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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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今日は厄日かもしれないと流れる緩やかな沈黙と共に佐助は思った。
今日は人の出も少ないから早めに店を切り上げてしまって、ゆっくりしようと思っていたのに。
がらんとした店内は切り上げるに十分な様相を呈していたが、カウンターの端に腰掛けた一人の男の存在で叶わない。
月の光を思わせる冴える銀色の髪を肩よりも伸ばした細身の男は、もう何杯目になるか分からないウィスキーのグラスを空けた。

「バーテンさん、もう一杯下さい」

しっかりとした口調は酔っていなく感じるが実際はそうではないだろう。焦点の呆けた眼差しで店内をゆったりと見渡して男が小さく笑う。
さてどうしたものかと佐助が肩を竦めたとき、裏口が控えめに開いた。小さく防犯に付けてある鈴が鳴る。目敏く佐助が視線をやると見慣れた顔があった。
客が居ると雰囲気で悟ったのか口だけを動かして「まだ客はいるのか?」と聞いた幸村に手振りだけで「まぁね」と答えた佐助が客に気付かれぬよう器用に溜息を吐く。
からりとグラスの中の氷が崩れる音と、合わせてグラスを持ち上げた男。
開店して一時間もしない内からその場所に座り酒を呷り続ける男は今まで店には来たことがない。旅人なのかもしれないと思ったが、それにしてはヤケ酒にも程があると思った。
そっと裏口から足音を立てずに移動してきた幸村が物陰から男を覗いて、同じように思ったのだろう眉根を珍しく潜めている。

「そろそろ止めておいた方が良いんじゃない?」

やんわりと飲み過ぎだと遠回しに諫めて佐助が男の手からグラスを受け取る。
そうはいっても客が猶も強請れば出さざるを得ないのが実情だが。

「おや…私、酔っているように見えますか」
「あんだけの量を飲んでるにしちゃあ、そうは見えないけどね。飲んだ量を考えればそろそろストップでしょ」
「……困りましたねぇ」
「そうは言われてもね。何があったのかは知らないけどこれ以上のヤケ酒はお勧めしないよ」
「バーテンさんは優しいですねぇ」

冗談とも本気とも取れぬ口調で笑った男は、けれどふと寂しそうな視線を店内に彷徨わせ今度は小さく自嘲する。相当参っているのかも知れないと感じるも、佐助は何かを聞き出す気はなかった。
沈黙が上辺を流れすぎていく頃に、小さく本当に小さく男が言葉を口にした。

「妹のような子がいたんですけどね、その子がね、私の手元を離れてしまったんですよ」
「はぁ…」
「恋愛感情なんて物は存在してなかったんですが。甘えるようなことも余りしない子でしたけど、でもやっぱり寂しいですねぇ」

溜息を深々と吐いて男が力なく頭を振る。佐助はどういって良いかも分からずに受け取ったグラスに氷を入れ直した。話をする間の一杯はおまけで出してやろうという思いである。

「随分と酷いことも言ったし、私も彼女も関係性的にはドライでしてね…でもやっぱり他の誰かの所に行ってしまうのは寂しいもののようです」
「妹みたいな子、なんでしょ? なら仕方ないさ」
「頭では分かってますよ。ただ心がついていかないんですよ」
「はぁ」

気の利いた言葉でさえ今の彼には不要であろう。
佐助は参ったと内心呟きながら男の前にグラスを置いた。勿論とろりとした香りの強い酒を入れて。
置かれたグラスを一瞬呆けて見た男が、佐助の意志を汲み取ったか口角を上げて微かに笑った。
小さくありがとうございますと呟くとグラスに口を付けて味わうようにして嚥下する。

「人の感情っていうのは本当に厄介だ」

ぽつんと呟いた男が残った酒を一気に飲み干した。ことんとテーブルにグラスが当たる乾いた音。項垂れるようになった男の手から離れたグラスが抗議のように氷と音を立てる。
これは相当だなと思いながら佐助は思案する。
さて追い出すのは簡単だと思うのだけれど、人でなしではない故無碍にそうするのも躊躇われる。
これではいつまで経っても店は閉められないだろう。
小さく参ったねと呟けば、裏から様子を覗いていた幸村も困ったように首を傾げた。

「私たちは孤独です」

静かな空間に男の独り言が落ちる。不思議な響きを持った言葉に何も返せるわけがない。
佐助も奥にいる幸村も男の言葉が何を意味しているのか、全てを知らずただ沈黙を守るしかなかった。

「幸せになれるなんて保証が全くない、のに」

からり、氷が音を立てる。

「だから此処でぐだぐだと腐っている、と?」

不意に。穏やかに、けれど鋭い言葉が割り入った。驚いたのは男だけでなく佐助と幸村も同じ。
店の扉が薄く開いて来客なのだと告げたが、佐助にとってその人物は幸村同様に見慣れた顔だ。
ひょこりと声に反応して顔を出した幸村が目を丸くする。
よく見れば幸村と似た面影の青年が確かな足取りで店内を移動した。気怠そうに視線を上げた男を一瞥して、佐助に声を掛ける。

「迎えに行くと幸村が出て行って思ったよりも時間が掛かっているから様子を見に来たのだけど」
「あ…、信幸の旦那」
「うん。厄介な客が残っていたんだね」

さらりとそう宣って笑った青年は幸村の実兄だ。
幼い頃に引き取られて別の場所で過ごしていた故に、性格は似ても似つかないが顔立ちはどことなく似ている。
独り立ちしてから幸村の居るこの街で過ごすことを決めた彼は音を紡ぐことの出来る存在でもあった。

「………久しい、というべきですか」
「久しぶりにあったというのに、この為体と思うと悲しくなるけれど」
「相変わらず手厳しい」
「……貴方がどうしようもないから、とは考えないのかな。…光秀」

言葉の厳しさの割りにやんわりと名を呼んだ信幸は仕方ないといった風に溜息を吐く。
知り合いだったのかと佐助が驚いて目を丸くすれば、視線だけで肯定をして信幸は光秀と自身が呼んだ男の腕を取って立ち上がらせた。
ふらり、と覚束なく立ち上がった男に視線を合わせると何かを確認するよう頷いて佐助に視線を向ける。

「もう、店終いをしても良いよ。彼は送っていくから」
「え…? ああ、どうも」

半ば引き摺るような強引さで男を店の外へと連れ出していく背中を呆然と眺めて、佐助と幸村は顔を見合わせる。


「ねぇ、旦那」
「うむ」
「あの人、知ってた?」
「いや……某は分からぬ」
「それじゃ、昔の……」
「かも知れぬ」

二人の視線は依然、幸村の兄と男が消えていった扉に向けられていた。




>> ちょっとした光秀のお話。
    捏造お兄ちゃん登場。私は真田信幸殿も大好きです(笑

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空は一点の曇りのない蒼。何処までも続くであろうその色。
眩しさに目を細めた少女は、浮かぶ雲に似た色の髪を靡かせて其処に立った。
空は青く、色を映した海も蒼く、二つが混ざり合う様な水平線も青く、何処までも青い世界の中で、同じ色の瞳を伏せて、彼女は暗く蟠る闇を思う。
艶やかな闇の中で揺らめく炎のような紅い瞳を思い出して、唇を噛んだ。
何を知ったのか。
何を知らずにいるのか。
全ては運命なんて陳腐な言葉で絡め取られた得体の知れない何かの、その為にあるなんて。
いっそ知らなければ幸せに暮らすことが出来ただろうか。
何も知らないまま終焉を迎え、そのまま終えるものに何か意味があるのなら。
否、無意味だと少女は緩やかに首を振る。
知らずにいれば幸せなのではなく、それは戦う選択肢まで、選ぶ権利さえないまま終わりを迎えるだけに過ぎない。
世界に住む人々の殆どが、今を生きるその中に大きな大きな力が働き終焉に至ろうとしていることに気付かない。
一握りの人間達が運命と言う言葉を使って世界の流れを操っているという事実、それに酷く嫌悪感を覚えた少女の選択は決して楽なものではなかった。
誰も知らない確かに存在する”何か”と戦うという決意は生半可に出来るものではなかった。
蒼の世界に一点の闇が落ちる。
幻のように不安定な黒点が小さく震えて、淡々とした声が少女の名を呼んだ。

「僕は戻らない」

断ち切るように呟いた少女に猶も声は語りかける。
幼い頃から聞こえたその声は、養父とは違った響きで少女をいつも見守っていた。人の姿を取ることもあったが、少女は始めて会った頃から声の主が人ではないと気付いていた。
少女の容姿とは正反対の容姿の、その女性。
黒い艶やかな髪、闇の中でも猶も存在を侵されぬ紅い瞳、纏ったシンプルな形のドレスも闇と同じ色。
淡々と事象だけを紡ぐ声は、時に重くそして事実だけを伝えた。
彼女が人間でないと思ったのは瞳に宿した無機質な意志の光を見て取ったからだったか。
今となってはもう分からない。

『……貴女が幾ら足掻いたところで終焉の事実は変わらない』

抑揚のない声が告げる内容は略事実に近いのだろう。尤も事実に近く尤も真実と相容れない言葉に、少女は頭を振った。
戻らない、とそう決めた。何と戦うのではなくて、戦うからこそ見える何かがあるのだと信じたからこそ、少女は今この場所にいた。

「僕は、もう決めたんだ」
『貴女の決意など、黒の歴史の中では予定調和の一つにしか過ぎない。それでも?』
「僕が組織を抜け出すことは”黒の予言書”にあったと、いうの?」
『最初の予言律ではなく、二つめの予言律に』
「ならば僕の、”意志”は?」
『……何ですか?』
「クロニカ、貴女の予言書に僕の意志は書いてあるのか、と」
『そんなもの、必要がないでしょう。”黒の予言書”はあくまでも予言書。歴史書なのです。其処に人の意志が入り込む余地はない』
「ならば、まだ未来は自由の筈だ」
『貴女はまだそんなことを』
「僕は戻らない。…そう決めたんだ」

ゆっくりと告げた少女に、珍しく小さな溜息が聞こえた。
ならば好きにしなさいと囁くような声と共に青の世界に入り込んだ黒点は青に染みるように消えていく。
逸らすことなく見詰めた少女が小さく息を吐き、空を見上げた。
青の世界。
広い空。
そこを切るように飛ぶ白い鴉。
見上げた空は眩しく手を翳した少女は一つ呼吸を置いた。
何処にも終焉の見えない、けれど終焉の近づく世界は少女に残酷で、それ故に美しい。


  ―少女の思いも、世界の終焉も、もうすぐ、きっと。





>>Surely all is over soon = きっともうすぐすべてがおわる

   某方へのお祝いの為の品。
   しかし本当にSHは難しい…(苦笑

凝った闇があるのだ。
其処に何が在るのかを知るなど無粋過ぎる。だからこそ静寂を好み、規則的に呼吸をする音に併せる足音を愛しく思ったのだ。するりと音もなく襖は開き、闇夜の微かな明かりに過剰に光の残滓を残す髪の手触りを思い出し、掌に視線を落とした。
この手は確かにその感覚を知っている。
疎ましい、と思ったこともあるのに今は思いもしないのだ。一体どんな心境の変化なのかと訊かれれば自分でも分からぬ、と毛利元就は答えるだろう。
風のように実体がなく何処までも自由なようで居て、触れようと手を伸ばせば確かに其処にある存在を表現しようとも如何ともし難い。
大切だと思った人たちは全て手をすり抜けて遠くに逝ってしまった。だからこそ手を伸ばすことさえしなくなった元就の、其の手を取って空も海も、何処までも続く蒼の世界に手を翳すことが怖ろしくはないのだと、いとも容易く教えた存在は非道く鬱陶しく、また非道く眩しかった。
崇拝する日輪と同じような曇りのない目映さを持つ存在は、時に静かで逆に怖いとも思ったのだ。
日輪のように眩しく、そして海のように広くおおらかで、それでいて時に嵐の海のような。
嗚呼、そう。喩えずとも海と似ている。

「よう」

掠れた低い声が短い挨拶をする。
視線を上げれば海の色そのものが元就の姿を映し出していた。暗闇にあっても尚、鮮やかな、蒼。
知らずついと手を伸ばせば、口角を少し上げて西海の鬼と畏れられる男は笑った。そして元就の指先を取って恭しく口付ける。ただ押し当てられただけの暖かさに元就が反応しきれないで居るともう一度と口付けてきた鬼が徐に元就の腕を引いた。
為すがまま、鬼の腕の中に収まった元就が小さく頭を振る。
その髪にも口付けて一度強く抱き締めると、僅かに身動いだ元就を慮ってか腕の力を緩めた。

「…来るときくらい連絡を寄越さぬか」
「分かるだろ?」
「………分からぬ」

感覚が狂うのだ、と小さく付け足して元就は押し黙る。沈黙を是とも非とも取らず曖昧に「そうか」とだけ呟いて元就の髪を飽きずに手で梳き始めた手つきは優しく、人に触られることを極力厭う元就であったが抵抗の素振りも見せず享受した。
穏やかで曖昧に全てが幾重にも薄い膜を重ねたように暈ける時間は、元就の知謀の元である思考力を奪う。
毛利の家を守る為だけに動く其れを、緩やかに停止させてしまうような存在は目の前の鬼以外にはない。

「なぁ。元就」

名を呼んだ掠れた声に顔を上げれば顎を掴まれて些か強引とも言える接吻が施される。
反射的に目を瞑った元就の、その睫の縁をなぞるように優しく触れる温度は温かすぎて。
喪うのが怖いのだ、と身を引いた嘗ての元就を掴み寄せた手と同じであった。
だからこそ触れた暖かさに、満たされるのと同時に、過去幾度と繰り返した喪失の痛みに心の底で怯える自分を見つけて元就は自嘲する。


触れて満たされるのには、あとほんの少し喪っても尚残るものへの確信が足りない。




>>きっとその確信でさえ、優しく当たり前のようにくれる人。

   喪ってばかり過ぎて、それが怖くて、それが嫌で、あんな風に元就はなったのなら
   元親の存在はきっと、こんな感じな気がする。

強く握り合った手の温もりを覚えている。
さらりと指を通した滑りの良い髪の感覚を覚えている。
怜悧な刃物のような視線が時に、何かを求めて頼りなく宙に浮く様も躊躇って呼ばれた声も全部。
鮮明すぎて怖かった。いつか薄れて消えてしまうのなら尚更。
ただ毛利元就という人間が自分は好きだったのだと、すとんと気持ちに整理を付けることも、さらりと笑って言える過去になることも怖くて仕方なかった。
小さな背中が背負っていた全てのものを代わりに背負うことは出来なくとも、蹌踉けたときに支えてあげられれば良いと思っていた。

「会いてぇなぁ」

だからこそ。
あの時、不意に見せた脆さに手を伸ばすのを躊躇った自分を今更に愚かだと思うのだ。
この時世、いつ誰が突然死ぬやも分からないというのに彼だけは別だと思っていたのか。
凛として其処にある姿はいつだって儚いくらいではなかったか。
笑うのにも理由が居ると言いたげな瞳は、いつだってそれでも眩しそうに世界を見ていた。
守るのは此だけでよいと呟いた唇は、それでも時には穏やかに自分の名を呼んだ。

「嗚呼、可笑しいとは思わねぇか。毛利」

もう居ないはずの名を呼ぶこと程滑稽なことはない。沈黙ではなく虚無に投げかけられた問いに答え得る声は無いはずであった。微かに揺れた空気は開け放った障子戸から入る風であったか。
さらりと衣擦れの音が耳に滑り込む。
それさえも幻覚だろうと自嘲して言葉を絞り出す。

「俺は今になって、本当に…お前が好きだったって思うんだ」

少しずつ思い出になり痛みは褪せるはず。
喪失感は薄れて少しずつ踏み込めない思い出となり得るはずなのに、幾程の時が経ってもふと探す人影に喪失感は薄れない。
鮮明すぎる残像はいつまで経っても元親に痛みを与え続けた。
望みはんなんだと聞いたことがある。
寂しくはないのかと問うたことがある。
最初はその度に怒っていた気がしたが、ふと或る日寂しそうに落とされた言葉があった。
自身の幸せよりも毛利を選んだと言ったその言葉が不器用なくらいに真っ直ぐで、反射的に抱き締めてしまって困らせた。
家を、国を背負うのはその家に生まれたものとしては当たり前のことだ。けれど全てをその為に自分の全てを捨ててしまうような生き方が余りにも不器用すぎて、自分のことなどそれでいいと告げる彼を思って泣けば、おずおずと背中に回った手があやすようでもあった。
そうして嗚呼、そうだ。彼もまた自分と同じ血の通った人間なのだと元親は思った。
思い出せと言われれば際限なく、本当に些細なことまでもが思い出されるのである。
喪いたくないから守りたいとは冗談でも言える関係ではなかった。
彼を庇護するなどという選択肢は元親は持ち合わせてなかったし、対等な立場だからこそ得られた関係でもあったからだ。
ふらりと立ち寄って、他愛の無い話をし、そしてまた去っていく。
寄せては返す波のように。
けれど海無くば生きられぬように元親の中で毛利元就という存在は大きくなり過ぎた。

「……出来るならばもう一度、会いてぇなぁ」

呟いた言葉は本心だ。
また、と言った言葉に少しだけ穏やかに笑って頷いた彼は、一月もしないうちにこの世を去った。
呆気ないと言えば呆気なく、当然と言えば当然であったのかも知れない。
何か予感めいたものが彼にはあって、だからこそ最後に会ったときに少しだけ戸惑いがちに元親の言葉を受け入れた。
あの時にどうして―。

「喧しい。お前がそうやってぼやく度に我は起こされて、…静かに眠るのさえ適わぬ」
「…毛利」

とん、と襖の開く音と共に呆れた声が耳朶を打つ。
振り返った先に陽光を受けて溶けるような柔らかな髪の色と細身の影。逆行で顔はよく見えなくともそれが誰かなど元親には一目瞭然であった。
声も間違えようがない。
思いすぎて幻覚でも見ているかのような心持ちで動けない元親に更に呆れた声が続けた。

「久しぶりに見る顔は矢張りどうしようもなく阿呆面よな。元親」

姓ではなく、名で読んだその声は非道く懐かしい。

「本当に?」
「仕方あるまい? お前が五月蝿すぎてほとほと困っていた頃合いでもあったし、誰もがお前を迎えに行けというのだから」
「……迎え?」

とん、ともう一度軽い音で襖が閉められる。
少しだけ俯いた彼が、

「…そうだ。不本意だが仕方ない。もう少し…長生きをして貰いたかったのだがな」

笑う。
そうして優しく告げる言葉に妙に納得して元親も笑った。
たくさんの見知った顔が彼岸の住人となっていた。にも関わらず迎えに来たのは彼らしい。
言葉もなく伸ばされた手が、そっと元親に差し伸べられた。

「悪ぃな」
「全くだ。もう少ししぶとく生きてくれるものと思っていた」

その、男にしては細い手を掴んで立ち上がった元親は自身の足下にもう一人の自分を見る。
眠ったままの自分の顔などこれ限り見ることはないだろうとぼんやりと思うと、掴んだ手に僅かに力が込められた。

「……元親」

諭すような声音に「大丈夫だ」と首を振った。
今更、生が惜しいと暴れ回るには少し気概がなさ過ぎたし、何よりも迎えに来たのが彼であればこそ、この手を離すのが惜しい。
そんな元親の気持ちを読み取ったか、小さく呟かれた言葉は余りにもらしくなく笑ってしまう。
思わず握られた手を引いて小柄な彼をすっぽりと自身の腕に収めると久しぶりの感覚に元親は屈託無く声を上げて笑った。
咎める声が返るのかと思ったら小さい溜息が一つ聞こえただけで、躊躇いがちに顔を覗き込んで元親は言葉を失う。
なんて顔をするのか。
慌てて俯いた彼が器用に元親の腕の中から逃れると、微かに手を引いて歩くようにと促した。
手を引かれる形で数歩、彼の後を歩く元親がゆるりと振り返れば布団の中で眠る自分の姿。
もしかしたら今、手を振り払ってあそこにいけば戻れるのかも知れない。
けれど戻る気はもう無かった。

 

 

申し訳なさそうに、泣きそうな顔で笑った彼が此処にあったから。






>>おむかえです。 とまぁ、そういうこと。
   何だか死にネタが多いなぁ。逆に元親がお迎えにくるパターンも
   考えていたりします。

   ありきたり…!(馬鹿

ねぇ、ねぇ、景ちゃん。
至極嬉しそうにそう呼ばわる一応奥方に隆景は碌でも無さそう、と思いながらも向き合った。

「どうかしたの? 冬さん」

うんうん、とにこにこと笑う人物はどこからどう見ても性別的に男である。
奥方とは本来女性を指す言葉であるのだから、致命的なずれでもあるのだが隆景も家臣達も全くと言っていいほど気にはしていなかった。
夫婦とは子を成すことも目的と入れるなら、この二人はその目的を成す可能性としての第一条件は持ち合わせていた。
奥方が男性であるにも関わらず、その条件を満たすことが出来るというのなら。
結果として旦那でもある隆景が女性であればいいことである。

「あのね、景ちゃん。ラブポーションって知ってる?」
「……らぶ…、何?」

両手を前に合わせて、上機嫌のままの奥方に聞き慣れない言葉を反芻した隆景は首を傾げた。
らぶ、とかいう言葉は前に胡散臭い南蛮人から聞いたような気がする。
確か意味合いは”愛”だっと記憶しているが定かではない。
その後の言葉に至っては全く聞いたことがなかった。
銀糸と呼ぶに相応しい癖のあるふわりとした髪を揺らして、奥方が笑った。

「ああ…。そうかそうか。聞き慣れないよね」
「……南蛮語?」
「南蛮ってどこら辺を指すのかが僕には分からないからなぁ。これは英語というのだけれどね」
「……えいご?」
「いいよ。南蛮語で」

そこに重要性は無いのだと言いたげに両手に包まれていた小瓶を奥方は隆景に差し出した。
薄く桃色に色づいた瓶の中には液体が入っている。
受け取った小瓶を目線の高さまで持ち上げて隆景はしげしげと眺めた。

「…これが、その…らぶなんとかなの?」
「うん。ラブポーションね」
「……薬?」
「良い線いってるよ。景ちゃん」
「どうしたの、これ」
「貰ったの」

素直に答える奥方に曖昧に相槌を打って、隆景は小瓶をゆっくりと振った。
少しだけとろみのあるようにも思える液体が瓶の中で揺れる。

「……それで」
「うん?」
「どんな薬なの、これは」

予感的にはあんまり良い薬では無さそうだ。
笑顔の奥方は少しだけ首を傾げると「んー」と小さく唸った。
言い難い効用のものだとでもいうのだろうか。しかし隆景には薬の名前さえ聞き覚えのないものだ。ここは聞いておかねばなるまい。

「ほら、あるじゃない? よく…」
「何が?」
「ここにだってあると思うんだ」
「……だから、何が?」
「意地悪…」

そう言われても困る、と沈黙を貫けば観念したように奥方が一つ溜息を吐いた。
そして愛の毒とも言うのだ、と宣う。

「…愛の毒?」
「つまりは妙薬ってこと」
「………ああ」
「理解した?」
「つまりは媚薬ってことでしょ?」
「そんな身も蓋もない」
「でもそういうことでしょ?」
「まぁ、ね」

世間一般で言う惚れ薬や、強壮剤。そんなものの類だと、肩をすくめて肯定した奥方と、手に持ったままの小瓶を交互に眺めやりながら隆景は思案する。

「くだらない」

じっと様子を覗っていた奥方が驚くよりも早く小瓶を手にしたまま隆景は立ち上がった。
そしてそのまま障子を開け放つと城をぐるりと巡る堀目掛けて小瓶を放り投げる。
あ、と奥方の声が背中から聞こえる。
くるりと振り返れば立ち上がっていた奥方と目があった。小柄な隆景よりも大きい背丈とその割りには細い印象を受ける体躯。
綺麗に弧を描いて目標を違えることなく堀に吸い込まれていった小瓶の、哀れな末路とも言えるぽちゃりという水音が聞こえた。

「景ちゃん」
「要らないじゃない」

何かを言おうとした奥方にさらりと隆景が言う。

「…うん?」
「僕たちには必要ないでしょ、そういったものは」
「……うん」

にこりと笑った隆景に、奥方はそれ以上の言葉は言えなかった。
愛の毒を食らったか、というのなれば既にもう食らったと目の前の…小柄な少年のような女性はいうのだろう。
男として育てられて来た彼女はいつだってそう言う意味で潔い。

 

「そうだった。僕もだからこそ、此処に居るんだったからね」

 

まだ人間にもなれていない存在を。
受け入れて尚、引き留めた其の手を。その言葉を、知ってしまったときから奥方と呼ばれる彼もまた毒を食らったに等しい。
やんわりとゆっくりと依存性も高く、或いは致死性まで持つ、その毒を。




>>最早オリジナルに近いが、全く版権じゃ無いとも言い切れないので
   出来てしまった分類不可。
   冬さんと呼ばれているのは奥方である彼が冬を冠する名であるからです。
   冬さん、景ちゃん、と呼び合う仲の妙な夫婦。

   たぶんこれ以上はないと思う突発的。
   これの元出が分かるむつきさんにひっそりと捧げます。

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プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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