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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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報告を受けて眉間に皺を寄せた自分の麒麟に、歌うよう月は言葉を投げつけた。神経を逆撫でしてしまうかも知れない等分かりきっていて態とやった。
麒麟という存在は人間からしてみたら綺麗事のみで構成されているみたいに偽善的だ。
「なぁ、だから言っただろう?」
「……何をですか、月君」
親指を唇に押し当てて何やら考え込んでいた竜崎が視線を向ける。深い漆黒を切り出したような瞳が探るように見詰めてくるので殊更優しく笑ってやった。
「長くは続かない、ってさ」
形の良い唇から紡がれた言葉の響きも優しい。
しかし竜崎はその言葉で眉間に深く皺を刻んだ。
「貴方って人は」
「何?」
「……、どうしてそういうことを楽しそうに言えるんですか」
「別に? 楽しくなんて無いけどね」
実際問題全くの無関係ならば傍観のみで済むので楽しむだけなのだけど。
隣国の国政の悪化は自国にまで及ぶ。治安が悪くなり妖魔が跋扈するようになれば荒民として豊かで安定している巧を頼ってくる事は容易に予見出来た。七百年続いた王朝は確かに他国の荒民の救済を手伝えるくらいの余裕はある。しかし限度もある。
色々とこれからのことを考えて動かなくてはなるまい。
「楽しそうだから言ったんですよ」
「別に楽しくは無いよ。仕事も増えるしね」
「月君」
責めるように名を呼ぶ竜崎に月は笑う。
「僕は最初にも言ったはずだけど?」
「……景王が景台輔の名をつけた時でしたか」
「よく覚えてるじゃないか」
隣国の王が麒麟に名をつけたのだと風の便りで聞いたのは、景王が登極してから一月半後のことだったろうか。
大人しく話を聞いていた月が竜崎以外誰も無い場所で言ったのだ。「この王は長く続かないな」と。
「覚えています」
頷いた竜崎の脳裏にはその時に月が浮かべた表情が鮮明に描き出される。心底冷たい表情で笑って言い放ったので何も言えなかった。
「それでも頑張った方だと思うよ。八十年は続いたじゃないか。…僕はもっと早いと思っていた」
「月く、」
「模倣したって無駄だよ。最初からそれを考えれば後はなくなる。模倣品は所詮本物にはなれず、超えることも敵わない。模範くらいにして置くべきだったね」
竜崎の片腕を掴み引き寄せてそう言えば更に眉間に皺が寄った。
言いたいことくらいこの聡い相手は判っている。
「僕と景王は違うし、お前と景台輔は違う。……そんなの判りきったことなのに」
麒麟の名は王によってつけられるものならば、須らくどんな思いであれ王の意志が反映される。
耳元で「そうだろう、竜崎」と態とらしく呼ばれた名前に竜崎は身を竦ませた。

「だから、愚かだって僕は言ったんだよ」


―お前と同じ名を麒麟に与えるなんて、ね。




>>十二国ですの。
   もうネタとして定着してきた挙句自分的に今一番ベクトルが向いてるので治まるまで書くしかない(…)

   竜崎って名前はたぶん本編だとBが先に名乗ってるんだろうけど、この時系列から行くと月の方が先に王になってるのでBの竜崎は後につけられた名前。それを聞いたときの月の反応ってどんなだったかなとふと思ったのでそんな妄想(…)
   前日の話のほぼ同じ時間軸での話かな。若干後か…。

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夜半過ぎ宮殿内は静まり返り微かな物音でさえ響く時間帯に、こつんと玻璃の填められた窓を叩く音でメロは起きた。こんな時間に屋外から自分の部屋を訪れる者などそう居ない。
訝しげに眉を寄せながら上掛けを引き寄せ羽織り寝所から抜け出る。こつんとまた窓は叩かれた。
「…誰、」
「すみません。入れてくれませんか?」
窓を開けて相手を確認するまでもない。訊ねた声に重なる形で淡々とした声が返る。
極力物音を立てないように窓を開ければ月影に反射し白銀に光る髪と髪色に負けない白い肌を持つ華奢な姿が目に映る。隣国才の麒麟であるニアだった。
「…ニア? こんな時間にどうしたんだ?」
一歩窓から離れ相手が室内に入れるように空ければ、体重を感じさせない動きで部屋に入り込んだニアが微か困ったように笑む。この麒麟が夜中、他国を動き回っているのは非常に珍しい。
自室の周りに今の時間詰めている人間はいないだろう。念のため使令に辺りを探らせてからメロは椅子を無言で示し座るよう促す。察しの良いニアは何も言わずに座り、聞こえるか聞こえないかの微かな声で「すみません」と呟いた。
「…どうしたんだ?」
もう一度同じ質問を投げかけるとニアは徐に瞳を伏せる。
髪と同じ、色素の排された長い睫が震えて闇に近い深色の瞳がじっとメロを見据える。考え倦ねているような様子さえ珍しく、結局メロはニアが口を開くまで根気強く待たねばならなかった。
「今日、遣いで慶に行ったんです」
「……それはまた危ないところに」
慶の国は今、麒麟が失道し王の天命が尽きようとしている。風の便りでは辺境の地では既に妖魔が出始めているという。王朝の終わりを臭わす国に遣いを出すのは危険が増す。だからこそ雲海の上を越えられる麒麟を使ったのかも知れないが、だとして他国の王の書状や進言を受け入れられるほどの器量が王に残っているのだろうか。
「妖魔や治安の事であるなら見た限りでは、それほど乱れはありませんでした」
淡々と告げる言葉に偽りはないだろう。
メロはニアの向かいに腰掛け続きを待った。
「それじゃ、何が?」
「景台輔の失道です。あれは…、」
「酷いのか」
「………何と言っていいのか」
ゆるゆると首を振り言葉を探そうとする姿に慶国の麒麟の状態が芳しくないのを知る。
「ニア、お前それは?」
ふと夜闇の中でも白さの際立つ細い首筋がきっちり着込まれた襟から覗いているのだが、そこに赤く鬱血した痕のようなものが見えてメロは指し示す。細い指先がメロの言葉に導かれるように自身のその首に触れた。
しっかりと見えている訳ではないのだが、その痕がメロには首を絞められた痕に見えた。
「…景台輔にやられたんです」
「何で」
「現実と夢想の区別が…、付いていらっしゃらないようでした。突然のことだったので私も油断していたんですが」
失道に陥った麒麟が精神を病むということは珍しいことではない。過去にも何度か例があり、歴史書に記されたこともある。ただ、麒麟は慈悲の生物。その性質は仁である。無暗に他者を傷つける行為に出る事はない。
ニアの言った通りなら、失道に陥った慶の麒麟の精神状況は麒麟という性質を根本的に変質させるほどの厳しい状況下にあると言って良いだろう。
「首、あいつが絞めたのか」
「…はい」
頷くニアの瞳に迷いはない。
「思ったよりも早そうだな」
「……それまで景台輔の精神が保つのか分かりません」
暗に王朝の終止を言えば、的確に意味を掴んだ上で彼の国の麒麟を憂える言葉が返る。
襟の上から痕をなぞるように動く白い指を眺めながら、メロは何故この麒麟が夜半過ぎの常識外れな時間に自分の所に訪れたのかを察した。
「今晩だけで良いか?」
「ああ、はい。助かります」
「分かった。狭いけど此処で良いな?」
「構いません」
立ち上がり長椅子に柔らかな敷布を掛けたメロに倣って立ち上がったニアの、襟から覗く鬱血の痕をちらりと見遣って暫く痕は消えそうにない、とメロは冷静に思う。
鬱血の痕は白い肌のニアにとっては酷く目立つもの以外の何ものでもない。
こんな時間にメロの元に訪れた理由は一つだ。
遣いに行った慶には居れず、才に帰ろうにもこの時間では何があったのかと主上に聞かれるのは間違いない。挙げ句首には絞められた痕がある。下手をすれば国交問題になりかねない。
だからメロを頼ったのだ。
「気休めかも知れないが、これでも塗っておけ」
ふうと息を吐いて引き出しから探し当てた軟膏を放り投げる。ニアは、半分条件反射の動きで受け取ったそれをまじまじと眺めてから小さく「ありがとうございます」と返した。
先程メロが敷布を掛けた長椅子に腰掛けて襟を寛げると今まで隠されていた首筋が露わになる。くっきりと絞められた痕跡の残る首筋は痛々しく、想像していたよりも酷かった。
表情を変える事もなく、細い指で軟膏を擦り込んでいく様を横目で見ながらメロは思案する。
自分もニアも王に恵まれたか未だ失道には至らない。永遠というものがない事を知っている以上何時かは陥る状況と見て取るべきだ。いつまでも自分の王が続くと限らないこと位分かっている。麒麟とはいえそこまで物事が分からないわけではない。
だからこそ思うことがあるのだ。
「……悲しいですね」
思案に耽るメロの聴覚にぽつりと普段とは違う響きを持った呟きが落ちた。
「ニア?」
「失道がどんなものであるか…私は知りません。出来るならば知らない方が良い。けれど、あれは可哀想です」
落とした視線をゆっくりと上げたニアの瞳は珍しく感情が浮き彫りになっている。
この状況で一番精神的に衝撃を受けたのはニアなのであろう。きっともう加害者である慶国の麒麟にはそれが善悪かも分からない。
「あの人は…きっとずっと苦しんでいた」
ぽつん、ぽつんと落とされる言葉に「ああ」と妙な相槌を打つ。
「それを抑え込んで王に仕えていたのだと思います。失道して箍が外れてしまった。彼はもう、人の区別も付きません」
「…それは」
「物事の掌握なんて以ての外です。彼は自分の王以外の人間も麒麟も分からないんです」
消え入りそうな声でそこまで言ってニアは俯いた。想像すればどんなに悲しいことだろうと思うのだ。
白い手が首に残る痕に重なった。緩く自身の首を絞めるような仕草にメロが声を上げることはない。麒麟は自ら死ぬことは出来ない。
「手が掛かった時、彼はこう言った。”そんな名前は知らない。私は誰だ”と。私が死ねば主上の命も尽きてしまう。抵抗しなければならなかった。…なのに私はその手を振り払えませんでした」
するりと力無くニアの手が落ちた。
彼の国の麒麟の精神異常は失道だけが原因だろうかとニアは暗に告げている。出しようもない結論は推測で埋まりメロは苦々しげに眉間に皺を寄せた。
「ニア」
「…悲しいですね」
もう一度同じ言葉をニアは口にした。
ニアの思いは痛いほど分かる。だからこそ掛ける言葉は見つからずメロは牀から引き摺り下ろした衾褥の一枚を手渡す。
「明日には帰らなきゃならないんだろう? 取り敢えずもう寝ておけ」
「はい」
受け取り長椅子に体重を預けたニアが微かに微笑んだ。声は殆ど聞こえずただ唇だけが礼の言葉を形にする。
そして衾褥をすっぽりと被って長椅子に横たわったのを見守ってからメロも牀に潜り込んだ。
一度寝返りを打って溜息を零す。
他国に協力することは出来ても根本的な解決は本人達で行わなければいけないし、自分達は何も出来ないのだ。
だから傍観する以外に出来ることは無い。
「……遣る瀬無いな」
小さく誰にも聞こえぬように呟いた声は夜の静まり返った空気の中に上手く紛れる。
寝ろと言って置きながら自分が眠れそうに無いとメロは少し自嘲気味に笑った。




>>十二国記ですの。
   ナオミが王になる前。先王の頃、Bが失道した後の話。

   あんまり内容を決めず其の場のノリで書くから滅茶苦茶なことになります。
   纏まりが無い^^^^q^

夢想か現実か、曖昧な浮遊感の中でいつも呼ばれる名に辟易するのだ。
その名前は自分のじゃない。自分のものではない。既にその名で呼ばれるべき存在がいるものと同一ということは自身を否定されたのと同義だ。
呼ばれる名に頭を振る。
それは自分の名前じゃない。その名前で―――、
「ビヨンドにしよう」
呼ぶな、と精神が叫ぶ前にぽつりと呟かれた声が耳に届いた。少し眠っていたらしい。無理矢理意識を覚醒させてぐるりと自分の置かれた環境を確かめようとして、頬杖を付いて此方を見詰めている女性と視線が合った。
艶やかな黒い髪を今は下ろし動きやすそうな服に身を包んでいる所を見ると執務は終わったのだろう。女性はじっと見定める視線を真っ向から受け止めてにこりと笑う。
「おはよう」
「……おはようございます」
意識の覚醒は未だ完全ではない。ぼんやりとした感覚を引き摺っていると女性が柔らかに問う。
「さっきの聞こえてた?」
「……え? ああ…、はい。何かにしようっていうような言葉ですか?」
「うん。貴方の名前なんだけどね」
いっそ清々しいまでにあっけらかんと言って女性は背筋を伸ばすために手を組み頭上に上げる。
その隙のあるようで、余り隙のない様子を見詰めながらじっと投げつけられた言葉の意味をこの国の麒麟は考えた。
深刻なまでに悪化した失道による失調は、前王が禅譲した後まるで何事も無かったかのように緩やかにではあるが回復した。
王が不在ならば国は衰退する。王と共に麒麟が斃れてしまったのであれば王の選定までに時間が掛かるが、前王は麒麟をこの国に残した。王を直ぐにでも選定出来れば被害が深刻になる前に現状の回復に務められる。
民は麒麟が残されたことを希望とした。当然のことであった。
そして麒麟は程なくして新たな王を選んだのだ。
「…私の名前、ですか。不要です」
「名前が無いと困るでしょう? 私が呼ぶのに」
「ならば前の名前を使えば良い」
その言葉に女性が柳眉を顰める。
二度目の王を選んだ麒麟は二度目の天啓を受けたときには少し精神が壊れていた。最初の王を選んだ時のようにはいかず、麒麟らしさの欠如した思考で、それでも目の前にいる女性が王気を持つのを見定めたのだ。
慶国では女性が王位について長く保った例が無い。残された麒麟が選んだ次の王が女王だと知るや、民の希望は落胆に変わった。
そんなのは言われずとも知っている。けれど天啓には、天命には逆らうことが出来ない。
「台輔」
「…はい」
「”竜崎”と呼ばれるの好きじゃないでしょう?」
麒麟は基本的に名を持たない。自国の国氏と麒麟であることの文字が王を選んだ時に自然と宛がわれる呼び名だ。
麒麟の名は王がつける。王の考えによって、その王が麒麟に名を与える。
「別にどうだって良いです」
「なら私が貴方に名をつけても問題ないでしょ?」
「………」
王が麒麟に名をつけることが出来るということは、禅譲され二度目の王を選ぶ麒麟には名が新たに与えられる可能性があるということだ。
そしてこの国の麒麟は正しく今その状況に陥っている。
「…台輔、何とか言いなさい」
「……なんだか貴女を主上に選んだのは間違いな気がしてきました」
強い口調で促され、げんなりと呟く麒麟を女性はじっと見詰める。
王として選定され即位式が済み漸く身の回りが落ち着き始めた頃である。元々前王の時には秋官府に務めていた身だ。国府内の情勢は多少理解していたが、自身が王となると話は別らしい。女王が疎まれるのは分かっている。自分も官吏として務めていた頃はそう思っていたのだから陰口を叩く者たちを非難するわけにもいかない。
しかし朝議の度、今まで自分と肩を並べていた者たちでさえ試すような馬鹿にするような視線を向けてくるのだ。堪ったものではない。
挙句彼女を選んだ当の麒麟が、―唯の喧嘩の掛け合いではあるが、あまつさえ選んだのは間違いと言ったのには正直参った。
盛大に溜息をついて視線を外し女性は雲海の下に見える城下町に目を遣った。
「取り敢えず、私が言えるのは一つ。…貴方、自分の名前好きじゃないでしょう? 知ってるのよ」
「何故そう思うんです?」
「塙台輔の名前だからよ」
即答に麒麟の目が丸くなる。
その反応に女性は笑う。思った通りだ。
「別に、私は…」
「隣の巧のように長く繁栄のある王朝とする為に」
「……主上」
「そうだったわね」
「はい」
大人しく頷く麒麟に女性は柔らかな良く通る声で話し掛ける。
「肖って竜崎、と」
「…ええ、そうです」
「それじゃ駄目なの」
「…はい?」
きっぱりと言い切った言葉にまた目を丸くした麒麟が、彼女の真意を探ろうと言葉を促す。
勝負事のように一種緊張感のある空気に怯むことなく女性は続けた。
「確かに治世七百年は立派だわ。…私も出来ればそれ程の朝を築きたいと思う」
「……はぁ」
「でも、目標とするだけでは駄目なの。肖ってそのようになるだけでは駄目。巧と慶は抑も国として気質も何も違う。同じようにやって成功するとは思えない」
隣国が歴史に類を見ない長い治世を敷いてるとなるとそれだけで重圧となるらしい。
先王は賢君と名高い彼の王と同じようになろうとしたのだ。それを表すように自国の麒麟に彼の国の麒麟と同じ字を与えた。
それを聞いた時、女性は内心憤慨したのだ。何という可哀想な事をするのか、と。それではまるで自分を選んだ麒麟に対し背徳行為ではないか。
麒麟は王を選び、王に生涯仕える。忠誠を誓えば決して違えはしない唯一の存在と言っていい。
その存在を唯一と思えず倣って個人を否定するような行為だと彼女は思った。しかし当たり前の事なのであろうが、王の意も何もかも受け止めて麒麟はその名を享受した。
けれど知っている。彼女は気付いていた。
国府で仕えていた時に、その名を呼ばれる度に慈悲の生物である存在が酷く暗い色を瞳に湛える事を。
「だから、取り敢えず先ず…」
顔見知りの麒麟が自分に額ずいた時、彼女は第一に思ったのだ。
彼に自分の考えを伝え新しく名を与えよう。これから共に道を行く彼には唯一の存在になって貰わないと困る。
”何か”の模造品であると諦められてしまったままでは困るのだ。
「ビヨンドでどう?」
「…は?」
「だから貴方の名前」
にっこりと元々美人であると評判であった女性が満面に笑めば見惚れる者は少なくないだろう。
そんな笑みを浮かべて言った言葉に麒麟はどう反応して良いのか分からない。
「……一応、聞いても?」
「どうぞ」
「何故、その名ですか」
「越えて欲しいから」
「……巧を?」
「ううん、違う。前の名前に対する劣等感やその他諸々を越えるの。他でもない貴方が」
「…私、が」
「さっきも言ったように、巧と慶は違うわ。同じようにやって全て上手くいくとは思えないし、私は彼のような王には成れそうにもないし、なろうとも思わない。貴方にも塙台輔みたいになって欲しい訳じゃない」
「……前の主上とは反対の事を言うわけですね」
「そうね。それに私は貴方の事、塙台輔と似てるなんて思った事は無いのよ」
自分が王と選定される前から、国府に仕えていた頃王も官吏も似ていると言っていた頃から。
「そんな事を言われたのは初めてですね」
ふと感慨深げに麒麟の口から言葉が漏れる。隣国の麒麟のように在れと名付けられて以来、ちゃんと意図を汲み取った麒麟はそのように振る舞った。その為の努力さえ惜しまなかった。
しかし模倣は本物を越えられるはずもない。越える事があるのだとすれば、既にその存在がこの世に存在していないか――。
「分かりました。…その字、有り難く頂戴致します。主上」
模倣を捨て自ら道を切り開くか。
そして新たな王は後者の道を与えたのだ。共に歩く存在として斯くあって欲しいと望み意志を伝え、名を与え得るというのならば、自分はこの王が見据える国を隣で見てみたいと純粋に思う。
「よし、それじゃ決定。今日からその名を名乗りなさい。―ビヨンド」
驚くほどあっさりと鮮やかに告げられた言葉に、彼女への忠誠を誓った麒麟は恭しく頭を下げた。

 

―慶国に新王が立った半月後の出来事である。




>>十二国記ですの
   慶国主従はナオミとB。Bは一度禅譲をされて、ナオミは二度目の王。

   前の王に付けられた字は竜崎。ナオミからはビヨンド。
   名前は漢字じゃなくていいんじゃね?と開き直っている所存。

「あ、珍しいのが居る」
庭院に降り立ったメロは影に潜ませた女怪に話し掛けるように声を上げた。
転化し用意された衣に袖を通している間も彼の視線は或る一点に釘付けになっている。
萌緑の柔らかな色に交わらず酷く印象を残す、その純白。
ふわふわと触り心地の良さそうな癖毛が揺れていて所在無げに視線を彷徨わせているのは、隣国才の麒麟だった。
生国に下ったばかりの麒麟は未だ成獣化してはおらず、発育も良くはないのだろう、年齢よりも小さな体躯に座った椅子は大きく落ち着かぬ様子で宙に浮いた足を微かに揺らしている。
「…珍しいのって采台輔のこと?」
くすくすとメロの背後から楽しそうな笑いを含む声。
聞き覚えのあるその声に肩越しに振り返ってメロは笑い返してやった。
「お前も含めて、な」
「それは酷い言い様」
勝手知ったると言うような気さくな会話に二人は一度黙り込んでからどちらともなく笑い出す。
赤味を帯びた髪を揺らして笑うのは殆ど同じ時期に蓬山に孵った別国の麒麟である。
同じ時期にというのは珍しいが、それ故にこの二人は仲が良い。
「マット、どうしたんだ?」
「今日はちょっとしたお遣いを頼まれたの」
「ふぅん? それじゃ、あれは?」
「途中で一緒になったんだ。お遣いを頼まれたんだって」
控えめに指を指した先には小さな子供。白い髪に白い肌、身に纏う衣は上質な絹で出来ているのだろう、柔らかな紺青がその白い容姿に良く映えていた。
「大丈夫なのかよ」
「…心配してんの? 珍しいね」
「だって、あんな……って何…」
「まぁまぁ。確かに心配だよね。未だ十歳かそこらでしょ。しかも胎果だし…下ったばかりだし」
「…ああ」
にやにやと意地悪気な笑みを浮かべるマットから視線を逸らし、メロは所在なげに大人しく座っている未だ王を据えたばかりの隣国の幼い麒麟を見遣った。
色素が極端に薄い容姿の中唯一深い色味を持つ瞳が、二人の麒麟に気付いたのか向けられる。
じっと様子を窺う視線にただ何もしないのは耐えきれなくなり、メロは幼い麒麟が行儀良く座り込んでいる四阿に歩を進めた。
「お久しぶりです。宗台輔」
淡々とした子供特有の高い声が挨拶の言葉を紡ぐ。
「いや、此方こそ。遣いで此処まで来られたとか」
「はい。急ぎの用だと承りましたので私が行くのが最速か…と」
子供らしさを含まぬ口調である。
そういえば蓬山に在った頃に顔を見に行った時もこのような様子だったと記憶している。
突然環境が変わったせいで感情が追いついていないのかと思ったが、この幼い麒麟の感情の起伏の少なさはどうやら生来のものらしい。
「……いつお帰りで?」
「今日中には」
「今日中?!」
「…? はい、何か変ですか?」
「いや、変じゃないけど」
不思議そうに小首を傾げた幼い麒麟にメロは心底困った色を含んで返事を濁す。
そこに数歩遅れてついてきたマットがさり気なくフォローを入れた。
「才はまだ王が立って一年にもなってないだろ? 夜になれば妖魔だって出る。心配してるんだよ、宗台輔は」
「マット…!」
「ああ…。そうでしたか。すみません、有難う御座います」
麒麟は自国の王にしか礼を取ることの出来ない生物だ。というのに微かに頭を振って感謝の意を示した幼い麒麟は半ば飛び降りるように椅子から立ち上がった。
着地した時に長い裾を踏んでしまい体勢を崩したところを透かさずメロが受け止める。
想像以上に軽い体重に驚きつつも支えてやると小さく「すみません」と返ってきた。
「帰るのか?」
「主上が心配しますから」
「………夜になるぞ」
「でも」
幼い子供が思案するように瞳を伏せる。そうすれば余り目立たなかった睫は思いの外長く、大人しい容姿の子供はまるで人形と錯覚する程だ。メロが困ったように思案していると二人の遣り取りを見守っていたマットが幼い麒麟の肩に手を置く。
「心配しなくても良いよ、メロ。この子は俺が送っていくから」
「マット」
「氾台輔?」
「心配なんだろ? 俺は大丈夫。範に入ってしまえば妖魔の心配もないし」
その言葉に微かにメロが頷くと呆然と二人を見上げた幼い麒麟が「あの、」と声を上げた。
二人を交互に見詰めて心底困った風に首を傾げる。
「どうして…」
「何言ってるの、困った時はお互い様。後は勝手に心配して送っていくだけなんだから気にしなくて良い」
「でも、お疲れなのでは?」
国を一つ越えて奏国に遣いに来た距離を考えれば疲れていると言えたかも知れない。けれどマットは首を横に振った。
「大丈夫だよ」
「……采台輔、送って貰え」
「え…」
「その内、借りは返せばいい」
その言葉に思案するよう視線を彷徨わせた幼い麒麟は真意を推し量ったのか、ゆっくりと視線を上げて微かに頷いた。かち合った視線の先、深い色合いの瞳は静か過ぎる程に凪いでいる。
「分かりました。お二方にはそのうち必ず」
年齢の割に非常に物分かりが良い。麒麟は人間とは生物として根元が違う為、総じて幼い頃から聡明で物分かりが良いのが普通だが才の麒麟はその中でも擢んでて良いようだ。
拱手の礼を取ってメロの手から離れた子供と、付き添うように空を翔けていった顔馴染みの麒麟を見送ってメロはふと庭院の端に視線を彷徨わせる。物陰に隠れるようにして成り行きを見守っていた人影を見つけて笑った。
気配を消し上手く隠れたつもりなのだろう。
距離も十分にあるが故、客人であった二人は気付かなかったようだがメロには通用しない。
「総一郎、そんなところで何を?」
「…見つかってしまったか」
「最初から分かってたけどな」
麒麟は王気を辿ることが出来る。どんなに離れていても自分の王の存在だけは追える。他の存在から隠れられても自身の麒麟からは隠れられない。メロにとって総一郎を見つける事は容易い。
「そうか。…分かってたか」
「で? そんなとこで何を?」
「いや珍しくお前が気に掛けている様子が見えたから、少し会話に混ざり難くてな」
「ああ…」
「采台輔には今日は部屋を用意すると言ったんだが、帰りますの一点張りで。矢張り私も不安だったから、お前に送らせようか考えていた」
「……、成る程」
ならば気を利かせて自分が送れば良かっただろうか。
範国の麒麟は矢張り国を越えた分疲れていただろうし、メロはじっとして居られる性分ではなくあちこちを飛び回っている。その分隣国に送って行くのなど苦にもならない。
「要らぬ気遣いだったようだ」
苦笑する王に麒麟がゆるゆると頭を振る。
「そんなことない。…今度あいつが来てまたそう言う事を言うようだったら俺が送っていく」
「そうか」
「…ま、小さい内だけだがな」
貸しをいっぱい作っておけば良い事もあるだろう? そう言って笑う麒麟に王も笑いかける。
見上げた空は雲一つ無い青空である。二人は蒼穹の下暫く空を仰いでいた。



>>十二国ですの。
   レスターが登極して一年未満の頃の話。
   ニアはまだ小さくて、メロは心配でなりません(笑

   ニアが名前で呼ばれないのは、まだ名前が付けられていないからかな…とか。
   それか付けられて間もないから…かな。

地を叩く雨音をぼんやりと聞き入りながら投げ出した足を組んで瞳を閉じる。
庭院にある四阿の中で昼寝と洒落込もうとしたまでは良かったが、天候は崩れてしまい四阿に取り残された形となった。
特に急ぎの所用も無い。
雨が上がるまで待とうと持ち前の気楽さで緩やかな時間を過ごしていた時だった。
「嗚呼、こんな所に」
アルトの通りの良い声が振り落ちてきた。
見上げれば覗き込む形で女性が声をかけた所であり、彼女の耳墜が揺れて華奢な音を立てる。
麒麟の持つ金に近い薄い色素の髪を緩く結い上げた女性は遠目で分かるほど美人だった。
「ハル」
「執務室にいないから何処に行ったのか、と」
「それは悪い」
上半身を起こして笑いかければ女性も笑う。小柄な男よりは上背のある女性は上質な衣など気にせずに床に座り込んだ。
「何か急用でも出来た?」
「いいえ。私も仕事が終わったから折角なら一緒にお茶でも…と誘いに来たんだけど」
「…うん」
「仕事はもう終わってるんでしょう? 宰輔」
「勿論ですよ。主上」
色素の薄い金に近い髪色の女性は範西国の王であり、マットはその麒麟である。
「しかし珍しい。此処に雨が降るなんて」
「確かにね。でも嫌いじゃないよ、雨」
隣に座ったハルが「何故?」と落ち着いた声で問うてきた。それにマットが笑う。
雨音は少しずつではあるが弱まりつつある。暫くしたら上がるだろう。
「ハルに初めて会った時も雨だった」
そう言われて女性がその時の記憶を思い起こすように目を細める。もう随分と前のことのようで、しかし鮮明に思い出せる記憶は王として麒麟に選ばれた日のものだ。
朝廷で推薦を受けた州侯の付き添いとして昇山していた。
「そうだったわね。……あの時は散々だったわ。急に雨が降るものだから荷物を纏めている間にずぶ濡れになったし」
突然の豪雨に荷物を掻き集めて濡れないようにして蓬山公に謁見する列で、自分の仕えていた州侯が挨拶に向かうのを見送った。
風が強くて髪は乱れ、服はずぶ濡れ。散々だと思った。
「風に煽られた天幕の隙間からさ、一瞬だったけどハルが見えたんだよ。そしたらさ、自分が濡れるのなんて構わなくなった」
「…え?」
「だって自分が王に選ぶ人間がずぶ濡れで其処にいるのに、その麒麟が濡れるのを厭って御前に参らないなんて…そんな莫迦な話無いだろう?」
蓬山公、と謁見を行っていた甫渡宮の内側から声が上がり、視線を上げた所で人を掻き分けて向かってくる麒麟の姿をハルは見た。
金色ではなく赤味の強い髪が乱れるのも構わずに外に飛び出した麒麟は既に成獣化していて、転化した姿は十八歳程の少年とも青年とも取れる容姿である。
思い出せる。今でも鮮明過ぎるほどに。
視線を逸らすことなくハルを見据えて歩み寄ってきた麒麟は緩やかに膝を折り頭を垂れたのだ。


―天命をもって主上にお迎えする。御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申しあげる。

その言葉は流れるようで、しかし重みを持っていた。
何を言えば良いのか分かっていても喉からその一言を搾り出すことに酷く長い時間を要したのを覚えている。
後で麒麟に聞けば即答だったというのだから、ハルの感覚がその時麻痺していたのには違いない。
「王って…、直ぐに分かるものなの?」
「……さぁ? 他の麒麟のことは知らないよ。けど、俺は直ぐに分かったよ」
子どもの様なあどけない笑顔を浮かべて範国の麒麟は笑った。
小さく雨音にさえ紛れるような声で、だって光だったから、とマットは自分の王に告げる。
その告白にさえ思える言葉に一瞬目を丸くした女性が柔らかく笑う。
その頃になって漸く雨は止み、眼下に臨む城下町に虹が掛かっていた。




>>十二国記ダブルパロ。
   今までで一番短い話かな…。範国主従。
   氾王はハル。麒麟はマット。この二人はさらっとした関係ででも仲良しさんだと良いなぁ。

   基本的に脳内で、麒麟って言う生き物は可愛い存在だと思ってます。
   なんていうか基本構造(?)が可愛いよね。

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