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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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「何だか大変だったのよ? 色々聞いたのよ」
オムライスを突っつきながらリムルが首を傾げる。何が大変だったっけと隆景は思い返したが、昨日の騒ぎのことらしい。内密だったはずが水面下で噂話は広がってるようだった。
「別に?」
「嘘吐いちゃ駄目なのよ。リムにはお見通しなのよ」
「どこから聞いたの、話」
「全くだ。閉口令が出てたはずだが」
「噂になってるんです。あのレイムさんが全力疾走って」
呆れたアンヘルと隆景を余所にしらっと言ってのけたのはニアだ。
くるくると癖のある髪に指を巻き付けては離す。その部分だけ癖が強まってくるりと巻いた。
「レイムさん頑張ったんだよ。ずっとずっと走ってたんだから」
「そういえばそんなこと言ってたね」
にこにこと上機嫌でパスタを食べていたヴィンセントもまた昨日の功労者だった。
「でもあのお転婆なお姫様には困ったものだよ。お姫様ってみんなちょっと突拍子もないものかなぁ」
「……アリス? どっかの貴族のお嬢さんなんだよね」
「うん。サランダのね、お姫様だよ」
「お姫様なのよ?」
「そうだよー。元々サランダの王家に繋がるおうちのお嬢さんなの。だから下手すればお姫様でしょ」
にこりと笑ったヴィンセントが言った言葉に成る程と頷いたのはニアだけだった。
「確か双子の妹さんの方でしたね」
「あれ? ニアは知ってるの?」
「話だけは聞いてます」
「そっかぁ。だってニアも下手すればお姫様だものね」
その言葉にニアは曖昧に笑ってみせる。
確かにニアの母親は、ある国の王家から違う国の男の元へ半ば駆け落ち状態で結婚したのだから、強ち間違いではない。
余り知られてはいないが、ニアは王家から援助を受けていない代わりに王位継承者候補として地位が与えられていた。
「エノーもね、苦笑してたよ。とんでもない子ですネ、って」
「そうか」
「でもエノーも結構とんでもないよね」
並の男じゃ敵わないし、とさらりと言ってのけたヴィンセントが食べ終わった皿を少しだけ押して、伸びをした。
「うーん。王族って結構とんでもないものかもね」
色々思い返して、しみじみと言った隆景の言葉にその場にいた全員が「確かに」と頷いた。



>>ランチ仲間のうわさ話
   間違いなく噂の中心は全力疾走のレイムさんだと思う

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どうして行ってはいけないの? と兄に問えばいつも同じ短い言葉だけが返った。「駄目だ」と。
それはそれで良いとして理由を言えと詰め寄ったこともあったが、無言の耐久戦に持ち込まれて結局根を上げるのは彼女の方だった。
けれど、今は話が別だ。
ブーツの踵を高くならしてテロップから下りた彼女は艶やかな黒い髪をさらりと掻き上げた。
窮屈だったシャトルから下りれば天候調整された綺麗な晴天が広がっている。
(……やっと、来れた)
本当に小さく纏めた手荷物を受け取ると彼女は意気揚々と博物館に向かうモノレールに飛び乗った。


***


その日、忙しかったのは何てこともなく常のことだったのだが急に入った要請にレイムは珍しく目を瞬かせた。
要請文書をもう一度呼び出し、文面を攫って矢張り本当なのかと疑う。
その様子に近くにいた慶次が首を傾げた。
「あれ、レイムさん。どうかした?」
「……ああ、いや。ちょっと」
人好きする笑みを浮かべる同僚に苦笑で答えると、妙に勘の鋭い慶次が心配そうに近くの椅子に腰掛ける。
「何? 何か面倒事?」
「……面倒事じゃない仕事なんてこの部署にあったか?」
「いやぁ、無いけどさぁ。レイムさんなんか困ってない?」
「ちょっと急な用件が入って、席を外すことになりそうなんだ」
「なら仕事今回は持ってやろうか?」
とんとん、と後ろから伸びてきた手がデスクの上の案件を差す。
振り仰げば、戻ってきたばかりだろう元親と目が合った。
「良いのか?」
「これ、今日中のヤツだったろ? ついこの間助けて貰ったし、お互い様ってな」
「すまない。ありがとう」
「おう、良いって事よ。ほら、急ぐんだろ? 早く行きな」
机の上から数枚の図案を奪い取った元親がレイムの背中を叩いて促す。もう一度「有り難う」と行ったレイムは椅子から立ち上がると部屋から駆け出していった。
それを見送って慶次は、席に腰を落ち着けた元親に笑いかける。
「やっさしー、のね。元親」
「何言ってんだ。お前だって、手伝ってやる気で声掛けたんだろうがよ?」
「……ばれてたか」
「てめぇの方が余程のお人好しだぜ」
にっと意地悪げに笑った元親が慶次へ一つの依頼案件の詳細を回す。
「それじゃ、さっさと片付けといてやるか」
「そうだな」
まぁいつもさらっと凄い量の仕事をこなしている彼を手伝うなんて余り無い機会だし、と慶次はへらりと笑った


***


見るもの全てが綺麗だと、思う。
完璧に地上と同じように統制された天候も、自転も、重力も、そして何よりまだ居住区にいるのだが、垣間見える美術品や工芸品が素晴らしい。
わざと美術館の前の駅で降りて街を歩くことを選択したのは正解だったようだ。
非常に上機嫌で歩いていた少女は急に開いた視界に小さく声を上げる。公園に出たのだが、真ん中に鎮座する噴水がまた綺麗だった。
「うむ、やっぱり」
無理にでも来た甲斐があった。
兄が家を留守にする前は、自分の進路希望もあってかここに行かせて貰うことは許されなかったし、誰かに話して出てきたのでは兄の意見を尊重する家だ、止められていたことだろう。
黙って出て来れば後でこってりと絞られるのなど百も承知だったが、それでも有り余る経験だ。
きらきらと陽光を受けてきらめく水しぶきに惹かれて足を踏み出せば、噴水の横にしゃがみ込んでいた人影が目に入る。
何をしているのだろう、と少女が首を傾げると同時、その人影は立ち上がった。
無造作に髪の毛を掻き上げて、暑いと呟いたらしいその人は少女と同じ年周りの女である。
ボーイッシュな格好とウェストポーチ。そこに何かを突っ込んでくるりと踵を返した彼女と少女は視線が合った。
「……あ」
まじまじと見ていたのは失礼だったろうか。視線に気付いていたかも知れないと少女が困っていると、その人はにこっと笑う。
「こんにちは」
そしてあろう事か、初対面だというのに気安く挨拶を掛けてきた。
「あ、……こ、こんにちは?」
「観光に来た人? 今日は良い天気で良かったね」
そしてとんとんと軽い足取りで少女に近づき、天候の話をする。
「……何で観光に来たって」
「うん? そのバンド、観光目的の人たちが良くつけてるから」
すっと少女の腕につけられた白いバンドを指さして笑った相手が、首を傾げる。
「此処は初めて?」
「ああ。……ずっと来たかったけど、今回が初めてだ」
良く家ではもっと女性らしい話し方をしろと怒られたものだが、今少女を窘める存在はいない。
それに少女は機嫌を良くして、相手が笑うものだからつられて笑った。
「そうなんだ…! それじゃこれから美術館に行くの?」
「そのつもりだ」
可愛らしい様相の少女の口から紡がれる男っぽい口調を全く気にしない相手が、ぽんと手を叩く。
その音にびくっと肩を竦ませた少女を見て笑って、
「それじゃ、僕もご一緒して良い?」
そんな風に訊いてきた。
「え、あ……別に構わないが」
「良かった。あ、そうだ。僕、隆景っていうの。宜しくね」
「アリスだ。よろしく」
すっと差し出された手を握って少女は笑った。


***


通信を管理課に回しながら、レイムは急ぎ足でターミナルから居住区への道を辿っていた。息も上がり始めているがそれも尤もなことで、要請が入った後部屋を出てからずっとこんな調子だった。
―――『レイム、居住区でそれらしい少女がカメラの映像に残っていた』
―――アンヘルさん、助かります。
―――『いや、丁度こっちに居たから構わん。映像を送る。確認しろ』
ファイルの送られるサインと同時、データベースに開く指示を出して映像が脳裏に映し出された。
長い艶やかな黒髪をなびかせて少女が住宅街を歩いているのが映っている。わざわざ彼女に絞って画像編集をしてくれたらしい通信相手に感謝した。
(……、この道、美術館に向かったのか)
見覚えのある道を脳で描いてレイムは駆け出す。疲れてはいたが何より対象の少女を見つけるのが先だ。
少女はレイムの祖国で指折りの名家の令嬢である。階級としては貴族な訳だが何だって大胆な行動に出たものだ。
誰にも告げず無断で家を抜け出して、シャトルに乗り込み博物館惑星に来るなど。
おかげで余り大事にしたくないらしい少女の家たっての頼みで、同じ国出身で秘密を守ることの出来そうな人間だけに徴収が掛かった。漏れなくそこに入ってしまった自分さえ恨めしい。
―――「レイムさん」
一般回線から通信が割り込む。
それが自国専用の回線だと瞬時に理解して、レイムは思わず足を止めた。
―――はい。……ああ、貴女もこの騒ぎを聞いたんですか。
通信越しに癖のある黒い髪に金色の瞳の女性が困ったような表情をして映る。
―――「いえ、直接聞いたのはオズですが。……手伝えることがあるなら言って下さい」
―――お気持ちだけ頂いておきます。見つけたら貴女のところにも連絡を入れましょう。
気持ちは有り難いが、この場にいなけば意味がない。
女性の気持ちだけ受け取る言葉を告げると通信越しの女性がにこりと笑う。
―――「居住区から美術館ですね。……すぐに応援に行きますから」
―――……え?
―――『レイムさーん。僕と姉さんが行くまでに捕まえちゃったら面白くないんだから、待っててねぇ』
一瞬何が起こったのか、と頭が理解を超えたがその後直ぐに聞き覚えのある声が聞こえて何となく納得した。
成る程、彼女は今此処にいて、この鬼ごっこに姉妹揃って参加してくれると言うことらしい。
(何にせよ、早く見つけなくてはな)
全くこの年になって全力でかくれんぼと追いかけっこをする羽目になるとは思わなかった、とレイムは息を吐いてまた走り出した。


***


「……え? それじゃ家出して来ちゃったの?」
目を丸くして驚く隆景にアリスは、ふんと鼻を鳴らした。美術館の展示は一日で見切れるものでない挙げ句、美術品の展示はここだけに留まらない。音楽堂も存在するし、植物園もある。
人工惑星一つが全部博物館なのだから無理はないが、これをじっくり見ていったら一体どれくらいの時間が必要なんだろうか。
優しく光が差し込むテラスで冷たい飲み物を飲みながら、頼んでいたチェリーパイを口一杯に頬張ったアリスが隆景にぞんざいに宣う。
「当たり前だろう? 家から出さんとか、アフロディーテには行かせんとか。あっちが頭ごなしに押さえつけるなら、こっちだってこれくらいして当然だ」
「……はぁ。なんか話を聞く限りだと、アリスって随分良いところのお嬢さんだよねぇ…? 平気なの?」
「うん? 良いところかは知らないが私には鬱陶しいだけだ」
アリスはきっぱりと言い捨てる。確かにこれまで何不自由なく暮らしてきたのも、その地位と家があったからなのだが、それが分からないほど愚かでもないのだが、アリスにとってはそれよりも自分を囲む檻に見えて仕方ないのだ。
「そっか。でも連絡くらい入れたら? 心配してるんじゃないの?」
「入れたら絶対に連れ戻される。嫌だ」
「……ああ、そう」
あっという間にパイを平らげたアリスがテーブルの上にあったケーキに手を伸ばした。
随分な量を注文すると隆景は危惧したのだが、どうやら杞憂らしい。このペースでいったら平らげてしまう。
「にしてもさ」
とりあえず家のことは、彼女の家が地位が高くここに来たことが知れたなら何かしら情報が入るだろうと割り切って隆景は話題を変えた。
「アリス、随分とここに来たかったみたいだけど……。どうして?」
「……れ、……んだ」
ずっと来たかったんだと言って美術館に足を踏み入れた瞬間、彼女は本当に子供のように目を輝かせた。
展示されてる芸術品をまじまじと見たり、不思議そうに首を傾げたり、ころころ変わる表情が隆景には眩しくて思わず自分の繋がるデータベースに教え込んでしまった。
あれが喜ぶってことだよ、と。
「……ん?」
口一杯に食べ物を入れたまま話したせいで半分以上聞き取れなかった言葉に首を傾げると、アリスが冷たい紅茶を口に入れ食べ物ごと飲み込む。
荒業過ぎると思ったが何も言わないことにした。
「昔から、此処に憧れてたんだ」
「それじゃ学芸員になりたいの?」
彼女はどうにも一部の芸術関連にはかなり深い造詣を持っている。
話は掻い摘んでしか聞いていないが、もしかしたら希望はそうなのではないだろうか。
「うーん。どうだろうな。私には学芸員は向かない気もするし」
「でも住みたいくらいなんだよね」
「ああ…! 出来ることなら住みたい」
ぱぁっと花が咲いたように満面の笑顔で笑うアリスに、隆景も笑んだ。
喜怒哀楽がころころと変わる彼女の表情は凄く魅力的だ。可愛らしい容姿と男勝りな性格、口調もギャップはあるかもしれないが逆に魅力のようにさえ感じる。
ただ確かに彼女の性格では、女性らしく淑やかに振る舞えと言われれば窮屈で苦しいだけかも知れなかった。
「アリスっていくつ?」
「17だ」
「そっかぁ…。僕のいっこ下くらいだね」
「今は大学までエスカレートの学校に通ってるんだ」
「そっかぁ。学生さんなんだ」
「隆景はどうなんだ?」
「……僕?」
「そう、お前は学生なのか?」
「ううん。僕はここで働いてるの」
隆景がにこりと笑うとアリスが首を傾げる。
「学芸員?」
「一応はね」
「なんか見えないな」
「あはは……、よく言われるよ」
確かに飛び級をしたせいで最年少の学芸員である隆景は、見た目も小柄なせいか学芸員に見て貰えたことは少ない。
尤も格好もいつもラフなものばかりを来ているのだから、研究の方に研修で入った学生に見られたら良い方だろう。
「でも格好良いな」
さらりと言われた言葉に隆景が顔を上げる。
まじまじと見詰められたのを不思議に思ったかアリスが首を傾げた。
「何だ?」
「いや、ありがと。お世辞でも嬉しいよ」
「……ん? 何で私がお世辞なんか言わなきゃならないんだ。正直に思ったことをいったまでだぞ」
嘘なんて嫌いだ、と言いたげに指を突きつけてきたアリスに隆景が声を上げて笑う。
お日様みたいな子だ、と思った。
テーブルの上にたくさん注文されていた菓子類を全て一人で平らげたアリスが満足そうに立ち上がる。
休憩を入れただけであって閉館時間まで時間がある。
「今度はどこ見て回る?」
会計を済ませて尋ねれば、アリスが「うーん」と唸った。
「中央を見たから、別館が良さそうな……」


―――『隆景、その娘を掴んでいてくれ』

案内掲示板を見て悩むアリスを見守っていた隆景に急に通信が入り込む。
突然の強制通信に頭を押さえたのも束の間、視界の端から走ってくる人影が見えた。
(……レイム、さん?)
足音に振り返ったアリスが素早く踵を返して走り出そうとする、その腕に咄嗟に隆景は手を伸ばしたが、届かず宙を掴んだ。
「案外早かったな」
「ちょ、っとアリス?」
「隆景、ありがとう。楽しかった……! また今度」
ひらりと手を振って走り去ってゆく彼女に呆然としていると、珍しく全力疾走で脇を通り抜けるレイムが声を上げた。
「待ちなさい!」
「待てと言われて誰が待つものか!」
女性にしたら大分足が速い彼女は、肩越しにちらりと振り返ってそう返す。
一体何事なのだろうと頑張って走るレイムの姿なんて珍しすぎるものを見てしまった隆景も、仕方なく駆け出すことにする。
アリスの家がたぶん連絡を入れたのだろう。そして捜索依頼がアポロンやクロノスに来るのは分かるのだが、係長のレイムが直接赴くとは思っていなかった。
(あれ……、もしかしてアリスってサランダの人なのかな)
真っ直ぐ先を走っている少女の後ろ姿を見て、結構なお家柄であって未だ階級が残り、そしてレイムが直接保護に走るのだとしたら、レイムの自国の貴族が家の問題を余り知られたくなくて要請したとしか思えない。
「ああ、くそ。思ったより早いな」
こっちはずっと走り通しなんだぞ、と隣を走るレイムからぼやきが聞こえて隆景はくすりと笑った。
どうにも本当に困ったお転婆姫らしい。
回廊の行き止まりは開けた吹き抜けで壁伝いに階段があるのみだ。追いかけてそこまで来た隆景とレイムに振り返ったアリスが言う。
「別に帰らないって言ってるわけじゃないんだ。好きしても良いだろう!」
「だったら連絡を入れてから来ていただきたいものです。アリス様」
「行くと言ったら駄目としか言わないじゃないか……!」
先ほど隆景が質問した答えと同じ内容の言葉を吐いて、アリスが階段へ足を掛けた。
そのまま駆け上ってしまえば居住区の通りに出る。上手く路地に入ってしまえば見失ってしまうだろう。
それは流石に拙いか、と頭の中で隆景が考えた矢先、階段を勢い良く走るアリスを遮る形で上からひらりと黒い影が下りる。
黒を基調にした細身のシルエット。綺麗に着地して見せた女性にぶつからぬよう、アリスが蹈鞴を踏んだ。
「くっ」
「見つけたぞ、アリス」
すぐさまアリスが来た道を引き返そうとした。その瞬間、もう一つ人影が上から落ちてきて完全にアリスの行く手を阻んでしまう。
「ヴィンセント?」
「ああ。隆景、レイムさーん」
後から下りてきた相手の名前を呼べばゆるく手を振って答える。通りからアリスの姿を見つけて、二人は飛び降りたらしいが、どうにも軽い身のこなしだ。
話す隙を見計らって脇を通り抜けようとしたアリスの腕をヴィンセントが掴む。
「駄目だよ、アリス。もう追いかけっこはお終い」
「うう、離せ…! ヴィンセント。私はまだっ」
走るのは速かったが、女性にしては長身のヴィンセントに小柄なアリスが敵うはずがない。
上手く押さえ込まれてしまったアリスが尚も何か叫んでいたが、もう完全に逃げ出せないだろう。
「……ああ、二人に手伝って貰って助かった」
小さく。
心底安堵したようなレイムの声に隆景は隣にいた彼を見上げると、困ったように笑ったレイムと目が合った。


***


はなせ、とか。ばか、とか。
何度も聞いたが、それに一々丁寧に答えたのは一人で、後は流すだけ流し彼女の家に連絡を入れた。
アリスの横に座って延々と良い迷惑だと言いつつ、彼女の相手をしている黒髪の女性はヴィンセントの姉らしい。
その遣り取りを一通り聞いたあと隆景は口を開く。
「アリス」
「……ん? どうした?」
「お家に連絡入れたよ」
「……そうか」
捕まれば連絡が入るのなど分かっていたらしい。
途端悲しそうに表情を曇らせたアリスの肩を隆景が叩いた。
「何て顔してるの」
「……だって」
「折角一週間の滞在を許して貰えたんだよ?」
「……何?」
何を言っているのか、と信じられないように聞き返すアリスに隆景が笑ってみせた。
アリスの身柄を保護した後、彼女は此処に予てより見学に来たかっただけであって、今回の騒動はその気持ちが強くなり過ぎただけだと説明したレイムが、二度とこんな事を起こさぬよう観光させたらどうだろうかと掛け合ってくれたのだ。
「それは本当か?」
「本当だよ」
もう一度確認するアリスに返事を返すと、余程嬉しかったらしい。
大人しく座っていた椅子から隆景に腕を伸ばして抱きついてくる。突然のことで体格では問題ないが、受け止めきれずバランスを崩した隆景の背中を後ろで見ていたヴィンセントが支えた。
「ありがとな」
ぎゅっと抱きつかれて、純粋な感謝の気持ちを言われれば悪い気などする筈もない。
困ったなと視線を彷徨わせた先で、先ほどまでアリスの横に座っていた女性が少しだけ優しく笑んだのが見えた。
「本当、とんだお転婆さんだよねぇ」
そして後ろからは暢気な声。
何を言うのかと顔を上げたアリスと視線が合って、隆景とアリスは同時に笑い出した。



>>初めまして、アリス!(笑)
   どたばたさせられるけど結局許せちゃう子な気がする。
   本当はオズも出そうかとしていた…。削った^q^

珍しい所から通信が入ったので、手にしていた研究を一端切り上げてイヴェールは回線を開いた。
途端爽やかと形容すれば良いのか、涼やかな声が脳内を走る。
―――「やぁ、久しぶりだね。イヴェール」
―――ああ、どうも。レオン。僕に用事なんて珍しい、何か?
―――「ああ、ちょっとね」
元々あまり性格が合わず仲が悪いというよりは、意気投合の出来ない相手だが今日はどうにも感じが違う。
怒っているのか? と首を傾げたその時、レオンが口を開いた。
―――「先日祭りがあったろう」
―――そうだね……。帰りたかったんだけど、今年は無理だったなぁ。
―――「エノア姉さんが帰るなら、何故言わないんだ」
―――……はい?
思わず、間の抜けた返事を返してしまった。
エノア姉さんと口に出した人は、自分達の親戚で今は同じ博物館に勤めている。
部署は違うが元々仕事の出来る人間なので、時折無茶をしてオーバーワークしては倒れ旦那に怒られてる姿も何度か見かけた。
そういえば数日姿を見かけてなかったなと思い返して、溜息をつく。
―――レオン。悪いけど知らないよ。エノア姉さんはアクティブ過ぎてどうにも……。それに祭りに行くなんて話聞いてない。
―――「本当か」
―――そんなことで、嘘ついてどうする。とにかく文句なら直接言えば良い。どうせまた顔を見せなかった云々だろう?
悪いけど僕は忙しいんだよ、と言い捨ててまだ何かを言いたそうだったレオンの通信回線を切った。
沈黙が満ちる。
大体、何故あの人の動向を把握していると思うのか。
分かるわけがない。
「全く、下らない事で時間を取らせないで欲しいな」
そして一端手を休めた作業に取り掛かろうとして、部屋のドアが開いたのを認識した。
ノックはされたのかもしれないが気付かなかった。
「――冬さーん? あれ、なんだ。居るじゃない」
ひょこっと顔を出した少女が苦笑する。
矢張りノックされたのに気付かなかったようだ。くるりと椅子を回して向き合うと両腕いっぱいに彼女が抱えた荷物が目に入る。
余り差し入れを持って来ることはないのだが。
「随分、大荷物だね。景ちゃん」
「うん」
頷いてテーブルに荷物を置いた隆景が抱えていた紙袋に手を突っ込んで、何か取り出してイヴェールに投げた。
慌てて手を出して無事に受け取った物は、変わった綺麗な色の缶。
「……あれ、これって」
見覚えのある缶をまじまじと見てイヴェールが首を傾げる。ソファに腰掛けてまた紙袋に手を突っ込んだ隆景が笑った。
「お土産だって。これ、冬さんと僕にって貰ったんだよ」
そして両手いっぱいに抱えてきたお土産を指して言う。
「エノア姉さんか」
「それ、冬さんも好きなんだって聞いたよ?」
「まぁ、そうなんだけど」
「祭りに行くならお土産宜しくって言ったんだけど、こんなにくれるなんて……。冬さんも時々金銭感覚が一般じゃないなぁって思うけど、ザクスさんもそうなんだねぇ」
「……ん? 景ちゃん、エノア姉さんが祭りに行くの知ってたの?」
「え? 冬さんは知らなかったの?」
一つ缶を開けて飴を口に入れた隆景が首を傾げる。
「今年は冬さんは仕事で行けないんだよ、って言ったらね、”可哀想だからたくさんお土産買ってきます”って言ってたんだよ」
「……そう」
缶を見下ろしてイヴェールは溜息をつく。
その”可哀想”がどこに掛かっているのか、正確に読み取ったが故で何とも格好悪すぎて情けなくなった。
本当は今年、目の前で笑う少女に祖国の祭りを見せてあげたかったのだ。
一緒に国に戻って祭りを楽しみたかった。きっと楽しかっただろうに。
(――抑も、ギリギリで仕事を振られて断れなかった僕が悪いんだけど)
「どうしたの? 冬さん眉間に皺寄ってる」
思わず顰めてしまった顔を見た隆景が心配そうに声をかけた。
それに少しだけイヴェールは笑う。
「ううん。何でもない。来年は僕達もお祭りに行こうね、景ちゃん」
是非見せてあげたいから。一緒に楽しみたいから。
その言葉に隆景がにこりと笑った。

「うん。楽しみにしてる」



>>まつりに関しての、もう一つの話。
   お土産はいつだってたくさんあげたいエノアお姉さん。
   いっぱいお土産を貰って驚きつつも上機嫌なのは景ちゃん(笑

毎年季節の折に開かれる祭りの中でも、一等大きな祭りの後はどうにも特有の倦怠感が残るものだ。
書類を摘み上げながら、レオンはその日何度目か分からない溜息を吐いた。
少し癖のある茶色の髪に一部金色のメッシュが掛かるその髪を面倒臭そうに一纏めに手で整えると、首元できちっと結わえる。
それと一つ「参ったね」と呟いた。
丁度タイミング良く入ってきた弟が、それに首を傾げるのも同時。
「レオン?」
「おや、エレフ」
メッシュが髪に入っているのは同じだが、全く異なる色を持つ弟が片手に色々と抱えて入ってくる。
「珍しいな、溜息なんてさ」
「ああ。疲れが溜まっているだけだよ」
にこりと笑った兄と対照的に眉間に皺を寄せた弟が、片手の荷物から器用に一つ何かを取り上げる。小さなその包みを開くと、ぼんやりと眺めていたレオンの口にそのまま放り込んだ。
「……飴?」
「うん。さっき貰ったから。甘いのは良いんだってよ」
ほどよい甘さでまとまった紅茶の味が口内に広がっていく。ころりと口の中で転がして、この弟が菓子の類など一つも持たないのにどうしたのかと首を傾げた。貰った、と言ったか。
「誰に貰ったんだい? これ」
「んー、ザクス姉さん」
自分の分も包み紙を外して飴を口に放り入れた弟の腕を掴む。
驚いて目を丸くした弟の抱えた荷物の一番上で変わった色の小さな缶詰が揺れた。
それに目を留める。からりと乾いた音がしたところをみると飴はここに入っていたらしい。
「ちょっと、レオン?」
「エノア姉さんがいらっしゃってたのか」
缶詰を手にとって蓋を開ければ、可愛らしい色の包み紙にくるまれた飴が数個存在している。
あの人は甘いものが好きで、その中でも一番飴が好きだったと思い出す。凜と真っ直ぐに立ち、誰よりも強い人だったが綺麗で、実はとても可愛らしい人だった。
「ああ。さっき街に下りたら会ったんだ。祭りを見に来てたんだって」
「いつまでいらっしゃるって?」
「荷物持ってたし、今日帰るっていってたよ。……ってレオン?」
どうせ帰ってくるなら顔を出していけばいいのに。
王位継承権を返した後、国を離れアフロディーテに渡ってから彼女は王宮に戻ってくることが少ない。
隣国の一般階級の人間と結婚したのは知っているが、だからといって此処が彼女の故郷であることは間違いないのだ。
別に何も望みはしないのだから、普通に笑って里帰りしたらいいものを。


バタン、と大きな音を立てた扉を声を掛けることも出来ずに見守ったエレフが片手の荷物を机の上に置く。
走って出て行った兄を見送って、甘い飴を転がした。
「馬鹿だなぁ。今から行ったって間に合うわけないじゃないか」

――あの人は風みたいなもんだぞ。



>>一つ前のネタのあと。
   エノアお姉さんは、レオンの世代の人にとっては憧れの人。

祭りの夜は人でも多く喧噪も一際激しい。街のあちこちにイルミネーションが点り、とにかく賑やかだ。一つ通りを入ったホテルは騒がしさから少しだけ離れてはいたが、矢張り人々の熱気だけは伝わる。
カランとドアのベルが鳴った音に番をしていた主人が顔を上げれば、帽子を目深に被った女性が入ってきたところだった。
どうにも線の細い女性だ。深く被った帽子で表情は余り見えないが。
「いらっしゃい。予約は?」
問えば、女性が肩に提げていた鞄から一枚の紙を取り出す。
「ちょっと待ってくれよ」
それは確かに予約票で主人は自分の持つ控えと照らし合わせた。問題はない。
確認して部屋の鍵を用意する。その間女性は一言も口にせず、ただ通りから聞こえる喧噪に耳を傾けているのか、ドアの方をちらりと見遣ったりしていた。
鍵を女性の目の前に置くと、その視線が主人の方を向く。
「ありがとう」
さらりとした流暢な響きで礼を言われ、その後女性がふと首を傾けた。
「何か?」
「ええ、すみません。一応二人で予約してたのですが、連れはまだ来てませんよね?」
「……ああ」
「分かりました。ありがとうございます」
口元が笑みの形を作り、カウンターに置かれた鍵を白い指先がつまみ上げる。
同時にいつの間にか記帳してたのだろう、宿泊者名簿の紙がカウンターに置かれた。
迷いのない足取りで上の階に向かう女性の背中を見送った後、主人は記帳された名前に視線を落とす。
先ほどの流暢な言葉と同じく、筆跡も滑らかで、
「……ルネット、さんね」
連れがいると言っていたが、確かに予約の人数はもう一人分あったが、不思議と人目を引く女性だった。


***

――嘘吐き。レイムさん、来れないなら来れないって言って下さいヨ。

部屋に入るなり荷物を置きながら、繋がった回線の先にいるであろう夫に告げる。小さく溜息が聞こえた気がした。
――『仕方ないだろう。抜けられなくなったんだ』
――別にそこは責めませんヨ? レイムさんは忙しいですから。でも無理に予定を空ける事なんて無かったんです。
結局予約した一人分は無駄になってしまった、と帽子を外しながら思う。
目深にずっと被っていたのは、どうにもこの国で自分の容姿は知られすぎているからだ。
ぺたりと額に張り付いた前髪を指先で摘むと、邪魔にならないように掻き上げる。
――『行こうと思ってた』
――だから、それ。そんな風に無理しなきゃ良いでしょう、って話ですヨ。
別に一緒に祭りに来れないのは、共働きである以上仕方ないと割り切っている。
土産に話とお菓子をたくさん持って帰れば良いだけのこと。
――『でも、エノア』
――はい?
――『多少は無理したいだろう? 折角なら一緒に楽しみたい』

お前の国の祭りなんだから。

そう付け足されては、文句も何も言えなくなってしまう。
空いたベッドに腰掛けて「そうですね」とそれしか言えないままで、まだ賑やかな祭りの喧噪に耳を澄ませた。

(来年は一緒に行きましょうネ)


>>博物館設定の眼鏡と帽子屋さん。
   お祭り好きの帽子屋さんと一緒に出かけたいレイムさん。
   なかなか予定が合わない…(苦笑

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プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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