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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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何で一緒に居るのかと質問されれば、この豪快に笑う国主は少しだけ困ったように眉根を寄せるのだ。
今夜もまた家臣がほとほと困ったように漏らした言葉の一つがそれで、出来れば明確な答えをと思うのだがどうしてかと曖昧な答えも持たない事に気付く。
理屈なんてねぇんだよなとぽつりと呟き、湯浴みの後であったが故か少し着崩した夜着の襟元を一度正して闇が支配した庭に視線を投げ遣った。
遠くて鳥の鳴く声が聞こえる。
ぽつりぽつりと降り始めた雨が土に当たる音も聞こえ始め、「これは嵐になるな」とぼんやりと落とした言葉に船の状況を見てこなければと考えが巡る。
其処にふと。

「如何して、お構いになりますか」

と玲瓏たる響きを含んだ声が落ちた。
海の色を写し取った隻眼が声のした方へ向く。宵闇が凝るばかりの庭先に小柄な人影が佇んでいた。

「ああ、隆景か」
「夜分に失礼を」
「いや…、思えば来るかも知れないって思っとくところだったな。港だろ? 良いぜ」
「忝ない」

淀みなく頭を下げた隆景に元親は苦笑する。隙の無い流れるような所作は毛利家の、当主の血を継いだ息子達に共通して言えることだった。

「明日発つのは無理かも知れねぇな」
「天候次第で御座いましょう」
「俺の読みじゃ、明日までに回復ってぇのはちと無理だな」
「でしょうね」
「お前さんもそう思うんなら」
「疾く帰る様仰せ付かっておりますので」
「元就か」
「…はい」
「難儀なこった」
「そうでもありません」

くすりと笑みを零す隆景は年齢よりも落ち着いて見える。
外見で言うなら嫡子である隆元が父である元就に最も良く似ている。けれど、何と言えば良いか。
絶対の冷たさを含む聡明な瞳はこの息子が継いだらしい。
水軍を率いる小早川の当主でもある隆景は、父である元就の命で四国に来たに過ぎない。
とんぼ返りと言って良い日程に最初は呆れ、丁重に持て成す故暫し滞在したらどうかとも勧めたが丁寧に断られてしまった。

「明日、晴れると良いな」
「天候ばかりは…、そう願うより他ありませんね」

見上げた夜空は闇に一色。
厚い雲の覆う空は月の光を一切通さず暗さだけが支配している。

「それよりも、さっきの」
「”如何して、お構いになるか?”ですか」
「ああ。あれは」
「失礼かとは思ったのですが、先程の…聞こえてしまいましたので」
「そういうことか」
「…私も、どうして長曾我部殿が…其処までご執心なさるのか分かりませぬ」
「元就に?」
「………はい」
「俺も、良く分かんねぇよ」

沈黙が落ちる。
雨音が強まったように聞こえたが、単に二人が黙ってしまったが故錯覚を起こしたに過ぎない。

「良く分からぬ、で掻き乱される方にもなって頂きたい」
「へぇ、そりゃ…」
「……良くも悪くも長曾我部殿、」
「…うん?」
「貴方は元就様のお心を乱す方らしい」
「光栄なことで」
「冗談でも世辞でも無いのですがね」

困ったように微笑んだ隆景がつと視線を逸らす。
一際強く吹いた風に眉を顰めて港に続く道を見据えた。
本格的に嵐になりそうな天候だ。海側から吹き付ける風には濃い潮の香りが含まれている。

「油を売る前に船の様子見ねぇとやばいな」
「…のようです」

共に水軍を指揮する大将。天候には機敏だ。
無造作に草履を引っかけて庭先に出た元親が幾分か下にある隆景を見遣る。
隣に立てば未だ少年さの抜けていない華奢な容貌が一層目を惹いた。

「寂しさってやつはよ…、実は一番の強敵でな」
「…はい?」

並んで港に続く道を下りながらぽつりと言葉を漏らす元親を不思議そうに隆景が首を傾げる。
真意を量るように上目で見詰められて元親が笑った。

「あいつは…自分を理解する人間は自分一人で良いって言いながら、何よりも一人を寂しいと感じてるように見える」
「……」
「放っとけねぇなぁ…っていうのに理由は無ぇ。ただそれだけのこった」

理解出来る人間を頑なに拒否するのに、それでも独りを怖がる不安定さが元就にはあるように感じる。
本人に言えば否定しか返るまい。
だからこそ聡明なその息子に漏らしたのかも知れない。決して絶対の、強い存在ではないと。

「長曾我部殿」
「何だ」
「……有難う御座います」

するりと頭を下げた隆景の声は明瞭だ。
面を上げる瞬間、試すように見据えられた瞳には父譲りの冷たさを含んだ怜悧な光が宿っている。
しかし敵意のない、真に相手を量る視線に元親はある意味父親よりも性質が悪いと内心溜息を吐いた。
この若さでこれでは先がどうなる事やら。

「でも…そうですね」
「あ?」
「独りを何よりも寂しいと思っているのは…、父上です」

君主としての元就様ではなく、父親としての呼び名で言葉を紡いだ隆景がふと何かを見つけたように視線を移ろわせた。

「独りは……気が狂ってしまいそうですからね」

まるで見てきた事のように言う。
そうぼやいてにやりと笑えば隆景は何ともない事のようにさらりと告げた。

 

「きっと父上は、そう答えると思います」




>>元親と毛利家三男
   毛利のお父さんは素直じゃないので、息子が胸中暴露くらいで
   それでちゃんと読み取ってくれる元親がもえかな…とか。

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頤を誘うように肩に乗せる。そっと息を吐けば、さらりと癖のない髪が揺れて受け止めるように頭を寄せられる。
その間にも駆け引きは始まっていると言っていい。
いつだって二人の間には駆け引きが存在する。
けれど。

「  」

嗚呼、
いつもその駆け引きに没頭しようとする思考をリセットする方法を相手は良く心得ている。

「…、狡いですよ。月君」
「それはお互い様だろ」

恨めしげに言えばさらりとそう返ってくる。二人の関係にはどんなときでも駆け引きが存在する。
一度リセットさせる方法は、簡単で。




>>こんな感じの二人で良いんじゃね? っていうのが結論。

雪が降ったあの日。
花が散ったあの日。
幾度となく景色を見ては流れるものとして受け入れた。
本来必要であるはずの名前を知ることなく、彼を葬った日。
その日の記憶だけはきっと生涯忘れることはないのだろう。
黒いノートに記された名前を見た瞬間の気持ちを名付けることはきっと出来ない。
何かとっても混ざりすぎて拾うことさえ不鮮明なものであった。
色で喩えるなら混ざりすぎて黒になった正確には黒ではない色。


「…え、る」

呼ぶ。
その名は、彼が最初に名乗った時の名。偽名だと思っていた本来の名。

「………L」

なんだよそれは、と言えずくすりと形の良い唇に笑みを乗せた青年は空を仰いだ。
雲一つ無い快晴。
其処に一つの思い出を見る。
騙し合いの合間に行った他愛のない会話の一つ。
鮮明に思い出されたのは空を仰いで少しだけ拗ねた様子の男の姿だった。


「……満足か、L」
「そうですね。出来るなら、こういう形でなければ、」
すぐさま返った声は記憶のまま。
ならば視線を移し見詰める顔もきっと、記憶の―…。
「月君、貴方の負けです」
「ああ」
「終わってしまいました」
「ああ」
「正直、残念です」
「…なんだよ、それ。お前、キラを捕まえたかったんじゃないのか?」
「はい。捕まえたかったし止めたかった。…でも、こういう形は望んでません」
「………なんだよ、それ」
「分かりませんよ、私にだってそんなこと」
隣にいつの間にか立つ酷い猫背の男が拗ねたように言葉を口にする。
久しぶりの感覚は心地良い。
「…竜崎」
「名を」
「……え?」
「私の名前を、知ったでしょう? ならば名を」
「…L」
「はい」
「……人は死んだら無なのだ、と」
「はい」
「僕は、」
「はい。死にました」
「それじゃ」
「何もない場所です。そう言う場所です」
「お前は、」
「貴方が貴方の罪を忘れないよう、その為に此処に来ました」
「なんだよ、それ」
「…ちゃんとお別れをしないと、と思ってきたんですよ。月君」
「……」
身長は略同じなはずだが、酷い猫背のせいで隣の男の方が視線は低い。
見上げられる視線を受ける形で言葉を待つ感覚も久しぶりだった。
「何もない場所で、お前が別れを言う意味は?」
「けじめですね」
「…何の」
「生というものに対してですよ」
「…はは。お前、その為に六年も?」
「六年ですか。……嗚呼、そんなになりますか。長いようで短かったですね」
「…そうだな」
「貴方も、大概早逝過ぎます。あんなノート拾わなければ長生き出来たかも知れないのに」
「愚問だな。そうしたら僕とお前は」
「ですね。出会っていないでしょう」
全てを吸い込むような漆黒の瞳で見詰めてくる男が少しだけ笑った。
「でも、思うんですよ。そうしたら月君は幸せな人生を歩めたかも知れないのにって」
「お前もあんなところで死なずに済んだって?」
「捻くれてますよ、月君」
「そんなの、」
「はい。分かってます」
寂しそうにぽつりという男が何もない蒼穹を仰いだ。
そういえば、この空は空虚に似ている。
「月君は、私にとって初めての友達ですから」
「………お前」
「本心だったんですよ」
いやですね、と付け足した男がふと視線を泳がせた。
「だから、ちゃんとお別れをしたいと思っていたんです」
「…ああ」

なんとなく理解した。

「さようなら、夜神月」

告げた声は明瞭で、さっぱりと耳に残るのに不快感を与えない。
成る程。
けじめをつけるというのは、彼だけではなく自分もらしい。
生を終え、何もない死の世界に在るだけになると言う通過儀礼のような。

「ああ…。さようなら、エル、ローライト」

ノートで知った名を、初めて音に乗せるようにして告げる。
呼ばれた名をまるで全て記憶に刻むように、まるで誓いの言葉を聞き漏らさぬように世界の切り札と呼ばれた男は享受した。

「………………、はい」
「これで、さよならだ」

 


生や世界、諸々に対しての執着も気持ちも全て。





>>何気に一番生への執着が強かったのは月な気がして。
   実は割と簡単に享受してしまうのはLな気がしている という話(?)

   さよなら を本名で言い合う二人が書きたかっただけとも言う。

ガチャリ。
手を掛ける前に扉はいつも開く。
寝癖なのか何なのか、癖のついた髪を気にも留めずそのままにして、目の下に濃い隈をこさえた肉付きの悪い男は、こういう時にだけ笑うのだ。
「嗚呼、好くいらっしゃいましたね、月君」
不思議と思う。
僕は、彼に名を呼ばれるのが好きらしい。
殺風景な部屋にお菓子だけが積み上がっている様はいつ見ても非現実的だ。
特徴的な両膝を抱え込む座り方で座った部屋の主は勿体振って「さて」と云う。
続く言葉は決まっている。

―「今日の御用件は何でしょう?」

既視感。
違う、既に何度も行った会話であるのだ。
これは僕と彼との定型会話でしかない。是が初めてではない。
「竜崎、」
少しだけ掠れがちの声を絞り出して名を呼べば首を傾げるその男の本名を知らない。
最初はLと名乗った。その名が本名か知らない。
妙にこの国では馴染みのない呼び名であるので「ならば、竜崎で如何でしょう?」と男は云ってきた。
つまりは男にとって名など些末事に過ぎないらしい。
「好く言うよ、本当は判ってるんじゃないのか?」
「何をでしょう?」
「僕が此処に来る理由なんて、頭の良いお前のことだ」
「…、月君は何か勘違いを為さっておいでですね? 私は知らないから訊ねたんです」
親指と人差し指だけでものを持つ独特の仕草。
それでテーブルの上にある砂糖菓子を一つ摘み上げて口に放り込んだ男は、それでも視線を外してはくれない。
答えを待っている。
何と答えるのか、それをじっと見詰めて逃さないようにしている。
「友達に会いに来るのに理由が必要か、竜崎」
「……嗚呼、そうですね。其れもそうです。愚問でしたね。私と、月君は」
「竜崎」
「はい?」
「僕からも一つ良いか」
「質問、ですか」
「如何していつも、僕が来る前に扉を開けてくれるんだ?」
「判るからですよ」
「判る?」
「はい。月君が来てくれるの、判っていますから」
開けるのは容易だと男は笑った。
痩せた男の、その中でやけに大きな印象を受ける黒目がちの瞳は隈に縁取られていて、血色も良くない彼だ…外見で言えば決して良い印象は与えない。
ただよく見れば整った顔立ちの、聡明な印象の彼は笑えば年齢よりも幼く穏やかな印象を与えた。
「僕が来るのが?」
「はい。喩えば、」

―貴方が、此処に来るまでに建物に入ってから何回溜息をするかとか。
―貴方が、この部屋の呼び鈴を押すのに一度躊躇ってから押そうとするのとか。
―貴方が、今日階段を一段踏み外しそうになってバランスを崩したとか。

「趣味が悪い。隠しカメラか?」
「いいえ。違いますよ。判るんです」
「そうとは思えないな。まるで見てるようじゃないか」
「信用して貰えませんか。仕方ない。では、これはどうです?」
骨張った形の良い指がくるりと輪を描く。
「今日、月君は私に会いに来るのに電車で乗り換え三回です」
「残念。僕はいつも―…」

―そうだ。
今日僕は家からではなく、所用を済ませてから此処に来た。家からならば乗り換え二回。
けれど、今日は乗り換え三回。

「如何しました?」
「…竜崎、お前…」
「盗聴器も発信機も、GPSも使ってませんよ。………判るんですよ、月君」
もう一度男は笑った。
竜崎という変わった仕草の、変わった風体の男。
僕は彼の本名も彼の正体も何も知らない。
「………また、来るよ。竜崎」
「はい。お待ちしています」

 

 

呼び鈴に指先が触れる前に扉は開く。
中からひょっこりと顔を出した男が薄く笑った。
「こんにちは、竜崎」
「はい。こんにちは、月君」
今日も積み上がるお菓子に埋もれるようにして座った男が笑う。
友人と呼べるのか、奇妙な関係の僕たちはいつもこの部屋でしか会わない。
この部屋に竜崎という男が本当に生活しているのかも判らない。生活臭がない。
積み上がったお菓子はきっと彼の嗜好故、たぶん何処に行っても積み上がるものだろう。
「僕は時々、」
「うん?」
「これは、お前は…、この部屋は、全部夢なんじゃないかって思う時がある」
「そうですか」
「酷く現実味を帯びないから、僕が初めて友達だと思えたお前は幻なんじゃないかと思う」
「月君」
「非道く馬鹿らしいと笑ってくれたらいい」
「いえ…、笑いません」
向かい合って座る椅子の上で膝を抱え直した竜崎が視線を落とす。
「月君、誰が…何が、現実と夢との境界線を引くのでしょう。若しも誰も彼も夢現の区別が付かず過ごしているのなら、なら…今これが夢だと、現実だと、断定なんて出来ますか?」
「竜崎」
「私も、だから判りません。これが、夢なのか…現実なのか」
伏せた瞳と一緒に吐き出された声はいつもよりも小さく頼りなげに聞こえる。
「若し、月君の存在が夢だと言われてしまえば否定する事が私には出来ない。月君が同じように思うのなら、それを馬鹿らしいと笑うことは私には無理です」
伏せた視線を上げた彼が、呆然と見詰めていた僕に笑いかける。
嗚呼、ほらそうやって笑うと印象が…変わる。
「月君。是が、この邂逅が夢だとして…私たちは互いを友人と認め、そうして現実に戻った時、その時、どうなるのでしょうか。縋るのでしょうか、それとも」
「……馬鹿らしい」
「そうですか」
「夢なら、夢と思わなければ良い。認めなければ良い。それだけじゃないか」
夢を夢と認識することで夢になるのなら、現実だと誤認しておけばいい。
小さく笑いを零した竜崎が「そうですね」と呟く。
「でもね、月君。現実は―…」

 

 

呼び鈴に手を掛ける。
一度、二度、三度。鳴らす。いつもは勝手に開いた扉が開かない。
「………竜崎?」
仕方なしに預かっていた合い鍵を使って部屋を覗いた。何もない。其処にいた筈の竜崎も、在った筈のものも何もない。
「………何で」
生活臭のない部屋。
家具もカーテンさえも何もない部屋の合い鍵。
手の中に握り込んだ其れがやけに重く感じられて、呆然と部屋を見渡した。
あんなにいつも高く積まれていたお菓子も何もない。竜崎という人間が居たはずの形跡が何一つ、無い。
「…竜崎」
穏やかに笑ったのは。
違う、確信を持つようにあれは眠ったのだ。暗く冷たい土の中に。
名を。本当の名を。知ったはずだ、自分は。
「………嗚呼」
―やっぱり馬鹿みたいだ。
夢と現実の区別など誰が境界線を引かなくても或る時点、或る一点に因って引かれていくのだ。
「そうだ、お前はとっくに」
自らがそう仕向けたじゃないか。
だから後で名を知って、こんなに簡単なら自分の手で名を書いてやりたかったと思ったじゃないか。
良くも悪くも友人のような親近感と対抗意識を持てたのは、生まれてこの方竜崎一人だったのだから。


”でもね、月君。現実は、いつかはやってきて夢を醒ましてしまうんです”

穏やかに笑って言われた言葉は、自分が見た幻でしかない。
何処から夢想であったかと言われればもう僕には境界は曖昧すぎて、突然降ってきた現実との格差との認識の差違にただ呆然とするばかりで。
名を、

 

「此処には、いないじゃないか。………L」


知ったのが何よりの証拠。



>>椎○林檎の同タイトル曲からリスペクト。
   なんというか現実と夢の区別が付かなくなって、突然落とされたとかいいんじゃないのかなと思って。
   初めて書いた月とLがまさかこういう形とは自分でも驚いた。

   でも倒錯的なのは、結構好きだなと思うわけです。この二人ならばあり。

画面に映し出される街の様子は少し浮かれている。何十台分のモニターを同時に見つめながら頭を整理するため傍らにあったグラスを指先で弾いた。甲高い澄んだ音を立ててグラスが震える。モニターが発する光で照らし出された細い指は白い。
面白くなさそうに指先がまたグラスを弾いた。白い指先と同様に自身の体格よりも大きいであろうシャツも白く、光が当たる箇所はぼんやり仄かに光っているような錯覚を覚えた。

「………ああ、そうか」

ぽつり。
白の中で少しだけ色づいた薄い唇が言葉を紡ぐ。抑揚のない淡々とした、それでいて性別も曖昧に断定出来ぬ声。
感情の欠片も殆ど含まぬ声が嘆息する。

『………L?』

画面越しに窺う声に「なんでもありません」と返した、その手で外部との通信を拒絶する。一方的に送られる映像に埋もれるような感覚に一度瞬いた瞳は深い色で、光を移しても色は薄くはならない。
手持ち無沙汰だった片方の手で白い未だ何にも染まっていないようなくるりとした癖のある柔らかな髪先を丸める。
そうやって癖毛は更に巻いて指を離れ、落ち着いた。

「………嫌になる」

モニターに埋もれるようにして呟いた言葉はノイズに混じって消える。
誰に話しかけているわけでもないのに、話すような口調なのも不本意で少しだけ尖らせた唇を見咎める者もいない。
流れる映像は変わらず街の様子を映す。
ぱきり、と乾いた音を立てたのは歯で些か行儀悪く折った板チョコのものだ。
破片が床に落ちる様を面白く無さそうに視線で追った後、口の中に広がるカカオの味に眉を顰めた。
昔はこの味を、年に一度。そう、丁度今頃食べる位で良かった。元々食べ物の嗜好にさほど拘りは無い。

「……本当、感傷なんてらしくない」

甘いものが好きだったのは、目標だった人間。
チョコレートが好きだったのは、一緒に競った人間。
同じものを命を掛けて追いかけた、残ったのは一人。
Lの名を継いだ時、無意識のうちに甘いチョコレートを選んで口にした。
忘れない為か、何の為かは自分でも分からなかった。それが当たり前になったとき、ふとした時に思い出す面影も存在も、そういう感傷に浸る自分さえ”らしくない”と思えて、普段はしもしない自嘲を零す。
天才と呼ばれる頭脳を持っていても、人間として欠落した何かの端で残った一つの人間性。
だからきっと。

「私は、本当は甘いものなんて…そんなに好きじゃなかったんですよ」

もう一欠片と折ったチョコレートを口に含んで、世界の切り札としての名を継いだニアは口元を指先で拭った。
生き残った自分の中、忘れられぬ影がある。
口に含むカカオ特有の苦さはきっと喪失の痛みにも似て、忘れそうになる全てを引き止めるようであるから、だから好んで口にするのだと結論付けた。



>>デスノ小ネタ。
   キラとの対決後、ニアがチョコレートを口にする理由。

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くまがい
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女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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