忍者ブログ
謂わばネタ掃き溜め保管場所
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


異例の出世だと。
類を見ないし後には多分続かないだろう、と大人達は興奮した口調で一つの話題に掛かりっきりだった。
切るのが面倒で気付いたら腰近くに届くほど伸ばした髪の、その少し傷んだ毛先を面白く無さそうに少年は弄る。
確かに異例で運が良かったかも知れない。
けど違う。間違いなく何の後ろ盾もない下町出身の彼が騎士団のトップにまで上り詰めたのには、血の滲むような努力と苦労があってのものだ。
早くに両親を亡くした少年にとって、年が4つほど離れた彼の存在は思いの外近かった。
皮肉屋な少年の心情を察するのが上手い彼は、よく一人で寂しさを紛らわす為にぽつりと佇む少年の前に現れては、他愛のない話をする。
大体は夕暮れ時で、その光を織り上げたような金髪が夕焼け色の染まる様とか。
青空に似た瞳が刻一刻と色を変える夕暮れを映し、微妙な色合いで瞬く様は少年にとって宝物だった。
その時の笑顔や、言葉は、少年に掛けられるためだけのものだったから。
決して疎くない少年は時折疲れた様子で下町に現れる彼の、それでも自分を見つければそんなものを隠して穏やかに接してくる人柄に何も言わずとも惹かれた。
大人たちが話す言葉よりもっと少年は嬉しくて堪らない。
漸く彼の努力が認められる時が来た。
我が事のように少年は嬉しかった。

しかし数日後、真新しい鎧に身を包み下町を訪れた彼に、少年は声を掛けられなかった。

にこやかに話しかけられる言葉の全てに返す彼の姿は少年の知っているものとは違った。
(こんな、の、知らない)
誰もが祝福をする中、少年は彼に手渡す筈だったささやか過ぎるプレゼントを握り締める。
その明るい金色の髪も、優しい青い瞳も今は少年のよく知るものとは違って見えた。
(なんで、こんなに、……遠い)
手を伸ばせば届いた距離が、急に遠のいた気がして少年は彼が自分に気付き声を掛ける前にその場から踵を返す。
渡す筈だった贈り物は渡せなかった。


***


――ユーリ・ローウェル。

その名前を書面で見た時には夢かと思った。何度か見直してそれが一言一句間違いではないことを認める。
そしてフレンは瞳を瞬かせて、目の前で真新しい騎士服を身にまとった数名の中に見慣れた筈の、それでいて見慣れない一人の少年を見つけた。
少女と見間違いそうな中世的な顔立ちに、強い意志を秘めた暗色の瞳。
肩より上で切り揃えられた髪が頼りなげに揺れ、ふと視界を掠めた首は華奢な印象を与える。
(髪を、切ったのか)
手入れなどしていない髪は、痛みも少なく癖はなく艶やかで腰の辺りで落ち着いていたはずだ。
それをばっさりと切り落としたらしい少年をフレンは良く知っている。
幾分か年下の、同じ下町が出自になる少年の名をユーリ・ローウェルという。
気の強い子だ。それでいて芯は強い子だとフレンは評価する。しかし何故彼が騎士団の入団試験をクリアして新米騎士としてここにいるのか。
フレンには解せない。
ユーリの性分は自由奔放で、大凡組織に入り動く事を良しと思うような感じではなかったし、それに騎士団の入団試験に合格する事は決して容易ではない。
条件として身分は明記されていないが、前提的に一般階級以上の学力が求められる。
その日の生活に必死な下町の人間が騎士団の学術試験を突破する事。それ自体が難しいのだ。
ユーリは決して頭の悪いタイプではないと思っていたが、けれど進んで勉強をやりたがるとも思えなかった。
数年前、子どもでも働ける仕事にありついたユーリが少し難しい計算を求められて苦戦していたのを教えた事がある。
必要に迫られた、その時でさえユーリは勉強を教わるというのが苦痛のようだった。
それなのに。
「……ユーリ・ローウェル?」
一人ずつ名前を呼び配属を確認する、その最後にフレンは少年の名を呼ぶ。
短く「はい」と返事をした声は記憶と違わぬ、変声期を抜けたばかりの柔らかさを残すトーン。
伏せ目がちだった瞳が瞬き、フレンより若干低い身長のユーリが見上げるように視線を合わせてくる。
「親衛隊の見習いとして配属する」
一瞬、言うべき言葉を見失いそうになりながら、フレンは何とかユーリに配属先を告げた。
途端その場にいた数名の新米騎士たちからざわめきが起こる。
団長直属に当たる親衛隊に、見習いとはいえ下級身分のユーリが配属されるのだから無理もない反応だ。
ざわざわと決して快くないざわめきの中で、ユーリは向けられる視線をものともせず形式に基づいた敬礼で返す。
そして引率され部屋から出て行く後姿を見送り、フレンは深く溜息を吐いた。
知らずに吐いた溜息は長く重く。気になったのか隣で無言を貫いていた副官が気遣わしげに声をかける。
「団長、大丈夫ですか」
「……すまない、大丈夫だ」
ことりと首を傾げた副官が苦笑する。
「全然大丈夫じゃないですね」
「ソディア」
「あの下町育ちの、ユーリ・ローウェルといいましたか。彼の配属、もう少し配慮すべきでしたか?」
「いや」
異例の下町出自の騎士団長の下に下町出身の新米騎士。
兎角、汚い噂話が好きな貴族の輩にはうってつけの話題となるだろう。
そして間違いなく矛先は弱い立場へ向かう。この場合はユーリに向かうことになる。
「どこでも一緒だろうね。有難うソディア」
「いえ。私は公平に人事を組み立てたまでです」
こほんと咳払いをする彼女が、ユーリと自分の出自を念頭に入れて数日頭を悩ませているのを知るフレンは頭を振った。
騎士の大半が貴族階級を占める中、平民出、特に下町出身というだけで酷く目立つ。
ユーリが入団試験を突破したのは間違いなく実力だが、勘繰る要素は排除出来ない。
「団長も安心ではないですか?」
「……うん?」
「傍に置いた方が」
「どうかな。……要らない苦労をかけそうだと思うよ」
言葉に副官が笑う。
要素が排除出来ない以上、距離を離しても近くに置いても同じ事だ。ならば傍に置いた方がいいと彼女の下した判断を信じたい。
自分より正義感が強いと思うのだ。
だからこそきっと組織の中の腐敗した部分をユーリは見過ごせないだろう。
一朝一夕で変えられるほど世の中は甘くない。身に染みて知っていても、耐えられるか否かは別問題だ。
「そうですね。団長は無理ばかりですから。彼が貴方をよく知り聡いとすると、私の仕事が減って助かりますね」
軽口を叩き、書類を纏めて退室する副官にフレンは「ありがとう」とだけ告げる。
扉を閉める寸前、僅かに動きを止めた彼女が
「礼には及びませんよ」
と室内に言葉を滑り込ませて去った。
途端、余韻を僅かに残し沈黙が支配した部屋でフレンは、椅子に腰かけ背もたれに体重を預ける。
ふうと溜息を吐くと、少しだけ沈み込んだ椅子の居心地の悪さに座り直して、机に残されたままの書類に目を移す。
今期入団した騎士のリスト。その一番最後の名前。
「……どうして、騎士団なんかに」
呟かれた疑問に素直に相手が答える訳がないのが想像出来て、フレンは天井を仰いだ。

 

***


「命令違反だ」
「でも」
「反論は許さない。……ユーリ、君は騎士には向いてないよ」
きつい口調で断言されたユーリがはっと顔を上げる。僅かに揺れた暗色の瞳が物言いたげに、けれど口は引き結ばれたままだ。
僅かに緩められた襟元から覗く、男性にしては細い首に小さく傷がついている。
赤く細く、それでいて腫れた様子から、ついたばかりの傷だと判断してフレンは思わず手を伸ばした。
その手から逃れるようにユーリが一歩身を引く。
「なんで」
「ユーリ?」
「なんでそんなこというんだよ」
震える言葉が滑り落ちる。ユーリが、もう一歩身を引いて、フレンを逃さないといったように見据えてきた。
泣いているのかと勘違いしそうになる声音とは裏腹に、ユーリはフレンをきつく睨みあげてくる。
昔から変わらないと、こんな時なのにフレンは思った。
ユーリは小さい頃から何も変わっていない。
真っ直ぐで自由奔放で、自分の正しいと思った道を真っ直ぐに行くだろう。その為の意志の強さを持ち合わせている。
だからこそ組織という枠組みの中、個人の意見を第一に動く事が決して出来ない立場は向かないのではないかと思うのだ。
「ユーリは、どうして騎士団に入ったの?」
入団当初から抱き続けた質問を吐き出すようにフレンは突きつける。
きっとユーリの器量なら、騎士団でなくてもやっていける。騎士団にいて要らぬ中傷に悩まされながら過ごす事だってない。
「オレは」
フレンの知人というだけで敵を作ってしまう。針の筵に何も要る必要なんてないのだ。
絞り出す声が、途切れた。
「……フレンは、オレが邪魔なのか」
「そうは言ってない」
「じゃあ、なんで?」
「客観的に見て、ユーリは騎士団に……組織に属するのに向いてないと思っただけだ」
「そんなの」
「分かってるんだろう? それなのになんでユーリはここに居るの? それを教えてくれないか」
機会があればそれとなくユーリが何故騎士になろうとしたのかを聞いてきたつもりだった。
うまくはぐらかされて終わってしまっていた答えを、逃す気は無い。
フレンが直に下した撤退命令に背いて、身を危険に晒したばかりか、隊全体まで危険が及ぶところだった。
今までのような些細な諍いとは違い、見過ごせる問題ではない。
「……に、……ったんだ」
「聞こえない」
「……っ、フレンの、」
人払いをした部屋に半分悲鳴に似た声が上がる。

「助けに、なりたかったんだよ」

 

思いもしない答えに、一瞬反応が遅れた。俯いたユーリの表情は見えない。

「僕、の?」




>>去年と比べたらささやかな四月馬鹿話。
   21歳騎士団長×17歳新米騎士。フレユリ。

PR
異種族間の関係ってもえるなってうっかり。
そううっかり、思って昼休み滾っちゃったから、やまなしおちなしいみなしをしてみたので
たたんでおきます。



将来の夢ってなんだろうと、ぼんやりと隣で頬杖をつく幼馴染が言う。
夕焼けが公園を赤く染め上げ、ブランコを漕ぐ音だけが周りに響いていた。遠くで役場だろうか、チャイムが鳴っている。
ゆっくりと空は青から橙、赤、紫、混ざり合うことなく、緩やかに変化していく。いつだって同じ色はなく、そしてとっぷりと日が暮れる頃にはいつもと同じ宵闇が広がるのだ。
公園で遊んでいた子供達はそれぞれ家路につく。
日が完全に暮れてしまう前に帰るのは暗黙の了解のようなものだった。
それは幼馴染みにとってもフレンにとっても同じだけど。
「フレンは、何になりたい?」
ブランコを漕ぎながら空を眺めていた紫の瞳が、フレンの方に向けられ、問われた言葉に首を傾げるしかない。
突然の質問というわけでもない。
ただ、何でそう思ったのかという理由が余り見当たらないだけで。
「僕は、たぶん……父さんの会社で働くんじゃないかな」
「おじさん?」
何となく、母がそう言っていたから、そう答えを返すと不思議そうにフレンを見詰めて瞬く瞳が、ふと陰りを帯びる。
「ユーリ?」
「ふーん。そっか、おじさん偉い人だったもんな」
ぼんやり呟き、勢いをつけた反動でブランコから飛び降りた幼馴染が、肩越しに振り返った。
「ユーリは?」
その背中に咄嗟に問いかけた。
言ってしまえば、沈黙を回避するための手短な手段としての質問返し。
しかし幼馴染は「うーん」と困ったように首を傾げると、
「わかんねぇ」
と返して寄越す。
「何かなりたいんじゃないの?」
「んー、別に。だからフレンはどうなのかなって思ったんだ」
それだけ、と笑う幼馴染は既に完全な夜に近い空を見上げて、頭を掻く。
「ユーリはなりたいもの、ないの?」
「だから」
「ないの?」
三度。同じ質問に溜息を付いた幼馴染が肩を竦めた。
そして踵を返しフレンに向き合う形で問う。
「なんでそんなに聞くわけ?」
「気になったから」
そう告げると幼馴染みは吹き出すように笑う。肩を振るわせ、腹まで抱えて笑う様子にフレンは流石に怒った。
「ユーリ!」
「悪ぃ。あんまりにも真面目な顔してるからさ」
笑い声の合間に、ごめんの意思表示に手を顔の目の前に持ってきた幼馴染みが、「でも」と少しだけ笑いを潜めて首を傾げた。
フレンとは正反対と言っていい、艶のある黒髪が揺れる。
「オレは強くなりてぇな」
「強く?」
「そ。強く」
視線を落とした幼馴染みが足下の石を蹴って、顔を上げる。
ひたりと絡んだ視線が余りにも静かで声も上げられず、ただ頷くだけにして、フレンもブランコから降りた。
「いつだっけ?」
「……え?」
「お前、引っ越しいつだっけ?」
幼馴染みの言葉にフレンは僅かに苦笑した。
らしくない質問は、数日後にこの町を離れるフレンの事情を知った上でのことだったらしい。
父の仕事の都合で引っ越す。そんな在り来たりの、どこにでもあるような理由で育ってきた場所を離れると聞かされたのは随分前だ。
暫くは寂しいとも思ったが、年齢にしては割りと聞き分けの良い部類だったから、幼馴染みに打ち明ける頃には納得していた。
驚いて、その後、たった一言だけ、そっかといった幼馴染みの記憶は新しい。
「明後日」
「そっか。明後日、か」
「うん」
「見送りはいかないぜ、オレ」
「うん」
笑う幼馴染みの顔は、とっぷりと日が暮れた今、少し離れた外灯に照らされるだけで心許ない。
けどはっきりとした口調はいつも通りだ。
見送りに行くねと数人のクラスメートが言っていた。だからありがとうと伝えた。その輪の中に幼馴染みは加わらないだろうとは何となく思っていた。
「ねぇ、ユーリ」
「ん?」
「どうして、さっき何になりたいって聞いたの?」
幼馴染みが笑う。その拍子に頭が揺れて、泣いてるかも知れないと錯覚した。
けれど一歩フレンに向かって歩いてきた幼馴染みは、少しだけばつが悪そうに笑っていただけで、そっと右手を差し出す。
「お前ならなりたいものになりそうだったし。そしたら大きくなった時、分かりやすいかなって」
差し出された手を握った瞬間、少し早口に告げられた答えはとても幼馴染みらしいと思った。
本当は少しだけ寂しい。
大丈夫と口にして誤魔化しても、住み慣れた場所を離れるのは不安だったし、何より目の前の幼馴染みとは簡単に会えなくなる。
寂しくないわけが無い。
目の前で平然としている幼馴染みも寂しいと感じているのだろう。
それが何だか嬉しかった。
「元気でな」
「……君もね」
少し辛気くさくなった雰囲気を振り払うように目一杯手を振られ、思わず蹌踉ける。
フレンが蹈鞴を踏んだ様子に笑いながら、握手していた手に力が込められた。
そのまま腕を引っ張るようにして歩き始める幼馴染みに、慌てて声を掛けるとすっかり暗くなった公園を視線で示される。
「帰ろうぜ。あんまり遅いと怒られちまう」
当たり前のことに頷いて、フレンは手を握られたまま家路についた。
あと二つ、角を曲がればそれぞれの家に帰る為に手は離さなくてはいけなくて。
「……ね、ユーリ?」
「ん?」
「……ううん。なんでもない」
いつも通りそれぞれの家への分かれ道で手を離す。
手を振って別れる、そのいつも通りの中で、手を下ろす瞬間幼馴染みが口を開いて、でも何も言わなかった。それだけがいつもとは違った。
フレンもまた返す言葉が無くて、幼馴染みに背を向けて家路につく。


            ――いつも通りの、その またね だけ言えなかった。



>>某さまのリーマン設定幼少のつもりで書かせて貰った話。
   なんかもう幼少むっかしいかも!^▽^

非日常に憧れる平凡な高校生は、人混みの中ひょこひょこと動く黒い頭を発見し、いったん首を傾げ見間違いじゃなかったことに気付くと深く深く溜息を吐いた。
自然と零れ出た溜息を咎めるものは存在しない。
手に持った百均のレジ袋を見下ろし、気付かない振りをして次の角を曲がってしまおう。そう判断する。
俯けば自然視界は狭まり、そのまま見慣れた角を曲がろうとした時だった。
「あれぇ? 帝人くん?」
妙に触りの良い声が落ちてくる。見えるのは立ち塞がった黒い足下。
恐る恐る視線を上げていく。黒で統一された服装の上にあったのは予想通り端正な顔だった。
赤褐色の瞳が緩やかに細くなる様をまるでスローモーションのように見守って、帝人は内心で盛大に溜息を吐く。しかも何度目かの。
「奇遇だねぇ。今、帰り?」
そんな風に何食わぬ質問をする男に会釈して、「はい」とだけ返す。
彼の活動起点を考えれば、用事もなくこの界隈をうろついてはいないだろう。何よりこの街は彼の命の危険さえ存在する。
なら何か彼にとって用があるわけで、無駄なようで一切の無駄のない彼の行動を考えると自分に声を掛けたのさえ用事の一つか。
と横でつらつらと言葉遊びのような一方的会話を繰り返すのをぼんやり聞き流して推測する。
「ね、聞いてる?」
ふ、と行く先を遮るように腕が目の前に伸びた。
「は、い?」
しまった。あまりに滔々と、次から次へと話題が、言葉が流れていくものだから半分以上も取り落としていた。
さっきまではつい最近発売した飲料についての独自の感想を、それはもう大袈裟且つ饒舌に語っていたのだが、現在時点で言えばそれはもう押しやられた過去の話題だろう。
だから素直に謝ることにする。勿論悪いとは思ってはいない。
「すみません。ぼうっとしてました」
「なぁに? 夜更かし? 良くないよ。大きくなれないよ」
昨日深夜までチャットしていたのは彼も良く知っているはずだ。
それを無視してしれっと言ってくる、優しい口調で毒を流し込むような、そんな男にゆるりと帝人は頭を振った。
「臨也さんは何か用が有ってきたんですか?」
話題を変えようと口にした言葉に男の眉根が寄る。
え、と疑問に思った瞬間、いつものように笑顔を貼り付けた男が「酷いなぁ」と口にした。
それだけで話題を変えたのが失敗だったと分かり、帝人はどうしようと思案する。
一瞬の表情。僅かに不機嫌を露わにした語尾。
「さっき言ったよ。君に会いに来たんだって」
答えはさらりと目の前の男が提示する。聞き流してしまった部分で彼は彼の用事を告げていたらしい。
下げていたレジ袋を無意識で握って帝人は「すみません」と頭を下げた。途端露わになる無防備な項の、その首元に手がするりと触れる。
冷たい、と肩を強張らせた帝人に上から笑い声が降る。
「ちょっと」
「無防備だな、帝人くんは」
反射的に手を払われたことを気にせず笑みを浮かべる男が、宙で制止したままの手をひらりと振る。
自然と動きを追い、注意力が散漫になった帝人の首もと、きっちり一番上まで留められた制服のシャツを男のもう片方の手が掴んだ。
少しだけ緩かったシャツの首周りが絞られ、息を詰めた帝人を至近距離で男が覗く。
襟元を掴まれ少しだけ持ち上げられた体勢は不安定で。
「臨也さん、ふざけるのはやめましょう」
緩く弧を描く瞳を見つめ、帝人はそれだけを告げた。
引っ張られたネクタイはきっと皺になってしまって、帰ったらアイロンを掛けなければならない。
絡む視線を逸らさずに数秒。前触れもなく手を離され、つんのめった先で男の腕に抱き留められた。
一つ角を入った路地は大通りに比べて人が少なく、そうじゃなくても他人には極力関わらない都会らしさで二人を咎めるものはない。
距離を取る為に胸についた手に手を重ねられ落ちてきた影に顔を上げた。
「あの、」
掠め取られそうになる瞬間、疑問だけで声を上げる帝人に男が「あぁ、もう」と呆れた声を返す。
そして離れた距離に何も反応せず襟元を正す帝人の様子に肩を竦め、男は笑った。
面白くも何ともないのに、いつもの作り物めいた笑みではなく心底嬉しそうに笑う。
「で、僕に用事って?」
「もう済んだよ」
とん、と両手で両肩を叩き、利き足を軸にくるりと踵を返す。黒コートの裾が翻り、色彩的には地味な男は笑みを浮かべたまま帝人を振り返った。
「済んだんですか」
「うん。済んだ。だから良いよ」
先程僅かにかいま見せた不機嫌さも形を潜め、もう一度距離を詰めてくる男に今度は帝人が肩を竦める。
本当に。
何と言っていいのか分からないが。この幾分も年上の、それでいて非合法を生業として生きる男は、とても面倒な性格で、性質も悪くて、勿論性格も宜しいとは言えなくて、それなのに時折酷く些細なことで満足そうに笑ったりする。
打算で生きる癖に、そんな時だけ彼の持つ狡猾さが全くない。
人を愛すという彼独特の持論はどちらかといえば人間のマイナス面を評価するのに、それさえも投げ捨てたような一面を、きっと彼は自覚していない。
だからそんな風に笑える。
そして無自覚のまま、それに気付いていつも付き合う帝人との関係を打算で成り立っていると評価する。
「臨也さん」
呼び止める声に動きを止めた男の唇を踵を上げ距離を詰めたことで掠め取り、帝人はその動きの延長で脇をすり抜けた。
声も上がらず少しだけ目を丸くした表情は視界に捉えている。
振り返らない背中に、「では、また」と言い置いて路地を抜けた。
あの絶妙なバランスで出来上がった男に対する感情は、同じクラスで同じ委員を務める同級生の彼女に抱く恋愛感情とは全く異なる。

――それでもきっと名付けるのなら。


「……あぁ、もう」
路地に取り残された形になった男がくつくつと笑う。
近くを通り過ぎた中年の男性が訝しげな視線をくれたことになど気にも留めず、腹を抱えくつくつと笑い寄りかかったビル壁に頭を預けた。
笑いがゆっくり収まるのを待って視線を上げる。
いつもと同じように利用する手駒として近づいた、年齢にしては細い印象を拭えない少年。
不思議なことだ。打算も無しに、ふらりと足を運ぶ時、必ずと言っていいほど少年は目の前に現れる。
例えば仕事を終えてマンションに向かう前。寄り道にも程がある寄り道で普段寄りつかぬ駅前を歩いて、彼が現れるのを待つ。
少年が男の前に現れるのではなく、自分から会いに行っていると気付いたのは少し前。
何だろう。それでも、何も用がないのに会うというのは少年に用があるということに他ならず、しかしいつも特段の用は見つからないのだ。
敢えて言うなら声を聞きに来ているのだろうか。それとも、顔を見に。
端から見たら単純な動機を男は見つけられず、ふらりと人混みに紛れる為に一歩を踏み出した。

男が少年に対する感情に気付くのは、もう少し先のこと。


>>デュラアニメ見た記念に。臨帝。

起き抜けのぼんやりした思考を何とかすっきりさせようと、ブーツも履かぬまま億劫そうに洗面所へと向かう。
ぺたぺたと音を立て、裸足故に床から直に伝わる冷たさに軽く身を震わせ、辿り着いた洗面所のコックを捻った。
流れ出た水を掬い上げ顔をおざなりに洗うとユーリはそこで漸く一息を吐く。ふう、と小さく声も一緒に吐き出して、備え付けの鏡が自分を映し出すのを視界に捕らえた。
鏡像の自分と視線が合う。
少し紫の掛かった暗い色の瞳と、漆黒の髪。
以前は背中まで伸びていた髪が頼りなげに肩より上で揺れている。未だ慣れないその長さの髪を一房摘み上げてユーリは首を傾げた。
元より惰性で伸ばしていたから未練は無い。黙っていれば女性にも見られる顔立ちと長い髪のせいで、長身にも関わらず何度も女性に間違われもしている。
だから髪を切ることに対して何の抵抗も無かった。
鋏を入れるときでさえ一握りの名残惜しさも感じず、床に長い髪が落ちては広がっていく様にも何も感慨を抱かなかった。
それなのに、だ。
「……なんか心許ないっつーか」
今まで長い髪で隠れていた項はまだ白さを十分保ったままで、その心許なさを確認するように手のひらで擦って、未だに流れっぱなしだった水を止める。
途端、朝の静けさに包まれた洗面台で、見慣れた自分の顔を見ながらユーリは初めて興味を持って自分の髪に触れた。
最初に鋏を入れた位置が悪かったのか。思ったよりも短く切り揃えられた髪は、途中から鋏を取り上げた幼馴染がやってくれたものだ。
騎士団の入団試験で数年ぶりに再会した幼馴染は、記憶の面影を残している癖にどこか嫌味なやつになっていた。
いや、もしかしたら自分が喧嘩っ早いのかもしれないとも思う。でも幼馴染の言いがかりもかなりのものだ。
ことあるごとに小言を言われては、規律や法規なんてものに縛られるのが苦手なユーリにとっては苦行以外の何物でもない。
結果、いつも言い争いになり、酷い時には喧嘩まで発展する。
そこまで考え至ってユーリは首を横に振った。
頬に短く切ったばかりの毛先があたる。
それで先日、髪を切った時のことを思い出した。
騎士団に入団が決まり赴任先のシゾンタニアに到着し、部屋を与えられた次の日。
今まで邪魔だと感じなかった髪が先輩騎士の鎧の留め具に引っ掛かった。
髪の長さに関しては個人の自由が認められていたが、すっかり絡み付いてしまった髪は解くのが非常に面倒で、ユーリも先輩騎士もつい「邪魔だ」と言い零してしまったのだ。
一瞬しまったという表情を浮かべた先輩騎士とは対照的にそうかと納得したユーリは、持ち出した鋏で絡まった毛先だけを切ればいいものをばっさりと肩の付近で切り落とすと、床に散らばった髪に目もくれず不揃いなままで部屋に戻った。
どうせなら切ってしまおう。
さすがに自室じゃないと切るのは憚られて戻ってきた部屋には既に先客がいて。
入団してから赴任先まで、挙句部屋まで一緒になった幼馴染が何か難しそうな顔で読んでいた本から顔を上げる。
その時の顔といったら無かった。
「またノックもせず突然入ってきて、扉も閉めないで」と文句を言う筈だった口が小さく開閉を繰り返し、「どうしたの?」と尋ねた声は戸惑いを含み、おかげでいつもの角のある言い方より昔の口調に近かった。
事情を説明し、髪を切り揃えたいと伝えると神妙な顔つきをしていた幼馴染が頷く。
了承を得たとばかりに浴室に向かい、最初に切り落とした長さに適当に切り揃えようと数度鋏を入れたところで、背後から伸びた手に鋏を奪われた。
適当すぎる。そう理由をつけて鋏を取り上げた幼馴染が髪を切り揃えるのを黙って享受している間、不思議と小言は無く。
規則的に入れられる鋏の音と、はらりと落ちていく自分の髪と。
確かめるように梳いては触れていく指先が優しくて、心地良くて、些細な事でいがみ合う今の関係が逆におかしくなってユーリは笑った。
勿論、動くなと窘められたけど。

「ユーリ、早くしろ。まだ寝ぼけてるのか」

物思いに耽っていたユーリに、神経質なノックの音と共に幼馴染の声が部屋から掛かる。
「別に寝ぼけてねぇよ」
聞こえてしまえば言い争いになるのは目に見えて分かっていたし、今はそんなこともする気になれず、小さく声を落としてユーリは洗面台から離れた。
ドアノブを回して部屋に続く扉を開けると、待ち構えたように目前に立つ幼馴染にユーリはへらりと笑う。
「何?」
僅かに怯んだ幼馴染の様子も気に留めず、僅かに寝癖で跳ねる短くなった自分の髪を摘んでユーリはしれっと言ってのけた。
「なぁ。寝癖の直し方、教えてくんねぇ?」


>>Yさんに洗脳された よ^▽^
   劇場版ユーリが短髪だったら、すっごく可愛いと思うんだ!って妄想。

カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
忍者ブログ [PR]