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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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実は低速で飛ぶというのは案外疲れるもので、最大の空気抵抗を受ける現状では仕方の無いことだと分かりつつ凡そ鳥とは思えない鈍さで飛ぶそれは白かった。真白の、触ればふかふかの羽を何とか動かして飛んでいる。
誰かが羽毛を蓄え丸々とした様子を毬藻のようだと言ったが正にそんな様相だ。
ふらふらと庭園の樹木の合間を飛んで、その鳥は一瞬羽ばたくのを止めてしまう。
急に落ちた高度にもう一度翼を動かして元の高さまで戻ったが、その姿は酷く滑稽だった。
庭園の端、清か絶えぬ水音が聞こえる水場は都の下に存在する地底湖から水を引いている。一定の冷たさを保ったままの水は自然澄み、この国が水の恵みをつけているのを端的に現していた。
そこに人影がある。
「ユーリ」
鳥は低速のまま近寄り、小さな音で言葉を発した。毬藻のような白い鳥は世界で奇跡の紛物と呼ばれる【漂う物】である。
人語を話すことは出来るが元々音に頼らずとも互いの意思疎通が出来るため、声は小さい。
「……ジャック?」
微かな声を拾って名を呼ばれた女性が振り向いた。癖が無い漆黒の髪を背中まで伸ばした彼女は水に触れていた手を払って、ふわふわと飛んできた鳥を受け止める。
その姿に一度苦笑すると腕の中に収まってしまった鳥を見下ろした。
「どうしたんだ?」
「いや……。何だか結構今日は長い時間、飛んだのだけど疲れてしまってね」
その遅さでは距離にすれば大したことはないのではないか、とは言わずユーリは頷く。
毛繕いをすれば綺麗な鳥であるし、何より飛んで速いのは知っている。毛繕いが嫌いだと知っているが、必要になったらするのだから今は必要に迫られてはいないのだ。
はぁと大きく羽を振るわせた鳥が器用に丸まった。
「悪いけれど部屋まで連れて行ってくれないかい?」
「……まぁ、構わないけど」
「助かるよ」
そして眠るように動かなくなってしまった鳥を抱えたユーリが肩を竦めた。
庭園に面した回廊から城内に入り、鳥のために宛がわれた部屋に向かう途中、ふと腕の中で小さく声が上がった。
「そういえば」
「うん?」
「ユーリはどことなく容姿がグレンに似ているね」
自身を飼う女王の名を口にしてふるふると震える鳥の言葉にユーリは首を傾げる。
艶のある漆黒の髪に白い肌、すっきりとした印象の容貌はこの国の典型的な美人を表す言葉だ。
グレンは正にそんな容姿であったし、ユーリもまた美人と賞されることがあるから、たぶんそういうことなのだろう。
「髪の色が似てるだけだろ?」
「そうかなぁ。……まぁ、性格は似てはいないだろうね」
「最初に容姿って言わなかったか?」
「言ったねぇ」
のんびりと返す鳥がぱたりと羽を動かす。
大人しくユーリの腕に収まっている鳥はしかし基本的に人に触れられるのを好まない。
無条件に触れるのは女王だけだし、自ら触れる対象は限られている。その限られた中にユーリは入っていた。
「ところで蛇神殿の調子はどうだろう?」
問うた言葉にユーリは苦笑する。
この国は、国の機能の殆どが王都に収まっている。小さな国だ。寧ろ主だった都市は王都しかないことを考えれば、この街一つで国家がほぼ成り立っていると言って良い。
その王都の下。地上にある都と同規模の地底湖が存在している。
地底湖から王都の至る所に水は引かれ、降雨量も程好く、雪解けの水が大地に染み込み湖を潤すこともあって水は不足することが無い。
昔から豊かな水を持つ都市だ。
世界に降る錆という名の毒は、世界を構成する全てを蝕み疫病を呼ぶが、この国の水だけは決して侵される事が無い。
地底湖に古くから住まう神に近い存在の水蛇が水を清めている為だった。
それでも空気や、降る雨、渡ってきた人、それらから渡る錆の脅威から逃げることは出来ない。
錆は世界にとって、存在する全てにとって、決して取り払えぬ災厄だ。それでも他国は言う。水蛇の王国は井戸水が侵されることが無い、それだけで幸福だと。
尤もユーリに言わせて見れば利害関係の一致でしかない。
水蛇は古くからの巣を守りたい。その盾に成り得る王国を容認する。代わりに王国は水蛇の巣から清められた水を引く。
彼の巣を守る代わりに安全な水を貰っている。単純な利害関係なのだ。
精霊の中でも上位にある水蛇と意志疎通出来るものが国と蛇との間に立つ。
身分は関係なく、国の中でその時蛇の声を遠くでも聞こえるものが立つのだ。男性ならば御子、女性ならば巫女と呼ばれ王に従事することになる。
現役の巫女であるユーリは王都の端、下町の生まれだった。
役職が代替わりの際に貴族の家に引き取られたが、下層の生活を心得ている。未だ貴族の姓を名乗りながら気軽に街に出て行くのも生まれに起因していた。
「隣で降った雨に錆が混ざってた。川を渡って入り込んだらしい。……ちょっと苦しいみたいだな」
さらりと鳥の質問に返して、行き着いた部屋の扉を開ける。
腕の中からぱたぱたと動いて大き目のソファに沈み込んだ鳥がユーリを見上げた。
「うん。いくら地図で線を引いても、空気も水も世界を回るものだ」
「そんなのあいつは分かってるさ。……だから何も言ってはこない」
「心配かい?」
「どうだろうなぁ」
ころころとソファの上で動く鳥が止まる。
「私が行こうか?」
錆を防ぐために世界にある七つの王国の全てが心血を注いでいる。錆に対して弛まぬ対応策を練ってこそ国は繁栄するのだ。
言い換えれば錆に対して政策を怠れば国は衰退するか滅んでしまう。
その忌むべき錆を【漂う物】は喰らい生きる。唯一錆に対して絶対的な対応策を持っている存在が彼らなのだ。
ソファの中でじっと様子を窺う鳥にユーリは手を伸ばす。
白い体に触れて笑った。
「ありがとう。大丈夫だ。……あれは強いから、何度だってそうやって生きてる」
「そう」
伸ばされ手に自ら擦り寄って二度三度羽を振るわせた鳥はもう何も言わない。
部屋を出る際に微かな声で「部屋までありがとう」とだけ言う鳥は、錆を食べ真白の羽を時に黒に染める奇跡だった。


>>もふもふ設定(?)の。冬さんのリクエスト。
   なんかどうだっていきあたりばったりで、サーセン^q^

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雫が僅か落ちるような、庭の端で微かな音が聞こえて首を傾げる。
緑が生い茂り余り日も差さない場所に分け入れば、水面に広がる白が目に留まり思わず目を細めた。
「何やってんだよ」
凡そ普段の相手らしからぬ行動だと思いつつ声を掛けずに立ち去ることも憚られ、顔を上げた瞳が存外濡れていたので厄介事を拾ったかも知れないと今更ながらに後悔した。抑もどうしてか気付くと厄介事を背負う結果に見舞われることが多いのだが、義弟から言わせればそれは持って生まれた自分の性格故のことらしい。
「なんだ、ユーリか」
すっかり濡れてしまった真白な髪を揺らして、容姿とは離れた低い声が血色の悪い唇から滑り落ちる。
服のまま泉の中に浸かる相手を見下ろして溜息をついた。白い顔は冷たい泉の水に体温を奪われ既に青白いと表現するに相応しく、額に張り付いた長く白い髪は人ならざるものを更に異質に見せる。
水棲の妖精である彼にとっては大したことはないのだろうが、寒そうだと思った。
「来ていたのか」
「来てちゃ悪いってか?」
「いいや? でも自国の水神をその身に飼っているだろう。余り好ましいとは言えん」
「……ああ」
思い至って曖昧に頷けばゆるりと伸びてきた冷たい手が頬に触れた。体温の全てを奪われたような冷たさに反射的に肩を竦めれば相手は気にした風もなく「はて」と呟く。
「置いてきたのか」
そして残念そうに言って水の中に沈んだ。白く長い髪だけが浮かんで存在を表し、結局上がってくるまで待つしかないだろうと泉の傍に腰掛ける。ゆらゆらと水草のように揺れる髪が澄んだ水の中で生き物のように蠢いた。
違う。それ自体もまた水棲のものであれば見たままなのだ。
人ではとっくに溺れ死んでしまう時間を要して水面に上がってきた水馬は笑う。
「なんだ。ここは寒いぞ」
「知ってる」
笑い返せば深紅の瞳が細まった。白い血色の悪い手を泉の縁に掛けて水面から上がった水馬は線の細い男性の姿をしている。
腰まで伸びた白い髪が水分を含み背中に貼り付いている様は綺麗なようで、そうでもない。
寧ろ乾いて癖のある毛先が揺れている方が余程綺麗だろう。
「……で、何いじけてたんだよ」
「いじけるだと? 人聞きが悪いな」
言い方からして既にいじけている様相なのだが本人には自覚がないらしい。
無造作に長い髪を絞って僅か首を振った相手から冷たい飛沫が飛んだ。
「デューク、冷たい」
名を呼ばれた彼が笑う。酷く綺麗な笑い方だが矢張り得体の知れない底の冷えるような感覚がつきまとう。
自国、王を据える都の下に存在した湖に棲まう水神が笑う時と感覚が似ているのか。
どうにも水棲の生き物というのは冷たさがついて回るようだ。
「私だって好きでこの名を貰った訳ではない」
ふと視点を一点に止めて呟かれた言葉に合点がいった。
彼を呼ぶ名は現在彼と契約をした人間が付けた名。彼のもう一つの名は彼が生まれ、初めて人と触れ合った時に貰った名らしい。
しかしどうにも皮肉なものだ。彼の存在は水棲のそれでしかない。それに対し何故名を与えた人間は【漂う物】と名付けたのか。
確かに人あらざる存在として一種神秘的な雰囲気は持ち合わせていようが、存在として本質が全く異なる。
この国の王の手によって囚われた【漂う物】たちが真っ向から否定しても可笑しくはないのだ。
「気にしてたのか」
いつものらりくらりと躱しているものだから特段気にしていないのだと思っていた。
肩越しに振り返った相手が不思議そうに見詰めてくる。
「しかし……なんでまたあんたにそんな名前付けたんだろうな」
見上げた先で問えば、少しだけ考え込む仕草を見せて俯いた相手が自身の長い髪の一房を摘んだ。
「たぶん、容姿だな」
「確かに人間離れした容姿だとは思うけど」
「違う。その人間は私と出会う前に【漂う物】を見たことがあると言っていた。それに似ているから、と」
その言葉に白銀の髪に真紅の瞳の鳥を思い出す。この城で余りものを語らずカウベルのような音を好んだ線の細い女性の姿の、それ。
「まさか」
「たぶん、そのまさかだな。全く困ったものだ」
苦笑で返す返事に珍しくへこむのも無理はないかと肩を竦めた。
存在が異なるのだ。何を言われても何を否定されても存在意義が違う以上歩み寄れる筈もない。彼はまさしく水に棲まい水を節制する者で、彼が頂いた名の存在達は奇跡の模造品なのだから。
「ご愁傷様」

何とも言葉に窮して、やっと出た言葉はそれだったのは致し方ないことだった。



>>ちょっとした捏造設定のユーリとデューク。
   デュークはケルピーなんだぜ。

夜は長い。随分と前から自分にとっては長いのだなぁと思う。逆に昼間は家で寝ているばかりで、休日晴天に恵まれて外出したりすると不思議な気分にさえ陥るのだ。
生まれつき色素の薄い肌は夜に良く映える、とこの街に来て直ぐに言われた言葉だった。
褒め言葉にも思わなかったが特段嫌味とも思えず素直に頷いた。
真実でも虚実でも構わない。実際これから自分が口にする大半は意味もない言葉ばかりなのだろうし、掛けられる言葉もそうであろうと思っていた。
けれど虚飾の中でさえ誠意は存在し、そこに生きる人間には温かさが通う。
寧ろ自分が足を踏み入れたこの街は酷く人間味が強かった。
この街に足繁く通う人間の、この街で生計を立てる人間の、欲が渦巻いているから。
「エノアさん」
夕焼けに染まる空を眺めながら落ちかけた髪を結い上げたところで、本来此処で呼ばれるべきでない名前で呼び止められる。
淀みのない通る声だ。
つと腕に付けていた時計に視線を移せば出勤までの時間があまりないことを告げている。素知らぬ振りで立ち去るべきだと判断して歩み去ろうとした瞬間、
「……エノアさん」
やんわりと腕を掴まれて引き留められた。声のした方を振り返れば幾分も高いところから見下ろす視線とぶつかる。
「名前」
小さく溜息を一つ落として仕方なく足を止める。
遅刻してしまうのは間違いないだろうが、その時は目の前の男なり他の男なりを掴まえて同伴出勤すれば咎められることはないだろう。
「……名前?」
不思議そうに首を傾げる男の顔に張り手の一つでもしてやりたいと思いながら、何とか踏み止まって言葉を繋げた。
「それ、呼ばないで下さい。私のことはザクスと呼んで下さいネ」
男が呼んだ名前は自分の名、そして告げた名前もまた自分の名。
指摘に気付いたように男が笑う。そうして言い直される名前に、不思議と名残惜しさを感じた。


***


「あんた、やばいんじゃないの?」
向かい側でジュースを飲みながら何てことも無く話す女性にエノアは首を傾げる。
道路に面したカフェテラスで一緒にお茶をする相手は、明るい薔薇色の髪を持つ華やかな雰囲気の女性だ。
「何がです?」
「最近、変なのが付き纏ってるって聞いたわ」
「……変なの」
考えながらテーブルに置かれたケーキを突くエノアに痺れを切らしたように相手は話す。
「このところ良くあんたに指名入れてくる、あの…! えぇっと、ほら、警察の、」
「ああ、レイムさん?」
「そう、それ!」
身分のきちんと証明された仕事だというのに変呼ばわりとは可哀想だなと内心思いながら、エノアは頷く。
確かに変と言えば変だと思うのだ。
「何か悪いことでもしたの?」
「まさか」
どうやら本気で心配しているようで、身を乗り出してくる女性に苦笑する。
「してたとしてもしっぽを出すようなヘマはしません」
夜の街に潜む非合法な実情を知らぬ二人ではない。一度手を出してしまえば泥沼に填ったように抜け出せず、身の破滅を招いた人間を何人も見てきている。
小耳に挟んだり一端を垣間見ることはあっても自ら進んで手を伸ばすことはあり得なかった。
「ふぅん。それじゃ、なんだって気に入られたものね」
「珍しいんじゃないんですか?」
頬杖をついた相手がじろりとエノアを見遣った。何をとは問わず視線だけで何が悪いと言わんばかりである。
喧嘩を売った訳ではないのだが彼女にとっては地雷だったか。
「なに? 水商売の女が?」
途端鼻白んだ彼女にやんわりと笑って、何でもない事のようにさらりとエノアは言う。
「そうじゃなくて、私が…じゃないですかね」
押し黙る女性にまた笑いかけてエノアは切り分けたケーキをもう一口頬張った。
沈黙に耐えきれず
「確かにあんたは変わってるけどね」
話し出す女性は眉間に皺を寄せている。
自分を卑下するような言い方は止せと言外に告げる様子に、本当にお人好しなんだからとぼんやりと思うのだ。
この街で生計を立てる人間として自分が少し毛色が違うことをエノアは十分承知している。
良く言えば欲が少ない。
人並みに欲はあるつもりだが、周りから言わせれば希薄らしいのだ。
極端に色素の薄い容姿も相まって珍しがられることはよくあることだった。
「珍獣ってわけじゃないでしょ」
「おや? 私のことよく”悪女”だなんだと言う癖に優しいんですね」
「それとこれとは話が別よ!」
テーブルに勢いに任せて手をついたせいで盛大に音が上がり、何事かと店員が様子を伺ってくる。
それにひらりと手を振って愛想笑いで返し女性は座り直して大きく溜息を吐いた。
夜になれば綺麗に結い上げる髪を手を付けず下ろしたままにして、毛先を見るように両手で長い髪を掴んだ彼女は視線を戻さずに続ける。
「とにかく気をつけなさいよ」
ぽつり。
「ええ、有り難うございます」
小さな呟きも聞き逃さず笑ったエノアに女性はばつが悪そうに微かに笑った。
飲み物をほぼ飲み終え、新しく注文するか店を出るか口を開こうとしたタイミングを計ったように携帯の着信メロディーが鳴り出す。
顔の目の前に手を移動させ無言で詫びながら、女性が鞄の中から携帯を引っ掴み電話に出た。
「もしもし?」
音も少なく席を立ち会話を聞かれないよう移動していく姿を見ながら、残されたエノアは手慰みにテーブルの上のメニュー表を手で弄う。
会話は殆ど聞こえないが、彼女の様子からするに店ではなく客からの電話のようだ。
少し我が儘に思われる態度を取ることもあるが女性は気が利いて器量も良い。金持ちでは無いにしろ気性面で質の良い客がつきやすいのは頷けた。
談笑を交えながら電話を切った彼女が駆け足で戻ってきてテーブルの上にあった伝票を掴む。
「ゴメン、私ちょっと用事が出来たから」
「あ、はい」
「今回は私が持つわ。もうちょっとゆっくりして出なさいよ。折角の休みでしょ」
伝票に伸ばし掛けた手から逃れるように伝票の掲げて女性が笑った。会計は持ってくれるらしく、伝票を手にそのままレジへと向かってしまった女性を見守って一息吐き、背もたれにもたれ掛かる。
これからの予定が無くなってしまった。
今日は休日だから仕事はしたくないし、家にでもこのまま帰るべきだろうか。
空にしたカップの縁をなぞりながら考え込んでいるとテラスの外から声が掛けられる。
「エノアさん」
そんな風に名前を呼ぶ人間は少なく、顔を上げたところで手を振る人間と目が合う。
先ほどまで同業の女性との話題に上がっていた男だ。
「名前、」
ふっと息を抜く軽さで笑う。
「幾ら言っても駄目みたいですネェ」


***


からからと自転車の車輪が回る音が耳を擽る。
すっかり紅く染められた夕空を見上げて首を傾げた。
「そういえば、何かご用事があったんじゃないんですか?」
隣を歩く背の高い男が小さく相槌の声を上げた。自転車を引きながら男が笑う。
「済んだ後だったから」
「そうですか」
「エノアさんこそ」
「私は休みですし、丁度予定が空いた所でしたから」
無理に仕事でもないのに誰かに付き合うことは無いし、断れないような性格はしていませんよと付け足してエノアは黙る。
お茶の後に買い物に付き合うはずが相手に振られてしまい、予定が空いた所で隣の男に声を掛けられこの時間までふらふらと街を歩いた。
特段買い物の用事も無く時間を潰すための行為に付き合った男は本当は用事が有ったのではないのだろうか。
自転車の篭には何も入っていない。
「付き合せちゃいましたね」
「え?」
「ねぇ、レイムさん。本当は用事済んでないんでしょう?」
その言葉にゆったりと首を振った男が笑い、ハンドルから離した片方の手が伸ばされる。
さらりと白銀の髪先にだけ触れた手を見詰めながら言葉を待っていると、酷く落ちた調子の低い声が聞こえた気がした。
「……え?」
聞き取れなかった言葉を聞き返そうとしたところで、いつの間にか移動していた指先がエノアの唇に触れる。なぞった指先に薄く口紅が着くのを見詰めて数秒経って意識が引き戻される。
これではセクハラだ。文句を言ってやろうと思い見上げ、しかし言葉は飲み込んでしまった。
「行こう」
何事も無かったように自転車を引く男の言葉にエノアは頷く。
夕闇が混ざる空模様を男が仰いで本当にどうだって良いことを呟いた。
「ねぇ、レイムさん」
隣ではなく数歩後ろを歩いてエノアが声をかける。肩越しに振り返る彼の表情はいつもと変わらない。
「どうか?」
「いいえ、すみません。何でもないです」
だからこれ以上何も言えずに隣に追いついてアパートまで大人しく送られることにした。
他愛の無い会話は殆ど頭に入りそうに無くて、だから途中で会話が尽きて沈黙が続いたことだけが有り難かった。
「それじゃ」
「はい。レイムさんも気をつけて」
アパートの前で別れた背中に手を振り、角を曲がって消えたのを見届けてから階段を上がる。
扉を開けて靴を脱いだ所でエノアは額に手を宛てた。
「……ああ、もう」
ぐしゃりと前髪を崩して肩から落ちた鞄を引き摺るようにベッドに倒れこむと小さくスプリングが悲鳴を上げる。
化粧がついてしまうではないかと考えた所で、さっきなぞられた唇の、その口紅の付いた指先を思い出した。
何故。
「信じられない」
普通、あそこで泣きそうな顔をするだろうか。
そんなものは一瞬ですぐに分からなくなってしまったけれど、近距離で見間違う筈もない。
華やかな夜の街で口説かれることなんて幾らでもある。同じような言葉を言われたのに重さが違いすぎた。
(――ただ会いたかったから)
低く落とされた言葉はたぶん、こうだった。
飾りも何も無く幾度も同じ言葉を、似た言葉を、聴いてきた筈なのに受け流せない。
ゆっくりと一回寝返りを打って天井を見上げた。何も映さない慣れた光景に一つ息を付いて目を閉じる。
何事も無かったと忘れてしまうのが一番だと分かっているのに、それでいいのかと自問されているようで気持ちが悪いと思う。
「そういえば」
ふと思い出したように呟く。
初めて会ったのが夜の街ではないから、彼が自分を認識したのは本名からだと分かっているが呼ぶのを許容したのは経緯を考えても酷く珍しかった。
何度かその名で呼ばないで欲しいと言ってはみたけれど、どこかでは惜しいと思っていた自分がどうかしてるのだ。
上半身を起こしてもう一度大きく息を吐き出して首を振る。
考えるのはやめてしまおう。どうしたってこれ以上も以下も無いと結論付けて小さく笑みを零した。

夜の街に生きる女を蝶と喩えるのなら、自分は触れてきたあの指先を止まる先としたかったのかもしれない。



>>夜の街設定の二人。
   この設定の眼鏡がどうしても黒いんだがどうしたらいいんだろうな^q^
   女設定の帽子屋さんはエノアでほぼ固定だよ!_|\○_ ヒャッ ε= \_○ノ ホーウ!!!
   ああ、あたまわるい(笑)

あのねぇ、君たちねぇ。
溜息を吐く頭ぼさぼさの中年男はだらしなく着込んだ白衣のポケットにこれまただらしなく手を突っ込んで、がくりと肩を落とした。
椅子にちょこんと座る少年二人は別に気にした様子もなく。
「にしてもカロルは喧嘩が弱すぎるよ。僕庇い切れない」
「だから言ったじゃん、喧嘩の頭数には入れないよって」
「まさかこんなに弱いと思ってないじゃん。あの両親なのに」
「一緒にしないで!」
ぎゃあぎゃあと声を上げ始めた。
「おたくらね」
「なぁに、先生?」
「喧嘩して気絶5人させてベッド埋め尽くしといて、楽しそうに言い合い始めないの」
「僕は何もしてないよ。したのはヴィンセント」
「傍観したら一緒よ? 全く困ったもんだ」
はぁともう何回になるか分からない溜息を吐いた学校の保険医に少年二人が笑った。

「でも仕方ないよ」
「売られた喧嘩は買っておけが僕たちのお家の信条だもの」
「やられたら倍以上で返せ、もね」

「……全く、君たちんちは物騒でやーね。おっさん悲しくなっちゃうわ」


>>ごちゃまぜPTAネタの。
   ルネットさんちとシーフォさんちの末っ子同士は仲良し。


天気が良いから外に出ましょう。
そう言って笑う横顔が空を仰ぐことをしないのを知っている。
そっと僅かに指を彷徨わせる仕草は誰にも気付かせないのに、ふと笑う瞬間に諦めた色を含むのだから厄介だ。
全部見えている自分はどうしたら良い?
「あのな」
「気分転換ですヨ」
「お前、まだ……」
言いかけた言葉が、とんと伸びてきた指に遮られる。笑う口元が唄うように告げた。
「大丈夫、大丈夫」
何てこと無いと言いたげな様子にその手を取った。予測の出来ない動きに未だ反応しきれない様子にほれ見たことかと内心毒づく。
触れた指が僅かに引かれて何だろうと顔を上げれば、少しだけ決まりの悪そうな表情にぶつかった。
ああ、仕方ない。
「分かった。少しだけ」
「はい」
そう返せば嬉しそうな声が上がった。



>>眼鏡と帽子屋さん。
   目が見えなくなったら尚更心配性が強くなるんじゃないだろうか。
   冬さんに文章校正を手伝って貰ったお礼に。

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プロフィール
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くまがい
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性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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