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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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午後の陽気が満ちるオフィス内は沈黙で満ちている。
長閑な空気がぼんやりと思考を暈かす誘惑の中、じっと手元に視線を落とすフレンが何度目かの唸りをあげたのに、堪え切れなくなったのか窓際のデスクのクロームが顔を上げた。
眼鏡をゆっくりと押し上げ、首を傾げる。
「シーフォ、具合でも悪いか?」
淡々とした物言いの中に気遣いを含ませる上司の声にフレンもはっと顔を上げた。開いたままのモニタに映し出されたデータは先程から思うように進んでいない。
すみませんと小さく謝り改めて仕事に向き合うが、全く頭に入ってこない状況に頭を振る。
気合いを入れ直そうと試みるのだが、すぐに思考が違うところに飛んでいってしまう。
原因は分かっている。いやその原因が自分にとっては一番の問題でフレンはもう一度小さく唸ると今度は席を立った。
「ちょっと休憩行ってきます」
勤務態度が常に真面目だと評価されるフレンが、折り目正しく断って席を離れるのを誰も咎めなかった。

社内自販機の一番左上のボタンを押し、落ちてきた缶を手に取る。
ひんやりと冷たすぎる感覚は覚束ない思考を急に覚まさせてくれたようだ。
プルトップに指をかけ一気に中身を半分飲み干せば、喉を通る冷たい感覚に心地良さを感じて一息吐き、こつんと通路の偏光ガラスに頭を押しつけ身を預けた。
上司が咎めるのも無理はない、と今日の自分にくすりと苦笑を零す。
仕事とは関係のないことが気がかりで全く集中出来てない。いつもならこの時間には終わってる仕事もまだ残っている。散々な有様だ。
原因は考えるまでもなく分かっているのだが、それがどうにも情けなくて肩を落とす。
少し軽くなった缶を振ってフレンは細く息を吐き出した。
スーツのポケットに手を突っ込むと、指先にかさりと厚めの紙が当たる。
折れないよう気をつけて取り出し視線を落とした。郊外にある遊園地のチケット。昨日、手渡されたものだ。
(……分かってるのかな)
ぼんやり手渡してきた相手の様子を思い直して、フレンは分からないわけがないだろうと首を振る。
彼女が自分に対して恋愛感情を抱いてるのだと気付いたのは、そんなに前のことではない。
それに気付いた日以来全く素振りを見せないが、チケットを渡してきた際、自分の出方を僅かに窺っていた。期待を持たせる気も無いなら受け取らない方が良かったと分かっていたのに。
(分かってないのは僕の方か)
隣人の少女とは、歳が離れている。
幼い頃から血は繋がってないが妹のようだと思っていた。妹のように可愛がってきた……はずだった。
差し出されたチケットを見下ろし、自分が受け取らないチケットはどこに行くのだろう。余り話したことはないが学校の男友達でも誘うのだろうか。
そう思った瞬間フレンは迷わずチケットに手を伸ばしていたのだ。
それが所謂、妹馬鹿と呼ばれる感情に因る衝動だったら問題はない。
可愛い妹を知らない男に渡したくないと思うのは、多少は行きすぎていても健全な考えな気がする。
けれど、久しく触れてなかった少女に触れた時、子供の頃の幼さではなく、発展途上ではあるが確かに女性へと変わり始めた柔らかさに勝手に戸惑った。
いつも屈託無く名前を呼ぶ彼女はいつの間にあんなに大きくなってしまっていたのか。
よく後ろを付いて回っていた幼い足取りをはっきりと思い出せるのに情けない話だ。
自分の方こそ彼女をどのように見ていたのだろう。その答えが自分で出せていないのではないか。
妹みたいなもの、と決めつけているのではないかと考え込んでは思考の迷路に迷い込む。
じっと見詰めていたチケットをスーツの上着にしまい込み一つ息を吐くと、フレンは軽く首を振り今はもう考えないことにした。



***

本当にごめん。
そう土下座する勢いで謝られ、ユーリは電話口でありながらもどうしたらいいかと思案し何とか出てきた言葉が、「まぁいいよ」という何ともし難いものだった。
ぶっきらぼうに言ったつもりはないが、元々女性でありながら粗雑な印象を与えやすい口調だったし、多少なり落胆したのは間違いなかったので、電話越しの相手がどのようにとっても仕方なかった。そうは思う。
だから咄嗟に次に相手に言われた言葉が理解出来なかった。
自分がどう反応したのかも分からないまま通話は終了し、重心を傾けベッドの上に仰向けになり腕を投げ出してユーリは天井を見上げる。
そのまま体重を移動させ、近くの椅子に掛かっていた制服の上着に手を伸ばし、けれど上着に辿り着く前に指先を下ろす。
まだ手にしたままの携帯電話のメールボタンを押す。
そして何文字か打ち込んで送信した後、椅子に背を向けるように寝返りを打った。
「……ばか」


>>フレにょユリ年の差の続きになるはずが全然、先が思い浮かばなくて^q^
   ボツというか書きかけ途中。暫く封印。

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白銀の髪がふわりと舞う。どちらかというと銀より白に近い髪は、風に攫われ、その色白の頬を悪戯に擽っていく。
手袋をはめた細い腕を持ち上げ、彼女はぼんやりと人工海を眺めていた。
天気は晴れ。きらきらと波間に光が反射する、その様を飽きもせずに見ている。
利き手には日傘を持っていたが差すことはせず、色白の彼女とは正反対に濃いめの服装は綺麗なコントラストを作った。
一つの絵画のようだ。
そう思ったのは人工海の浜に臨む道路を歩いてきた男である。稲穂のような少しくすんだ柔らかな色の短く切り揃えられた髪が、彼女の白銀の髪を揺らす風に同じように擽られる。
ぼんやりと彼女が佇む姿は白昼夢のようだ。タイトなラインのパンツに、少しだけ身体のラインを隠すようにボリュームのある変わった形のジャケットを羽織る彼女は、頬に掛かる髪を遠慮なく払うと、ことりと首を傾げた。
「レイムさん? そんなとこで何してるんです?」
男に掛けられる声ははっきりとしている。背中を向けたままの彼女が、何故男に気付いたのか。
そんなことは言うまでもないのだろう。いつも気配に敏感な彼女は男が本気で見つからないように息を潜めない限りは、男の存在を取り零したりはしない。
「エノアこそ、そんなところで何をしてるんだ?」
小さく息を吐き出して問い返すと、肩越しに振り返った彼女はにこりと笑った。
「海を見てました」
ストレートな答えだ。確かに海を眺めていたのだからそうには違いない。けれど日光を直接浴びることさえ若干身体に障る、彼女が日傘も差さずに海を眺めているのは少しおかしい。
「どこの?」
だから疑問の侭に問いかける。
男の言葉に彼女は、綺麗な深紅の瞳を数度瞬かせると、軽い足取りで踵を返した。
ふわりと裾が風を孕み、しかし元に落ち着く。その数秒の間に彼女は儚い笑みを浮かべる。
「あなたの国の」
何故、と疑問は浮かばない。
一つ素直に返された言葉を許すように足早に距離を詰め、佇むその細い身体に腕を回す。
「レイム?」
抱き竦められて不思議そうに名を呼ぶ声に、薄い肩に額を押しつけた。
彼女は命の重さを知っているからこそ、自分が嘗て奪った命の重さを真摯に背負い続けている。その罪の重さを。
低い体温の、その細い指が恐る恐る男の肩に触れた。
「レイム、大丈夫だ」
ゆるりと視線を向ければ、僅かに細められた真紅の瞳が真っ直ぐに男を見据える。
抱き締めた身体の相変わらず低い温度にも胸を痛め、なかなか抱き締める腕の力を緩めない様子に彼女は困ったように、嬉しそうに笑った。
「レイムさん、甘やかすから」
綺麗な声が、そうやって小さく痛みを訴える。
「私、何だか許された気がして、困っちゃいます」

 ――ああ、なんて不器用で、なんて凜とした、

「エノアを許すなんて烏滸がましいことしないよ」
「はい」
「俺はただエノアと一緒にいたいだけだから」




>>久しぶりに頼まれたから書いてみる二人はなんてラブなのだろうと、小一時間(笑)

「どうしてなのかなぁ」
窓に切り取られた空が青い。綺麗な綺麗なブルーに、自分さえ見失いそうな感覚は何とも言えない虚無感さえ寄越す。
静かな室内も良くないなとオズは淡々と思った。どうしてこんな時でさえ冷静に物事を考えてしまうのか、自分にも腹が立つ。
頭は酷く落ち着いている。
だから信じたくないと思う感情など無視して事実だけを拾い上げて整理してしまう。
なんて嫌な性格。
なんて薄情な自分。
友人が死んだのに涙一つ出てきやしない。
「どうして、こんな」

 ――嗚呼、世界は何か一つを欠いてもいつもと同じく廻る。

こつんと窓に額をつけ、些か不自由な格好で見上げた空は雲一つ無い快晴。
青。綺麗な青。けれど友人の瞳の色は空より海の深い色に似ていた。
よく動く表情、どちらかというとしかめっ面と怒った顔ばっかり見ていたけど、笑った顔も照れた顔も知っている。
自分を立たせてくれたのは彼で、いつか自分たちの家の関係性を変えてやろうと誓ったばかりだった。
あの時合わせた手の感覚も未だ覚えている。
「なんだろう、これ」
泣きたいのに泣けないのか。辛いのに辛くないのか。感情が掬えない。
少しだけ緩めた襟元の、その襟に僅かに首に付いた歯痕が触れて、オズはゆっくりと指を這わせる。
先程噛まれた傷口と呼ぶには小さな痕は、オズがチェインとして契約を結ぶ少女がつけていったものだ。
慰めるのには頬を吸うのが良いのだろうとよく分からない解釈を少し前からしていた彼女が、オズを元気づける為に、それでいて些か行きすぎた行動だったが、瞬間的な痛みでじんわりと目尻に涙が浮かんだ。
その涙が行き場を無くした感情に救いを与えているのに、オズは気付いている。
信じられないくらいに、きっと感情が追い付いてないだけの自分は、未だ泣けなくて。
最期に見た赤が見慣れた、それでいて忌むべきものだと脳裏に蘇って首を振る。

まだ覚えてる。
その手の温かさと、ぶっきらぼうな物言いをするすとんと落ちるような癖のない声。立たせてくれた時の力強さも。

でも忘れてしまうのかも知れない。
悲しみをいつまでも抱えてはいけないから。人はいつだって少しずつ色褪せていく記憶を重ねていく。


片腕で上半身を起こして、オズは立ち上がった。
護衛が付いていないから出来れば部屋に居ろと言われていたが、ここは屋敷全体が警備され保護されている。
少しくらいならどうってこともないだろう。
数日部屋に篭もってばかりで、身体も動いてなかったし丁度良い。
廊下に見張り番がいないことを確かめてから、オズは部屋を抜け出す。
行き先は決めていなかったけれど、誰かと話がしたくて自然と足はある場所に向かっていた。





無神経ですねぇ、と苦笑した声に。確かになぁと内心隣で思いながらレイムは神妙な顔持ちで訪れた少年を見る。
ベッドに横たわったままのブレイクは白いシーツに埋もれそうなほど、血色は良くない。
しかし具合の悪さなど見せず、形の良い指をくるりと宙に回して笑う。
表情は見えなくても大方相手の気配でどんな表情をしているのか分かるのだろう。
「あのね、オズくん。全部を覚えてるなんて無理ですよ」
正確な記憶保存装置でもあれば別だけれど、人は生きている限り記憶を蓄積していく。ずっとずっと鮮明に詳細に覚えて入れるだけの能力はない。
きっぱりと事実を述べた声は、いつもより優しい。
「けどね、忘れないってことは出来ると思いマス」
たくさんのものを失いすぎた男はそう言って笑ったまま、手を伸ばした。
「矛盾してるよ」
「そうですネェ」
絞り出される少年の声に寸分違わず額にデコピンを食らわせ、痛いと小さく上がった非難に小さく声を上げて笑う。
「確かに全てを覚えてるのは無理です。けど、存在を忘れないってことは出来るんですよ」
にこり。
そういって笑ったブレイクがふっと笑みを消す瞬間の表情は、俯いているオズには見えない。
少しだけ気遣わしげなレイムの気配に気付いたブレイクがとんとんと安心させるように手を叩いた。
「オズくん、泣きました?」
「なんで?」
「泣いて良いんですよ? そうじゃなかったら怒って良い」
「なんで?」
「困った子だ。友人を亡くしたんだ、誰も君が無様に泣いたってみっともないって良いやしませんよ」
酷い物言いに思わず返す言葉を無くしたオズが、目を瞬かせる。
「こら、ザクス」
「自分の感情が今、分からないなら、ちょっと散歩でもして感情の整理でもしてきなさい」
ぽんと少年の肩を押した、ブレイクが肩を竦める。
やれやれと大袈裟に息を吐き、
「それにね、おじさん病人なんデスヨ。ちょっと休ませて下さいネ」
そう言ってベッドに身を沈める姿を見ては、これ以上長居をするわけにも行かず、オズは「ごめん」と一言だけ告げて椅子から立ち上がった。
年相応の頼りない後ろ姿を見送って、レイムはベッドに横になったブレイクを見下ろす。
「ザクス」
「嫌ですねぇ、ホント。……泣いて悪いわけ無いのに」
まるで自分で自分を戒めてるみたいだ、と付け足したブレイクが見下ろしてくる視線に気付いて笑う。
「ほら、レイムさんも大人しくベッドに戻ってくださいよ。けが人なんだから」
はたはたと振られる手は矢張り血色の悪さを物語る。
なまじ腕が立つから今まで怪我人として扱われる事の少なかった男は、ふとベッドの上で背を丸めながら器用に寝返りを打つ。
「大丈夫ですよ」
「うん?」
「オズ君には、アリス君がついてますから」
そう言うブレイクが、もう見えない瞳を彷徨わせ、そして飽きてしまったのか瞳を瞑る。
これ以上聞いても今は何も話さないと言いたげな様子にレイムも自分のいたベッドへと、杖をつきながら戻った。
歳にしては聡明で、快活な少年の終ぞ見たことのない様子を脳裏に浮かべて溜息を吐く。
大丈夫と言うのならきっと大丈夫なのだろうけど。
あとはオズが自身の中で引き出す問題には間違いなく、何の力にもなれない自分は駄目な大人だなとレイムは小さく自嘲する。

「こら、レイムさんまで落ち込んじゃ駄目ですヨ」

その気配を察したのか向こうから上がった声にレイムは苦笑した。

「分かってる」








綺麗な空だ。
ああ、そういえば庭先でなんてことのない日だと叔父が言って茶会を開いた日も綺麗な青空が広がっていた。
その下で笑って、話をした。
ぼんやりと屋敷に隣する庭園に佇んでオズは思い出す。
馬鹿と何度言われたのだろう。自分の自己犠牲は誰も救わないと教えてくれた声が、照れたように応じた日。
きっとこれからもそんな穏やかな日を彼と過ごせると思っていた。
「……約束したのに」
笑顔が思い出せるのに、共に思い出すのは彼から滲んだ血の色だ。命そのものだったような、鮮烈な。
降り注ぐ陽光を眩しく感じ俯いてしまったオズが、近寄ってくる気配にはっと顔を上げる。
がさりと手入れされた垣根から出てきたのは艶やかな漆黒の髪の少女。
「アリス?」
「オズか。全く私がいない隙に部屋から居なくなるとは」
「ごめん」
木の枝に引っ掛かって些か乱れた髪を無造作に手ぐしで直しながらアリスは、オズの元へと近寄る。
髪に絡まる葉を見つけ手を伸ばしたオズが、その手を反射的に取られた。
「アリス、どうした……」
「お前にやろうと思っていた」
「え?」
少女の手から渡されたのは小さな花だ。割と知識の深いオズが名前を思い出せないよく分からない小さな花。
一つは割き綻び一つは未だ蕾のままの、毟り取られたという風情の花が手渡され、オズは首を傾げる。
「ちょっと散歩してたら見つけたんだ」
「うん」
「お前にやろうと思ったから持ってきた」
「うん」
「……その、あいつになんだか似ている色だったから、少しは」
ふと言葉を詰まらせたアリスが困ったように視線をうろうろさせる様子と手の中の花を交互に見遣る。
真っ青な、空と言うより晴れた日の海に近いような色。
最初から真っ直ぐに自分を見詰めてきた友の瞳と似た――。

「アリス」

視界が滲む。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
目の前の少女を、貰った花を潰さない様に気をつけながら腕に抱きこむ。
小さく戸惑った声が上がったが、腕の力を緩めることは出来なかった。
「オズ、おまえ」
「ありがとうアリス」
アリスの肩に顔を埋めるようにしたオズの表情は、アリスからは見えない。ただ少しだけオズの触れる肩が冷たい。
小さく上がる嗚咽を黙って聞き入れ、小さくまるで大切な何かを繋ぎ留めるように呼ばれる名をアリスは思う。
行き場をなくした感情を持て余し泣くオズの背中に片腕を回し、あやす手つきで背中を撫でた。
漸く泣けた少年に、少女の姿であるチェインは何も言わない。


やけに広く感じる晴れ渡る空を、少年が落ち着くまで見上げて、ああ、なんて憎たらしいと毒づく。
こんなに良い天気じゃ泣くことが出来ないやつが多いのに。
それでも晴れた空でなければ、彼の瞳に似た海の色は見えないから、まるで世界まで惜しむようだなんて。





>>GF5月号ネタバレ。エリオット追悼。


魔導器が無くなる実状に基づき、魔物への対処や生活利潤の低下への対応。綿密に何度も帝国とギルドで重ねられる話し合い。
全く未知数の状況は、忌避する選択肢を選べる手段もなく、世界と共に滅ぶか、文明の利器を捨てるかの二択になってしまった。
生きる為に捨て去ることを選んだのは一部であって、人々の総意ではない。
成る可くして成ったのだ。そう結論付けて世界は突然空に現れた災厄を退け、魔導器の使えない時代へと突入した。
研究者は新たなエネルギーとして存在が確証されたマナの実用化に向けて、議論と実験に忙しい日々を送り、その中で少しずつ代替される、今までに比べたら不便だが道具を作り始めている。

――生きようと思えば、何とでも。

少し不安げに、それでも言い切った少年の様子を思い出してユーリは小さく笑みを零した。
確かにその通りなのだろう。最初はどうやって生活をしていくのかと途方に暮れていた人々は、それでも日々の生活を送っている。
ギルドの依頼を一つ片付け、帰ってきた帝都の下町も相変わらずの様子だった。
「ハンクスじいさん」
一つ違っていたのは広間で何か作業をする老爺と、それを手伝う数人の男が困ったように立ち尽くす様子くらいか。
人だまりの中心にいる老爺を呼べば、振り返るついでに手が持ち上がる。それが軽い挨拶であると分かってユーリも倣った。
「ユーリ。帰ってきたのか」
「一つ仕事終えてきたからな。じいさんたちは何を?」
工具を片手にユーリの元にまで来たハンクスに首を傾げると、相手は困ったように眉尻を下げる。
嘗ては魔導器によって制御されていた水道機関は、魔導器が使えなくなった後、下町の男連中によって井戸が掘られた。
最近では研究者が生み出した機械によって、ポンプで自動的に汲み上げられるようになっていたのだが、どうやらそれが故障したらしい。
簡単な修理であればと、自分たちで直そうとしたのだろう。
先程までハンクスが作業をしていた辺りに散らばる工具を見遣り、ユーリは肩を竦める。
「今、うちの知り合いが帝都に来てる。見て貰えるか話つけてみるから」
「でもなぁ」
「大丈夫だよ。あんまり金銭面にがめついやつじゃねぇ。安心しな」
元々自分たちの生活でさえ精一杯の人間が住む場所だ。当人にとって簡単な修理なら報酬さえ取らないかもしれない。
天才という評価を頂きながら少し変わった小柄な少女を思い出して、ユーリはにやりと口角を上げる。
つい最近会った少女は用事があるから帝都に行くと言っていたし、それからそんなに経っていない。まだ間違いなく居るだろう。
「ちょっと行ってくる」
ひらりと手を振って城の方へ向かう背中にハンクスが思い出したように声を掛ける。
「ユーリ」
「ん?」
「身体は平気か?」
「へ? ああ、大丈夫」
振り返った先で見えた表情は心底心配が滲んでいて、ユーリは苦笑で返した。
大方余計な口を滑らせたのは一人だと分かり切った上で、滑らせたと言うより保険を掛けたが正しいのかも知れないと思い直す。
魔導器を失った世界は一見、危惧したほどの文明退化を見せていないように見えたが、細やかなところでは大分弊害が出ていた。
その弊害に因ってユーリもまた個人的問題を一つ抱えたことになる。
まぁ、仕方のないこと。そう己の問題を切り捨てたユーリの性分など見切った上での相手の行動は、簡単に言えば効果絶大だった。
自分を顧みないと言うなら、顧みる状況を。
ユーリが自身を気にかけないなら、否応なしに気にかけなければならない状況を作り上げてしまえばいい。そう無言で突きつけられているようだ。
ついこの間ギルドで請けた仕事の報告をしに戻ったダングレストでも、様子を伺いに行ったハルルでも、ユーリは似たような目に遭った。
偶然そこで出会った少女も、帝都まで運んできてくれた相手でさえ、同じだというのだからこれは相当のことで。
「薬、もう作れないと聞いたぞ」
案の定、何度か聞いた言葉にユーリは肩を竦めて笑う。
「心配性だな、じいさん」
「飲んでたんだろう? やっぱり変に無理をして悪くなってたんじゃ」
幼い頃から何かと面倒を見てくれた老爺は、ユーリが抱える問題のことを良く知っている。
内心舌打ちしたいのを抑え、ここが最後の詰めとばかりに押さえられた人物にユーリは軽く首を振る。
「違う。別に悪くなってなんかいねぇよ。ただ変に発作が起きても困る状況だったから飲んでただけだ」
「ユーリ」
「今は別にそんなんじゃねぇ、悪くなってないから」
本当に大丈夫だと言葉を重ねるユーリに、尚も何か言い募ろうとしたハンクスが思い直したのか頷く。
納得はしてない顔に何も言い返すことなくユーリは踵を返し、今度こそレンガ道の坂を上り始めた。


**

突然扉を蹴破る音が室内に響く。
半ば八つ当たりに近い、いや原因は自分なのだから正確には八つ当たりではないだろう、ドアが足蹴にされる様子をフレンは見遣った。
割りと丈夫な作りの扉だが、手加減のない蹴りを入れられ蝶番が悲鳴を上げてしまい、壊れたかなと落ち着き払った頭で考える。
「壊れたら弁償要求するよ?」
「それじゃオレは迷惑料をお前に要求するよ」
昔のように窓からではなく、廊下から律儀に現れたユーリが渋い顔で告げるのにフレンは首を傾げる。
窓から差し込む光に目を細めた彼は相変わらず黒を基調とした服で、陽光が十分に差し込む部屋の中では何にも紛れない。
手にしていたペンを置いたフレンが口を開く前に、大股で歩み寄ってきたユーリが行動を起こす方が早かった。
ぐっと襟元を掴まれ引っ張られる。
反射的にインク壷を倒れないように書類から遠ざけたフレンは、呼吸が苦しいのにも構わず笑みを浮かべた。
襟首を拘束する手を掴み、やんわりと言い含めるように言葉を続ける。
「迷惑料?」
「確信犯のくせに良く言う」
鼻で笑ったユーリが手を離す。簡単に解放された襟首を正しながら、その様子を見下ろす視線を受け止めたフレンが「で?」と促した。
返されたのは盛大な溜息一つ。
気は済んではいないのだろうが、諦めたのか踵を返したユーリが執務机から離れた位置にあるソファに腰を落とした。
どさりと利き手にぶら下げていた得物も放る。
「会う度、身体は大丈夫かって聞かれる身にもなってみろよ。堪ったもんじゃない」
ソファに身を沈め言い捨て、ユーリはもう一度溜息を吐く。
じろりと睨んだが、執務机に座るフレンは眉一つ動かさず一度相槌を打つと慣れた手付きで書類をまとめ上げ、机の端に追いやった。
あくまで冷静な態度に腹が立ちそうになるのを抑え込み、ユーリは続ける。
「で、こっちこそ聞きてぇんだが、どういうつもりだ?」
ユーリが身体に病を抱えていたのを知っているのは、幼い頃から世話になっていた下町の人たちと目の前の幼馴染みだけだ。
ずるずると色々な問題を追ううちに世界の危機という大事に臨む羽目になった際、もしもがあってはならないとユーリが行動を共にする仲間に打ち明けたのは全てではない。
昔から少しだけ調子を崩すことがある。たったそれだけで片付けたユーリをその時は咎めもしなかったくせに。
「そういえば今日は窓からじゃないね。何か別の用があったんじゃないのか」
「誤魔化すな」
幼馴染みの指摘は正しい。
目の前の相手に会って文句を言わないと気が済まないと思っていたが、ユーリが城に赴いたのは下町の水道の汲み上げ装置が壊れてしまったからだ。
城に呼ばれていると言っていたリタを探し出し、何とか見て貰えるよう頼んだその足で赴いただけに過ぎない。
「誤魔化すつもりはないけど」
椅子から起ち上がり、ユーリの向かいに腰かけたフレンが笑う。
「まぁ、でも少し堪えた様で良かった」
さらりと棘を含む言い方をしてのけた幼馴染に、ユーリは深く溜息を吐いた。純粋な心配というなら分からなくもない。
自分が相手の立場なら矢張り多少の心配はすると思う。それが幼い頃から発作で苦しむ姿を見ていたのなら尚更。
ユーリの抱える病は特段身体的な異常が見当たらないのに、痛みを伴う発作を突発的に引き起こす。
発作は動悸と呼吸の乱れ、それに伴う痛み。酷い時には意識を失いかけるほどなのに、心臓自体に欠陥や異常は見あたらず、逆に根本的な治療法方が無い。
症例として、大半が心因性と診断されるそれは、しかしユーリの場合遺伝性のものだったらしい。
発作を起こした時さえ乗り切ってしまえば、一過性の症状なら構わないと思っていたユーリの発作は、いつこれ以上の負担を身体に掛けるか分からない可能性があった。
「それで、薬はあとどれくらい残ってる?」
幼い頃下町で医者に定期的に診て貰う余裕などなく、大人たちが気に掛け金を出し合って医者に診て貰った際に頑なに拒んだ発作を抑える薬。
ユーリの持病の治療薬は無く、発作を抑える薬は存在していたが手持ちはもう残り少なかった。
「……数回分ってとこだな」
呼吸と共に吐き出した言葉に嘘は無い。残りは多分あと数回分。
そして使い切ったら手に入らなくなる。
魔導器が使い物にならなくなって、発作を抑える薬は作れなくなってしまった。
新しく作るには、今使える技術で魔導器の代用となるものを作り上げるか。または発作に対する薬を新しい方法で作るか。
どちらにせよすぐにとはいかない。
行く先々、知り合いに会う度、心配されたのはそのせいだ。
特にユーリが昔、処方するのを散々断っていたのを知ってる下町の知り合いたちは、ユーリの具合がそこまで悪化していたのだと容易に想像しただろう。
昔から世話になり通しな手前、ユーリも無碍に突っぱねる事は出来ない。
そこまで見通した上でフレンは、ユーリが薬を貰っていた事もその薬が作れないことも周りに漏らしている。
「どういう気の変わりようだ?」
「うん」
実際は、ユーリが初めて発作が起こって以来、症状は悪化していなかった。
相変わらず運動をするのに支障は無いし、心臓にも異常は見つかっていない。
薬を服用する選択肢を選んだのは、単に突発的に起こる発作が邪魔だったから。星を覆う災厄を退ける為に動くのに弊害になったからだ。
だからこそ魔導器の機能が失われてから作ることが出来ない薬を未だ持っていると言って良い。
「お前、今まではオレが自分で言うまでは何も言わなかったのに」
「少し頻度が多くなったって、前言ってた」
「ああ」
「それに、それでも薬がある。いざとなったら飲ませたら良いと思ってた。君が嫌がっても」
本気だろう。
確かに抵抗しても飲ませようとしたろうなと容易に想像出来て、ユーリは笑う。
今までユーリが発作を起こした時、最初にフレンの好意を素直に受け取らなかった時から、フレンはユーリが発作を起こした時冷たく接してきた。
けれどユーリの意志に反したことは無い。
きっとそれは状況に余裕があってのものだったのだろう。
ユーリの持病が心因性ではなく、遺伝性だと教えたのはフレンだ。
いつか悪化するかもしれない。その時も大丈夫だと言えるかとあの時聞いたフレンは、捻くれた心配の仕方で可能性を提示したに過ぎない。
「何だよ、やけに今日は素直なんだな」
くすりと笑みを漏らして告げると、目を丸くしたフレンが僅かに苦笑いを浮かべる。
「卑怯なやり方だって自覚があるし」
「わかってんのか」
「でも、一番効果があると思った」
「おかげさまで」
ユーリが自分の病について、余り構わないのを一番よく知るのはフレンだ。
精神的な負担が一番の原因であっても、発作に対する薬が無いのでは無理をして悪化した時に大事になりかねない。
なら周りが心配すれば否応なしに自らを気に掛けるだろう。ユーリの性分を良く知るフレンの札の一つだった方法は嫌になるくらい効果絶大だった。
「発作は減ってるんだ。だからもう勘弁してくれ」
「そう」
「嘘は言ってねぇぞ」
「そんなの、見れば分かる」
君も今日は素直だから、と付け足したフレンが立ち上がる。
つられて視線を上げたユーリは、目の前に差し出された手に反応が遅れた。
嘗て大丈夫? と純粋な感情で伸ばされた手を取るのには随分と長いこと時間が掛かったなぁと呑気に思いながら、首を振る。
「フレン、大丈夫なんだ」
「何が?」
聞き返す声は何も含まない。
純粋にユーリの言葉の意味を計りかねたようで、少しだけ先を言葉にするのを躊躇う。
相手も素直じゃないが、自分も大分素直じゃなかったと自覚がある分、尚更。

「お前がいるから無理出来るんだから」

 ――だから大丈夫なんだ。

言葉足らずなユーリにフレンが声を出して笑う。
お互いの性格を理解した上で不器用な遣り取りを幾度も繰り返した、その先での言葉にしては余りにも不釣合いで。
それでいて酷くらしかった。
「そうだった。ユーリは、大丈夫だよね」
フレンが苦笑交じりに手を引く。その、今まで決して掴まなかった手にユーリは初めて手を伸ばした。
え、と小さく相手から声が上がるのが少し可笑しくてユーリは肩を揺らして笑い、首を傾げる。
いつからか続けた二人の習慣を、初めて裏切ってフレンの手を握る。
ぐっと体重をかけソファから立ち上がったユーリが、未だ呆然とするフレンの耳元に口を寄せて囁く言葉に。


「いや、こちらこそ」

フレンが小さく返した声は二人の間にだけ落ちた。




>>持病ユーリネタ。おしまい´-ω-`
   オチがここだったから、結局いつもと変わらないねそうだね。

悲しいね。
ぽつりと静寂の訪れる、ここだけ自由を許される自室でフレンは鏡に向かい合って呟いた。
明かりを灯さない室内は夕暮れ時の斜陽だけが入り込み、ほんのりと赤い。
光を織り上げたようだと賞されるフレンの髪も赤味を帯びて、まるで罪を被ってしまったよう。
そっと指先を鏡に向ける。
頼りない指先が鏡に触れ、向こう側には自分の姿が映る。本当はそうなのに。

(ユーリ、君は)

そこには暗色の髪を結った少年が写っている。
光を集めるフレンの髪とは正反対の宵闇の色をした、髪。夜色の瞳がじっとフレンを見詰めていた。

(どうしていつもそんな)

フレンがゆったりと瞳を瞬かせる。
そこには相手に対する慈愛しかない。それなのに鏡の向こうで少年はフレンをまるで敵のように見詰めている。
理由は分かっている、つもりだ。
いつかは一緒になる、自分とは完全に対象な存在。
だからこそ全く正反対の境遇に置かれ育てられてきた。フレンは貧しさを知らない。
いつも誰かが傍で仕え、不自由はなく暮らしてきた。その代わり支配者の象徴として祭り上げられ、個人の自由は無かったが不満はない。
優しくあれと教えられてきた。それを自分でも良しとした。

(哀しい目をしているんだ)

しかし、ふと。
いつからか残像のように見える、自分と対の存在のことを思い、心は苦しくなった。
貧しく弱い環境で育てられてきたユーリは、きっと自分の知らない苦しみや絶望を知っている。
だからこそ、フレンが知らない、そんな絶望と憎しみを綯い交ぜにした瞳で自分を見つめてくるのだ。

――出来れば、救ってあげたい。

いつか出会う、運命の時が来れば、君の絶望も抱えてやりたいとフレンは心の中で思う。
また明日ユーリは泣くかも知れない。
そう考えたら自分が受けた痛みのように苦しい。
そっと手を離し、祈るように胸を前に置く。明日が来て一つ刻限が迫る。その日の為の拙い祈りだった。


>>ぶらじゃすいいね、たぎっちゃうね!

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