忍者ブログ
謂わばネタ掃き溜め保管場所
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

―此処じゃない。
急いで踵を返し既に日が落ち始めている空を見上げて舌打ち一つ零して走り出した。
祭りの騒ぎは最高潮に達しようとしているらしい。裏通りでも奥の方に位置するこの場所でも十分に祭りの様子が知れた。
派手な音が鳴り響く様は逆に静かな裏通りの虚無感を浮き彫りにする。
皹割れた建物の壁伝いに走りながら元親は小さく息を吐く。
肩で整わぬ息をしながら、何とか呼吸を戻そうと深く息を吸い込み吐き出した。
目の前には立て付けの見るからに悪そうな扉が一つ、ひっそりと佇んでいる。
蝶番は錆び付いていて開けようとすれば強か抵抗するようにざらつく音をあげて、元親はその音に顔を顰めた。

「………おいおい」

軋みをあげて開けた扉から一歩室内に踏み出す。
思わず声を上げてしまったのは暗い室内の中の様子を限られた視界でも認識した所為だ。
黴臭い臭いが鼻腔を擽り、埃っぽい空気が吸い込んだ喉に貼り付くようだ。
人が住まわなくなってから随分と経つだろう様子に何故慶次が印を付けたのかと訝しみたくなる。
もう一歩と踏み出したところで盛大な音を立てて扉が閉まった。
僅かに光の差し込んでいた室内が途端に闇に支配される。
埃を十分に被った色褪せたカーテンがはたはたと翻って、その度に微かな光を室内に取り入れるだけ。

「光秀…?」

不意に。
後ろから控えめに声が聞こえた。
きしり、と音が立った方を向くと驚いたように見開かれた琥珀色の瞳とぶつかる。
相変わらず細いその人の影が弾かれたように階上に消えていく。
一瞬反応が遅れて追いかける羽目になった元親は、人影の消えていった階段を見上げて「くそ」と呟いた。
闇に紛れるようにして存在していた階段を軽やかな足取りで登っていったのは間違いなく元就だ。
自分の名前ではない、聞き覚えのない名を呼んだ。
その事自体も何だか気に入らなくて、足音のする方向で目安を付けて追いかける。

「待てよ…!」

丁度元親が二階、元就が三階に上がった所で声を張り上げる。
一階部分は殆ど人の住んでいる気配がなかったが、二階と三階は程良く手入れされていて、それなりに住み心地は良さそうだ。
びくりと肩を震わせて肩越しに振り返った元就は、けれど立ち止まることはなかった。
一瞬歩みを遅らせた隙にその分の距離を縮めた元親を振り切るようにまた建物内を走り去っていく。
元就は、建物の構造の分からない元親より幾分も有利だ。
外観では決して広くはないと思っていたが、実際は違うらしい。
別の建物とも繋がっていたらしい内部は見知らぬ人間が入り込んだら迷うに違いなかった。
実際、元親は音を追いかけているだけで何処を移動しているのかなど知らない。

「……や……っ、と追いついたぜ」

音が止まる。
はっと息を呑む微かな声が上がるのと、退路を断つように片方の手で入口を元親が塞ぐのは同時だった。
困ったように振り返った元就の切り揃えられた癖のない髪がさらりと揺れる。
小さな唇が何かを言おうとして、しかし声は発せられることなく引き結ばれた。
じっと見詰めてくる元親の視線に堪え切れないと視線を逸らした所で、元親が「元就」と名を呼ぶ。
びくりと肩を震わせて、しかし視線を合わせようとしない元就の様子に元親があやすような笑顔を向けた。

「なぁ」

優しい声が掛けられる。
行き止まりの、出入り口の塞がれてしまった部屋に元親の声だけが満たされた。

「……元就」
「…貴様は」

掠れた、震える小さな声が返る。
逸らした視線を今度は自分から見据えるように元親に向けた元就がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「莫迦か?」
「…そりゃあ酷ぇなぁ」

元就の言葉に元親が苦笑する。
何に対しての「莫迦」なのかは分かっていたけれど遭えて知らない振りで返せば、苦しげに眉を寄せた元就が声を上げた。

「我は……っ。…我は、お前の…、お前の音を使役した。この意味が分からないはずもあるまい?」
「ああ。……知らなかったよ。お前が調律師だったなんてな」

”調律師”。
その言葉に肩を揺らすほどに反応した元就が逃げ場の無い部屋で、それでも元親から距離を取るように一歩後ろに後ずさった。
今更知ってしまったことを知らぬとは言えない。
だからこそ正直に元親は元就が調律師であると認める。
歌を許されたカナリアは、自分達が歌を教わるのと同時に調律師という存在が世界にあるのも教わる。
奇跡の音を紡ぐカナリアの、その音を唯一使役できるカナリアよりも稀有な存在。
そしてそれ故に関係性を持つことを厭われるのも。

「だったら」
「それが何だ、って言われたよ」
「……は?」
「此処に来てお前を探してるのを協力してくれるって言ってくれた幼馴染が、そんなのは関係あるかって言った」

慶次が諭すように言ったことだ。

「関係あるだろう」
「まぁ…。それはそうなんだけどよ」
「…ならば、このまま……、我のことは」
「別れろってか? お前のことを忘れろって?」
「……ああ」
「嫌だね」

はっきりと否定を口にした元親に、元就が悲痛の色を見せた。

「何故、だ」
「前に言っただろ」
「……何?」
「俺、”お前が屹度好きなんだ”ってあの時言った。けど…そうじゃなくて」

元就が困惑の色を浮かべて元親を見詰める。
その視線を受け止めて逸らすことなく元親は言葉の続きを言った。

「俺はお前が好きなんだ」
「………っ」

言葉が言われるや否や元就が小さく首を振る。
力なくて、それが余りにも弱い否定過ぎて元親は、自分の気持ちが受け入れられたのか否定されたのか判断がつかない。
だから元就が何かを言葉にするまで待つことに決める。
急に振り落ちてきたような沈黙に少しだけ寂しさと息苦しさが混じった。

「……貴様は」

やっとのことで元就の唇が搾り出したのはやはり掠れた声。
涼やかな凛とした普段の名残を残してはいても、少しだけそれは違って聞こえた。
顔を上げた元就は、あの時、唐突に別れを告げたときと同じような、泣きそうな表情を浮かべている。

「矢張り莫迦だ」
「……そうか?」
「…我は調律師だと、知っただろうに…」
「…ああ」
「なのに、それでも好きと云うか」
「ああ」

泣きそうな様子に元親が一歩足を踏み出す。
入り口を塞いでいた手はするりと離れてただ、元就の方に伸ばされた。
数歩で元就との距離を手の届く範囲まで縮めた元親が、俯いてしまった元就の肩にそうっと触れた。
触れた瞬間、強張った元就の身体が、戸惑うような視線が元親に向けられる。

「…なぁ」
「……」
「お前が俺のことを嫌いだってぇんなら、仕方ねぇって思う。嫌いなヤツと誰だって一緒には居たくねぇよ。けど…。そうじゃねぇってんなら」

小さく息を呑んだ元就はそれでも視線を外さない。


「俺はお前と一緒に居たい」

元親がそういうのと同時に、つうっと元就の頬を一筋の涙が零れ落ちる。
それがどういう意味なのか分からずに、けれど放っておけなくて空いた手でその涙を優しく拭ってやった。

「…元親」

此処に来て初めて、元就が名を呼ぶ。
震えた声は少しだけ鼻にかかって、

「……我は調律師なのだ」
「うん」
「一緒に居たら、お前が…」
「気にしねぇよ」
「しかし」
「それにお前」
「……?」

好きだという告白に嫌いだという返答は無い。
寧ろこれでは肯定をしたようなものだ。勝手にそう思いこんで元親は自身の腕を元就の背中に回して抱きしめる。
驚いたように身じろいだ元就はそれでも抵抗はしなかった。

「俺の歌なんて使わなくても、歌えるんじゃねぇの?」
「……それ、は」
「だったら俺が一緒だろうとそうじゃなかろうと、構わねぇじゃねぇか」

カナリアが調律師と関わりを厭うのは音を操られる、音を使われてしまうのを恐れるためだ。
調律師は音を使役することは出来るが、自ら音を、歌を紡ぐ事は出来ないとされていたのだから。
しかし、その調律師自体が歌を歌えるというのならカナリアが一緒に居ようと居まいと関係ない。
元親の言葉に元就が、驚いたように目を瞠る。

「俺はよぉ、お前と一緒に居てぇんだよ」


なぁ、元就。
そう耳元に言葉を落とせば、元就が自らの両手で顔を覆ってしまった。
元親の腕の中で声も無く泣き出してしまった元就の背を、元親はあやす手つきで撫でて穏やかに笑う。
とりあえずやっと追いついた。


―逃げた調律師はこの腕の中にいた。





>>創作カナリア設定話。
   元就捕獲。とりあえずそんな一段落。
   元就のツン具合が足りないのは、きっと女の子だから(え)

PR
これは賑やかな事だな、と流石の元親も苦笑せずにはいられない。
建物からは色鮮やかな布が掛けられている。
染め上げられたその布たちには綺麗な文様。
ひらりと視界を掠めて降り落ちたのは花びらを模した紙吹雪だ。

「…元親…!」

その紙吹雪を摘み上げて眺めていると背中に声が掛けられる。
明るい声は聞き覚えがあってすぐに振り返った。
通りの向こうから駆けて来る体格のいい男は、自身の長い髪を頭の高い位置で一つで纏めて背中に流している。笑顔を貼り付けたまま、元親のところまで辿り着いた男は今走ってきたのなど感じさせない所作で元親の肩をぽんと叩いた。

「久しぶりだな」
「ああ。…久しぶりだ」

それはカナリアの聖地で一緒に過ごした頃と変わらない笑顔と行動。
思わず安堵して破顔した元親がぐるりと街の様子を眺めた。

「良い時期に来たな。丁度祭りの時期だ」
「…通りで」

成る程、とも思ったが半分絶望も覚えた。
こんな時期にぶち当たったのは幸か不幸か。今の元親に祭りを楽しむ余裕なんて無い。

「……謙信から連絡受けてるよ」
「…へ?」
「人捜し、だろ」

暗い考えに沈みそうになった元親に含みを持った言葉が投げられる。
何か文句でもあるのかと言いたげに視線を向ければ揶揄するというには程遠い人好きされる笑みがあった。

「なんだ。用意周到じゃねぇか」
「まぁまぁ。連絡を受けたのもあるけど、俺も元親の歌、聞こえたからねぇ」
「……おい」
「俺は昔から耳が良いんだよ」

政宗や謙信のいた街は元親が歌を紡いだ場所から近いといえる距離にはあった。
けれどこの街は些か遠い。
そこまで聞こえる歌だったのか、と驚いて声を上げた元親にさらりとなんてことは無いと言葉が返される。

「でも、元親が…ねぇ」
「何?」
「いや。恋って良いよねぇ」
「……慶次」

愉しそうに隣を歩く男に低く声を掛けても動じる様子は無く、ぱっと明るい笑顔で返される。

「それでさ。早速本題に入ろうか」
「本題?」

返せば「全く何のために此処に来たの?」と逆に咎められる口調で返された。
とすれば自分が人を捜してくると連絡を受けた慶次が言う本題は只一つ。

「……何か手がかりがあるのか?」
「あるよ」
「本当か?」

意を決して言った言葉に対してのさらりとした返答の内容に尚も念を押してきた元親に、困ったように苦笑した慶次が頷く。

「まだ、たぶんこの街にいるよ」
「え」
「人を隠すなら人の中」
「……ああ」
「捜すんなら裏通り。とりあえず地図やるから、俺んちに寄ってけよ」

こっちだと言いながら歩いていく慶次の後姿を追って元親は歩く。
祭りの喧騒は楽しそうで、元親の脇をはしゃぐ子ども数人が駆け抜けていった。
その後姿を見送ってから祭りの騒ぎから遠ざかっていく慶次を追いかける。
祭りは好きだ。楽しむのも好きだが、誰かが楽しんでいる姿を見るのも好きだ。
その気持ちは元親にもあったが前を歩く慶次は、殊それに関しては異常なまでの執着を見せていた。
カナリアの聖地でも底抜けに明るい歌声で歌うから、聞いた人間は思わず笑顔が伝染するように。
かと思ったら切ない恋の歌を歌って少し感慨に耽ってみたり。
慶次はそういうカナリアだ。カナリアの聖地を出て街で暮らす選択をした慶次は、何箇所か点々と回ったようだがこの街が一番居心地がいいらしい。
やがて落ち着いた色合いの建物に辿り着いて、そこで立ち止まった慶次が手招きをした。
此処が彼の家らしい。
元親は招かれるままに足を踏み入れる。

「よっこいしょ…っと。お前が来るっていうからさ。…挙句人探しだろ? だから…地図用意してたんだよ」

そういって投げて寄越されたものを片手で受け取って元親はそれに目を落とす。
何箇所かに赤い印が付けられたそれはこの街の地図のようだった。

「たぶん。いるのはそこらへんだね」
「此処まで調べてくれたってぇのか」
「そりゃ、幼馴染の恋の行方がかかってんなら」

謙信が元親の事情をどのように伝えたのかは分からないが。
慶次はどうやら元親が恋人を追いかけているものと思っているらしい。
恋人なんてものじゃないな、と思いながら元親は苦虫を潰したような表情を浮かべる。
出会ったのは偶然。人の出会いなどそんなものだから、気にしないにしても、自分と元就の関係は恋人ではなかった。
一方的に気にかかっただけのこと。
二度目に会った時に目的地が一緒だから、と行動を共にして…気付いたらずるずると半年の間一緒に居ただけ。
元就が何かを言ったことはなかったし、自分が何かを言ったことも無かったと思う。
否。嗚呼、言った。
確かに「お前が屹度好きなんだ」と言った覚えがある。
その時に困ったように眉間に皺を寄せたので、「そういう意味じゃない」と返しただけだ。

「何考えてんのか分かんないけどさ」

地図に視線を落としたまま、考え込んでしまった元親に慶次が溜息混じりに言う。

「とりあえず、会って話がしたくて追いかけてきたんだろ。だったら、ちゃんと話してこいよ」

後悔しないように。
そう付け足した慶次が少しだけ寂しさを滲ませた笑顔を向ける。

「……謙信からは、そいつが何であるかって聞いたのか」
「調律師?」
「………」
「いや、聞いてないよ。けど、分かったよ」
「…俺は」
「…関係ある?」
「慶次?」
「調律師とかカナリアとか、普通の人間だとか。人を好きになる理由にそれは関係あるか、って訊いたんだ」
「…………いや」
「だろ。なら、いいじゃないか。…元親が好きになった人なら、大丈夫。俺はそう思う」

言い終わるや否や、「さあ」と慶次が地図を持った元親をくるりと反転させて背中を押した。
そして家から追いやるように一緒に出ると、こう告げる。

「俺はこれから祭りに行くから忙しい。…元親はさっさと捜しておいで」
「お前な」
「…そんでふられたら、一緒に馬鹿騒ぎして寂しさなんて紛らわせてやるよ!」

だから行っといで。
そう優しく言った慶次に頷いて元親はとりあえず印の付けられた一箇所に足を向けることにした。
見慣れない街の中だが、事詳細に書かれてある地図のおかげで迷うことは無いだろう。

「ありがとよ」
「…礼なら、後で聞くよ」

そう返した慶次を一度だけ振り返って、元親は今度こそ裏通りに入る道に足を踏み入れた。
怖いと思うよりも、何故だろう。忘れられないと気になる言葉が脳裏から離れない。
「さよなら」と告げた元就は泣いてはいなかったけれど、泣いているかのようだった。





>>創作カナリア設定話。たぶん6話目。
   慶次もカナリア。お祭り大好きは相変わらず。
   慶次で本当に人のことに対しては、察しがいいような気がしてます。すき(いいから)
さやかに衣擦れの音。
癖のない艶やかな黒髪は肩に付く寸前の位置で揺れた。
その髪をさらりとかき上げて、彼女はほうっと息を吐く。澄んだ切れ長の瞳が窓から差し込む陽光に細められた。

「…何を、しているのやら」

ぽつんと呟かれた言葉には何の感情も無い様で。
けれど静かに揺れている。ゆっくりと瞼を落とした彼女が深く息を吸い込む。
紡がれたのは音。優しく寄せて返すような旋律。
外から聞こえていた喧嘩の声が途端吸い込まれるように消えていく。
些か緩慢な動きでベットから抜け出した彼女は淀みない動きで着替え始めた。




* * * * *


「……久しぶりですね」

にこりと笑って出迎えた人物に元親は思わず言葉を失った。
人としての感情の起伏とは少しずれた感性の彼女を忘れるわけがない。
自分よりも幾分も年上のはずの彼女の容姿は、自分が最後に見た頃と余り変わっていない。
言ってしまえば、年齢不詳の域だ。
次期カナリアの聖地の長と呼ばれた彼女は、或る日突然聖地を出て行ってしまった。
恋をしたのだといった。そしてそれを知ってしまったが故に聖地で長としての任には就けそうにない、といった。
あまりにも静かに、少しだけ悲しそうに話すので、何も言わずに頷いた思い出がある。

「……えーっと、謙信? なんであんたがここに」
「おや? 政宗から聞いてきたのでしょう?」
「ああ…。えっと俺の力になってくれる人がいる…って話だった」
「………わたくしだとは言ってなかったということですね?」

心得たとばかりに問うてきた謙信に、一体どういうことだと元親は腑に落ちないままに頷いた。
起き上がって大事無いことを確認した元親は、政宗に礼を言ってとりあえず町を去ろうとした。
それを「まぁ、待てよ」と止めたのは政宗で、挙句事情の説明を何もしない元親に笑顔で「お前、悩んでるんだったらいい事を教えてやる」と言って、この場所を教えたのだ。
なんでも今の自分の力になってくれるだろうとのことだった。
何も話してないのに、ある程度複雑なことになっていると思ってくれたのかと元親は言葉の通りに此処を訪れた。
正直、今の自分はどうしていいか分からない。
あの時、触れた元就が別れを告げて…、そして自分は歌を紡いで、気づいたら政宗の家で介抱されていた。
元就が何処に行ってしまったのか分からない。

「えぇと」
「立ち話もなんです。お入りなさい」

するりと踵を返して建物の内部へと招き入れた謙信に従って元親は大人しく建物の中に入った。
無言のまま廊下を歩き、客間に通される。
そこで漸く振り返った謙信が柔らかな笑みを浮かべた。

「……それで、あなたの用件は?」
「それは」
「…調律師」
「………」
「そうですね。貴方が歌を紡いだのは5日ほど前。…あまりにも害意も何もない歌の割に強い音でした」
「それは政宗も言ってた」
「ええ。だからこそ、政宗はすぐにあの場所に向かい、そこで意識を失っていたあなたを見つけた」

手で備え付けの椅子に座るように促して、謙信は窓の外に視線を向ける。
倣うように窓の外に視線を向けた元親はしかしすぐに視線を落とす。

「音を操られましたね?」
「……なぁ」
「なんです?」
「あれが、音を操ったってことなら…。そしたら…あの時俺の傍にいた人間が…調律師って…そういうことか?」
「……断言は出来ません。けれど、可能性は高い」

謙信の淡々とした言葉にぎゅっと両手を握りこむ。
元就が調律師で、自分がカナリアなのなら、本来二人はどんなことであれ接触もするべきではない。
それを知っていて、それゆえの「さよなら」なのか。

「俺は…」
「不思議なことですが…。あの後、弱かったのですが、違う歌が聞こえました。あれは子守唄でした」

つと視線を元親に向けて謙信が首を傾げる。

「一緒に居た人物。……カナリアではなかったのですか?」
「カナリアなら、聖地で顔見知りのはずだろ? ……大体同じくらいの年頃だと思うし」
「……保護漏れということもありえます」
「けど、音の…紡ぎ方を心得てるようだった」
「元親。分かっていませんね。……まぁ、わたくしも実際会ったことがないのでなんとも言えませんが…調律師はカナリアの音を操り、使役することが出来ても…自らでその音を紡ぐことはできないはずです」
「…え? それじゃ」
「……確かめたわけではないので定かではないですが」

そう付け足して、けれど謙信は問う。

「確かめに追いかけますか?」
「何処に行ったのか分かるのか?」
「…今何処にいるのかは分かりません。けれど、あの後すぐに…東の方に向かっていったのは知れています」
「東…」

確かこの町から東に向かえば、二日で大きな街に着く。
謙信の情報が確かであるのならまだそこに居るかもしれなかった。
木の葉を隠すなら森の中。
人を隠すのなら人ごみの中が良い。

「どうします?」
「とりあえず良く分かんねぇけどそうする」
「…なら、気をつけて」
「ああ」

政宗にもとりあえず東に足を向けることを伝えなければなるまい。
準備もせねばならないと、立ち上がった元親に音もなく近寄った謙信がす、と手を差し出してきた。

「………?」
「おまもりです。持っていきなさい。きっとあなたの役に立ちます」

白い手が渡してきたものはつるりとした空色の玉。
表面に少しだけ刻まれた文様が、玉が光を反射すると絶妙に乱反射を起こして綺麗に見えた。

「いいのか」
「いいですよ」

紐の通されたそれを迷わず首にかけると、謙信が柔らかな笑みを深くした。
そしてその玉を確かめるよう指先で触れ、すぐさまに離す。


「また、困ったことがあったらいつでも立ち寄りなさい」
「ああ」

頷いて迷わず立ち去る後姿を見送って、謙信は先程から浮かべていた笑みを消した。
そしてふうと小さく溜息を吐く。

「何じゃ。溜息なぞ吐いて」
「いえ…。何でもありませぬよ。…少し……。いえ、人を好きになるというのは不思議なものです」
「突然何を言うのかと思うたら」

部屋の奥から声を掛けて来た人物が苦笑を零したので、謙信は振り返った。


「彼は、きっとその者を好いているのですよ」

分かります。

そういった彼女はもう一度柔らかく微笑む。





>>頭が眠くて半分機能してない(待)
   創作カナリア設定話。龍虎は公認恋仲。そしてもう謙信も女の方で。
   これ以上、女にすることはないと思う。しないと思うよ(好き勝手)
   てか謙信は公式でも性別不詳だって思うけどね。

   さてちかたん追いかけろよー…_ノ乙(、ン、)_

「政宗殿…!」

階段を下りきったところで、政宗の姿を見つけた少年とも青年とも取れる男が名を呼び駆け寄ってくる。
それに軽く手を挙げて答えてから、政宗が口を開いた。

「Oh,どうしたんだ? 幸村」
「……えっと、そ、の」

勢い良く名前を呼んでおいて言い淀む幸村に、政宗が少しだけ訝しげに首を傾げた。
拍子に政宗の髪がさらりと揺れる。

「………おッ…、幼馴染み殿は大丈夫でござるか?」

それだけを言うと肩で整わない苦しげな呼吸をしている幸村に、政宗が苦笑する。
政宗の笑みに困ったような表情をした幸村がすっと大きく息を吸って呼吸を整えた。
倣うように政宗も小さく息を吸い込んで、幸村の言葉を待つ。

「……えぇと、一応…ご報告でござる」
「…Why?」
「…あの…政宗殿の幼馴染の…」
「元親?」
「そう。元親殿がいた場所を…もう一度捜索したのでござる」
「……ああ」

幸村の言葉に頷いた政宗の脳裏には、元親が倒れていた場所の光景が蘇る。
政宗がこの町に住み着いた頃には既に無人となっていた、元は小さな村だったという場所。
今もまだ建物は残ってはいるが人の居なくなって久しいあの場所は荒れ放題荒れていた。
到底、普通の人が寄り付くとは思えなかった。
強い、自分にとって聞き間違えない様の無い声。音。紡がれた音に悪意も、害もないのもすぐに知れたが…ならば何故そんなに強い音を紡ぐのか、と政宗は訝しんだ。
深い慟哭があったわけでもない。不思議だが、ただ音が紡がれた…そんな感じだった。
だからこそ、その音の強さは不自然に思えたのだ。
気になって、自分の住んでいる町とさほど距離が無いことを知った政宗は夜だというのも構わず音を辿り、そして倒れていた元親を見つけた。

「……それで?」
「…うむ。それで…なのでござるが」

言葉を切って言い淀む幸村が、少しだけ不安定に肩を揺らした。

「……何も無かったでござる」
「本当に?」
「本当でござる。……元親殿が倒れられていた以外は…、何も代わった所は無かった。寧ろ…、全く人がいた気配も痕跡もござらん。何故、元親殿があそこに居たのか…その方が不自然なほどに」
「……ふぅん。……ま、不自然は…既に不自然なんだけどな」
「……? それはどういう?」
「いや、何でもねぇよ」

聞き返してきた幸村にひらりと掌を振って政宗は答えをはぐらかす。
それに不機嫌になることもなく、気遣わしげな視線を幸村は先程政宗が降りてきた階段の先に向けた。
視線の先には、元親が休んでいる部屋がある。

「とりあえずあいつに何か食わしてやらねぇと…」
「あ…! ずっと寝ていたからお腹が減ったでござるか?」
「たぶん減ってるだろうな」

溜息一つと一緒に言うなり政宗は歩き出す。
勿論、台所の方に向けて…だ。
何を考えたとしても今は分からず、当の本人が話す気が無いのなら…無理に探る必要もあるまい。
話す気になったのなら、話してくれるだろう。
元親は無理に隠し立てをするような性格ではない。
それはカナリアの聖地で一緒に過ごした年月で良く知っていることだった。

「幸村…、それよりもいいのか?」
「ん? 何でござるか」
「…お前の町に帰らなくて…、だよ。お前のお館さまとやらが心配すんじゃねぇのか?」
「お気遣いはご無用…! ちゃんと政宗殿のお手伝いに行く、と言ってきたでござる」
「…あ、そ」
「それに。謙信殿からも…頼まれたのでござる」
「…What?」

思わず訊き返した政宗に幸村が言い辛そうに視線を彷徨わせた。
謙信とは幸村がお世話になっているお館さま…と呼ばれる人物と恋仲の人物だ。
政宗と幸村は川を挟んで両岸にある町に住んでいる。
橋を渡ればすぐに相手側の町に入るし、互いの町の仲も悪くは無いので…言ってしまえば一つの町にだって勘違いされそうな所だ。
だからこそこうやって幸村とも交流があるともいえるのだが。

「謙信殿が…あそこで…あのように……カナリアが歌を歌うのは…おかしなこと、と」
「……なるほどな」
「政宗殿?」
「そりゃ、そうか。…んで、それ以外に何か言ってたか?」
「えぇと…。……特には何も」
「そうか」

辿り着いた台所の扉を開けてやれやれと大仰に政宗が肩を竦めて見せた。

「幸村。…お前、とりあえず今日はどうする?」
「政宗殿にちゃんとご報告したからそろそろ帰ろうかと」
「だったら…、謙信に伝えてくれないか」
「……謙信殿に? 何でござる?」
「…”あんたにとりあえず頼るカナリア一人連れて行くことになるかもしれん”ってな」
「……? 了解でござる」
「頼んだぜ」

頷いた幸村を見届けて政宗は迷うことなく廊下に幸村を取り残して台所の扉を閉めた。
幸村は料理が壊滅的であるので、台所に入れたら惨劇が起こるのは間違いない。
手ごろな鍋を火にかけて、政宗は息を吐き出した。
聖地で見かけた幼馴染の姿と違う…今の影を背負ったような表情が何だか引っ掛かる。
そうは思うのに訊くのは躊躇われて、結局自分は相手の行動待ちなのだ…と気付かされて振り切るようにもう一度溜息をついた。





>>創作カナリア設定話。
   なんか幸村って書きづらいな。参ったな…(苦笑)
   謙信様よりも実は信幸がキーパーソンって感じかも、ね(何

夜風がはたりと裾をはためかせ、きちんと切り揃えられた色素の薄い茶の髪を弄う。
風が強く吹けば細いその身体はいとも容易く吹き飛ばされてしまいそうなほど頼りない。
一言も発せず黙したまま、自分の掌に視線を落とした元就の背後…、溜息一つを吐き立ち上がる気配があった。

「……だから言ったんですよ」

昏い色を含んだ声が少しだけ咎めるように掛けられる。
微かな月明かりを冴えるほど反射させる癖のない銀糸の髪は肩よりも下まで伸ばされている。
声と同様に昏い色を含んだ瞳が、けれども穏やかに細められた。
肩越しに振り返って一瞥した元就がまた自分の掌に視線を落とすのを見て、彼は大仰に溜息を吐いた。

「…分かっていたのだと思っていました」
「……分かっていた」
「では、どうしたっていうんです? その為体は」

さらりと問われて知らずに元就は唇を噛む。
何がどうしたというのだ。…いや、自分がおかしいことなどは知っている。
どうしてこうなったのかを考えて、さして理由は思い浮かばず首を振ろうと……いや、思い当たる。
振り返って視界に映り込んだ銀糸に、少し癖のある…それより明るい、けれど涼やかな銀髪が重なった。
深淵を連想させる彼の瞳と違い、晴れた日の穏やかな海の色を写し取ったような瞳と晴れやかな笑顔。
少し無遠慮に名を呼ぶ声。粗忽そうに見えて案外繊細で器用な手。
そして何より、音。

「………っ」

其処まで思い出して堪えきれなくなったか、小さく声にもならない声を上げそうになるのを寸前で飲み込んだ元就が俯く。
おやおや、と驚いたのかそうでないのか分からない声が頭上から降ってきた。
自分よりも幾分も背の高い彼がそっと俯いた元就の頭に触れてあやすように撫でる。

「…分かってたでしょうに」
「分かっている…ッ」
「それでは、何故近づいたのです?」
「…そ、れ…は」

呆然と問われた言葉に元就が顔を上げた。
琥珀の瞳が頼りなげに揺れたが、すっと息を吸った後には揺らぎは見えない。

「分からぬ」
「元就…、私は言ったはずです」
「…貴様に言われなくとも分かっている」
「分かってたら…どうして」

もう一度俯こうとした元就の顎を取って上向かせた男が、静かな声でもう一度どうして、と問うた。
そんなことは、知らぬ。
言いたくて、出掛かった言葉はしかし喉に引っ掛かる様にして結局飲み込まれる。

「私たちは、調律師なんですよ」
「……」
「今、この時間に、貴方と私…、たった二人しか居ない。カナリアの奇跡の音を唯一使役できる、カナリアよりも稀有な存在」

分かっている、と呟くよりも先に男が言葉を続ける。

「だからこそ、私たちは…カナリアに…疎まれて。音に触れることが出来るのに、それさえも許されない。ただ、疎まれるだけの存在だ」
「…光秀」
「ねぇ、知っていたでしょう? …カナリアである彼が…貴女が調律師だと知ったら…、もう傍にいられないのは」
「……光秀、我は…」
「だというのに」
「我は、正体が知れる前に…。……そうなるからこそ、そうなる前に……あやつの元を離れたのだ」

苦しそうに絞り出された声に、不思議そうに光秀は首を傾げた。

「おや? その様子ですから…てっきり」
「……何だ」
「…如何でもいいですが、一ついいですか?」

知らずに眉間に皺を寄せた元就に気付いて、眉間を軽く指でつつくと光秀が自分よりも幾分も身長の低い元就の表情を覗き込むように背を屈めた。

「そのカナリアが…、好きだったのですか?」
「そんなわけが無いだろう」
「もし…そうなる前に…と思って離れたというなら懸命です…と言ってあげたいところですが…」
「…………?」
「貴女、もう手遅れですよ」
「……なっ」
「…手遅れです」

真剣な様子で宣言のように告げると光秀が屈めていた姿勢を正した。
そうしてしまえば彼の顔は元就のそれよりも高い位置にある。
反論しかけて結局は口を閉ざした元就が、唇を噛む。
少し強く噛みすぎたか、鉄錆に似た血の味が口内に広がって眉の皺を更に深くした。
くるりと光秀に背を向ければ、夜闇の先に仄かに街明かりがちらちらと見える。
ぼんやりとその灯りを眺めてまた元就は自らの手に視線を落とした。


どうしてだろうか。
自分から振り切るように、一方的に別れを告げてきたというのに。
今までやろうともしなかった、使ってしまえば自分の存在が何であるか分かってしまうから…やれなかった音の使役までして、自ら彼の目の前から去ったというのに。
触れてきてくれた温もりと、声と、存在と…。

それがいつまでも経っても消えない。


「……我は、一体どうしたら良かったと言うのだ」

ぎゅっと掌を握りこんだ元就への答えは今は無かった。




>>創作カナリア設定話。
   光秀は、元就とは昔というか前からの知り合い。
   世界に同時に2人存在していたら多いといわれる調律師。
   元就と光秀が調律師。二人だけ、の調律師。
   そして光秀の方が元就よりも、年上な感じで。
   光秀出てきたので、そろそろ…捏造信幸出てくるかもしれません。

   あ。そして睦月さんの意見も考慮しつつ。元就も女の子です。

カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
忍者ブログ [PR]