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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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ぽつり、大きなしずくがアスファルトを打った。
しまったなぁと思うのに既に時は遅い。傘は持ち合わせていない。天気予報じゃ確か晴れだったけれど、あくまで予報であったと言うことを忘れていた。最近は人工惑星の完全に制御された天候に慣れてしまって、本来はこうであったという感覚が抜けていたらしい。
「あーあ」
店の軒先で雨宿りをしながら。
雨が地面を叩く音、窓を叩く音、軒先を叩く音、それを聞く。ぱたぱた、と水音が混じる。
雨に濡れてしまわないように先ほど買った本を背負っていたデイパックに詰めて、両腕で抱えるように抱きしめた。
濡れてしまったら勿体ない。別に自分は濡れたって家に帰って風呂に入ってしまえば良いだけだけど。
とにかく傘を持っていないのだから雨足が弱まるか、止むまで待つしかなかった。
雨が、落ちる。
音も、落ちる。
壁に体重を掛けて膝を抱えながら、満ちる音に耳を傾ける。
そしたらどうしてだろう。
「うーん、冬さんに会いたいなぁ」
ふとそう思ってしまった。里帰りで人工惑星から地球に降りてきている日数は僅かだ。明日になればまた戻るし、そうすれば会えるのだけど。
理由もなく今、会いたいと思ってしまった。
音が満ちる。大地を潤す雨の音。きっと一緒に歌ったら凄く綺麗なのに。
そして雨が上がって虹が出たら空はとても澄んでいて、一緒に仰げたならとても良いのに。

(――なんか色々感化されてるかな)

同僚であり友人でもある人たちが素直に相手への思いをぶつけたりすることが多いものだから。
昔はこんな風に思ったりすることだってなかったのに、と隆景は雨の音を聞きながら思った。



>>そしてきっと数分後には、傘を持った冬さんが来るんだよ。
   なんだか微妙に強化期間中の二人(笑)

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目が覚めた。ムネーモシュネーから着信のアラームで叩き起こされたと言った方が正しい。通信には応じていないから未だにアラームは鳴り続けている。
(……6時じゃないか。誰だよ、本当)
呼び出すにしても少し時間に配慮出来ないものかと思ったが、ここの人間達に常識など殆ど通じないなと思い直す。寝癖のついた頭を掻いて通信を取った。

―――はい。こちらアポロンのローランサン…
―――「良かった、繋がって」
―――オズ? 何、お前どうしたんだよ。

てっきり内部からの通信だと思いこんでいて、外部アクセスだったのに気付かなかった。これなら時差でこの時間でも文句は言えない。挙げ句通信相手はある国の外交官でなかなか忙しく自由になる時間も少ないのなど知れている。

―――「ちょっと聞きたいことがあってさ」
―――そんなに重要なことか? 忙しいお前がわざわざ通信してくるなんて。
―――「そんなんじゃない。ただメールより早いよなぁ……って思っただけ」
―――うん? で?
―――「来月から展示の船造形あるだろう? あれなんだけどさ」
―――……ああ。あれね、俺は直接関わってないけど今になって運んで展示する予定だったものが届かなくなりそうだとか言ってたな、確か。
―――「うん、それだ。それなんだけど、同型のものがうちの国にもあるんだよ。それを展示に回しても良いっていってるんだけど」
―――へぇ……? 珍しいな。
―――「オレもそう思う。公式な文書を出すにしてもさ、何だか当てつけみたいだからってことで。事前にワンクッション置いておきたくてね」

成る程。流石やり手の外交官様。
容姿は20歳過ぎた位の幼さを残す感じだが、彼は自分よりも幾分も年上だ。
挙げ句これは才覚なのかどうか、上に兄が居たようだが兄弟揃って外交に関しては才能がある。元は軍関係者だと聞いたことがあるが、外交も……いや違う。前に聞いた。戦略も外交も似たようなものだ、と。きっとオズにとっては根底が同じなのだろう。

―――……分かったよ。さりげに話を上げておく。
―――「流石、ローランサン。ありがとう。埋め合わせは今度するよ」
―――で? お前が通信してきた本当の目的は?

一瞬の沈黙の後、通信越しに小さく笑い声が聞こえた。

―――「参ったな、ローランサンには」
―――さっきの用件だけなら、それこそメールで済むし。それかギルバートさんに調整させるだろ。

何か言いたいことがあるはずなのだ。
特段公式回線ではなくプライベートの、言えば友人として何か。

―――「あのさぁ」
―――言っておくけど、お前と嫁に関する話は前にも言ったぞ。俺はそんなごたごたに付き合ってやる気はないし、お前は既に選んでるだろ。全員を違う意味で愛しているならそのまま抱えろ。無理強いをしたと思うなら、ひっくるめて抱えて、それでも笑ってられるくらいじゃなきゃな。
―――「あはは、ローランサンって男前だよね。エリオットと言うことが似てる」
―――それはそれは……、エリオットは本当出来た奥さんだな。

彼が娶った嫁は三人。その中で幼い頃に許嫁とされたのがエリオットだ。話を聞く限り彼女はオズの感情を理解して、それでも容認している。出来た嫁としか言いようがない。

―――「勿体ないくらいかも」
―――全員幸せにする、くらい言え。お前の国のお得意だろ?
―――「なんかそれ、馬鹿にしてない?」
―――真実だろ。
―――「まぁ、いいよ。ヴェルフォードの人も大概変わってるとは思うけどね」

ふ、とオズの声の調子が落ちる。

―――「でも、壊れてしまいそうで怖いと思う時はあるんだよ」
―――何、
―――「自分でそんな風にしたって自覚もあるんだけどさ……。馬鹿だなぁ、オレは」

言っても過去は変えられない。
そう思って生きている人間をローランサンは何人も知っている。自分もまた同じである。

―――オズ
―――「うん」
―――それなら、今は……。自分の思う精一杯で良いんだ。結局はそれしか人には出来ないんだし。

そうだね、と相槌が返ってくる。本当は相手も分かっている。
「だから時々残酷なんだよな」
切れた通信画面を端に追いやってローランサンは溜息を吐いた。
同じように愛することは無理だが、全員を愛しているのに間違いはないオズの胸中を何となく察して目を瞑る。
そういえばまだ時間があるな、と時計を確認してベッドにもう一度横になった。


>>ローランサンちゃんと書いたの初めてじゃないかなぁ(笑)
   博物館のオズとローランサンは少し年の離れたお友達。

欲しいと思ったから手を伸ばして、それに触れてしまいたかった。
嬉しそうに笑うから、出来ればその顔を自分にも向けて貰いたかっただけだった。
初めて会った時の少しだけ怯えたような表情もよく覚えている。
目で追いかけていたから、だから本当は誰よりも自分より兄の方を好きだって言うのもよく分かってるんだ。


「……、嫌な夢を見たなぁ」
くったりとソファに身を預けて、これからシャトルに乗り込むというのにオズの表情は晴れない。
齢は二十代も後半に差し掛かるが、彼の容姿はどう見ても10代後半か20代前半にしか見えない。言い換えれば幼さを含んでいた。
先天的な遺伝子異常の病気による発育不良である。腕の良い医者に治療をして貰ったおかげで命に別状もなく良い経過を辿ってはいるが、同じ年齢の男性にしたら矢張り幼い印象は拭えなかった。
しっかりと結んでいたタイを緩めて、そのままずるずるとソファに横になる。数分後には貴賓用待合室の、この居心地の良いソファから立ち上がらなくてはいけない。
そういえば数日、忙しなく動いた外交情勢のせいで睡眠時間が満足にとれていないと思い当たった。
だから夢見も悪いのかもしれないとオズは思い直す。
本当は分かっていても目を瞑っていたいこともあるのに、どうしてか自分の深層意識で何時だって再確認させられるのだ。それは不安にも似ているのかもしれない。
「オズ?」
控えめな音と共に声が掛けられた。背もたれが邪魔でソファに横になっているオズの姿が見えないのだろう。
ドアの閉まる音も控えめで、歩み寄ってくる音も同じように控えめ。
「具合でも悪い、」
「ううん。少し眠かっただけだ」
背もたれに指が掛かったところで、心配そうに覗き込んできた金の瞳に笑って返した。
返事は思いの外しっかりしていたというのに背もたれにあった指がするりとオズの額に伸びる。体温を確かめる仕草に大人しくしていると、
「オズ、眠れてない?」
正に的確な言葉が降ってきた。
「どうしてそう思うわけ? ちゃんと寝てるよ、ギル」
「……嘘。このところずっと忙しかったから」
額にあった手を掴んで上半身を起こすと、まだ心配そうにしているギルバートに「大丈夫」と告げる。
言葉は返ってこないが見詰める金の瞳が未だ訝っているのが分かって、オズは内心苦笑を零した。全く、とんだ心配性だ。
「ギル、本当に大丈夫だ」
「……オズ」
「嘘じゃない」
起き上がってソファの場所を空けるように詰める。意図を察したのか掴まれた手を振り解くことはせずにギルバートがオズの隣に腰掛けた。
「それ、昨日頼んでいた資料?」
ふと脇に抱えられていた書類ケースを見つけてオズが問えば、ソファの端にそれを置いたギルバートが首を振る。肯定とも否定ともとれない曖昧な行動は、しかしよく知った人間からすれば肯定であることなど簡単に知れた。ケースに手を伸ばそうとして止められる。
「ギル?」
「……オズ、やっぱり少し予定を調整しよう」
「何で? いいよ」
首を傾げれば、先ほど解放した手がオズの顔に伸びる。
「気付いてないのか…? 顔色が良くない。大分片付いたし一日くらいスケジュール空けることは出来るから」
そうしよう? とあくまでオズの判断を促す言葉を投げかけたギルバートに笑うしかない。
秘書として主の体調管理も把握するのは重要なのだろうが、あまりにも察しが良すぎる。
「心配性だなぁ」
「オズ、真面目に言ってるんだ」
「分かってるよ。でも本当に大丈夫なんだ」
首を振って笑ったオズが何も言えないでいるギルバートの脇に手を伸ばし、ギルバートの体を挟んで置かれた書類ケースに触れる。あ、と小さな声が上がったが笑顔で黙殺した。押し黙ったギルバートの目の前でケースを開き丁寧に振り分けられた書類に目を通す。
「……うん、大分目処が立ったかな。これならシャトルでぼんやりしてても平気そうだ」
ざっと一通り目を通してケースにしまい込む。そこまで切迫した内容ではない。
この数日緊迫した状態が続いていたから尚更そう思うのかも知れなかったが、そこは別としてもオズにとっては多少ゆったりと構えていられる状況だった。
ソファから立ち上がって向かい側のソファに放っていた上着に伸ばした手を、そっとギルバートが遮る。
「ギル、」
「駄目。やっぱり駄目だ。……今日は休んで、明日移動しよう」
立ち上がったギルバートはするりとオズの脇を抜けると、扉を開けて部屋から出て行ってしまう。
声を上げて止めたかったが、部屋を出る寸前に振り返ったギルバートが小さく首を横に振ったので諦めた。あれはどう言っても反対する姿勢だ。勿論オズが無理にでも行くことを決めて動けば従うしかないのだけど、後で色々と引き摺られても困る。
「……参ったな」
小さく零す。休むと言うことは否応なしに睡眠を摂らなければならない。
寝ないという選択肢もあるが、それはそれでまたギルバートに心配されるのは目に見えている。
眠るしかないのだが、先ほどのような夢は見たくなかった。


***


それは、残酷で純粋な思いだったのだ。
似た面立ちの兄は自分よりも大人だというのにやけに子供っぽくて、兄よりも年で言えば近かった自分は少しだけギルバートに違う意味で興味を持った。柔らかな癖毛を揺らして、兄が職務放棄で置いていった書類を困ったように片付けていた背中に投げた言葉。

――ねぇ、ギル。ギルはさ…

「……くそ」
案の定夢は此処に定着する。今更何を突きつけるというのか、とオズは小さく吐き捨てた。
結局今日のスケジュール全てを綺麗に後日調整したギルバートが用意したホテルの一室で横になりながら、天井を見上げる。眠れるわけがない。
もっと忙しく動いて疲れ切って、夢を見ないくらいになって寝ないと意味がない。
「……勝手にいなくなったくせに、いつまでたってもオレの邪魔ばっかりだ」
五歳年上の兄はオズと同じ髪色、瞳、そしてオズよりも天真爛漫な性格をしていた。それでいて今のオズと同じように外交官を務めていた時には信じられないくらいの手腕を発揮していたのだ。残された書類を見ただけで分かる。
なのに何事もないように笑って、微塵も苦労など見せたことがなかった。もしかしたら自分の秘書の前に兄の秘書として動いていたギルバートなら苦労を知ってるのかもしれない。
けどその事実さえ決してオズに良い思いを抱かせない。
兄はある日突然姿を消した。それは唐突で、オズもギルバートも、誰も予想していなかった。
暫くは消息を絶ったことで慌ただしかったし、それが落ち着けば落ち着いたで問題がなかったわけでもない。
オズは一度寝返りと打つ。と、部屋の扉が開いた音がして視線を向けた。なるべく音を立てないように入ったのだろう、ギルバートが照明が絞られた部屋の中で、先ほどまでオズが手慰みに読んでいた書類の一枚を拾い上げた。
読んだ後床に放ったから散らばるのも無理はない。
一枚一枚拾っては丁寧に揃えていく。その姿に随分と前の、まだ兄がいた頃の記憶がフラッシュバックした。
息抜きにちょっと出てくると書き置きを残して執務室から姿を消した兄の、その机に置いてある書類を整理していた嘗ての彼女の姿に、その後ろ姿に。
「ギルバート」
「……え? あ、オズ。ごめん、起こしたか?」
最後の一枚を拾い上げたギルバートが弾かれたように顔を上げる。とんとんとサイドテーブルの端を使って一つに纏めて、矢張り床に放ってあったケースに仕舞うとそれをテーブルの上に置いた。
ベッドの上で横になっているオズを覗き込んだギルバートの腕が引っ張られる。小さく息をのむ音とベッドに倒れ込む音は同時だった。
「オズ?」
オズに腕を引っ張られて半分隣に倒れ込む形になったギルバートが戸惑ったように名を呼ぶ。

――坊ちゃん?

昔の呼び声と重なる。ああ、これは良くないとオズは思った。
確かめなければ良かったと何度も思ったが、確かめなくても結局は分かってしまったことだ。見ていたら分かった。目の前の彼女の思い人が誰であったのかなんて。言われなくても傷つけなくても知っていたのに。
「ギル、後悔してる?」
「……え?」
「オレの手を取ったこと」
言われた意味を飲み込めず目を丸くしたギルバートの左手には指輪がはまっている。同じデザインのものがオズの左手にもあった。その手を取って指輪をなぞる。そうすれば言葉の意味も、その中に含まれるオズの真意も知れるだろう。
そして問いにギルバートが答えられないことくらいオズは知っていた。
弱くギルバートの肩が揺れる。
あの時だってそうだった。

――ギルはさ……、ジャックのことが好きなの?

違います、と弱く首を振った少女の幼さを残した面影が、今のギルバートに重なる。
ついと手を伸ばしてギルバートの頬に掛かる髪の毛を払ってやった。それでさえ揺れるのだ。酷く酷く、また傷つけたなと思う。
「……ギル?」
後悔するのに止まらない。答えを促すように名前を呼べば、また肩が揺れた。その薄い肩を押す。
上半身を起こして押し倒したような体勢になったギルバートの手に手を重ねた。絡め取るような様子に、けれどギルバートが抵抗を示すことはない。
「返事は?」
「オズ、」
「……ううん。やっぱり良いよ」
何かを言おうとしたギルバートの言葉を封じ込めるようにオズは唇を重ねた。触れるだけの口づけに、それでもぎゅっと目を瞑ったギルバートを見下ろしてオズは残酷に言葉を落とす。
「ギルが、オレじゃない誰を好きでも、オレはお前を手放す気はないから」
――そう。だからこそ身分の低い彼女を多少の無理をしてでも娶ったのだから。
ゆっくりと頬をなぞるように手をあてれば信じられないほど弱々しい声で名を呼ばれ、またもう一度唇を重ねた。



>>博物館惑星設定の二人。珍しく病んでるのがオズ。
   愛してる、の言葉を貰うより、愛してるの言葉で縛ろう。
   そういうこと。

――唄う、ってどういうことなの。

そう聞かれてきょとんとしたのはニアだった。カップに注がれたコーヒーに口をつけて、はてと首を傾げる。
「何故、そんなことを聞くんですか?」
「だって……。きっと僕にはない感覚だろうから、聞いてみるのが手っ取り早いかなぁって」
「ならイヴェールに聞けばいいのに」
「嫌だよ。だって返ってくる答えなんていつも同じだもん。”僕は何時だって詩を詠うよ。それが生きるって事なの”って」
「……それが全てじゃないんですか?」
「だから聞いてみたくなったの。他の人はどうなの? って」
ヴェルフォードの王家に連なる人間は一様に音に、歌に取り憑かれてしまうような時があるから。
「で、私に聞くんですか」
「うん」
「……そうですね」
考える。実はニア自身、あまりよく分からないのだ。歌を気付いたら歌ってしまっている時は、どうにも感覚がふわりと浮いてしまうようでもあって、深く潜っていくようでもある。
ただそうなった時には自然と――。
「人は呼吸をする時、意識をしますか?」
「え? しないんじゃない?」
「はい、しません。自発的だけれど意識してやるものでもない」
「それがどうしたの?」
「……それに似てると思います」
そう、気付いたら歌ってしまっているのだから。
そして口をついて出る音律は、それが”終わる”までするする出てきて止める術も無い。
違う。呼吸と同じで意識的に止めてしまえば苦しくて仕方なくなるのだ。

「……呼吸」
す、っと小さく息を吸う音が聞こえた。
この答えでは満足しないのかも知れないが、ニアにとって一番しっくり来る言葉だったのでもう少し突き止めたければ他を当たればいいだろう。
「そうかぁ。……ありがとう」
にこりと笑って、席を立った少女が踵を返す。
駆け出す直前振り返って「またね」と言い残す背中を見送って、ニアは苦笑した。



>>むつきさんのネタを受けての、小話。
   唄うことは呼吸に似ているよ。

コツン。
窓を叩く音に顔を上げると窓から白い手が覗いていた。ひらりひらりと振られる。
大体相手が想像つくので窓の鍵を開けると、案の定見知った顔がにこりと笑った。
「エノア姉さん」
「ああ、ちゃんと居ましたね。さっきドアから入ろうと思ったら盛大な張り紙があったんで、どうしたものかと思ってたんですヨ」
「……え?」
「”研究の鬼と化します。取扱注意。開けるな危険!”ってネ」
「誰だ。そんな馬鹿な張り紙かいたの」
「さぁ? じゃ、ちょっとお邪魔しますネェ」
その言葉に窓から数歩離れると、顔の高さにある窓枠に手を掛けてザークシーズはいとも簡単に部屋へ進入する。
手には発泡スチロールの小さな箱。
おや、と首を傾げればその箱を押しつけられた。
「なにこれ?」
「差し入れデスヨー。評判のお店のジェラードです。アイスは好きでしょ?」
「ありがとう。エノア姉さん」
後で戴くことにして、備え付けの冷凍庫に入れると、その脇をすり抜けてザークシーズがソファに腰掛けた。
お茶請けに入っていた飴をちゃっかり一つ摘んでいる。
「で、どうしたの?」
「イエ、ちょっと確認したいことがあって」
「僕から? なんだろう」
おいでおいでと手招きをされたので向かい側の椅子に座ると、足を組んで背もたれに体重を預けたザークシーズが口を開いた。
「前に貴方、ハッキングを受けて負けたことがありましたね」
「……ああ」
「青い鳥だったんでしたか」
「そうです。……どうしてそんなことを? まさか突き止めたとか」
「あのネ、貴方が突き止められないのに私が分かるわけないでしょ? ただの確認デス」
「情けないな。今でも情けないって思う。……大事な”詩”だったのに」
「あまり思い詰めても良いことはないですヨ」
小さく笑みを零して足を組み直したザークシーズが、「でも」と付け足した。
思わず耳をそばだてれば悪戯気に笑う。
「青い鳥って上手い暗喩ですヨネ」
「暗喩じゃなくてプログラムでしょ。本当なんだけど」
「メーテルリンクですよ。チルチルミチル」
「……何、それがなんだって」
「探し物でしょう? 案外身近なところにあるかもしれないって話」
そこまで言い終えて立ち上がると、彼女は「それじゃ」とひらりと手を振った。
その瞬間に確信する。何かを掴んでいるのは間違いないと手を伸ばせば、するりと身を躱された。
「それじゃ、また」
「姉さん…! 本当は何か知って、」
「幸せは自分から見つけなきゃ駄目なんですヨ? 知ってるでしょう?」
人をからかう笑顔で来た時と同じように身軽に窓を飛び降りたザークシーズが言い残す。
彼女の着ていた上着がひらりと舞った。そのまま手を振って去っていく姿を窓から身を乗り出して見詰めながら、言葉に引っかかる感覚に目を細める。
「……幸せの青い鳥」
幸せの象徴の青い鳥を追いかける兄妹の、その幸せは身近にあった話。
「まさか」


――そんな、まさかね。
  だってそれじゃ、お伽話みたいだ。



>>一つ前の話のおまけ。
   鳥を追いかける詩歌いさんと、詩に惹かれる小鳥。

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プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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