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ふと、人混みの中に知った色を見つけた気がして振り返る。
誰も居ないはずなのに立ち止まった先で、でも確かに誰かを視界の端に捉えた感覚があった。
「……?」
連日、仕事にどっぷり浸かっていたからただ疲れているだけかもしれない。
そう思うのに立ち止まってしまった体は、自然と向かっていた場所とは別の方向に足を向ける。
一本細い路地を通り抜ければ開けた視界に一つの影が映った。
「……レイム、さん?」
不思議そうに名を呼ぶ、それが珍しくて立ち止まったまま笑う。
外灯が無い場所で色素の抜けたような銀髪だけ、月明かりに照らされて浮かぶ。風に揺れて不安を煽ぐ様子に一歩踏み出した。
「こんなところで何やってるんだ?」
「それはこっちの台詞ですヨ? 不用心にふらふらして良い場所じゃないんですケド、判ってます?」
にこりと笑う顔の血色の悪さだけが目についた。
何も月明かりのせいではない。たぶん手を伸ばして触れたら想像と違わず冷たいのだろう。
普段纏う白と紫の私服ではなく、宵闇に紛れる黒を基調とした服装をして、それでも紛れないのは酷く病的なまでの白さが目立つからだ。
「ザークシーズ……」
「お仕事デス」
それは、分かる。そうでなければ好き好んで彼が制服に袖を通すわけもない。
にこりと笑んだ彼が軽い足取りで脇を通り抜けようとした。小さく、小さく、聞こえた音に、振り返る。
「ザクス、」
反射的に伸ばした腕は振り払われない。
バランスを崩しかけてそれでも止まれたのは、偏に相手の反射神経の良さからだ。
「危ない、ですよ…。レイムさん」
小さく、咳き込む音。
「お前…」
「大丈夫ですヨ。少し咽せただけですから」
笑おうとして苦しそうに眉を寄せる、それに腹が立つ。
「どこが大丈夫なんだ」
確かに戦いにはとことん不向きで役に立たない自覚はある。
挙げ句、細くて掴み所が無さそうに見える割に剣を扱わせたら勝てる者が殆ど居ないのも分かっている。
考えなくても頼りないことくらいは知ってはいる。
――それでも。
「ちょ、っと……、レイムさん」
身長の差と相手の軽さを逆手にとって、掴んだ腕を引き寄せて無理矢理担いだ。
暴れるかと思ったら驚いた声を上げるだけで大人しくしているのが逆にらしいと言えばらしい。
「恥ずかしいんですケド」
「私だって恥ずかしい」
良い図体した大人の男が担がれて、担いで人通りのある場所に出て行くなど。
けど本当は歩くのさえ辛いであろうに気丈に振る舞おうとするのを見るくらいならマシだった。
「なら止めたら良いのに」
くすくすと笑いを含んだ声が耳の近くで聞こえる。同時に咳き込む音も。
軽いのに決して軽くはない、それは。
「もう少し行けば馬車を止めてある。送ってやるから」
「……困りましたネェ」
少しだけ調子の落ちた声が耳を擽った。
「 」
「それはこっちの台詞だ」
囁かれた言葉に直ぐに反論して返して、はっとする。何を真面目に返すことがあるのか。
今のは無し、と言いたくて結局言えないまま馬車についてしまった。
――貴方のこと、本気で好きになったらどうしてくれるんです?
>>七夕に引っかけて何かを書きたかったはずが、無理だったんでこれはこれでいいかな、と。
眼鏡と帽子屋さんは仲良しこよし。
少しだけ口角をを上げて笑った相手を無視して進んでいくと、意外そうな顔をされる。
「おや」と小さく声が聞こえて、纏わりつくようでありながら決して手の出せない一定の距離でついてきた。
「怒ってるんですかァ…?」
小さく問われる声も無視。
手にしていた杖で背中を突かれても無視。
とにかく無視を決め込む態度に相手は小さく溜息を零した。
「あのね、レイムさん」
そしていつもの人を喰ったような話し方ではなく、落ち着いた調子で声を掛けてくる。
本来の相手の話し方はこちらに近い。
「そんなに眉間に皺寄せて我慢して無くても、伝わりますよ」
ゆっくりと距離を取りながらついてくる相手が苦笑を落とした。
「怒ってるんですね?」
そして殆ど無自覚に近い、言葉を繋いだ。
「どうしてです?」
「あのな、お前が……っ」
振り返った先でにこりと笑った顔を正直ぶん殴りたいと思う。
いつだってギリギリのところで彼は確信犯であるから、どれが計算されていないものか見失う。
「レイムさん?」
「無茶ばっかりするからだ!」
空いた手を握れば、ひんやりと血が通っているのかと心配になるほどに冷たかった。
強く握っても顔色一つ変えない相手に痺れを切らす。
「無理は利かないんだ。もっと大切にしろ」
「……ああ、はい」
優しいんですね、と続いた言葉にやはりぶん殴りたくなった。
代わりに手を引っ張りそのまま、細い体を抱き込む。「おや」とまた小さく声が上がるが無視することにした。
「ご免なさい」
小さく、聞こえるか聞こえないかの瀬戸際で耳元に囁かれる言葉は謝罪。
全て本当は解っていて、それで解ってないままに笑うそれに
「いや、いい」
返した言葉も虚実を孕むので、結局どちらも嘘吐きなのかもしれないと思うのだ。
>>ぶれの無い二人です。なんというか、そんな感じ。
「つまりは、愛が足りないんじゃない」
「……は? 何を言ってるの?」
足りないのは君の頭の方じゃないかな、と言いかけてヴィンセントは手にしていた鋏をくるりと回した。
逆手から順手。弧を描いた鋏の先は落ち着きを取り戻して手の中に収まる。
「だから、そんな破壊衝動」
す、と指がヴィンセントの腕の中にあるぬいぐるみに向く。
腕の縫い目が鋏で切られ綿が少しだけ出てしまったそれは痛々しくも思えた。
「嫌だなぁ、オズ君は変なことを言うんだね」
「そう? 結構当たってる気がするんだけど」
にこりと屈託もなしに笑う少年にヴィンセントは首を傾げる。
何とも理解し難い。
「だって好きだからこうするんでしょう?」
「だって愛が足りないから気を引こうと、壊そうとするんだろ?」
ほぼ同時だった言葉が落ちた。
「別にそんなことないよ?」
「どうかな? なんかそういうところに疎いの、似てるよね」
さらりと言ってのけられた言葉に眉を顰めたのも束の間、少年の腕が伸びて鋏を奪い取る。
金色の装飾が施された鋏が、少年の手に収まるのを見詰めながらヴィンセントは手を伸ばした。
鋏が無いのは、嫌で。けれど指先を捕らえたのは少年の手。
「返して」
「嫌だよ」
「無いと困るんだ」
「だって可哀想だろ」
主語のない言葉にヴィンセントは笑う。
「可哀想じゃないよ、だって痛くもないんだもの」
腕の中のぬいぐるみを示して言えば、オズも笑った。
「違うよ」
そして嫌なことを言う。
「可哀想なのも痛いのも、それじゃなくて」
――ヴィンセントの方だよ。
>>あれだが……。姉妹の中でオズ坊ちゃんはほぼ上固定。
ナイトレイさんとこの息子たちは坊ちゃんの嫁らしい。
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