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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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いつもより遅い時間にベッドから抜け出したユイは大きく伸びを一つしてリビングへ向かった。
テーブルの上に置かれたメモ用紙に目を留めると癖の無い母親の字が走り書きされていた。”少し出てきます”と書かれたそれに小さく苦笑する。
大体に於いて母の少しは少しではない。
今日は帰ってこないかも知れないと思いながらふと首を傾げた。
「……、あれ」
何か忘れているような気がする。
「随分呑気に寝ていたな」
「あ」
気配もなく頭上から掛かった声に昨日の出来事が一瞬でフラッシュバックする。視線を上げれば腕を組み薄ら笑みを浮かべた月と視線が合った。
「おはよう」
「…もう十時だがな」
「……本当だね」
嫌味な口調にも一晩で大分慣れた。さらりと受け流してユイはテーブルの上にあったテレビのリモコンを手にする。
壁に掛かったテレビが朝のニュースを伝えている。
「相変わらずくだらないことだらけだな」
「そう? それがいいとこだと思うけどね」
ニュースは最近起こっている窃盗殺人事件について報道しているようだった。ナレーターが早口で捲し立てるのを流しながらユイはキッチンから適当に朝食を見繕うことにする。
「お前はこれがいいことだっていうのか?」
「別にそうは言ってないよ。…何、父さんって潔癖症なの?」
眉間に皺を寄せてテレビ画面を見詰める月にユイは訊ねた。
人を殺して良いも悪いもあったものではなく、利己で殺害することは須く罪でしかない。情状酌量があったのだとしても人を殺すと言うことはそれなりに罪となり得るのではないのだろうか。
「どうしてそうなる?」
「いや、何となく」
ロールパンに齧り付いて答えれば頭上から溜息が降ってきた。
ユイはテーブルの上にパンとグリーンサラダの入ったボウルを置いてフォークでサラダを突く。
「お前」
「どうかした?」
「食べなさすぎだ」
「起きたばっかりだから」
「小食は母親譲りか?」
揶揄する口調に視線を上げればどうやら本当に心配しているらしい、初めて見る気遣う視線にユイは戸惑った。
何というか慣れない。今時片親というのは珍しくないが、ユイは父親という存在を生まれた時から知らない。母と共に仕事をする人間にはもし父親がいたらこんな感じだろうかと思ったことはあっても、またそれとは違っている。
死んでいるとはいえ、姿が若いとはいえ、本当の父親であるらしい存在だと言うだけでこんなにこそばゆい気になるものだろうかと思う。
「母さんは本当に食べなさ過ぎだと思うよ。僕は普通」
「そうか?」
「うん。だから大丈夫だよ。ありがとう」
笑ってユイは開いたままのノートパソコンに電源が点いているのに気付いた。自分は消して寝たのだから点けたのは母か、或いは。
「物にも触れるんだっけ?」
「ああ、それか」
「触れるの?」
「触れる。けど、それは僕が点けたんじゃない。ニアだ」
「………消し忘れ? 珍しい」
最後の一口、とパンを飲み込むとユイは慣れた手つきでキーボードの上に指を滑らせる。待機状態だったのかパソコンは直ぐに反応しメールボックスが開かれたままのデスクトップが表示される。
「……?」
「どうかしたか?」
「ううん、何でもない。…いや、何でも無くないけど」
「どっちだ」
画面に見入ったままのユイは横に音もなく移動し同じように画面を覗き込んだ月の様子を全く気に留めずキーボードを叩いた。幾つかの窓が表示されてプログラム言語が所狭しと並べられる。
「……これ、外部からアクセスされてる」
「悪戯か?」
「出来るわけ無いじゃない。ここのセキュリティなんだと思ってるの?」
隣でとぼけた問いをする月をじろりと睨み上げる。一応普通に生活するには気付かないよう配慮されているが、この居住スペースには厳重すぎるほどのセキュリティシステムが敷かれている。
全世界の警察を動かせる存在”世界の切り札”としての”L”の名を継いだニアが居を構える場所としては当たり前の措置だった。
「それはそうか」
「……うーん」
「放っておけ」
「でも」
「ニアがそのパソコンを出掛け際に点けていったんだ。間違いなくあいつが仕掛けた何らかの手だ」
キーボードの上に置かれたユイの手に重なるように月がキーボードの上に指を滑らせる。
淀みも迷いも無い慣れた仕種。
「手…って」
「……まぁ。これを囮にでもする気なんだろう? ……ほら、既に此処のセキュリティシステムの外に設定されてる」
とん、と画面の一点を指差した月は人の悪い笑みを浮かべた。
「全く意地の悪い手だな。あいつらしい」
「………気付かないよ、こんなの」
「気付かないからこその囮だろう? 相手に気付かれたら囮の意味はない。敢えて相手が乗ってくる場合にはまた別だろうけどな」
「父さん」
「うん?」
画面を見詰めていた視線を首を傾げることによってユイを見詰めた月が、じっと窺う視線を受け止める。
自分をそのまま幼くしたかのような容姿のユイが唯一ニアから受け継いだ深い色合いの瞳を向けていた。
それは、一切の感情を浮かべることなく事象を見極めようとする、ニアと同じ瞳。
「……ユイ」
「父さんは何者だったの?」
名を呼んだ月に返った問いは過去形。少しだけ違和感を覚えたが、次の瞬間に月はその違和感を打ち消す。
過去形なのは当たり前だ。死んでしまっている月は既に何者であるではなく、何者であったかでしかないのだ。
「どうしてそんなことを聞く?」
「母さんのこと、良く知ってるんだね」
「あいつの手くらいはな」
肩を竦めて答えた月はしかし本当はニアのことなど、現在の”L”である白さばかりが目立つあの存在の個人的な事は全くと言っていいほど知らない。存命だった頃でさえ通称とワイミーズハウスで育てられてきた候補者だったということしか知らなかった。
「それに、お前の父親なんだ。知っていても不思議じゃないだろう」
だからこう嘘ぶいて、子供の問いを誤魔化したのは。
「………そっか。そうだよね」
素直に頷いたユイに月は笑う。
全く自分らしからぬとは思う。しかし今まで父親の名さえ知らせずに育ててきた、―昨晩相手が月の姿に気付くことは無かったが、記憶よりも落ち着いた印象を纏い大人びたニアの為だった。


***


午前十一時。
休日の昼間とも言える時間帯にしては室内は仄暗く、まるで世間一般の雰囲気から隔絶されたような空間でニアは首を傾げた。
小さく電子音が鳴り傍らの携帯型の通信端子が鳴る。
「………ニア、通信か?」
不安そうに声を掛けて寄越したのは傍らでキーボードを叩いていたレスターだ。ゆっくりと白い指が通信端子を目線まで持ち上げ、空いた片方の手が考え込むように口元を覆った。
「…ニア?」
「……………」
通信端子の画面には一通のメール着信が示されている。
差出元は自宅のパソコン。朝、出掛け間際に一つ保険としてIPをセキュリティシステムの外に出し囮としたパソコンだった。
電源を態と落とさずに出てきたので、息子が不思議に思い使いパソコンが外部からアクセスされていた場合、何らかの行動に出ることは予め可能性として予測していた。そうであっても寧ろ構わないと置いてきたと言って良い。
どう上手くハッキングを試みようが、あの子の所に危険が及ばぬよう細心の注意は払ってきている。
「どうしたんだ? 何が…」
「いいえ、何でもありません」
返事をせず黙りこくったニアに不安を感じたのかレスターが気遣うような声を掛けたが、ニアは首を横に振った。
そしてまた沈黙に伏してしまう。
酷く珍しいその様子が気になりつつも結局言及するきっかけを掴めずレスターは自分の作業に意識を戻した。
そんなレスターの様子をちらりと窺った後、ニアの視線は自然と端末の画面に落とされる。
(こんな馬鹿な悪戯、)
あのパソコンをハッキングし、それ名義でメールを出すにしては余りにも無意味で馬鹿げている。これが”L”に通じるものだと認識しているのなら尚更のこと。
しかし現実はその馬鹿げているはずの、ある種非現実的とも取れるメールがニアの心を揺さぶった。
くらりと感じた目眩は一体何が起因か。
知らず額を抑えて軽く天を仰ぐ形を取ったニアの視界には、壁に埋め尽くされたモニターに映る様々な映像が飛び込んでくる。
普段ならば全てを見通せるものの、今は何も考えたくないと瞳を閉じた。
未だニアの手の中にある通信端子の画面にはメールの内容が映し出されている。

『これを囮にするのは如何にもお前らしく嫌らしい手だが、子供に危害が及ぶとは思わないのか? 及ばないよう配慮していたとして子供がする心配には無関心か? 母親だというのならもう少し考えるべきだ』

(……………夜神、月…)
ニアは心の内だけで小さく問いかけるよう呟いた。
昨晩息子が少しだけ躊躇いながら問いかけてきた言葉の裏にある何かが見えかけた気がした。


>>三話目。
   最初考えてた時は、月とニアはもっと後にならないと関わらない筈だったんだけど…(汗
   予定は未定だなぁ。どうなることやら。
   オチどころは決まっているから、書いてみるしかない…(苦笑

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例えば少しだけ腕を持ち上げてみる。その瞬間に感じる抵抗を人は表現する術を持たない。空気抵抗などいつだって掛かっているが故に通常の抵抗を無いものと錯覚するなど許容の範疇だ。
寧ろそれを丁寧に拾い上げ不快を示す方が異常とも取れる。
だからこそ、
「月君」
「何だよ、竜崎」
不機嫌を露わにしそっぽを向いてしまった未だ少年の域を抜けきらない端正な容姿に苦笑を禁じ得ない。きっと言ったところで理解には程遠いだろう。容認出来ないというのならば容認出来ず、容認した瞬間に出来なかった頃を不思議と思うならば、それは矢張り言って仕方ないことなのだ。
「お前は狡いよ」
「…ええ、そうですね」
「いつだって肝心なところで大人なんだ」
「月君よりは幾らか長く生きてますので」
溜息は彼の口から長く細く零れ落ちた。
伏せた睫は長く影を縁取るそれは一つ芸術品の完成を見ているようで。
「どうしてだろう」
「はい?」
「きっと僕の気持ちは言っても分からないんだろうな」
「ああ、」
言って分からないのだろう現実だけは共有する、感覚の共感はある種奇跡だ。
「私もそう思います」
その言葉に苦しそうに眉を顰めた彼の耳朶にそっと唇を寄せる。
「でもね、一つ…言って分からなくても言いたいことはあるんですよ」
「何?」
あくまで不機嫌なその横顔を見遣りながら、可能な限り優しく囁いてみせた。

「愛しています、月君」


>>私の書く二人では圧倒的にLが大人(笑

白銀の髪を緩やかに肩から流し落として歌うように紡がれた言葉に、ふと悲しみを覚えた。ああ、何故そんな風にこの人は。
「冬さん、冬さん」
だから永遠などと考えること自体が愚かなのだと無碍にせずに名を呼ぶ。
冬を冠する名に相応しい白銀の髪を揺らして男は笑った。酷く作り物めいた笑みだった。
きっと触ったら冷たい。
だけど、
「莫迦だよね、冬さんは」
触れた指先は冷たさの一つも拾わない。低温な暖かさがあるだけで冷たさなど一つも。
「本当に莫迦なんだから」
永遠なんて無い。
限りある命であるからこそ今があるのだと知っている自分はきっとそれ以上を望まないが故に弱い存在なのだ。
だというのに人間の命を遥に行く存在を捕まえていたくて必死に手を伸ばすというのだから卑怯この上ない。
「……、」
この優しい暖かさを離したくはない。
「ごめんなさい」
「景ちゃん」
「………ごめん。永遠は………僕は、あげられないけど」
「景ちゃん?」
不思議そうに首を傾げる、彼が少しだけ困ったように笑った。
「僕が冬さんを思う気持ちだけは、冬さんにあげるから。これだけは、」

―気持ちだけは、想いだけは、

身体はいつか朽ちるだろう。
その時置いて行ってしまう彼に残せるものはなんて不確定で目に見えない、信じなければ存在しないものでしかない。
でも形あるものはいつか壊れて朽ちてしまうなら、彼と共にあれるものは、自分が彼の為に残してあげられるものはそんなものでしかないのだ。
「…………ごめんね」
「景ちゃん」

「ごめん。…あいしてる」

普段口に出来ない言葉を、永遠を探ろうとしたその人に。



>>くまがいさんはなんて妹思いなんだろう(自画自賛)
   というわけでむつきさんにカンフル剤投与。

   久しぶりの分類不可。

呆然と、レスターは自分が現在置かれている状況を冷静に捉えようとした。その努力は涙ぐましいが、結局報われることはない。
「……あの、ニア?」
恐る恐る、その白く細い指がネクタイにかけられたところで声をかければ平素同様淡々とした声音が返って来る。
「何でしょう? レスター。私、今忙しいです」
「……いや、忙しいって…。いや、あのニア、とりあえず落ち着いてくれないか」
「私は落ち着いていますよ?」
漸く顔を上げて小首を傾げたニアの容姿は年齢にそぐわぬ幼さで、ただ浮かべた表情だけが歳相応だった。
モニターの明かりだけが犇く部屋の中、何が悲しくて親子程年の離れた相手に押し倒されていなければならないのだろうと、ふとレスターは思う。体格でいえばかなりの差があるが故か、何もなければニアを難なく押しのけられる筈なのに傷がつかないよう丁寧に背中に回されて縛られてしまっている両手は確かめるまでも無く力が入らない。
上手に縛ったものだ。
特殊な訓練を受けているレスターでさえ抜けられぬよう計算されている。
そんなことに使う頭ではないだろうにと目の前のニアを見遣れば、今まで見せた事のない笑みをニアは零した。
「レスターでもそんな顔をするんですね」
「ニア、悪い冗談は…」
いつも玩具を弄る手は迷うことなくネクタイを解きカッターシャツにまで手を伸ばした。
「冗談は好きじゃ有りませんよ、レスター」
「……それでは、これは」
「本気です」
「………、ニア」
ゆっくりとボタンが外されていくのを歯痒い面持ちで見守りながら、最後の望みとばかりにシャツを脱がせにかかっている張本人の名を呼ぶ。ふわりとした癖のある髪を揺らしてニアが再び頭を上げた。
「何です?」
「………止せ」
「何故です?」
折角此処までしたのに。
そうぽつりと呟いたニアは再びボタンを外す手を動かす。
「ニア…!」
遂にズボンのベルトまで手が掛かった所でレスターは声を荒げた。
もう一度顔を上げたニアが少しだけ眉間に皺を寄せた。
「ああ、もう…。五月蝿い、です」
そして小さな身体で伸びるようにして、レスターに口付ける。
腕は自由にならず何とか抵抗の意志を示していた言葉も封じられてしまえばレスターに抵抗の術はない。
「…ん」
「ニア」
「……ねぇ、レスター。そんなに嫌なら何故必死で抵抗しないんです?」
呼吸の限界息継ぎのために少しだけ離れた合間に名を呼べばそう返って来た。
元々体格の差はかなり大きい。レスターが必死で抵抗すれば確かに退けられる可能性は高い。
「……レスター、答えを」
「ニア、私は」
「……それは肯定と取りますよ?」
にこりとニアが笑った。
そして何かを言いかけるレスターの口をまた塞ぐ。
乗り掛かられたニアの体重は軽くレスターにはどうともない重さでは有ったが床と背中の間にある腕が、その負荷に痛みを訴えてくる。
するりとシャツの中に入った白い手は器用に肩からシャツを落とし、レスターはいよいよ観念するしかないと一度唸った。
「ニア」
「…はい?」
「………後で後悔しても知らないぞ」
「しませんよ」
私はしません。
そう鮮やかに告げたニアのもう片方の手がレスターの頤からするりと首筋をなぞる様に落ちた。
「だからレスターも、責任は感じなくて結構です」

 

***

どうしてこうなったんだろうとふと起き掛けの頭でレスターは考える。
隣には健やかな寝息を立てる年下の上司。
どうにも夢としても由々しき事態だが、出来れば夢オチで終わらせたかったのだが一緒のベッド、しかも裸同士で眠っている以上そうはいかないらしい。
「……ああ、やってしまった」
ある意味手段を選ばず煽られたとはいえ、本当に親子ほど年の離れた、しかも立場上は上司と関係を持つなんて。
両手で顔を覆ったレスターが悲観にくれる横で半覚醒した小さな上司はレスターに、平素と同じ声で何事もなかったように「おはようございます、レスター」と挨拶をして寄越した。



>>寧ろ言い訳をするなら、むつきさんがいけない…の一言で事足りると思う。
   というわけでむつきさんへ。

色々非現実的過ぎる。
月との会話を思い出しながらユイは布団の中でこっそりと溜息を吐いた。サイドボードに置かれた時計は既に就寝時間が過ぎたことを告げているが、どうにも眠れそうにない。
話を聞けば月の記憶は死ぬ直前で途切れ、次に気付いたら今だったと言う。ただ漠然と自分が死んでいる人間なのだという認識はあり、その後で色々試したらしい。触ることに関しては自分の意志さえ伴えば触ることも触らせることも可能。但し、姿を認知させることは自身の意志ではどうしようもないのだと言った。
今のところ月の姿を見ることが出来たのは世間では大法螺吹きとレッテルを貼られた自称霊媒師とユイだけだったようだ。
一度寝返りを打ってユイは灯りの落とされた室内に慣れきった目を開ける。
父親のことは母から具体的に聞いたことはない。
何となく聞いてはいけない気がして聞けなかった。
名前まで知らないのはどうかと思ったが母の立場を考えれば有り得ない話でもなく、ユイはただ自分の容姿が父親似なのだということだけを教えて貰っていたのだ。
だから父親がどんな人間なのか。どんな仕事をしてきたのか。どうして死んだのか。ユイは知らない。
(…でも、あれは何て言うか)
特に身の上を明かすというわけでなく月は今の現状とユイの父親であるのは事実だと話しただけで何も語ろうとはしなかった。
まるで母の意思を尊重するようだったので追求することも出来ず、結局就寝時間になってしまい眠れないままベッドの上で思案する今に至るわけである。
「…ね、父さん。居るの?」
「ああ」
「父さんの姿、母さんには見えるのかな」
「さあな。尤もあいつは見えたところで見たくない顔だと言うだろうけどな」
「何で?」
「……色々あるんだよ」
「大人の事情?」
「そういうことにしておくか」
くすりと小さく笑いが零されて「早く寝ろ」とだけ声が掛かる。
眠れるのなら疾うにしていると言いたいのを堪えてユイは布団を顔まで引き上げた。
無理に目を閉じて何とか眠ってしまおうと試みるがどうしても眠れない。考えることが多すぎるからか、頭の整理がついていないからか。どちらにせよ明日が休日で良かったと思った。
月は死んでいるからだろうか。気配と言うより温度がない。当たり前だ。気配はそこに何となく居る程度には感知出来るのだが彼が気配を潜ませてしまえば全くと言っていいほど分からなくなってしまう。
被った布団越しに気配を探っても何も分からなくなってしまっていた。
(実は長い夢を見ているだけだったりして)
それにしては妙にリアル過ぎるとユイは布団の中で笑った。


***


一台の車がセキュリティゲートの前に滑り込む。運転していた男が直ぐ様降りて後部座席のドアを開けた。
黒塗りの車からゆっくりと現れたのは正反対の色。全ての色を排他した白である。
「ご苦労様でした。何かあったら直ぐに連絡を下さい」
淡々と感情の起伏の余り感じ取れない声が男に告げる。
「分かった。…しかし」
「大丈夫です」
「ニア」
「何かあったら連絡を寄越す。忘れないで下さい、レスター」
釘を刺すように笑ったニアが顔に掛かったふわふわの癖のある髪を無造作に払った。
「それではお休みなさい」
セキュリティゲートを潜ったところで肩越しに振り返り未だそこにいる男に挨拶を告げる。
「ああ」
小さく男が頷いたところで解錠し扉を押し開いた。リビングの間接照明だけが点いているのを横目に、既に寝ているだろう子供の部屋に視線を遣る。
羽織っていた落ち着いた色のコートをソファの上に放り捨てると一つ息を吐き、壁際に備え付けてあるセキュリティシステムの端末に手を伸ばす。全てのチェックコードとログを一通り眺めて異常がないのを確かめる。
「母さん? 帰ってきたの?」
そこに背中から声が掛かった。
気遣ったのか足音も殆ど感じさせずリビングを窺うように覗く人影を振り返ってニアは微かに笑う。
「はい。進展がないので少し休憩を入れました。…まだ起きていたんですか?」
「…うん。何だか寝付けなくて」
悪戯が見つかった幼子のように首を竦ませるユイが一歩リビングに足を踏み入れた。
「お帰りなさい、母さん」
そして迎えの言葉を寄越す自分の子供にニアは穏やかに帰宅を告げる。
「ただいま帰りました」
にこりと笑ったユイが首を傾げる。
「珍しいですね。貴方が寝付けないなんて」
「うん。本当だよね…、明日学校が無くて良かった」
本当にそう思っているらしく年相応の表情で安堵を示したユイにニアが小さく笑みを零す。
壁に掛かったデジタル時計の示す時間は深夜を回っており、子供が起きているには随分と遅い時間だ。
ニアの細く白い指が自身の子供の母親には似なかった癖のない亜麻色の髪を梳く。
「眠れないのなら、ミルクを温めてあげましょうか」
「僕そんなに子供じゃないよ」
「そうですか? 私は眠くなりますけどね」
「まさか」
肩を竦めてそう言って見せた母親にユイは苦笑して返した。規則正しく睡眠時間を取るユイと正反対に母親であるニアの睡眠時間は酷く不規則だ。寧ろ人として最低限の睡眠時間で活動していると言っていいのかも知れない。
「信じてないんですか?」
「どうだろう?」
「……そうですね。私も今日はもう寝ますから、自分の分を用意するついでに貴方のも作りましょう。それで飲んだらベッドに行く。どうです?」
良い提案でしょう? と付け足したニアにユイは頷くことにした。
髪に差し入れた指を引いて一度ユイの頭を優しく撫でた手が離れる。そして淀みない足取りでリビングから続くキッチンへとニアは向かった。
小振りのミルクパンに二人分のミルクを入れて温めている横に子供が寄り添う。
「ねぇ」
「何です?」
「幽霊っていると思う?」
「貴方はどう思ってるんですか?」
「…………いない、と思ってる」
「そうですか。夢がないですね」
ミルクパンをへらでくるりと混ぜたニアが苦笑する。その言葉にユイが食い下がるように質問を重ねた。
「それじゃ母さんはどうなの?」
「そうですね…。私も、貴方の歳くらいの時には信じていませんでした」
淡々と答えを返す母親の横顔を見ながらユイが思案する。その言い方では夢がないと自分に言えるような子供時代を母も送ってはいないではないか。
「もっと小さい時なら信じてた?」
「いいえ。たぶん信じていません」
「………?」
「私は今、信じてるんですよ」
言葉の意味をいまいち飲み込めず首を傾げたユイにどこかすっきりした声音で母は言う。
「えぇ…?!」
「らしくない、ですか? 笑っても良いですけど…。でも…死神だって存在するんですから幽霊くらいなんてこと無いです」
何とも想定外の言葉にユイは返す言葉も無かった。
世界の切り札の名を継いで迷宮入りと言われる事件を解決する母がまさか非現実的とも言える存在を信じていると口に出すとは思いもよらなかった。
「それで何故そんなことを訊くんですか?」
「…え?」
「信じてないけど、信じなければいけないような事態に遭遇しましたか?」
程良く温めたミルクを二つのカップに移し替えて、その一つをニアはユイに渡す。
素直に受け取ったユイの「ありがとう」にニアも「どういたしまして」と返した。しかしニアの質問にユイはどう答えていいか分からず母親の次の言葉を待つ。
「ユイ、私は……悔しいから認めたくはないんですが、人間が認知しない何かが世界にあって然りだと思ってるんです」
「さっきの死神?」
「信じませんか?」
「うーん…。どうかな。……よく分からない」
「それが普通です」
そう言って温めたミルクに口をつけたニアが小さく息を吐く。
倣って同じように一口飲んだユイは程良く甘味の加えられたそれに強張っていた身体が解けるのを感じた。確かにこれは眠れるかもしれない。
「私は見たことは無いですが、幽霊…居たって良いと思いますよ」
「……そう」
「尤も」
「うん?」
「そんな存在が事件を起こしたとなれば話は別ですがね。いつだって人を殺めるのは同じ生きた人間なんですから」
「……取り憑かれてしまったとかは?」
全く母らしい言葉にユイは笑った。
「まぁ…、それはご愁傷様ですが。でも一ついえることがあります」
「そうだね」
示すように人差し指を立てたニアにユイは頷いた。そして同じ言葉を口にする。
「「跳ね除けられなかった本人にも責任がある」」
一拍、キッチンに短い沈黙が下りた。顔を見合わせた二人が同時に笑いを零す。
「分かってるじゃないですか」
「言うと思った」
少し冷め始めたミルクを一気に飲み干してユイがシンクの上にカップを置いた。
「母さん、ありがとう」
「眠れそうですか?」
「うん。大丈夫そう」
「それは良かった」
「それじゃ、僕…寝るね」
素直に答えたユイが就寝を告げる。その頭をニアが一度撫で屈みこみ、一つ額にキスを落とした。
ユイが物心つく頃から母のその仕種は変わることはない。
「お休みなさい」
「うん、お休みなさい」
キッチンを抜け真っ直ぐ自分の部屋に向かっていく足音を聞きながらニアは手にしていたカップに再び口をつけた。
半分冷めてしまった液体に少しだけ入れたはずのアルコールの匂いが妙にきつく感じられて思わず眉を顰める。
「……幽霊、か」
馬鹿馬鹿しいと一蹴することはニアには出来ない。
あの時確かに非現実的とも言える死神の存在と、それが齎したノートの災厄を目の当たりにしたからこそ無碍に否定など出来るはずも無かった。
しかし何故息子があのようなことを口にしたのかは分からない。
通っている学校で例え怪談を聞いたのだとしても、態々自分にこんな風に質問したりするだろうか。
「それこそ心霊体験をした、とか…。……いや、それだって思い込みの産物が殆ど」
一つだけ会話の中でユイが答えなかった問いは”事態に遭遇したか”だった筈だ。ならばそれが一番核心を突いた質問だったに違いない。
そこまで考えてニアは苦笑して首を微かに横に振った。
話したくなったのなら話すだろうし、こんな仕事のように探ることはユイには出来るだけしたくなかった。
カップの温くなったミルクを飲み切りニアは視線を落とす。
連日最低限の休息だけで活動していた身体は矢張り疲れているらしい。まだ思考は暈けていないが自分も眠った方が良さそうだとニアはキッチンを後にした。



>>思いのほか書きづらいのは、この設定のニアじゃないのかと思いました。
   なんていうか苦しい苦しい(笑)

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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