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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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その人は専用のシャトルから下りてくると一目散に駆け出した。金の髪に碧の瞳の端整な顔立ちの、どこか少年の域を抜けない青年である。
「アリス…!」
「……オズ」
そして艶やかな黒髪を持つ少女アリスの名を呼ぶと、心底ほっとした表情を見せる。
無理もない。彼の国では要人に当たる少女は、先日無断で家を抜け出し一時の間行方不明となったのだ。
ぽん、とアリスの頭に手を置いてオズが言う。
「もう、心配したんだぞ」
「む……、オズにも心配を掛けたんだな。済まない」
ぺこりと頭を素直に下げたアリスに目を丸くしたオズが笑う。今日はどうにも素直だ。
そして少女の後ろに控えていた二人の長身の女性に目を留め、声を掛ける。
「ギルも、ヴィンスも……お疲れ様」


***


帰りたくない。
ぽつりと呟いたアリスの声に顔を上げた隆景が、無理もないかと苦笑する。
幼い頃から憧れていたこの人工惑星にやっと来れたと思ったら、あっという間に滞在を許された期間が過ぎてしまったのだ。明日にはシャトルに乗って国に帰らなければならない。
「また学校の長期休みにでも来たらいいじゃない」
「許されるかどうか分からないんだぞ、今回限りかも知れない」
その言葉は彼女が今まで何度希望を言っても叶えられなかったという事実を含んだ。
頬を膨らませてそっぽを向くアリスの横顔を見詰めて隆景が首を傾げる。
「大丈夫じゃないかなぁ…?」
「今まで駄目だったのにか?」
「うん。だって僕からちゃんと招待状送るし。行きたい、ちゃんと帰るって言えば許して貰えるんじゃない?」
「招待状?」
「そうそう、長期休みになる時は教えてよね。それに合わせて展示の招待状送るから」
「……何! 本当か!」
弾かれたように隆景に向き合って身を乗り出してきたアリスの表情は輝いている。
本当に良く表情の変わる子だ、と隆景は感情表現の豊かな彼女に目を細めた。
嘘は言わない。彼女宛に自分が招待状を差し出すことは可能だろう。特別学芸員から招待状が届くとなれば無碍には出来ないだろうし、何よりちゃんと招待された上で来るのなら彼女はある意味管理下の中にあるということを意味する。
また家出されるよりはマシと判断されるに違いない。
「うん。本当、本当」
「隆景…! お前は良いやつだな…!」
「あはは。ありがと」
彼女に出会ってから六日目、既に彼女が喜ぶ時に抱きついてくる癖にも慣れてしまった。
一週間博物館惑星に滞在を許された彼女の案内役をほぼ任されたのも起因しているらしい。
「隆景、明日は仕事か?」
ぎゅ、と背中に回っていた腕に力が籠もる。
続く言葉は容易く想像出来て、隆景は回された腕に自分の手を重ねた。
「ううん。明日はお見送り行くよ」
幸いなことに特段仕事も忙しくない。
隆景がアリスの案内役兼世話役を引き受けた代わりに、仕事が余り回らないよう調整されているようだった。
明日も特に急ぐ仕事はなかった。
「……いや、……隆景。あのな」
少しだけ歯切れの悪い返事をアリスが返す。するりと腕が解けて、間近で見詰められた隆景は首を傾げた。
「悪いんだが、明日は―――」


***


カンカンと金属製のテロップを上がってアリスはターミナルを振り返った。
来た時と同じように晴天が広がっている。風が吹いて艶やかな髪が宙を舞った。
「……アリス、良かったの?」
そんな彼女の様子を見留めてオズが苦笑した。質問に小さく「何がだ」と返したアリスの表情は、しかしながら晴れることはない。心底名残惜しそうな様子に同じシャトルに乗り込むオズもギルバートも何も言えなかった。
「友達、出来たんだって? アリス」
「出来た」
暫く眺めていた景色を振り払うようにシャトルに乗り込んだアリスの背中にオズが声を掛ける。
ぶっきらぼうに短く返される言葉に、一週間ホテルの手配などで一緒に過ごしたギルバートが心配そうな視線を向けた。
大股で歩き、さっさと座席に腰掛けたアリスの向かい側にオズは腰掛ける。
「見送ってくれるっていってたんだろ?」
「……ああ」
「良かったの? 断って」
「お願いしたんだ」
膝の上で組んだ手に視線を落としてアリスは言う。
「……名残惜しくて帰れなくなるから」
「そっか」
アリスの言葉にふっと笑って小さな子供に親がするようにオズは頭を撫でた。
「良い子良い子」とわざわざ言葉付きで撫でた後、それを止めさせに掛かったアリスを見詰める。
「……なんだ?」
「ううん。アリスが楽しそうで良かったと思って。でも、もうこんな無茶はしないでくれよ? 大変だったんだから」
さらりと言われた言葉が、しかし大変な現実味を帯びていることくらいアリスにだって分かる。
誰にも告げず無断で家を抜け出し国を出てシャトルに乗ったのだ。家に帰ったらどれくらい叱られることだろう。もしかしたら暫くは謹慎かも知れない。
覚悟の上ではあったが考えれば気が滅入ることばかりでアリスはふるりと首を振った。
「もうしない」
「うん。約束だぞ、アリス」
神妙な顔つきで頷く彼女に、安心させるように笑いかけてオズはシャトルの窓から僅かに覗くターミナルに視線を移した。
簡単に”大変だった”と言ったが、本当に大事ではあったのだ。
貴族の中でもアリスの家は王家に連なる家である。随分と末席にはなるがアリスにだって王位継承権が下りてくる程には、繋がりがあるのだ。そんな彼女が何も告げず急にいなくなったらまずは誘拐が疑われる。
自国に反感を抱く他国の仕業か、それか内部の反政府勢力の仕業か。一時は本当に緊迫した事態に陥りそうだったのだ。
外交官として勤めているオズにとっても気の抜けない状況だった。
それがターミナルの監視カメラに残っていた映像と顧客情報で、この人工惑星に向かったらしいと推測出来た時には本当に胸を撫で下ろした。
今は小競り合いもなく平穏に過ごしてはいるが、サランダという国は数年前まで小競り合いが多発する地域に属していて、サランダも例に漏れず国境を争って小競り合いが絶えない国であった。
大分改善はされたが、国境付近の街に行けば治安はまだ決して良いとは言えない。国交間の問題にも大分慎重である。
そんな中でのアリスの失踪事件は、彼女が思っているより国の中で大問題となった。
結果的に何事もなく彼女の家出で済んだ訳だが、アリスが戻れば一端だけとは言え、こってり絞られるのは明白である。
それが分かっているからこそ、オズは強く非難することはしなかった。
「……ん?」
ふ、と。
ターミナルのガラス張りの待合室に隣接する通路で此方に向かって手を振る人影に目を留める。
距離にしたら大分あるのだが、今此処についてるシャトルはオズ達の乗り込んだ一機のみなので、間違いなく乗り込んだ誰かの知り合いだろう。
「どうかしたのか? オズ」
「いや、あそこにさ…」
じっと外を見詰めるオズに気付いてギルバートが声を掛ける。
それにつられてアリスもシャトルの外に視線を向けた。
遮られた分厚い保護ガラスの向こう側で手を振っている小柄な少女がいた。
白いパーカーに涼しげな色の半ズボンという出で立ちの少年じみた格好をした、
「隆景?」
見送りはしないでくれ、と頼んだはずの隆景がいた。その隣には控えめに手を振るヴィンセントも見える。
「お友達?」
「うん。来るなって言っておいたのに」
ぺたっと窓に張り付くように目を凝らすアリスには一生懸命手を振る隆景の姿がしっかり見えている。
何を言ってるかは全く聞き取れなかったが、シャトル内に繋がった外部用通信回線が開いて画面が映し出された。

”また、遊びにおいでね。アリス”

滑らかに文字が浮かび上がるのを横目で見て手を振る。その横でオズが驚いた表情を浮かべたが、アリスは気付かない。
ただ家に戻って一段落したら新しく出来た友達にメールしようと心に決めた。


***


「行っちゃったね」
「ていうか隆景、来るなって言われてたんじゃないの?」
シャトルがポートから出発するまで手を振り続けた隆景がゆったりと手を下ろす。
隣で呆れたように声を掛けたヴィンセントに隆景が言う。
「寂しいから来るな、なんて。また会えるのに、そうやって見送るのを諦めるのもさ」
「……そう。でも良く間に合ったねぇ。さっきまでアポロンにいたじゃない」
「ザクスさんを捕まえたんで、車かっ飛ばして貰った」
「帽子屋さんに? すっごい無謀」
アポロンに相談に来ていたザークシーズを捕まえてシャトルターミナルまで飛ばして、とお願いしたら何も理由は聞かず二つ返事で乗せてくれたのだ。確かに飛ばしてといったが、あまりの飛ばしっぷりに流石の隆景も内心肝を冷やしたことは確かで。
「うん。ちょっとドキドキした」
「でしょー。だからレイムさんいる時はエノーは運転させて貰えないんだよ」
何か秘密を教え込むように人差し指を立てて笑うヴィンセントが「姉さんに今度会えるのはいつかなぁ」なんてぼやく。
隆景にも姉はいるが、どうにも仲が良いことだ。
「よし、そろそろ戻るかなぁ」
「ねぇ、隆景? 本当にまたアリスは来れると思ってるの?」
くるりと踵を返した隆景の背中に、少しだけ落とした調子のヴィンセントの声が掛かる。
肩越しに振り返れば、いつもと違った温度の低い探るような視線を向けるヴィンセントがいる。
その視線を真っ向から受け止めて隆景は笑った。
「当たり前でしょ。だから”またね”って言ったんだから」
アリスが彼の国で決して軽んじられる立場にないのは既に知っているが、隆景は自信があった。
確かに問題を起こしたのだから暫くは大人しくしていなければならないだろうが、彼女はまた此処に遊びに来るだろう。
今度は招待状を持って太陽みたいな笑顔で、きっと「来たぞ!」と言うのだ。
それが容易く想像出来て隆景は、頭の隅で小さく疑問を示した自分のデーターベースに囁くように教える。
(――これが人間の、当てにならない確信だよ)
隆景を探るような目で見ていたヴィンセントもふっと表情を緩めて。
「ほんと……、隆景には参っちゃうねぇ」
と笑って呟いた。


>>ばいばい、またね、アリス…!
   お転婆お嬢さんの続き。

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「何だか大変だったのよ? 色々聞いたのよ」
オムライスを突っつきながらリムルが首を傾げる。何が大変だったっけと隆景は思い返したが、昨日の騒ぎのことらしい。内密だったはずが水面下で噂話は広がってるようだった。
「別に?」
「嘘吐いちゃ駄目なのよ。リムにはお見通しなのよ」
「どこから聞いたの、話」
「全くだ。閉口令が出てたはずだが」
「噂になってるんです。あのレイムさんが全力疾走って」
呆れたアンヘルと隆景を余所にしらっと言ってのけたのはニアだ。
くるくると癖のある髪に指を巻き付けては離す。その部分だけ癖が強まってくるりと巻いた。
「レイムさん頑張ったんだよ。ずっとずっと走ってたんだから」
「そういえばそんなこと言ってたね」
にこにこと上機嫌でパスタを食べていたヴィンセントもまた昨日の功労者だった。
「でもあのお転婆なお姫様には困ったものだよ。お姫様ってみんなちょっと突拍子もないものかなぁ」
「……アリス? どっかの貴族のお嬢さんなんだよね」
「うん。サランダのね、お姫様だよ」
「お姫様なのよ?」
「そうだよー。元々サランダの王家に繋がるおうちのお嬢さんなの。だから下手すればお姫様でしょ」
にこりと笑ったヴィンセントが言った言葉に成る程と頷いたのはニアだけだった。
「確か双子の妹さんの方でしたね」
「あれ? ニアは知ってるの?」
「話だけは聞いてます」
「そっかぁ。だってニアも下手すればお姫様だものね」
その言葉にニアは曖昧に笑ってみせる。
確かにニアの母親は、ある国の王家から違う国の男の元へ半ば駆け落ち状態で結婚したのだから、強ち間違いではない。
余り知られてはいないが、ニアは王家から援助を受けていない代わりに王位継承者候補として地位が与えられていた。
「エノーもね、苦笑してたよ。とんでもない子ですネ、って」
「そうか」
「でもエノーも結構とんでもないよね」
並の男じゃ敵わないし、とさらりと言ってのけたヴィンセントが食べ終わった皿を少しだけ押して、伸びをした。
「うーん。王族って結構とんでもないものかもね」
色々思い返して、しみじみと言った隆景の言葉にその場にいた全員が「確かに」と頷いた。



>>ランチ仲間のうわさ話
   間違いなく噂の中心は全力疾走のレイムさんだと思う

どうして行ってはいけないの? と兄に問えばいつも同じ短い言葉だけが返った。「駄目だ」と。
それはそれで良いとして理由を言えと詰め寄ったこともあったが、無言の耐久戦に持ち込まれて結局根を上げるのは彼女の方だった。
けれど、今は話が別だ。
ブーツの踵を高くならしてテロップから下りた彼女は艶やかな黒い髪をさらりと掻き上げた。
窮屈だったシャトルから下りれば天候調整された綺麗な晴天が広がっている。
(……やっと、来れた)
本当に小さく纏めた手荷物を受け取ると彼女は意気揚々と博物館に向かうモノレールに飛び乗った。


***


その日、忙しかったのは何てこともなく常のことだったのだが急に入った要請にレイムは珍しく目を瞬かせた。
要請文書をもう一度呼び出し、文面を攫って矢張り本当なのかと疑う。
その様子に近くにいた慶次が首を傾げた。
「あれ、レイムさん。どうかした?」
「……ああ、いや。ちょっと」
人好きする笑みを浮かべる同僚に苦笑で答えると、妙に勘の鋭い慶次が心配そうに近くの椅子に腰掛ける。
「何? 何か面倒事?」
「……面倒事じゃない仕事なんてこの部署にあったか?」
「いやぁ、無いけどさぁ。レイムさんなんか困ってない?」
「ちょっと急な用件が入って、席を外すことになりそうなんだ」
「なら仕事今回は持ってやろうか?」
とんとん、と後ろから伸びてきた手がデスクの上の案件を差す。
振り仰げば、戻ってきたばかりだろう元親と目が合った。
「良いのか?」
「これ、今日中のヤツだったろ? ついこの間助けて貰ったし、お互い様ってな」
「すまない。ありがとう」
「おう、良いって事よ。ほら、急ぐんだろ? 早く行きな」
机の上から数枚の図案を奪い取った元親がレイムの背中を叩いて促す。もう一度「有り難う」と行ったレイムは椅子から立ち上がると部屋から駆け出していった。
それを見送って慶次は、席に腰を落ち着けた元親に笑いかける。
「やっさしー、のね。元親」
「何言ってんだ。お前だって、手伝ってやる気で声掛けたんだろうがよ?」
「……ばれてたか」
「てめぇの方が余程のお人好しだぜ」
にっと意地悪げに笑った元親が慶次へ一つの依頼案件の詳細を回す。
「それじゃ、さっさと片付けといてやるか」
「そうだな」
まぁいつもさらっと凄い量の仕事をこなしている彼を手伝うなんて余り無い機会だし、と慶次はへらりと笑った


***


見るもの全てが綺麗だと、思う。
完璧に地上と同じように統制された天候も、自転も、重力も、そして何よりまだ居住区にいるのだが、垣間見える美術品や工芸品が素晴らしい。
わざと美術館の前の駅で降りて街を歩くことを選択したのは正解だったようだ。
非常に上機嫌で歩いていた少女は急に開いた視界に小さく声を上げる。公園に出たのだが、真ん中に鎮座する噴水がまた綺麗だった。
「うむ、やっぱり」
無理にでも来た甲斐があった。
兄が家を留守にする前は、自分の進路希望もあってかここに行かせて貰うことは許されなかったし、誰かに話して出てきたのでは兄の意見を尊重する家だ、止められていたことだろう。
黙って出て来れば後でこってりと絞られるのなど百も承知だったが、それでも有り余る経験だ。
きらきらと陽光を受けてきらめく水しぶきに惹かれて足を踏み出せば、噴水の横にしゃがみ込んでいた人影が目に入る。
何をしているのだろう、と少女が首を傾げると同時、その人影は立ち上がった。
無造作に髪の毛を掻き上げて、暑いと呟いたらしいその人は少女と同じ年周りの女である。
ボーイッシュな格好とウェストポーチ。そこに何かを突っ込んでくるりと踵を返した彼女と少女は視線が合った。
「……あ」
まじまじと見ていたのは失礼だったろうか。視線に気付いていたかも知れないと少女が困っていると、その人はにこっと笑う。
「こんにちは」
そしてあろう事か、初対面だというのに気安く挨拶を掛けてきた。
「あ、……こ、こんにちは?」
「観光に来た人? 今日は良い天気で良かったね」
そしてとんとんと軽い足取りで少女に近づき、天候の話をする。
「……何で観光に来たって」
「うん? そのバンド、観光目的の人たちが良くつけてるから」
すっと少女の腕につけられた白いバンドを指さして笑った相手が、首を傾げる。
「此処は初めて?」
「ああ。……ずっと来たかったけど、今回が初めてだ」
良く家ではもっと女性らしい話し方をしろと怒られたものだが、今少女を窘める存在はいない。
それに少女は機嫌を良くして、相手が笑うものだからつられて笑った。
「そうなんだ…! それじゃこれから美術館に行くの?」
「そのつもりだ」
可愛らしい様相の少女の口から紡がれる男っぽい口調を全く気にしない相手が、ぽんと手を叩く。
その音にびくっと肩を竦ませた少女を見て笑って、
「それじゃ、僕もご一緒して良い?」
そんな風に訊いてきた。
「え、あ……別に構わないが」
「良かった。あ、そうだ。僕、隆景っていうの。宜しくね」
「アリスだ。よろしく」
すっと差し出された手を握って少女は笑った。


***


通信を管理課に回しながら、レイムは急ぎ足でターミナルから居住区への道を辿っていた。息も上がり始めているがそれも尤もなことで、要請が入った後部屋を出てからずっとこんな調子だった。
―――『レイム、居住区でそれらしい少女がカメラの映像に残っていた』
―――アンヘルさん、助かります。
―――『いや、丁度こっちに居たから構わん。映像を送る。確認しろ』
ファイルの送られるサインと同時、データベースに開く指示を出して映像が脳裏に映し出された。
長い艶やかな黒髪をなびかせて少女が住宅街を歩いているのが映っている。わざわざ彼女に絞って画像編集をしてくれたらしい通信相手に感謝した。
(……、この道、美術館に向かったのか)
見覚えのある道を脳で描いてレイムは駆け出す。疲れてはいたが何より対象の少女を見つけるのが先だ。
少女はレイムの祖国で指折りの名家の令嬢である。階級としては貴族な訳だが何だって大胆な行動に出たものだ。
誰にも告げず無断で家を抜け出して、シャトルに乗り込み博物館惑星に来るなど。
おかげで余り大事にしたくないらしい少女の家たっての頼みで、同じ国出身で秘密を守ることの出来そうな人間だけに徴収が掛かった。漏れなくそこに入ってしまった自分さえ恨めしい。
―――「レイムさん」
一般回線から通信が割り込む。
それが自国専用の回線だと瞬時に理解して、レイムは思わず足を止めた。
―――はい。……ああ、貴女もこの騒ぎを聞いたんですか。
通信越しに癖のある黒い髪に金色の瞳の女性が困ったような表情をして映る。
―――「いえ、直接聞いたのはオズですが。……手伝えることがあるなら言って下さい」
―――お気持ちだけ頂いておきます。見つけたら貴女のところにも連絡を入れましょう。
気持ちは有り難いが、この場にいなけば意味がない。
女性の気持ちだけ受け取る言葉を告げると通信越しの女性がにこりと笑う。
―――「居住区から美術館ですね。……すぐに応援に行きますから」
―――……え?
―――『レイムさーん。僕と姉さんが行くまでに捕まえちゃったら面白くないんだから、待っててねぇ』
一瞬何が起こったのか、と頭が理解を超えたがその後直ぐに聞き覚えのある声が聞こえて何となく納得した。
成る程、彼女は今此処にいて、この鬼ごっこに姉妹揃って参加してくれると言うことらしい。
(何にせよ、早く見つけなくてはな)
全くこの年になって全力でかくれんぼと追いかけっこをする羽目になるとは思わなかった、とレイムは息を吐いてまた走り出した。


***


「……え? それじゃ家出して来ちゃったの?」
目を丸くして驚く隆景にアリスは、ふんと鼻を鳴らした。美術館の展示は一日で見切れるものでない挙げ句、美術品の展示はここだけに留まらない。音楽堂も存在するし、植物園もある。
人工惑星一つが全部博物館なのだから無理はないが、これをじっくり見ていったら一体どれくらいの時間が必要なんだろうか。
優しく光が差し込むテラスで冷たい飲み物を飲みながら、頼んでいたチェリーパイを口一杯に頬張ったアリスが隆景にぞんざいに宣う。
「当たり前だろう? 家から出さんとか、アフロディーテには行かせんとか。あっちが頭ごなしに押さえつけるなら、こっちだってこれくらいして当然だ」
「……はぁ。なんか話を聞く限りだと、アリスって随分良いところのお嬢さんだよねぇ…? 平気なの?」
「うん? 良いところかは知らないが私には鬱陶しいだけだ」
アリスはきっぱりと言い捨てる。確かにこれまで何不自由なく暮らしてきたのも、その地位と家があったからなのだが、それが分からないほど愚かでもないのだが、アリスにとってはそれよりも自分を囲む檻に見えて仕方ないのだ。
「そっか。でも連絡くらい入れたら? 心配してるんじゃないの?」
「入れたら絶対に連れ戻される。嫌だ」
「……ああ、そう」
あっという間にパイを平らげたアリスがテーブルの上にあったケーキに手を伸ばした。
随分な量を注文すると隆景は危惧したのだが、どうやら杞憂らしい。このペースでいったら平らげてしまう。
「にしてもさ」
とりあえず家のことは、彼女の家が地位が高くここに来たことが知れたなら何かしら情報が入るだろうと割り切って隆景は話題を変えた。
「アリス、随分とここに来たかったみたいだけど……。どうして?」
「……れ、……んだ」
ずっと来たかったんだと言って美術館に足を踏み入れた瞬間、彼女は本当に子供のように目を輝かせた。
展示されてる芸術品をまじまじと見たり、不思議そうに首を傾げたり、ころころ変わる表情が隆景には眩しくて思わず自分の繋がるデータベースに教え込んでしまった。
あれが喜ぶってことだよ、と。
「……ん?」
口一杯に食べ物を入れたまま話したせいで半分以上聞き取れなかった言葉に首を傾げると、アリスが冷たい紅茶を口に入れ食べ物ごと飲み込む。
荒業過ぎると思ったが何も言わないことにした。
「昔から、此処に憧れてたんだ」
「それじゃ学芸員になりたいの?」
彼女はどうにも一部の芸術関連にはかなり深い造詣を持っている。
話は掻い摘んでしか聞いていないが、もしかしたら希望はそうなのではないだろうか。
「うーん。どうだろうな。私には学芸員は向かない気もするし」
「でも住みたいくらいなんだよね」
「ああ…! 出来ることなら住みたい」
ぱぁっと花が咲いたように満面の笑顔で笑うアリスに、隆景も笑んだ。
喜怒哀楽がころころと変わる彼女の表情は凄く魅力的だ。可愛らしい容姿と男勝りな性格、口調もギャップはあるかもしれないが逆に魅力のようにさえ感じる。
ただ確かに彼女の性格では、女性らしく淑やかに振る舞えと言われれば窮屈で苦しいだけかも知れなかった。
「アリスっていくつ?」
「17だ」
「そっかぁ…。僕のいっこ下くらいだね」
「今は大学までエスカレートの学校に通ってるんだ」
「そっかぁ。学生さんなんだ」
「隆景はどうなんだ?」
「……僕?」
「そう、お前は学生なのか?」
「ううん。僕はここで働いてるの」
隆景がにこりと笑うとアリスが首を傾げる。
「学芸員?」
「一応はね」
「なんか見えないな」
「あはは……、よく言われるよ」
確かに飛び級をしたせいで最年少の学芸員である隆景は、見た目も小柄なせいか学芸員に見て貰えたことは少ない。
尤も格好もいつもラフなものばかりを来ているのだから、研究の方に研修で入った学生に見られたら良い方だろう。
「でも格好良いな」
さらりと言われた言葉に隆景が顔を上げる。
まじまじと見詰められたのを不思議に思ったかアリスが首を傾げた。
「何だ?」
「いや、ありがと。お世辞でも嬉しいよ」
「……ん? 何で私がお世辞なんか言わなきゃならないんだ。正直に思ったことをいったまでだぞ」
嘘なんて嫌いだ、と言いたげに指を突きつけてきたアリスに隆景が声を上げて笑う。
お日様みたいな子だ、と思った。
テーブルの上にたくさん注文されていた菓子類を全て一人で平らげたアリスが満足そうに立ち上がる。
休憩を入れただけであって閉館時間まで時間がある。
「今度はどこ見て回る?」
会計を済ませて尋ねれば、アリスが「うーん」と唸った。
「中央を見たから、別館が良さそうな……」


―――『隆景、その娘を掴んでいてくれ』

案内掲示板を見て悩むアリスを見守っていた隆景に急に通信が入り込む。
突然の強制通信に頭を押さえたのも束の間、視界の端から走ってくる人影が見えた。
(……レイム、さん?)
足音に振り返ったアリスが素早く踵を返して走り出そうとする、その腕に咄嗟に隆景は手を伸ばしたが、届かず宙を掴んだ。
「案外早かったな」
「ちょ、っとアリス?」
「隆景、ありがとう。楽しかった……! また今度」
ひらりと手を振って走り去ってゆく彼女に呆然としていると、珍しく全力疾走で脇を通り抜けるレイムが声を上げた。
「待ちなさい!」
「待てと言われて誰が待つものか!」
女性にしたら大分足が速い彼女は、肩越しにちらりと振り返ってそう返す。
一体何事なのだろうと頑張って走るレイムの姿なんて珍しすぎるものを見てしまった隆景も、仕方なく駆け出すことにする。
アリスの家がたぶん連絡を入れたのだろう。そして捜索依頼がアポロンやクロノスに来るのは分かるのだが、係長のレイムが直接赴くとは思っていなかった。
(あれ……、もしかしてアリスってサランダの人なのかな)
真っ直ぐ先を走っている少女の後ろ姿を見て、結構なお家柄であって未だ階級が残り、そしてレイムが直接保護に走るのだとしたら、レイムの自国の貴族が家の問題を余り知られたくなくて要請したとしか思えない。
「ああ、くそ。思ったより早いな」
こっちはずっと走り通しなんだぞ、と隣を走るレイムからぼやきが聞こえて隆景はくすりと笑った。
どうにも本当に困ったお転婆姫らしい。
回廊の行き止まりは開けた吹き抜けで壁伝いに階段があるのみだ。追いかけてそこまで来た隆景とレイムに振り返ったアリスが言う。
「別に帰らないって言ってるわけじゃないんだ。好きしても良いだろう!」
「だったら連絡を入れてから来ていただきたいものです。アリス様」
「行くと言ったら駄目としか言わないじゃないか……!」
先ほど隆景が質問した答えと同じ内容の言葉を吐いて、アリスが階段へ足を掛けた。
そのまま駆け上ってしまえば居住区の通りに出る。上手く路地に入ってしまえば見失ってしまうだろう。
それは流石に拙いか、と頭の中で隆景が考えた矢先、階段を勢い良く走るアリスを遮る形で上からひらりと黒い影が下りる。
黒を基調にした細身のシルエット。綺麗に着地して見せた女性にぶつからぬよう、アリスが蹈鞴を踏んだ。
「くっ」
「見つけたぞ、アリス」
すぐさまアリスが来た道を引き返そうとした。その瞬間、もう一つ人影が上から落ちてきて完全にアリスの行く手を阻んでしまう。
「ヴィンセント?」
「ああ。隆景、レイムさーん」
後から下りてきた相手の名前を呼べばゆるく手を振って答える。通りからアリスの姿を見つけて、二人は飛び降りたらしいが、どうにも軽い身のこなしだ。
話す隙を見計らって脇を通り抜けようとしたアリスの腕をヴィンセントが掴む。
「駄目だよ、アリス。もう追いかけっこはお終い」
「うう、離せ…! ヴィンセント。私はまだっ」
走るのは速かったが、女性にしては長身のヴィンセントに小柄なアリスが敵うはずがない。
上手く押さえ込まれてしまったアリスが尚も何か叫んでいたが、もう完全に逃げ出せないだろう。
「……ああ、二人に手伝って貰って助かった」
小さく。
心底安堵したようなレイムの声に隆景は隣にいた彼を見上げると、困ったように笑ったレイムと目が合った。


***


はなせ、とか。ばか、とか。
何度も聞いたが、それに一々丁寧に答えたのは一人で、後は流すだけ流し彼女の家に連絡を入れた。
アリスの横に座って延々と良い迷惑だと言いつつ、彼女の相手をしている黒髪の女性はヴィンセントの姉らしい。
その遣り取りを一通り聞いたあと隆景は口を開く。
「アリス」
「……ん? どうした?」
「お家に連絡入れたよ」
「……そうか」
捕まれば連絡が入るのなど分かっていたらしい。
途端悲しそうに表情を曇らせたアリスの肩を隆景が叩いた。
「何て顔してるの」
「……だって」
「折角一週間の滞在を許して貰えたんだよ?」
「……何?」
何を言っているのか、と信じられないように聞き返すアリスに隆景が笑ってみせた。
アリスの身柄を保護した後、彼女は此処に予てより見学に来たかっただけであって、今回の騒動はその気持ちが強くなり過ぎただけだと説明したレイムが、二度とこんな事を起こさぬよう観光させたらどうだろうかと掛け合ってくれたのだ。
「それは本当か?」
「本当だよ」
もう一度確認するアリスに返事を返すと、余程嬉しかったらしい。
大人しく座っていた椅子から隆景に腕を伸ばして抱きついてくる。突然のことで体格では問題ないが、受け止めきれずバランスを崩した隆景の背中を後ろで見ていたヴィンセントが支えた。
「ありがとな」
ぎゅっと抱きつかれて、純粋な感謝の気持ちを言われれば悪い気などする筈もない。
困ったなと視線を彷徨わせた先で、先ほどまでアリスの横に座っていた女性が少しだけ優しく笑んだのが見えた。
「本当、とんだお転婆さんだよねぇ」
そして後ろからは暢気な声。
何を言うのかと顔を上げたアリスと視線が合って、隆景とアリスは同時に笑い出した。



>>初めまして、アリス!(笑)
   どたばたさせられるけど結局許せちゃう子な気がする。
   本当はオズも出そうかとしていた…。削った^q^

忘れてしまえたらいいと思うのだ。
忘れてしまってはいけないとも、思うのだ。
鮮明に焼き付けて、もう二度と映せない視界で何を思えばいいのかも分からないまま、何時だって思考は融かされそうになる。夢は夢想を映さず過去の幻影だけを映し、決して休ませてもくれない。
「……、ああ」
ひゅっと異音も混じらせる呼吸音に無意識に喉を押さえた。からからに渇いた喉から出た音は掠れて、一瞬自分でも聞き分けがつかない。
夢見が酷く悪いなと内心溜息をついて、じっとりと汗で張り付いた前髪を掻き上げた。
全身嫌な汗をかいている。
「……全く情けない」
上半身を何とか起こして酷い夢から何とか抜け出す。全てが赤く染まったような夢は錆びた臭いさえ伝えるようで気分が悪かった。
ふるりと首を振って夜着の上に上着を羽織り、見遣った時計の真夜中を示す針にほっと息を吐く。
この時間なら少しくらい夜風に当たるために外に出ても人目につかないだろう。
出来るだけ物音を立てないように部屋から抜け出し、灯りの点かない広い回廊を歩いていく。
月明かりが窓から入り込み、敷かれた絨毯に淡い影を作り出した。色彩が褪せ、夜闇と照らされた青のコントラストだけが支配する空間で残滓のように視界に赤が入り込む。
振り払ってしまいたかったが、どうにも敵わない。
何度か頭を振ればくらりと視界が回った。

――悪夢はいつだって混沌としている。
  そして嘗ての喪失と絶望を呼び戻しては、甘く囁くように狂気を落とす。

もしかしたら既に自分は狂ってるかもしれないとさえ考えさせる感覚は、面白いくらいに他人事のようにも響くのだ。
主観なのに客観。曖昧なのに明確。正常かと思えば異常を来し、矢張り狂っているのかと結論が落ちる。
眠る時には殆ど夢は見ない。夢見があれば正気と狂気の境界線を歩くような夢ばかりだ。
幸せな夢はいつから見なくなったのかと考えて、ふ、と窓の外を見上げた。
宵闇に浮かぶ青白い月。日によって色を変える月は狂気の喩えにもされるのは冒せない仄か純粋な色だからだろうか。青に混じる、赤に染まる、白く、そして黄金に、変わる月は太陽のそれよりも移ろ気で。
刻一刻と変わるから、人の感情にも似ている故に、それは。
「馬鹿馬鹿しい」
らしくない感傷を吐き捨て庭に続く扉を開けた。ひんやりとした空気を孕む風が全身を攫う。
失った目を隠すように伸ばされた前髪も吹き付ける風に揺れ、為すがままにして一歩足を踏み出した。
ここもまた月の光の下で色彩が褪せ、黒と青、白のコントラストで染まっている。
何もかもを静寂で覆う色だなと頭の片隅で思う。冷たいと言えば少しだけ違うけれど。
吹き付ける風は存外寒く時間と共に体温が下がる。ふらふらといつまで経っても夢の名残から抜け出せずに庭園を歩けば、体に障ったか小さく咳き込んだ。軽い軽い、音。
けれど口内に広がった錆臭い味は紛れもなく血のそれだ。
何度か咳き込むことを繰り返して、やっと楽になった呼吸でゆっくりと息を吸う。ふと何か花の香りが混ざった。
「………?」
それは薔薇のように芳醇な香りではなく、少し違った――。
ふらりと足が香りを辿る。暗い闇の中で庭園の奥へと何も考えずに歩を進めて、色が褪せた中で金色を見つけた。
香りにつられたと言えば誰か笑うだろうか。
小振りの枝に小さな花を無数につけた木が夜風を受けて揺れる。
小さな黄金色の花も揺れ、先ほど鼻についた香りが強まった。
「―――、」
揺れる枝に伸ばした指先が触れそうになった矢先、一際強く風が吹き枝が指に強かにぶつかる。
痛みは一瞬。
ああ、触れてはいけないのかと手を引く。冷たい風だけが髪を攫っては、木擦れの音を立てていく。
ふと見下ろした自分の手に赤の残滓が映り込む。夢だと、現実に染まっているわけではないのだと、理性では理解するのに感情は割り切れないらしい。数多の命を奪ってきた手が汚れていない筈もなく、伸ばした手でその花に触れられるわけもないのだ。
汚してしまう、と幾らだって理解する。
「……知らない、こんなもの」
本当は漠然と理解している感情だけど。
言葉と共に咳き込む。反射的に押さえた口元に生暖かい液体が伝った。
今度は幻視ではなく触れられる、本物の赤。血の色。それは自分の口元から伝ったものだ。
どうやら大分知らぬうちに負担が掛かっていたらしい。諦めて踵を返した視界の端にもう一度だけ、金色の花は映り込んだ。
何となく、ふと、似ていると思ってしまった。
本当は自分なんかが、そんな風に想う権利などないのかもしれないと思いながらも、その人に似ていると想った瞬間手を伸ばしてしまった。
けれど、白い指で、血に染まった指で、触れてしまわなくて良かったと思う。
触れてしまえば汚してしまうのは目に見えて分かっていて、だからこそ風に乗る香りにふと足を止めるくらいで、それくらいで望んでいいものではない。
だからきっと、これで良い。



>>帽子屋さん。
   曖昧にそれでも本当はね、思っているのよっていう…(え)

   「つづきをよむ」でレイムさん出てみたらいいんじゃね?ver。
   『痛みは一瞬』の後から差し替えてみたら?(え

珍しい所から通信が入ったので、手にしていた研究を一端切り上げてイヴェールは回線を開いた。
途端爽やかと形容すれば良いのか、涼やかな声が脳内を走る。
―――「やぁ、久しぶりだね。イヴェール」
―――ああ、どうも。レオン。僕に用事なんて珍しい、何か?
―――「ああ、ちょっとね」
元々あまり性格が合わず仲が悪いというよりは、意気投合の出来ない相手だが今日はどうにも感じが違う。
怒っているのか? と首を傾げたその時、レオンが口を開いた。
―――「先日祭りがあったろう」
―――そうだね……。帰りたかったんだけど、今年は無理だったなぁ。
―――「エノア姉さんが帰るなら、何故言わないんだ」
―――……はい?
思わず、間の抜けた返事を返してしまった。
エノア姉さんと口に出した人は、自分達の親戚で今は同じ博物館に勤めている。
部署は違うが元々仕事の出来る人間なので、時折無茶をしてオーバーワークしては倒れ旦那に怒られてる姿も何度か見かけた。
そういえば数日姿を見かけてなかったなと思い返して、溜息をつく。
―――レオン。悪いけど知らないよ。エノア姉さんはアクティブ過ぎてどうにも……。それに祭りに行くなんて話聞いてない。
―――「本当か」
―――そんなことで、嘘ついてどうする。とにかく文句なら直接言えば良い。どうせまた顔を見せなかった云々だろう?
悪いけど僕は忙しいんだよ、と言い捨ててまだ何かを言いたそうだったレオンの通信回線を切った。
沈黙が満ちる。
大体、何故あの人の動向を把握していると思うのか。
分かるわけがない。
「全く、下らない事で時間を取らせないで欲しいな」
そして一端手を休めた作業に取り掛かろうとして、部屋のドアが開いたのを認識した。
ノックはされたのかもしれないが気付かなかった。
「――冬さーん? あれ、なんだ。居るじゃない」
ひょこっと顔を出した少女が苦笑する。
矢張りノックされたのに気付かなかったようだ。くるりと椅子を回して向き合うと両腕いっぱいに彼女が抱えた荷物が目に入る。
余り差し入れを持って来ることはないのだが。
「随分、大荷物だね。景ちゃん」
「うん」
頷いてテーブルに荷物を置いた隆景が抱えていた紙袋に手を突っ込んで、何か取り出してイヴェールに投げた。
慌てて手を出して無事に受け取った物は、変わった綺麗な色の缶。
「……あれ、これって」
見覚えのある缶をまじまじと見てイヴェールが首を傾げる。ソファに腰掛けてまた紙袋に手を突っ込んだ隆景が笑った。
「お土産だって。これ、冬さんと僕にって貰ったんだよ」
そして両手いっぱいに抱えてきたお土産を指して言う。
「エノア姉さんか」
「それ、冬さんも好きなんだって聞いたよ?」
「まぁ、そうなんだけど」
「祭りに行くならお土産宜しくって言ったんだけど、こんなにくれるなんて……。冬さんも時々金銭感覚が一般じゃないなぁって思うけど、ザクスさんもそうなんだねぇ」
「……ん? 景ちゃん、エノア姉さんが祭りに行くの知ってたの?」
「え? 冬さんは知らなかったの?」
一つ缶を開けて飴を口に入れた隆景が首を傾げる。
「今年は冬さんは仕事で行けないんだよ、って言ったらね、”可哀想だからたくさんお土産買ってきます”って言ってたんだよ」
「……そう」
缶を見下ろしてイヴェールは溜息をつく。
その”可哀想”がどこに掛かっているのか、正確に読み取ったが故で何とも格好悪すぎて情けなくなった。
本当は今年、目の前で笑う少女に祖国の祭りを見せてあげたかったのだ。
一緒に国に戻って祭りを楽しみたかった。きっと楽しかっただろうに。
(――抑も、ギリギリで仕事を振られて断れなかった僕が悪いんだけど)
「どうしたの? 冬さん眉間に皺寄ってる」
思わず顰めてしまった顔を見た隆景が心配そうに声をかけた。
それに少しだけイヴェールは笑う。
「ううん。何でもない。来年は僕達もお祭りに行こうね、景ちゃん」
是非見せてあげたいから。一緒に楽しみたいから。
その言葉に隆景がにこりと笑った。

「うん。楽しみにしてる」



>>まつりに関しての、もう一つの話。
   お土産はいつだってたくさんあげたいエノアお姉さん。
   いっぱいお土産を貰って驚きつつも上機嫌なのは景ちゃん(笑

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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