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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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正午も過ぎ黙々と筆を動かしていた端正な容姿の青年が机を挟んで向かい合い同じように筆を動かす相手に聞こえるよう声を掛けた。
「そう言えば知ってるか?」
その間にも筆は止まらず几帳面で丁寧な字が紙面を埋めていく。
「何をですか?」
「慶だが…、此度の王は女性らしい」
さらりと告げられた言葉に話しかけられた相手は漸く顔を上げた。ことりと筆を置いて何かしらを思案するよう視線を彷徨わせる。
「女王…、ですか」
「うん。そうらしい。…未だ暫くは落ち着かないかな」
「そうですね」
話し相手が顔を上げたのもあって青年はにこりと笑むと自身も筆を置いた。
僅かに開けられた窓から陽気を含んだ風が入り込む。さらさらと癖のない青年の亜麻色の髪が風に揺れ、浮かべている笑顔も助けて酷く爽やかな魅力に満ちて見える。
しかし会話の相手はその彼を酷く胡乱な目付きで見遣った。
「……何か悪巧みしてるでしょう?」
「何故? 今そんな会話だったか?」
「会話よりも貴方の場合態度が雄弁です」
「何処から如何見ても好青年じゃないか」
「私は騙されません」
ぴしゃりと言い返して白状しろと言わんばかりの相手に青年は今度は苦笑する。
「あのね、竜崎」
「何ですか?」
「僕だっていつもそんなことばかり考えてるんじゃないんだ」
「それは知りませんでした」
「…ついこの間の、まだ根に持ってるのか」
「ついこの間のだけで済まされると思ってるんですか?」
ついと視線を逸らした相手の様子を観察するように青年は見詰める。
「竜崎」
「何です」
「慈悲深い生き物のお前が許さなくて、誰が許せるって言うんだ?」
「誰も許せませんよ」
逸らしたばかりの視線を結局は向けて竜崎は溜息を吐く。
この会話は不毛過ぎる。たぶん午後いっぱい執務時間中の息抜きとして続けたとして平行線の一途を辿るだろう。
どちらかが折れることでしか終わりはしないのだ。そして結局の所此処で決定打となりえる一言を持つ青年に竜崎が敵う訳がなかった。
「分かりました。…いいです、もう」
「あれ? 今回は自棄にあっさり引き下がるね」
「まだ万全じゃないんですよ。…付き合いきれません」
先日まで床に臥せっていた竜崎の顔色は平素よりも確かに悪い。
元々血色は良くない方だが、それにしても病的とも呼べる白さが未だ残っていた。
青年がその白さを確かめるように徐に手を伸ばした。触れる前にかわすことも可能だったが竜崎は甘受する方を選ぶ。
「………悪い」
「そう思うんだったら」
「無理だ」
「…知ってます」
長い間の付き合いだ。王として目の前の青年を選んだ時、自分は彼の王としての姿勢を教えて貰っている。
それでも良いのなら選べと言った青年は間違いなく自分が選ぶ唯一人の存在だったのだ。
選んだ瞬間に、否その前から天命が決められているのであれば自分の麒麟としての運命は既に決まっていた。
「で、景王が登極なさってあちらが望むのであれば、支援する形でいくんですね?」
「理解が早くて助かるよ」
「どれ程の付き合いだと思ってるんですか。…それじゃそのように冢宰にも伝えておきます」
「ああ」
「しかし、慶東国に女王…ですか」
「今度の景王が有能であれ、暫くは厳しいだろうな」
「慶国では女の王は良く思われませんからね」
彼の国の女性の王は皆、短命だ。
国民柄とでも言うのだろうか否か。女性の王で長き治世を敷いたものは未だ存在していない。
だからこそ民は女が王に選ばれることを余り良くは思わないのだ。短命で愚かな王ほど手に負えぬものはない。
「彼女なら平気と思うけどね」
「…月君? 此度の景王をご存知なんですか?」
「お前の方が良く知ってるよ。覚えてるだろう? 秋官府にいたナオミ」
「ナオミ…さん? 朝士の?」
「そう。あの豪く勘の鋭い彼女だよ」
「景台輔が彼女を選んだんですよね」
「良く選んだよな」
「天啓には逆らえませんからね。好き嫌いじゃないんです」
嫌味とも取れる言葉をさらりと言って、くすりと笑みを零した竜崎の様子に青年が目を細める。
隣接する慶国には前王の治世の時にも何度か足を運んでいる。其処で些末な争い事に巻き込まれて出会ったのが此度王と選ばれた女性だった。
黒い艶やかで癖のない髪としなやかな印象で、法務と裁判を掌る秋官府にて朝士を勤めていた。
「景台輔と上手くやっていけるか…。それだけが少し心配ですね」
「そこはまぁ大丈夫だろう」
「おや…随分とはっきり言いますね?」
「それはもう、経験で」
にこりと文句も付け様もない完璧な笑みを浮かべた青年に竜崎は溜息を返す。
経験でというのならお互い様だ。
「何か文句でも?」
「いいえ。ないです」
先ほどの嫌味への応酬なのだろう。
走廊を此方に向かって近づいてくる足音を耳聡く拾って竜崎は立ち上がった。
「即位式の際に当方の方針を景王にはお伝えすることにしましょう。それで良いですね? 月君」
「ああ、そうしてくれ」
竜崎が絶妙のタイミングで框窓を開ければ、其処には書類を両手に抱えた冢宰が立っている。
突然の事に驚くかと思えば人の良い笑顔を浮かべた冢宰は最初から分かっていたと小さく礼だけを取り房室に足を踏み入れた。
その麒麟と冢宰の息の合ったやり取りを見遣りながら青年も立ち上がり、宰輔と冢宰に王としての指示を与える為に口を開いた。



>>十二国記ですの…!(略した)
   連日割と短文よりは長い内容量で自分がこれを書いてるのに驚かされます。

   月と竜崎はいつもこんな風に膨大な仕事量をこなしてるんだよ。
   二人とも優秀だから全然苦にしてないどころが暇だとか思っちゃうんだよ(…)
   ちなみに巧国冢宰はワタリ。さり気に影のボス(…)
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全ての色を拒絶したような真白な子供は、あどけない幼さを含んだまま深い知性を宿す瞳で確かに相手を見定めた。一瞬の沈黙の後、面白くも無さそうに「至日までご無事で」と告げる。拝顔した者は項垂れて辞した。感情の浮かばぬその瞳に影に潜んだ女怪は心配そうに声を掛ける。
「大丈夫ですよ」
淡々とした声がそう答え、次に参内した者に子供は視線を向ける。
数分後にはまた先程と同じ言葉を相手に告げるのだ。躊躇いはない。そしてふと遥か遠くもう戻れない場所を思う。
帰りたいと口に出して言えるほど真白な子供は子供らしくなかった。

 

 

「馬鹿だな、お前」
「………五月蠅いです」
熱の残る身体を起こして書簡を手に取っていた房室の主に声が掛けられる。声のした方に視線を遣れば逆光で表情までは見えないが線の細い年の頃二十程の青年が立っていた。
相手に聞こえるか聞こえないか位の溜息を零し白い指先が書簡を器用に巻いていく。
「一体何の御用ですか? 宗台輔」
隣国の麒麟を見据えて床に半分伏せっている状態の室の主が問う。
さして気にも留めずつかつかと室の半分まで歩みを進めた青年の髪は癖のない金糸。
「怪我をして、自分の血にあてられて寝込んでる馬鹿な麒麟が居るって聞いて見舞いに来ただけだ」
「嫌味を言いに?」
「お前じゃあるまいし」
嫌味で応酬される会話に青年が区切りを付ける。
それ以上は嫌味を返さず床についていた麒麟は隣国から見舞いに来たという麒麟を見遣った。
「大丈夫か?」
「大丈夫そうに見えますか?」
「お前は胎果だ。通常の麒麟よりも血の穢れに弱い。…無理はするな」
気遣った言葉に素直に頷いて巻き終えた書簡を傍らにある台座に乗せる。
不幸中の幸いか現状は平穏そのもので、通常の執務を無理せずこなせば床で仕事をするような必要性はない。
「そういえば、落ち込んでいたぞ」
「誰がです?」
「お前の王」
「……ああ、」
放り渡すように果物を投げて青年は身近にある椅子に腰掛けた。
嘆息混じりで漏らされた言葉に少しだけ意地悪気な笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「お前が庇ったんだろう?」
「当然の事です」
「それで怪我して寝込んでいるようじゃな」
「……それは、私も…反省してます」
怪我をするつもりではなかったので、と付け加え床に伏せった麒麟は微かに笑んだ。
白い何色にも染まらない容姿は青年よりも幾分か年下に見える。
「ニア」
「何ですか?」
名を呼ばれた麒麟が首を傾げるのと同時に椅子から立ち上がった青年が距離を詰めて、至近距離互いの声しか届かない位置で声を潜めて言う。
「伏せってるところ悪いが頼み事がある」
「…私に?」
「というよりは、采王に宗王から内密に頼みたい事があると言えばいいか」
「取り次げと言うわけですね。良いですよ。…私が聞いて良い内容ですか?」
「寧ろ耳に入れて置いて欲しい事だ」
「…分かりました」
「とりあえずこれを渡しておく」
青年が懐から取り出した書簡を受け取ってニアが視線を落とす。緘は宗王直々の印。
形式的な礼を取っておらずとも正式な宗王からの書状であるのには違いない。
「それは采王に渡して欲しい」
「はい。確かにお預かりします」
しっかりと受け取ったのを確認して奏国の麒麟はニアの耳朶に口を寄せた。
何事かを口早に告げていくのに感情を表さぬ真白な容姿の中で唯一深い色を持つ瞳が細められる。
一言一句違えぬように記憶に留めたニアは微かに頷き、癖のある自分の髪を弄う。
「それじゃ、頼んだ」
「はい。……メロ、」
「何だ?」
「これ、ありがとうございます」
先程放られ、受け取った果物を示して礼を言えば小さな苦笑が返り「じゃあ」と呆気なく別れの挨拶を告げて奏の麒麟は換気の為に開け放した窓から身を躍らせた。
声を掛ける暇もない。
開き掛けた口を閉じて空を掛けていく黄金色の軌跡を見送る。
丁度その時背中から声が掛かった。
「ニア、具合はどうだろうか?」
そのタイミングの良さに今度はニアが苦笑する。あの隣国の麒麟は自身以外にこの房に来訪があるのを知っていて早々に立ち去ったに違いない。
「はい。もう大丈夫です」
振り返って声を掛ければ控えめに室内に入るのさえ躊躇っていた男が一歩足を踏み入れた。
「主上、すみませんが…。その扉、閉めて頂いても良いですか?」
本来ならば自分が動き閉めるべきなのだが、血の穢れに当てられた身体は如何せん重い。
麒麟の言葉に主である男が回廊側の戸を音も少なく閉めた。
「宗台輔が来ていたようだが?」
「先程帰りました」
「そうか」
「主上…、預かりものがあります」
「預かりもの?」
メロから先程受け取った書簡を両手で掲げて男の眼前に差し出す。
それが何であるかと説明する前に緘が目に付いたのだろう、心得たと言う風に男は書簡を麒麟の手から受け取った。
ぱらりと解かれた書簡に目を通した男が量るように息を吐く。
「何か宗台輔から聞いているか?」
「書状には何が?」
「奏国籍の或る男が才に亡命したらしい。国境を抜ける前に確保したかったが叶わなかったようだ」
「犯罪者ですね」
「それでその男を見つけたら引き渡して欲しいとの事だが」
「……酌量の余地はあるのでしょうか?」
「それは当方からは何とも」
「捜し出すのは難しいかも知れませんね」
「しかし…内密にとはいえ台輔直々に来られるとは」
「一番足が速いからでしょう?」
「そんな理由…」
「メロにはそれで十分なんです」
くすりと笑みを零した自国の麒麟に王は困ったように視線を向ける。
「…で、どうしますか?」
「宗王の願い出だ。可能な限り応えたい」
「なら…命じて下さい」
「ニア?」
「私に使令で、その男を捜せと」
「しかし…」
「大丈夫です。本当に大分体調は良くなりましたから…。それ位では負担になりませんよ」
男が考え込んだ為に一瞬の沈黙が降りる。
「…す」
「すみませんでした。レスター」
男の言葉を覆うように麒麟が頭を下げる。麒麟が叩頭出来るのは自国の、自身が王と選んだ存在だけだ。
床についたままのニアの顔色は決して良くはない。
口で心配は要らないと言っても主上が安心できるものでは無いのは本人が一番よく分かっている。
「ニア、私は…」
「レスターが気に病むべきではないんです。私がいけなかったんですから。……心配ばかりを掛けて本当、」
言い終えないうちに不自然に言葉は途切れる。
華奢なニアを抱き締めた王はただ囁くように「すまない」と言う。
「……いいえ」
ゆるりと抱き竦められた麒麟は首を振った。そっと自身よりも一回り以上大きな背中をあやすように手を回す。
応えるように腕に力が籠もったのに委ねて瞳を伏せた。

 

 

生まれ育った場所は異世界なのだと教えられた。
人の形を為しながら自分は人ではなく本性は獣なのだと伝えられた。
その言葉を疑わなかったわけではない。しかし年齢の割に聡明すぎた子供は自分が生まれ育った場所では奇異であったのを良く理解していた。だからこそ妙に心で納得したのだ。
同時に今までの居場所にはもう戻れない事を知る。
生まれ落ちたその時から存在自体に大きな意味を与えられているのなら、戻るという個人の我が侭は通らない。
穏やかな父にも優しい母にももう会う事は叶わない。暖かなあの家には戻れない。
子供は泣きはしなかった。けれど何処か虚無感は抱いたのだ。元々感情の乏しい子供ではあったが、本来の世界での知識を教わり国を挙げ昇山が始まった頃には一切の表情を浮かべなくなっていた。
特に理解力に優れていたらしい子供は、神にも同義の王を自分が選定するなど何と馬鹿馬鹿しいと内心思っていたし、自分が王を選ぶ事はないような気がしていた。その際の寿命は短いと伝え聞いていたが別に構いはしないとさえ思っていたのだ。
幸せも暖かさも与えられるのが、感じるのが生まれた世界でないのならと何処か達観していたのかも知れない。
その余りの感情の起伏の無さに乳母にあたる女怪は酷く心配した。親身になり身を削って守ってくれるその存在が心を痛めるのは流石に気が引けたがどうにも出来なかった。
謁見する人間は後を絶たず、しかし子供は王を見出す事は出来なかった。既に諦観していた。
だというのに。
子供は酷く驚いたものだ。感情は表情には出なかったが存在自体が揺らぐかと思った。そんな出会いだった。
バランスを崩し頽れた子供に手を差し伸べてきた相手、直感した。理屈など必要がない。彼が王なのだと存在自体で理解した。
額ずき教わった誓約の言葉を一言一句間違えずに口にして子供は、突然の事に息も継げないでいる男に促すように言葉を投げつけた。

―許すと言って下さい。…貴方が、私の王だ。

その言葉を十分に咀嚼した後、男は返した。短い、男の運命を変えることになるには余りにも短い一言を。
成獣に程遠い幼き麒麟に手を差し伸べて男は笑う。
賢い子供は人の良いその笑みを見て理解した。此処は、確かに自分の在るべき世界であり居場所なのだと。



>>十二国記ダブルパロ。
   才国主従は、王がレスター。麒麟がニア。
   ニアは胎果なので血の穢れに普通の麒麟よりも弱い。

   しかし思ったよりも長くなって間延びしたような良く分かんないような。…まぁ、いいか(良くない

麗らかな午後の陽光が室内に差し込み、筆を淀みなく動かす手を照らしている。硯の脇に筆を置いて総一郎はゆっくりと首を回した。とりあえず急な仕事もなく今日の分を終わらせた。朝議は明後日、それまでは少し余裕があるだろう。
「相沢、台輔はどうした?」
書簡を纏め部屋を出ようとしていた天官に声を掛ければ、くるりと踵を返した男が困ったように笑う。
「いつも通り、ではないかと」
「……いつも通り…か」
「ちっとも大人しくしてくれないって女御がぼやいてましたよ」
それでも仕事はきっちりやっていくので誰も文句は言えないんですけどね。
そう付け加えて執務室を後にした天官を見送って総一郎は椅子から立ち上がった。
庭へと続く窓を開けたところで行き場を失った手をそのままに立ちつくす青年と目が合う。
壮年の総一郎と比べれば親子ほどの年の差に見える青年の髪の色は丁寧に織り上げられた糸のように癖のない金。
「…なんだ、気付いてたのか」
「いや偶然だ。今、帰りか?」
「ああ」
「お帰り。何か報告があるのだろう? 上がりなさい」
言われるや否や軽い身のこなしで窓から室内に入り込んだ青年が人の悪そうな笑みを浮かべる。
市井に降りる時にする素性を隠す布を無造作に外して窓辺に寄りかかった。金色の髪は神獣である麒麟の証だ。尤も今、麒麟として各国にいるのは毛色の違う者ばかりで、酷く珍しい事ではあるが綺麗な金の鬣を持つのはこの国の麒麟しか居ない。
「総一郎」
「何だ?」
「交州の官吏の動きが怪しい」
きっぱりと告げた麒麟は試すように自身の王を見遣る。
告げられた言葉に一瞬思案するように押し黙った総一郎が顔を上げた。
「根拠は?」
「証拠を掴んだか、と聞きたいのか? ならばNOと今は答える。使令を一人置いてきた。…そのうち証拠は出てくる」
「ふむ」
「火のない所に煙は立たぬ…だろ。とりあえず頭の片隅でも入れて置くと良い」
「済まないな。ありがとう」
「別に…。これは俺の趣味みたいなものだからな」
礼を言われ照れたのか窓の外に視線を移しそう言った麒麟が遠くを見据えるように窓枠に身を寄せた。
雲海が何処までも広がり、陽光を乱反射させては風によって形を変えていく。
「後は………、言うまでもないとは思うが」
「うん?」
「隣国の塙台輔が失道したらしい」
「…またか」
「全く、塙王も懲りないな。きっと今頃言い争いにでもなってるぞ」
笑いを含んだ言葉に、総一郎も容易にその情景を想像出来て笑みを零す。
隣国巧州国の現王は治世七百年にも及ぶ名君も名君だ。歴史に名を残すという意味で彼の王はある種特殊な偉業さえ成し遂げている。
幾度にも渡る麒麟の失道。その度に道を正しまた模索する。国を治める先を最初から見据え、世界を試そうとしている姿は歴史に類を見ない。
失道の度に道を正す事の出来る見事な判断力と切り替えの速さ、精神力は感嘆だけでは大凡表せたものではない。
「しかし今頃はもう落ち着いてるかも知れんな」
「だろうな」
隣国として接するにはとても大きな存在であった巧州国の王と麒麟は、それでも事ある毎に何かしらの助言を与えてくれた存在でもある。
「メロ」
「…うん?」
自分の麒麟の名を呼んで、総一郎は窓から臨む下界を見下ろした。
「これから少し忙しくなる…か?」
「どうだろう? お前次第だろう、総一郎」
選んだ王を見上げて鮮やかに笑う表情は先程の笑みとは違いいとけない。
成獣化する前に出会い王に選定され治世してきた年月は二百年余り。何時でも一生懸命に物事に取り組んできた総一郎にとっては短いようにも感じ、しかし振り返れば普通の人間の生が二度回るくらいの年月は経っている。
「私次第…か。随分と手厳しい」
「心配するな。…お前は俺が選んだ王だから」

―大丈夫。

言外にそう告げて奏国の麒麟は寄りかかっていた窓辺から身を離した。
手招かれ一歩踏み出した先で、総一郎の大きな手で頭を撫でられる。角がある故に普段は厭うその行為を彼は拒まなかった。
出会い王として総一郎を選んだ時から変わらぬ仕草に可笑しそうに小さく笑いを零した麒麟に、その主である総一郎もまた微笑んだ。




>>デスノ十二国記ダブルパロ。
   奏南国の王は総一郎。麒麟はメロ。思えば綺麗な金の鬣を持つ麒麟は…捏造しない限り彼だけです(笑
   月とLは巧州国主従。

   カタカナ表記の名前を漢字当てようかと思ったんですが、漢字辞書を引っ張って唸らないといけないのでそのままにしました。いいじゃん。パロだから(…)
   そういえばハルが金髪で王様なんですが…そこをどうしようかとふと考えます。金に近い変わった髪色にでもしておくか^^^

主上、と控えめな女御の声に男は振り返る。
二十代前半の年頃に見える端正な容姿の青年は迷うことなく綺麗に着こなした黒衣の裾を翻した。
つるりと磨き上げられた碧玉の玉佩が光を浴びて柔らかな光彩を反射する。
「どうした?」
声は清廉な響きさえ含んだ通りの良さである。亜麻色の髪と若干それよりは濃い褐色の瞳は日に透ければ柔らかな印象を纏う。回廊に差し込む陽光が癖のない亜麻色の髪を飴色に融かした。
「…はい。あの、台輔が…」
頭を深く垂れて言いにくそうに女御が口にしたその言葉で、青年は大体の事情を察したようだ。柳眉を少し顰めて、しかし女御には悟られないよう直ぐに薄く笑みを佩く。
「分かった。直ぐに向かう。…ご苦労様」
「はい」
労いの言葉に更に深く頭を下げた女御を横目に青年の足取りは迷うことなく或る一室を目指した。
磨き上げられた床にコツコツと硬質な足音だけが響き、行き着いた先は細やかな装飾がさり気なく施された扉であった。
「…僕だ。入るぞ」
一応、室の主に気を遣い声を掛けてから扉を開ける。
房室に誂えられた寝台から身を起こす気配。寝台は薄い紗の布が遮っており朧気に影が映り込むのみで、休んでいたのだろう主の様子は窺い知れない。
「竜崎?」
寝台の人影が動く。
青年が呼んだ名はその人のものであるらしい。するりと紗の布を捲るように腕が伸ばされた。
酷く血色の悪い細い腕だ。
「……何を、考えました」
穏やかと言うよりは凪いだ水面のような感情を表さぬ声が問う。上体を起こし支えていた手の位置をずらして首を傾げたのは真っ黒な髪を持つ若い風貌でありながら年齢を悟らせぬような男だった。
「何を…っていうのは?」
「その侭、言葉の通りです」
寝台の近くにあった椅子を引き寄せて座った青年がゆったりを腕を組む。
「竜崎」
青年が名前を呼ぶ。それに程なく「はい」と短い返事が返った。
寝台に身を起こしたのは王を選定する神獣であるこの国の麒麟である。そしてそれを字だけで呼ぶ事が出来るのは例外を除いて麒麟が王と認めた者唯一人。
「失道したとでも言う気か?」
「…頭の良い貴方の事です。もう分かって居るんじゃありませんか?」
「………ちっ」
「…………今盛大に舌打ちしましたね」
「気のせいだ」
その言葉に溜息で応酬した竜崎と呼ばれた麒麟は緩慢な動きで姿勢を変える。
「月君」
「何だ?」
自身の王を麒麟が名で呼ぶ行為は酷く珍しい。
漆黒の闇を称えた瞳がじっと見据えてくるのに王である青年は応える為決して視線を逸らさない。
「そろそろ諦めません?」
「何を」
「私、本当このままじゃ身が保ちません」
「だろうね。失道したんじゃ…」
「冗談じゃないんですよ」
「分かってるよ。…仕方ない。今回のは諦めよう」
「今回のって…」
横柄な主の言葉で文句の一つも失った麒麟に同性も異性も引きつける流麗な笑顔を向けて、王は寝台を覆っていた紗の布を引いた。
上質な衣が立てるあえかな衣擦れの音で紗の布が床に落ちる。
休んでいる姿を暴かれる事となった麒麟は隠す事もなく不機嫌を露にした。
「…まだ、それほどでもないね」
「貴方がとんでも無い事ばかり考えるから、あっという間ですよ」
「大丈夫。諦めた、と言っただろう。二日もすればお前の体調は元通りだ」
悪びれもせずいう言葉は国の未来さえ左右する大事である。
王が天命によって定められた道に背く行為をすれば、王を選定し王と共に生きる麒麟が病に斃れる。道を失った王と麒麟が辿る道は言わずもがな。麒麟が死ねば王も死ぬ。失道に掛かった麒麟が持ち直すには王が正しき道に戻るか、王が在位を降りるかの二つ。
しかし人の性として過ちを認め、それを正し、正道に戻る事は難しい。
麒麟が失道すれば国が傾く。その王の天命は尽きたと考えるのが常識であった。
「そうでしょうね。でもね、月君…。これ結構辛いんですよ」
失道に陥った麒麟が王の禅譲無しに持ち直すことが困難な事は当の麒麟本人が一番知っているはずだ。
であるのに飄々と竜崎は自分の王が正しき道に戻ると言ってのける。
「だろうな。血の穢れにあてられない限り体調も崩さない麒麟の唯一と言っていい病だ。…それも死に至る…、辛いわけがないだろうね」
「分かってるんなら、大人しく王として正しい道を歩んで下さい」
「へぇ?」
「もうこれで何回目だと思ってるんですか…! 数えるのが嫌になりましたよ、私」
珍しく声を荒げた竜崎に意地悪気に目を細めて彼の王は笑う。
麒麟が失道に掛かれば天命が尽きたと同義。その王の在位は長くない。世の中で暗黙の常識となっているそれを悉く裏切ってきた王の治世は凡そ七百年に及ぶ。
「正しい道…ね、これだけ豊かにしてやったのにまだ慎ましくしろと僕に言う訳か。お前」
「当たり前です。王は国の、民の為だけに存在する。それ以上を望む事は出来ません」
「そんなの、誰が決めた? 天帝か?」
「…月く、」
「僕は最初に言ったはずだ。僕を選ぶのは良い。けれど、僕はこの世界の仕組みを良しと思っていない、と」
涼やかな声で告げられた内容に知らず麒麟は身を強張らせる。ずきりと身体の内側から痛みが走った。
一番の禁忌を事も無げに言って見せて王は優しく微笑むのだ。
「分かっていて、選んだんだろう? 竜崎」
「卑怯です。麒麟が天命に逆らえぬ生き物と知っていて」
「ああ、そうだね。でもそれでも選んだのはお前だ」
形の良い指が労るように竜崎の肉付きの悪い頬を撫でた。
「大丈夫。死んでしまったら元も子もないからね…。お前はまだ死なせないよ」
彼を選んでしまった時点で既にこの道を選んだも同様なのかも知れない。その時に告げられた言葉を思い出して麒麟は瞳を伏せる。思いの外長い睫が震えた。
「はい、信じています。月君」
そう言う以外に竜崎に言葉はなかった。

 

 

―僕を王に選ぶ?
―それが天命ですから。
―……そう、天命…か。
―はい。そうです。
―ならば……。

ゆっくりと現れた麒麟に動じる事もなく己の運命を享受して、王足る存在だと言われた青年は笑う。
声は清廉。美麗とも賞されるだろう整った容姿の青年が浮かべる笑みは似付かず酷薄だった。

―其れなりの覚悟はしておくと良い。僕はただ歴史に名を連ねる名君になるつもりは毛頭無い。
―大した自信ですね。
―王を選ぶのが天命であるというのなら、天命とした事を後悔させてやる。

その言葉に麒麟は息を呑んだ。
王を選ぶのは麒麟。麒麟が従うは天命。世界が在り続けてきた長い時間、全く揺るがなかった秩序全てを覆すとでも言うつもりか。

―で?
―…え?
―どうする? 今言った通り。君は頭が良いみたいだから僕の言葉の真意くらい量っただろう?
―私は…。
―僕は選ばれるのなら王としての責務は果たす。勿論、僕の目指すのはその先にある。

事を成すには大変な心力を使うことをさらりと言って麒麟の決断に身を任せた様子に、王を迎えに参じた麒麟は一度瞳を伏せた。
目を閉じても分かる。
溢れる、光。王の器量。
須らく其れは天からの采配なのだ。逆らう事など神獣である麒麟に出来ようも無い。
自分の王以外に頭を垂れる事の出来ない麒麟が流れるような動作で青年の前に額づいた。

 

―天命をもって主上にお迎えする
  御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申しあげる―

淀みなく言い終えた麒麟が窺うように視線を上げた先、一瞬哀しみにも似た色を浮かべた褐色の瞳が瞬き強い意志を孕んだ光を宿す。


―許す

其れは長い歴史の中でも、劇的な運命の瞬間であった。




>>十二国記ダブルパロ。
   ワイミーズが麒麟たち。マットの王様が誰なのかを考えて今、候補が居なくて悲しくなっているなんてそんな馬鹿な(笑

幻視する。錯覚する。世界が回る。目は覚めず夢は続く。世界の基盤が反転する。逆様になった所で視点は動くのを止めた。
目覚めは近い。
ぼんやりとそう認識してふるりと頭を振った。
「…、嗚呼」
呟いた声は寝起き特有の微かな掠れを伴い、点けっ放しであったモニタの灯りが目に痛い。
『…L? どうしました』
「いや、少し眠っていたようだ。……それよりもワタリ」
『はい』
「日本への手続きを」
『向かうのですか?』
「……今回に限っては此方から出向かなければ」
画面越しの溜息は何より身を案じてくれたが故のものと知る。だから少しだけ申し訳なくなって笑った。
それが届く訳のないことを知っていて、笑うことさえ見越したように穏やかさが含まれた声は返る。
『―畏まりました』

 


横暴過ぎます。
何度目かの抗議はじろりと睨みを利かせて黙殺する。判っていることを云われる事ほど不快なものも無いと内心呟いた。確信はしているのに確証がない現状況が私自身をどれだけ追いやっているのかは知れない。
そういえば普段よりも甘味の摂取量が多い。事件を追っている時は、オフの時に比べて甘味を摂取する量が多くなる。それは必然でもあった。
けれど今回はその比ではない。これを取ってもまだ自覚症状はないが今までに無い程のストレスが掛かっているのが判るというものだ。
だから最近ワタリは良く気遣う言葉を寄越すのかも知れない。
「良いですか。私は、」
既に溶かしきれない砂糖が沈殿した紅茶を一口啜って告げる。
前代未聞の殺人犯は、その疑いは。
摘み上げた写真には整った顔立ちのまだ少年の雰囲気を引き摺った青年の姿。
姿は似ていない。
けれど、妙な確信はもう一つあった。
「彼を、夜神月を…キラだと思っています」
息を飲むその音さえも黙殺する。理解する前に判る感覚は珍しい。直感とも違う。勘ではない。だから矢張りそれは確信なのだ。

―彼は私によく、似ている。

法律には穴がある。弱者は所詮弱者でしかない。報われない事は多い。
世の中の理不尽さは到底払拭は出来ないだろう。それを理解していても腹立たしい事がある。
世界は決して綺麗なものばかりで構成されるものではないのだ。
光は闇がなければ認知出来ず、闇は光が有ってこそ存在する。それと同様に正義が有れば悪も存在する。
相反するものが存在して世界は存在する。清濁併せ呑むとまでは行かずとも、人間はその矛盾に折り合いを付けて生きているのだ。しかし偶に非常に可哀想な事ではあるが許容量の少ない人間も存在する。
それが、若し酷く器量が良ければ尚のこと可哀想だと思った。知らなくても良い事まで理解出来る聡明さを備えていれば苦しみは大きくなる。
監視するうち、話をするうち、理解した。
夜神月という人間はまさにそれだった。そして、それが私と彼が違う一点。

 

「月君、」
「何? 竜崎」
「私、時折ふと不安に捕らわれる事があります」
「へぇ? 世界の切り札であるお前が? どんな?」
「私は私の考えで死ぬのではないのか、と」
「……何?」
考え倦ねているようで眉間に皺を寄せた彼の手首には手錠。誂えさせたそれは鎖が長い。硬質な音を立てて弛んだ鎖が床を打つ。そのままに近づいてじっと窺う視線を逸らさない彼の隣に腰掛けた。
「お前の頭脳は命を狙われる。策士策に溺れるともいうから、…若しかしてそう言う意味?」
「はい。ちょっと違いますね」
「それじゃ、はいじゃないだろ」
「半分は合ってる気もしていますから」
困ったように肩を竦めた彼の瞳は影がない。
あれほどまでにキラであると確信を得ていた、その確信足る何かが今の夜神月からは欠落していた。
「それじゃ、何?」
「いいえ。………只、不倖ですね…という話です」
勿論自分のみの話で出た言葉ではない。
自分の考えで死ぬのは、たぶん私という存在もそうだが目の前の彼もまた同じだろう。
不穏な響きでも受け取ったか彼が表情を映さない瞳でじっと窺ってくる。しかしそれでも影はない。
「竜崎」
「はい」
「考え過ぎだよ」
「…そうでしょうか」
「そうだよ」
それに、と付け加えた彼が穏やかな笑顔を浮かべる。
何だってそんな風に笑うのかと問い糾せばまた殴り合いの喧嘩にでもなるだろうか。
「お前も僕も不倖なんかじゃない」
その言葉に不覚にも一瞬呆けてしまった。頭の回転が速く油断の出来ない相手だというのは十分に分かっていた。しかし。
「私も、月君もです、か」
「ああ」
「だと……良いんですけどね」
まさか、こんな言葉を投げつけてくるとは思わなかった。今の夜神月には世界に対する希望がある。
初めて大学で言葉を交わした時には感じなかった、希望がある。
「竜崎?」
疑問符を付けて名を呼ぶ彼に笑いかけるくらいしか出来なかった。
確信は未だ間違いであったと見直す必要もなく、確信のままで自身の中に存在する。
だからこそ互いの命を懸けて決着を付ける時が来る。
「泣いてるのか?」
「いいえ」

―いいえ。

「私は、泣く事は出来ませんから」

自分の為に流す涙は最初から持ち合わせていない。為れば此の頬を伝うものは彼の為の。

 


私と彼はよく似ている。
根本も思考も能力も、似ているのだと思う。
外見は全く違う彼をまるで自分の写し身を見たように錯覚したのだ。
存在する訳のないもう一人の自分。
民間伝承の自己像幻視の通りであるならば、それは死刑宣告によく似ているのだろう。
命を懸ける意味であるならばそれは間違いなく正しい。
決着を付ける時はどちらかがどちらかの未来を奪う時。それに違いないのだ。

「………本当、まるで」
「…え?」

続いた異国の響きに、その独り言に困惑の声が上がったのに笑う。
初めて出会った自分が認める存在がもう一人の自分であるならば、片方が命を奪われるのは当然の事なのかも知れない。



>>椎名○檎のポルターガイストの対がドッペルゲンガーと知ったので
   同タイトルで…と思ったら関連性もない話になったというオチ(苦笑

   自己像幻視における民間伝承は、出来れば見たら死ぬ間際ではなく
   見た時にドッペルゲンガーに殺される、のイメージの方が強い。
   今回はそっちを採用。

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