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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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誰か、誰か、誰か、助けて下さい。
崩れた建物に下敷きにされた女が掠れた声で言う。戦火に包まれた町は混乱に満ち、誰の耳にも声は届いていなかった。
必死で中に手を伸ばそうとする女が、ああ、誰かともう一度だけ言う。

――誰かこの子を助けて下さい。

瓦礫から庇うようにして抱かれた赤子を見下ろして女は絶望を浮かべる。
悲しいことに誰も女の声を聞き止めない。もうきっとこの子も助からない。
まだ産まれたばかりなのに。
まだ楽しみも喜びも、幸せも何も知らないというのに。
女は胸中に渦巻く言葉全てを飲み込んで、たった一つの言葉だけを繰り返した。
”助けて下さい”
朦朧とする意識の中、瓦礫に挟まれた女はそういえば痛みは何も感じないと思う。ただ寒く、ゆったりと暗い闇に沈むようだと思った。
赤子を抱き留めた腕の感覚も喪われ、このまま二人死に行くしかないのかと涙を零す。
そんな中、声が聞こえた。
大丈夫かと問われる声に頷くのではなく、なけなしの力を振り絞って赤子を抱いていた腕を声の主に差し出す。
どうか、この子を助けて下さい。
何度も繰り返した言葉に明確に答えが返ったのは、これが初めてだった。女の震える腕から赤子を受け取った男が頷いて「任せてくれ」というのを女は笑いながら、涙を零しながら聞いた。

――もう大丈夫。

そう思った瞬間、闇に落ちていく意識の中でむずがった赤子の声が聞こえ、あやすように大丈夫よという。もう既に身体は動かなかった。
女の意識はそこで途絶えてしまった。
息絶えた女の亡骸の手をゆったりと下ろしてやった男が、何とかどかした瓦礫を支えにして立ち上がる。
しっかりと抱き留めた赤子は母親の異変を察したのだろう、今まで大人しかったというのに泣きじゃくっている。よしよしと腕を揺すってあやせば僅かに泣き声は大人しくなった。
町のあちこちで火の手が上がっている。逃げ惑う住人を目の端で捉えながら男もまた片腕に赤子を抱き、もう片方の手に小さく纏めた荷物を持って歩き出した。
逃げ惑う人々の悲鳴や怒号が遠くに聞こえる。
だが瓦礫から半分身体を横たえた女にはもう聞こえては居なかった。
ただ表情は怯えや憎しみ、怒りで醜く歪んだものではなく、不思議な穏やかさでもって目蓋を閉ざしている。

『――其処に物語は、在るの、』

殆ど人の気配の無くなった瓦礫の山に小さく降り立つ影が、その女を覗き込む。
紫水晶に似た菫色にも似た瞳が瞬き、癖のない漆黒の髪が突然吹いた風に煽られて舞った。端整な顔立ちの少年は女の傍らに膝をつき、手を伸ばす。
ひやりと既に温度を失い始めた女に何の感慨も持たぬ瞳を向け、そっと顔に掛かった髪を払う。
力尽きた女の焔の残滓を少年は片手に握り込んだ。
土と埃で汚れた様相の住人達が数人、瓦礫と、残された女と、その傍らにいる少年の前を通り過ぎる。
彼らが過ぎ去った先を見遣った少年の首もとでゆるく結ばれたリボンが解けかかり風に攫われた。
瞳に合わせたような紫色のリボンが宙に舞うのを目で追い、手を伸ばしかけたところで自身の手は既に空いてないことを思い出した少年が肩を竦める。
主人の手で結んで貰ったリボンだった。気に入っていたのだが仕方ない。
また出会えた時に新しいものを用意して貰おう。
体重を感じさせない足取りで不安定な瓦礫を移動しながら、少年は既に人の住めなくなった町を見渡す。
昨晩までは各家に明かりが灯り穏やかな生活が息づいていた場所だったのに、呆気ないものだ。
戦争が地平を駆けるのだから仕方ないと言い切ればそれまで。
だとしても本当に儚く脆い営みに少年は知らずに眉を寄せる。
握りしめた焔の残滓を、先程見つけた女の物語を、少年はそっとしまい込んだ。
この焔は女自身、そして関わってきたもの、全てを十分に内包した、謂わば女の一生そのものだ。
最期に一際輝いた、その煌めきに魅せられ、地平を見渡していた少年はこの場所に降り立ったに過ぎない。
とんと瓦礫の山を登りながら、ついに頂にまで来た少年はつま先を蹴った。
ふわりと階段を上るような仕種で宙を歩いていく。先程降り立った町のあちこちで煙が上っている。
ここにまた暖かな明かりが灯る日は来るのだろうか。
人ではない少年にとっては分からないが、ふと微かにまた焔の煌めきを見つけてそちらに視線をやった。
赤子が泣いている。先程、女が今際に赤の他人に預けた子供がほとほと困った様相の男にあやされながら、泣いている。

「……そうか。お前が、物語を続けるんだな」

遠く泣き声を聞きながら少年が呟いた。
女が命がけで守った命が、死を抱く地平の中で焔を宿し先を紡いでいく。
そっと菫色の瞳を伏せて少年が嘯く。

――其処に物語はあるのだろうか。


それは嘗て主人が言った言葉。
生と死の狭間、朝と夜の合間、光と闇の境界で待つたった一人の主人。
紫陽花の人形は朝を、芽吹く命を、司る光を。菫の人形は夜を、沈み往く命を、司る闇を。
死を抱き生を赦す地平に、主人の求める光と闇の物語を探しに出たのはもういつのことだったろうか。
最後に抱き締め、優しく髪を梳き「往っておいで」と送り出した主人を忘れたことは一度もない。
産まれる前に死ぬ運命に囚われ、地平に産まれるに至る物語を探す人。冬の冠詞を頂いた、自分たちにとって絶対の人。
地平の彼方でまた対となる紫陽花もまた探しているだろう。
彼が産まれる為の物語を。光と闇の物語を。
見下ろした地平に幾つかの祈りの歌が聞こえた気がして、少年は瞳を閉じる。


>>Romanパロ。冬=レイヴン、紫陽花=フレン、菫=ユーリ。

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最悪だ。どうしてこうも見抜かれてしまったのか分からないが、最悪だ。
いつも避難場所にしている屋上は避けて新校舎裏にわざわざ足を運んだというのに、折り目正しく制服を着込んだ幼馴染みが満面の笑顔で待ち構えているという事態にユーリは小さく舌打ちをした。
僅かに幼馴染みの整った眉が上がる。
「……ユーリ、逃げ切れるとでも思ったのかい?」
「フレン。お前、相当暇だなぁ」
強い口調で問う相手に対しユーリは肩を竦める。
生徒会長なんて忙しい立場にありながら、自分一人の為にわざわざ用もないこんな所にまで足を運んだらしいフレンに対しては尤もな言葉だと思った。
なのに相手は溜息を一つ。
まるでユーリが悪いとばかりに首を振って、
「暇なわけがないだろう。君が捕まらないから、僕が来たんだよ」
そんなことを言う。
陽に透ける淡い金の髪を揺らして、空や海に似た瞳が僅かに細められた。

―ああ、これは相当怒ってる。

そう分かりはしても、特段相手を困らせたつもりも、困った事実もあったようには思えない。
だから笑った。
「あのなぁ、オレ一人なんかに構ってないで会長様は生徒会の仕事でもしてろよ」
「これも生徒会の仕事の一環だから」
さらりと流されて、笑みを浮かべるのに決して笑ってない幼馴染みの顔を見詰める。
このまま大人しく連れて行かれなければ、たぶん拳の一つや二つは貰うんだろうと予測した。
金髪碧眼の優男風の外見にそぐわずフレンは喧嘩が強い。殴り合いに喧嘩が発展して負けることだって多々あった。
「……お前ね」
相手の実力が分かっているからこそユーリは手を出す喧嘩にまでしたくないのだ。自分も痛いが、相手だって決して無傷ではなくなる。
教師達の受けが良いフレンでも怪我をするほどの喧嘩をすれば、流石に何かしら咎められてしまうだろう。
溜息を吐くユーリの心情を知ってか知らずか、伸びてきた腕がユーリのだらしなく制服を捲った腕を掴んだ。
ぐっと強く握られ、距離を詰められ、真正面で有無を言わさぬ口調で笑われてしまえばユーリは何も言えない。
「今日はユーリの負けだよ。大人しくして?」
なんで、オレとこいつは幼馴染みで、挙げ句親友なんだろう。
内心毒づいてユーリはお返しとばかりに親友の眼鏡を奪い取った。
僅かに眩しさが変わったのか瞳を瞬かせる幼馴染みは一瞬視線を落とした後、掴んだ腕はそのまま歩き出す。
全て打ち合わせたかのようだった。
「説教は手短にしてくれよ? 退屈だと眠くなっちまうんだよ」
「どうだろう。君が少しでも反省して、問題を起こさなくなったら考える」
奪った眼鏡が邪魔で気まぐれに掛けたユーリには、僅かに度の入ったレンズ越しに見えた世界が酷く歪んで見えた。


>>学パロフレユリ。眠さのせいでよく分かりません^q^

同じ顔をしていたから、だから気持ち悪いと思う前に嫌悪感が来た。暗い、底の知れない瞳を自分のものだと思いたくなかった。
だからこそぶらりと利き手に握られていた剣を見ようとはしなかった。そこを流れ落ちる血液を見ないことにしようとした。
お前はオレで。オレはお前。
そういわれる言葉を否定するために首を振るのは簡単だった。
違う違う、お前とオレは違う。違う違う。
だって、知らない。そんな風に躊躇いも無く人を切り捨てるなんて、そんな馬鹿なこと。

「出来るんだよ、お前は」

だってオレが出来るんだから。
目の前で、腰にまで届く漆黒の癖の無い髪を揺らして笑う、とても自分によく似た男の、その表情に目眩がした。
それが最初で、その後からは酷く疲弊した頃に男は自分の前に現れた。

しかし、それも今日で終わるのだろうな、と思う。

自分の判断だけで人に手を掛けた自分は、きっとあの時の男と同じ表情をしているのだろう。
忠告だったのかもしれないとさえ思えるのに、選び取った選択肢を間違いとは思えない。思いたくも無い。
思えば後悔するということになる。思ってはいけない。思うことは自分を壊すことに他ならない。
だから、ふらりと夜の街の闇に紛れるようにゆっくり歩いてきた人影に、その男が浮かべる表情がたぶん今の自分と寸分違わない事に、笑いがこみ上げた。
「馬鹿だな」
建物の影から歩み出てきた男が言う。冷めた声ではなく、酷く温度を保った声だ。
見詰めてくる瞳も暗さだけを湛えるのではなく、どこか凪いだ静けさで、自分を映す。
手にしていた得物の柄を差し出して、男は言う。
「何も、こっちに来ることは無かった」
差し出された柄に手を掛けて、相手の手に鞘を残したまま引き抜く。やけに馴染む得物だと思った。
それもそうかと納得する前に口から言葉が滑り落ちる。

「そんなの無理だろ? オレはお前なんだから」

妙に納得し切った声音に自分でさえ可笑しくて笑えば、顔を上げた男が困ったように笑う。
背格好も顔も、背中を滑り落ちる漆黒の髪も、同一。
声もたぶん同じ。そんな男と自分は向かい合って、違う笑みを浮かべる。
「そうだったな」
落ち着き払った男が頷き、利き手に持った得物を引き寄せるように腕を引いた。刃が触れて相手を傷つけると思った瞬間、男の腕が背中に回る。
抱きしめられたのだと認識するより先に埋められた刃の先が見えた気がした。
「……どうして?」
掠れた声は自分のもので、抱きしめられたまま男の身体に埋められた刃を引こうとしてその手を捕まれ阻まれる。
軽い力でぽんと肩に手を置かれ、ゆっくりと離れていく距離と鈍い感触で抜けた刃を滴り落ちる血液にくらりとした。
平気そうな顔で、それでも笑う男は、「覚えておけよ」と一言だけ言う。
「お前は、それでも道を踏み外すな」
戻れなくなるからと囁くように耳元に吹き込まれ、僅かに身を震わせれば小さく笑い声が耳を掠めた。
流れる血液は既に感触としても無く、手に合った得物をするりと奪い取って男が一歩後ろへと距離を置く。
手から抜けた感覚に視線を落とした瞬間、別れの言葉を聴いた気がした。顔を上げれば、そこに男の姿はない。ただ、残ったのは男を刃で貫いた生々しい感触だけで。
利き手を乱暴に掴んだ際に重なった体温が、溶けたように思い出せないのは、それが幻ではない幻像を結んでいた証拠なのかもしれない。


>>感じをつかみたかったゆりゆり。こういうのが好きみたいだね、私は。

それは多大な見栄だったのだと言わざるを得ない。嘗ての自分に対して。
しかし過去の言葉は結局目的となったのだと、小箱を掌で転がしながらフレンは窓の外を眺めやった。
新しく挿げ替えられた徽章を眺めて、代行を務めてきたとはいえ実感が沸かないと苦笑する。
正式に騎士団を統べる団長として皇帝陛下から任命を受けたのは先刻。傅いた先で穏やかな声音が最後に労った言葉で漸く現実なのだと実感した。
綺麗に片付けられた執務室の、埃一つない机の上に手をついて、思案する。
ころりと手の中で箱がまた転がり、それはいつかの自分が欲しがった一つだなと気付いた。
今でさえ歳若いと言われてはいるがあの頃の自分は歳若いというよりは、まだまだ子どもだったのだろう。
その分、何事でさえも出来そうな気がしていたとは思う。思うが理想と現実は随分とかけ離れていた。
故に苦しんだのは確かで、その分無我夢中であったから、気付けばここまで来ていたと言う気はする。
ただその間に変わったものも多少はあったという認識もフレンには在った。
転がすのを止め緩く握った小箱には、一つの約束が詰まっている。たぶん相手は忘れてしまっているような、そんな幼稚な約束だ。
何をするのにも一緒。そういう風に言えば語弊が出る。
ただ互いに意思を持って一緒に居るのが当たり前だった幼馴染と、騎士団の門を叩いたのはそう昔では無かった筈だ。
二人で世の中を変えようと誓い合ったのはもう少し前だったかもしれない。
一緒に、と言った。それは当時は隣に幼馴染がいることだと思っていた。
単純な子どもは一緒の道を進む事が、全てだと思っていた。
変わったのは何も周りだけでなく、自分の認識も含まれている。
もしかしたら覚えているかもしれない約束を、幼馴染はどう思うだろう。あの頃とは大分形が変わってしまったとは思うけれど。
「ソディア」
隣の部屋に控えている副官を呼ぶと控えめに応えがある。
騎士団長という肩書きを背負えば、立場が付いて回る事になり、今までのようには動けない。
既に拝命をしたのだから本来なら弁えなければならないが、今日だけは見逃してもらうつもりだった。
「少し出かけてくる」
「……はい。お気をつけて」
護衛を付けろ、と副官は言わなかった。短く簡潔に身を案じる言葉だけを寄越し何も言わない彼女にフレンは頭を下げる。
「ありがとう」
「夜までには戻ってください。それと」
謝辞に僅かに惑う声が帰り、扉越しに少しだけ力が抜かれた進言が続いた。
「明日からはちゃんと護衛をつけて貰いますから」


***


一緒にこの世界を変えよう。
そう言って幼馴染と約束を交わした。実際世界を変えるなどというのは難しく、問題は山積している。
結局は延長線で存在する世界をがらりと全て変えられるわけはない。少しずつ問題を片付けて進むしかなかった。
騎士団に入ってから自分の手の届く範囲、出来る事、なるべく取り落とさぬようにこなしていくのに精一杯で、気付けば、騎士団の腐った実態に幼馴染が辟易して出て行くことさえ止める事が出来なかった。
何をするにしても自分には敵わないと笑っていたが、決してそうではなかったと思う。
規則に対して緩かったし、組織として働くには奔放な性格過ぎる。
けれど、自分には無かった絶妙なバランス感覚の良さや器用さは、正直羨ましくもあり素直に敵わないと認める部分でもあった。
信頼していたからこそ、共に世界を変える約束を、騎士団で同じ道を目指す事によって、夢を支える事によって叶えるのだと思っていた。
「けど、違ったね」
下町の広場に位置する水道魔導器に寄りかかっている見慣れた背中を見つけて、フレンは一人ごちる。
街角のあちらこちらで夕餉の香りが漂っていた。陽も既に暮れかけている。
ああ、色は大分違うけれど、同じ理想を追いかけるのに必要なのが一緒の道を行く事だけではないと、認めた日と同じ空だと思った。
漆黒の癖の無い髪に、合わせたかのように黒で統一された服装で幼馴染はその空を仰いでいた。
風が路地を吹き、僅かに掛かった髪を払い、肩越しに振り返って笑う。
「よぉ、フレン」
本当に距離も時間も何も感じさせない気軽さで挨拶を寄越す幼馴染にフレンは苦笑する。
「どうしたんだよ? 良いのか? 一人で」
「今日だけはね、許して貰ったんだ」
「よく許して貰った、」
「約束を果たしたいんだってお願いしたら、許して貰ったよ」
その言葉にユーリが首を傾げる。
記憶を攫うように視線を彷徨わせて、困ったように微かに笑った。
思い出せなかったわけではなく思い出した上での、笑みなのだと直ぐに分かる。記憶から探し出せなければ眉間に皺を寄せるだけだったろう。
「フレン。悪ぃけどそれは」
「”君と僕、どちらかが騎士団の上に登り詰めたら、そうしたらずっと一緒にいよう。”
 確かにその約束は無理だけど、でもその後もう一度約束しただろう? それなら一緒だっていう証くらいはって」
同性同士で、手の中にあるものが意味を為さないのは良く分かっている。
溜息を吐いたユーリが「それで」と聞き返した。視線を手の中の小箱に落としたのにつられてユーリの視線も小箱に移る。
木製の全く装飾の無い箱は実によく自分達に合ってると思う。中身は別として。
「受け取ってくれる?」
中身がしっかり見えるよう目線に合わせて差し出し開けた箱に、ここ数年は見ていない驚きに目を丸くした表情を見せてユーリは固まった。
人が集まる広場には、みな夕飯の為に帰路についてしまった為、自分達以外の姿はない。
数秒。
じっと小箱の中身に注がれる視線は瞬き一つもしない。
「……指輪」
やがて小さく呟かれた声は、誰も居ない広場でも紛れてしまうくらい小さなものだった。
「大丈夫。つけても気にならないように、極力装飾は控えてあるから」
幼馴染が手を伸ばすのをためらっている理由がわかっているにも関わらず、わざとそんな見当はずれなことを言う。
この様な駆け引きめいたやりとりが出来るようになったのも、既に自分たちが昔のままではいられないことの象徴なのだろう。
しかし、だからこそどうしてもこの指輪をユーリに受け取って貰いたかった。いや、受け取って貰わなければ困るのだ。
「なぁ、フレン。俺は、」
「ちょっと待って。僕に先に言わせて」
ユーリが何か言いだそうとするのを事前に遮る。こうでもしないと、この幼馴染は一人で出した結論に勝手に納得し、決して自分の意見を聞かないだろうから。
この機会を逃してしまえば、幼き日の約束が果たされる時は永遠にこないだろう。
これまでに戦ってきた、どんな強敵と相対していた時よりも遥かに緊張している。そんな自分を落ち着かせるようにフレンはもう一度手の中の小箱を握り締め、真っすぐユーリを見据えた。
「君は、僕が何でも一人で出来る人間だと思っているのかもしれないけど、それは違う」
騎士団に入ったのも、平等な世界を作ろうと思ったのも、全部ユーリがいたから。二人で約束したハズなのにこの幼馴染は、それをちゃんと理解していない。もしもユーリが“いなかった”としても、フレンがこの道を歩んでいただろうと考えている節がある。そんなこと、あるはずがないのに。
「君が、僕を支えてくれているから、今の僕があるんだ。君の存在があるからこそ、僕は今の道を歩いて行ける」
君も同じじゃないのか?と、問いかける。何も知らない人からすれば随分と図々しい質問に聞こえるかもしれない。しかしフレンはユーリにとっての自分の存在が、どれほど大きな影響力を持っているのか正しくわかっていた。自惚れではなく。
「昔は、同じ道を同じように目指すことで、ずっと支え合って一緒にいられると思っていた」
しかし、道を違えたことによって気付いた。自分たちは、たとえ別々の道を歩んでいようともどこかで――そう、一番深い部分で通じているのだと。まるで、光と影のように、どこまでも、確かに繋がっている。
「でも、離れようとしたって無駄なんだ。だって僕たちは、二人で一つなんだから」

――だからユーリ。君もいい加減に諦めてよ。

手を汚してしまったから、自分はフレンにふさわしくないなんて。そんな理由で一緒にいられないなんて絶対に認めない。この唯一無二の存在を、離してなるものか。

しばらく黙って聞いていたユーリだが、段々とその緊張がほぐれていくのが感じられる。どこか呆けたような、成るべくしてなった結果に安堵するような、何とも言えない表情をしていた。
「お前、どんだけ自信家なんだよ」
その声が、微かに震えているのをフレンは聞き逃さなかった。どんなに強がっていても、やはりお互いに離れることなど一生出来そうにない。
そっとユーリの手を取り無言で小箱を押しつける。ユーリも今度は拒否するようなしぐさを見せなかった。その手にしっかりと握らせて、フレンはゆっくりと手を離す。
目線で箱を開けるように促すと、ユーリは大人しくそれに従った。そこから現れたのは、質素な箱に不似合いなシンプルであるがそれなりに高価なものであるとわかる指輪。
「ははっ、なんだよこれ。噂の給料三ヶ月分ってやつ?」
「……どうかな?まぁそこそこ頑張ったつもりではいるよ」
「俺なんかの為にここまでして……お前も大概馬鹿だよなぁ」
俺も人の事言えないけど、と呟くユーリに、指輪はめてあげようか?と問いかける。ユーリのことだから、断られるだろうと思いつつもからかいの意味を込めての発言だったのだが、予想とは裏腹に返ってきた答えは是だった。
「これつけて、俺がお前から離れるなんてこと考えないようにしっかり見張ってろよ」
「君ってやつは…さっきまでと随分調子が違うよね」
「腹ぁ括ったから、な」
そういって手を差し出すユーリの薬指へと、ゆっくりと指輪をはめていく。聞いたことがあるわけでもないのに、サイズもぴったりで少しだけユーリが呆れたような顔をしたが気にしない。完全にユーリの薬指へと収まったその指輪は、日の光を浴びてか先ほどよりも輝いて見えた。その手を空へかざし、眩しそうに目を細めながらユーリが呟く。
「しっかし、これ、こっ恥ずかしいな……」
「僕もしているよ、お揃いだね」
ほら、といつもつけている篭手を外し、素手を露出させる。その薬指にはユーリに贈ったものと同じタイプの指輪がはめられていた。それをみてユーリが再び溜息をつく。
「お前、これから騎士団長になるってのにそんなのしてていいのかよ」
「ん?そうだね。折角騎士団長になるんだし、いつか同性でも結婚出来るように法を作りかえる努力とか、してみようか?」
そういうと、ユーリが嫌そうに顔をしかめる。お前が言うと洒落にならない、と。全く冗談のつもりなどないが、ここは深く言及しない方がよいかと笑って流しておいた。ある日、突然プロポーズして驚かせるのも悪くないかもしれない。などと考えていることをもちろんユーリは知らない。

「ね、ユーリ」

これからもずっと一緒にいてね。

その言葉に、ユーリはどこか泣きそうな表情をしながらも、それは幸せそうに頷いた。

幼き日の約束。もう果たせないと思ったこともあったけれど、それでもいつかは叶うと信じて片割れと精一杯支え合って生きてきた。それが、僕らの選んだ道。



>>前半くま。後半れあさん。の合作。……ちょっとだけ所用に載せておきます。


くるしい、苦しい。呼吸が止まりそうになると、眩暈を覚えた先で陽光を溶かしたみたいな見慣れた色が視界に飛び込んだ。
そっと伸ばされた手が汗で貼り付いた髪の毛を払うのと同時に、優しげで酷薄な問いの言葉を寄越す。
慣れてしまった言葉にまた相手も慣れてしまっているのだろう。反応を含めて何もかも。
だから問いというより、確認というより、言葉は独白に近い。

「……大丈夫だよね? ユーリ」

此処まで優しく、そして此処まで突き放した言葉を知らない。自分はこれ以外に知らない。
霞む視界で見上げた先、想像通り幼馴染みは笑っていた。
それがいつからか、二人の習慣だった。


**

いつから変に心臓が軋むようになったのかは知らないが、貧しい生活の中で酷く心配され金を工面して看て貰った医者の見解では身体に全く異常は見当たらないというもので、藪医者と罵る前に医者自身が不思議そうに首を傾げたのを覚えている。
特段支障はないらしいと結論付けても、厄介なことに発作的に、動悸、呼吸の乱れと、それに伴う痛みは襲った。
一時的なものだったので黙って大人しくしていれば治る。
異常もないので特効薬があるわけでもない。
命の危険はないが、でも逆に現状解決の方法もないというのが困り種だった。
運動にも支障はない。心臓自体に欠陥も異常もないのだから当たり前と言えば当たり前。
おかげで何事もなく剣を振るうことも、旅をすることも出来るのだが、突然襲う発作とも言える症状だけが厄介だった。
前触れはほぼ無い。ただ突然訪れる痛みや苦しみに酷い時には意識さえ持って行かれそうになってしまう。
子供の頃ほど症状は現れなくなったが、逆に痛みは増したようにも思えた。
砂漠の街に用があり、気温の差が激しいこの地域を最初に訪れた際には酷く注意をしたものだが、何も症状は現れなかったので油断していたらしい。
夜になり涼まった食堂で夕飯を摂っていた時、不自然に動悸が乱れた。
急激な変化ではなく予兆を伴うのは珍しいが手にしていたスプーンが揺れる。落とすな、と思った瞬間、滑り落とした。
「どうしたんです、具合でも、」
すぐに寄越された言葉はエステルだったが、心配ないと手を挙げる。
答えようにも言葉を発した時点でいつものようにはいかず、逆に心配を掛けるに決まっている。そう思って声は上げない。
酷く苦しい。とりあえず今のところ動ける内に部屋に戻って横になってしまうのが一番だと、席を立つ。
ふらりともたついた身体を横から遠慮もなく掴み上げられ、僅かに狭まった視界でフレンの姿が映り込む。
「エステリーゼ様、ユーリは大丈夫です。少し疲れてるだけでしょう」
「でも、」
「大丈夫です。僕が、部屋まで連れて行きますから」
顔は見えないがきっと一分の隙もない笑顔を浮かべているに決まってる。
おどおどと視線を彷徨わせたエステルと視線が合い、僅かに頷いて見せた。未だ納得はしていなかったようだが、フレンの隙もない対応にこれ以上何を言っても無駄と知ったのだろう、「ゆっくり休んで下さいね」とだけ小さく言葉を寄越される。
それにも頷くしかない。
無遠慮に掴まれた腕は痛かったが、それよりも心臓が規則正しく動いていない、それが聴覚さえも支配したようだ。
引き摺られていくようにベッドまで誘導され腕が放される。突然のことに姿勢は保てなかった。
ぐらりと傾いだ隙を見逃さずフレンの腕が伸びてきて、肩を押す。簡単にベッドの上に落ちる事になった自分を見下ろして、幼馴染みは隣のベッドに腰を下ろした。
些か乱暴な扱いを非難する余裕もない。
ただ苦しい。
「ユーリ」
なのに、本当に嫌になるくらい涼やかな声でフレンは名を呼んだ。
「……な、」
ふっと息を継ぐ間に声を出そうとしたが、自分の声にしては掠れて情けない弱々しさで小さく悲鳴じみた声がどこか遠い。
見下ろしてくる蒼い瞳が緩慢に細められる。
「大丈夫かい?」
大丈夫ならとっくに文句の一つも言っている。分かってる癖に、と悪態を付くことさえままならない。
言葉を言う為に開いた唇は無意識に呼吸を楽にしたいのか、下手くそな呼吸を繰り返し、小さく息だけが漏れた。
痛いのがどこなのか分からない。鼓動が五月蝿い。耳の傍に心臓が移動してきたような聴覚への支配も治まらない。
堪えきれず目を瞑った先で、少しだけましになった耳が落ち着き払った幼馴染みの声を拾った。
「ユーリのそれ、遺伝性らしいよね」
何を言う。
「子供の頃、一度だけ心配されて医者に診て貰ったこと有るじゃないか。それに、騎士団に入った時も」
幼い時のことは覚えている。時折胸を掴んで蹲る自分を心配した周りの大人達が、大した余裕もない癖に金を集めて医者に見て貰ったのだ。
原因は結局分からず命に別状は無いと言われ、一過性の症状なら構わないと思った。
けれど騎士団に入った時と幼馴染みのいうそれに心当たりはない。
「覚えてない?」
薄らと開けた視界に焦点のぶれた姿が浮かぶ。
手を膝の上で組んで、表情は矢張り暈けて余り見えないが変わらず笑みを貼り付けたままで、フレンは続けた。
「君のそれ、心因性で、元々下町の人間が騎士団というのも烏滸がましいのに、精神的に貧弱では、って」
「……は、…しら、ねぇぞ」
何とか振り絞った声に至極優しい調子で答えは返る。
首を僅かに傾げて「当たり前だろ」と落とされた言葉は思ったよりも近い。
血の気が失せたからか伸びてきた指先はいつもより温度が高く感じるのに、酷く冷たいと錯覚し、やっと落ち着き始めた動悸と狂ってしまった感覚が一瞬で引き戻るかのようだ。
「僕が教えなかったんだから」
「……なんで?」
脂汗で額に貼り付いた髪を払いのけられて、視界が僅かに拓ける。
「うん」と相槌を打つ声を余り幼馴染みを知らない人間ならば、優しく気遣いが滲むとでも言うのだろう。
そうじゃないと少しずつ調子を取り戻してきたのを感じながら見上げれば、フレンはもう笑顔は浮かべていなかった。
「傷つくと思ったんだよ」
何に? と返す前に額から頬を滑り落ちてきた指が唇で止まる。
喋らなくても良いという合図に黙って従った。
「君が、そんなことを認めるはずもないだろうから。耳に入れたくなかった」
では何故、今、言うのか。
抑も心因性と遺伝は結びつかない。話の切り出し方がおかしい。
呼吸が落ち着き始めた身体は、痛みに麻痺していた思考は、正常を取り戻し始めている。会話の趣旨が分からないと口に出そうと決めた。
指が邪魔なら噛み付いてもこの際構わない、と口を開きかけたところで。
「だから、調べたんだよ。君のそれは、心因性も大きな原因になるものだけど」
「……は?」
「違うんだってこと」
君のそれは、精神的因子から引き起こされるよりも何よりもただの病気なんだ、と一番告げて欲しくない言葉を幼馴染みは寄越す。
するりと離れた指先と、落とした言葉の責任も取らず距離を取ったフレンを睨み付けた。
「どういうことだよ」
「心臓への負担や、発作が命に関わる危険性は極めて少ないみたいだけど」
軽い音でもう一度ベッドに腰掛けたフレンが笑った。
「君の症状は心因性の神経症と同じ症状ながら、遺伝が起因してるところが大きい」
己よりも幼馴染みの方が自身の症状について良く知っている。調べたというなら大した執着だと罵る言葉は出てこない。
フレンが続ける言葉に何か大切な選択違えをした感触を覚え、黙って聞き入ることしか出来ない。
「君が昔、”病気じゃないから大丈夫。助けは要らない”って言ったのは間違いなんだ」
「……フレン」
「君のそれは病気だよ。今は平気でも、いつ負担が掛かり始めるか分からない病気」
さらりとした物言いで言い切ったフレンは笑顔を浮かべたままだ。
「お前、根に持ちすぎだ」
僅かに掠れが残ったままの情けない声は、それでも意志に従って閊えることなく出てくる。
動悸も呼吸も既に正常に近い。上半身を起こし目線をフレンと合わせれば、海の色に似た瞳が逸らさずに見詰め返してくる。
「持ってないよ? ただ君は少し苦しめば良いと思っただけなんだ」
「……は?」
「それでも心因性に寄るところは大きいんだ、その病気。……君、自分が」
意味が分からない。
ただ満面の笑みで幼馴染みがこれから言うことが、良くないことだと言うことだけ分かる。
「病気だって知ってなお、自分は平気って言える? 病気かも知れないという恐怖を振り払える?」
「お前」
「そうかもしれない、そうじゃないかもしれないと思うことでさえ発作の負担になるなんて、……不憫だね」
優しい声と裏腹に笑顔は至極嬉しそうだ。
幼馴染みの言葉の真偽がどうあれ、確かにフレンの意図する通り負荷は掛かるだろう。
病気ではないと、何でもないと、振る舞うことには負荷が存在し、忘れることでさえ意識が潜在的に負担をする。
自分でどうこうコントロールしようにも無意識下での恐怖は払拭されない。
「……最低だ」
「何が?」
「お前」
僅かに正常を取り戻したはずの鼓動が不規則に跳ねた気がした。
「それと、オレ」
嘗て純粋な心配で伸ばされた腕を突っぱねるという選択ミスを犯した自分が、間違いなく今の状況を引き起こしている。
大丈夫と言い聞かせることさえ許さないと相手は言外に告げている。
病気でないと言い切るなら、病気であると認識させ、幼い頃最初に気遣われた時から受け取れない心配を享受してみせろと言いたげだ。
その為、フレンにとっては心因性でも遺伝性でも寧ろ構わないのだろう。
なら分かり切った幼馴染みの性分のこと、告げられた言葉は真実に違いない。
調べ上げたのが自分の為なのか幼馴染みの意地の為なのか、それとも両方なのかは別にさして問題でもなく。

「なんだ、分かってるじゃないか」

さらりと告げる言葉に感情は滲まない。
それなのに、だったら本当無茶はしないでよ、と次に告げられた言葉は、幼い頃に言われた響きをそのまま残していた。
嘗ての選択に対し同じ答えを選び取るには些か年を重ねてしまったようで、反論など出来るはず無く言葉は飲み込む。
本当に大丈夫なんだけど、とその後に続く理由を言わないことだけ、相手への唯一の反抗にしてしまおう。

「分かってるよ、最初から」

そうしよう。
吐き出した言葉で満足して、まだ少しだけ整わない鼓動がいとも簡単に落ち着いたので笑ってみせた。



>>持病もちのユーリさんっていうリクエストから。
   それよりもフレン殴りたい^^^

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