも戻れないその場所に。
『そうなのかもなぁ』
肯定する言葉に今度はメロが「らしくない」と返してやった。一瞬の間の後に同時に二人で笑う。
昔に戻ったように屈託も無く笑う。
『メロ、』
「……何だ?」
『出来れば……、俺は』
一頻り笑った後に少しだけトーンを落とした声は耳元で願いのように聞こえた。
続く言葉をメロは容易く想像出来て振り払うように首を振る。今更遅い。
違えてしまった道、自身の選択で奪った命は戻ることが無いように、どうあってもマットが続けようとしてる言葉は現実には叶わない。
しかし選んだ道の先、現状故に繋がねばならぬものがある。
「マット、それは無理だ。けど」
『ああ、分かってるよ。……意地っ張りのお前にしたら凄い進歩だよ』
「巻き込んで済まないな」
『前からだろ。好い加減慣れてるよ。だから謝らなくて良い。俺が勝手に納得したことだ』
それじゃ、また後で。
締めくくりの言葉に、メロはそれが叶うならばと心の中だけで返した。ぷつり途絶えた通信と一度脱いだ上着に袖を通す。
今度はロザリオは引っ掛からなかった。阻む事は無理だというように。
細く何か過去が名残惜しく引き止めたようなか細い抵抗はなかった。
「…行き着く場所は同じ、だ。お前は」
思い出したのはいつも一歩前を歩いていた、その色を排した少年のまま時が止まったかのような、存在。
今も昔も暈けることなく結ばれる像。
競い合ったからこそ、手を取れずとも繋げられるものもあるだろう。きっとメロとそれはそんな関係性なのだ。
胸元で揺れたロザリオを一度握りしめてメロが呟く。
「生きろ」
最早、幼い頃のように見えぬ神に祈る愚行は冒さない。
神など要る筈のない世界で、嫌というほど理解した上で、しかし言葉は一つの形に良く似ていた。
純粋すぎる祈りだった。
>>MMネタ。でも微妙にMMN(笑
こっそり反応遅すぎて今更?と思われそうだけどリライト2の影響ネタ。
メロもマットも良い子だよ…
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サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。
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