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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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「ネェ、元就さん?」
背筋のぴんと張った姿勢の良い後姿に声をかければ、たった一動作滑らかな動きで中性的な面立ちの女性が振り返る。
音も少なく乱れない姿勢には成る程、彼女の国において彼女が優れた舞い手であると十分に感じられた。
「どうかしたか?」
ほう、と知らずに息を吐いたザークシーズに元就が訝しげに声をかける。
小首を傾げる姿はそれでいて狐のようで愛らしいので思わず笑みを浮かべてしまった。
「いえ、ちょっと聞きたい事がありまして」
部署は違えど時間の都合がつけばお茶を共にする関係にある二人は、それなりに仲が良い。
にこりと笑うザークシーズに元就は廊下に備え付けてあったベンチを示す。座って話す時間くらいはあるという意思表示に「ありがとう」と短く言葉が返る。
「それで?」
何を聞かれるのだろうと切り出した元就に、徐に手が伸びる。
白く冷たい指先が元就の肩で揃えられた癖のない髪に触れた。
「……?」
「日本人は髪が綺麗だっていうのは前から思ってるんですけどネ」
さらりと指通りの良い髪が白い指先から零れ落ちて元の位置で落ち着く。ザークシーズの甥の一人の想い人の髪も頓着が無いようで綺麗だと思うのだ。遺伝もあると言っていた気がするが、元就とその少女は血縁者だ。だから尚そう思うのだろうか。
「ザークシーズ、要点を得ないのだが?」
「ああ、すみません」
髪に触れたまま反応のないザークシーズに困ったように声が掛かり、はっと指先を離した。
「髪がどうかしたか?」
元就からすればザークシーズの持つ特有の色彩が綺麗だと思うのだ。
日本人にしては色素の薄い元就の髪だが、ザークシーズのそれは違う。少し紫の掛かったような白。その髪の毛は一定の光を浴びると不思議とハレーションを起こしたように見えるのだ。
そんな色は中々持ち得ないものだし、それこそザークシーズの生家の人間でも同じような髪の色を持つ人間にしか表れないらしい。親戚はここにも数人いるが、しかし彼女と同じような残滓を描く髪は見たことがなかった。
「お手入れってどうやってしてます?」
ふ、と。
真剣に問われた言葉に元就が呆気に取られる。
何を聞きたいのかと思ったらそんなことか、と思うのと同時にらしいと思ってしまった。
「……あ、笑いましたネ? 私、本気で聞いてるんですヨ」
「ああ、分かってる分かってる。ある意味お前らしいと思っただけだ」
元就が笑ってしまったのを冗談ととったのか、少しだけ機嫌を損ねた声にはたはたと手を振って元就が否定した。
何も彼女がふざけて聞いてきたとは思っていない。
矢張り姿勢が良く、普段は余り気にしてないような様相の彼女だが、元就は自分よりも彼女はずっとずっと可愛らしいと思うのだ。アフロディーテに来る前は軍人だったという彼女は王族でありながら女性的な格好はしてなかったが、それでもとても女性らしい。
「我よりもお前の方が洗髪料には気を使ってそうだがな」
「ええと、そうですか…? いや、髪質もありますから」
「普通だぞ。至って」
「矢張りそう答えますか。隆景君にも一応聞いたんですけど、同じような答えでした」
「何だ、隆景にも聞いていたか。あれは……我よりも無頓着だがな」
姉の末の子どもとは、今は縁あって同じ職場で働いている。
それこそ末の子は今になって大分女性としての自覚が芽生えてきたようだが、知り得る限り三人姉妹の中で一番無頓着だった記憶があった。髪を手入れするにしても何か拘りがあるとは思えない。
「うーん。隆景君も髪の毛綺麗ですよネェ。元就さんは置いても、彼女は確かに無頓着そうデスから秘訣があると思ったのになぁ」
「……秘訣か」
「矢張り何かありますか?」
「…………、いや」
興味深々に問われても何も思い浮かばない。
腕を組んで考え込んだ元就は、ふと顔を上げた。そういえば自分と隆景、共通する一つのことがあった。
「櫛」
「はい? 櫛?」
「ああ。そうだ、櫛」
「梳かすあれですよネ。それが秘訣?」
「あの姉妹には一人ずつ昔、櫛をやったのだ」
ちょっと待っていろ、と告げて元就はベンチから立ち上がる。言われた通り大人しく座ったままのザークシーズを置いて自分のロッカーに走った元就が無造作に鞄を引っ掴んだ。
そして元来た道を戻る。
大人しく待っていたザークシーズが首を傾げた。
「元就さん?」
「柘植の櫛はな、日本では昔からある櫛なんだ。髪を傷めず良いといわれていて、我はずっと使っていたし、あの子たちにも折を見て贈ったんだ。他の二人はともかく、隆景なんてあんまり櫛など気にしないだろうから貰って丈夫に使えるならずっと使っているはずだ」
鞄から和柄のケースに入った櫛を取り出して元就が指し示す。
柘植、と呼ばれる木が日本では櫛や印鑑に使われているのはザークシーズだって知っている。
昔から重宝するものであったらしいし、櫛に関しては大切に使えば一生物という話も何処かで聞いたことがあった。
目を細めたザークシーズの横に座り直して元就は笑う。
「他の櫛を余り使ったことがないので分からないが、静電気は起き難いぞ、それ」
「へぇ…。それは良いですネェ」
ケースから出された櫛は随分と使い込まれている。けれど使われ方が良いのか欠けたりはしていなかった。
まじまじと見詰める様子に元就が「そうだ」と声を上げた。
「……はい?」
「それは我がずっと使っているものだから、やれぬが。……今度お前に柘植櫛をやろう」
「え? いや。悪いですヨ」
「いつも土産やら何やら貰っているからな。気にするな、櫛を扱う店が実家に良く出入りしている」
何に置いても物には質がある。
元就の実家はそれなりの名家であるし、そんな家が懇ろにする店の品物は良いものばかりなのだろう。
それをさらりとやると言った彼女にザークシーズが苦笑を零した。どうにも矢張り悪い気がしてならない。
「でも」
「試しに使ってみると良い」
ふっと笑った元就はこれ以上の言葉を続けさせず立ち上がる。
用事は終わったとばかりに「またな」と手を上げて去っていく背中にザークシーズは肩を竦めた。


***


風呂上り。
無造作にそこら辺にあった輪ゴムで髪の毛が痛むのも構わずに一括りにしたヴィンセントは、するりと伸びた細く白い腕に捕まった。いつも通りに輪ゴムは解かれることなく、引っ張られるのを避けて切られる。
「ちょっとぉ、エノー」
「ハイハイ、駄目ですヨ。何度言ったら分かるんですか」
無頓着すぎるヴィンセントが邪魔にならないなら気にしないと輪ゴムで髪を結ぶのを、いつも止めるのはザークシーズだ。
手入れも何もしていない毛先はぱさついてしまっていてブラシを入れようとすると引っ掛かる。
それを嫌がるヴィンセントを宥めるのもいつも彼女だった。
「やだよー。ブラシ嫌いー」
だって痛いんだもの、と漏らしたヴィンセントに幼い子供をあやすような口調が返る。
「だったらもうちょっと気を使いなさい」
「別に必要ないもん」
「貴女は普通にしてたら美人なんですから」
大人しく座っていないと実力行使に出られてしまうため、大人しく座ったヴィンセントが唇を尖らす。
別に本当にどうだって良いと思っているのだが、周りの反応を見る限りそうもいかないらしい。
髪がブラシに引っ掛かって引っ張られる感覚が嫌で、憂鬱だなぁとぼんやり思いながら、
「あれ……?」
今更気付いた。白い指先が髪を梳かすのはいつものことで変わらない。
ただ少し固い材質なのだろうか。ブラシが入った瞬間頭皮に硬い感触があたり、それが妙に心地良かった。
櫛通りも滑らかで少しは引っ掛かるがいつもよりも抵抗もなくするりと毛先まで梳かされていく。
「帽子屋さん、ブラシ変えたの?」
「ええ。貰い物です」
するすると白い指が一通り髪の毛を梳かし上げ、赤い色のゴムで器用に髪を一括りに纏め上げる。
終わったのを見計らって振り向いたヴィンセントは、白い指が持つ見た目は質素とも言えるシンプルな櫛に目を留めた。
どうやら貰い物とはこれらしい。
「凄いねぇ、誰から貰ったの? いつもより痛くなかったよ」
「……元就さんからですよ」
「隆景のお母さんだね、良いの貰ったね、エノー」
にこりと笑ったヴィンセントに言わせれば、梳かしても髪に引っかかり辛い櫛というのがポイントになるだろう。
金の毛先が少し跳ねる髪に触れてザークシーズも笑った。
「そうですね」
いつもよりも引っ掛からず絡まなかった毛先は、静電気を起こして広がる事もなく落ち着いている。
さらりと指先から落ちた髪が背中で落ち着いた。
「これで貴女の髪のお手入れも少しは楽になりそうデス」

やだ、それって帽子屋さんの自己満足じゃない。僕別に良いもん。
そうぼやいたヴィンセントの声音が、そこまで嫌がっていないのを聞き取ってもう一度笑った。



>>個人的に柘植の櫛を頂いて使って感動したんで、その感動をエノアさんに代弁してもらったよ、っていうネタ。
  そんだけです(笑

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打ち合わせの時間に遅れてしまいそうだ、と近道しようと細い道をわざわざ走って通り抜けようとしていたというのに、よりにもよってそんな状態で、隆景は足を止めた。
ふと呼び止められてしまうような微かな空気の震え。気付かなければそのままだったのだろうに。
でも僅かに琴線に触れる感覚に足は自然に失速してついには止まってしまったのだ。仕方の無いことだ。
(……歌?)
冬の名前を抱く想い人とは声が違う。だから彼ではないというのは分かるけれど、何か似ている気がするそれに自然と惹かれてしまった。頭の隅では自分で架した時間のリミッターが赤く点滅している。一度立ち止った時点で間に合いそうにもないと結論を出してしまったので諦めた。
細い路地を暫く歩くと角を曲がる。少しだけ開けた場所は四方を壁に囲まれていた。
「……あれ?」
確かに此処から聞こえていたと思ったのだ。しかし足を踏み入れた隆景以外に人影はなく、立ち去ったのだとしても道は一つだけ。隆景と擦れ違う筈なのに誰にも会っていない。
気になった歌は既に消えてしまっている。
「気のせいだったのかなぁ」
もしかしたら空気に震えて、自分は彼の歌声を思い出したんだろうか。
或いは記憶させたデータベースから無意識に情報を引き出したか。
考えても答えはわからず、仕方ないと肩を竦めて隆景は踵を返した。
本当、今からでは打ち合わせには間に合わないのだが……。走っていく方がマシだろう。軽い足取りで一歩を踏み出すと今度こそ目的地へと駆け出した。


***


―――あのねぇ、冬さん?
―――『どうしたの、景ちゃん』
―――デメテルとアテナのさ、第3区画間の抜け道の路地知ってるよね?
―――『知ってるよ。どうしたの?』
―――そこでさ、今日の昼間誰か歌ってた気がしたの。知らない?
通信回線越しの会話で相手が考え込む沈黙が流れた。
―――『ううん、僕は知らないな』
―――そっか。変なこと聞いてごめんね。
―――『良いけど。明日も早いんだから、もう寝た方が良いよ』
―――そうする。お休み、冬さん。
なんだ。彼でも分からないか、とベッドで寝返りを打って隆景は目を瞑る。
打ち合わせには多少遅れたが自分が怒られなかったのは、アテナの担当職員だったザークシーズも自分と同じように遅れてきたからだ。珍しい事もあるものだと首を傾げれば、彼女も少しだけ困ったように「少しだけ用がありましてね」と返して寄越したのだが。
ふわりと彼女の服から漂った香りに覚えがあった。
確かに今日、どこかで。と思ったのだけれど、思い出せずに打ち合わせに入ってしまって結局聞けず仕舞いだった。
ゆっくりと睡魔に誘われる思考回路の中で、ぼんやりと隆景はそうだと思い出す。

(そうだ。あれ、……あの路地を抜けた先の花畑の、)

だったら。あの優しい歌は彼女のものだったのだろうか。



>>強化期間は終わったので、今度は時折書けたら良いね具合にしようかなとか。
   そろそろ違うのも書いてみたいな

「あのな、エノア。話があるんだ」
その日、レイムは数日間気のせいかと思い込もうとしていた事柄について、結局放っておく事が出来ず自分の妻に相談する事にした。畏まった言い方にソファで本を読んでいた妻が首を傾げる。
何かありましたっけ、と言いたげな態度に少しだけ気まずくなりながらレイムは向かい側に腰掛けた。
「どうしました? そんな改まって」
本から視線を外して真っ直ぐ見詰めてくる妻に何から切り出せば良いのかと声を掛けたにも関わらず躊躇う。
その様子に何を思ったか、訝しげに眉を顰めたエノアが細いその指を伸ばしてきた。指先は真っ直ぐにレイムの眉間を捉え、指の腹でぐりぐりと揉み解される。
「何するんだ」
背もたれに体を預けるようにして身を引き、手から逃れたレイムが非難がましく言う。
それに全く悪びれのないらしいエノアが笑った。
「そんなに皺寄せてるからですヨ」
尤もらしく言ってのける妻に、一瞬眉間に伸びかけた手を止めた。
何とも情け無い話である。
「……で? どうしたんですか?」
ちゃんと話を聞いてくれる気らしい彼女が丁寧に栞を挟みこんで傍らに本を置いた。ぱたりと乾いた音が響く。
事の発端は一週間と少し前、自国の王家と血縁関係にある名家の娘が家出したのを保護したことに始まる。
余り大事にしたくないらしい彼の家の希望で、自国出身で口が堅そう或いは事情を少なからずとも知っている人間に娘の保護命令が下った。レイムも例外ではなく、同僚に手をつけていた仕事を任せて奔走することになったのだが、その騒ぎで自分にどうにも噂が立ってしまったらしい。
特段落ち度は見当たらなかったのだが、それからというものアポロンにいても管轄下の三機関に行ってもひそひそと何か囁かれる始末である。最初はそこまで気にせずいたのだが、未だ消えないどころか広がる反応にどう対応して良いのか分からなくなったのだ。
「……エノア。噂話を聞かないか?」
「何のデス?」
「いや、その……、最近一番噂になってるのは何だ、と聞いた方が良いのか」
歯切れの悪い夫の言葉に曖昧に相槌を打ってエノアはにこりと笑う。
「レイムさん」
「な、なんだ?」
「何をそんなに過敏になってるんですカ。人が見ているなら尚のこと、堂々としていたら良いんですヨ」
さらりと言われた言葉は、きっと彼女がずっとそうあったであろうことを容易に告げる。
何処においても、何時においても、例え周りが全て敵であったとしても、彼女は凛と背筋を伸ばして立っていたのだから。
「……、」
「デモネ、私、ちょっとだけ妬いてますヨ」
「は?」
「だって貴方の噂、貴方が一生懸命あんな長距離走やらかすもんだから。珍しいって言われるだけならまだしも、女性職員の中には”レイムさんって格好良かったんだね”っていう子も出てきちゃう始末デス」
「何を言って?」
「若くて可愛い子ばっかりですから、私は気が気じゃないですよ」
ふっと息を吐いた、少しだけいつもよりも落ち着いた声が落ちる。
穏やかに言い切った妻は、そう、自分と結婚した事を悔いてはいないだろうが、後悔はしないと断言さえして見せたが、年が十歳以上離れていることを気に病んでなのか、子が生めない体なのを気にしてなのか、少しだけ引いている部分がある。
何か言ってどうなるものではなく、言葉を重ねても変えられないからこそ、レイムは何も言わないのだ。
「……、エノア」
「何です? レイムさん」
「大事にするって言った筈だぞ?」
「……はい? ええ、そうですネ?」
不思議そうに目を丸くした、その紅い宝石のような瞳を手で遮る。レイムさん、と小さく困ったような声が聞こえた。
「だから安心していろ。お前以外は選ばないから」
視界を覆うレイムの手に白い指がそっと重なる。細くて冷たい指がゆるりと絡みついた。
そして重力に逆らわせないというように腕が下ろされていく中で、現れた紅の瞳がゆっくり細められていく。
「……約束だぞ、レイム」
「馬鹿だな。こんなの、約束しなくたって守れるぞ」
さらりと返した言葉に彼女は今度こそ声を立てて笑った。
何がそんなに面白いのか肩まで揺らして笑う彼女を見下ろして、レイムも笑う。
「もう平気そうですね、レイムさん」
笑い揺れる声音でそう告げる妻に、そうだなと相槌を打ちながら内心参ったと一人ごちる。どこまで計算されているのだかと疑うが、これでいてこの妻はこの方面に関しては全くと言って良いほど天然だ。ある意味無防備で困ってしまうと少しだけ違う心配が掠めたが、既に相談した筈のことなどさっぱり吹き飛んでしまった。


>>博物館設定、眼鏡と帽子屋さん
   アリスが帰った後のお話。この二人何もしなくてもくっつくんだな^q^

   そして私はこれで7月書き始めてから連続更新を成し遂げた…!
   がんばったねー。来月からはまたもったりだよ。。

シャトルターミナル内の通路を旅行にしては身軽な格好でザークシーズは歩いていた。荷物受取口で一つ鞄を受け取ったがそれにしても荷物は少ない。
ポケットに入れておいた飴を一つ摘んで外に出ると、すっかり暗くなってしまっている空を見上げて目を細める。
明日まで休暇申請は通っているから、明日は予め自宅に送っておいたお土産を各々に配りに行くとしよう。どこから回ろうか…? と考えを巡らせたところでするりとロータリーに入ってきた車がクラクションを鳴らした。
ザークシーズの目の前に音も少なに付けられた車の、その運転手を覗き込む仕草で彼女は手を振る。
「レイムさーん」
自分の夫を少しだけ間の抜けた調子で呼ぶとパワーウィンドウが下がって、中から夫が顔を出した。
短く揃えられた金茶の髪がターミナルの照明を受けて、鮮やかな色に染まる。
「荷物は?」
問われて手の中の荷物を少しだけ持ち上げると、心得たように後部座席のドアが開いた。
そこに荷物をおざなりに放り込むとザークシーズは助手席のドアに手を掛けて、するりと体を滑り込ませる。
どうにも夫の妙な気配りのせいで後部座席に乗せたいらしいが、彼女にとっては助手席の方が余程良い。
「後ろに乗れ」
「嫌ですヨー。此方が良いです」
既に助手席にちゃっかり座ってシートベルトまで締め終えたザークシーズに溜息一つ零して夫は車を発進させた。
エンジンの低音がどうにも心地良くて座席に全体重を預ける様子に、夫が苦笑する。
「楽しかったか?」
「ええ。今年は去年までとちょっと色が違いましてネ、面白かったですよ」
ザークシーズの祖国で毎年執り行われる祭りは、それに合わせて街全体が華やかに彩られる。
王族の中で選ばれる一人が毎年祭りのために色を決める籤をするのだという。箱は偏光硝子に色を混ぜた独特の細工で、外から中は決して見ることが出来なかった。去年は青。その前は藍。どうにも数年寒色系の色が続いたのだが、今年引かれた籤は違う色だったらしい。
去年は仕事の都合が何とかついて一緒に祭りに出かけられたのだが、確かに綺麗だった。
「今年は何色だったんだ」
「それがですネ」
くすくすと笑うザークシーズがついと運転する夫にその白い指先を伸ばした。
「……何」
「こんな色をしていたんですヨ」
微かに、短く切り揃えられたレイムの髪が白い指に引っ張られる。
嬉しそうに笑うザークシーズを横目で見て彼もまた笑った。
「そうか」
「綺麗でしたよ」
何故か自分が褒められたような気分になる言い方に、少しだけ気が気でなくなりそうな感覚を受けながら相槌を打ったレイムを紅の隻眼が真っ直ぐに見詰めてくる。
「ザクス?」
名前を呼ぶとふっと笑う。
順調に進んでいた車はそこで動きを止める。気付けば家の前に到着していた。
「――でも」
サイドブレーキまで引いて停止したのを見計らったようにザークシーズの手が、レイムの締めていたタイにするりと落ちていく。
その滑らかな動きとは違って少しだけ強引に引っ張られた。
触れるか触れないかのキスを交わして白い指がタイから離れる。
「こっちの方が余程綺麗だ」
満足そうに細められた目に、何を言うとレイムは内心零して宙に浮く白い指を掴み引き寄せる。
反射神経の良い彼女が少しだけ困ったような表情をして、シートベルトを外した。軽い体はいとも簡単に傍に寄る。
狭い空間で上手く抱き寄せてもう一度触れた唇から小さく声が落ちる。

「ただいま、レイム」
「ああ。おかえり」



>>眼鏡と帽子屋さん。
   お祭りの話のちょっとした続き。博物館設定にて。

その人は専用のシャトルから下りてくると一目散に駆け出した。金の髪に碧の瞳の端整な顔立ちの、どこか少年の域を抜けない青年である。
「アリス…!」
「……オズ」
そして艶やかな黒髪を持つ少女アリスの名を呼ぶと、心底ほっとした表情を見せる。
無理もない。彼の国では要人に当たる少女は、先日無断で家を抜け出し一時の間行方不明となったのだ。
ぽん、とアリスの頭に手を置いてオズが言う。
「もう、心配したんだぞ」
「む……、オズにも心配を掛けたんだな。済まない」
ぺこりと頭を素直に下げたアリスに目を丸くしたオズが笑う。今日はどうにも素直だ。
そして少女の後ろに控えていた二人の長身の女性に目を留め、声を掛ける。
「ギルも、ヴィンスも……お疲れ様」


***


帰りたくない。
ぽつりと呟いたアリスの声に顔を上げた隆景が、無理もないかと苦笑する。
幼い頃から憧れていたこの人工惑星にやっと来れたと思ったら、あっという間に滞在を許された期間が過ぎてしまったのだ。明日にはシャトルに乗って国に帰らなければならない。
「また学校の長期休みにでも来たらいいじゃない」
「許されるかどうか分からないんだぞ、今回限りかも知れない」
その言葉は彼女が今まで何度希望を言っても叶えられなかったという事実を含んだ。
頬を膨らませてそっぽを向くアリスの横顔を見詰めて隆景が首を傾げる。
「大丈夫じゃないかなぁ…?」
「今まで駄目だったのにか?」
「うん。だって僕からちゃんと招待状送るし。行きたい、ちゃんと帰るって言えば許して貰えるんじゃない?」
「招待状?」
「そうそう、長期休みになる時は教えてよね。それに合わせて展示の招待状送るから」
「……何! 本当か!」
弾かれたように隆景に向き合って身を乗り出してきたアリスの表情は輝いている。
本当に良く表情の変わる子だ、と隆景は感情表現の豊かな彼女に目を細めた。
嘘は言わない。彼女宛に自分が招待状を差し出すことは可能だろう。特別学芸員から招待状が届くとなれば無碍には出来ないだろうし、何よりちゃんと招待された上で来るのなら彼女はある意味管理下の中にあるということを意味する。
また家出されるよりはマシと判断されるに違いない。
「うん。本当、本当」
「隆景…! お前は良いやつだな…!」
「あはは。ありがと」
彼女に出会ってから六日目、既に彼女が喜ぶ時に抱きついてくる癖にも慣れてしまった。
一週間博物館惑星に滞在を許された彼女の案内役をほぼ任されたのも起因しているらしい。
「隆景、明日は仕事か?」
ぎゅ、と背中に回っていた腕に力が籠もる。
続く言葉は容易く想像出来て、隆景は回された腕に自分の手を重ねた。
「ううん。明日はお見送り行くよ」
幸いなことに特段仕事も忙しくない。
隆景がアリスの案内役兼世話役を引き受けた代わりに、仕事が余り回らないよう調整されているようだった。
明日も特に急ぐ仕事はなかった。
「……いや、……隆景。あのな」
少しだけ歯切れの悪い返事をアリスが返す。するりと腕が解けて、間近で見詰められた隆景は首を傾げた。
「悪いんだが、明日は―――」


***


カンカンと金属製のテロップを上がってアリスはターミナルを振り返った。
来た時と同じように晴天が広がっている。風が吹いて艶やかな髪が宙を舞った。
「……アリス、良かったの?」
そんな彼女の様子を見留めてオズが苦笑した。質問に小さく「何がだ」と返したアリスの表情は、しかしながら晴れることはない。心底名残惜しそうな様子に同じシャトルに乗り込むオズもギルバートも何も言えなかった。
「友達、出来たんだって? アリス」
「出来た」
暫く眺めていた景色を振り払うようにシャトルに乗り込んだアリスの背中にオズが声を掛ける。
ぶっきらぼうに短く返される言葉に、一週間ホテルの手配などで一緒に過ごしたギルバートが心配そうな視線を向けた。
大股で歩き、さっさと座席に腰掛けたアリスの向かい側にオズは腰掛ける。
「見送ってくれるっていってたんだろ?」
「……ああ」
「良かったの? 断って」
「お願いしたんだ」
膝の上で組んだ手に視線を落としてアリスは言う。
「……名残惜しくて帰れなくなるから」
「そっか」
アリスの言葉にふっと笑って小さな子供に親がするようにオズは頭を撫でた。
「良い子良い子」とわざわざ言葉付きで撫でた後、それを止めさせに掛かったアリスを見詰める。
「……なんだ?」
「ううん。アリスが楽しそうで良かったと思って。でも、もうこんな無茶はしないでくれよ? 大変だったんだから」
さらりと言われた言葉が、しかし大変な現実味を帯びていることくらいアリスにだって分かる。
誰にも告げず無断で家を抜け出し国を出てシャトルに乗ったのだ。家に帰ったらどれくらい叱られることだろう。もしかしたら暫くは謹慎かも知れない。
覚悟の上ではあったが考えれば気が滅入ることばかりでアリスはふるりと首を振った。
「もうしない」
「うん。約束だぞ、アリス」
神妙な顔つきで頷く彼女に、安心させるように笑いかけてオズはシャトルの窓から僅かに覗くターミナルに視線を移した。
簡単に”大変だった”と言ったが、本当に大事ではあったのだ。
貴族の中でもアリスの家は王家に連なる家である。随分と末席にはなるがアリスにだって王位継承権が下りてくる程には、繋がりがあるのだ。そんな彼女が何も告げず急にいなくなったらまずは誘拐が疑われる。
自国に反感を抱く他国の仕業か、それか内部の反政府勢力の仕業か。一時は本当に緊迫した事態に陥りそうだったのだ。
外交官として勤めているオズにとっても気の抜けない状況だった。
それがターミナルの監視カメラに残っていた映像と顧客情報で、この人工惑星に向かったらしいと推測出来た時には本当に胸を撫で下ろした。
今は小競り合いもなく平穏に過ごしてはいるが、サランダという国は数年前まで小競り合いが多発する地域に属していて、サランダも例に漏れず国境を争って小競り合いが絶えない国であった。
大分改善はされたが、国境付近の街に行けば治安はまだ決して良いとは言えない。国交間の問題にも大分慎重である。
そんな中でのアリスの失踪事件は、彼女が思っているより国の中で大問題となった。
結果的に何事もなく彼女の家出で済んだ訳だが、アリスが戻れば一端だけとは言え、こってり絞られるのは明白である。
それが分かっているからこそ、オズは強く非難することはしなかった。
「……ん?」
ふ、と。
ターミナルのガラス張りの待合室に隣接する通路で此方に向かって手を振る人影に目を留める。
距離にしたら大分あるのだが、今此処についてるシャトルはオズ達の乗り込んだ一機のみなので、間違いなく乗り込んだ誰かの知り合いだろう。
「どうかしたのか? オズ」
「いや、あそこにさ…」
じっと外を見詰めるオズに気付いてギルバートが声を掛ける。
それにつられてアリスもシャトルの外に視線を向けた。
遮られた分厚い保護ガラスの向こう側で手を振っている小柄な少女がいた。
白いパーカーに涼しげな色の半ズボンという出で立ちの少年じみた格好をした、
「隆景?」
見送りはしないでくれ、と頼んだはずの隆景がいた。その隣には控えめに手を振るヴィンセントも見える。
「お友達?」
「うん。来るなって言っておいたのに」
ぺたっと窓に張り付くように目を凝らすアリスには一生懸命手を振る隆景の姿がしっかり見えている。
何を言ってるかは全く聞き取れなかったが、シャトル内に繋がった外部用通信回線が開いて画面が映し出された。

”また、遊びにおいでね。アリス”

滑らかに文字が浮かび上がるのを横目で見て手を振る。その横でオズが驚いた表情を浮かべたが、アリスは気付かない。
ただ家に戻って一段落したら新しく出来た友達にメールしようと心に決めた。


***


「行っちゃったね」
「ていうか隆景、来るなって言われてたんじゃないの?」
シャトルがポートから出発するまで手を振り続けた隆景がゆったりと手を下ろす。
隣で呆れたように声を掛けたヴィンセントに隆景が言う。
「寂しいから来るな、なんて。また会えるのに、そうやって見送るのを諦めるのもさ」
「……そう。でも良く間に合ったねぇ。さっきまでアポロンにいたじゃない」
「ザクスさんを捕まえたんで、車かっ飛ばして貰った」
「帽子屋さんに? すっごい無謀」
アポロンに相談に来ていたザークシーズを捕まえてシャトルターミナルまで飛ばして、とお願いしたら何も理由は聞かず二つ返事で乗せてくれたのだ。確かに飛ばしてといったが、あまりの飛ばしっぷりに流石の隆景も内心肝を冷やしたことは確かで。
「うん。ちょっとドキドキした」
「でしょー。だからレイムさんいる時はエノーは運転させて貰えないんだよ」
何か秘密を教え込むように人差し指を立てて笑うヴィンセントが「姉さんに今度会えるのはいつかなぁ」なんてぼやく。
隆景にも姉はいるが、どうにも仲が良いことだ。
「よし、そろそろ戻るかなぁ」
「ねぇ、隆景? 本当にまたアリスは来れると思ってるの?」
くるりと踵を返した隆景の背中に、少しだけ落とした調子のヴィンセントの声が掛かる。
肩越しに振り返れば、いつもと違った温度の低い探るような視線を向けるヴィンセントがいる。
その視線を真っ向から受け止めて隆景は笑った。
「当たり前でしょ。だから”またね”って言ったんだから」
アリスが彼の国で決して軽んじられる立場にないのは既に知っているが、隆景は自信があった。
確かに問題を起こしたのだから暫くは大人しくしていなければならないだろうが、彼女はまた此処に遊びに来るだろう。
今度は招待状を持って太陽みたいな笑顔で、きっと「来たぞ!」と言うのだ。
それが容易く想像出来て隆景は、頭の隅で小さく疑問を示した自分のデーターベースに囁くように教える。
(――これが人間の、当てにならない確信だよ)
隆景を探るような目で見ていたヴィンセントもふっと表情を緩めて。
「ほんと……、隆景には参っちゃうねぇ」
と笑って呟いた。


>>ばいばい、またね、アリス…!
   お転婆お嬢さんの続き。

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プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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