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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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メールだぞ、と心地良い低音が告げる。黒髪を後ろで一つに括った青年は呼びかけても動こうとしない少年の様子に首を傾げた。
一回、二回。メールが来たことを告げた後青年は黙る。部屋の隅に蹲った少年がもぞりと動き、けれどメールは見ようとしない。
「……誰から?」
細い声が聞いた。
「ナンから」
簡潔に答えた青年に少年が唸る。
見ないのかという質問は答えが分かり切っていたので、青年は蹲った少年の隣に座り込んだ。
膝を抱える少年の表情は見えない。
「……”なんで、メール返さないのよ、馬鹿”」
「え?」
ふと、少年が顔を上げた。
「メール。オートリード機能付き」
「マナーモードにしておけば良かったね、ユーリ」
「ひっでぇ」
そう言いながら青年は気を悪くした様子もない。からからと笑う声に少年も僅かに笑った。
携帯が人型をとる機能は少し前から定着したものだが、少年は自分の携帯が彼で良かったと思う。
勿論、機種によっての個体差が存在しているのとカスタマイズ次第で基本性格に多様性を見せるのだが、彼は少なくとも少年が手にした時から余り変わらないような気がした。
「で、読まないのか、カロル」
「……そこまで言われたらね、怒らせたら怖いしね」
「未読メールは2件です」
「差出人は全部同じ?」
「勿論」
人型である部分と端末は別。差し出された端末を手にとって見た文面に笑いは出ない。
酷く情けない話、恋愛感情を持ってる女の子に慰められて心配されるなんて情けなくて仕方ないと少年は思う。
じっと画面を見たまま動かない少年が、困ったな、と呟いた。
本当に、実に本当に情けない話なのだ。
頑張っているつもりだが、いつも成績が悪く、今回の定期テストで赤点ギリギリ補修確実の点数を心ないいじめっ子たちからクラスメート全員に晒されてしまった。
その中に少年が密かに恋心を抱いていた少女も含まれていたわけで。
案の定、頑張り屋の彼女は眉根を顰めて少年を見詰めていた。
誰だってそうだが好きな人の前では格好良いところを見せたい。全く逆の状態に少年は泣きそうになるのを堪えて、何とか家に帰った。
もう本当に情けなくて仕方なかった。
「……ねぇ、ユーリ」
「うん?」
「ボクって情けないよね」
「……うーん。どうだろうな?」
立ち上がった少年が端末を突き返す。受け取った青年は同じように立ち上がって、幾分もしたの少年を見下ろした。
「でもさ、好きな子がちゃんと連絡くれたのに返さない方が」
俯いていた少年が顔を上げる。
「ずっと、情けない……よね?」
聞いてくる言葉は既に答えを出してしまっているようで、彼の携帯は笑って頷いた。
抑も携帯は持ち主の意見を、例えおかしいと感じても優先するように出来ている。挙げ句プログラムされた人格分の判断においても少年の答えは好ましかった。
「ユーリ」
つい、と袖を引く少年に青年は応えて身を屈める。
未だ慣れず少しだけ緩慢に耳元に口を寄せる少年が、「通話お願い」と言うのを携帯は黙って聞いた。


>>・思春期なんてそんなもの
   携帯擬人化。持ち主カロル、携帯ユーリ。
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声が聞こえた。夜の無い世界の夢だった。
嘗て歌だったものは何かの叫び声に変わり、切実な言葉だけが胸を支配した。これは何だろうと意識を巡らせたのに何も分からない。
白は全てを塗り潰し、黒は全てを飲み込んだ。

――ああ、そうだ。

何かを探していたのだと沈む世界に降る白い塩の雨を見上げた。
嘗て紅く染まっていた鉄塔にも薄ら塩は降り積もり、ひび割れた地面は既に覆われてしまっている。
無言の制裁と言うべき惨状に何も言えず、軈て此処は死に絶えるのだろうと自己完結する。
しかし強ち間違ってはいないようだ。人の気配どころか生き物の気配が希薄で、ともすればたぶん動くものは自分とそれ以外は有り得ない。
影が動く。無機質な生き物は引き込むように触手を伸ばしたが日光に晒されれば消えてしまう。呆気ない。
さらりと溶けていく濃い影を、逆に引き留めるように手を伸ばす。
酷く冷たい感触は白日の下で容赦なく解けていく。
何かを探していた。誰かを捜していた。
大切な何かだったのだと見上げた空はゆったりと厚い雲に覆われ、灰色ばかりの酷く曖昧な印象を与えるばかりか影の領域を広げていく。
遠く曇天の空を切り開くように先端が見えぬ紅い鉄塔は、塗装が半分剥がれ掛け錆に侵され赤茶に変色していた。
懐かしい色を探している。
目を細め鉄塔を見遣り思う。視界には白と黒と灰色ばかりが映り込む。単色に近い世界で唯一の色彩は赤。
流れる命の色。影のような生き物にも自分にも流れている錆び付いた味の液体は、奇妙なほど世界に映え、酷く綺麗な余韻を引く。
ぱたりと白い地面に咲いた赤を愛おしいと思った。探し物に何故か似ている気がして、目が離せなくなる。
呼ぶ意味も、対象も、何も存在しないので気にも留めていなかったが、名前というものが在っただろうかと思いつき、記憶を大分探ってみたが何も出てこない。
探しものの前に自分の名前も分からない。

ただ、探している。
大切だったに違いないのに、それ以上の言い難い感情が渦巻く胸中が今更呼吸を始めたように苦しい。

「……?」

名前。
名前を探している。
自分の? 違う。自分のではなく探している何かの名前だ。
白と黒と灰色が支配する此処ではない、烈火が地を舐める酷く鼻につく異臭が隅に蘇り、矢張り此処ではないとただ思う。
しかし探しものは、此処にしかない。
名前、強いては存在を探している。
存在を示す行為として名を呼ぶ事以外に持ち合わせないことへの自覚だけはあり、故に明確さを持たぬ感情のみの衝動で名を探す。
白と黒。昼と夜。
蠢いた闇が何かを翳め、背後に踊りかかった。瞬間鈍く上がった悲鳴に襲われたのが人の形をしていると確認する。
しかし妙だと動かなくなった生物が倒れ伏した場所からゆったりと這う鮮血に首を傾げた。
同じ色。酷く慣れた色。
なのに違和感を覚えた。分からないまま空を見上げ、残像の紅が空に映り込む。

「    」



瞬間、巻き戻し思い出した。それは何も知らず、何も分からず、呼ぶ事の出来なかった唯一の天使の名だった。
摂理を捻じ曲げ二つに分けた世界の狭間で呼ぶには相応しくない、確固たる存在を示した魂を分けた存在だった。



>>E路ED後NieR開始前のどこかあたり?某王子。
   いつも探し回っているイメージしかない。ごめん。


今日は曇り空でマモノがたくさん出るのだろうと予測しながらいると、僕の横でいつもよりぼんやり歩いていたニーアさんが何を思ったのか首を傾げて言いました。
「なぁ、」
丁度良い高さの聞き障りのない声が僕かカイネさんのどちらか、或いはいつも一緒にあるシロに向かって投げかけられたので、少し前を歩いていたカイネさんが振り返ります。
しかしそれきり言葉はなく、結局痺れを切らす誰かがいるのだろうなと予測していると
「……どうして、みんなわからないことばをはなすんだろう?」
と謎の言葉だけが返されました。

――省略。
意味が分からず小一時間問い詰めたところで、全然趣旨の掴めなかったニーアの言葉を全員が理解するのには更に時間が掛かった。
簡単に言えばニーアは妹と生きるのに精一杯で勉強などと言うものをあんまりしてこなかった。だから文字が読めないということらしい。
しかし妹は本を読むことが好きだったと記憶していたので、識字率を考えても彼だけが少し特殊らしく、加えて昨日までは本当に何ともなかったので、カイネもエミールも首を傾げるばかりである。
「つまり」
「うん」
「ニーアさん、文字が読めないんですか」
正確に言うと会話に含まれる文字も読めない。簡単な文字は読めると言い返す彼に溜息を零すのは最早可哀想だった。
きっと一番切ないのは彼でしかない。
「でも待て。昨日までは普通に会話は成立していただろう?」
「……うん?」
「ニーアさん、いまのカイネさんのことば、どこまでわかりました?」
「えぇと”……までは、に? していただろう?”」
ここまで分からないなら寧ろいっそ清清しくて良いだろう。
「シロさん、あのですね、僕訊きたいことがあるんです」
「なんだ?」
「ニーアさん昨日、頭でもぶつけましたか?」
ふわふわと浮く本がくるくると回る様子は酷く滑稽だ。それを眺めて辛抱強く待つエミールに返ってきたのは一言。
「分からん」
「……あ、そうですか」
この喋る本のもったいぶった話し方は嫌いではないが時と場合によるらしい。今こそカイネにきっかり28頁ずつばらして貰おうかとも思ったが、事態は好転すると思えないので止めた。
何より少しでも話が出来そうな相手が残っている方が良い。
「それじゃ、ニーアさん? ぼくのことばはわかりますね?」
「わかる」
とりあえず本当に簡単な言葉なら読めるらしい。良かった。当面、意思疎通は出来る。
ただし非常に面倒であるのには変わりないのだが。
「……私は知らんぞ」
痺れを切らしたカイネを余所に首を傾げるばかりのニーアの様子は矢張り微妙に可哀想ではある。
「カイネさん、良いんですか?」
「昨日まで普通で、急にこうなったなら、明日には戻ってるんじゃないか?」
「明日になったら全く言葉が通じなくなってる可能性だってありますよ」
楽観的な感想を結論にして早々に面倒事から立ち去りたいカイネに、反対の可能性を示して引き留める。
流石に考え込む仕種で沈黙した黙っていれば美少女が、隣で意味も余り分かっていないのだろう首を傾げる青年を見遣り、見た目的には暢気な様子に苛ついたのか脛を思い切り蹴飛ばした。
痛さで声もなく蹲る彼の様子に純粋に可哀想とエミールは思ったが黙っておく。
完全な八つ当たりなので何か余計なことを言えば自分もされかねない。
「……では、どうするのだ?」
大分様子を見届けてから声を上げた喋る書物は、確かに現在の持ち主であるニーアの現状が宜しくないことを認識している。
このまま放って置いて良いとは決して言い難い。
「原因が分からない以上はどうしようもないだろうが、この」
カイネの形の良い薄い唇が罵詈雑言を吐き出す前にエミールが慌てて口を挟んだ。ここでまた喧嘩を始められても時間が無駄に過ぎるだけだと踏んだ咄嗟の判断だった。
「あ、待って下さい。あの、ポポルさんにお話を聞くのはどうですか?」


……
村に入るのは遠慮しろと言われた割りに適当な理由を付ければ案外すんなりと入れたので、早く用事を済ませようと訪れた図書館の一室で若い女性が首を傾げた。
僅かに眉を寄せたのを見逃さなかったが、今は構わないことにする。
「あら……、どうしたのかしら」
「あ、あの」
穏やかな口調に棘を含む女性の態度に背後でカイネが鼻を鳴らす音が聞こえ、エミールは首を僅かに縮める。
「ごめんなさい。村には入らない約束だったんですが、少し事情があって」
「ええ。分かってるわ。それで?」
笑顔が怖いので単刀直入、早く用事を済ませようと決心する。
説明は端的に、簡潔に、分かりやすく。
「ニーアさんが言葉を読めないと言って、会話もままならないんですが原因を知りませんか?」
呼ばれた名前に反応した青年が首を傾げたが、会話全てを理解出来なかったらしく口を挟むことはない。
突拍子もないエミールの質問に動じることなく赤毛の女性は、エミールとニーアを交互に見遣った。
そして「ああ」と合点がいったのか手を打つ。
背後の棚をまさぐり不透明な硝子の小瓶を取り上げ、あろう事か何も言わずエミールに差し出しながら女性は笑った。
「大丈夫よ」
器用に受け取った小瓶は思いの外重く微かに水音を立てた。
「ニーア? 矢張り無理をしたのね」
そして女性はぼんやりと黙って事の成り行きを見ていた青年の額に手を伸ばし、「駄目でしょう?」と付け足した。

「この子ね、熱が出るといつもこうなるのよ」

あっさりと答えを差し出して笑う女性と、頷いたのか首を傾げたのか分からない曖昧な仕種の青年を見遣りエミールとカイネは同時に溜息を吐いた。
ゆえに渡された小瓶は解熱剤だった。


>>漢字の読めない頭の弱いニーアさんのお話。
   最初にこれを書くあたりどうしようもない(苦笑)

葉巻一つ。くるりを巻いて火を付けて、それはそれで高尚な嗜好品であろうに吐き出された煙に眉を僅かに顰めた男に、あろう事か煙を吐き出した騎士団長は笑った。
色素の極端に薄い茶の髪が僅かばかりに揺れ、合わせるように煙も踊る。
「何です」
「いや、久しぶりに見たと思っただけだな。お前のそういう顔」
くつくつと笑う騎士団長を一瞥しただけで何も言わない男は、ふとくゆる煙に視線をくれた。
何とも窓から覗く空模様はすこぶる快晴で、室内で大の男二人が籠もっているのは如何なものかという気にさせられる。
深緑の瞳を瞬かせ、少しの間沈黙を持て余した男が慣れた手付きで騎士団長が咥えていた葉巻を奪った。
此方も慣れているのか声一つ上がらない。
「なんだ、欲しいなら一本新しいのをやるが」
「結構です」
直ぐに揉み消してやろうかと落とした視線は、手の中でゆらりと紫煙をあげる嗜好品に止まる。
ついで窓の外の酷く暢気とも取れる快晴。
目の前には自分より年上の騎士団長。歓談と称した報告は機密事項ばかり。挙げ句、報告が終了した後言い渡される任務も碌でもないのは容易く想像出来る。
勿論目の前の壮年の団長閣下も同じように半ばこの状況に辟易しているのか。
自分の望みの為に、大義名分の為に動くくせに。酷く人間らしいじゃないかと思い直した男は表情には出さず、奪い取った葉巻を咥えた。
ふっと煙を吐き出す時に、思いつく。
そうか。これは溜息を誤魔化す手段には丁度良い。


>>まいたけと白鳥。
   なんか大人は良いよなーと思う。どうだっていいことでぼやかせても味が出そうで(笑

人の身では叶わぬ望みを叶えるには”鬼”という人外と取引を行えば望みは叶うと言う。
しかし誰もが叶わぬ富と名誉を願ったとて、取引の代償となるのは自らの命。必然的に願いは他者を対象とするものに限定された。
復讐を望めば必中で成就する。そんな願いばかりでは無いが命を奪う契りばかりが目に留まり、いつからか”鬼”との契りは言外の禁忌とされた。
だというのに”鬼”を呼ばう術は酷く簡単なのだ。
新月の、闇が一層深い夜に、”鬼”との取引を願い、両の手を打ち鳴らせば良い。
面倒な準備も心積もりも必要としない質素な方法だが、故に代償は唯一となる。何よりも大きい。

「おやおや、君」

新月の晩ふらりと闇を歩く青年の背中に、思わず男は声を掛けた。
振り返った青年は声も上げず、真昼の青空を映し取った海と似た色の瞳を瞬かせて目を細める。
笑ったのだと男が判断するのに数秒を要したが、不自然に空いた沈黙をものともせず挨拶の言葉が寄越された。
「今晩は。今日は良い夜ですね」
「そうかい? 新月の夜に出歩くなんて酔狂なのはあんまり居ないさね」
はて、と青年が首を傾げる。
「では僕と貴方は変わり者になるんでしょうか?」
月の無い夜だ。元々覚束ない闇は一層深さを増し、潜む気配は強くなる。物騒なことこの上ない状態だが青年は全く意に介してないようだ。
丁寧な物言いに利発さを滲ませて青年は答えを待つ。
「俺様は別に変わり者じゃないけどねぇ」
「僕も変わり者と言われたことはないです」
にこりと笑む青年の人の良さを窺わせる表情に自然と溜息が零れ、どうしたものかと懐に入れたままの手を僅かに揺らした。
じっと見詰めてくる視線が外れ闇に彷徨う様は酷く安定を欠いて映る。
「……あの、」
何と言葉を掛けようと息を呑んだ矢先、闇から視線が戻った。
「僕はまだ手を打ち鳴らしていませんが、取引を望むとそう取ってくれたんですか?」
男は緩慢に頭を振り、言葉に小さく溜息を吐いた挙げ句で否定の言葉を口にしようかと思案する。がさりと闇に沈んだ茂みの中で何かが動く気配を察した。
音に反応したのか青海の瞳が闇に向き、懐から抜き出した手をその隙に払った男が肩を竦めた。
「ほらね、こんな暗い晩は何が潜んでるか分かったもんじゃない。大人しく家に帰って暖かい飯でも食べて寝ちゃうのが一番よ」
見た目も人も良い青年だ。いい人くらい居るだろうと付け加えた男の言葉には短い否定だけが返る。
ふっと吐き出された息は若干冷え込んだ夜の空気に混じる前に白に染まり、やがて夜闇に溶けた。
「ねぇ、」
「不躾だとは思います」
「……ん?」
「だけど回りくどいのも良くないだろうし」
「何のことかな」
「貴方、……人ではないですよね?」
ことりと擬音するのが相応しい、外見よりも幼く見える仕種で首を傾げた青年は、外見は何の変哲もない中年に差し掛かった風体の男の様子を探った。
笑みを貼り付けてはいるが全く読めない。疎らに生えた無精髭をさすって「参ったね」と漏らす声は酷く落ち着いている。
「お前さん、悪いことは言わない」
青年より幾分か低い身長の男は、青年の空いた手を掴む。
不思議と体温を感じるというのに暖かいと思わせない温度に眉を顰めたのも束の間、強く握られ痛みへとすり替わる。
「折角助かった命なんだろう? 無駄にすることはない」
静かに落ちた声に目を瞠った。何も話してはいないし、どこから見ても健康に見える青年が半年程前には死の淵を臨む病床にあったなど誰も想像が付くわけがない。
現状、世話を焼いてくれた人や医者でさえ青年の快方に驚き、過去は嘘のようだと宣った。
尤も本人でさえ、冷えた夜風に晒されても何の支障もない自身の状態に、戸惑いさえ覚えないものの未だ慣れずにいる。
冷え込んだ空気が肺に雪崩れ込む瞬間、突き刺す痛みと窮屈そうに縮まる感覚に何度も苛まれ、その度に思うように動かない自分を不甲斐なく感じていた。
幾ら気を遣っても少しずつ痩せる身体に、不安を通り越し感情全てが諦めに達し少し経った或る日、切り離した感情と裏腹に身体が何事もなかったように柵を解いた。
信じられないことだった。後はいつ死ぬのだろうと考えていた青年は呆然と拓けた未来に躊躇うことしか出来なかった。
今も延長に立つだけの日々を送っているのかもしれない。
「どうして?」
自分が何事もなく今を生きられる権利を知っているのか。
「どうしてって訊く? さっきお前さんが言ったんだよ。俺は人じゃないんでしょ? なら不思議は無いでしょうに」
全てを見透かしたように笑った男がとんと人差し指で青年を示す。
「では貴方は矢張り人じゃないんですね」
「何? かまかけたの? 思ったより人が悪いね、お前さん」
丁度心の臓でぴたりと止まった指先を眺めやって、この手が命を代償に命を延ばしたのだろうかと思いつく。
余り裕福ではない身上だというのに親身に看てくれた医者は、為す術が見当たらず申し訳ないとも言っていたのだ。急に治るような、快方に向かうことなど有り得ないものだったのを青年は良く知っている。
「……あいつを知ってるんですか?」
疾うに刻限を過ぎた未来を更新して寄越したのは目の前の男だろうか。問いに男は頭を振る。
「誰のことだろう」
「僕の幼馴染みです」
病魔に冒され痩せ細った身体が少しずつ生気を取り戻すのと反比例するよう、奔放な性格で自分とはまるで正反対だった幼馴染が弱っていくのを青年は見た。
何か悪い病気なのかと医者にも見せたが原因は分からず、笑って「大丈夫だよ」と幼馴染は言って寄越した。
半年。それこそ何の支障も無く、制限も受けず生活出来るようになった青年と対照的に幼馴染は床に伏すようになり、或る日突然姿を消した。
最後に会った時は床の上で、それでも気丈に身を起こして笑っていたのを記憶している。
闇に似た色の、しかし似つかぬ漆黒の髪を持った幼馴染は酷く落ち着き、何とも他愛のない話を交わした。
原因も分からず歩く事も侭ならぬ状態など、自分ならば気が狂いそうだと思いながら、まさかと思い当たり問いを重ねる前に静かに笑う幼馴染が問いを封じ――。
幼い頃から同じ時を過ごした、そのことを後悔したのは後にも先にも、その時限りだろう。
何も言わずとも分かってしまい言葉を飲み込んだ先で、結局次の機会もあると先延ばしにした結果、次の機会が訪れることはなかった。
「幼馴染、か」
「はい」
しみじみと単語を反芻する声は落ち着き払い静かな調子を保ち、しかし結局否定を含んだ。
「悪いが知らないね」
「……嘘だ」
「どうしてそう思う?」
「だってさっき”助かった命”だ、と。僕が死ぬかもしれなかったなんて、貴方は知らないはずなのに」
青年の言葉に男が声を上げて笑う。
「ああ、そりゃあね。そんな顔して、こんな晩に外を出歩く人間なんて大体知れてるよ」
人ではない男が同意を求めるように目配せすると恥じるように海色の瞳が伏せられた。
言葉の通り。人外との取引の条件となる新月の夜に思い詰めた顔で出歩く人間の目的など容易く想像が利く。
しかし存外会話というものが成立するのだと青年は今更に感心した。人外というのだから姿は似ても若しくは意思疎通の手段として会話は成立しないかもしれないと思っていたのに。
目の前で話し相手になっている男はたぶんこんな夜でなければ普通の人間にしか見えない。
「みんな最初は驚くよ」
「……え?」
「余り変わり映えしないだろう?」
「はい」
心裡を読まれたようで素直に頷く青年の手を男は離し、自由になったそれをひらりと振った。
「でもね、中には質の悪いのもいるから気をつけなさい」
命を代償にするのだから当然取引は一度きり。代償は他者の命ではなくあくまで当事者のものでしかない。
例えば些細な願いに付け込み、感情を煽り代償に見合わぬ碌でもない成果を与えるものだって存在している。
男はそういった類の同族を倦厭しつつも知ってはいた。
思案する沈黙に、距離を少し置いた茂みから焦れたような音が上がる。何もこの青年に興味を引かれた人外は自分だけではないのだろう。
復讐やそういった類の願いは自然と凝り膿み、代償となる命にも反映される。
余り良い感情ではないそれを好む”鬼”は居るが選り好みはされる。復讐や報復は、人間より力を持つ”鬼”にとっては酷く簡単な成果故に契りとして大半はそういった願いではある。しかし惹かれて止まぬのは残念ながらそういった類のものではなかった。
彼もまた復讐や報復を願い、ふらりと夜を歩いているのではないのは本能で分かる。
「貴方は違うんですね」
ふ、と。
声の落ちる意味を取り損ねた男が聞き返す前に青年が踵を返した。
闇に沈む森の淵で、月の浮かぶ夜であれば月影を纏うだろう色素の薄い髪が僅かに揺れる。
「矢張り僕の幼馴染みを知っていますよね」
「そうかい?」
「僕、こういったことで外したこと無いんです」
男からは青年の背中しか見えず表情は窺えない。別に大したことではないと言い切る物言いは聞き流すことを予め念頭に置かれたように実にあっさりとしている。
人外と違い実際に心裡を読めたりするのではないだろうが、相手の動向を探り推し量り正確さを備えるならば大したものだ。
「……一応聞いておこうかね」
「何をです?」
「助かった命を代償にして、お前さん、何を望むつもりだい?」
振り返った瞳が何か不可思議なものを見るように瞬く。
闇夜に手を鳴らし人外を呼ぶ行為で始めて”鬼”は望まれるのを知り、惹かれる対象であれば姿を表し契りを交わすに値するか秤に掛ける。
一見では人間も”鬼”も姿は同一に近く、故に互いを隔てるものとは何かを明確には知らず、本能に細工されたまま一線を引いて生きているに過ぎない。
そして偶に、男のように引いた一線の上を歩むような存在もある。
偶々視界の端に留め、気になったにしては妙に心に引っ掛かるとは思った。未だ契りの意志があると青年は行為をもって示さぬと言うのに、抗いがたい一つの本能が疼くような。
「……何も」
瞬間、過去に何を言われたのか思い出した。随分と昔で忘れかけていた、人の姿をしてはいたが纏う雰囲気から何から全てが異質だった人外が真紅の瞳を細め言った言葉がありありと脳内に蘇る。
「青年、悪いことは言わないわ」
「……はい?」
「こっちには来ちゃ駄目よ」
人と人外の境目を歩くような、自らもそうであれば目の前の青年もそれに近い。故に普段は命の代償の魅力に惹かれぬ男は惹かれた。
人としても短いといえる定められた刻限のまま生を全うしていれば人として生きたに違いない。
可哀想と口にするには憚られ本来なら人として死んだ命を男は見詰める。今であれば狭間を歩かずとも感覚さえ忘れてしまえば、人として引き返せる。
「こっち?」
「そう。こっち」
「僕は人だと思うんですが」
「今はね。……時たま、変わったのが居てさ。人間なのに人外に近いとか、人外なのに人間に近いとかね。お前さんはどうやらその部類だ」
自覚はないだろう。
青年が首を傾げたのを見て男は一つの名を口にする。
「ユーリも喜ばないよ」
男の口から滑り出た名前に青年は口を開いたが、何かを音として出すことは敵わなかった。
目を丸くした青年の横を、諭すように笑いかけた男が僅かに小石を踏みつけて音を鳴らしながら通り過ぎる。
追う視線を受け止めた表情が闇に飲まれ見つけられない。
「今晩のことは忘れなさい。そんで、普通に暮らすの。分かったね?」
それは何よりも幼馴染みの為になる。そう加えられた言葉に青年は抗うことなく頷いた。


ぼんやりと新月特有の闇が深い空を見上げていた。青年はとっぷりと夜に沈む辺りを見渡し自身の両手に視線を落とす。
何故こんな時間に自分はこんな場所にいるのかと人の気配の全くない場所から踵を返した。背中越し茂みの中に潜む気配に気付いてはいたが振り返るのも躊躇われ足早にその場を離れる。
大分無理が利くようになったとはいえ、冷たい夜風に当たり続けるのは良くない。
家に引き返す道の途中、名前を呼ばれた。ふと視線を上げれば何かと病床の頃から世話を焼いてくれる娘が青年の姿を見つけて駆け寄ってくる。
外に出て行ったまま戻らない青年を案じて探しに来たらしい娘に青年は笑いかけた。
ふ、と僅かに背中に視線を感じて肩越しに振り返る。「誰かと会われていたんですか?」と聞かれた言葉に首を振った。
居なくなってしまった幼馴染に若しかしたら会えるかもしれないと思ったが、こんな晩だ。誰にも会うわけが無かった。
僅かに覚えた違和感に眉を顰めた青年は、結局何が原因なのか分からず娘と並んで明かりの灯った暖かい集落に戻っていく。
それを木々の陰に隠れ見送った男はやれやれと肩を竦めた。
人外との取引の代償は命。紛れも無く代わりの聞かない唯一の取引を願い出る存在の命。
昔、山を一つ越えたところに存在していた町の地主の末娘が命と引き替えに、飢餓が襲った町を救ったという。
その取引に応じた”鬼”は少女の姿をした優しい子だった。何度も相手を諭し叶わず契りを結んだ先、彼女が泣いたのは一度きり。
娘の命が代償として絶え、自らの元に転がり込んできた時。何のための辛い宿命かは分からないが、男は少女の言葉を思い出し溜息を吐く。
変わった存在の男は命の取引を行えない。元は人間だったせいかもしれないが、長く人外として生きてきたので実の所良く分からなかった。
ただ限りなく境界を歩く存在として、似たような道をあの青年に辿らせたくなかっただけだ。
皮肉な事に人外との取引の成果として命を永らえたためにより辛い道を行くと知れば、代償を支払った存在もまた報われない。
少年の姿を保つ”鬼”の頭領が惹かれた命は、未だ手折られず頭領の傍らで存在している。
知れば酷く己の行為を厭うだろう。それでは頭領も酷だ。

「やぁねぇ」

そこまで考えて男はふっと息を吐き出す。遠く、とんと軽く戸が閉る音を優れた聴覚で端に捉え、集落の明かりを見遣る。
あの青年が人として全う生きれるよう柄にも無く祈り、男は集落に背を向けた。



>>似非和風っぽいの。三番目。時系列的に一番最後。レイヴンとフレン。
   話は一応これでお終い。何となく救われたような話のつもりだったのに、救われないね。これ。

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くまがい
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自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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