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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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とんとんとんとん、音がするのを少女は所在なげにきょろきょろを見渡した。
マスターと舌足らずにそれだけしか言葉を発しない少女の髪は手入れすれば綺麗な癖のない髪だろうに、今はところどころ絡まり解れている。
椅子に座って身を縮こませる姿をカイトはちらりと見遣って、ティーポッドを傾けた少年に困ったように首を傾げる。
カップに柔らかな色合いのお茶を淹れカップを持ち上げた少年が微かに笑った。
もっとも彼の精神年齢は外見年齢では上のカイトよりももっと上だとどこかで耳に挟んだことがある。
確かに華奢な少年の姿をしていながら纏う雰囲気は落ち着き払った大人のそれで、少年は少女を手招きした。
「こっちにどうぞ。お茶を淹れたから」
おず、と少女が椅子から立ち上がり手を伸ばす。
親元から事故で引き剥がされたひな鳥のようだ、とカイトはその手を取った。拾われた相手を認識しているらしい少女が僅かに緊張を解いてカイトの横に座る。
向かいに座った二人を見て少年はそれぞれにカップを受け渡し、そして「さて」と呟いた。
「君、名前は覚えているの?」
「……」
ふるふると首を振った少女の細く白い手首を少年が取る。びくりと身体を強張らせた少女を安心させるように笑って、一つ息を吐いた。
「……み、く」
「レン?」
「君の名前、ミクで間違いない?」
少女がきょとんと首を傾げ、暫く視線を彷徨わせてから笑った。
聞き覚えがあったのか、思い当たったのか。曖昧だが名前として認めたということだろう。
「記憶を大分消失してしまってる。名前も覚えていないようじゃ、どこから来たとか、そういうのも全部忘れているんじゃないかな」
紅茶のカップに口を付けながら両手でゆっくりと飲む少女を横目にカイトが目を伏せた。
用意されたお茶菓子が気になるらしく視線を投げるのに気付いて少年が一つ摘んで渡してやる。
それをまじまじと見詰め少女ははにかんだ。
外見年齢で言えば少年より幾つか年上に見えるだろう少女の仕種は酷く頼りなく幼い。
「カイト。……この子のこと、どうする気?」
「どうするもなにも」
拾ってしまったのだから無責任に捨てるわけにもいくまい。言い淀んだカイトを不思議そうに見詰める視線に気付いて、笑った。
途端笑顔を返す幼さに内心途方に暮れてしまう。
少年の言い分はよく分かるのだ。面倒見切れるのかと言外に問われている。
「……まぁ、良いけど。部屋なら空いてるから好きなところ使ったら良い。けど、面倒事は駄目だよ」
「分かってる」
頷くカイトに少年が笑む。
言葉を重ねるよりも有無を言わせない大家の態度にカイトは神妙に頷くしかなかった。



「記憶。マスター……、」
部屋を与えられた少女が穏やかな陽光を喜ぶように、外でくるりくるりと回る姿を眺めやってレンは呟く。
規則的に落ちる時計の音が静寂を余計に引き立たせる中、部屋のあちこちで息づく骨董品に埋もれてしまいそうだと錯覚する。
伏せてあった写真立てに細い指が触れて、愛しむように辿った。
色褪せを嫌ったと言うよりは、目に留まり心が痛まないようにと倒してしまった写真立ての写真には、レンと良く似た少女が屈託のない笑顔で佇んでいる。
声には出さずレンは写真の少女の名前を呼ぶ。一文字しか違わない名。鏡合わせの容姿。
屈託無く笑って、そして名を呼ぶ声は未だに鮮明だ。けれど。
「……彼女も君と同じかな」
そっと写真立てを持ち上げてレンはふと微笑んだ。嘗てレンにとって唯一の片割れは、陽光の下ではしゃぐ青竹色の髪の少女のように記憶を失い、そして忘れてしまっても忘れられなかったマスターを思って消えてしまった。
止められなかった。伸ばした手は遅くすり抜けた。
だからカイトが連れてきた少女の一つの結末をレンは知っている。
「君は幸せだった? あの子は、……幸せかな」
嘗て歌を、全てを教えてくれた人を思って、それだけを思って逝けるのは。生きていくのは。
けれど残された方としては行き場のない痛みと悲しみを抱えて生きなければならない。

まだまだそちらには逝けないからね、僕は。

少年が零した言葉に何も返るものはなかった。



>>ちょっと考えてるボカロ構想。
   姿は少年なのに中身が一番年上のレンっていう。

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親愛のキスと愛情のキスは違うんです?
そうふわふわした容姿の姫が言ったのに動揺したのは他でもない次期騎士団長殿だった。
「何を仰るんです、エステリーゼ様」
「……え? でも気になったんです。フレンは違いが分かるんです?」
反応すれば問われるに決まっているのにわざわざ丁寧に反応を返すとは、と横目であたふたするフレンを見遣りながら、食べかけのケーキを頬張ってユーリはフォークを咥えた。
至極真面目な様子のエステルに、至極真面目に狼狽えるフレンの図は面白い。
面白いことには面白いが。
「……あ、のですね」
「それじゃ、フレンはキスはしたことあるんです?」
ちらりとフレンの視線がユーリに向けられる。質問している本人は必死なのでともかく、遣り取りを見守っていた中には聡い人間が含まれているので、ユーリに投げられた視線に気付いたことだろう。
実際僅かに自分に向けられた視線を居心地悪く感じ、ユーリは更に残った最後の一欠片を口に放り込んで立ち上がった。
がたりと鳴った椅子にエステルの視線が動く。
「ユーリ?」
「……腹いっぱいになったら眠くなったみたいだ。オレ、先に部屋に戻ってるな」
特段エステルの言及を躱すのは容易い。
厄介なのは寧ろ向かいで悠然と足を組んで座り笑みを浮かべている長身の美女や、草臥れた上着の裾のほつれを気にしながら猫背の姿勢で座る中年の男だ。
ユーリの行動の意味も多分に理解しているのか、見上げて笑みを増々深めたジュディスは「そうね」とだけ相槌を打つ。
「ユーリはここ数日、寝ずの番をしてくれたもの。疲れていると思うわ」
「……あっ、そうですよね。わたしったら気付かなくて、ごめんなさい」
素直に頭を下げたエステルの手前、黙ってこの場で耐えた方が良かったかも知れないという選択肢は断たれる。
今更逆にやっぱり良いという方が不審がられるのは目に見えているので、溜息が漏れそうになるのを必死で飲み込んでユーリは頷いた。
ああ、もう。
「それじゃ、悪ぃけどお先」
ひらひらと手を振って階段を上がっていく手前で、いつまでも外されない一つの視線を感じてユーリは首だけ巡らせる。
エステルの質問を困りながら躱す幼馴染みの視線が僅かに絡んで、瞬間ユーリは笑んだ。
フレン以外の視線は生憎と自分から外れている。声には出さず唇だけを動かして、言葉を言うとユーリは今度こそ階段を上がった。


親愛と愛情のキスがどう違うか。

それはたぶん正確には分からない。曖昧な線引きは存在しているのだろうが、言うなれば大きな違いは欲求かも知れないと思う。
「フレン」
「……なに?」
「エステルをどうやって捲いたんだ?」
「捲いたって……君ね」
溜息で返す幼馴染みが隣のベッドで身じろぐ気配を感じ、ユーリは寝返りを打つ。
あの場から逃れる為の詭弁は実のところ的を射てたらしく身体を横にしてしまえばユーリの意識が落ちるのは早かった。
目が覚めたのは部屋で気配がしたからだ。目が覚めた瞬間覗き込むフレンの顔を視界いっぱいに入れ込んで、まだ一晩は過ぎていないと悟った。
「で?」
「別に。……僕にも分かりませんって答えただけだよ」
ベッドに腰掛け、手入れしていた剣を置いてフレンが答える。
そんな答えでエステルが引き下がるとは思えなかったが上手く誤魔化したのだろうか。
白いシーツに散らばった自分の髪の先が見え、おざなりに湯を浴びてそのまま横になったから珍しく変に癖が付いたなと指で摘んだ。
まだ乾ききっていない。
「フレン」
「ちゃんと拭いて寝ないからだよ、それは」
ユーリの視線がどこにあるのか分かった上で溜息を返される。
名前を呼ばれた意味をどう取ったのかお小言まで付け足しそうになる幼馴染みにユーリは視線を投げた。
「違う」
そうじゃない。
「……しつこいね、さっきの質問?」
「そうじゃない」
僅かに首を振ればぱたぱたと乾ききってない髪がシーツを打った。視界も髪が邪魔をする。少し煩わしい。
「ユーリ?」
「……いや、そうかもしれないけど」
髪を掻き上げ漸く遮るものが無くなった視界に、不思議そうに首を傾げた幼馴染みが身を屈めて覗き込んでくる姿を捉える。
目が合った瞬間。そうだな、と思う前にユーリの身体が動いた。
肘をついて身体を素早く起こし、近づいてきたフレンの唇を掠めるように奪う。
ちゅ、とわざと音を立てて離れれば目を丸くするフレンが名前を呼んだ。
「これは親愛」
「は?」
目を丸くしたフレンが何かを言う前にもう一度唇を合わせる。
「……それは愛情?」
離れた瞬間に問われて、どうかなとユーリは首を傾げた。
不安定な体勢でいるのは結構辛く少し姿勢を変えようと意識を逸らした瞬間に、今度はフレンから口付けを仕掛けられる。
腕で支えていた自身の体重の他に加わるのは流石に支え切れず、後頭部からベッドに倒れこみそうになった頭を後ろに回った腕が支える。
「……ん」
思わず息を呑んだ瞬間に僅かに角度を変え口付けが深くなった。
合間息継ぎの仕方が分からなくなったように、少しの目眩を覚えてユーリは目を閉じる。

「……でも、僕にとってはどっちも同じかな」
唇が離れた瞬間に落とされた言葉は何とも区別が付かない言い難さで、見上げた先で海の色をした瞳が笑んだ。
何で? と問うには些か気が引けてユーリは息を吐く。
見越したように付け加えられた言葉にも返事は返せなかった。
「欲しいと思う劣情みたいなものが違いだろうから」


>>フレユリでキスのお題を頂いたので。
   ……なんかもう、ごめん状態。

身勝手だな、と。我が侭だな、と。思うことは許されはしないのだけど、けれどこれは流石に我が侭だとユーリが思ったのは、「うるさい」と言い捨てられて強制的に電源を落とされた時だった。
ぶつっと切れた意識は今度は起動と同時に再浮上する。
「ユーリ」
「……気は済んだか、フレン」
「うん」
覚えているのは意識が落ちる前、窓の外は夜だったことくらいで、片手で姿勢を支えて覗き込んでくるフレンの向こう、どうやっても外が明るいということは一晩は電源が落ちていたのだろう。
その間、着信が無かったとは言い切れない。
携帯の電源が切れた際に履歴を残すサービスを意図的に切ってしまっている持ち主の意向で、ユーリには与り知らぬ事だ。
「……で、機嫌は治ったのかよ」
「可笑しなことを言うね、君は」
憎たらしいくらいの笑みを浮かべたフレンにユーリは溜息を吐く。
電源を切られる直前に聞こえた声は心底冷えた声音だった。相当堪っていたのは分かるが、自分にだって存在意義はある。
人格プログラムが形成されているとはいえ元は携帯だ。携帯電話の一番の存在意義と言ったら連絡手段としてのものなのだから、しつこい着信に携帯主が嫌気を催していても一応伝えなければならない。
ユーリは自分の仕事をしたに過ぎない。
「さっき、こっちに電話が掛かってきたよ」
ふ、と。
視線を自らの手に落としたフレンの利き手には受話器が握られている。
何度携帯に連絡を入れても繋がらない。挙句電源が切られた。手段は家の固定電話に行くのは考えれば当たり前のことだった。
「全く、しつこいよね」
出る意志がないんだって何故分からないんだろうと冷めた声で言うフレンを見上げながら、ユーリは受話器を握っている手に触れた。
僅かに震えたのをユーリは見逃さない。
「フレン」
「……うん?」
「どうせ電話に出るんだったら、素直に出た方がいいんじゃないのかよ?」
それともオレは嫌か? と付け加えればフレンが首を振った。
肘を突いて上半身を起こすのに合わせて身を退かしたフレンの、その手にまだ触れたままでユーリは問う。
「フレン、答えろよ」
「君が嫌いなら、とっくに変えてしまうか。壊してるか、してるよ」
ふと笑う。その言葉に嘘はないだろう。
前に購入履歴を辿った事があるが、フレンは数回携帯を壊してしまったことがあるらしい。
「じゃあ?」
受話器をベッドの上に放り投げたフレンが首を傾げる。
「嫌じゃない? だって君から嫌な人の声を聞くなんて」
「……え?」
「冗談じゃない」
腕を引かれ、体勢を崩した先でフレンが小さく呟く。
命令としての言葉にユーリが逆らえる筈もなく頷くしかないのを知っていて、フレンは命じた。
でもそうしたらお前が追い詰められるんじゃないのかという言葉を飲み込んでユーリは間近に見える碧眼を覗き込む。
フレンの家庭事情が複雑なのは本人が何も言わなくても分かる。養い親とは随分と前から上手くはいっていない。
「満足か?」
「そうだね……。あとは、僕がちゃんと独り立ち出来たら、君にこんな苦労はかけないよね」
「お前、それまで変えない気?」
彼が就職して独り立ちをする前に少なくとも後二年はある。
なんだかんだと付き合いは一年近くになるし、携帯としてそこまで使う気なのだろうか。
「大事にするし……。もし機種変更することになったら君のデータ全部写すよ。少し色々掛かるけど構わない」
「馬鹿」
余りにも真剣に言うフレンにユーリが笑う。

早速着信があったのだけれど、フレンが命じた通り着信拒否をしてユーリは空になったフレンの手を取った。


>>沈黙の手前。
   携帯擬人化フレユリ。持ち主フレン、携帯ユーリ。


幼馴染みの親友には変な癖がある。
今日もまた漆黒の長い髪を揺らして、屋上に上がっていく彼を引き留める為の言葉を持ち得ず背中を見送った。
転がっていく。勢いは良い。だから怪我をする。結果が分かっている。
怪我をしてしまうからその先には行けない。いつも失敗しては「駄目だなぁ」と一言言って、戻っていく。
非生産的すぎる行為だよ、と窘めた。それを幼馴染みは聞こうともしない。
自傷行為でしかないじゃないかと責めても、幼馴染みは笑って肯定とも否定とも付かぬ相槌を打つ。今日もまた繰り返した。

「もう良いかい」

そろそろ気が済んでも良い頃じゃないのか。
勉強は出来ないけれど頭は悪くない幼馴染みは、床に転がり込んだままで小さく笑った。
盛大に壁にぶつけた身体が軋んだのか、僅かに眉根を寄せて、けれど笑う。

「まだ」

ひと言。それで続行を告げる幼馴染は起き上がるのが面倒なのか、漆黒の髪を床に散らばしたままでころりと身を返す。
仰向けで見上げた空の色に目を細めた幼馴染がぽつりと呼ぶ名前に答えはしなかった。
本当に意味も無い。どうやっても意味も無い。そう思う自分の方が薄情な程、幼馴染みは繰り返す行為に酷く固執する。
何も意味はないよね、と確認するにも真っ直ぐに見つめてきた瞳が変に歪んで細められて、馬鹿の一言で片付けられたので結局分からないまま。
だらしなく見える着こなしをする制服に相まって、すっと伸びた背中を無言で見送る。

「ねぇ。ユーリ」
「なんだよ」
「僕は随分と前に君に酷いことでもしただろうか」

心から疑問に思ったことを口に出したのに幼馴染みは目を丸くして、そして盛大に吹き出した。
腹を抱えて笑い、黙って見下ろす自分に気付いたのか何とか笑いを堪えて首を傾げる。その瞬間見えた痣は一昨日ぶつかって出来たものだ。
白い肌には青痣も傷も目立つ。ふいに手を伸ばした自分から身を引いて、幼馴染みは言う。

「何も問題はない」

酷い話だ。
それは問いに対して肯定ということじゃないか。


**

何か不満があるというわけではなく、ユーリ・ローウェルという人間は少し人の輪から離れていた。
人付き合いが苦手なわけでなく、特段何かが特別な程抜きん出ているわけでもなく、少しだけ人の輪の中に感じる全員が一緒で安心するという感覚に共感出来ない。
別に個体同士なのだから、全てが一緒の方が気持ち悪い。
そう結論付けていた。
不思議と出来上がる溝と越えられないものに何も感じなかったわけではないが、手を伸ばそうとして結局何を掴みたいのか分からない。
ふと存在意義を埋もれさせてしまいそうになった時、不意に階段から足を滑らせた。
本能的に恐怖を感じる浮遊感と反転する視界と色んなものが綯い交ぜになって、それでも運良く無傷で地面に転がった時、これかもしれないと思ったのは仕方がない。
抑も、何故という質問自体無意味なのである。
幼馴染みであり親友は、ユーリが日々何かを掴む為に転がる行為を責めたが、たぶんこれは分からないのだろうなと思った。
だって幼馴染みは人の輪の中心にいて、けれどそれでも誰かと一緒だと安堵して自分の意見を埋もれさせる質の人間ではなく、常にその中でも自己を持ち続けることの出来る人間だ。
良く知っているからこそ、遠い。
人の輪の中心にいる彼と、人の輪から少し離れた自分。
僅かに見えない線引きを越えることは難しく、見えない分途方に暮れる。
隣にいるようで、隣を歩いているようで、距離は差分にある。

「今日も転がろうと思います」

だから埋められる術を探す為、どこか視点が切り替わる目まぐるしい感覚に、その後襲う痛みに、それら全部の先に、ユーリは何か見つけられる気がした。
宣言する手を誰が止められるだろうか。
真っ直ぐに伸びた手を誰も止められない。
一々人の輪から離れた奇異な人間を引き留めるもの好きも居るわけがない。
もしかすればユーリの通りの良い声が告げた宣言など誰も気に留めていないのかも知れなかった。
構わず屋上に駆け上がる。天気の良い日であれば反転する世界も心地良いというものだ。時折視界の端に入る自分の髪さえ、悪くはない。
それでも結局重力が掛かる分、転がることに終着は存在する。
受け身をとるのに失敗し強かに打ち付けた腕が痛くて、少しだけ引っかけたらしい新しい傷は制服のシャツを汚した。

「ねぇ。ユーリ」

別に死にたがっての行動ではない。丁寧に傷の手当てをして立ち上がった先で幼馴染みが問う。

「なんだよ」
「僕は随分と前に君に酷いことでもしただろうか」

純粋な疑問にユーリは笑った。
どこまで聡くてどこまで鈍いのだろうと、笑ってしまった。そして自分の感情の向かう先がどうしようもなくて、泣くのを我慢した分を笑うしかなかった。
きっと気付いてない。今も気付いていない。まさかユーリが幼馴染みに恋愛感情を抱いているなんて。
証拠に幼馴染みの顔はユーリに対しての疑問符だけが浮かんだまま、静かに何も言わず見下ろしてくるだけだ。
長すぎる沈黙は流石に居心地が悪いので笑うのを止めて、幼馴染みの空の色にも海の色にも似た瞳を見返す。
緩慢に伸びてきた手が自身に触れてしまう前にユーリは身を引いた。酷い仕打ちだ、と、理解してしまった感情全てを切ってしまうように言う。

「何も問題はない」

聡いのを知っているから、言葉の意味に含まれる肯定と悪意を間違えず受け取るのを知って意地悪を言った。
だって、お前は悪くて、悪くない。


**

「それじゃ、もう気は済んだかい?」
「もう少し。……あと少し」

何かが見える、とユーリが言う。何も見えない、と思うフレンが居る。
そしてまた階段を駆け上って転がってしまいそうな、軽やかな足取りのユーリの腕をフレンは捕まえた。
日に日に傷が増える幼馴染みの姿に、それでも決して歪まず立ち止まらない姿に、何とも言えない感情を抱いたのは本当は随分と前なのだろう。
初めて惜しみなく伸ばした腕で、よもやそんな行動を頭に入れていなかったユーリが呆気にとられ、それでも抵抗した隙に反動を利用して腕に収めてしまおうと思った。
息が止まりそうだ、と何処かで思う。
息を呑んだユーリもまた過去のいつかに酷くもどかしいこの感覚を味わったろうか。

「馬鹿、……はな」
「もう良いよ。分かったんだ」

掴んだ手首に巻かれた包帯に滲む赤が見えないわけもない。
自分を蔑ろにする意味も自傷も意味がないことをよく知るユーリが、何で、こんなこと、息が止まりそうだと、思う。
同じ身長の彼はフレンより体格的に細いらしい。隣を歩いていたのにそんなことにさえ気付けていなかった。
抱き締めてしまえば全身に負った傷に響くのか、僅かに肩が揺れる。

「もう良いよ、ユーリ」

何がと聞く声も何もかも震えた。
ああ、こんなに息が止まりそうな思いをいつからしたのだろう、この幼馴染みは。
背中に回ったフレンの腕を、肩を押しつけられ遮られた呼吸を、苦しいと思う暇もなく、ユーリは名前を呼んだ。
何度か、弱く名を呼んだ。
人の輪に入れない少しの疎外感と、幼馴染みの親友に抱く感情の後ろめたさを、日常を送る間に間違い探しのように否定した。
何よりも拒絶が嫌で、それでも友として見捨てはしないだろうフレンを知っていたから。
もう本当息を止めてしまうような感覚の中で、反転する視界の中で、屹度その先に解決の糸が落ちている気がした。

「そろそろ疲れたろう、ね?」
「何、」

僕も君と一緒で息が止まりそうだ。
呟かれた言葉が何を指すのかなど明白すぎて、ユーリの瞳から涙が零れた。ああ、転がったのは結局の所、――足掻いたのは。

「……それじゃ、息を止めよう。今」

苦しい片恋とかいうやつの息の根を。



>>ローリンガールパロ、フレユリ。
   私の中ではこれでもかってくらい、恋してるんじゃないかな。

初めて彼を見かけた時、それはそれは鮮やかな髪を翻して転がっていくので驚いたものだ。
今日もまた、彼は転がって、自身の身体は傷だらけで。
どこに向かうの? 終わりが見えないので、という彼をどうやって扱えばいいのか自分にはよく分からない。
本当は気になりもしなかったら、たぶんいつかは満身創痍になった彼が終わりを見つけて諦めたのだろうとは思うのだ。
だって彼は馬鹿ではなく、寧ろ聡い。
綺麗な深紅の髪なのに、彼は名前を灰と名乗った。

「ねぇ、まだ続けるんですか、アッシュさん」
「そりゃあ、続けなければ意味がないからな」
「寧ろそれ自体意味がないものに思えます、アッシュさん」
「そう思うんなら、付き合うんじゃねぇよ、お前も暇だな」

名前は余り呼んで貰えない。
どうしてかと思ったらどうにも名乗っていなかったらしい。
だから転がる彼に付き合いどさくさに紛れて名前を教えたら、少しだけ不思議そうに目を丸くして、その後笑った。
いつも真っ直ぐ前を見据えて、険しい顔つきをしてるから気付かなかったが、年相応の幼い笑みだった。
それから彼は時折、名前を呼ぶ。
不思議と自分の名前はすとりと転がらず地面に落ちるので、彼は矢張りこんな事を繰り返すべきではないと思うのだ。

「まだ、」

そう呟いた彼の腕には包帯が巻かれ、既に痛々しいくらい満身創痍。
何の為に? と投げかけた疑問はふと首を傾げ寂しそうに笑った彼に黙殺される。
今日もまた怪我を負うのは彼だけど、自分もまた苦しくてこれは息を止めるようだと、それは酷く曖昧に気付く。
もう転がれませんよと言うのは簡単で、彼の手を掴んでしまうのは簡単で。
しかし彼は何か不器用に繰り返す行為の中で、生きる意味を探している気がした。

「昔、馬鹿みたいにまだ良い子だった頃。……俺は居場所をとられた気がしてた」

生きる意味なんて、もう無いと勝手に絶望もしたと彼は言う。
まだまだ自分で掴み取る前に与えられていたかったのだと寂しげに言う。
それはそれは酷く叶わない、ささやかな夢。
痛みの中で、息を止める行為で、今日を全力で転がってぶつかることで、彼は不器用に生を実感する。
世界の片隅、整わない呼吸で無様に息をしてやっと自分の居場所を確認する。

「アッシュさん、もう……良いじゃないですか」

坂道を転がり落ちそうになる手を初めて引いて引き留めた。
誰も彼もが、彼を否定するだろうか。少なくとも自分はしない。
けれど少しだけ悔しそうに俯いて彼はまだ、まだ駄目だから、と弱々しく子供のように呟いた。
これ以上続けたら、きっともう彼は動けなくなってしまう。聡いから諦めると思っていたのは逆だった。
彼は妙に聡い故に刹那的に存在を確かめる方法に縋りついている。
本当は、本来なら、もっと穏便で温かな方法を誰しもが選ぶのに、拒絶が怖くて、過去が怖くて、一番無謀な方法で。
もう、居場所を確かめる為の方法を、こんな所に見つけなくても良いじゃないか。
転がっていく毎日の中で、誰もに触れずに生を実感するのは酷く酷く孤独で寂しい。
手を挙げてそのままで転がっていくのは、潔いけれど、でも自分は悲しい。

「アッシュさん、もう良い。ねぇ、止めましょう」
「まだ見えないって」
「もう良いよ、だってそれはそうしたって見えないんです」

頭を振った彼を、頑なな表情をもう本当、馬鹿だなと思う。
勝手に身体は動いた。抵抗する前に傷だらけで、おざなりに手当てされた包帯だらけの腕を引く。
少しだけ鼻につく消毒液の匂いは、不快感よりも愛しさが勝って自分も大概馬鹿だと思ってしまった。
だって傷ついてぶつかって精一杯生きた彼がいる何よりの証は、こんなにもこんなにも歪で拙い。
なんだって、もう、こんな。

「ね、」

腕の中に収めた彼は思ったよりも頼りなく、揺れた。

「そろそろ、疲れたでしょう。……ね?」

呆然と頷く、彼が流した涙は抱きしめてしまった自分からは見えず、ただ引き留めた彼は次の日から転がることはしなかった。


>>ローリンガールパロ。ギンジとアッシュ。
   只の趣味です。

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プロフィール
HN:
くまがい
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性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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