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「レイムさん」
こっちも大分忙しそうだなぁ、と積み上げられた書類をせっせと片付けていく相手を観察する。
突然の来訪者に驚いたらしいレイムは手を止めて目を丸くした。
「ヴィンセント様? どうしてここに」
「……うーん。なんか詰まらなくて」
「はぁ」
「ねぇねぇ、レイムさん」
しかし構ってというには彼は真面目すぎるし、ただちょっとだけ興味が湧いただけなのだけど。
「どうかなさったんですか?」
こっちは律儀な対応だと思う。はいはいあっち行って下さいよ、と追い出されたのを思い出してヴィンセントはくすりと笑った。
「帽子屋さんがね、気になること言ってたから」
「気になること」
「うん。レイムさんのことだよ」
「はぁ」
最後に笑ったブレイクの笑みは打算も何もなく、ただ単純なことを言うとばかりだったので。
「気になる?」
だからちょっと逆はどうだろうと思っただけなのだ。
「……いいえ」
「そうなの?」
「ええ。まぁ、気になったらあいつに直接聞けばいいので」
さらりと言われた言葉にヴィンセントは溜息を吐く。
なんだよ、もう。からかうことさえ出来ないじゃない。
>>一つ前の話の続き。
確かにこれじゃつまんないだろうと思うわけで。
「えええ、ひっどーい」
「知りませんヨ。遊びたかったら隣の部屋にオズ君とギルバート君がいるのであちらにどうぞ」
「僕は帽子屋さんと遊びたいんだよ」
「だから、遊びませんと言ったでショ? 私はこう見えても忙しいんです」
机の上の書類をぱらぱら捲って「あっちにいけ」と言外に告げる姿にヴィンセントは笑みを零す。
外見はほぼ年回りが変わらないが、年齢で言えば随分と年上の彼の性格は思ったよりも酷く可愛い。
「帽子屋さん、つれないね」
「ハイ? ああ、そうですね」
本当に忙しいのかもしれない。書類から目を離さずに生返事を返すのでヴィンセントは机の上に積み上げられた書類の一束をのぞき込んだ。つい最近多発していた事件の始末書らしい。
「ねぇ、帽子屋さん?」
「何ですか」
「僕、詰まらないんだけど」
「邪魔しないで下さい」
ぴしゃりと窘められてヴィンセントは肩を竦めた。その間にも書類を捲る手は休まらず一定の早さで書類は読み進められていく。どうやったらその手を一瞬でも止められるだろうか、と思案してふと思いついた言葉を口にした。
それは一種賭に近かったのだが。
「そういえば、レイムさんがね」
成功だったらしい。一瞬書類を捲る白い指が止まった。
また何事もないように捲られていく頁は、しかし数枚で止まってしまう。言葉の続きを言わないヴィンセントが気になったらしかった。
「可愛いなぁ」
「……あのネ、大人をからかって遊んじゃ駄目なんですヨ」
諦めて顔を上げたブレイクが溜息一つ。
にこりと笑ったヴィンセントがその手から書類の束を抜き取った。
「帽子屋さん、続き気になる?」
「……別に」
「嘘つき」
「いいえ、本当に良いんですよ」
奪われた書類を素早く取り返したブレイクが笑う。
「気になるなら、後で本人に聞きますから」
そして少しだけ呆けた顔をした仕掛けた張本人の額をぺちりと叩いた。
「ほら、詰まらないならあっちの子供達と遊んでらっしゃい」
>>帽子屋さんと溝鼠。
原作の険悪なムードなんて無視して、私の書くヴィンスは頭が悪い(笑)
それはきっと子供が構って欲しい時と一緒なんだねぇ、とぼんやり呟かれた言葉に首を傾げたのは兄と弟両方だった。
箒を持ったまま呟かれた言葉は妙に今の空間と馴染んでしまう。
手が足りないと引き受け箒を受け取ったは良いが、あまりにも綿埃が多くていまいち捗らない。
「オズ?」
「何となく思っただけだよ」
絨毯の上の綿埃を上手く集めるコツを何となく覚え始めたオズが笑う。
てきぱきと掃除をこなしていく従者の姿を思い出して、これはこれで大変だと思った。
「それよりもギル、手が止まってるけど?」
「……え? あ、ああ」
オズの一言に手を休めていたギルバートが思い出したかのように、床に転がり散らばっているぬいぐるみを拾うのを再開する。
腕に抱えた箱にぬいぐるみを無造作に入れていく様子を横目で見遣って、箒を動かした。
どうにも掃除がされていなかった部屋は扉を開けて換気をしても、なかなか埃っぽさが抜けない。
掃除をする二人とは別に部屋の主であるヴィンセントは、ぬいぐるみを拾い上げる兄につかず離れずくっついて歩く。
「ヴィンス、そこにいられたら邪魔だ」
「嫌だよ。だって捨てる気でしょう?」
それ、と指し示されたのはギルバートが抱えている箱である。
大体ぬいぐるみと呼ぶにしても、残骸と呼ぶに相応しい有様のそれは、
「あのなぁ。……だったらどうするんだ、これ」
「直してよ」
「どうせ、お前は直した傍から駄目にしていくだろ」
それに幾ら綺麗に繕うにしても、物理的に無理なぬいぐるみも箱の中には存在している。
捨てるというのは当然の判断だった。
「酷いよ、兄さん」
「ヴィンセント、お前なぁ…」
心底傷ついた風に言葉を重ねる弟に、呆れた兄の声が返る。
これはこれでギルバートの負けだろう。なんだかんだと結局面倒を見ることになるのは決まり切ったことだ。
「………分かった。直してやるから。今回限りだぞ」
「本当?! ありがとう、ギル」
眉間に皺を寄せて、結局根負けをした兄に満面の笑みを浮かべる弟。
一連の遣り取りを見守ってオズは小さく笑みを零した。
全く本当に。
一通り散乱していたぬいぐるみを拾い終えたギルバートが、「直せるのだけだぞ」と念を押して部屋を出て行く。
少しだけ急いた足音が遠のいた。
部屋に残ったのは、オズとヴィンセント。
「ねぇ、ヴィンセント」
「何?」
「こんなことしなくたって良いと思うよ」
「何のこと?」
床を掃いていた箒の端が何かに当たる。ギルバートの拾い忘れたぬいぐるみの一つが箒の邪魔をした。
それを拾い上げる。
「ギルはさ、こんなことしなくたって見捨てるなんてしないだろうから」
それはそれで問題がないわけでもないのだけど。
一種、愛情が貰えないと本能的に悟る子供の信号に似た行動を言い当てたオズに、ヴィンセントが首を傾げた。
「何を言い出すのかと思ったら」
さっきのもそれなの、と付け加えたヴィンセントにオズは笑う。
全く本当に、兄も弟も。
「大丈夫だよ、二人は」
少なくとも互いが互いを疎みながら捨てられなくて、それを抱えて愛情を欲して怖れても。
「少なくともオレは好きだしね」
どうにも日溜まりにあるものよりも、それを羨ましがりながら一歩を踏み出せないのが好きみたいだと思って笑えば、一拍遅れて盛大に間の抜けた声が返った。
>>オズはナイトレイさんちの子たちが大好きです^^
(エリオット含む)
おいで、おいで。
そう言っているように満面の笑みで手招きをされてヴィンセントは眉根を寄せた。
いつも浮かべる笑みも無く、どうしたものかと思案する。取り繕っても仕方ない。
「何のつもり?」
「いや、別に?」
問えばへらりとした答えが返ってきて頭が痛い。
こんな子だったっけかなぁとぼんやりと思ったけれど、どうにも分からなかった。所詮人の記憶は当てにならない。
ヴィンセントの思考などお構いなしにまだ手招きを続ける少年が笑う。
「本当、似てないようで似てるね。二人は」
「……え?」
「ギルもこういう時素直じゃないからさ」
困るよ、と落とされた声を認識する前に、立ち上がって移動してきた少年の伸ばされた腕がヴィンセントの肩に掛かった。
抵抗も何もする前に掻き回されるように頭を撫でられる。
「や、」
「はいはい。よしよし」
幼子をあやすような言い種に反論したかったけれど
「……何なの、それ」
まだ頼りない手のひらが温かくて振り払えなかった。
どうしてか、その温度が名残惜しくて。
>>オズはなんだかんだでギルにもヴィンスにも甘いと良いよ、って言ったら書けと言われたので書いてみた。
もう訳が分からん^q^
狭く閉ざしていた視界に鋏を入れてくれた人を、覚えている。
笑うと大人のくせに子供みたいで、一緒に寝転がって遊んだりもした。
兄と呼んで欲しかったらしく、呼び方に不服だったのか少し残念がって笑った。
そんな人を覚えている。
忘れてしまえれば楽だったのかもしれない、と思う。
けれど実際は忘れなくて良かったとも、思う。
「でも実際、これだけ似てると腹は立つけど」
「何の話?」
「君の外見の話だよ」
自分が知ってる面影よりも、もっともっと幼いけど。
思ったよりも器用な人だったなぁと思う。オルゴール職人と自ら名乗るだけあって細かい作業が得意だった。
「ふうん」
意識を引き戻すような短い相槌。じっと此方を見詰める瞳の色も同じ色。
「誰と重ねたの?」
「……え?」
「いや、何となく気になって」
にこりと満面の笑みを浮かべたところをみると、粗方見当はついているのだろう。
それはそうかと思い直した。
たぶん彼は色んなことを、隠してきたかったことを知っているから。
それでいて何も言わないのが気に入らないとも思う。過去を求める一途さなら帽子屋の方が分かりやすい。
「別に。君に関係あること?」
「うーん、どうだろう」
笑う。
「何となく、どうやったら呼べるかなぁって思っただけだよ」
―ねぇ、どうやって君を呼んだらいいかな。
瞬間重なる声に目眩がした。
覚えているのも、忘れてしまうのも、きっとどっちも辛い。
自分が取った選択と、無意識に兄が取った選択は、どちらも。
「勝手にしたらいいよ」
視界さえ暈けるような感覚に素っ気なく言い返せば、「そう」とだけ返った。
>>これだけの短いのに、書いてる間に色々と見失った。
そんなこんなオズとヴィンス。
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