忍者ブログ
謂わばネタ掃き溜め保管場所
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

あ、と声が上がった。
余り聞いた覚えのない珍しい声にふと顔を上げれば、視界に宵闇と似た色をしながら紛れぬ漆黒の髪が映り込んだ。
仄かな光源に照らされた顔色は余り宜しくない。伸びた腕が闇を掻いたが何にも触れられはしなかったろう。
証拠に僅かに眉を顰めた青年がゆったりとした動きで首を傾げる。
動きに合わせて伸ばされた漆黒の髪が肩から滑り落ち、僅かに頬を掠めた。可笑しいなと呟く声は低さを伴った通りの良い声で、聞き慣れてしまった声音だ。
すっかり元の調子に見える様子に、しかし髪から僅かに覗く首の血色の悪さから見せ掛けなのだと知る。
たぶん立っているのも辛い。
「……座っても良いんだよ?」
「いや、良いんだ」
今日は調子が良いからと付け加えた青年の言葉が静寂に溶ける。ふっと息を吐いたそれに白が混じって矢張り溶けた。
視界の端で眺めて浮かんだ感情を何と言おう。
「ねぇ」
「何だ?」
伸ばした指が血色の悪い頬に触れる。期待を裏切らず血の通った暖かさの希薄な温度に薄ら笑みさえ浮かんだ。
出会った頃は肌は白かったが決して虚弱を寄せ付けない力強さを備えていたものを。
「後悔はない?」
「今更じゃねぇか」
からからと笑った青年は触れた手を取る。頬と同じように手もまた冷たく血色が悪い。
暗闇の中仄かに浮かぶような白さは不自然な印象さえも含み、彼が何かに憑かれたのだと噂する周囲の言葉は正しく的を射ているのだと自嘲した。
心配する人間達の言葉を「大丈夫」という言葉で封じ込めた青年の、けれど運命は既に絡め取られてしまっている。
他でもなく絡め取ったのは自分だ。
薄い掌が打ち合わされて鳴った音に惹かれてしまった。
その先に見えた青年の、漆黒を溶かした癖のない髪と紫暗の瞳が宿す意志の強さに目を奪われた。
いつだって呼びかけには応じなかった自分が、その時だけは相手に言葉を言わせたくて逆に持ちかけた。
平然と話を聞き入れた青年が思案する間に吹き込んだ、虚偽を織り交ぜた甘美な誘惑に、されど虚偽を見抜いた上で成り立った契りは代償として命を掛ける。
成果を与えたのは自分。代償を支払うのは青年。
命はゆったりと個人差は伴うものの、両の掌で取り零さぬよう慎重過ぎる程の緩慢さで滑り落ちる。
潔く椿の花が地に落ちる様にはいかず、日々若干の変化でもって弱っていく命を体感していくだけの日々。
最近は外に出ることさえ侭ならぬ青年の様子を心配する人間は割と多かった。
出会って間もなく両親は居ないので気兼ねは要らないとさらりと告げられた事実に嘘はないのだろうが、こればかりは仕様が無い。咎められるべきが存在するなら両者の一つの行いでしかないだろう。
「ユーリ」
「……ん?」
彷徨わせていた視線がゆったりと焦点を自らに合わせていく。薄く水の幕を張った瞳に反転した姿が映ったのが見え、想像よりも覇気のない顔に浮かべた笑みは自然と引っ込んだ。何とも可笑しな話とはたぶんこれを言う。
「後悔してんのは」
「ユーリ?」
「お前の方だな」
ふと息を吐くついでとばかりに笑みを浮かべた青年が手を重ねる。
冷たい指先は若しくは既に感覚も失い掛けているのかも知れない。
「何を、」

「お前は優しいから」

知らなかった、と言う。知らなかったと思う。けれど知ってはいけなかったと後悔だけはしてはいけない。
摘み取る命に先は無く自分には未だ自由になる時間が余り有る。
「ユーリ」
「ありがとな」
囁くほどの大きさで述べられた感謝に声を返せない。頷き覚えた痛みを顔に出さないように努めるのが精一杯で言葉など探せなかった。
緩やかに掌握する命。それは他ならぬ目の前の存在の命だ。
姿形は良く似ていても人と自分は存在を異とする。彼らが覆せない現実を代償に因って叶える人型の異形を彼らは”鬼”と呼んだ。
生きる時間の尺も違えば本能も違うらしい彼らとの取引は”鬼”が優位で有るはずで、成果を与える故に本来なら自分らが何かを償うことは無いのだと思っていた。
昔馴染みの”鬼”が人との取引を交わした経験を「後悔してはならぬ罰だ」と喩える。
終ぞ取引を持ち掛けられても応じなかった自分には分からない真理ではあったが、今更身をもって知った。
もう青年に残されている時間は両手で指折り数える日数にも満たない。
ふらりと傾いだ身体の脇に腕を差し入れ支えれば軽さに驚く。元より細身であったがこれでは、
「たぶんな、明日かそれくらいじゃないかと思う」
心の裡を読んだように言葉は紡がれ、受け止めるより流れる中手元に残されたものを茫々とでも感じ取る方が、時間を数えるのは容易いのだろうと思い至った。
彼の言葉は真実となるだろう。
「僕は、ね」
「後悔したら駄目なんだろ? 俺は感謝してる」
手を拱いて喪うはずだったものを救えたと青年が言ったが、価値は見出せそうになかった。
救った中に目の前の存在の未来は含まれない。一個人が願う幸せは小さく、数多ある命の中で目の前の一は些細なものでしかないのだろうが。
「酷い言い方だとは思うけど」
「……そうだね」
契りを交わしたその時より、命が手元に落ちる迄の間。
手に入れる命、喪われる存在から自分たちは一定以上の距離を隔てることは赦されない。
それは正しく自らが取り上げる価値を看取る時間なのだろう。
抑も取引として契りを交わすには、異形である”鬼”が対象となる人間に対し、力を貸しても良いと思うだけの価値を見出さなければ成立しない。
「でも僕は後悔はしない」
「……うん?」
「したら駄目なんだよ。持ち掛けたのは僕だ」
言い切れば既に生気の欠片しか持たぬ青年が困ったように笑った。
寒さで元より色味が喪われた唇が紫に変わっているのに気付いて、何も言わず寝所に向かう道を戻る。
青年は「もう少し」と強請ることはしなかった。代わりに薄雲に掛かった空を一度見上げ目を細め名を呼ぶ。
出会ってから初めて、呼ばれた自分の名だった。

「ユーリ」

引き留めるように呼び返す名に視線を戻した青年が小さく首を傾げる。
気遣って促し差し伸べた手を掴んで笑う命は明日には完全に自分の手の中に落ちるものだった。




>>相変わらず雰囲気だけの。似非和風っぽい感じ。人外カロルと人間ユーリ。
   カロルの名前が出てこないので、勘違いすればフレンにだって取れるという代物。

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
忍者ブログ [PR]