忍者ブログ
謂わばネタ掃き溜め保管場所
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

笑った。
そいつは事もあろうに、ただ笑ったのだ。
穏やかに享受する意味合いを込めて、「殺してやろうか」の一言に笑いやがった。黒い影は見えない。
彼には未だ、見えない。
なればまだ死ぬ時ではないのだ。彼は死なない。良くも悪くも今は死ねない。
「馬鹿」
それだけを呟いてエレフはそっぽを向く。小さく笑い声だけが聞こえた。「そうだね」と相槌も追って聞こえた。
自分より幾分も年上であろう男は何も言わずとも育ちが良いのだろう、何かにつけて仕草や表情でそれを垣間見せる。
本来ならば肩を並べて話す人間でもないのだろう。
剣を取り、立ち上がり、身分など切り捨てたが故に手に入れた一時の権利。
頭の端で昔から聞こえる聞きたくもない声が言う。
「どうせそれも喪われるものだ」「苦しいのは息仔、お前なのだ」と、言い切られた気がした。初めての断言であった。

「煩い」
「…何?」

思わず口から出た言葉に彼が不思議そうに首を傾げる。「何でもない」と告げた。一人言と似たようなものだ。自分にしか聞こえない声に苛立ちと憎しみと反発を抱いて反論することは、周りから見れた盛大な一人言に過ぎない。
長年のことにすっかり言い訳も板が付いたエレフが頭を振って答えれば、しかし彼だけが今までの人間と違った反応を見せた。
「顔色が悪い。どこか具合が? それとも私が何か不快にしただろうか」
先程の問いに対して、あの反応だ。確かに不快な思いを抱く人間もいるだろう。
そろりと伸ばされた手がエレフの長い前髪に少しだけ触れ、労るように払われて、その後は躊躇いも何もなく額から相手の体温が伝わった。
少し低めの暖かい温度だった。
「…あのなぁ」
「熱はないみたいだね。良かった」
そう言って笑う彼に先程の刹那的な雰囲気は見えない。ただ優しい気遣いにエレフも暫く無愛想を貼り付けていた表情を緩めた。
広い世界で離れ離れとなった手。その手を掴んだ時には冷たく、きっともうこの暖かさには触れられないと思い込んでいた。常に死の影を見る先天的な能力も間接的にそれを手伝った。
エレフは笑うことも何もなく、ただ妹を殺した世界と運命を呪ったのだ。
魂の片割れ。残酷な運命が引き裂いた別れを、未だに渦巻く残酷な運命の連鎖を断ち切るために剣を取った。
だからこの暖かさは確かに自分にしか聞こえないあの声の言う通り「一時のものでしかない」のだろう。
「子供扱い、するな」
額にあった手を振り払いながらエレフは少しだけ泣きたかった。暖かさは残酷な世界では優しすぎる。
払われた手に一瞬きょとんとした年上の男の笑顔も優しすぎた。 


何故、名前を聞かなかったのだろうかと思う。
聞けばどうにかなっただろうかとも思う。
結局運命が全てを残酷に廻していく世界なら仕方ないのだ。しかし享受など出来ない。
暖かさも全てを奪うそれを「仕方ない」で済ますことなど出来ない。
嫌だと死んだ奴隷仲間がいる。泣きながら押し潰された人間もいる。
言葉もなく優しい笑みを浮かべて犠牲となった妹がいる。目の前に現れた男もまた、間違いなく犠牲者なのだ。
糸に絡め取られている。縦糸、横糸、世界を織りなす大きな存在に誰もが絡め取られ、逃れられない。
「名前を聞いておけば良かった」
そうしたら、誤魔化された名前でも呼べた。
喩え一時でも、もう少しだけ違った何かを手繰り寄せられたかも知れなかった。

「……ミーシャの、仇」

抜いた剣。構えられた槍。
驚いた表情は一瞬。結局憎しみは消えないのだ。世界で、運命を憎むエレフの前では一時の温もりでは深淵の絶望を拭えない。
エレフの瞳に映った暖かな笑顔を持つ人にも死の影が付き纏う。負けることがないのを知って、何故か哀しかった。


残酷な《運命》の統べる世界で、その渦中でエレフはただ泣くことさえ出来ない。
「《運命》よ、これが」


―――貴柱の望んだ、




>> タイトルの通りを思って考えついたネタ。
    今年初めての話がこれとか暗すぎて笑えます。SHなのも笑えます^q^

PR

子供の純粋な問いと言うよりは、何か意味合いを含めた問いに漆黒の髪を揺らして世界の切り札は首を傾げた。
おや、と言った言葉は存外穏やかさを含む。
「で? どうなんだよ」
丁度腰の高さより上の位置ほどの子供が興味津々に答えを急かした。
一歩後ろで視線を外さず見詰める真白な子供もまた矢張り答えが気になるらしい。
「……困りましたね」
見上げられて強請られてしまう形に奇しくもなっている状況に、大して困っていない口調でLは呟いた。
質問を投げかけたのは答えを急かした金髪の子供でも、じっと様子を窺う真白な子供でもない。同年代の二人とは違う人懐こい笑みを浮かべる子供だった。
「マット、」
「うん」
子供の問いはこうである。
”Lは誰かの誕生日を祝ったことはあるの?”
それは純粋な好奇心で構成された質問であるのと同時に、一種人間味の欠けた男が人間であることを確認するための行為にも思えた。どの答えを返しても三人の聡い子供は真意を探ろうと思考回路を働かす。
全員が違うプロセスで、優れたロジックをもって。
「ありますよ」
ならば変にはぐらかさない方が良い。思考の読めない笑みを浮かべて答えた男に三人は全員違った反応を見せた。
金髪の子供は詳細を知りたいと興味深そうに、白い子供は答え自体を疑うように、そして問いを投げかけた子供は答えを受け止めるように。
この三人の中では、年齢では丁度真ん中に位置するマットが一番精神的には大人なのかも知れない。
そう考えて様子を窺っていると小さく電子音が鳴った。
「……ワタリですね」
くるりと無造作に置かれたパソコン画面に表示されたアルファベットが回る。
一斉に画面に向けられた視線の先で、丁寧な口調が流れ出した。
『L、そろそろお時間です』
「ああ、分かっている」
事務的な言葉は時間がないことを告げる。
僅かにドアノブの回る音に振り返った子供達の視界には折り目正しくスーツを着込んだ初老の男が映り込む。
「そうそう、私はワタリの誕生日も祝ったことがありましたよね」
子供達の答えの続きを繋いでLは、穏やかに笑んだ初老の男を見詰めた。
「そうですね」
すぐに返ってくる言葉は口裏を合わせたかのような隙の無さで、逆に子供達は笑ってしまう。
つまりは何か。
この手の質問に正直に答えたことを、こんな間接的なやり方で世界の切り札である存在は教えたのだ。頭の回転の速い子供達の表情は既に答えを得ている。
「それじゃ、三人ともお元気で。私はもう行きますよ?」
裸足のままぺたぺたと部屋を去っていく背中に、三人がそれぞれ「気をつけて」と投げかけた。
肩越しに振り返った男が分かるか分からないかの微かな笑みで応える。
ぱたりと乾いた音を立てて占められた扉に隔たれた空間に残された子供たちは、視線を見合わせた。

「聞くのは野暮だよな」
「珍しく嘘を吐いていませんでしたね」
「……気にはなるけどな」

人間として凡人と掛け離れた様相の彼がどんな風に誕生日を祝うのか。
在り来たりな言葉で誕生日を祝うのだろうか。
それとも今のように分かりづらい言葉で何かを伝えるのだろうか。
それを考えるだけでも面白い。
もっと面白いのは相手は、引き合いに出されたワタリだけではないと言うことだ。
「彼女、だったりして」
「いないだろ、そんなの」
「私もそう思います」
口々に好き勝手言い合って、三人は小さく笑みを零した。
絶妙のタイミングの良さで一度閉じられた扉が開く。隙間から顔を覗かせた噂の人物は、底知れぬ深い色の瞳を細めて、
「ああ、そうそう。何もお祝いごとは誕生日だけじゃありませんね」
と飄々とした口ぶりで言い残す。
それだけを言いに戻ってきたらしい。痩身の男がにやりと笑って一度途中まで開けた扉をもう一度閉めていく。
扉に隔たれる残像を追いながら結局、簡単に断ち切られた空間に残った三人のうちマットが声を上げて笑う。
「ああ、らしいよなぁ」
「……?」
部屋に放置されたディスプレイの文字がいつの間にか変わっている。
12月25日、その日付けが画面上小さく表示されてたのと同時に、赤と緑、そして白を基調とした画面に切り替わった。
なんとも血色も体格も悪いサンタクロースではないか。
自動的に開いたメッセージは通常では解けるかも分からないような高度な暗号文で、一緒に隣の部屋に一人ずつプレゼントがあることも書かれている。
マットの覗き込んでいたディスプレイを背後から覗き込んだニアとメロもそれに苦笑した。
クリスマスを迎える子供たちを祝う言葉に、添えられたひと言。


―祝うなら、こんな風にですよ。

地味だけれども生半可ではなくて、それでいて妙に大胆なやり方は確かに彼の人の祝い方に相応しかった。



>>某所での旦那さまMさんの誕生日に捧げるもの。
   時期がちょっとずれちゃったので、クリスマスを被せてあるんだけれど
   実はそれさえもずれちゃったっていうオチつき…^q^
   後で本人に渡してきます。LMMNって可愛いよね

切っ掛けは些細なことであった筈だ。口論にまで発展した言い合いは既に子供染みた様相まで滲ませている。
結論は同じであってもプロセスは違う、そんな当たり前のことを互いに認めたくもなく言い合った末に
「馬鹿を言うんじゃない」
唐突に肩を掴まれて真っ直ぐに見詰められて息が詰まりそうになった。どうにもこうにも呼吸を忘れそうになるのを辛うじて口を開けることで小さく息を零す。
嗚呼、何故こんな時だけ彼は純粋さを否応なしにも見せつけるのだろう。
「……離して下さい」
ぐっと力の込められた腕に抗議するように僅かに袖を引っ張ってやった。我に返ったかはっと息を飲んだ彼が腕の力を弱める。同時にするりと身を躱して僅かに避けて、じっと彼を見詰めた。
嗚呼、何故本当にこんな時にだけ。
「……月君、知っていますか?」
息苦しい。
普段何も考えずに出来る行動が出来なくなる。呼吸は、意識してするものではなく無意識に人間が活動するため、機能するためにする筈のものでなければならない。意識的は深呼吸は兎も角。呼吸法の改善は兎も角。
呼吸自体を忘れるなんてことはあってはならない。
ともすれば死に直結するのだ。
「…何?」
「私は、時折」
そう考えれば、最初から死への道は示されていると考えれば良いのか。
「竜崎、」
名前を呼ぶことで遮った月は既に先の言葉を知っている様子で頭を振る。それに緩く笑って見せるしかないのだ。
もう一度「馬鹿な考えは止せ」と落とすように呟かれて、また酷く息苦しさを覚える。
優しさや暖かさを知らないわけでも何でもない。違う。これは、彼にだけ感じる一種の固執が身体に表れたものなのかも知れない。それさえもおかしい。
屹度、潔癖にも似た純粋さを内包する彼には理解することは出来ないだろう。
寧ろ拒絶されてしまうに違いない。
「僕だって、苦しい」
しかし簡単に竜崎の考えを打ち破った月が眉間に皺を寄せた。
何か考えている時のそれではなく、単純明快な答えに沿っての無意識的な行動に信じられないくらいに、侭ならなかった呼吸が再開される。
針が戻ったかのような感覚に、訳が分からなかった。
「……、はい」
息を吐き出すように何とか返事をして下を向く。
裸足の爪先が見え、それが自分のものであるのに酷く遠く感じられた。距離ではなく感覚。
「月君」
今度は自然と名を呼べた。理由を知った身体は順応が早い。心よりも早い。
「貴方が、キラで良かったのか」
「僕はキラじゃないよ」
「キラじゃない方が良かったのか分からなくなりました」
「だから、キラじゃない」
きっぱりと言い切る月の言葉を受け入れず微かに首を振るだけに留めた竜崎が、じっと底知れぬ目で月を見据えた。
それは逃げ切れぬ運命を互いに知った瞬間の再来にも似て、今度こそ月は「馬鹿を言うんじゃない」と言うことが出来なくなる。呼吸はまだ出来る。
「月君、沈黙は肯定と取ります」
さらりと述べた竜崎の表情を月は読み取れない。
信じられないくらいに呼吸は楽になる。覚悟が出来たのか諦観したか。
「反論しても肯定だろ?」
「その通りです」
「なら、意味無いじゃないか」
「ありますよ」
月の言葉に心情を読み取らせない笑みを浮かべて、言葉を乗せる。
いつだって言葉は真実映しながら虚実を生み、疑惑を引き起こす。惑わせるのに十分なコツを掴めば真実さえ虚偽と錯覚させることが出来る。それを知っているからこそ、
「月君、言葉を聞かせて下さい?」
真実を分からぬように本心を言葉に織り込むのだ。
「嫌だね」

それじゃ、お前の思う壺だろう? 誰がしてやるものか。

唇だけで象る言葉に声は伴わない。呼吸を次に忘れそうになる瞬間はきっと真実を手にする代わりに何かを失う瞬間だろう。
確信めいた予感に僅かにふるりと首を振って笑った。
「でしょうね」
負けず嫌いの二人が、互いの命を掛け世界を舞台とした静かな遊戯は一つ病を内包している。
それが何なのか目を背けたまま病も進行する。
きっとただ呼吸を忘れてしまった方が楽なのだ。
互いに分かっているからこそ、認めない。遊戯が終わった時に残る結果よりは遥かにずっと楽であることなど。
負けず嫌いの二人が認めるはずがなかった。


>>簡単に端的に。
   二人が互いに惹かれていたのなら、きっとこんな心地だったのかな。
   途中で記憶をなくす方法を取った月はある意味、この気持ちからも一端リセットされたのだから、Lの方が矢張り精神的に強い気がするよ…って話。

さぁ、どうしてくれようかと上質な布で仕立てられた服を着た男が笑う。
酷く一瞬意識の持っていかれそうな其れは、完璧すぎるほどの笑みであった。
地に伏せて動かぬ主人の服は乱れ、所々血に汚れているようだった。無意識的に舌打ちを打つ。
「……燕尾服、の…執事?」
主人を攫った一味のボスが茫然自失と呟いた。一つも乱れず銃弾を掻い潜ってきた割に執事姿の青年には勿論、傷一つもない。
「………お迎えに上がりました」
非常にぶっきら棒な声だった。
周りを銃を持った男達に囲まれても何も動じない、ただ一点だけを見据えた視線は動かない。
「……政宗、どの?」
「執事にそれは必要ないっつっただろ」
主人の前に立ち憚る体格の良い男が何かを喚いている。ここのボスであるその男の声は全く青年には聞こえなかった。
「それよりも捕まるのは趣味か? 毎度助ける身にもなって欲しいもんだ」
「申し訳ない」
会話は二人だけで為される。
それ以外は全て部外者で、しかし不思議な事に領域は彼らのではなく部外者のものであった。
正しく捩れた事象にトリガーに手を掛けた男が震えながらも照準を青年に合わせて引く。
乾いた音が鳴った。

「……何故、」

音が、鳴った。
乾いた銃声が一つ。それを人間では反応できぬ速さで振り返り躱した青年が笑う。
壮絶な、笑みであった。
一瞬言葉を失うほどの、言葉にもならない恐怖。青年の暗金の瞳が長い前髪の隙間からすっと細められた。
ゆっくりと滑らかな動作で持ち上がる腕に誰も反応出来ない。

「だめ、だ」

唯一、掠れた声で制止が入る。
肩で起き上がる形になった青年の主人である少年が真っ直ぐ、青年を見据えていた。
「why?」
「駄目だ、政宗どの」
だからそれを、その言い方を止めろと口の中だけで呟いて政宗はやれやれと肩を竦めた。
自失してしまった男達の合間をすり抜けるのは容易く、地に伏せたままだった主人を抱き起こす。
「ったく、どうなったってしらないぜ?」
無闇に殺生は好まず、しかしその意に反して命を狙われやすい青年の主人である少年は、しかし笑った。

「大丈夫。………政宗が、助けてくれるだろう?」

 


それは、嘗て為された契約の代償よりも甘美過ぎる誘惑に似た響き。
満足そうに笑った政宗が少年にだけ聞こえるように「仰せのままに」と呟く。



>> マリたんのリクエスト品。
    ダテサナっぽいの始めて書いた(笑) そして即興なので色々見逃して欲しい。
    まぁまぁ、ここから門外不出です^q^

人気のない敷地内に滑り込んだ黒塗りの車がエンジンを停める。
「此処は?」
サイドブレーキを引く軋んだ音を耳にしながら、ユイは見覚えのない外の景色について運転席に問いを投げかけた。
肩越しに振り返ったステファンは緩く首を振ったのみで言葉は返さない。答えを口にすることのない仕草にユイが小さく溜息を吐く。つまりは自分で、ということだろう。
「下りて平気?」
「ああ」
やけにすんなりと了承したことに首を傾げながらユイは車を降りた。おざなりに打たれたコンクリートの割れ目から雑草が生えている。
古びた墓ばかり並ぶ場所は気味が悪い印象よりも先に閑散とした寂しさを抱かせる。余り管理されていないのだろうか。
「……」
ぐるりと一通り見渡したユイが、遅れて車を降りたステファンに視線を向けた。朝起きたらテーブルの上に母親のメモが残っており、書かれた通りに迎えに来た車に乗り込んで今に至る。何か意味があるのだけは分かるが、何も知らされてはいない。
挙句、今日は朝から月の姿が見えなかった。
月が自分に着いて回っていた僅か数週間が、非現実的だというのに当たり前になってきていた事実に人間の順応性を思い知った気がしてユイは内心淋しく思う。有り得てはならない事象。いつ醒めるかも知れない夢だと思いながら過ごしていたのが、ニアに話したことで現実に確実に繋がった。
年齢にしては大人びた思考と両親から継いだ才覚によって、既に死んでいる筈の月が何らかの形とは言え世界に在る事が現実的に有り得ないと初めて会った時に結論を弾き出した。今も頭の中で考えが変わることはない。
有り得る筈の無い出来事が現実に起こったとして、それがいつ元の状態に戻っても不思議ではないのだ。
寧ろ、死んだ筈の存在が限られた人間のみとは言え認識出来る現状の方がおかしい。ある日突然夢から醒めるように何事も無い日常に戻る方が自然なのかもしれない。
しかし頭で弾き出す答えと心が望む事は不一致である場合は少なくない。
保証のない毎日、朝が来る度に月が何らかの声を掛けて寄越す。数週間のうちに、それに慣れてしまったのだ。出来ることなら、このまま続けば良いと子供らしい希望さえ持って。
「母さんは、」
「暫くしたら来るよ」
知らない場所に連れてこられ、無闇に歩き回るのは如何なものかと思案したが、車から降りて平気だとステファンが言ったことを考慮すれば安全なのだろう。
「少し、見て回っていい?」
寂しさだけが漂う墓地の何を見て回るのかと訊かれれば、何とも答えようが無かったがステファンは頷くだけだった。
土と砂利の混じったコンクリートの上を歩けば幾ら音を立てずにと思っても音が上がる。
敷地内にある古い墓は注意深く見れば、一応管理されてはいるようだ。墓の状態は悪くない。
寂しさを感じたのだとすれば、きっとどの墓の一つにも弔花が無いからだ。誰も訪れない、そんな世から隔絶されたような感覚。
名前さえ彫られていない墓もある。時間と共に少しずつ薄れて今はもう判別出来ないものもある。
この墓地は既に殆どの人から忘れ去られている、そんな場所なのかもしれない。
「……父さん」
そんな中で人影を見た。亜麻色の癖の無い髪にシンプルなスーツを着込んだ、正しくそれは月だ。
墓の立ち並ぶ場所から少し距離の在る所に立つ姿にゆっくりと近づく。
影になって見えなかったが、月の目の前にも一つ墓標があるようだった。
「あいつなりの最後の嫌味だと思うか? これは」
静かな声が言う。
月の言葉に歩みを止めたユイが首を僅かに傾げた。意味が分からない。
「何が?」
「いや…、お前なら僕よりは分かるだろうと思っただけだ」
何より一緒に過ごしてきた母子だろうと呟かれた声が風に浚われていく。
肩越しに振り返った月が微かに笑った。
有り得なかった筈の日々に終わりが来たと言外に告げられたような、消え入りそうで優しい笑みだった。
「父さん」
「名前なんて残さないと思っていたよ」
視線を前に戻し墓標をなぞる仕種に、ユイは一歩踏み出した。月の前には比較的新しい墓標がある。
それが誰のものであるのかなど言われなくても分かっている。
今まで来たことはない。けれどこれは父親の墓なのだ。本来ならば墓標の下で月の身体は疾うに朽ちている筈だ。
生前の面影などは見える筈も無い。尤も墓を暴こうなどという考えは微塵も起きないし、その為に此処に連れて来られたのではないとユイは確信している。
今日、此処に来た意味は違うのだ。
「お前、誕生日だろう」
ごく自然に月の口から零れた言葉にユイは瞬時に返せなかった。
一拍充分な間を置いて瞬きを繰り返した後、振り返らない背中に返す。
「うん」
「僕からやれるものは少ないが、たぶん最初で最後だからな。何か欲しいものがあれば言うと良い」
「ねぇ、父さん」
「……ん?」
「今日でさよならなんだね」
言葉や態度の合間に見える事実に子供らしく我侭を言えたら良いのにと思う。
みっともなくても構わないから駄々を捏ねてみたって構わないとさえ思うのに、ユイは月の隣まで歩を進めて笑っただけだった。
複雑過ぎる思いもある。
今は自分にしか見えない父親は生前、世界中を脅かした”キラ”本人なのだ。
直接的な方法でないとはいえ、手に掛けた命は信じられないほど、償い切れぬほど多い。
「本当…可愛くないやつだな、お前」
大人びた返事と態度に月が苦笑する。初めて会った日にも同じようなことを言われた。
「だって父さんと母さんの子供だもん」
そう言えば一緒に過ごした数週間のうちにも何度か言われたなと思い返しながら、月が最初に可愛くないと評した時に理由にした言葉を口にしてやる。隣に並んで、月を見上げてユイは同じように苦笑した。
「ああ、本当…そうだな」
月の言葉が風に浚われるほど静かに落ちる。
「僕、此処には初めて来たよ」
風が揺らす遠い葉擦れの音を聞きながら、癖の無い髪を弄られながらユイは目の前の墓標を見詰めた。
特段変わったものでも無い墓標の下に眠る男が、嘗て世界の有り方を変えようと世界を揺るがせた人間であるなど誰が分かるだろう。
「知らずに育てられてきたんだろう? 此処に来ていたらお前は名前を知っていたことになる」
「そうだね」
「……でも、あいつの判断は間違ってない」
「そう?」
「父親が近年稀に見る大量殺人犯なんて知らなくたって良い話だ」
さらりと重い言葉を吐き出して月は小さく笑った。
「でも、父さんは自分が間違ったなんて思ってなかったんでしょ? 誰かがやらなくちゃいけない。それは自分だと思って、それで全て理解して覚悟した上で選んだことだった」
「ああ。それが僕の正義だと思っていた」
「……過去形なんだ」
「いや、今でもそれを過ちなどと認めるつもりは無い」
きっぱりと言い切る言葉には何よりも強い意志がある。認めるつもりが無いのではなく、最初に選んだ上の道が命を摘み取る覚悟を内包していたのなら、過ちと認めた瞬間、そこまで歩んできた自分と巻き込んだ全てを否定するに等しいのだと言っている気がした。
だから月は自分の行動を、選んだ道を、ただの殺戮であったなど認めない。
「父さんって、相当負けず嫌いだね」
「知らなかったのか? 僕はどうしようもない負けず嫌いなんだ」
「うん」
「………『私も、貴方と同じです』」
ぽつりと思い出すように、呟かれた言葉にユイが顔を上げる。
「…え?」
「あいつの言葉だ。…僕とあいつが会った頃にはもう世界はキラに傾いていた。正義という曖昧なものが一つの形になる寸前だったと言っていい」
「母さんはなんて?」
「何が正しいか正しくないか、正義か悪かなど誰にも分からない。……神という存在があり教示を示したとしても、一考し、正しいか正しくないかは自分で決める」
月の口から聞く言葉はいかにも母親らしい言葉だ。ユイにとって母親という存在はニア一人であり他がどうであるかなどは分からないが、ニアはそういう人間だ。
酷く頭の出来が良い割りに感情表現が苦手で、それでいながら自分の中に揺るがない意志がある。
「自分が正しいと思うことを信じ、正義とする。そこは僕と同じだといった」
しかし”キラ”として月の取った行動をニアが赦すわけがなかった。ユイにはそれがよく分かる。
「難しい話…」
息と共にユイの口から零れた言葉は正直な感想だった。難しいロジックを組み立てられるほど、他者よりも優れた読みの良さがあるほど、見失いがちになることもある。
人は個体差はあれ、考える生物だ。自身が触れた経験や思想を元に自らの価値観を見出していく。世界全体を見通す能力が無くても一人一人の価値観が存在するのだ。価値観は押しつけられ、抑えつけられるべきものではない。まして、たった一人の価値観の生んだ正義を基準として世界は築かれるものではないのだ。
だからこそ難しく侭ならず、もどかしい。
一人一人見えぬ努力が重ねられることによって、信じられないくらいに途方もない長い時間を掛けて社会はここまで歩み続けた。
自分たちの住む世界とは、そういうところだ。
「でもニアの言葉より、お前が前に言った言葉の方が堪えたよ」
とは言え人は弱い。誠実であり続けることは難しく、簡単に楽な方に流れていく。考えることは時に苦痛さえ斎し、何も考えない方が楽で良いと流される者も多い。無為に過ごすその時間、存在。けれど、それは全く何も考えていないと結論付けられるものでもない。
考え無しの凡人の考えが時に天才の考えつかぬものを見出す時さえある。
それこそが世界が等しく全てのためにある証拠とさえ思えるほど。
「…僕?」
「前に言っただろう? お前」
「何か言ったかな」
「自分の目に映る世界は、自分と同じ筈なのに他者には違って見えている。そう思ったら面白い」
首を傾げたユイに月が言い聞かせるような優しい声音で答えた。
「僕が目指した世界は、……いつからかは覚えてないが少しずつ最初に抱いた新世界の像から捻れたのだけは自覚している。人間は然るべき様、役割を持って生きるべきだとさえ考えていた。その世界ではお前の考えは生まれない」
「確かに最初に与えられたままに生きた方が簡単だし、幸せかもね」
「ユイ」
「考えて迷わなくて済む分、ある意味優しい」
分からなくなる。生きていて良いのか。生きる意味さえ、考えて自身の問うても到底答えなど出てこない混迷に迷うことさえある。
生まれた時から能力に応じ与えられた役割を全うして生きていけば、それらの苦しみは無くなる。綺麗に一寸の互いも狂いもない秩序の世界。
「でも、それって機械と同じだよね。生きてるけど…何だか本当に生きてるって言わない気がする」
空を見詰め目を細めたユイの言葉は淡々と感情を乗せない。
「どうやったって感情は捨てられない。僕たちは人間でしかないから。悔しくて前が見えなくなったり、悲しくて動けなくなったり、どうだっていいことでまぁいいか…なんて優しさを見つけて嬉しくなったり、理解されない思いを理解して貰った時に幸せを感じたり。……人間はそんなものだって母さんに教えて貰ったよ」
「ニアに?」
意外そうな声を上げた月にユイが笑う。
「そう、母さんが言ってた。大切なものを失くしてきて、そして色んなものを手に入れて、見て、普通子供の頃に気付くそんな当たり前で大切なことを、大人になってから気付いたって」
「…そうか」
「僕、だから」
ユイが少しだけ息を飲む。考え倦ねているような間に風の音だけが入り込んだ。
誰もいない。此処で二人の会話を邪魔する者はいなかった。
「父さんが”キラ”だと知った時、驚いたし悲しかった」
「ああ」
「でも、こんなの…おかしいかも知れないけど、会えて良かった」
死んだ人間に、ましてや認識のない人間と出会いを果たせるなんて空事のようだが。
「……もう少し大人になったら、父さんのことは話すつもりだったって母さんは言ってた。きっと母さんは自分の感情を抜きに事実だけを話したと思う。でも、それじゃ父さんの思いは聞けなかったから。これが夢のような出来事でも良い。僕、父さんに会えて良かった」

―それが一番のプレゼントだったって思うんだ。

ユイの言葉は月にとって酷く優しかった。それは人として月が最期に見た夢よりも優しい。
その言葉に月は今更だと思いながら、生きている間には理解出来なかった一つの幸福を理解する。



>>パラレルif12話目。
   此処も肝心要で、書いては読んで消して、また書いて…と繰り返した。
   そういえばユイは十歳になったばかりの子だけれど、こんな子供はありかしら。

   そして相変わらず不安なのはちゃんと、一つとして繋がって話は形になってるかしら(…)

カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
忍者ブログ [PR]