忍者ブログ
謂わばネタ掃き溜め保管場所
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ねぇ、レイムさん。私と遊びませんか。
そうさらりと寄越された言葉に何も言えなかったのはいつもと違う、本当に悪意も演技もない表情だったからだ。
窓辺に佇む色素の薄い彼は今にも溶けていってしまいそうに支えが不安定にも見えた。
「……ザクス、何を?」
「いや、ね? ちょっと暇だから」
何を言う。
机の上には山積みの書類があって、今も自分のもの以外の書類を必死で片付けているところだ。何を持ってして暇というかと眉を寄せても仕方がない。
以前なら手伝えとも自分の分は自分でやれとも言えた。
今、それを彼に言うことは出来ない。見えていないものをどうやって始末させればいいのか分からない。
「嫌だな、レイムさん。そんなに私と遊ぶの嫌です?」
「違う」
「そうですかね」
「そうだ」
ふ、と。
紙面を滑らせていたペンを伸びてきた血色の悪い手に奪い取られる。ぽたりとインクが落ちて染みを作った。
「ザクス」
「……ね、レイムさん」
影が落ちる。顔を上げれば本当に血の気が余りない白い顔が間近にある。そっと薄い唇が言葉を紡いだ。あまりにもあまりにも悲しすぎて一瞬理解出来ない。
理解が追い付く前にと距離を取ろうとする腕を掴んで引き寄せて、机越しに抱き寄せると積み上がった書類が一斉に雪崩れ落ちる。
あーあと困ったように声が上がり、細い身体を抱き締めた腕に力を込めると子供をあやすように背に手が回る。
「例えですよ。例え」
「馬鹿を言うな」
小さく小さく溜息が落ちる。
とんとんと肩を叩かれて視線を向けると、目は見えていないはずの彼が真っ正面から深紅の隻眼でこちらを見詰めてきた。
ふと細められる深紅の瞳は宝石のように艶やかで僅かに焦点がずれる、それだけが彼の光が失われてしまっていることを告げている。
本当はまだ見ていたかったろうに。
痛みを与えられれば許されていない気がして助かると言った彼が望む言葉は残酷だ。
こんなにも鮮明に鮮烈に自分の記憶に、自分たちの記憶に入り込んで置いて今更、失うと理解しながらその温度を失いたくないと居もしない神に縋りそうな思いを抱かせて置いて今更、忘却を望む言葉を口にするなんて

「お前、本当酷いな。ザクス」
「……ええ。本当。どうしようもないですね」

泣いてはいけないと堪えた声は震えては居なかったはずだ。
けれど白い指先は眼鏡の下に滑り込み目尻を優しく撫で、そして……困ったように笑顔を浮かべる。
「私の我が侭なんて許さなくていいです。許さないで良いよ、レイム」
忘却なんて出来っこない自分を見透かして、言い聞かせるように言われた言葉もまた悲しい。


――ねぇ、もし忘れてくれるなら私のこと、忘れてくれませんか。



>>最新刊を読んだので久しぶりに眼鏡と帽子屋さん。
   この二人が好きすぎてつらい。

PR

人間に姿を見られてはいけないのは掟。
家族と共に過ごしていたなら絶対に守らなくてはならないことだと教えられる常識は、オレにとっては余り馴染みのないものだった。
物心ついた頃から家族と呼べる人は無く、偶々同じ家で借り暮らしをしていた人たちに助けられて幼い頃は過ごした。
自然と借りの仕方は誰よりも早く覚えなければならなかったし、喧嘩の仕方も覚えた。
最初は3つあった家庭が1つ減り、そしてまた1つ減り……。
気付いたら自分以外の小人がこの家にいなくなった頃、オレは身を寄せる場所のない二人と一緒に共同生活をすることにしたのだ。
「ねぇ、ユーリ」
台所で何か料理をしているらしい未だ幼さを十分残す少年の姿の小人が、声を上げる。
とんとんと鍋から木べらを取り上げて、水気を切ると困ったように首を傾げた。
「どうした? カロル」
「今日くらいにさ、また借りに行くんでしょ?」
振り返ったカロルは、矢張りオレと同じく家族と呼べる身内がいない小人だった。
丁度住処を捜して一人分の荷物を小さな身体に担ぎ、しかし不幸なことに猫に襲われそうになっていたところに出会して、それから一緒に暮らしている。
一人だったせいかカロルは年の割にはしっかりしていて、そして手先が器用だ。
借り暮らしをする上で人間の家から電気やガスを引っ張ってくる回線の繋ぎなんかは感嘆するほど上手で、逆に苦手なオレとしては助かった。
臆病で借りをしに行く時には足が竦んでしまって役に立たないこともあったけど、それは得意不得意で持ちつ持たれつ補えばいい。
もう一人一緒に暮らしている小人は、どちらかといえば狩りの方が得意なようだから自分に似ているのだろうが。
女性というのも手伝ってか家庭的な部分があり、細やかな気配りもさじ加減が上手くて矢張り助かっている。
「行くぜ?」
カロルの問いに頷く。
今日の夜、借り暮らししている家の住人が寝静まったら必要なものを借りてくる。
そろそろ在庫が少なくなっていたのはティッシュと調味料少しだった筈だ。あとは何か適当に戦利品があれば貰ってこれれば上々。
「あのさ、……出来たらで良いんだけど」
砕いたビスケットの欠片を皿に盛りながらカロルが遠慮がちに言う。
そんな難しいことなのだろうか。特段そんな難しいことをカロルが言った試しはない。
「角砂糖、貰ってきてくれない?」
「……砂糖?」
「そう。砂糖」
うんと頷くカロルが戸棚に手を伸ばし開ける。其処に確かにストックされてた角砂糖はあと一欠片ほどしかない。
「昨日、ジュディスが色々ハーブを取ってきてくれたんだ。果物も。砂糖で漬けておけばユーリの好物も出来るでしょ?」
甘い物好きという認識をちゃんと持っているカロルが笑う。
ジュディスというのはもう一人の同居人だ。昨日良い塩梅だったと笑いながらたくさんの荷物を抱えて帰ってきた中に確かに幾つか果物も含まれていた。
皮を綺麗に剥いて砂糖で漬けておけばある程度保存が利くし、何より美味しい。
「そうだな」
砂糖の在処は分かっている。少し移動には手間取るが持って帰って来れなくはない。
「でも、出来たら……でいいよ」
カロルも何度か借りに出掛けているせいか、その場所を覚えているのだろう。
少しだけ大人びた表情で笑ってそんなことを言う。特段そこは気を遣うべきところではない。
その彼が言うところのこだわりの髪型を頭を撫でて少し乱してやれば、「やめて」と小さく悲鳴が上がった。
「カロル先生お手製のジュースも飲みたいし、ちゃんと取ってきてやるよ」


……。
「君ってさ、たぶん小人の割りには大胆不敵なんだろうね」
下ろせ。
口に出すのは憚られて黙っていると、しっかり手で捕獲されていたオレに人間である住人は盛大に溜息を吐く。
小人なんていうものの存在を普通の人間は信じないが、目にすれば信じざるを得ない。大抵そうなれば危害が及ぶと小人が引っ越すのだが、ここの家人は変わっていて小人との共存を許してくれた。
家の持ち主は老人だが、最近療養の為にとやってきた少年は矢張り自分の姿を見ても余り驚かなかった。
生まれつき身体が弱いらしく、部屋のベッドで横になっていることが多いが何かと気が合って、人目を盗んでは部屋に行き話をしている。
何より余り健康的ではないからか、少し纏う雰囲気とか。それが何か放っておけない。
金色の陽の光に似た髪は綺麗だし澄んだ空と似た瞳も好きで、要は最初容姿が気に入ったわけだが、気付けばそれ以外にも少年のところに足を運ぶ理由が出来てしまった気がする。
「下ろせよ」
服を掴まれたまま宙吊りにされるのは流石に疲れてきた。
「大胆不敵ってよりは馬鹿なのかも知れないかな」
首を傾げて、灯りも点いていない台所のテーブルの上に下ろした少年は一人で相槌を打った。
誰が馬鹿だ、誰が。
夜中という時間帯、流石に昼間に部屋に忍び込んで話をする時も気を遣うが、それ以上に声を出すのは憚られて文句は飲み込む。
それをどう取ったのか。ついと手がシュガーポッドに伸び、一つ角砂糖を取り上げた。
「はい、どうぞ」
「……フレン」
手渡され、名前を呼ぶと笑う。
困ったような、それでいて優しいような、少し分からない曖昧な。
「欲しいなら欲しいって言ってくれたら昼間にでも渡すのに」
「それは、駄目だ」
「なんで?」
手渡すのもこうやって貰っていくのも、余り変わらないだろう? と問われ黙るしかない。
確かにフレンにとってはそう思えるかも知れない。でも小人達にとっては意味合いは大分変わってしまう。
共存を許してくれているフレンやこの家の主人となら、こういう関係は続くかも知れないが、基本は人と関わらず人に寄り添って生きるのが自分たちのあるべき姿だ。
だから、借りの仕方を忘れるわけにはいかない。
人間が、誰しもこうだと思ってはいけない。
だってこの生活もいつまで続くか分からない。この場所を離れて暮らす時にはあるべきように生きるしかないのだから。
「……君は」
そっと声が落ちてくる。見上げれば凪いだ蒼の瞳が真っ直ぐ見詰めていて、一瞬何処に自分がいるのか見失う。
「ううん、そうだね。……まぁ、いつも通りに取りに来て」
言い直して笑ったフレンの顔が僅かに諦めを含んだ気がした。
たぶん、思っていることを分かられた。
「でも、お願いだから横着して飛び移ろうとしないで堅実な方法で借りていって」

 ――じゃないと僕が気になっておちおち眠れないから。

そんな風に笑って諭されたら、頷くしかない。


>>ゆりえってぃな何か。フレン、Sかもしれない。

僕は大体この時間になると窓を少しだけ開ける。
虫が入るからと嫌う家政婦さんには悪い気がしたけれど、こうしないと姿を見せてくれないから仕方がない。
読みかけの本は1ヶ月前に何とはなしに読み終えてしまったものだ。夕方には頼んで置いた新しい本が来るけれどベッドの上でやることは殆ど無い。
寝ているのも過ぎると疲れる。
風がカーテンを揺らした。陽光が透けて光の波紋を床に作り広げる様を見遣りながら、今日は来ないだろうかと思う。
起こしていた上半身を大きめの枕に押しつけるようにして目を瞑った。
そういえば彼と出会った日は、今日のように天気の良い午後で、カーテンが風で揺れる度に光が模様を作り上げる穏やかな頃合いだった。
だというのに不釣り合いな騒がしさが庭先から聞こえ微睡んだ意識が引き戻されたのだ。
ばたばたと羽音が聞こえていた。
何事かとベッドから抜け出して窓から庭を覗けば、花が咲き乱れる庭先には不釣り合いな漆黒の鳥が頻りに何かを威嚇しているようだ。
猫でもいるのだろうかと思ったが違う。どうにも猫の姿は見えない。
時間帯的に家政婦さんは外に買い出しに出ている。多少なら外に出るのも障りはないだろうとベッドから抜け出し、階段を下り、サンダルを突っかけ出た庭先で、僕は彼に出会ったのだ。
カラスが威嚇していたのは彼だった。漆黒の髪を揺らしてきらりと光を反射した針の切っ先をカラスに向けて、素早く身を翻す姿を咲き乱れる花の合間に見つけた時は、目を疑った。
小さい。
本当に小さい人が其処にいた。
それは子供の頃に読んだ絵本に出てくる小人とか妖精とか、そういった類のものと寸分も違わない。
葉の間を駆けていく姿を追うカラスが翼を羽ばたかせくちばしを地面に突き出した。足下を掬われた形になった小人は手をついて前転し何とか難を逃れると再びカラスとの攻防に移る。
数秒、呆然と状況を傍観して、そうではないと思い至った。
暴れるカラスに近づき追い払う。そう簡単に諦めてくれないかと思ったが、分が悪いと分かったのか空高く飛んでいった。
少しだけ上がった呼吸を整えていると後ろから声が掛かる。
妙に耳障りが良く心地良い低さの声だった。
視線をゆったりと下ろした先で、針を仕舞いながら笑った小人はユーリといった。

「フレン」

思い返す内に少しだけ眠りの波が来ていた僕を呼ぶ声がする。
ゆっくりと目を開けると窓辺に映る小さな影がある。手を振って、もう一度名前を呼んで、器用に窓枠からサイドデスクまで移動してくるのを僕は待った。
「やぁ、ユーリ」
ちょこんとサイドデスクに置いた本に座った彼に挨拶をする。
「今日は来ないかと思ってた」
「何で?」
不思議そうに首を傾げるのに合わせてユーリの漆黒の髪が揺れる。邪魔なんだと言ったから、あると何かと便利だと妹が筆箱に忍ばせてくれたクリップを前に渡した。それが存外気に入ったらしく、渡した次の日から彼は外に出る時にはクリップで髪を纏めているらしい。
髪に合わせたように黒い服と、随分と外で元気に駆け回る癖に余り焼けない白い肌。
じっと見詰めてくる瞳は精巧な人形と比べるのは失礼なほど、生きる意志に満ちている。
「あんまり庭が騒がしくなかったから」
「なんだよ、それ。オレがいつも喧嘩してるみたいじゃねぇか」
肩を竦めたユーリが笑う。
「違った?」
「いいや、違わない」
そして悪びれもなく返った答えに知らずに溜息が出た。
彼ら小人は人間達の家の床下に住居を作り、人間の家から少しずつ食料や電気といったライフラインを”借りて”生活しているのだという。
僕たちにとって小さな虫や動物たちでも小人たちにとっては大きな敵となる。
最初にユーリに会った時、カラスを相手にしていたわけだが自分よりも大きく翼を持っている相手と戦うなんて言うのは普通の小人なら選択しない行為らしい。
無謀なのか勇敢なのかは知れないけれど、ユーリは見ていて肝を冷やすところが多々ある。
普通なら逃げるところをユーリは逃げない。
前に理由を聞いたら「オレ、強いもん」と返された。確かにそうかもしれないけれど、強くても絶対はない。
「ねぇ、ユーリ」
「うん?」
小さな来客の為に砕いて置いた飴に齧り付く彼を見る。
「あんまり危険なことはしないでよ」
「大丈夫だよ」
苦笑で返される言葉は不器用なユーリなりの優しさなんだと知っている。
そして彼のことだ、こんな言葉で縛られないことだって知っている。
「君が心配なんだよ、ユーリ」
よいしょと立ち上がったユーリが困ったなと笑った。幻滅しただろうか。
でも本当に心配なのだ。この目の前の小さな友人が。
後で聞いた話、カラスに襲われていた時は実は相当危ない状況だったらしい。あの時は偶然居合わせて助けられたが、次にまた同じように助けられるとは限らない。
抑も生まれつき弱い身体のせいで、自分の身だって自由にならないことが多いのに。
押し黙った僕を見てか、ユーリがううんと小さく唸った。
本当は出会った時のように危険な目に遭ったら僕が助けてあげると言い切れれば良いのに、言えないのはもどかしい。
「分かったよ。善処する」
小さく告げられた言葉に顔を上げた。
机上の友人は
「お前、本当に心配性なんだから」
そう笑った。その言葉に無性に泣きたくなった僕は、ちゃんと上手く笑えたろうか。


>>かりぐらしのユリエッティ^q^
   病弱フレンちゃんって、なかなか良いんじゃないかなーとか(笑)

かちりかちり。何処からか一定に音が響く。
蹲っていた姿勢から顔をあげ男はゆったりと温い闇に目を向けた。先程から耳に届く無機質で規則正しい音は、時計の振り子の音だ。
意識が自分を認識した頃から常に聞こえ続ける音でもある。それ以外の音がない、所謂有音の沈黙の中で男は少しだけ変わった色合いの深緑の双眸を瞬かせた。
嘗ては傍らに二人の人形の姿があったのだが今はない。
対になるよう作られた少年達は背格好は同じで、容姿は非対称的だった。
紫陽花を象った朝の少年は柔らかな陽の光を溶かし込んだ金糸に水色の紫陽花色の瞳。菫を象った夜の少年は艶やかな夜闇を紡ぎ上げた黒髪に菫色の瞳をしていた。
朝と夜の狭間で地平に生きる炎を見詰めるだけの日々は、酷く昏い感情を身のうちに宿し一歩も動けぬ自分を嫌悪させる。
二人はその度、傍らにあった。何をするでもなく傍らに居てくれた。
生まれることも出来ず、死ぬことも出来ず、境界で確かに存在する自分。
生まれる前に死んでいく自分の為に、笑って、泣いて、喜んで、怒って、そうやって失くしかける感情を繋ぎ止めてくれていた二人。
最後にあの二人の声を聞いたのはいつだったか。

生のざわめきを聞く紫陽花が出掛け間際に笑っていった。
――必ず貴方の望む物語を探します。

死のやすらぎを聴く菫が出掛け間際に笑っていった。
――約束する。だから待ってろよ。

あの二人の声を久しく聞いてない。
この狭間の場所から二人を送り出したのは他でもない男自身だ。
彼が生まれて死んで行く物語を探す為、幾千の命の焔が宿る地平を少年たちは巡っている。
希望と絶望に満ちた場面を、命の遣り取りを、幾度となく見守りながら、二人は境界である男の元へ戻ると決めている。
ふ、と。
優しい声が聞こえた気がした。
のろりと視線を投げれば生まれ死に行くことが出来るものだけが通れる扉を叩く音がする。
開けることは出来ても、決して踏み越えることの出来ない扉を誰かが叩いている。叩く音は少しずつ大きさを増し、感覚も短くなっていく。
その音が増えた。一つではなく二つに。
ゆっくりと立ち上がった男が扉に手をかけたのと同時に、声が飛び込んでくる。
久しく聞いていない、それでいて聞きたいと思っていた声。

「ただいま、」
「あのな、おっさん。開けるのが遅い!」
「帰りました」

抱きつくようにしてぶつかって来たのは漆黒の絹糸の髪を持つ少年で、少し困ったように立ち尽くして帰りの挨拶を告げた金糸の紙の少年は男が投げかけた視線を受けて笑った。
抱きついてきた少年の背を軽く叩いて、身を引く。
規則正しい時計の音だけだった空間に違う音が割り入った。
それだけのことが今はこんなにも自分の感覚を鮮やかにさせることに驚く。
「お帰り、二人とも」
そう言葉を投げかければ顔を上げた黒髪の少年が笑い、金髪の少年が笑みを深くした。


その目は、朝と夜の焔を見詰める。
その存在は、生まれてくる命と死んでゆく命を垣間見る。
椅子に座り込み綺羅と光る残滓を眺めて、男は傍らに座り込む二人の少年の頭を撫でた。
送り出したときより少しだけ草臥れてしまった服や、首にかけていたリボンが無くなっていたりする事が、残滓を集めることが決して楽ではないのを物語る。
男の持ち物とされる双子人形は、男と同じ朝と夜の狭間に属し、男とは違い地平を巡ることが出来た。
自分が動けぬ代わり、短く長く、暗闇が覆う、それでいて闇が空ける地平を巡りながら、集められた物語。
全ては一人の為。
全ては彼らの主人の為。
「……フレン、ユーリ」
両側に座った二人の名前を呼んで男は笑う。
丁度集められた最後の焔の残滓が弾けて、甲高く、相反するようだが繊細な音を立てたところだった。
「お疲れ様」
「……おっさん?」
男が右手に触れていた少年人形が不思議そうに首を傾げる。
向かい側で金髪の少年もまた同じように不思議そうな表情を浮かべた。
「朝と夜、生と死、光と闇………」
様々な相反するものが、丁度男の存在するこの場所では拮抗し均整の取れた状態となる。
生きているのに死んでいる。死んでいるのに生きている。生まれているのに死んでいて、死んでいるのに生まれていない。
曖昧な明瞭な、世界の裏表の属性がどちらにも傾かざる場所。
凍てついた季節の秤が男の手に掛かるのならば、芽吹くも枯れ往くも男の掌握するものでなければならないはずだが、男は黙し見詰める事しか出来なかった。
それは曖昧な均整を保つ象徴であったから。
彼は二つを見据えられるくせに、干渉する事が許されてはいなかった。
「様々、見てきたけれど。お前さんたちが、見つけてくれたけれど」
椅子から立ち上がった男が続いて立ち上がった少年達を振り返る。
上着の内側から菫色のリボンを取り出し、漆黒の髪の少年の首元で結んでやる。
「どうやら抜けられそうだ」
言葉の意味をどう捉えたのか。
目を丸くした少年達が互いに視線を交わらせ、幾度か瞬きを繰り返す。確認行為なのだと知れたことに男は小さく笑いを零した。

「よく、見つけたね。偉いよ、お前さんたちは」

決して傾いてはならぬ冬の天秤は、必ずこの場所に在らねばならない筈だけれど。
少なくとも男は今、絶対に踏み越えられなかった筈の扉の向こう、焔が点在し必死で輝き続ける地平へ歩いていける。
「ムッシュー」
金髪の少年が笑う。
「おっさん」
黒髪の少年も笑う。


「いってらっしゃい」

そして、二人の声が重なった。
男が扉に手を空け一歩を踏み出す。全ての命が生きる地平へ。
手を振りながら男の為であった双子人形はゆっくりと扉の向こうへ消えていく背中を見送った。扉が遮って彼の姿が見えなくなるまで。
互いの右手と左手を繋ぎ合い二人は閉じた扉を見詰める。
狭間の場所に冬の天秤は在り続ける。すぐに彼ではない天秤が現れる。その傍らには少年達と同じように双子の人形の姿があるはずだ。
二人は顔を見合わせて、どちらともなく笑った。
ことりと糸が切れるようにその場に頽れ、澄んだ紫陽花と菫の瞳はゆったりと閉じられた。
最後に二人が紡いだ言葉は――。

 


                ――其処に物語はあるのだろうか。



>>Romanパロラスト。冬の天秤=レイヴン。こんな双子人形良いのに。


幸せであるのならいいと男は言う。幸せであるからこそ守りたいと女は言った。
穏やかな表情で見詰める二人の視線の先には小さな子供が二人遊んでいる。
ひっそりとした暮らしだった。決して贅沢は出来ない慎ましやかな暮らしを送り、国と国が争うこの時代の波に流されないよう生きてきた。
辺境の場所ゆえに不自由も多かったが、穏やかな暮らしは男と女にとって何より望ましかった。
やがて生まれた子どもたちはすくすくと育っている。
上の子は下の子の面倒を良く見るし、下の子は上の子を慕っている。優しい子たちだ。
このまま何事も無く育ってくれれば私たちにこれ以上の幸せは無いと女は思っていた。
けれどそんな幸せも長く続かず、戦乱の余波はこんな在り来りな小さな家庭にも押し寄せる。
男が兵として駆り出されるその日、女は決して泣かず気丈にも笑って送り出した。長年コツコツと密かに溜めてきたお金で彼には過ぎる帷子を用意して。
そして毎日子ども二人を女手一人で養いながら祈りを欠かす日は無かった。

――どうか無事に帰ってきますように。

女の祈りはいつも同じ。
数年経って未だ帰らぬ男の無事を只管に願う女は、回りから見ればさぞ滑稽な様だった。
子供達も成長し母の手伝いをしながら日々を暮らすうち、男は帰るのが面倒になりどこぞの女と一緒になったのではないかと心無い言葉が行き交い、自然と女の耳にも届いた。
女は笑った。
いいえ、いいえ。違います。あの人がそんなことをするわけが無い。約束を違える筈がない。
けれど過労で倒れた女の元に男が帰って来ることは終ぞ無く、女は男の無事を祈ったまま永い眠りについた。
優しい笑顔のまま逝った母を子供達は責めず、長年帰ってこない父を恨む。どうして帰ってこないのかと上の子が父を捜す旅に出た。下の子は家を守るため故郷に残った。
「母さんの、気持ちってこんな風だったんだろうか」
毎日唯一の兄弟の無事を祈るひとりぼっちの日々。緩やかに月日は流れ、やがて草臥れた旅装束を纏った上の子が一人で帰ってきた。
故郷に帰った子は言う。故郷に残された子は応える。
「ただいま」
「おかえりなさい」
そして母の墓前に持ち帰ったお守りのことを淡々と語った帰った子は父親を連れて帰ってやりたかったと言った。
暖かな食事を用意しながら俯いてしまった様子に首を振る下の子が、そっと長旅で痩せた肩に触れる。
「ちゃんと連れて帰ってきたじゃないか。……家族が揃ったんだよ」

その言葉に涙を流した二人を雨上がりの澄んだ空色をした双眸が見詰めていた。
淡い日溜まりのような色の髪を短く切り揃えた少年がそっと先程二人が参った墓を振り返る。
石で出来た簡素な墓標に雲から僅かに差し込む光を反射して、十字架が揺れている。旅に出ていた子供が持ち帰ったもので吹く風に煽られゆるゆると揺れる様子は何故か歌うようだ。
少年は家の中で互いが過ごした期間を語らう子供達に背を向け、墓標に触れる。
苔生す表面はしっとりと水分を含み、曇天が今にも降り出しそうな雨を待ち望んでいるかのようだ。
きらりと光を煌めかせる十字架にも少年は触れてそっと笑む。
一生懸命今を生きた家族の物語が、掌に転がり込んだのを確認して慈しむように両の手で包んだ。
戦地に赴いた男は怪我が原因で一人では戻れぬ障害を負っていたらしい。
女が用意した帷子に仕込まれていたお守りを片時も離さず、戦争が落ち着いた時でさえ手放さなかった。
いつか帰ると約束した男は自らの足で帰ることは出来なかったが、看取った修道院に残っていたものを旅に出ていた子供が持ち帰り、女の墓前に手向けられた。
それが、揺れる十字架。
女が母親から引き継いだお守りだった。暖かな焔だと少年は思う。
心と心を持ち帰るという意味であるのなら、たぶん確かに一度は時代によって別れた家族は帰ったのだろう。
尤も人の気持ちを理解するのは難しく、財も名声も何もない不確かなものを評価するのは難しい。
けれど遙か死と生を繰り返す地平を眺めやっていた時に確かに惹かれる光として少年の目には映った。
生まれ死にゆく命が数多存在する地平で、その焔が生み出す物語を探す少年が見つける光こそ生の物語として息づく。
何よりの証だった。
主人から授かった紫陽花を象った水色のタイピンに一度触れて、少年は空を見上げる。
きっと同じように主人が望む物語を探し、片割れの菫色の瞳をした少年人形も地平を渡っていることだろう。

生と死が巡る世界の中、生まれる前に死んで行く、生と死の狭間、朝と夜を見詰め続ける彼の人の為に。
ずっと一人境界を歩き続ける孤独な人の為に。

「……其処に物語はあるのだろうか」

少年の柔らかな声が、主人が遠く手を伸ばして渇望した炎の煌めきを慈しむように告げる。
彼の人が生まれてくるに至る物語を見つけ、また主人と片割れの人形と出会える日を思い描きながら、少年は手にした炎の残滓を大事にしまい込んで空へと駆けた。


>>Romanパロ2。紫陽花=フレン視点。

カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
忍者ブログ [PR]