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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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誕生日はいつ、と何の気兼ね無しに聞かれたことがある。
駆け引き無しの純粋な問いに弱いと内心苦笑しながら、さてどうしたものかと考えた。本当のことを言っても差し支えはないだろう。ならば嘘を言う必要もないか。
「10月31日です」
「ハロウィン? 何だか出来すぎだな」
そう笑みを零した月に曖昧に「そうですね」と答えた竜崎は内心笑う。
甘いものしか食べぬ嗜好にハロウィンと来れば出来すぎの嘘だと感じるだろう。当たり前のことだ。
二人の会話を横で聞いていた松田が本当の誕生日はいつだと聞くので、それも上手くはぐらかして、結局Lというのは誕生日も教えてはくれないという結論で落ち着く。
それも当たり前に取れる行動なので竜崎は曖昧な返事で肯定も否定もしなかった。
全て相手が取る通りに、疑うのなら疑うままに、そして会話を打ち切る。

―さて、それはいつのことだったか。

 

”L、日本捜査本部の皆さんから荷物が届いておりますよ”
通信を知らせる電子音にモニターを振り返れば、自動的に開かれたメッセージの文面はこうであった。
差出人はワタリで嘘を吐くわけもない。
「……みなさんから、ですか…」
別段何かあっただろうか。改めて送られるものなど何もないはずであったが。
『L、部屋の前に運んでおきましたから確認して下さい』
今度は文字ではなく音声が流れた。優しい言い聞かせるような声音に、親指で下唇をなぞりながら竜崎は視線を天井に浮かせた。通信越しの声は何だか楽しそうでもある。
「分かりました、ワタリ。確認します」
ぺたぺたと裸足で部屋を移動して扉を開ける。確かに部屋の目の前に積まれた箱が何個か。
一番上にある箱をまじまじと竜崎は見遣った。季節柄かオレンジの飾りの付いたリボンが掛かっており、それを指先で摘むと僅かに衣擦れの音と共にリボンが解ける。
包み紙は無く、しっかりとした作りの箱の蓋を開ければ小さめのタルトが現れた。
赤い実は美味しそうに艶やかに光り、ちょこんとその上に乗せられたプレートが…、
「……ワタリ」
竜崎は思わず回線を繋いだままの相手へ、言葉を投げかけていた。
『はい、何でしょう?』
どういうことか、と訊こうとして止め、指先に少し付いたクリームを舐め取った。程良い甘さが口の中に広がる。美味しい。
積み上がった全てに甘いケーキやらお菓子が詰まっているのだろうか。
タルトの上に乗っていたプレートと同じような言葉が添えられて。
『お茶を用意いたしましょうか?』
全て見越す提案が為される。平素通りの丁寧な口調には矢張り楽しさや嬉しさに似た感情がある。
何分長いこと共に仕事はしていない。
「……、そうして下さい」
長く息を吐いて開けてしまった一番上の箱を抱えて竜崎は部屋に戻る。
画面の前には通信を示す一文字のアルファベット。
『畏まりました』
「それと、」
『はい』
「下に皆さんも居るんでしょう? 私も其方に行きます。申し訳ないですが荷物は運び直して下さい」
返事は待たなかった。
ぷつんとモニターの電源を切って、腕に抱えた箱はそのまま部屋を後にする。
竜崎の行動を何もかもお見通しの通信相手は今頃手際良くお茶の準備を始めているか、それか既にもう為されているのかも知れない。
器用にタルトを摘み上げて口に運び竜崎は笑んだ。
下の階へと移動しながら口の中の甘さを味わう。一つ、タルトの上に鎮座していたプレートを一度じっと見詰めてそっと独りごちた。
「何だか慣れないな。こういうのは」

 

竜崎が下の階に着いた頃には一体どんな早業を使ったのか。部屋の前に積み上げられていた荷物も全部揃っていた。
カートに人数分のお茶を運びながら紳士然とした初老の男が笑う。
「皆さん、お待ちでしたよ」
随分遅かったですねと誰かが言い何故か全員が笑顔なのに、一瞬目を丸くした竜崎がにやりと笑った。
出来過ぎた誕生日ならどうせ嘘と取ったとばかりに思っていたのだが。
「月くんがね、竜崎の誕生日は10月31日で間違いないと思うって言ったんです」
お喋りの松田がにこにこと答えを容易く与えた。何故とは聞かず、ワタリのお茶の用意を手伝う青年を見遣る。
視線に気付いたのか視線を上げた月が、音にせず唇の動きだけで何か伝えた。
それはタルトのプレートと同じ言葉。

”お誕生日おめでとう”

 

<追記>

「ところで、月くん」
竜崎の誕生祝いの筈が既に勝手に酒を飲み盛り上がり始めた面々から、少し離れて避難していた月の隣にたくさんのお菓子を盛った皿を持ちながら移動してきた竜崎が声を掛ける。
「うん?」
「どうして、分かったんですか?」
皿の上のいかにも甘そうなお菓子を摘んで口に放り込みながら竜崎は問う。
その質問に月は「ああ」と頷いた。
「あの時、お前は嘘をついてなかっただろう?」
さらりと宣った言葉を疑うように竜崎が視線を向けてくる。
「…そうでしたか?」
「ああ、そうだったよ。だって意味もない。だから嘘じゃないと思ったんだ」
嘘つきなのはお互い様だが、余り意味のない嘘を竜崎は吐かない。本当とも嘘とも言わぬはぐらかし方を月は真実と取った。
「私、嘘吐きですよ? まぁ…。こうやって怒られもせず甘いものを食べられるので良いですけど」
ぷいとそっぽを向いて皿の上に積まれた甘味を平らげ始めた竜崎の姿に月は思わず笑う。
それは肯定と一緒だ。
「ああ、そうだね」
素直になれない、その素直さに月はもう一度、今度は声にして祝いの言葉を口にした。




>>Happy  Birthday !!  L.Lawliet

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「例えば、」
”祈りを捨てた手。”
”野良猫の瞳。”
”小さな背中。”
”独りがいいとうそぶく唇。”
”茨に囲われた心。”
つらつらと単語が並べ立てられていく様は、見ていて心地良かった。
小柄な少女が紡ぐ声は低めで触りが良い。
「そんなものなのかもしれないと、誰かが言ったよ」
「ふぅん」
「……個人的に言えば、僕は一番は有りだなぁと思ったって話」
「”祈りを捨てた手”?」
「捨てたってことは信じていたのを断ち切ったということだもの。どれだけの覚悟を?」
音声通信ではなく直接空気を介す会話で少女が笑った。
そんな手で何をするのだろう、と頭の中に付け加えて声が重なる。
「論議にもなりはしないな。それは」
少女の言う言葉は感傷に近い。論理的ではないのだ。だからこそ博物館惑星アフロディーテ上部データベース”ガイア”接続者として、彼女は適任なのかもしれないが。
「論議じゃないよ。冬さん」
窓辺に腰掛けた少女が笑う。
そんなことをしたって分が悪いのなど百も承知だと言外に告げられ、目を細めた。では何故?
「僕は、冬さんにそれを見た」
「……何?」
祈りを捨てた手を、まるで抽象的な何かを見た気がした。野良猫の瞳とは違って真っ直ぐ前を向いていた。媚びることも怯えることも無くただ真っ直ぐ何の感情も移さずに。小さいのは寧ろ自分の方だから背中は比べようが無いけれど、後姿が儚くて消えてしまいそうだなと思うときはある。「一人でいいんだ、僕は」という言葉は出会った頃に聞いた言葉。
茨に捕われた心は見えない。時折ふと垣間見えるくらいの波が触れる位で。
何よりピアノが下手だと言う男にしては白い指先は、疾うに祈る行為を止めてしまってる様に見えた。
頑なに頑なに振り払うような、そんな。少女は祈りを捨てた手を持つその存在を愛す。
「ガイア、これは覚えても分からないからいいよ」
彼女に繋がったデータベースが素直に記録しようとするのを少女は一言で押し留めた。
複雑すぎてやっと確立させられたデータベースには負荷が掛かりすぎる。その一存だった。
「愛してあげたいと思うものは? だったよね」
「そうだね」
「一つ、引用の利きそうな単語がデータベースにあったから引っ張っただけだけど、強ち僕は馬鹿に出来ないと思うよ」
「そう」
「イヴェールは?」
愛称ではなく本名で呼んだ少女が問う。
一拍考え込んだ青年が困ったように首を傾げた。
「君の引用してきたものを用いるなら”小さな背中”だろうね。時折何処か行ってしまいそうだなって思うよ」
「……へぇ?」
「そんな時、触れられたらと思う」
「僕も」
祈りを捨てた手で何かを為そうとする男の姿を見るたびに、その苦しみを見るたびに、理解が出来なくても構わない。ただ触れて温かさを伝えたいと思う。エゴ故に。
(……ガイア、覚えちゃ駄目だよ。愛がエゴだなんて、捻くれた考えはさ)
どうせ少しずつ記憶され学習していくのだと知っていても、人である自分達はそのエゴさえ愛であると錯覚しておきたいのだから。

―さて、君の愛してあげたいと思うものは何…?



>>引用の利きそうな単語と文中にある単語は、「虚式実験室」の「愛してあげたい5題」から。
   とりあえず足あと踏んだ55555踏んだ(誰にも報告してないけど)むつきさんへ捧げます。
   眠さの中で書いたので文章になっているか、不安だけど。
   博物館惑星パロ、冬さんと景ちゃんでお送りしました…(苦笑)

教育実習生の男は人好きする性格で直ぐに学校に馴染んでしまった。元々此処の卒業生であるから校舎の案内は必要なく、自然と歩く様は違和感を感じさせない。
そんな男が或る教室の片隅、窓側の机に腰掛けて「懐かしいなぁ」などと呑気な声で言いながら、グラウンドで行われている運動部の様子を眺める様は確かに制服を着て数年前此処にいたことを感じさせて、元就は扉の前、先客のいる教室の入口で立ち尽くす。

「どうした? あ、邪魔だったか?」

全然気負いのない声で教育実習に来た大学生は笑いながら元就の方を向いた。
今まで会ったことのない人間なのに耳に馴染むその声に、感覚に、元就は気付かず持っていかれそうになる。
夢の中でいつもこの男と似た声で必死で呼ばれる。
呼ばれて、呼ばれて、名を呼びたくなって、そして泣きながら「すまない」と言う声を聞く。遠のく意識の合間に、そんなのは気にしなくて良いのにと思いながらも彼らしいと笑うのだ。
夢の中で敵同士の相手を自分はどうやら好きだったことだけは分かる。
「……えーっと、毛利? どうした?」
立ち尽くした元就を不審に思ったか声がまた掛かる。それに緩やかに首を振った。
反射的な行動に内心苦笑しながら教室の中に一歩踏み出す。
開け放した窓から運動部の掛け合いが聞こえる。それが教室の静かさに穏やかさを添えた。
「忘れ物が」
「ああ、そっか」
元就の素っ気ない一言に教育実習生は合点がいったと頷く。
視線をグラウンドに戻し目を細める横顔を視界の端に捉えながら、元就は自身の机に辿り着き置き忘れていた本を取り出した。図書館から借りた返却予定の本を危うく忘れてしまうところだった。

「その本、面白いよな」

ふ、と視線も変えずに男が言う。
一瞬目を丸くして視線を本の表紙に落とした元就が、ゆっくりと口を開いた。
「長曾我部先生も、読んだことが?」
「おお。丁度、毛利くらいの時に」
視線をゆるりと向けて笑いかける教育実習生の声が耳に触る。
意識を揺さぶられるように、鮮明すぎる夢との境目がぶれるような感覚に元就は無意識に額を押さえた。
「毛利?」
目眩。
霞んでいく視界に反射的に机に手を突いた。ばさりと本が床に落ちる音、合わせて机の上に腰掛けていた男が機敏な動きで駆け寄ってくる音が続いた。
「大丈夫か?」
そっと気遣うように肩に触れてきた男の腕を掴んで、元就が暈ける視界を持ち上げる。
心配そうに覗き込む瞳の色は穏やかな海の色だ。
「声、」
頭がおかしいと思われるだろうか。
知らず口を突いて出た言葉は掠れて、それ以上続かない。額を覆った手を下ろして先を待つ男を見詰める。
「俺も、知ってるよ」
「………え?」
「お前の声、良く知ってる」
元就の思考回路が、男の口にした言葉を理解するのが一瞬遅れた。
その隙を突くように元就が続けなかった言葉を男の声が告げる。

「よく、夢で見る。その中で聞く声と同じだ」

―その夢は真実味のある、しかし現実とは掛け離れたもので。
「その、夢は」
「いつもその夢を見た後は不思議と泣いてる」
喪失感と一緒に。顔もよく分からない、ただ誰かを呼ぶ行為に、喪ったとだけ分かる夢の内容は起きる度に現実に溶けて暈けていく。
置いていかねばならない夢に、元就が現実に溶けていく想いへと涙を落とすのと同じだと男は言外に語る。
「夢は其処で?」
「いや。続く時もある」
どんな風にとは訊けなかった。奪うことで続いたものと奪われたことで途切れたもの。直結しながら結果として相反する夢に続きがあったとして、元就には推し量る尺度が無い。
「……歩けるか?」
「はい」
唐突に現実に戻される質問に元就は頷いた。目眩は既に治まっている。
差し出された手を無碍に払うわけにもいかず手を借りて体勢を整えた元就が、ひょいと床に落ちた本を拾う男を不思議そうに見詰めた。
「ほら。頁は折れてねぇみたいだ」
「……ああ、はい。ありがとうございます」
ぱらぱらと捲ってから差し出された本を受け取って元就は言葉を探る。
夢は余りに同位置で、平衡感覚を取り戻し自立出来る様になった元就の様子に微かに笑った男が言う。

「元就、だったっけか。名前」

それはまるで夢と被らせ態と混ぜ返されたようで、不思議なことに自然と元就の中に落ちた。
「はい。長曾我部先生」
「先生…ねぇ。俺、あと三日過ぎたら先生じゃなくなるけどな」
実習期間の終わりを示唆して男が笑う。
「……早いですね」
だから元就は正直な感想を口にした。あっという間だった。元就の言葉に僅かに目を瞠った男が窺うように首を傾げる。
「三日過ぎて何処かで会ったら、毛利…。お前、俺を何て呼ぶ?」
質問は少しだけ会話とずれ、元就は眉を顰めて正直に答える。
「たぶん、長曾我部さん、と」
「元親」
「……は?」
「余所余所しいのは好きじゃねぇんだ。そう呼んでくれ」
何でもないことのないように告げた男が踵を返した。
すっかり顔色も良くなった元就を見て大丈夫と判断したのだろう。呆然と立ったままの元就に教室を去り際、こう付け加える。

「俺も、名前で呼ぶ」

何処かで会う、そんな保証は無いし、会ったとして声を掛けない可能性だって高い。数年後にはもう忘れてしまうかもしれない。
学校だけで後は知らない人間だ。けど、元就は否とは言えなかった。ただ一つ、これはフライングみたいなものだと感じ取って小さく舌打ちする。
―確証も確率もない、しかし二人がまた出会うだろう確信だけが其処に存在していた。



>>久しぶりに瀬戸内。
   前に書いた教育実習生元親の設定のまま。一週間半ほど過ぎた辺り。
   心のままに捏造製造。
   夢で同じものを見てるのに、得るのは正反対とか、そういう個人的好みを入れてみた。
   もっと色々、上手く書きたいんだけどなぁ…!

「はぁ…」
捲し立てられた言葉に何の感慨も乗せない相槌が返る。酷い隈を目の下に貼り付かせた男は、松田の真っ直ぐな視線を受け止めた。そこには一方的に投げつけられた言葉に対して何の感情も沸いてはいないようだった。
「だから、嫌いです」
「……ええ。それは今、…丁度30秒前に一度お聞きしました」
丁寧に返される言葉に遠慮はない。松田がなけなしの勇気で、半ば自棄糞に投げつけた言葉はいとも簡単にいなされてしまう。
尚も心に渦巻く言葉を言い掛けて、目の前の男が小さく笑ったのが目に見えた。
「何が可笑しいんですか」
「…いえ」
「僕が大人げないって、そう言いたいんでしょ! どうせ竜崎は」
与えられた役割に対して満足に動けず、もどかしさや不満という感情に対しての捌け口を見つけられず、ぐちゃぐちゃになった頭で思い浮かぶ言葉を手当たり次第子供のように当たり散らした自覚はある。
しかし完全に八つ当たりになりかける言葉に歯止めが利くわけもなく、一通り言い終え息を吐いた松田の様子を窺うように、デスクチェアに膝を抱え込む形で座り込んだ男は見上げた。
そして数秒。松田が言葉を続けないのを待って落ち着き払った声で言う。
「言いませんよ?」
「…は?」
「松田さんが大人げないだなんて、私言いませんよ?」
繰り返す言葉に不実さなど無い。
目を丸くした松田に、悪戯をする子供のように笑って見せた世界の切り札なる男はこう嘯く。
「だって私の方が幼稚で負けず嫌いですから」

―人のこと、馬鹿に出来ません。

「竜崎」
「……はい?」
名前を呼ばれた男に松田が盛大な溜息を被せる。
本当、天才と呼ばれる人間の何かなど分かるはずもない。
「やっぱり僕は竜崎のこと、嫌いです」
「そうですか」
「そうやって良く分かんないところとか嫌いです」
挙げ句、常でも空気が読めないだの、勘が鈍いだの言われる松田にとって竜崎という男は既に人間として認識するのも難しかった。
変わった仕草、変わった嗜好、そして酷く冷静で人間として無機質なイメージを与えるのに対し、時として非常に人間的なのだ。分かり難すぎる。
「残念ですね」
口元を吊り上げ、親指を押しつけて宣う言葉に感情の一片も含まれているのかいないのか。
半ば飛び降りる形で床に着地した男は酷い猫背の姿勢で、少しだけ狭まった距離の中で笑った。
「私は結構、松田さんのこと気に入ってるんですけどね」
「…はい?」
目を丸くした松田の横を素通りして、裸足のままぺたぺたと去っていく背中は止まらない。
今ほど、投げかけられた言葉さえ真実か虚実か分からない無機質さでもって与えられた松田に為す術はない。
呆然と立ち尽くして「ああ、もう」と呟いた松田は確かに変わらず不気味で、仕事には容赦なくて、言葉も辛辣な世界の切り札なる男を、実はそこまで嫌いではないと自覚する。
言うなれば単純なのだ。
気になるから、反発する。それを看破したような大人な返し方だった。
「……僕の方が年上かも知れないのにな」
そんなどうだって良い呟きは空間に漂って消えた。


>>故に単純に行動に移せる単純さを愛す。
   何となく竜崎はそういうイメージがあると言うだけ。
   思ったけれど、松田を視点に書くから上手くいかないんだ(今更)

白い壁。白い天井。
白濁する意識。浮上する、途端に落ちる。頻繁に繰り返すようになった頃そろそろだなと月は思った。
ベッドの上に放り出された腕には何本か点滴が差されている。引き抜けば白の世界の中に赤い色が混じるだろうか。
ぼんやりと考えて意味もないと肩を揺すって笑った。
「リューク」
呼ぶ。たぶん刻限だろうと思った。そして面白い結果を見れたとこの世ならざる存在は思っただろう。
久しぶりに喉を突いて出た声は嗄れていて自身の声とも思えないまま、月は白い部屋に黒い影が入り込むのを待つ。
しかしそれはいつまで経っても現れない。
「リューク、」
すっと息を吸えば身体が軋むように痛みを訴えた。耐えて先程よりも大きな声で名を呼ぶ。しかし現れない。
代わりに天井から機械越しの淡々とした声が降ってきた。
『どうかしましたか?』
姿を現さないのはこの場所ではない何処かで”L”としての捜査を行っているからだ。もう聞き慣れてしまった変調器を介さない声に月は薄く笑った。
何十台ものモニターを同時に見て処理出来る能力を持つ相手からすれば、その一つに自分の部屋の様子を密かに映していたとしても不思議ではない。
ただそこまで気を置かれるに至った今の状況を振り返れば、確かに死神が面白いというのも頷ける気がした。
「…、リュークはそっちに行ってないか?」
『いいえ。見てませんが』
「なら良い」
会話が途切れる。天井から機械越しに相手の息を飲む音だけが聞こえた。
それ以外の音は何も聞こえない。相手が何かを言い掛けて止めたのだけは分かった。言葉は想像しようにも投与される薬剤の副作用で混濁する意識の中では掴みきれない。
「…ニア」
『はい』
直ぐに帰った応えに苦笑する。
月は暈ける視界の中で、僅かに反射した光を頼りに監視カメラに視線を合わせた。
「……調子はどうだ?」
『どう、とは…不思議な言い方ですね。変わりありません』
「そうか」
なら良かったと言う言葉は飲み込んで、月は渇いた喉が微かに異音を混ぜるのを何処か客観的に聞く。
『それより、』
「すまない。……ちょっと疲れてるみたいだ。休む」
問われる言葉に何を言ってしまうか分からない。精神力は既に意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だった。
一瞬の沈黙。その後に何か悟ったような、それでいて今までで一番優しい声を聞いた気がした。ふつ、と回線が切れた音がする。
「リューク、遅い」
白で埋め尽くされた視界に黒の異形が映り込む。部屋に仕掛けられた監視の為のマイクに拾われないよう小声で、月は死神を非難する。
しかし死神はそんなものは気にも留めず訊いた。
「いいのか?」
らしくないと笑ってしまいそうになった。この期に及んで命乞いはしようと思わない。
それに、
「最初にノートを拾った人間と死神との決まりだろ? 僕が死ぬ直前じゃノートに名前を書き込めなくなるぞ」
「そうじゃなくて、ライト」
「…今だから良いんだ」
情けがあるというのならば今が良いと言外に含ませた言葉に溜息が返る。
異形の死神が腰に引っ提げたノートに手を伸ばした。音もなく開かれるそれに書かれる名前は既に決まっている。
「ライト」
「…馬鹿だな、お前には情なんてないんだろう。楽しかったよ」
「ああ、俺もだ」
最後の言葉さえ掠れた声というのは何とも情けないと月は思う。何かを書き付ける硬質な音が白い部屋に、正確には月の耳にだけ届いた。後何秒とも思わなかった。
志半ばであったというのは間違いではないだろう。もう少しだった。しかし完膚無きまでに潰えた後であれば、月の思想は世界に淘汰されたものであるのだと、世界中を引っ掻き回した癖に簡単に納得する心境が可笑しかった。きっと心境の変化は月がキラとして捕まった後、偶然とも言える関係によって斎らされたものだ。
「ノートは、僕が死んだら燃やされる。お前も、元の場所に帰るんだな」
言われなくとも、と死神が言う。その言葉はゆっくりと瞼を下ろした月に半分も届かない。
世界を作り替えようとした男が最期に視たのはなんてこともない、人間としてささやか過ぎる夢だった。


***


鐘の音は無い。
弔事も無い。元より存在しないものとして、世界から消したのだから必要性が無い。
ただ名前を密やかに彫らせたのはせめてもの餞のつもりだった。この世界から存在を抹消しようと決めたことに変わりはない。
風が強く吹きニアの癖のある髪を攫っていく。
「名前を書いたんですか」
小さな墓標に一人、立ち尽くすニアが口にした言葉は投げかけるものだ。漆黒の羽が視界に入り込み異形は姿を現したが、答えを返さない。
代わりに口元を歪めた。笑ったようだった。
「あいつが言ったんだ」
「でしょうね。でなければまだ時間はありました」
淡々と色素の無い髪が風に曝されるのをそのままにニアが言う。季節は冬を過ぎ春に差し掛かる。空気は暖かさを増したが吹き付ける風は冷たさを十分に孕んでいた。
白い身体の線を覆い隠す寝着のような服を好むニアにしては珍しく、漆黒に近いコートを羽織り、護衛も付けず一人で居るのは些か不用心とも取れたが、元々人出の少ない場所であるのを踏まえた上での行動だ。慎重に慎重は重ねてある。
一定の距離を取ってレスターたちも控え、何が起こったとしても咄嗟に対処出来るよう計算されていた。
「……あいつが、」
「あの時、彼は貴方を呼んでいました」
死神の言葉に被せるようにニアは言う。淡々とした声は平素通り無機質さも備えて風の音の中でも消えない。
風がコートの裾を翻し、しかし冷たさを微塵も感じさせぬ表情でニアは墓前で人ならざる者と会話する。
「その直後ですから、馬鹿でも貴方とノートの存在を知っていれば分かります」
死神の持ち得る存在価値でなく人間がノートを扱った場合どうなるか。
退屈を嫌い、面白ければそれで良いという理由で”キラ”を直接生み出した死神が、キラとして捕獲され行動も侭ならず、一見面白味の一つさえ無くなったように見える男を殺さなかったのか。少し考えれば一つの結論は弾き出される。
長い時間捕まっているのでは、所有権を移されぬ限りリュークは監禁される月と共に居続けなければなくなる。
何も無くただ死ぬまで、死神にとっては些細な時間であったとしても、それが退屈を許容出来るとは限らない。
なら許容範囲だったとしたら。
目の前の死神にとって、月が捕まりノートに名前を書けなくなるギリギリまでの刻限が許容範囲内の時間であるならば何も急ぐ必要は無い。
一番死神の性格を知っていたのは月自身だったろう。
無言で宣告を受けたようなものだ。
「人間の寿命は教えてはいけなかったのでしたね」
「掟だからな」
「……無言で知らしめるのは良しですか?」
命の刻限を死神はその口で人間に伝えることを禁じられているという。
裏を返せば話さなければ良いのだ。示唆などせずとも優れた思考力の持ち主に対し伝わる場合は不可抗力と言ったところか。
「俺は教えてないからな」
「随分と勝手な存在ですね、死神は」
「…そんなこと言ったら人間だって勝手だろ」
さらりと宣った死神がつと視線を宙に浮かせたのに釣られる。
「良い、天気だなぁ」
呑気に呟かれた言葉は埋葬されたばかりの墓前には似つかわしくないほど明るく、そして空虚の響きを持った。
仰いだ空は確かに何処までも青い。
「ライトは死んだ。…ノートの所有権を死ぬまであいつは放棄しなかった。死んだ今、所有権はノートを持つお前に移る」
「ノートを持ち続ければ貴方がついて回る訳ですね。そして貴方が面倒になったら私の名をそれに書けばいい」
ニアの指がリュークの腰に下がったノートを指し示す。
リュークが視線を落として、次に人間では不可能な角度に首を傾げた。
「今は書けないけどな」
「………?」
ぽつりと零された言葉にニアが首を傾げる番だった。にやりと笑って死神は続ける。
「燃やすんだろう?」
暗にそうしろと不自然に背中を押された形にニアがくすりと笑みを零す。感情が余り読めない笑みではないそれは、純粋な穏やかささえ含んだ。
「…はい」
そしてたった一言。肯定を示す言葉にさえ感情が含まれる。
音もなくコートの中から引き出されたノートは二冊。黒の表紙に中身は何処にでも売っているようなキャンパスノートのページ。
一見、何の変哲もないノートが世界中に影響を及ぼした”キラ”の能力であると誰が考えつくだろう。
名前を書きさえすれば、その名が正しければ、等しく殺すことが出来るノートの存在など人間の範疇を超えている。
だからこそ死神という存在をあるがまま受け入れられる要因とも為ったわけだが。
「ああ、そういや…」
ニアがコートのポケットから取り出したマッチを器用に片手で点け、ノートを火の先端に近づけた。
暖かな色をした炎はノートに移った瞬間、青白く変わり勢いを増す。ニアの指先を離れ墓前に落ち燃えていくノートは幻のように呆気ない。
「躊躇わないんだなぁ」
「元々、燃やすつもりでしたから」
感心してるのか分からない口調のリュークにニアが答える。
青い炎が舐め尽くすように二冊のノートを灰に変えていく。ノートの燃える音に混じって風に掻き消されるはずもない魂の怨嗟が聞こえた気がしてニアはふっと息を吐いた。
元々人間の手に渡るはずのない代物だ。ノートにしては燃え方が異常であるとか、幻聴に似た音も許容範囲である。
すっかり灰になってしまったノートの残骸は暫く塊となって留まった。
「帰りますか?」
「もうノートもないし、面白いことも終わった」
何よりと死神は言う。人間に情を移すことはない。抑も情があるのさえ分からないとリュークは思う。
けれど自分はあの男を、気紛れにノートを落とし最初に拾った夜神月という男を存外気に入っていたらしい。
「ライトも、もういないしな」
だからこそ素直に口を突いて出た言葉にニアが目を丸くした。
「本当、貴方は勝手ですね」
非難するわけでも無い口調を受け止めてリュークが背中の羽を広げた。一度大きく羽ばたかせて宙に浮いた存在をニアは見詰める。
「元気でな」
「……おや、死神らしくない言葉です」
羽ばたいた際の風圧を受けてノートの残骸が風に浚われていく。
微かに焼け残った表紙の欠片は元の黒なのか焼けて焦げたのか判断がつかない。
空に舞い去っていく黒い影を、青い空にぽつりと不釣合いな黒が見えなくなるまでニアは見送った。
真新しい墓標と残った僅かなノートの灰を交互に見遣って踵を返す。
ニアの行動に気付いて視線を投げかけて寄越したハルに微かに頷いて、一度何かを確認するように振り返った。
「……、」
小さく声に出さずに唇が告げたのは別れの言葉。無意識に風から身体を庇うように肩を竦めてニアは歩き出し、二度は振り返らない。
その必要は無かった。相手もそれを望みはしないだろうから。



>>パラレルif11話目。
   過去しかないとかどういうことだ…^q^
   次の展開で、一応最後を見ます。だからやっぱり13~15くらいが目安かな…。
   自分の頭の悪さが最近嫌になってきた。話しの一つもちゃんと書けるようになりたいものだ(…

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プロフィール
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くまがい
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性別:
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自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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