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―知ってるか?
とそれはそれは大層勿体ぶって言うものだから内容も聞かず、知らんと答えた。
―まぁまぁ、せっかちだな。話は最後まで聞いてくれ。
そういって笑うので、とりあえず話を聞いてやることにする。
訥々と話し始めた声はいつもの明るい調子ではなく抑揚の無い平淡な、言うなれば無機質さを含んでいた。
このように話すのは今まで見たことが無い、と話を聞いてやることにする。
曰く。
―ほら。3階の一番端の部屋があるだろう?
―308号室なんだが。
―そこにはどうやら出るらしい。
―何がって? そりゃ出るって言ったら一つしかねぇだろ。
面白げに目を細めて笑った男がつき立てた人差し指をくるりと回した。
その先を追って視線を上げると天井。方角は一つ上の階の、今話題になっている部屋を指している。
―幽霊、さ。
馬鹿馬鹿しい。そんな在り来りな話信じると思うか?
そう返せば言うと思ったと男は笑う。屈託無く笑う。いつもの、彼と違う笑顔に一瞬違和感を覚えた。
―でもよ、元就。
そっと導くように手を取られ男の左胸、丁度心臓の鼓動を直接感じる場所に移動させてもう一度男は笑った。
温かい手とは裏腹に伝わってくるはずの音は無い。
―な?
笑う。笑う。
嗚呼、笑ってなどいられない。いつも通りの冗談だろうとは言えない。冷たさは無い。
現実味を帯びた酷く非現実的な出来事に呆然と、男の左胸に当てた手に鼓動は伝わらない。
―俺、
言わなくて良い。
遮った言葉に一瞬目を丸くした男が穏やかに笑う。今日は本当透明な印象で笑うものだ。
手を伸ばして触れられないもののように笑うような男ではないはずなのに。
―死んでるんだわ
すとん。
魔法の言葉のようであったので矢張り呆然とするしかなかった。
導いた手の温もりは手の甲に、左胸から伝わった温かさは手の平に、残されたまま音も無く重力に逆らわず落ちる。
支えをなくしていた。
「………莫迦」
笑うしか、無かった。
最後も男は笑ったから。
>>幽霊ネタはすとんと書きやすい。
1>
雪の降る前に音は聞こえるのだと東北出身の男は言った。
しかし風があるってだけでも寒いのな、とマフラーを引き上げて文句を言った政宗の髪がばさばさと風に煽られる。
実家が温暖な気候である元親にとって寒さは一概にして苦手なものでしかない。
雪も余り見たことがない。
積もった雪など大学に出てスキーに誘われて行った場所で初めて見たくらいだ。
雪が降る前の音など知らない。
だから懐かしそうに言った政宗を横目に見ながら全く想像も出来ずに灰色の空を見上げた。
ひゅう、と冷たい風が吹き付けて思わず身震いした元親に政宗が笑って
「お前、寒さに弱いのな」
と揶揄するように言う。
仕方ないだろうと肩を竦めた元親は、ふと歩く道の向こう妙に姿勢の良い人物に目を留めた。
モスグリーンのマフラーを巻いた、全体的に落ち着いた格好の彼は冷たい風に足を止めることなく歩いていく。
けれど。
「……毛利さん、か」
「何だよ」
「いや…。何て言うか人間って分かんねぇなと思ってよ」
「どういう意味だ?」
「そう言う意味だ」
聞き返した元親に簡潔にそう言うと、政宗は一度大きく伸びをして上げた手でそのまま元親の背中を叩いた。
「てめっ…」
「そんじゃ、俺はこっちだから。…じゃあな」
意地悪気に笑って、ひらりと手を振った政宗が別れた小径の反対側に歩いていく。
気を利かせたのだと何も言わずとも分かった元親が声には出さず小さく「さんきゅ」と呟いた。
風は矢張り冷たく、元親は悠々と去っていく友人の背中を見送ってからもう一度先程目を留めた人物に視線を向ける。
凛とした姿勢の良い姿はいつでも元親の目を引いた。
性別にしたら小柄な彼の名を毛利元就という。
淀みのない玲瓏とした響きの声は妙に耳に心地良く、顔立ちも好みだった。
ただ元親と彼は性格とスタンスという面で真逆とさえ言って良いほどに考え方が違っていた。
だからこそ最初の印象は最悪。
到底分かり合えるものではないと思ったし、友好関係を築けるとは思えなかった。
実家に電話を掛ければ本当に腹立たしいのが居るのだと何度愚痴ったかも知れない。
けれど。
「……ああ、確かに人間って分かんねぇもんだな」
先程の政宗の言葉に答えるように独りごちて元親はもう一度とふるりと身体を震わせる。
随分と先を歩く元就の姿勢は良いままだ。
しかし元親は自分と同じように彼が寒さには強くないのを知っている。
それ位には彼と親しくなった自分は確かに元就と出会った当初から見たら信じられないものだった。
2>
「おうい、元就」
昨晩から突然寒くなった気候について行けないと、首に巻いたマフラーを冷たい風から身を守るよう引き上げた瞬間に背中から呼びかけられる。
何とも底なしのように明るい調子の掠れた声には聞き覚えがあった。
振り返れば寒さのためか猫背がちな背を更に縮ませて首を竦めて歩いてくる男が目に入る。
暖かい気候育ちの癖に妙に白い肌と、脱色したような色素の薄い髪は寧ろ冬を引き連れた印象を感じさせた。
「長曾我部?」
「今日はもう終わりだろ?」
「…ああ」
「なら一緒に帰ろうぜ」
学科の違う彼とは偶然と言うべきかたった一つ同じ講義を取ったのがきっかけで話すようになった。元々人付き合いの得意ではない元就は最初この男を疎ましいと思っていたが、いつの頃からだったか…こうやって講義以外の時間でも付き合うようになっている。
元就の返事も待たず隣に並んだ元親は冷たい風に身震いする。
「あーあ。ったく寒いったらねぇよなぁ」
「…全くだな」
空全体を覆うように広がる薄い灰色の雲は、しかし厚そうで晴れ間を望むのは難しい。
もしかすれば今夜は雪が降るのかも知れない。
「………俺が寒がりだって揶揄うんだぜ」
「…誰、……ああ、伊達か」
元親と仲の良い、少し人の悪そうな笑みを浮かべる男を思い出す。
英語が堪能で学科は確か元親とも自分とも違っていた。
ただ妙に人好きする類の人間だなと何とはなし印象を持った。
元親も言うなれば人好きする類であるから、二人がいれば自然と人が集まる。
賑やかなことだと結論付けて視線を元親の方に遣ればじっと見つめてくる視線とぶつかった。
「…、何だ?」
「いや」
「何か言いたいことがあるなら言えば良かろう?」
「お前、政宗と仲良かったっけ…と思ってさ」
「……? 可笑しなことを。仲が良いのはお前だろう? 長曾我部」
返せば「それはそうだけど」と妙に歯切れの悪い返事を寄越して元親は押し黙る。
何か問題のある返答をしただろうかと考えて思い当たらず元就も倣って口を閉じた。
元々無口な方であるから沈黙は苦と感じない。
しかし元親は違ったのだろう。言葉もないまま十数メートル歩いたあと小さく何事かを呟いた。
聞き取り難いそれは元就の耳に独り言として入る。言葉までは分からない。
「……」
風が強く吹き思わず目を瞑った元就の聴覚が今度は元親の独り言を捉えた。
「雪だ」と呟いた声は呆然としていて薄らと目を開けた元就の視界の端でふわりと白いものが舞った。
風は相変わらず冷たい。
「通りで寒いわけだ」
と呟いて。
元親は事もあろうに隣を歩く元就の手を握った。寒い寒いという割に暖かな手にびくりと体を震わせた元就が顔を上げると、元親の視線は依然空に向けられたままである。
「それよりもあんたの指、冷たいなぁ」
呑気に独りごちる元親に文句の一つも出かけたが伝わる手の温度に満足して飲み込んだ。
結局はそれぞれ互いのアパートに帰る道の分岐までその手は握られたままだった。
3 >
しん、と静けさが降る様な感覚に冷えたままの指で窓を開ける。
冷え込みは夜になり一層厳しさを増し鋭い痛みさえ纏って部屋を抜けた。
「気のせいか?」
呼ばれた気がしたと首を傾げれば呑気な声が下から掛けられる。外灯を艶やかに跳ね返す髪の色は脱色されて抜けたような銀。
雪の色にも似ている色を揺らして手を振る男に元就は溜息を吐いた。
つい数時間前に一緒に帰路に着いた男は見るからに着膨れをしていて、思い付きであるのには違いないのだが相応に準備をして外に出たようであるのは見て取れる。
振ってない方の手にはコンビニのビニール袋。
「………莫迦か、あいつは」
溜息とともに吐き出された名前は冷えた空気の中、白いものに変わる。
窺うような眼差しで言外に「上がっていいか」と問うた元親に元就は頷くだけで答えた。
満足げに笑って歩き出す元親を暫く眺めやってから忘れていた寒さに元就は一度身を震わせる。
タイミング良く鳴った呼び鈴に薄く笑って窓を閉め、十分な間をおいてから玄関を開けることにした。
案の定少しだけ困ったように眉を下げた表情に出くわして元就は今度こそ笑う。
「性格悪ぃ」
「何なら上がらず家に帰るか?」
「いえいえ。ご厚意に甘えさせて貰います」
脇をすり抜けて遠慮なく部屋に上がっていく元親がぽんと肩を叩いた。
小さく息を吐いて鍵を閉めると程良く整頓された部屋の一角、当たり前のように腰を下ろした元親が着込んだ上着に手を掛けたところだった。
「それで?」
「うん?」
「何用だ? こんな時間に」
「いや散歩」
「散歩ならさっさと家に帰れば良かろう?」
「目的が元就んちだったからさ」
「……何を」
言いかけた元就にビニール袋が放られる。
反射的に受け取れば案外重さのある袋が少しだけ鈍い音を立てて主張してきた。
「………元親」
袋の中を覗き込んで思わず漏れた溜息とともに名を呟けば、音もなく伸びた手が元就の腕ごと袋を引き寄せる。
「一人じゃ味気ないだろ」
顎で窓の外を示して笑う元親が袋から二つ缶をを取り出し一つを元就に押しつけるようにして渡す。
器用に片手でプルトップを開け中身を一呑みし声を上げて息を吐いた元親を、呆れた調子で眺めていた元就はゆっくりと渡された缶のプルトップに手を伸ばした。
酒の類はあまり得意ではないが偶には良いだろうと口をつける。
未だ冷たさを保ったままの苦みを帯びた液体を嚥下して、元就はじっと此方を見つめている元親に視線をくれた。
「で?」
「ああ、だからさぁ」
せっかく雪が降っているから雪見酒と洒落込んで。
と歌うように言った元親が窓に手を掛けて先ほど元就が閉めたのとは逆にゆっくりと開けた。
僅か窓に面する道にある外灯が不安定に夜の闇を照らしている。途端入り込んだ冷気に体を震わせた元就の肩に一回り以上大きい上着がばさりと音を立てて掛けられる。
視界さえも遮ったそれはまだ温かい。
「あ、悪っ…」
じろりと睨みを利かせた元就に片手をあげて謝罪した元親が乱れてしまった元就の髪に手を伸ばす。
されるがままにしておいて元就は視線を窓の外、闇が支配する景色へと向ける。
ちらりと外灯と部屋から漏れる光に反射した何かが視界を掠めた。
それが。
「成る程」
思わず苦笑を漏らせば屈託の無い笑みが返る。
それから逃げるように視線を逸らせた元就の耳がぽつぽつと喋る声を拾う。
「政宗が言ってたんだよ。雪が降る前に音がするって」
「……それは感覚的な問題ではないか? 現に」
「ああ。俺も聞こえねぇって思ったんだけど。……あいつ、”馬鹿だなぁ。もっと降るとこじゃねぇと聞こえねぇに決まってるだろ”って言いやがった」
「それこそ伊達の実家の方とか?」
「そうらしいぜ」
「…ふん。ならば仕方の無いことだ。諦めよ」
雪の降る前にする音。
それは微か過ぎて沈黙が分かるような音であるという。
雪に埋もれた世界は雪が音を吸収してしまうから沈黙だけが横たわる。
その時にだけ聞こえる、音というよりは空気の震えを元親は聞いてみたいと言った。
「お前…」
「行くならお前だけで行け」
「元就さん」
「……我は寒い所は苦手だ」
言い捨てて手の中で少しだけ温くなった液体を元就は飲み干す。
会話の流れなど憶測をつけなくとも読み取れるまでに明快で先に釘を打ったはずの元就の言葉は、困ったように頭を掻いた元親が零した言葉で呆気なく反古にされた。
「でも俺、政宗に二人で遊びに行くって言っちまったからよお」
「……いつ」
「へ? ああ。休みになってからに決まってんだろ」
「全くお前という奴は…」
溜息を吐けば「いいだろう?」と返してそれきり押し黙った元親の視線は開け放した窓の外、雪がちらつく夜の景色に向けられている。
二週間もすれば長期間の休みに入ることを見越して取り付けた約束なのだろう、休み中に何も予定を入れてなかったことを愚かしく思いながら元就は隣に座る元親に体重を預けた。
「―良いだろう。偶には旅行も悪くない」
注意しなければ聞き取れないような返答に言葉は無く変わりに嬉しそうな笑顔が向けられて、寒さに眉を顰めた元就も少しだけ笑った。
>> 拍手お礼と寒中見舞いを込めて。
しかし文章の長さが全部バラバラですいたいたしい。
遠くで鳴く鳥が輪を作る。
地平を赤く染め上げる落日は真実血で染め上げた世界をさらに深いものにしただけだった。
動くものはなく、曇り切りもう焦点を結ばない無数の目が虚空を見上げているだけで。
それを閉じさせてやる者さえいない、そんな中で。
「毛利」
全てを受け入れるように立ち尽くした人影は細く小さい。
呼びかけは幽かで、ともすれば儚く届く前に消えてしまっただろう。
しかし肩越しにゆるゆると振り返った人影に声は届いたらしい。声は無く唇だけが動く。
掠れすぎて出ないのか、ただ声を上げるのさえ億劫なのか。
形の良い薄い唇が形作ったのは元親の名だった。
「……もういい。戻るぞ」
冷徹に全てを切り捨てる知将は時折終えた戦場で祈るわけでも嘆くわけでもなくただ立ち尽くした。
己の所業を受け止め受け入れるようで、無言で告解をするようでもあった。
華奢な背中はそれでも曲げられることなく凛と立つことが不思議に思えるほどに、その姿は儚く。
いつだったか。
初めてそんな姿に手を伸ばした。
驚いた表情の奥に微かに震えるような正気が見えて、同じように生きる人間で、考えだけが違いそれ故に可哀想なのだと知った。
「……元就」
もう一度呼びかける。
地に縫い付けられたように動かない足がゆっくりと踵を返した。
元親の声に僅か首を傾げたが掛けられる声はない。
ただ元親が当たり前のように伸ばした手に、少しだけ怯えるように躊躇って応えた手は温かかった。
>>こういうのがシンプルに好きなのかも知れないな、とか。
何でまたあれなのかと穏やかに正直に問うてきた言葉は、四国の国主長曾我部元親を困らせるのに十分足るものだった。
一口二口、決して行儀の良くない音を立てて茶を啜った元親は頬を掻く。
座した縁側は程良く陽が当たり心地良い。
隣に座り言葉を待つ相手を見て、観念したように元親は口を開いた。
「……ああ。だってなあ」
「なんだ、元親。珍しく歯切れが悪ぃな」
「お前がなんだってそう変な質問してくるからだろうが。家康」
忌々しそうに言った言葉に家康はからからと笑う。
勝手に笑いたければ笑うが良いと元親は苦い顔をしながら茶を流し込んだ。
程良い渋みのそれは季節柄珍しい品であったが、今の元親に味わう余裕はない。
「んで、結局どうしてだ?」
「どうして気になるんだよ」
「そりゃ、おめぇ…どう見たって想像がつかねぇからよ」
「………ああ」
「毛利殿と元親、見てくれからして正反対だしなぁ。性格も略そんな感じだろう?」
「…だろうなぁ」
「じゃ、なんでまた」
「そんなの俺だって知らねぇさ。…ただ」
素直な相手に下手な誤魔化しは出来ず、元親は結局口を割らせられる羽目となる。
毛利殿、と家康の呼んだ相手は瀬戸内海を挟んで向かい合う中国の覇者。
肩書きに似合わず華奢な体付きの男は、けれど覇者たる威圧感を備えていた。
誰も彼も頼らぬ姿勢であれだけの土地を治める器量は並大抵のものではない。
「気になっただけだろうな」
「元親が?」
何故其処で不思議そうに聞き返すのか、と元親は思いながら頷く。
此方彼方と対峙した時、最初に抱いたのは不快感。打ち合う合間に抱いたのは疑問。
華奢な腕で変わった武器を振るう彼の人は理解できるものは自身以外要らぬと吐き捨て、元親はそれに寂しいと返した。
其れ程までに考えが違っていた。
分かり合えぬ平行線は、どうしてか、交わった。
その時に元親は彼の人が、他と同じように温かく生きた人間だと知った。
作り物めいた白皙の面の下に幾度も味わった喪失故の諦観を見つけ出した。
馴れ合いは必要が無いと払われた手を、そのまま伸ばした時の表情を何と言えば良いのか分からない。
泣きそうになりながら必死で耐えるような、それでいて凛と前を見据えていた姿勢を。
否定する気にはなれず、ただ冷たさの中で耐えかねぬなら少しの温もりを与えてやりたいと思ったのは勝手でしかない。
だからこそ彼の人は「身勝手すぎる」と言った。
震える手で袖を掴み「生き様は今更、変えられぬ」と告げた声だけは震う事は無く、「分かった」と容認とも取れる言葉を漏らした元親の腕の中で声もなく泣いた彼の人は――。
「……あいつは、ちゃんと人だぜ。家康」
感情を吐き捨てた冷酷な人の血も通わぬと噂される中国の覇者をぽつりそう評価した元親に家康は何も言わなかった。
空を見上げた元親の、その先に見えるものが見えるはずも無いと家康は内心苦笑する。
「ああ、そうか。何だか無粋なこと、聞いちまったようだな」
ただ、互い。
決して相容れない中で、混じ合う絆があっても良いのでは、と思えただけで。
二人の間にそれ以上の言葉はなかった。
>>英雄外伝の元親外伝の組み合わせが可愛かったなと思いながら。
考えがずっと交わらず、でも互いを支えるような
半分依存に近いような、それでいて互いがなくなったとしても
後追いはしないような瀬戸内が もえ です(黙れ
まるで地獄のようだと思った。
何をしても幾ら斬っても終わりの見えない煉獄の、その中で微かに声を聞いた気がして女は笑った。
初めて、始めて、人として接してくれた不器用なその言葉は嫌いではなかった。
寧ろ一筋、人として縋れる物のように感じられて、女はただその為にありたいと思った。
そんな風に思うのさえ、初めてであったのだ。
いつまでも続く訳のない幸福と呼べるのか分からない、短い、短すぎる日々は、矢張り生まれてこの方ずっと縛られ続けた強大な者によって呆気なく奪われ壊されてしまった。
恨むことなど出来ようもない。
兄と呼ぶべき存在はそれら全てを女の業、と。罪、と言い放つ。
女はそれに反論するべきであったが、幼い頃から罪悪感と抑え続けてきた黒き衝動の狭間で、結局は兄の言葉に従うしかなかった。
一番の不幸は其処にあるとに気付く機会も与えられず、女はただ兄の言うままに動くしか無く、望みも無く、生きながら既に死んでいると同じ。
望むことはなく、望むことも許されぬ、と何処かで諦めていた女に「ちゃんと前を向け」と人らしい…厳しいが何処か優しさを含んだ言葉を掛けたのは、兄の天下の為、血肉の礎と知らずなるべきであった虚偽の婚姻にて夫となった男だった。
初めて。
そう、初めて花を贈られた。
白い可憐な、その花を女は震える手で受け取った。一輪の儚く散るであろう花。
けれど、それこそが女の全てに成った。
「…長政、さま」
討たれてしまったその人。
偽りの婚姻であろうとも、女の全てになった男。
女は愛おしむよう、歌うように名を紡ぐ。
乾いた音を立てて爆ぜる火の粉を女は無造作に手で払った。
傍らには血を吸い固まったような鈍い色の布が、否…布を身に付けた人物が横たわっている。
俯せ故に顔は見えず、ただ床に染みた鈍色の赤がもう二度とそれが動くことは無いのを告げていた。
「……どうして、」
何も言ってはくれないの?
女の唇が紡ぐ言葉は声には為らず、宛てた人物は世にはない。
罪の意識故に壊れそうな精神に語りかけたのは、本当に望んだ男であっただろうか。
黄泉路へと旅立った男が女の罪悪の声に語りかけるには余りにも都合の良すぎた声では無かっただろうか。
兄の言うが儘、刃を振るい数多の命を奪った女が自身の罪に耐えかねず、壊れかけた精神で聞いた声が幻聴でなかったと証明できるものは何一つ無い。
であればこそ今この時、女に返る声は在る筈もない。
「……ふふ…」
気付いたわけでなく、女は笑う。
壊れたのではなく箍が外れたと言うが正しいのかも知れない。
抑え込んできた破壊衝動はもう自制が殆ど効かない。
女の弱く不安定な精神は、完全に崩壊の道を辿り始めている。
だからだろうか。女は自身の頬を伝った涙が何に対してであったのか、もう分からなかった。
上がる火の手は嘗めるように建物を覆い尽くし、既に女の退路もない。
祈るように瞳を閉じた女に、死が安息を与えるか。
もう一度小さく呟かれた名だけが答えを持ち得ていた。
>>英雄外伝お市ストーリーモードクリア記念(?
何て言うか確かにBASARAの世界の中にあっては、お市のストーリーは
鬱に近かったんだろうな。
行き着くところまで行けてないままに、兄まで手を掛けた彼女の
辿り着く場所はどこなのだろうと思ってしまう。
久しぶりに病みがちな文章は楽しい^^^
少しDODに近いものがあるからかもしれないなぁ。
其処にRomanはあるのかしら…?(違
02 | 2025/03 | 04 |
S | M | T | W | T | F | S |
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サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。
ブログ内文章無断転載禁止ですよー。