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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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迷ったどうしよう。
非常に居た堪れない面持ちで見慣れぬ城の中を歩いていた信親は密かに溜息を零した。
縁側に面した庭は手入れが行き届いていて実に見事で見る者の心を惹いたが、生憎と今の信親に緑を愛でる余裕はない。
自国の城ならばまだしも。
ここは同盟を結んだとはいえ他国の城なのだ。いつ不興を買って後ろから斬られるか分かったものじゃない。

”一人で大丈夫か? 迷うなよ”

朗らかな父の声が脳裏に甦ってまた信親は溜息を落とした。
何度もこの城に足を運び既に勝手知ったると言う風な様子の父親であれば、何も迷いはしないのだろう。
大丈夫だ、と告げて一人で行動してこの有様では何とも情けない。
見慣れない城というのは有る意味不安を掻き立てられてしまえば払拭する術もない。
既に信親には今歩いている場所が城のどの当たりに位置するのかさえ分からなくなってしまっていた。
伸びる廊下の端、曲がればまだ続くであろう其れが来た道であったかと覚束ない記憶を手繰り寄せる。
人間の記憶など曖昧で当てにはならぬ、と自らの事ながら信親は苦笑した。
それでも立ち止まってはならないような脅迫概念を抱き、其方に一歩踏み出すと突然の重さに耐えきれぬと言ったように床板が軋みをあげた。


「…誰か?」

思いの外大きな音に身を竦ませた信親に追い打ちを掛けるように声が掛かった。
静かだが通る声に些かの警戒が混じっている。
どうしたものか、と思案していれば廊下の先。
面した箇所の襖がついと開き廊下の張り板に部屋の主であろう、人間の手が伸ばされた。
落ち着いた縹の着物の袖が覗き、男性にしては細い腕がそこから伸びている。
きしり、と音が鳴った。
張り板についた手に重心を置いて廊下の様子を覗い見ようと部屋の主が、廊下に顔を出したからだ。
瞬間。信親は心臓を鷲掴みにされたように凍り付いた。
開けられた襖から覗いた顔には見覚えがある。
作り物めいた端整な顔立ちに色素の薄い茶の髪。男という性別にしては華奢な体格。
しっかりと合わせられている襟の上からでも、彼の人の首の細さは見て取れた。

「も…、毛利殿」

信親の上げた声は上擦っている挙げ句掠れていて何とも情けない。
この城の主であり、自分の父親の治める四国と瀬戸内を挟み同盟を結ぶ中国の国主。
容姿は武人のものとしては些か頼りない印象を受けるが、知謀にかけては確かだ。
巧みな権謀術数によって勢力争いの激しかった中国地方を毛利家が平らげられたのは偏に彼の存在に因る。
そんな彼―、毛利元就にこのような状況で会うのは信親にとって好ましくなかった。
すうっと名を呼ばれた彼の切れ長の瞳が細められる。
絶対的な冷たさを纏う毛利家当主の視線は、敵国の武将のみでなく付き従う中国の武将すら畏れるという。
只此だけで十年は寿命が縮んだ心地がしながら、信親はしかしその場を動くことが出来ない。
礼を取ることも、事情を話すことも出来ずに、妙に渇きを訴え始めた喉を鳴らすだけだった。

「……確か」

緊張の糸も切れる寸前。
黙って信親の様子を覗っていた彼の人が口を開いた。
一度だけ戦場で聞いたことのある涼やかな声は、温度も感情も感じさせず只冷たさが耳に残っていたのだがどうだろう。
思案するように首を傾げた彼の人の唇から零れ落ちた声は其の冷たさとは程遠い。
此処が戦場ではないという違いだろうか。
信親は内心そう納得しようとすると、ふと、言葉を紡いだ相手が笑んだ。
其の場に信親以外の、例えば父親の元親が居たとしても驚いたに違いない。
自嘲でもなく只柔らかに笑むなど、終ぞ噂話でも聞いたことがない。

「…長曾我部殿の、ご嫡子の……信親殿でしたか」
「……へ?」

唇が信親の名を紡いだ。
それよりも穏やかな声と想像…いや記憶していた口調との違いに暫し目を瞬かせる。
するりと器用に張り板についた手を支えにして音もなく彼の人が立ち上がり一歩と廊下に出てきた。
其処で目の前の彼が、非常に良く似てはいるが自分の認識した人物とは違うのではと思い始める。

「随分と奥にまで迷い込まれましたね」
「あ…いや、このそれは」

少し距離を置いて歩み寄ってきた人物の身長は信親よりも低い。
より近くで見ると尚更、毛利家当主に良く似ている相手が実は自分を試すために演技しているのではないかと疑りたくもなる。
ただ違いを少しばかり見つけた。
記憶している姿よりも目の前の彼の方が髪が長い。
最後に元就の姿を遠目ながらも見たのが半月程前の事になるが、今の間に是ほど伸びるとは思えなかった。
ならばこの、酷く元就に似た人間は誰なのだろう?
そう思ったとき、目の前の彼がくすりと笑んだ。

「……若しかして」
「……何、で…しょ……」
「私を父と勘違いしてます?」

答えは簡単に与えられた。
理解が出来ずに一瞬呆けた信親の表情を窺うように見上げてきた相手が、自分の予想は的中したとばかりに浮かべた笑みを深くする。
けれどそれは余りにも穏やかで、悪い印象など微塵も感じさせなかった。

「え……えぇっと……、父、と仰います、と」
「何度か戦場ではお目にかかっておりますよ、信親殿」
「……え、俺とですか」
「はい。……けれど確かにこうやってお話しすることは今までありませんでしたね」

口調も穏やかに、告げた相手がすうっと視線を落として一度軽く頭を下げた。
信親が帯刀していないとはいえ、その所作は余りにも無防備すぎてもう一度信親は呆気に取られる。

「隆元」
「…は、い?」
「毛利元就が一子、毛利隆元と申します」

つと顔をあげて見上げてきた隆元と名乗った彼が窺うように少しだけ首を傾げて笑んだ。
三度目の呆気に取られた信親は、数秒後訝しげに隆元に目の前で手を振られて我に返ることになる。




>>長曾我部元親の嫡子と毛利元就の嫡子。
   人の出会いにおいて偶然はなく、全ては目に見えぬ必然。
   何度か言ってるけれど、うちの隆元は一見見間違えられるくらいに父親似。
   信親はどちらかというと父親似だけど、髪色は黒で、目の色だけ元親の継いでたら良いな。

   そんな妄想です。

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―此処じゃない。
急いで踵を返し既に日が落ち始めている空を見上げて舌打ち一つ零して走り出した。
祭りの騒ぎは最高潮に達しようとしているらしい。裏通りでも奥の方に位置するこの場所でも十分に祭りの様子が知れた。
派手な音が鳴り響く様は逆に静かな裏通りの虚無感を浮き彫りにする。
皹割れた建物の壁伝いに走りながら元親は小さく息を吐く。
肩で整わぬ息をしながら、何とか呼吸を戻そうと深く息を吸い込み吐き出した。
目の前には立て付けの見るからに悪そうな扉が一つ、ひっそりと佇んでいる。
蝶番は錆び付いていて開けようとすれば強か抵抗するようにざらつく音をあげて、元親はその音に顔を顰めた。

「………おいおい」

軋みをあげて開けた扉から一歩室内に踏み出す。
思わず声を上げてしまったのは暗い室内の中の様子を限られた視界でも認識した所為だ。
黴臭い臭いが鼻腔を擽り、埃っぽい空気が吸い込んだ喉に貼り付くようだ。
人が住まわなくなってから随分と経つだろう様子に何故慶次が印を付けたのかと訝しみたくなる。
もう一歩と踏み出したところで盛大な音を立てて扉が閉まった。
僅かに光の差し込んでいた室内が途端に闇に支配される。
埃を十分に被った色褪せたカーテンがはたはたと翻って、その度に微かな光を室内に取り入れるだけ。

「光秀…?」

不意に。
後ろから控えめに声が聞こえた。
きしり、と音が立った方を向くと驚いたように見開かれた琥珀色の瞳とぶつかる。
相変わらず細いその人の影が弾かれたように階上に消えていく。
一瞬反応が遅れて追いかける羽目になった元親は、人影の消えていった階段を見上げて「くそ」と呟いた。
闇に紛れるようにして存在していた階段を軽やかな足取りで登っていったのは間違いなく元就だ。
自分の名前ではない、聞き覚えのない名を呼んだ。
その事自体も何だか気に入らなくて、足音のする方向で目安を付けて追いかける。

「待てよ…!」

丁度元親が二階、元就が三階に上がった所で声を張り上げる。
一階部分は殆ど人の住んでいる気配がなかったが、二階と三階は程良く手入れされていて、それなりに住み心地は良さそうだ。
びくりと肩を震わせて肩越しに振り返った元就は、けれど立ち止まることはなかった。
一瞬歩みを遅らせた隙にその分の距離を縮めた元親を振り切るようにまた建物内を走り去っていく。
元就は、建物の構造の分からない元親より幾分も有利だ。
外観では決して広くはないと思っていたが、実際は違うらしい。
別の建物とも繋がっていたらしい内部は見知らぬ人間が入り込んだら迷うに違いなかった。
実際、元親は音を追いかけているだけで何処を移動しているのかなど知らない。

「……や……っ、と追いついたぜ」

音が止まる。
はっと息を呑む微かな声が上がるのと、退路を断つように片方の手で入口を元親が塞ぐのは同時だった。
困ったように振り返った元就の切り揃えられた癖のない髪がさらりと揺れる。
小さな唇が何かを言おうとして、しかし声は発せられることなく引き結ばれた。
じっと見詰めてくる元親の視線に堪え切れないと視線を逸らした所で、元親が「元就」と名を呼ぶ。
びくりと肩を震わせて、しかし視線を合わせようとしない元就の様子に元親があやすような笑顔を向けた。

「なぁ」

優しい声が掛けられる。
行き止まりの、出入り口の塞がれてしまった部屋に元親の声だけが満たされた。

「……元就」
「…貴様は」

掠れた、震える小さな声が返る。
逸らした視線を今度は自分から見据えるように元親に向けた元就がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「莫迦か?」
「…そりゃあ酷ぇなぁ」

元就の言葉に元親が苦笑する。
何に対しての「莫迦」なのかは分かっていたけれど遭えて知らない振りで返せば、苦しげに眉を寄せた元就が声を上げた。

「我は……っ。…我は、お前の…、お前の音を使役した。この意味が分からないはずもあるまい?」
「ああ。……知らなかったよ。お前が調律師だったなんてな」

”調律師”。
その言葉に肩を揺らすほどに反応した元就が逃げ場の無い部屋で、それでも元親から距離を取るように一歩後ろに後ずさった。
今更知ってしまったことを知らぬとは言えない。
だからこそ正直に元親は元就が調律師であると認める。
歌を許されたカナリアは、自分達が歌を教わるのと同時に調律師という存在が世界にあるのも教わる。
奇跡の音を紡ぐカナリアの、その音を唯一使役できるカナリアよりも稀有な存在。
そしてそれ故に関係性を持つことを厭われるのも。

「だったら」
「それが何だ、って言われたよ」
「……は?」
「此処に来てお前を探してるのを協力してくれるって言ってくれた幼馴染が、そんなのは関係あるかって言った」

慶次が諭すように言ったことだ。

「関係あるだろう」
「まぁ…。それはそうなんだけどよ」
「…ならば、このまま……、我のことは」
「別れろってか? お前のことを忘れろって?」
「……ああ」
「嫌だね」

はっきりと否定を口にした元親に、元就が悲痛の色を見せた。

「何故、だ」
「前に言っただろ」
「……何?」
「俺、”お前が屹度好きなんだ”ってあの時言った。けど…そうじゃなくて」

元就が困惑の色を浮かべて元親を見詰める。
その視線を受け止めて逸らすことなく元親は言葉の続きを言った。

「俺はお前が好きなんだ」
「………っ」

言葉が言われるや否や元就が小さく首を振る。
力なくて、それが余りにも弱い否定過ぎて元親は、自分の気持ちが受け入れられたのか否定されたのか判断がつかない。
だから元就が何かを言葉にするまで待つことに決める。
急に振り落ちてきたような沈黙に少しだけ寂しさと息苦しさが混じった。

「……貴様は」

やっとのことで元就の唇が搾り出したのはやはり掠れた声。
涼やかな凛とした普段の名残を残してはいても、少しだけそれは違って聞こえた。
顔を上げた元就は、あの時、唐突に別れを告げたときと同じような、泣きそうな表情を浮かべている。

「矢張り莫迦だ」
「……そうか?」
「…我は調律師だと、知っただろうに…」
「…ああ」
「なのに、それでも好きと云うか」
「ああ」

泣きそうな様子に元親が一歩足を踏み出す。
入り口を塞いでいた手はするりと離れてただ、元就の方に伸ばされた。
数歩で元就との距離を手の届く範囲まで縮めた元親が、俯いてしまった元就の肩にそうっと触れた。
触れた瞬間、強張った元就の身体が、戸惑うような視線が元親に向けられる。

「…なぁ」
「……」
「お前が俺のことを嫌いだってぇんなら、仕方ねぇって思う。嫌いなヤツと誰だって一緒には居たくねぇよ。けど…。そうじゃねぇってんなら」

小さく息を呑んだ元就はそれでも視線を外さない。


「俺はお前と一緒に居たい」

元親がそういうのと同時に、つうっと元就の頬を一筋の涙が零れ落ちる。
それがどういう意味なのか分からずに、けれど放っておけなくて空いた手でその涙を優しく拭ってやった。

「…元親」

此処に来て初めて、元就が名を呼ぶ。
震えた声は少しだけ鼻にかかって、

「……我は調律師なのだ」
「うん」
「一緒に居たら、お前が…」
「気にしねぇよ」
「しかし」
「それにお前」
「……?」

好きだという告白に嫌いだという返答は無い。
寧ろこれでは肯定をしたようなものだ。勝手にそう思いこんで元親は自身の腕を元就の背中に回して抱きしめる。
驚いたように身じろいだ元就はそれでも抵抗はしなかった。

「俺の歌なんて使わなくても、歌えるんじゃねぇの?」
「……それ、は」
「だったら俺が一緒だろうとそうじゃなかろうと、構わねぇじゃねぇか」

カナリアが調律師と関わりを厭うのは音を操られる、音を使われてしまうのを恐れるためだ。
調律師は音を使役することは出来るが、自ら音を、歌を紡ぐ事は出来ないとされていたのだから。
しかし、その調律師自体が歌を歌えるというのならカナリアが一緒に居ようと居まいと関係ない。
元親の言葉に元就が、驚いたように目を瞠る。

「俺はよぉ、お前と一緒に居てぇんだよ」


なぁ、元就。
そう耳元に言葉を落とせば、元就が自らの両手で顔を覆ってしまった。
元親の腕の中で声も無く泣き出してしまった元就の背を、元親はあやす手つきで撫でて穏やかに笑う。
とりあえずやっと追いついた。


―逃げた調律師はこの腕の中にいた。





>>創作カナリア設定話。
   元就捕獲。とりあえずそんな一段落。
   元就のツン具合が足りないのは、きっと女の子だから(え)

くすくす、と障子の隙間から談笑が聞こえる。
一瞬、女中達のものかとも思ったがすぐに違うのだと気付いて「何ともまぁ」と息一つでぼやけば、敏く気配に気付いたらしいすっと音もなく襖が開いた。
其処に現れたのは端正と呼ぶに相応しい顔の作りに穏和な笑みを浮かべた青年。
容姿で言えば冷たささえも含んだ作り物めいた造形。
けれど浮かべた表情がその印象を打ち消していた。

「盗み聞きとは行儀が悪いぞ」

青年の後ろ側から少しだけ機嫌の悪い若い声が掛けられる。
苦笑一つで振り返った青年の向こうからまだ少年の印象の抜けない顔が覗いた。

「こら、元春。…失礼を致しました。長曾我部殿」

すっと自然と頭を下げた青年の後ろで「そんな奴に頭を下げる事なんて」と小さく呟く声が聞こえる。
随分と嫌われたものだな、と内心独りごちると部屋の奥からじっと此方を伺う視線に気付いて顔を上げた。
聡明そうな瞳がじっと見つめてくる。
一種全てを見抜くような温度のない視線に、そうかこれはこの息子が継いだのかと納得した。

「おう。そんなに畏まらなくたって良いぜ。…見知らぬ仲でもあるまいしな」
「…親しき仲にも礼儀ありと言いますが?」
「俺には必要ねぇよ」

笑って返せば、「そうでしたね」と穏やかに言った青年が笑って寄越す。
同じ顔でも浮かべる表情が、纏う雰囲気が違えばこうも変わるものかと内心感服すれば見抜いたように青年が苦笑を一つ零して。

「父に用でも在りましたか」
「ああ」
「…少し間が悪う御座いましたね」
「みてぇだなぁ」
「……今暫くしたら戻って参りましょう」

全て見越した上での言葉に「そうだな」と相槌を打ち開けられた襖をくぐった。
途端に嫌な顔をされたのに笑ってやる。

「元春も隆景も元気か?」
「貴方に気安く呼ばれる名など無い」
「元春」
「……おーおー、俺も随分嫌われたもんだ」
「違いますよ。兄は長曾我部殿を嫌っているのではなくて尊敬してらっしゃるのですから」

やんわりとそう言い含めたのは青年と言うよりは未だ少年の様相の人物。

「隆景、余計なことは言うな」
「まことのことであれば、何も害はないでしょう?」
「俺にはある…っ」
「……こら、元春。少し落ち着きなさい」

声を荒げた青年に穏やかに諫めの言葉が入った。
ふう、と溜息を吐くと襖を開けた青年が困ったように首を傾げる。

「隆元も大変そうだな」
「いいえ。そう言うわけでもありませぬよ」

その様子を気遣えばすぐにそう返ってきた。
三人の中では一番父親似の容姿をしているが、与える印象は一番かけ離れた穏やかなもの。

「しかし、兄弟仲が良いってぇのはいいことだ」

隆元、元春、隆景。
三人は毛利元就の息子達である。
嫡子の隆元に、武勇に優れる元春、父の知略の才を受け継いだ隆景。
三人は驚くほど仲が良い。それを父の元就もよく思っているのか、仲良く三人が談笑する姿を認めては親らしく柔らかな表情で見ていたりもするのだ。

「そうですね。確かに」
「……まぁ、それが父上の望みでもあります故」

穏やかに頷いた隆元に続くように、隆景が言葉を継いだ。
どういうことだと首を傾げれば元春が珍しく素直に答えを投げつける。

「……自分は、そうはなれなかったから。……せめてそなたたちは。そういうことだよ」
「なぁるほど」


―お前達は父親も大好きな訳ね。

 

>>毛利三兄弟と元親。
   三人は仲良しこよし。

んで。
結局なんだったわけ? と聞きづらくて頭を掻いた。とりあえず良く分からないままの状況は些か心苦しいし、なんとも言えない。
隣では表情を動かさずに月を眺める麗人一人。
本当に同じ性別かね? と言いたくなったが、そういえば自分だって幼少の頃は姫と呼ばれたほどじゃないかと考え直した。大きくなるにつれて体格に恵まれたのは幸運だったが、幼少の頃の名残か日焼けしにくい体質の肌は白いままだ。
以前、憮然として酒が得意ではないといった彼の細い指先がついと用意された杯に向けられた。
流れるような動作で持ち上げて杯の中に注がれたそれを一度で飲み干すと、じっと見詰めたままの視線に気付いたのだろう。少しだけ咎めるような視線の後、けれど一言も口にはせずに彼の人の視線は空に浮かぶ月に向かった。

こんな気まずい月見酒はしたことねぇぞ

つい出そうになった言葉の先を取ったか。
くつくつと何がおかしいのか声を抑えて、しかし肩を揺らして毛利元就は笑った。
余り表情を表に出さない彼にしては珍しいことだった。
普段飲まない酒が助長してくれたのだろうか。

「なんだよ」
「いや」

不機嫌に声を上げれば普段は涼やかな声に、微かな震えが混じって柔らかな響きを持つ。
まだ笑いを堪えているのだと容易に知れるその声に尚も問おうとした所で、つと笑みを押さえ込んだ元就の視線が向けられた。
真っ直ぐに、余りにも真っ直ぐすぎる視線。

「本当、そなたという男は」
「……?」
「相変わらず幼き男よな」

何で?
と口に出せば更に笑みを深くするのだろう。
何が可笑しいのか。
馬鹿にされるのは本来嫌いではあるが、この男とは既知の仲である。
彼の言動は既に分かっていたし、不思議とこの男にそういう態度と言葉を浴びせられてもそれほど怒りはわいてこないのが不思議だった。
それに。
何よりも、この元就がこうやって微かであっても笑みを零すなど、見られる人間の方が少ないのだ。
だからそれの貴重さに比べたら何てこと無いのだ、と思いついたところで全ての理由に結びつく結論をはじき出した。

嗚呼。鈍すぎるっちゃ、鈍すぎるな。

「なんてことはねぇよなぁ」
「……なんだ?」

思わず一人ごちら言葉に親切に声を返してきた元就に笑ってみせる。
訝しげに顰められた眉は、それでも言葉の先を促しているようで。



「いんや。……つまりは惚れちまってる、ってそういう話だよ」


誰を。
とは言わず曖昧にだけ答えてやった。





>>鈍いようで鈍くないようなアニキ。
   完全に鈍い日輪の妖精。
   そんな組み合わせ。
これは賑やかな事だな、と流石の元親も苦笑せずにはいられない。
建物からは色鮮やかな布が掛けられている。
染め上げられたその布たちには綺麗な文様。
ひらりと視界を掠めて降り落ちたのは花びらを模した紙吹雪だ。

「…元親…!」

その紙吹雪を摘み上げて眺めていると背中に声が掛けられる。
明るい声は聞き覚えがあってすぐに振り返った。
通りの向こうから駆けて来る体格のいい男は、自身の長い髪を頭の高い位置で一つで纏めて背中に流している。笑顔を貼り付けたまま、元親のところまで辿り着いた男は今走ってきたのなど感じさせない所作で元親の肩をぽんと叩いた。

「久しぶりだな」
「ああ。…久しぶりだ」

それはカナリアの聖地で一緒に過ごした頃と変わらない笑顔と行動。
思わず安堵して破顔した元親がぐるりと街の様子を眺めた。

「良い時期に来たな。丁度祭りの時期だ」
「…通りで」

成る程、とも思ったが半分絶望も覚えた。
こんな時期にぶち当たったのは幸か不幸か。今の元親に祭りを楽しむ余裕なんて無い。

「……謙信から連絡受けてるよ」
「…へ?」
「人捜し、だろ」

暗い考えに沈みそうになった元親に含みを持った言葉が投げられる。
何か文句でもあるのかと言いたげに視線を向ければ揶揄するというには程遠い人好きされる笑みがあった。

「なんだ。用意周到じゃねぇか」
「まぁまぁ。連絡を受けたのもあるけど、俺も元親の歌、聞こえたからねぇ」
「……おい」
「俺は昔から耳が良いんだよ」

政宗や謙信のいた街は元親が歌を紡いだ場所から近いといえる距離にはあった。
けれどこの街は些か遠い。
そこまで聞こえる歌だったのか、と驚いて声を上げた元親にさらりとなんてことは無いと言葉が返される。

「でも、元親が…ねぇ」
「何?」
「いや。恋って良いよねぇ」
「……慶次」

愉しそうに隣を歩く男に低く声を掛けても動じる様子は無く、ぱっと明るい笑顔で返される。

「それでさ。早速本題に入ろうか」
「本題?」

返せば「全く何のために此処に来たの?」と逆に咎められる口調で返された。
とすれば自分が人を捜してくると連絡を受けた慶次が言う本題は只一つ。

「……何か手がかりがあるのか?」
「あるよ」
「本当か?」

意を決して言った言葉に対してのさらりとした返答の内容に尚も念を押してきた元親に、困ったように苦笑した慶次が頷く。

「まだ、たぶんこの街にいるよ」
「え」
「人を隠すなら人の中」
「……ああ」
「捜すんなら裏通り。とりあえず地図やるから、俺んちに寄ってけよ」

こっちだと言いながら歩いていく慶次の後姿を追って元親は歩く。
祭りの喧騒は楽しそうで、元親の脇をはしゃぐ子ども数人が駆け抜けていった。
その後姿を見送ってから祭りの騒ぎから遠ざかっていく慶次を追いかける。
祭りは好きだ。楽しむのも好きだが、誰かが楽しんでいる姿を見るのも好きだ。
その気持ちは元親にもあったが前を歩く慶次は、殊それに関しては異常なまでの執着を見せていた。
カナリアの聖地でも底抜けに明るい歌声で歌うから、聞いた人間は思わず笑顔が伝染するように。
かと思ったら切ない恋の歌を歌って少し感慨に耽ってみたり。
慶次はそういうカナリアだ。カナリアの聖地を出て街で暮らす選択をした慶次は、何箇所か点々と回ったようだがこの街が一番居心地がいいらしい。
やがて落ち着いた色合いの建物に辿り着いて、そこで立ち止まった慶次が手招きをした。
此処が彼の家らしい。
元親は招かれるままに足を踏み入れる。

「よっこいしょ…っと。お前が来るっていうからさ。…挙句人探しだろ? だから…地図用意してたんだよ」

そういって投げて寄越されたものを片手で受け取って元親はそれに目を落とす。
何箇所かに赤い印が付けられたそれはこの街の地図のようだった。

「たぶん。いるのはそこらへんだね」
「此処まで調べてくれたってぇのか」
「そりゃ、幼馴染の恋の行方がかかってんなら」

謙信が元親の事情をどのように伝えたのかは分からないが。
慶次はどうやら元親が恋人を追いかけているものと思っているらしい。
恋人なんてものじゃないな、と思いながら元親は苦虫を潰したような表情を浮かべる。
出会ったのは偶然。人の出会いなどそんなものだから、気にしないにしても、自分と元就の関係は恋人ではなかった。
一方的に気にかかっただけのこと。
二度目に会った時に目的地が一緒だから、と行動を共にして…気付いたらずるずると半年の間一緒に居ただけ。
元就が何かを言ったことはなかったし、自分が何かを言ったことも無かったと思う。
否。嗚呼、言った。
確かに「お前が屹度好きなんだ」と言った覚えがある。
その時に困ったように眉間に皺を寄せたので、「そういう意味じゃない」と返しただけだ。

「何考えてんのか分かんないけどさ」

地図に視線を落としたまま、考え込んでしまった元親に慶次が溜息混じりに言う。

「とりあえず、会って話がしたくて追いかけてきたんだろ。だったら、ちゃんと話してこいよ」

後悔しないように。
そう付け足した慶次が少しだけ寂しさを滲ませた笑顔を向ける。

「……謙信からは、そいつが何であるかって聞いたのか」
「調律師?」
「………」
「いや、聞いてないよ。けど、分かったよ」
「…俺は」
「…関係ある?」
「慶次?」
「調律師とかカナリアとか、普通の人間だとか。人を好きになる理由にそれは関係あるか、って訊いたんだ」
「…………いや」
「だろ。なら、いいじゃないか。…元親が好きになった人なら、大丈夫。俺はそう思う」

言い終わるや否や、「さあ」と慶次が地図を持った元親をくるりと反転させて背中を押した。
そして家から追いやるように一緒に出ると、こう告げる。

「俺はこれから祭りに行くから忙しい。…元親はさっさと捜しておいで」
「お前な」
「…そんでふられたら、一緒に馬鹿騒ぎして寂しさなんて紛らわせてやるよ!」

だから行っといで。
そう優しく言った慶次に頷いて元親はとりあえず印の付けられた一箇所に足を向けることにした。
見慣れない街の中だが、事詳細に書かれてある地図のおかげで迷うことは無いだろう。

「ありがとよ」
「…礼なら、後で聞くよ」

そう返した慶次を一度だけ振り返って、元親は今度こそ裏通りに入る道に足を踏み入れた。
怖いと思うよりも、何故だろう。忘れられないと気になる言葉が脳裏から離れない。
「さよなら」と告げた元就は泣いてはいなかったけれど、泣いているかのようだった。





>>創作カナリア設定話。たぶん6話目。
   慶次もカナリア。お祭り大好きは相変わらず。
   慶次で本当に人のことに対しては、察しがいいような気がしてます。すき(いいから)
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くまがい
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自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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