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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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信じられますか?
憎んでいた筈なんです。
彼が目指していた世界全てを奪い、彼の思想を全否定した私を、彼は憎んでいた筈です。
そんな私が何処でどう死のうと構わなかったはずだ。寧ろそんな情けない死に方と嘲笑うくらいなのではないのかと思っていました。けれど、彼は違った。
私に『そんな下らないことで死ぬな』と言ったんです。

感情を映さないニアの声だからこそ逆に真実味を帯びるのかも知れない。
ユイは間もなくして停車した車を降りた。何処にでもあるような外見のビルをニアに手を引かれて入っていく。
普通のビルのように見えるこの建物も厳重なセキュリティが敷かれている。現にユイがさっと見ただけで十数台のカメラが二人を追っている。実際はもう少しあるだろう。
エレベーターに乗り最上階へと向かう間、お互いに無言だった。沈黙は低く鼓膜を揺らすエレベーターの動作音に緩和される。
繋いだままのニアの指先は冷たく、少しだけ力を込めれば視線を落としたニアが微かに笑った。
同時に目的の階に辿り着いたことを告げる電子音が鳴る。エレベーターを下りるとリノリウムの廊下が僅かに続き無機質な扉が見えた。
ニアが慣れた手順でセキュリティ認証をクリアしていく。
音もなく扉が開くと薄暗い部屋にたくさんのモニターが連なっていた。
「着きました」
それだけを告げるとニアは部屋の中央に手を引いたままユイを連れて行く。
椅子を引いて示すのでユイは大人しく腰掛けた。壁一面がモニターという異様な光景に動じているのではなく、今その全てのモニターが沈黙しているのに不安を覚える。
「母さん」
「…心配には及びません。話をする為に来たんです。丁度仕事も片付けたところでしたし、彼の姿は此処にしか残してないんですよ」
ニアが端末に手を掛ける。滑らかに細い指が動き一つのモニターにある映像を映した。
白を基調とした部屋の中で退屈そうにしている人物の顔には見覚えがある。
いや、見覚えというのはおかしいのか。ユイは食い入るようにモニターを見た。
「貴方の父親です」
モニターを見詰めるユイの横顔からモニターに視線を移しながらニアが告げる。
言われなくとも分かっている。二週間ほど前に突然姿を現し父親だと告げた正しく月本人だ。
「…本当に僕、父さん似なんだ」
「一つ、訊いても良いですか?」
「うん」
「どうやって名前を知ったんです?」
ニアの質問にユイがモニターから視線を外した。
「どうして”キラ”だと分かったって質問じゃないんだね」
「…それは質問する意味がないですから。貴方なら名前を知ってしまえばいつか辿り着いてしまう真実だと思っていました。私や、これに関わった全員が死んでデータも抹消されない限り」
極端な物言いだがニアの言葉は真実だ。
ニア自身ずっと隠し通せるものではないと分かっていて、時期が見て全てを話すつもりでいた。それよりも子供が真実に辿り着いた方が早かった。それだけのこと。
しかし腑に落ちないことが幾つかある。その一つが、父親の名前をいつ知ったかである。
ニアは父親である夜神月の名前が、例えば目に触れたとしても不自然に目に留まらないように配慮した。日本人にしては変わった名前だ程度にしか思われない。そんな情報でどうやって父親と特定出来たのか。
「……、偶然…って言ったら?」
「有り得ません」
ユイの言葉をきっぱりと否定して、ニアは一度溜息を吐いた。
「質問を変えましょう。……二週間ほど前、私が立ち上げたまま置いていったノートを覚えていますか?」
「…えっと、リビングにあった…あれ?」
「その日、私に貴方からメールは送りましたか?」
母親の質問の意図が掴めず首を傾げながら、ユイは思い返す。
あのパソコンを弄ったといえば弄ったがセキュリティがわざと外に出されたノートからメールを送るなんてことはしていない。
「送ってないよ」
ユイの返事にニアの指がまた動いた。別のモニターに何か文章が映り込む。見覚えはなかったが、はっと息を飲んだ。
姿が見えず、気配を感知出来ない人間にどうやって干渉するのか。月が試すように接触したのだと知る。
「これ、」
「…はい。見覚えはありませんね? ……でも、差出人を知っている。違いますか?」
モニターからゆっくりと目を離しユイは母親を見詰めた。観察するような深い色の瞳がじっと此方を見詰めている。
とてもじゃないが誤魔化すことは出来ない。しかしどう話せばいいのかとユイは頭を抱えたくなった。
父親のことが知りたいのは事実だ。けれど同様にニアは何故ユイが父親の存在に辿り着いたのかを知りたいのだろう。
一種交渉に似た遣り取りに経験不足のユイが敵うはずがない。
その場凌ぎのあやふやな嘘はかえって自分を苦しめることになるとユイは結論を弾きだした。
「母さん」
「…はい」
「僕を、変だと思わない?」
だから最初に断りを入れる。
死んだ人間を見て、その死んだ人間から名前を教えて貰ったと言えば、大抵の人間が夢でも見たか正気じゃないと思うだろう。母親が頭ごなしにそう結論を下すとは思ってはいないが矢張り怖い。
「どういう意味で?」
「頭がおかしいんじゃないかって思わないか…ってこと」
「そうですね。それじゃ、死神を見たことがある私も頭がおかしいのかもしれませんね」
ニアにしてみればキラ事件の概要全てにおいて、それまでの常識を覆されている。
他の人間同様、死神や人間の到底与り知れない何かなど存在しないと言い切ることは出来ようもない。
実際、自身の目で死神を目にし会話をした。それも幾度も。
「…母さん?」
「だから話してはくれませんか。どうやって名前を知ったのか。……夜神月と会ったのかどうか」
じっとユイを見詰めていたニアが瞬きをし、視線を外す。伏し目がちの視線は変哲もない無機質な床を映すだけだ。
ニアがユイの目の前で初めて夜神月と名を口にした。一瞬躊躇った間にユイがそういえばと今更に部屋の中に視線を走らせる。
母親は既に自分のこれから返す言葉を予測して質問してきている。
信じる、信じない、ではなく今起こっていることを信じられなくとも受け止めようとしているようだった。
「うん、………僕も信じられなかったけど」
ゆっくりと口を開いたユイがモニターに映されたままの映像に視線を戻す。
「僕は、…この映像の人が父親だって知ってるよ」
ユイの言葉に、僅かにニアの瞳が揺れる。予測はしていても真実と受け取るのは難しい。
目に見えてロジックで解けるものならば、兎も角。
「……最初に会ったときに父親だって言ってた」
モニターに映る生きた頃の月がついと視線を上げる。カメラの位置を知っていた上での意思表示のような行動に、ユイは其処に父親が本当は生きているのではないのかと錯覚しそうになった。
コンソールから手を離しユイの傍らまで歩み寄りながらニアの視線もモニターから外れない。
「最初に会ったのは?」
「…二週間くらい前」
「私に、”幽霊っていると思う?”って訊いた日ですか?」
「うん、そう」
モニターの中の月は何か意味を持たせるような仕草をして、ついと視線を逸らした。
「だって、夢かなぁって思って」
「彼なんですね」
「…うん。でも、母さん? 信じられる? 死んでしまった…現に自分で死んでるって本人も言ってたけど、父さんに会えるなんて、僕が普通に話を聞いたら頭がおかしくなったんじゃないかって思うよ」
「そうですね。私が貴方くらいの歳の頃であったなら同じ反応でしょうね」
「だからあの時聞いたの。幽霊っていると思うかって」
そんなのはただの思い込みだとニアは否定するのではなく、有り得ると肯定した。
ユイにとっては意外な答えだったし本当は少しだけ救われた気もしたのだ。
「僕は父さんの名前も顔も知らなくて、ただ似てるっていうのだけは間接的に言われてきたからそうなんだ…って漠然としか思ってなかった。母さんが話したくないなら、別に困ってないし良いって」
「ユイ」
「でも本当は少し気になってたんだと思う。名前は、ただ興味があったから聞いたんだよ」
「答えた…?」
「だって答えない意味もないんじゃない? 少し驚いてたけど」
モニターから視線を外して傍らにいるニアを見上げて笑う。
それには困ったような微笑だけが返った。
「驚いてたんですか」
「ん…、うん。たぶんね。……それに」
月がユイの前に現れてから、時折姿を消すことはあっても大体近くにいた。その意味が分からないわけでもない。
考え込む仕草の後に名を教えた月には、ニアがどのような意志を持って名を教えなかったのか大体見当がついていたのではないかとさえ思う。
そして名を教えたことによって子供が父親の素性を探ろうとすることも。
学校には時折着いてくる程度だと思っていたが、決まって父親のことを探ろうとする時に月は現れた。
少なからず月はニアの意志を汲んでいる。
「ユイ?」
「…ううん。何でもない」
ふるりと首を振ったユイはモニターに埋め尽くされた部屋をもう一度、見渡す。
車に乗り込んだ時点では確かに着いてきていた月の姿がない。建物の中にはいるのかも知れないが、少なくとも部屋の中に気配は感じられない。
相手が完全に遮断しなければ、二週間共に生活すれば気配も微弱ながら察知出来る。ユイは既にその微弱で不思議な感覚に慣れてしまっていた。月は間違いなく自分たちを慮ってこの場を辞している。
「母さん、」
そっとユイの頭を白く細い手が撫でる。
「約束ですね。お話ししましょう。彼のこと」


***


長い話になります、と切り出されたのと同時にニアもまた椅子に座り込んだ。コンソールに片手をおいたまま、色々な映像がモニターに順に映されていく。
それはユイが生まれる前に起こった”キラ”事件に関わる資料。事件が起き始めた時の”L”のデータは一度消されてしまっているので、日本警察に残っていた資料が保存されている。無差別ではなく明らかに人為的に死んでいく被害者。
分からない犯行の手口。垣間見える犯人のプロファイリング。そして秘密裏にされた”L”の死。それを知られないよう”L”の代理として立った一人の存在。
後にはニアが纏めた資料と事件解決後の調書が順に続いた。
そこには凡そ人の理解の範疇を超えた死神の存在と、その死神の持ち物である”ノート”についての記述も含まれた。
”ノート”にはその人間の顔、名前が分かり名前をノートに書けば死に至るという何とも夢のようなものだった。
幾つかのルールは存在したようだが、簡潔に名前と顔さえ知っていて書くものがあれば人を殺せる、そんなもの。
俄かには信じられないが資料として残っているノートに対するデータと事件のデータの整合性。現物を見なくとも、それが犯行に使われ、そして大量の人間の命を奪ったものだとは容易にユイにも理解できる。
資料に目を通すユイの横でニアの声が補足説明をしていく。淡々と語る割に内容は中々過酷なものだった。
母の部下として今も働いている彼らは正しく命を賭けて”キラ”を追っていたのだ。そして母もまた、彼らの命も全部背負い、心理戦を繰り広げた。
顔を晒す事で命を投げ出すことになる、それを逆手に取った直接対決もそうだが、通信越しでの探り合いにも酷く神経は摩耗したことだろう。
そしてその相手が父親となれば、ユイは資料を見つつ不思議な気がしてならなかった。
札として自分の存在を賭け直接対決に望み、「本来ならば私が負けていました」とぽつりと隣でニアが声を落とした時には流石にユイも肩を揺らした。
少しだけ寂しげに笑ったニアが、捕まえたときにあっさりし過ぎてどう痛めつけてやろうかと思ったと言うので、ユイはそれにも驚く。
声に感情は殆ど含まれていないというのに妙に感情的な言葉の理由は、
「私の大切な人は、全員”キラ”の前に敗れていきましたから」
あまり母親が見せない人間らしい一言だった。
そしてそれは真実なのだろう、とぼんやりとユイは感じた。




>>なんか纏まらなくなってきて迷走中なんだけど、どうしたらいいか、これ…orz
   もうちょっと上手くできないか考えて見る…。

   ちゃんと前後繋がってるかだけが不安だなぁ…

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がつん、正確には音はなく、純然たる魔力がぶつかる衝撃を鼓膜がそのように誤認識しただけだった。
漆黒の長い髪をなびかせた女性の人形が滑らかな動きで、ついと浮かび上がる術式を消し去っていく。速さで行けば此方が上。だというのに、後手に回っている相手の方が何倍も上手だった。
「ライト君、敵いません。降参して下さい」
ぶつけられそうになった魔力の玉を弾いて人形が告げる。
最上質の結晶人形であるこれが容易に敵わないとなれば同じ結晶人形なのだ。相手の人形もまた。
「ライト君…! 決断して下さい。私が壊れるのは構いません。貴方を、」
常に落ち着いた印象しかない人形が切羽詰まった響きを含む声を上げた。続くはずの言葉は、相手側の人形の後ろに控え微動だにしなかった小柄な人影に遮られる。
「クロニカ、そこまでにして」
少女の声だが高いわけではなく低さのある凪いだ声。
淡々と人形へ指示を下した少女が一歩前へと踏み出した。少しだけ色素の薄い髪の毛は肩より短めで、にこりと笑った目は端に怜悧さを含ませている。
「……エル、と言ったのかな? 賢明な判断ありがとう。僕としては君たちに極力危害を加えたくなかったから、大人しくして貰えるのなら有り難い」
僕を庇うようにして立つエルにそう言った後、未だ臨戦態勢を取ったままの自身の人形に視線を移した少女が何事もなかったように告げる。
「クロニカ、戦闘はお終い」
「しかしマスター、もし…」
「此処で不意打ちなんて真似、”透の騎士”の弟である貴方がするわけもない。そうでしょう?」
人形の心配は尤もなことだ。しかし少女は僕を見据えて、そう言った。
「……ああ」
「ほらね。だから手を下ろしなさい、クロニカ。これ以上の戦闘を僕は望まない」
少女はきっぱり告げると未だ逡巡する女性型の人形の手を掴み自ら下ろさせた。
「君は、一体…」
それを見届けてからエルを退けて訊ねると少女は先程の戦闘など無かったように笑う。
「警戒させて申し訳ない。…ちょっと訳ありで旅をしているんだけれど、どうしても此処を通りたくて」
「この屋敷の敷地内を?」
「そう。そうすれば、撒けるから」
暗に誰かに追われていると言いつつ少女はぐるりと闇に半分以上溶けた庭園を見渡した。そしてくすりと笑う。
「助かったよ。とりあえず、あの白い人形はいないみたいで」
「ニアのことか?」
「…”今”の僕とは面識がないけど、それでも…ね。とにかく危害を加えるつもりはないんだ。…この子、こう落ち着いて見えて結構心配性で、つい戦闘意志を出してしまって…申し訳ない」
ぺこりと頭を下げる少女は、そうすれば尚のこと小柄に見える。
幾つくらいなのかは分からないが僕よりは年下だろう。
「しかし、君…。マスターになってどれくらい?」
「…え?」
「その子の属性は紫、君も紫。相性は良いね。……でも少し経験が足りない、かな」
だめだよ。人形をそんな風に使っては、と年下の少女が年配者が若輩者に対して助言をするように言う。
不思議と違和感がないそれが逆に違和感だった。
「……君、は」
「ああ、僕? 僕は隆景。この子はクロニカ。また、会うときがあるだろうから宜しくね」
また会うときまでにはもう少し上手く繰るようになりなさいねと付け足して、少女と女性は用は済んだとばかりに闇に溶け入るように消える。
それを追うことは出来なかった。まず自分の人形が許さなかったし、何より―。

「……隆景? ”白の女王”の名だ」

嘗て人形大戦の折りに名を馳せた”白の女王”。その名の与える印象とは裏腹に晩年は多く殺戮を繰り返した、その人形使いを打ち破ったのはまだ少年だった兄とその人形だ。
その女王と同じ名前。
「ライト君」
心配そうに呼ぶ自分の人形エルに笑ってみせる。会話の内容を思い返せば色々な憶測が出来たが今は止めることにした。
見えないように庇ってはいるがエルは左腕をやられてしまっている。
「ごめん」
「…いいえ。私こそすみません。ライト君を危険な目に遭わせました」
一緒に戦うことが本来ならば互いの命を賭けるのは当然のこと。
謝ることはないというのに、心底申し訳なさそうに謝るエルに僕の方が申し訳なくなる。
相手が先に戦闘意志を見せたとはいえ、間違いなく相手の力量を見誤った僕の判断ミスだ。
「いや、僕こそちゃんと判断すべきだった」
とりあえず大丈夫な方の右腕を掴み引き寄せる。大人しく従ったエルをそのまま引き摺るようにして屋敷へと戻り、壊れてしまった左腕の様子を見なくては、と思った。
場合によっては何故破損させてしまったのかの理由も考えねばなるまい。
「ライト君、私こけて駄目にしましたっていいましょうか」
「………破損の具合にも因るな」
「ですね」


***


「マスター」
「はいはい?」
「不用意に名を明かされては、」
「どうかな」
「…はい? あの人形…、結晶人形では一番年下だったね」
「ええ。最後に作られています」
「クロニカの最初の一撃目を受け流したのは見事だったよ。その後の対処の仕方、少し冬さんに似てた」
「………マスター」
「ごめん。気のせいだとは思うんだけど」
少女が少しだけ苦笑して「ごめんね」と小さく呟いた。
「ただ単に興味があっただけ。ライトとエル…ね。良い組み合わせじゃない?」
くすくすと軽やかな笑い声に、結晶人形としては感情の乏しいクロニカはどう答えて良いのか分からずに首を傾げる。
「ええと、隆景…?」
「つまり気に入ったってこと」
少女が鮮やかに綺麗に笑った。夜の静寂の中二つの影が街の影に紛れていくのを見た人間は誰もいない。



>>カテゴリを何処に入れて良いのか迷って分類不可。本当はデスノでも良いと思う(笑
   景ちゃんは個人的に書きやすいんだけど、そういえば月と一緒にいると
   二人して一人称「僕」で困るね。
   どちらかというと二人とも腹黒^^^ あ、でもこの設定の月は繊細なイメージがある。

   こっそり睦月さんに捧げます。

何とも天才発明家の考えることだ。サラブレットを掛け合わせた仔馬が駄馬だったなど良くある話ではないか。
それでも可能性に縋るのだろうか。人類として比類無き才能に満ちた存在の能力を継がせられるのならば、どんなものも、喩え個人の人権さえ厭わないと。
”L”の後継者を育てるワイミーズハウスに女子は勿論いた。全員が全員何かしらの分野において才覚を見せた子供たちである。その中で”L”を継げる、その分野での才覚を見せた女子はニア一人だった。ただそれだけのこと。
問題は跳ね除けられるほどニアがそれについて強く拒絶の意志を示せなかったことにある。
天才と天才の遺伝子を掛け合わせれば、同レベルの天才が、又はそれ以上がこの世に存在出来るのではないか。
嘗ての”L”にワイミーズの抱えていた研究機関が彼の精子を保存したいと申し出た。申し出を”L”は一蹴し、ワタリとして側にあったキルシュ・ワイミーも彼の意志であるならばと”L”の意志を尊重した。
故に彼の遺伝子はバンクに保存されていない。
メロとマットの遺伝子もバンクには保存されていない。それはメロがハウスを出る年齢を達する前に出てしまったが故だし、マットは矢張り”L”と同じように保存を望まない意志を伝えたからだ。
バンクは彼らがハウスを出るのと同時に意志があるか無いかを問う。
しかしニアにはそれがなかった。
最初から決定権が無く、拒絶すれば生まれ持った性別を理由に押し切られるような勢いである。
”L”に相応しい分野で才覚を示した女子は未だニアしかおらず、その遺伝子をどうしても彼らは手に入れたかったらしい。
決定権のない告知にニアは諦めとも嘆息とも着かぬ息を吐き、一度聞いたことがある。
『例えば、才覚のある人物の遺伝子と遺伝子を掛け合わせた子供が普通だった場合、貴方たちはどうするつもりか』と。
聞かずとも答えは出ていた。まず、遺伝子を保存する為の理由自体が酷く実験じみている。人格など、人権など、無視された存在意義だった。
だからこそニアは首を縦には振らず、キラを捕まえたその時まで卵子の提供をしないと言い切った。
何とかキラを捕まえるまでは嫌ですと躱し、頑なに断り続けた。
しかしキラとして夜神月を捕まえてしまえば明確な理由が無くなる。断り続けるのには限界があり、そればかりかハウスを出る時よりも酷い告知を受けることとなった。
遺伝子として卵子を提供せずとも良い。ただし自身で子を為せ、と言う一方的な命令に絶句した。
元々遺伝子を提供し受精させたところで、母体に関する問題が出てくるのだ。代理として出産させる人間は別に凡才でも構いはしないが、中の胎児に影響することを考え身柄を監視しなくてはならない。
時に手段は選ばないだろう。
ならば最初からワイミーズの存在や仕組みを知っている人間の方が良い。
自然受精とは異なることにはなるが、母体として問題がないのなら本人に生ませた方が良いというのが彼らの見解のようだった。
誰の、とニアは問わなかった。バンクにある遺伝子であろうが、今生きている天才と引き合わせようが間違いなくワイミーズの人間か、息の掛かった者でしかない。聞いたとして無駄だった。
ニアは極力人に触れられるのを厭がる。そんな彼女に対して一晩で良い。ただ子を為せと言うのは余りにも精神的に負荷が大き過ぎる。
大体において一方的に押しつけられた内容自体、一昔以上前の女に課せられるようなもので現代にはそぐわない。
不愉快であったがしかし一方で理解はしていた。ニアは一個人として有るよりも、既に個人として見られぬ道を選んでしまっている。必要性があるならば、これから先何度も同じような要求は続くだろう。
”L”として滞りなく引き継ぎを行う間にも再三申し出という名の催告は続き、要らぬ所で精神は摩耗した。
元々外に出る感情が乏しいニアの異変に一早く気付いたのは、施設を作る間共に移動させ拘束していた月だった。「どうした?」と聞いてきた嫌味さえ含んだ涼やかな声にニアが驚いたのは言うまでもない。
「私にも分かりません」と返したニアが、その後ぽつりと「何故、私は女に生まれたんでしょうね」とどうしようもないことを呟いたことに今度は月が驚いた。
顔には出さず、しかし何を思っているのかを量ろうとした。
ニアに拘束されてからと言うもの外部との接触は断たれ、会話など誰ともしていない。別に苦には思ってなかったが退屈は退屈だった。
月は退屈を潰すようにニアが何故生まれ持った性別を厭う言葉を吐いたのかを慎重に聞き出すことにした。”L”として動くだけならば表に立つ必要もなく、”L”たる才能を備えていれば女であることを否定する必要もない。
しかし、ずっと通信越しに精神力の瀬戸際で心理戦を繰り広げてきた相手だ。簡単に月に何かを漏らすことはなかった。
結局聞けず終いのまま拘束された月の部屋からニアが出て行くとき、ひと言だけ「……また来ます」と声が掛かった。それが全てだった。
月にしてみれば拘束されている間、食料を運ばれてくる以外に誰かと接触することはなく、話し相手は時折ふらりと現れるニアだけ。それも他愛もない嫌味の応酬が殆どで、身動きの自由さえあれば殴ってやりたいと何度も思った。しかしふとした瞬間に垣間見える儚い印象がある。何か諦観したような、それでいて決して諾としたくない何かに抗うような。
月はその何かがニアにとって今一番苦痛を与えているのだと容易に結論に辿り着いたが、ニアは決して話さない。核心に触れることを許さず会話を断ち切り部屋を立ち去る。それが続いたある日、いつもとは違う様子で部屋から連れ出され、全てから隔絶された建物に移動させられた。
不便なので貴方を閉じ込める為の建物を用意させねばなりませんね、と初めて拠点を移動した際にニアがさらりと言ってのけたことを思い出して、これがそうかと思った。
ニアと月の居場所は一所ではなくなるのであれば、時折月の元に訪れ会話を繰り返したニアの行動も終わるのかと思い至り何故か少し残念に思う気持ちがあるのを月は自覚する。
殺してやりたいと思っていたはずなのに、相反するような感情があるのに月が自嘲する。所有権を放棄していない為にあまり姿は見なくなったが未だ憑いているだろう死神に、捕まって以降初めて話し掛けた。

「リューク」
なんだ、と声は返る。
「何だろうな、これは」
何だろうとは何かと声は訊いた。月はその言葉に首を捻った。
「そういえば、お前…。ノートを最初に拾った人間と死神との約束があったな」
「ライト?」
「お前のノートに僕の名前を書くって話だ。……あれはどうなった?」
「まだ健在だぜ」
「では、何故未だに僕の名前を書かない? 面白いことはなくなっただろう?」
そうでもない、と死神は言う。リュークは拘束などが通じず好きに移動が出来るのを良いことにニアが抱えている問題を盗み聞きし知っているようだった。それが面白いと言う。
「人間って分かんねぇな。……まぁでも、嫌だって言ってるのに子供を産ませるってのは」
「何の話だ?」
「ニアだろ?」
特に有利も不利もない話をこの死神から聞き出すのは容易く、死神が知り得る全てを知ったとき月は小さく笑いを零すしかなかった。何てくだらない。それが抱いた感想だが当の本人にしてみればうんざりすることだろう。
少しだけ行動を共にして分かったことだが、ニアには接触障害のきらいがある。誰にでも触られて平気な人間ではない。
それを踏まえて勝手に身体を弄られ妊娠させられるにしろ、一晩だけの関係として優秀な誰かを選び行為に及ぶにしろ酷く精神的に追い詰められるだろう。
(だから、あれか)
事情を知れば色々ニアの言動に示唆するものはあったと振り返る。
殆ど感情の起伏を外に出さないニアの、僅かな差違を読み取れたのは月以外はいなかったのだろう。
何てことのない嫌味の応酬を繰り返すことで感情の捌け口となっていたのかもしれない。
「もう一つ、リューク」
「うん?」
「僕はいつまでなんだ?」
目的語のない問いに死神が今までで尤もそれらしい笑みを浮かべた。
「ああ、やっぱり気付いてたのか。流石、ライト」
「……分からない筈がない。お前は退屈を嫌い、僕の名前は必ずお前が書くと言った。なら未だに書かない理由があると踏んだだけだ」
「まぁ、あれだな。……俺の情だな」
「嘘を吐け。ただ今ちょっと面白いだけだろ。……思わぬところでどうなるのか」
「さぁなぁ」
あくまでとぼける姿勢の死神に月は笑った。
「そう。それじゃ、お前が僕の名前をノートに書くギリギリまで…、精々楽しむと良い」
「ライトらしくないな」
「僕にも、よく分からないからな」
「…うん?」
ぽつりと呟いた月の言葉に聞き返してくる死神にそれ以上の答えは与えられなかった。
感情をコントロール出来るとしても、無意識下に覚えた感情を把握するまでには、それを否定すれば尚のこと把握は難しい。月はそんな状態に自分が陥ったことだけは自覚していた。



***


「話さなくてはならないことがあります。一緒に来て下さい」
切り出したのはニアの方だ。ユイは見ていたテレビから視線を上げて母親を仰ぎ見る。
「何処に?」
「父親のことが知りたいんでしょう? 此処には何もありませんから、今私の使っている”L”の拠点に」
「……うん」
「貴方の誕生日でも良いかと思いましたが、……それではきっとケーキを囲んでも楽しくなくなってしまうので」
ユイが父親のことを教えて欲しいと言った翌日に決断して寄越すニアの表情は読み取れない。
誕生日は四日後だ。その時でも差し支えないとユイは思っていたが、母親なりに気を遣ったようだ。それとも話すなら自分の覚悟が変わらないうちにと考えたのかも知れない。
「分かった」
だからユイは大人しくテレビの電源を消してニアの後ろに続いた。
既に用意していたのだろう。セキュリティゲートを潜り出ると一台の車が待機している。
いつもユイの送迎を買って出るステファンではなく、実質母親の片腕の役割を担う体格の良い男が運転席に座っている。
「行きましょう」
隣に並んだユイの背中をそっと押して車内に招き入れるとその横にニアも身体を滑り込ませた。
無言の侭進む車の中で外の様子をぼんやりと眺めたユイにニアが話し掛ける。
「…前に言ったことがありましたね」
「……え?」
「私、自殺を図ったことがあると」
「ああ。手首を切るのは意味がないっていう話?」
随分と前にそんな話をした気がすると思い当たり答えると、頷いたニアがほっそりとした自分の左手首を差し出した。
白い肌に僅かに傷跡がある。
「冗談なんだって思ってた」
「傷跡が余り残らないよう、上手く治療して貰いましたから」
「……躊躇い傷が無いのは跡が残ってないだけ?」
強い意志と精神力を持つ母親が自殺を図ったことがあるなど、会話での言葉の綾なのだと思っていた。
差し出された手首をまじまじと見詰めて問うユイに淡々とした声が返る。
「いいえ。私がこれをやったのは一回だけです。だから、刃を此処にあてたのも一回」
暗に躊躇無く手首を切ったと告げた母親が、薄く残る傷跡を確かめるように片方の指先でなぞる。
車内での音はエンジン音とユイとニアの声のみ。どちらも口を閉ざせば妙な沈黙が車内を支配した。
「貴方を産む前のことです」
「うん」
「本当に死ぬ気なら別の方法を取るべきだと、不思議ですが…切った後に気付いたんです。流れる血を見ながらぼんやり。…あの時の私は、精神的に追い詰められていました」
「”キラ”と対峙してたときよりも?」
「お互いの命を賭けて戦ってきたと言う意味では、極限で戦ってましたけどね。……それとは少し違います」
そっとユイの頭を撫でてニアが笑う。
「衝動と言えば衝動的だったんだと思います。死んでしまえば煩わしさから全て逃れられるんじゃないのか、と」
ぽつぽつと話す母親の声はいつもと同じく起伏の少ない、感情の読み取りづらい声だ。
「あの時は流石に、誰も彼も驚きましたね。……、でしたね、レスター」
沈黙を守りハンドルを握る運転席に声を掛ければ「本当に」とだけ返ってきた。声には苦々しさが含まれている。
”キラ”を追っているときから行動を共にし、仲間の中でも一番の信頼を得ていた彼がその時少なからずショックを受けたのが十分知れる。
「彼だけでしたよ」
「……?」
運転席から視線を移さぬまま、ニアが呟く。
「貴方の父親だけが、あの時、私を本気で怒ったんです」





>>ifパラレル7話目。
   フラグ回収、フラグ回収………の作業で頭が痛くなりそうだぜ。取り落としないようにしないとね
   こういうときはやっぱりメモでもいいからプロットみたいなのを書いておくべきだと
   常々思う

   今からでも練習しようか(遅いな)

人形を強請る妹の為に作られた人形は、妹の変わった注文のせいか少し風変わりな容貌をしていた。
兄の持つ人形は全て白で作られたような綺麗な容姿をしていたし、父の持つ人形も綺麗な容姿をしていた。
椅子の上に鎮座し動かない人形は白い肌、黒い髪、目を閉じているので分からないが瞳の色も黒なのだろうか。
完成したと言ったのだから、今はただ主人に会う目覚めの時を待っているのだろう。
父と兄が持つ人形を作った人形師は何よりも、人の細やかな感情を人形にも持たせるのが上手いと評判の人形師である。
その人形師が手がけたこの人形も人形でありながら繊細な感情を持つのだろう。
妹が帰ってきたら瞳を開け、この人形は声を発するのだろうか。性別が読み取れない人形の、その声はどんな声であるのだろう。
ライトは引き攣るような劣等感による痛みに僅かに眉を顰めて部屋を出ようとした。
妾腹の子であるライトを父は正妻の子である兄と妹と区別したことはない。
ライトを生みすぐに命を落とした母親の代わりに幼い頃育ててくれた正妻である母親もそうであった。
しかし、幾ら彼らが平等に接してくれたのだとしてもライトには拭えない劣等感があった。幼い頃から賢かったが故に世間から自分がどんな目で見られているのか、その意味を正確に理解していた。
誕生日に何が良いと聞かれすぐに「人形が欲しい」と言った妹と違い、ライトはそんな父の言葉にさえ正直にものを言えなかった。
この家のみんなは優しい。
父はこの国の人間ではなく、外交官としてこの国に駐在し国王に気に入られ引き抜かれた形で、貴族の称号を持って日は浅いが、その経歴から一目置かれている。
兄に関して言えば”英雄”である。
ライトが生まれる前に始まった人形大戦という戦争で殺戮の白の女王を唯一止めた、人間。白の女王を倒した時の兄の年齢は自分より少し上だったと記憶しているが大して変わらなかったのではないだろうか。
日本国の人間の中には通常の人間より寿命の長い、外見上は全く見分けはつかないのだがそういう民族が存在する。
父はまさしくそれで、その血を継ぐ兄妹は全員普通の人間よりは寿命が長い。
普通の人の生きる七十年を想像したとしてもうんざりするというのに、もっと長く生きねばならないのはライトには苦痛に思えた。
父が悪いのでも、母が悪いのでも、まして兄妹たちが悪いわけでもないとライトは知っている。
拭えない劣等感をそれでも抱える自分が悪いのだ。
一種怯えるように、伸ばされた手を払いのける自分が。
だからこそライトに優しい生家はまるで穏やかな牢獄だと思えた。いっそ辛く当たられた方がマシだったかも知れないと自嘲気味に笑って扉を開ける。
その少年の背に、声は掛かった。
「行ってしまうんですか?」
聞き覚えのない声にびくりと肩が揺れる。この部屋には誰もいない。自分とまだ起きていない人形だけだったはずだ。
「……、何で」
肩越しに振り返ってライトは情けないくらいに自分の声が震えたのを自覚した。
まだ動かないはずの人形が首を傾げて自分をじっと見詰めている。
漆黒の髪と同様に瞳もまた漆黒だった。深い瞳の色は兄の人形のそれと似ているが、窺う視線は違う印象を受ける。性別を意識して作られていないのか、細い手首が音もなく掛けられていた薄いヴェールを持ち上げた。
活動前の人形に掛けられたそれは彼らを埃や汚れから守る為にある。それを、その人形が自ら取り払おうとしているのを見て慌ててライトは人形の手を掴んで動きを止めさせた。
「どうしました?」
「取るな」
「……はぁ、貴方がそう望むのなら」
落ち着いた声が意味が分からないといった響きを含ませながらも大人しく従ったことに安堵して、しかしライトは困ったように呟く。
「どうして…。まだ活動前なのに…」
人形の主となる人間と引き合わせる前に作られたばかりの人形が動き出すことは、余程のことがない限り無い。
まだ妹はこの人形を見ていない筈だ。
ライトは興味本位で屋敷に運ばれたばかりの人形を覗き見するために部屋に忍び込んだに過ぎない。
「活動前ですか。私、動いてますけど」
首を傾げた人形にライトが寧ろこっちが聞きたいと内心思いつつ、冷静になろうと試みる。
しかし次の瞬間にライトの思考は全部止まった。
「…それでマスター、取らないでこのまま、私はどうしたら良いんでしょう?」
妙な手つきでヴェールを摘んで示した人形の言葉を理解するのにライトは数秒を要した。
マスターとはつまり人形の主を差す。この人形は妹であるサユの為に作られたものであって、主は自分ではない。
誤認識された? 真っ白になりかけた頭を何とか保つようにふるりとライトは一度首を振った。
「マスター? どうしま…」
「……じゃない」
「はい?」
「僕は、お前のマスターじゃない」
何とか声を絞り出したライトに反して人形は呑気とも取れる声で「困りましたね」と呟く。
人形とは言っても最上質の結晶人形と呼ばれるそれは人と変わらぬ滑らかな動きで立ち上がった。
「起きた瞬間、捨てられる結晶人形なんて私が始めてかも知れません」
台詞は悲観に満ちているのに全くと言っていいほど感情を読み取らせぬ声で言った人形が、不安げに見詰めるライトににこりと笑った。
「ああ、心配しなくても大丈夫ですよ。………制作依頼者ではないんでしょう?」
「……僕の妹だ」
「妹さんですか。……もう一度聞きます。貴方は私のマスターになる、その意志はないと言うことで良いんですよね?」
漆黒を切り出した瞳がじっと応えを待つ間、ライトを見詰める。
人形と言っても彼らは特別な人形だ。宝石に込められた魔力と、それから人形を作り上げる技術を持つ人形師があって初めて存在出来る、芸術品の中で最高峰の総合芸術。
人間に似た造形と滑らかな動きを持つ人形を手に出来る人間は上流階級の中でも限られ、貴族社会の中で人形を保有することはステータスとされていた。
人形は自身が保有する動力となる宝石が多ければ多いほど人間に近い感情を持ち、能力も高い。
まして、そんな人形の中でも核となる結晶以外に動力とする宝石を二つ以上保有する人形は最上質の人形として結晶人形と呼ばれてる。目の前の人形は人形師キルシュの手によって作られた今のところ最後の人形。そして結晶人形の十体目。
貴族社会の人間が喉から手を出してでも手に入れたい存在だ。
人形のランクによって事情が変わるが結晶人形は自身の主を、自ら選ぶ。
主人が選ぶのではない。人形が選ぶのである。誰でも主人となれるわけではないが、大抵の場合は制作依頼者が主となる場合が多かった。
「僕は」
ライトは知っている。
結晶人形は主を選ぶ。そして人形は主を選び、相手が認めた瞬間から主以外を愛さない。
変わらない絶対の愛を勝ち得る代わりに人形の主人となった人間には色々な障害がついて回る。それは政治的な圧力であったり、見知らぬ人間から人形の主と言うだけで命を狙われたり。
世界に数体しかない最上質人形であるなら尚のことだ。
しかしその障害をしても尚、魅力的な代物であるのには間違いないのだ。
ライトは一度閉じかけた口を再度開き掛けた。答えは「いいえ」で無ければならない。自分の為ではなく妹の為に作られた人形を横から、例え偶発的に人形が選んだからとて妾腹の身である自分が奪ってはならない。
「マスターには、」
「……答えは待って下さい」
其処に、もう一つ静寂をまとった声が落ちた。淡々とした声には聞き覚えがあり、いつの間に扉は開かれていたのだろう真白な人影が部屋に入り込んでいる。
その後ろには兄の姿もあった。
「あ、」
兄の姿を見た瞬間、言いようもない罪悪感を覚え起きたばかりの人形と距離を取る。
ライトは俯き部屋に入ってきた足音を静寂で耳が痛くなるのが苦しいと思えるほどに聞き入った。
「初めまして、貴方は私の兄弟にあたりますね」
状況が読めず視界を彷徨わせた人形に真白な色彩を持つ人ではなく人形が話し掛ける。同じ人形師の手によって作られた人形は偏に兄弟である。
薄いヴェールを常に纏う兄の人形はゆっくりとライトに近づいた。
視線を合わせる為に屈み込み俯いたライトの視線を捉える。
「………、ライト」
「ごめんなさい。僕、……ただ動く前の人形がどういうものか見たくて、まさか動いてしまうなんて…ごめんなさい」
ぱたりと床に水滴が落ちた。
ライトの肩に白磁の手が掛かる。労るようにぽんぽんと軽く撫でられて漸くライトは視線を上げた。
聡明とはいえまだライトは十二歳の子供だ。取り返しのつかないことをしたのを咎められるのが怖くて身を竦ませる様子に、白い人形は傍らに歩み寄った自身の主人を伺い見た。
「ニア」
「……責めないであげてください。仕方のないことです」
淡々と告げる人形はそっとライトの頭をあやすように撫でた。
「責めようもない。選ぶのは人形だ。……ライト、父上にも話を通す。待っていなさい。君は一緒に来なさい」
「……!」
起きたばかりの人形に話し掛け、踵を返した兄にライトが丸くした目を向けた。この取り返しのつかない事態は父の耳にも入ってしまうらしい。起きたばかりのライトを主人だと言った人形は一度ライトに視線を向け、何か心得たように兄の言葉に従った。
既に兄に知られてしまったこと自体、困るというのに覆せようもない現状にライトはまた俯く。
「大丈夫だ。…、ちゃんと話す。………故意にやったわけではないのだろう?」
扉が閉まる直前兄の声が聞こえたがライトは反応を示さなかった。
未だにライトを落ち着かせようとあやす白い手をぼんやりと見詰めて、ライトの唇が「どうしよう」と紡ぐ。
首を傾げた兄の人形に縋るように服の裾を掴んで、もう一度「どうしよう」と呟いた。
「僕…どうしたら」
「………大丈夫です」
「何も大丈夫なんかじゃない。だって、サユの為の人形なのに…僕が選ばれてしまうなんて」
引け目がある。
兄にも妹にも、誰にも話せず息が詰まりそうな閉塞感を覚えながら、本当は此処にいて良いのか分からないと存在もない恐怖に怯えながら、それに気付かぬ振りをし、蓋をして生活をしているライトにとって余りにも大きな失態だった。
父親が妹の誕生日のプレゼントに聞き入れた人形を横から奪うことは絶対にあってはならない。
「……ライトは、知っていますね」
必死の様子で縋った手に細く白い指が重なる。
「私達は人ではない。感情に似たものはあります。これを心と呼ぶのなら、そうかも知れない。姿は良く似ています。けれど人ではない。人形です」
本質が違うと兄の人形は続けた。
「人間は限りなく自由です。身分や因果はありますが自由になろうと思えばなれる。私達には到底出来ません。私達は既に存在する意義を持って作られるからです。存在する意味を探して生きる人間達とは違って不自由です。しかし私達は、私達のマスターを選ぶことが出来る。これだけが唯一自由なんです」
「……ニア」
「分かりますか? 私達は、私達が選んだ主人しか愛さない。愛せない。そう出来ています。けれど私達は物ですから、主人となる人物が拒めばそれに従うしかありません。……でも最上質人形である私達には他の人形とは違い感情も、長く長く記憶も残る。最初に選んだ人はある意味運命です」
「偶発的な事故かもしれないじゃないか」
今までの最上質人形の殆どが彼の人の為にと製作依頼を受け、またはその為に人形師自らに作られて、目覚めた際には製作依頼の対象者を選んでいる。
目の前に居る兄の人形もまた其れであった。
「偶発的? ならばそれは尚のこと運命ですよ」
ライトの言葉ににこりと白い人形は微笑む。
そして薄い唇でこう口にした。
「私達は起きるまで記憶はありません。だから勿論意識も無い。人間と違って胎教による潜在意識もありません。…目が覚めた瞬間、世界を見た瞬間、そこに居てこの人が主人だって分かるんです。誰に言われなくともです。私も、レスターに会った時そうでしたよ」
「兄さんの他に誰か居た?」
「私は…こういうのもなんですが、中々出来のいい人形だったらしいですから。……たくさん私を欲しがった人間はいました。元々はレスターのためにオーダーされましたが、私が誰か違う人間を選ぶ可能性は0ではない。そして人形が選び、主が受け入れれば幾ら製作依頼者でも人形師でも口出しは出来ません。だから私の目が覚めたときはたくさんの騎士が居ましたね」
「それで、兄さんを選んだ?」
「はい。…私は彼のために目覚めたのだと分かりましたから」
「……今回もそうだったって? 例えば、僕がこの部屋に忍び込まずに最初にサユに会っていたらサユを選んだんじゃないのか?」
「それは私には分かりません。きっとあの子にも分からない。だから運命なんですよ」
そう結論を言ったニアが一つ安心させるようにライトの頭をもう一度撫でた。
ゆっくりと服の裾を掴んでいた手の力が緩まり、俯いたままだったライトの顔が上がる。
「それを踏まえた上で決めてあげて下さい。貴方がマスターになるかどうか」
白い容姿の中で唯一深い色合いの瞳が真っ直ぐにライトを見詰め、祈るように告げた。ライトは小さく頷くに留める。
どうしていいのかは分からない。人形に選ばれれば彼らから契約のように永遠の愛を、その代わりに謂れ無き沢山の障害がついて回る。
それを踏まえた上で主人となるか否かは一存するという。
「一つ聞いてもいい?」
「何です?」
「僕が断ったら、あいつは……」
「他のマスターを選ぶしかなくなります。……古い人形も居ますからマスターが死んでしまい残された場合もあります。その場合は仕方ありません。死んでしまった主人の後に新しい主人を選ぶ。でも面倒臭いことに感情は何故か人とよく似ている。その対象者が居なければ踏ん切りもつくのでしょうけど」
「……そう」
つまりは断ればすんなり主人ではなくなれるが、目覚めたばかりの人形が最初に覚える感情は酷く苦しいものになるということか。
ふと先程呼び止められた落ち着いた声を思い出す。
じっと見詰めてきた漆黒の瞳は何も映さず凪いだ湖面のように、ただ自分だけを見詰めていた。
息苦しいと自分勝手に枷を作った世界で、あれは何かを変える存在に成り得るだろうか。それともより重く圧し掛かるものとなるだろうか。
「……、僕」
「決心が着きましたか? なら、お父様のところへ行きましょう」
そこで父も兄も、起きたばかりの人形も、人形の主人となるはずであった妹も待っている。
立ち上がった兄の人形が気遣うように伸ばしてきた手をやんわりと押し戻してライトは微笑んだ。
そうだ。既に枷があると、重圧があると、息が詰まる思いをして此処にいるのならば更に何かを背負ったとて構わないではないか。
寧ろ其れよりも認めたことによって変わるかもしれない可能性の方がライトには取る価値があるように思われた。
だから父達の待つ部屋に行って言うことは既に決まっている。

――「僕は、その人形の申し出を受け入れる」

 

 

***


「あのね、聞いてるの?」と少しだけ強い口調の声が案外近くで聞こえライトは注意を戻す。
柔らかなシフォンのドレスに身を包んだ少女が不満げに頬を膨らませていて、ライトは苦笑するしかない。数年前の記憶に少しばかり意識を持っていかれていたようだ。
「ごめん。何?」
「またそうやって都合の悪いことは聞かないんだから!」
ぷいとそっぽを向いてふわりと裾を翻した少女が庭園に降りていく後姿を見遣ってライトは溜息を吐いた。
その先には漆黒の髪を無造作のままにしたすらりとした細い人影がある。
「いつか、お兄ちゃんからエルを奪ってやるんだから!」
その人影、ライトの人形の腕をぎゅっと掴んで振り返り宣戦布告をした妹にライトは密やかに苦笑した。
あの時、主人となる道をライトが選んだ時に、酷く落胆した妹は何故か自分を恨むのではなく強かに人形の主人となることを狙っている。
庭先で「ね、私の方が絶対良いんだから。今からでも遅くは無いのよ?」と畳み掛けるように言う妹に、当の人形は困ったように「そうですねぇ」と気の無い返事を返していた。
エルという名の人形の主となることを選んでから、特にライトにとって何かが変わったわけではない。
確かに人形保有者として命を狙われることにはなったが、それは想定内でこの家には既に最上質人形保有者が二人も居たので対処法は問題なかった。
生まれから来る劣等感はあの頃に比べれば薄まったかもしれない。押し潰されてしまいそうだと呼吸が苦しくなった閉塞感も。
しかし完全に拭い去ることは出来ず矢張り時折不安には駆られるのだ。違うことがあるとすれば、その時に唯一と信じられるものがあるようになったそれだけ。
「エル」
ライトは庭先でサユの猛烈なアプローチを受けている自身の人形の名を呼んだ。
その声に細身の人形がつと視線をライトに向けて「何ですか?」と問う。起きたばかりの時に高く見えた身長は、今となっては略同じだろう。
その人形に短く、「おいで」とだけ告げた。
妹から絡まれていた腕をするりと難なく解き「すみません」と一言だけ告げてやってくる人形と、その姿を見て少し苦笑の様相を示した妹を交互に見遣ってライトは笑った。
選択としては悪くは無かった。
「どうしました?」
「あの時、僕がお前を申し出を断ってたらどうだったのかなと考えていた」
「ああ…。そうですか」
「どう思う?」
ライトの問いに漆黒の瞳を迷うことなく合わせた人形が笑う。
「そうですね。……結局はそうは成らなかったので私としては分かりませんが、初めて抱く感情としては大層おいしくないものだったと思います」
「ああ、そう」
余りにも自分の人形らしい答えにライトはそう返す。
「そう思ったから、選んでくれたんでしょう?」
すると何もかも読み取ったような言葉が返り、ライトは今度こそ「そうだね」としか言えなかった。
全くその通りだった。




>>思ったよりも長くなってしまった、むつきさんの隠しページお遊びパラレル設定にて。
   分かってない部分とか勝手に解釈が強いけど、とりあえずライトとL。

   この話でのニアはある意味ライトのお姉ちゃん的存在だよね、でっすよねー!(黙れ
   色々間違っているような気がするので怖いけど、書いてて楽しかったのです。うむ!

Lが死んで、メロもマットも死んでしまった。
自分の命を賭けることで臨んだ対決は、メロの予測不可能な動きによって勝利を収めることが出来た。そうでなければ負けていた。
必然と簡単に呼ぶことは出来なかったが全てを暴き手段を封じた上でキラを監禁する、その言葉の通りにニアは月を外部とは隔絶された施設に閉じ込めた。
彼以外に閉じ込める人間は居ない、言わば彼だけの為の施設。
其処に彼を移送するのと平行して”L”の名を継いだ。まさに自然な流れだった。
今まではキラを独自で追えば良い、ただそれだけに心力を注いでいれば良かったが、”L”の名を継いだ時からありとあらゆる事件の依頼が舞い込むことになる。予想はしていたが頭の中で想定するのと実際そこに身を置くのとでは違うらしい。
ニアは、全ての事件を我が身一つで背負えるとは思えなかったし、”L”の継いだからとてそう振る舞う必要性は無いと感じていた。抑も初代の”L”を考えれば当然だった。
しかしニアにはもう一つ、精神的苦痛があった。
「…………レスター、彼の元へ向かいます」
月を施設に監禁した直後、唐突にニアは背後に控えるレスターにそう告げた。何かを言い掛けるレスターを黙らせ車を走らせる。
ニアの手には死を操るノートが残されている。幾重にも敷かれたセキュリティの中に、もし誰かが奪うようなことなどないように細心の注意を払って。しかし未だノートは残されたままだった。
「……お前から来るなんてどういう風の吹き回しだ? ニア」
「相変わらず憎まれ口だけは立派ですね。お元気そうで何よりです」
扉をくぐり抜ければ部屋の中で悠然と構えた月が冷たく言い放つのに、ニアはさらりと応酬して返した。
月は拘束具などは付けていない。付けなくとも彼にはこの部屋を出ることは敵わなかったし、出られたとしても施設から脱走するのは困難だった。
「…僕に元気そうと言うのか、お前は。相変わらず性格が悪いな」
「貴方程じゃありませんよ」
程良く空調の効いた部屋は、外の季節が初夏の汗ばむ頃を迎えたなどと微塵も感じさせない。
この施設を用意するまではニアが捜査を行う場所を共に転々とさせ、一つの部屋に監禁させていたのだが流石にそれはニア側にも月側にも負担が大き過ぎた。
「それで?」
扉の前に立ち一歩も動かぬニアに痺れを切らしたか月が立ち上がり一歩近づいた。ニアは動かない。
視線は交わらず視線は床を眺め続けている。
「”退屈だからノートを落とした”」
もう少しでニアに手を伸ばせば触れるという距離で、黙っていたニアが口を開く。月が首を傾げた。
ゆっくりと視線を上げるニアの瞳に感情は映されていない。淡々とした声も同様に、ただ一つの事象を告げる為だけに動く。
「あの死神はそう言いました」
「リュークか」
「そして貴方の名を書くのは自分の役目だと言っていた。……どうしてでしょう」
「何を言いたい?」
「退屈が嫌いなようです。なら貴方が捕まった時にでも名を書けば良かった。何故未だ貴方の名は書かれず生きているんです?」
視線がかち合う。
深い色の瞳と褐色の瞳が探り合うような時間は、しかし僅かだった。
「そんなの、僕が聞きたいくらいだ」
断ち切るような会話は否応なしにニアに一つの結論を導く。
視線を逸らし無機質すぎる壁を見詰めて「そうですか」と呟いた。そして今更過ぎる後悔をした。人間として過ぎた程の思考回路など持たなければ良かった。ニアは何故今更そう思ったのか原因を探らず、ただ自らが弾き出した結論に伴った痛みを堪えるように強く自身の手を握る。
「おかしいですね」
「何?」
「……いいえ、何でも」
ぽつりと呟いたニアの言葉を耳敏く拾った月に答えは返されない。
俯き、強く拳を握ったままのニアに気付いた月が手を伸ばした。
触れる寸前に僅か身動いだニアが逆に伸ばされた月の手を掴み取る。冷たい指先だった。
「ノートはどうした? 燃やしたか?」
「いいえ。未だです」
「あれは”史上最悪の殺人兵器”なんだろう? 何故処分しない」
「所有権を放棄すれば記憶が消える。それで一度貴方はLを欺いた。……、燃やせば記憶は消えるんでしょうか」
「さぁな。あの死神にでも聞けよ」
溜息混じりの言葉にゆっくりとニアの視線は上がった。捕まれた手は力の差を考えれば容易く振り解けたが、冷たい指先が微かに震えた気がして振り解く気にはなれなかった。
「そんなのとっくに聞いてますよ」
怯えなのか動揺なのか分かりはしないが表情にも声にも微塵も乗せない気丈さに月は内心苦笑する。
嘗て対峙したLと違い未だ未完成というのが相応しいのか、それともニアの性格故か、どうにも極端なバランスの中に酷く脆い部分が時折見え隠れする気がした。
そう思ってしまうのは年齢の割に幼い容姿のニアが、異性だというのにも起因するのかも知れない。
てっきり男だと思い込み回線越しに何度も心理戦を繰り広げた相手は紛れもなく女性だ。
身体の線を略隠してしまうパジャマのような服装と中性的な容貌のせいで少年に見間違われがちだが、月の手を掴む細い指も、それを無理矢理引き寄せれば容易く腕に収まるだろう小さな身体も間違いなく女性のものである。
「やったことがないから分からないと言っていました」
「あいつは嘘つきだぞ」
「嘘つきじゃなくて、本当のことを言わないだけでしょう。それが嘘つきとは限りません。……が、」
なんとなく要領は掴めましたとニアは囁くように付け足す。
「ノートは燃やします。私の手によって、間違いなく。ただ…、それによって貴方の記憶が消えてしまうのは本意ではありません」
「………僕が何故ここにいて、こんな目に遭うのか分からなくなるからか?」
「別に記憶がなくなって、自分の置かれた状況についていけず気が狂ってしまっても構いませんよ」
するりと冷たい指先が離れる。
にこりと初めて嫌味ではなく笑ったニアの顔はある意味見惚れるほどに婉然としていた。
「では?」
「分かりません。こんな風に思ったのは初めてです」
頭では冷静に早くノートを燃やしてしまえと言う。いつもは抑えられる感情がそれを良しとしない。
大切な人間を奪った人間が自分の罪を認知しないまま閉じ込められ死んでいくのが嫌なのか、又は別の理由があるのかニアには分からなかった。
「ノートは燃やせ」
「……だから、」
「お前は僕の記憶があれば良いんだろう? なら燃やせ。所有権を放棄しない限り記憶はそのままだ」
「貴方…」
何故、とニアが言う前に月が大きく一歩を踏み出した。合わせてニアが身を引くが背後にある扉に阻まれて距離は縮まる。
背中に無機質な冷たさが伝わり僅か眉間に皺を寄せたニアが改めて月を見上げた。
「信用できません」
「お前にとってはどちらだっていいだろう? 記憶が残ろうが残るまいが、僕を罪人として、最重要危険人物として、此処に閉じ込めて置けばいいだけだ」
「………」
「何を躊躇う」
とん、と月がニアを逃さぬように両腕を扉に突いた。
至近距離で見る月の顔は端整で、こんな状況だというのに確かに普通の女なら騙されるだろうと頭の端で思う。
嫌いである筈の人間に向ける感情は、憎悪は愛情に似ていると昔誰かが言った気がした。確かに執着という意味では似ているのかもしれないとニアは内心自嘲する。
自分の感情の何が今、理性に勝っているのかニアには良く分からなかった。
今、自分を閉じ込める形の腕に指を掛け、ニアは布越しの体温に少しだけ安堵する。
「……確かめたいだけです」
「何を」
「私は―…………」


***


夢を見ている、と自覚する。珍しいこともあるものだとぼんやりと思った。
あのときの自分は半分以上自暴自棄になっていた気がすると、十年ほど前を振り返って小さく笑うと掛けられていた毛布に気付く。
急に覚醒した頭は思ったよりもクリアで偏光硝子越しに覗く外の様子は丁度朝焼けを空に映し出した頃だ。
夢を見ていた時間はそんなに長くは無い。
余り夢を見ないニアが見た夢は、夢とは言えない代物だった。あれは過去の記憶そのものだ。ただの一片。
キラと対峙し勝利を収め”L”を継いだばかりの自分の記憶。
まだ夜神月が生きていた頃の記憶だ。
不自然な姿勢で寝ていたせいで軋んだ身体を緩慢に起こして、ニアは掛けられた毛布を引き摺りソファに沈み込んだ。
ユイに父親のことと、その父親がキラであったことを知られていたこと、その手掛かりを何処で手に入れたのか気になるところだが、それ以上にキラと対峙していた自分がどうしてその男の子供を産むことになったのかという経緯を話すことの方ばかりに気を取られる。
どう説明すればいいのか、未だにニアにはよく分からなかった。
「……自棄になってたっていったらどう思うでしょうね」
ぽつりと呟いた言葉は半分本当だ。
あの頃の自分には”L”を継いだことと、キラを監禁し続けることの他にもう一つ、一番非常に煩わしい問題があった。
一蹴するには未だ意志が弱く、ニアはあの時ほど自分の性別を呪ったことはない。
毛布を胸元にまで引き上げてふと自身の細い指を見た。
今まで考え事に没頭していて気付かなかったが、眠ってしまった自分に毛布を掛けてくれたのはユイだろうか。
あの後逃げるように部屋に戻っていったのだから、てっきり一晩は外に出てこないと思っていたが違ったらしい。
器用に殆ど身動ぎせず毛布にくるまるとニアはゆっくり目を閉じた。
目は覚めてしまったが、身体が睡眠をもう少し欲しているのを感じたが故だ。直ぐにでもまた睡魔は襲ってくるだろう。
また夢を見てしまうだろうか。
(………今頃、いい気味だと思っているかもしれないな)
利用したと言えば利用したことになる、あの男は。


***


規則正しい寝息は記憶と変わらない。
ソファで器用に丸まって眠るニアを起こさぬように、その柔らかな癖毛に触れて月は溜息を吐いた。
記憶は、自分の息子と出会う前日まで無いと言っていい。正確には十年前の意識を失くす直前から、息子に出会う前日まで空白があると言えばいいのか。寧ろ現状どうして存在出来ているのかが不思議なくらいだ。
ただ、意識が覚醒した時には分からなかったが有り得ない記憶が蓄積するにつれ理解したことが一つある。
この状況は長く続かない。おそらく、あの子供の誕生日が期限となるだろう。漠然とした理解だった。
記憶よりも大人びたニアを見下ろして、その真白な容姿であの日悲鳴じみた言葉をぶつけられた時を思い出す。
『私にどうしろっていうんです?! 私だって好きで、女に生まれた訳じゃない』
そこまで言い切ってふつりと糸が切れたように下ろされた細い腕と、諦めたように笑う表情に、気付いたら引き寄せて抱き締めていた。
女など利用する為にしか思ってなかった筈にしては不可解すぎる行動に、月こそどうかしていたのではないのかと思う。
ただ自分は死に、残されたニアはその結果に対し全て抱えたまま生きてきた。
清算をすると言うのなら、その時期のために自分が僅かに存在することを許されたというのなら、誰の悪戯かなど知らない、死神は嘗て人は死んだら須く無に行き着くと言ったのだから分からないが、世界は其処まで捨てたものではないらしい。
「……お前を、僕がいい気味だなんて、思うわけがないだろう」
囁くように呟く。けれど、声は相手には一つも届かない。

 




>>少しの過去。
   理由は、何とも次にでも。タイムリミットはもう少し。
   5話くらいで終わらせるつもりが10話くらいになりそうなのか、それ以上なのか
   私にはもう分からないぜ(こら

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くまがい
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性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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